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Full text of "Nihon densetsu sōsho"

お、 UNIVERSITY OF 
ILLINOIS LIBRARY 
AT URBANA - CHAMPAIGN 
ASIAN 



m m の 間 ま 山 富 
(圖 上) 堂ぎ 香 28 ^山お ほ 布 § 




mt 傅 2 の 城き 古 こ 
(圜 上) 狨^ 嗞 s 勢せ 伊い は 或 § 城お 淵 4 ケ尼 g 又 g 城お 田 だ 上え 




(圖 下〕 門え ノョ 跡し 城容舊 I 諸お トこ( 圖中〕 城 さ 志し 深ま 又 差 城 f 本^ 松ち 




^よ さんがく でんせ 9 た かう しなの のく に 

が ^ 00 序 • 山嶽 傳說に 多幸^る 信濃國 

みす * か,' しなの のく! i ちがくし や いけ ゆる n ン ロン 力 ラフトり やつさん; 、 、にっ^;^?:? た^ メ おいり 、«s 

美 鴛^る 信濃國 は、 地擧 者の 所謂 崑崙 • 樺太兩 山脈の 會 合する ところで 日本 本島の 背 梁と 

ヒて i も ,ノ くわ ざん h い よん く はし ちほうき は ぶん 3 く こくないと、 

胁へら れる。 加 ふるに、 ^士 火山 帶の 南北に 走る あって、 地貌 極めて^ 錯、 四 境 • 國內 共に 

しゅ^れい そ はだ まか さ^がく こく まん ぶん し、 ) 、 > おの ザ か tff .、 » ^ 

nb!^- に 彼して、 山岳 は、 一 國の 殆ど 三分の 二 を 占め 國 の形狀 まで 自ら 山と レふ 1ゴ 

に似て ゐる (l^i^) と 言 はれて ゐる。 

§1 の 封なる もの は、 1の8 献 i に IS する きしの 5 で、 S 曰 はて & 41 ほ 1ー赠 の 

lib. 翳 は、 羅 知把の環 を f てゐミ 

SOT 山ん 1 は、 i&CMKO 四 尺) を義 とし、 邶 に f もの は 翳に 飽き、 離に? も 

の は I ^酸^の ま i§ (七 さ lo 尺) に » ぃてゐ る。 ^西に 連 亙す る ものが 所謂き 蒙 山系で、 

こ X に s(l •〇 五 】 〇 尺^ •〇 四 四 八 尺) ,11け( 六 七 〇 九 尺) ,i のが 山 を 交へ て、 ぎ 

おけ な、 あっちう ざ かひ 4 ま ひ , > っ^ ほべ か. 4 . 1 お/ - - 3 

mo ろ110 四 尺) その 像の 1 中 あの 山 を a きつれ、 終に 北海に と 落ちて わく 

山嶽 簿說 に多莘 なる 信邋國 著者の 序 



ゐ て 似に に 字お ふ い と 山お か 自§ も 狀ち 形き の m 




(寫 き^ 國, く: 濃 灘" wfptmm^ 聰^ 濃 g 信 ^ る れは 行いと る 





^嶽 は 多 る s 鵾國 著者の 序 



山嶽 傳說 に多袞 a る 憧邋國 著者の 序 

5g、 5 蓝は、 か餾^ の^ を しなければ ならなかった が、 それに は、 ど 一 

うしても、 I ケ 1のま1 に 鍵り、 Brr 鍵 を、 i が § から i 沢 を、 ^か 一 

しまの 211 たぴ ま このさん SJ. く I ^ 

ら^ H 擗 を^り^ けなければ ならない と、 はるばる 科 野國に 旅して、 先づ此 山脈に 天津 速 駒 

たづ ある 3 

を 尋ねて 步 いた . : 

r 力 JJ£ ,fvt ; ゆうかん ほく ほ -- もろ かた 

艄^ は^ US" の « おりました ^、その I! から 生れ 出た とい ふ 勇敢なる 白馬で、 双の 肩 

に は i& あやし、 II に篛を f f 、 ,なると、 i 震の i で ii& の 

1 雜で i むと いふ、 SI^Qii で、 一き でも 鐘 I にぎた ひ 人と は、 どんなに 心き 弱い 

ひ 人と でも、 きっと 愁し4 に islif すと 一 へ、 I も I も、 あ 天 ま £1 と 1 めて ゐた。 

なす! 2 ひ、 ほ s J へ あるお 若い ぉ嫒樣 が、 ふと 速 駒の 魔の 手 f ぶ觸れ ば、 

邦 須國造 は、 と ある 日 ^く 媛ケ 泉, ほとりに 來た 時、 渴を覺 えたので、 駒の 脊 からお 降リ になつ 

た。 する u 、遝駒 は 忽ち 逃げ去つ たきり 歸 つて 來ず、 ^は 持ち あぐん ぼけ^) Q ,で、 體驹の 遊んで ゐる 

ひ 1 人で- 露 ^11^ 出 來デ、 たうとう 此 泉に 身 を 投げて 死んで しまった、?、 おて t^^/^ ? 

の を^た。 ただ^ づ いたので は、 とても、 擗へ I まいと^つ たので、 不意 を^って、 速 駒に 

I の 3 維 (瑨 ほお お, お) を も f ぎる iff, て、 ル^に、 時なら ぬお 



rK. &し、 i の &i あに、 か si をました が、 さう した K 離に 对 きのあった ail 

I は、 その, S び f i に& あって、 p f 議& はすこ 

o ► > ; 、o へ 「上野の 卷」 ン 

とが あると いふ (參 照。 ) 

かう した g ずに 断ぢら る,^^ の g が i から 傲れて * 厚ぎ の 西に ある 有 g 山 CS4^5 

では、 f や 戬、 ー赋 のお I のお" で^たされ て^った と^ひ^ へられて ゐ るが、 これ は、 Mi 

きが、 おの や 山 ま をす i いて、 そのず ii に 1 した I から、 おの 編 f&f の 

f 1 い t に: IT ひ 。へ * についての 所說 は傳說 學ン 

たと 首 はれて ゐる 产に 於て 發 表する であら 60 ) 

t £ 7^ く- さいな スぶ あかいし さん fct する が しな 0: ざ^ ひ れカぼ 巧- t ^ゅ> しぶ ほ 

そのお!^ 毈と叛 仏して、 區の 西^きに ある 赤 石山 脈 は、 験 河 • 信 濃界の 逑峯で 赤石嶽 

しゅほう そのみ さほく まいとし たけみな かたの かみ み わぶ 1 - . k ^t、 

(了〇 二 〇 七 尺) を主峯 として、 其 脈 北 は、 毎年 建 御名 方 祌の神 幸 ある 識訪 湖に 盡き 谇は 

はや ごま き そ さん fgAZ およ , I 

逑 駒の 木 曾 山脈に 及んで ゐる 

『寒い のう。』 

『あ X、 嶽が 白くな つた。』 

鍵の 艇 Mil は、 一寧『1!』 で、 すべての ままと^ 解と を^して ゐる。 それほど、 嶽 

山嶽 傳說は 多牵& あ 信 遴國 著者の 序 



山 鑼傳說 に 多 牽^る 儅籙國 著者の 序 

さ^じん さんかん ひと,^ しんか 5- ちう しん > 

の 山 神 は、 山間の 人々 が 信仰の 中心 ともなって ゐる 

でん &っ やまく くに とうぐう く わん とうさん si ざん/弱 J^M..tr,.PL^l?1Kr ノ カぞ ► * i!x ない^^ L く^ ざん 

か、 る 傳說の 山々 は、 國の東 隅の 關東 山脈の 三 山 (歸ュぎ|!^) を 除けば 圈內& ね 火山 

、n , 5 \ もつ み くわ ざん おも とうなん やつ たけ、. ' • : 々ズ し^ 

(賤^" き 51) を 仏て 充 たされて ゐ る。 火山の 主なる もの は、 東南に A ケ岳 (七 七 A 1尺> 立 科 

やま そのとう ほく ほいい ろ けむ リ は い 5 めい あさま やま I . そ^きた ぁづ ほや やま \ : : : 

山 (八 ョ四七 尺)、 其 東北に 灰色の 煙 を 吐く 有名なる 淺問山 (八 一 八 ほ 尺)、 其 北に 四阿 山 (セ七 七 

ナ なしく わざん るゐ さいが は へだ にし くろ ひめ やま .S つづな さん 

八 尺)、 一 I 井 i にあ 無 火山 彙、 これと 摩 川 を 隔て & 西に 黑姫山 (六 五 四 】 尺 >釵 綱 山 (六 〇 五 九 尺) 

おくし >8. ま むし くら やま さいが は ちく まが は あひな ちゃ 5 すくわ ざん るゐ ^'だ,^ $ > いうめ .3- 

戶隱^ C 六 九 〇 三尺 )• 蟲倉山 (四 四 六. o、 犀 川 • 千 曲 川の 間に 茶臼 火山 彙、 飛驊 境に は 有名な 

お,? ヒ, のりくら が だナ みな^ち いち で,? せつ も しんぴ ザ-.^ ごと また で.^ せつ . さやが は * 

る 御嶽^ 乘鞍^ f 皆 一 一 の 傳說を 持って、 神秘の 囁き をな すが 如きう ちに 叉、 傳說の 犀 川、 

ち くまが ま て,:? リ うが は き そ ^は な :5 れきょ ほんてう ゆうだい さうれ^- ぶ 3 は ほこ お f , 

千 曲 川 • 天龍川 • 木曾川の 流 淸く奔 跳して、 雄大なる、 壯麗 なる 風致 を 誇る が やうに も S はれ 

1 うで ぷ さり, かく ゆうけい き 力れ つ かせん ぴ あ ひま. , さ5 ぬし > につ 

る。 その 1 疊 とした 山嶽の 雄景 は、 淸 冽な 河川の 美 觀と相 待って それ 自らに して 確かに 日 

まんさん すゐぴ ijsv ど おも しか つく.^ この てんねん ,^\ けい • さん 

本山 水 美の 極度で あるら しく 思 はる-^ のに、 然も 熟々 此 天然の 美景 を恣 にす ると ころの 山 

かん ふし ぎ いうし う おもむき でんせつ ひ — しな, やう, い- ズ^ • ^ 

間に は、 不思議な ほど 優秀なる 趣 の 傳說を 秘めて ゐる。 信 濃の 有する 特異なる 點は 全く 

V お 5 まん すう でんせつ さんけい すゐ けい <ゎざ.3. や k ふ-? み.. 

嵌範 なる 一 U 曰數 十の 傳說を • その 山系と 水系と に闢 係せ しめ すん ば.^ まない とい ふ 風に兒 え 

ると ころに ある。 



でんせつ "おかう しなの の < に やま か は ゐげぅ ことごとき i? 

ああ, 傳說に 多幸なる 信濃國 は、 それらの 山、 それらの 川に 圍繞 せられて、 盡く 貴重なる 



がう ど, な- , 

鄕 土の 光 を 成して ゐ る。 



R 本條 說叢誊 編著 者 

藤 澤衞彥 識 Mil 



著者の 序 



S や 山 まの i に は、 iifi に站 い。 £,§g の 鶴 I &、 

§S の義 8 を 1 め、 い ? Illicit く顬 露 iiy 

,も そ 曾の 編) から、 111^ お 

Jsr、y やま、.^ てま ぷれ ぎ, でん^^ ひとよ やま でんせつ ひとへ やま 1 かえう で^せつ やけ 

頭 龍 山 (宗敎 的 緣起傳 說)、 一 夜 山 (九十 九傳說 )、 一 重 &、 i 

^^やま v ぶく^ p カ^^ やつ たけ ひきゃく. Se5 でんせつ むし くら やま 《r や- し^ 5rly^ せつ あづま や 

棚 山 (怪火 傳說 )、 八ケ嶽 (飛脚 篝傳說 )、 蟲倉山 (馬屋の in&、 lii 

やま^め i^jj めい^ *j う す べんお いで,? せつ こくう ざう やまなん でんせつ 

山 (地名 說明傳 說)、 鴻の巢 (變 態傳說 )、 盧筌藏 山 (何ぢ や もん ぢゃ傳 說)、 

^んぼ 巧 ざん ゆえ ぷせ JP^^.Q/> たてしな やま V ねいき でんせつ ふお やま み^か^ きんじゅ など お のお のとく 

金 峰 山 (笛 伏傳說 )、 立 科 山 (怪奇 傳說 )、 二つ 山 (民間 禁呪) 等、 各特 



" でんせつ ひ 

異の 傅說を 秘めて ゐる。 

i こと こま おけ しん ぼ でんせつ とがく じゃま つげ ふで 力せ Q 、、とがく 匕 やま もうし、 おひら の. */ ホ 

® 殊に、 駒ケ嶽 の 神馬 傳說、 戶隱山 出 K 傳說, 戶隱山 を 中心とする 平 維 

もちお よ きぢ よもみ ぢ. で^せ Q」 を だけめ おけ くねん ^fe^ ' く 

茂 及び 鬼女 紅葉の 傳說、 男 岳 女 岳に 闕 する 美 攔樹の 傅說、 黑姫 山に 闢す 

、. 4^ くら 1 ナ でんせ ぬのびき やま i のん えんま でんせつ • をば けて やま 呛 はけ, て 巧 if さタ ほ う 

る tlm ぎの 慰^、 ^^山 i 音の 緣 起傳說 姨捨 山の 姨捨 傳說、 木 曾 山中 

-a s i でんせつ ありあけざ^ きそ ほ だかみ の t ちす- p r5~ せ^^^^^? >s? せ 5- 

寢^ のがの 観^、 お 明 山 を 基礎と する 穗 高見 命 治水の 傳說 菌 原の 箒 木 

ly-Q* ーゥ し i o で.;? せっちう p.s_f- えう > お S-T し』. ' m tr ^ ) > I 

傳說 は、 信 濃傳說 中の 重要なる ものと して 注覼 すべき もので あらう。 

® かう した 1 くの さ 山 T 中う、 IT 山ん たる もの は、 ii • 0e r 山んで ある 

が、 111. f に は、 さ 山ん 11 に W しく i して、 く 4 ざ 山ん た & 

し ぺっ がな * ま そのよせ い * なほ を」 せん 透ノ、 ね 

を ii し i いもの もお い。 けれども、 其餘勢 猶 5! 泉と なって 露れ 



なしけ く わん でんせつ しら ぼね くわせき でんせつ » なかぶ さ きさべ た いぢえ やゆ ふでん^ • やま 

dlki に 1 する liiy 白骨 <: 化^ 傳說 y 中 房 c 鬼 賊返治 英雄 傳說 y 山 

ぺ ち めいせ つめい でんせつ おなか みんかんせ^ ^ほ^ 力, くつ.^ け-いし. い fn!i~i5 メ、 15 &ヽ: 

邊 (地名 說明傅 說)、 田 中 (民間 說話的 傳說) 沓掛 (石 芋 俦說) 別 所 (湧 泉 

でんせつ しょ をん せん きじ ゆ ちめいせ つめい でんせつ • わた > ゆ f、 わ K せ 力 1 力せ わ/、 .^S^L ^/ 

傳說) 、の 諸 温泉、 雉子の 湯 (地名 說明 傳說) 、綿の 湯 (湧 泉 傳說) 鹿敎湯 

ち め^せつめ ^でんせつ とう をん せんち とく. S でんせつ たぶん > 

(地名 說明 傳說) 等、 温泉 地 特異の 傳說も 多分に ある 

1 さんがく とも しなの またす, Oib い ぶんぷ- > . -ぉほ vo 1 ^、 

® 山岳と 共に、 信 濃 は、 又 水系に 分布す る 傳說も かなりに 多い ー體 

こくない たいが さいが は ち くまが は きそが は て. ^おは だ 4 せんせ- * みなこくない 

國內の 大河で ある、 厚川 • 千 曲 川 • 木曾川 • 天龍川の 四 大川河 は 皆 國內に 

まつ ゑち ご ひめ «> ま じ やう》 う ナ るが. ふ じ が は じ やうり 5 とも この 

發 して をる ばかりでなく、 越後 姫 川の 上流、 駿河 富士川の 上流、 共に 此 

ち まつ こま たけ きな はつ さいが は き げんせつめ いでんせ つ 、 か はな かじ ま 

地に 發 して ゐる。 駒 ケ嶽の 北に 發 する 厚川 (起原 說明 傳說) は 川 中島に 

いた こ ぶしが たけ はつ ちく まが は しょしん < わ つどう でんせ がつ ほべ^ い • .》 P 

至って 甲武信 嶽に發 する 千 曲 川 (諸; t 活動 傳說) と 合して 北海に 入り 誡 



I 緖 I 富 四 — 

は *J みな; 2 はつ てんりう おは そくせ.^ か つぼ でんせつ とほた ふみ ナ はち も やま 

訪 湖に 源を發 する 天龍川 (足跡 • 河童 傳說) は、 遠 江 を 過ぎ、 鉢 盛 山 

げんせん いう そが は み © よま おいへ S やう そ- 

に 源泉 を 有する 木曾川 は、 美 濃 を 過って、 太平洋に 注いで ゐ るが、 それ 

えんがん りう ゐせ とくしゅ でんせつ ふく 

らの 沿岸 *流 域に は、 それぞれ 特種の 傳說が 含まれて ゐる。 

- i ^ , す & い さんざい おすう でんせつち う ちつ M りうい, さしが は 

囹 それらの 水系に 散在す る 多数の 傳說 中、 最も 留意すべき もの は、 犀 川 

あづみな ひ S V.2 けい ちす ゐで, 5 せつ くつのお は むほうお ふ よはう でんせつ ^ようこ 

と 安曇 平と に關 係す る 治水 傳說、 沓野 川の 無 縫 塔 (豫 報傳說 )、 蓉 湖と 

な ゐ たき <^ Z せう ぬレ でんせつ. てんりう おは みなち ど す は M くわん お ほ 

地震の 瀧に 闢 する 湖沼 主 傳說、 天龍川の 源 である 誡訪 湖に 關 する 多くの 

でんせつ しまじま ざぷし はしで^ せつ か は なかじま ひ えいゆう せん さう で^せつ など 

傳說 島島の 叛食橋 傳說、 川 中島に 秘めら る 英雄 戰爭 傳說 等で あらう。 

- 1 - このく にと くい でんせつ ふうぞく しれう あめのみ や Lv-f » 

® 此國 特異の 傳說 として、 風俗の 資料た るべき ものに、 雨 宮の猊 踊、 し 

さんく らう *9 そ f うへ だしし &f はる *ゥ ち す は じんじゃ およ とがくし じ. 5 じ や 

め やき 三 九郞、 木 曾 踊、 上田 獅子 踊、 舂田 打、 諷訪 神社 及び 戶隱祌 社の 



r 



飞 



しんじ ち W てき レれぅ えきろ かう れきし じ じつ なら 

神事が あり、 地理 的 資料た るべき ものに、 驛 路考、 歴史上の 事實と 並ん 

» く > ► ** まと fe ける あづみ ぞく • きそ むら かみ うへ すぎ おけ だ さな 

で、 注目すべき ものに、 日本 武尊、 安曇 族、 木 曾、 村 上、 上 杉、 武田、 眞 

だ > に しなら しょし U うは. i <ゎカ でんせつ なら お ほ &驾 せ さ でんせつ 

ffl 仁 科 等 諸氏 興 廢に關 する 傳說、 並びに 多くの 城跡 傳說が ある。 

- 1 .MOJO ゐか 5 もく お す 3 b さん は. S す. で^せつ なら レレ 

81 同類項 目の 多數を 占む る ものと して は、 山系 水系の 傳說と 並んで、 石 

^ゆ もく くわ. 5 でんせつ どうぶつ くわ 心 リぅだ かに 

と 樹木と に闕 する 傳說が あり、 動物に 關 する ものに は、 龍 蛇、 蟹、 鼠、 

がま でんせつ お ほ 

暮 などの 傳說が 多く ある。 

- 1 "ザ, じん?^ せつ ► およ wsq でんせつ こ せき あん とら ご ザん 

® 美人 傳說、 及び これに 准すべき 傳說 として は、 虎石 庵 (虎 御前に 闕す 

でんせ Q お ゃナ巴 うぼ^ お やす ひめ < わん でんせつ かふが い S むら かみよし きょふ じん V4» 

る傳說 )、 御 安 紅梅 (阿 安 姫に 關 する 傳說) 、券の 渡 (村 上義淸 夫人に 關す 

で 9 せ Q • たかを みぶ つ まん ちお か を V.2 でんせつ からいと まへ ま^ じゅひめ でんせつ 

る 傳說) 高 尾の 遣 物 (萬 治 高 尾に 闢 する 傳說) 、唐絲 の 前と 萬壽 姫の 傳說、 



緒霄 五 



め をと ^し そ,:? らう で^せつ こうち ** ぴ ぢょ しらうめ せい ほに はら ぶんじ でんせつ そのお • 

女 夫 石 (村 娘お るすの 傳說 )、 小裤 美女 (白梅の 精と 墟 原文 次 傳說) *.m 

尝 お VJ ぜん やまぶき ひめ あふひ ごぜん < わん でんせつ など > ^rf^^. > ;ぉほ 

e 御前 • 山吹 姫 • 葵 御前に 關 する 傳說 等、 詩趣 璺 かなる ものが 多い。 

T, さら み^か^せつ わて きでんせ つ お ほ „ A のぐ.?.^:^ > 3^?- > 

IS 更に、 民間 說話 的傳說 としての 大きな ものに は 物 草 太 郞の傳 說がぁ 

しゅ づけうて きえ, 5 ま でんせつ お ほ ぜんくね ウ^ P ^せ Q に お々 こ ぢ"! 315 

り、 宗敎 的ぎ 起傳說 としての 大きな ものに は、 善 光寺の 傳說、 親子 地藏 

でんせつ 

の傳說 などが ある。 

- 1 -こ のさ <i でんせつ ものぐさお らう でんせつ ぜん \§ じほんだ よしみつ でんせつ 力る ゆや ほう- 

囹此 最後の 三つの 傳說 (物 草 太 郞の傳 說* 善 光寺 本 田釜晃 の傳說 丄 刈萱坊 

"しどう まる おやこ ぢ V- う でんせつ をば すて やま でんせつ とがくし やま でんせつ もみ ぢ. .S はや p 力 

石 童 丸 親子 地 藏の傳 說), は、 姨捨山 傳說、 戶隱山 傳說、 紅葉の 岩窟の 傳 

せつ す はじ,;? でんせつ き そ ねざ ゆ とこ こま たけ しん ぼ でんせつ ありあけ ざん あ. P, みな;^ 1 ん 

說" 諷訪 神傳說 、木 會寢覺 の 床、 駒 ケ嶽の 神馬 傳說、 有 明 山 安曇 平の 傳 

せつ あは しなの. !5 だい でんせつ 、 D 

說とを 含せ て、 信 濃に 於け る 十 大傳說 と も 蹄す べき もので あ らう 



r 



ヽ 



編 
著 
者 



1 . I — J 

^ § でん &っ た . でんせつ あは ほんく わん x ん で^^つ 

® 以上の 傳說、 その他の 傳說を 合せて、 本卷に は、 二百 五十 一 篇 の傳說 

あつ ぺ.. ジ かぎ ほんしょ あ j *J と え 一 

を蒐 めて ある けれども、 なほ 頁 に 限りが あるので, 本書に 舉 ぐる 事 を 得 

お ま で,? せつ のこ しか もつ ろん ほんく わん あつ - 

なかった あくの 傳 說が殘 されて ゐる。 然し、 勿論、 本 卷に蒐 めら れ たも 

お ま で^せつ なか か 5 もく *7 と お I ひ. ^べにき お ほ 

の は、 なほ 多くの 傳說の 中から、 なるべく 項目 を 異にす^, 比敉 的. K きな 

でんせつ ほと も, あつ . 

傳說 を、 殆 んど洩 るると ころな く蒐 めた つもりで は ある。 



大正 六 年 六月 二十 五日 




^目 式 類 分 



日本 

傳說 



信 濃の 卷 



1 ノ 地名 說明 

一」 傳 說 お) 

ュノ宗 敎的緣 

一一 J 起傳 說 (S) 

孃 



HI ) 瞧 a ■ 



四 ゾ 



匕 

ィ 



身 W 



-n j 



(Co 



六 ソ 

七 ソ 



•1, ヒ 



祭 神 說 

明 傳 說 (4 ) 

、ン宗 敎的綠 

^ 」 起傳 說 9〕 

レノ 地名 說明 

ゴ」 俾說 

e 本簿 甲、 (長 



次 

信^ H) の 名 |附. 驛路考 

善 光寺 (お s)l 長 野 市 北端 大蜂寺 山麓 

駒 返ら 橋 (K§ へ )ー 長 野 市 善 光寺 

阿 ffl 梨 池 (お 長 野 市 善 光寺 

虎石 庵 長 野 市 * 石& • : 

大蛇 C) の 墓— 長 野 市 石 堂 町: 

年越^ (S おし)— S 野 市 狨山遊 園 

親子 地藏 市 is 生 寺 山 麓 

(ごうり、 ,!.• 为产 の 名義 : : 



丄 

"八 

.1 九 

ま 



信 濃の 



卷 



次 g 式 類 分 



卷 



八"^ 七 七 六 六 六 六 お 五 iHl 51: 
— ぶ四ュ 七 五— O 八 八 六 遂 



へへ へへ へ へへ へへ へ^へ 

二る 九 八 七 六 五 四ョ — o 
リ リ リ リ ^/ 、ノ リ リ ^ リ リ 

說化 起宗 說龍 傳山 逸傳 說雨 nm im 傳祭 說居 說吸 仰 民 
^ 蛇說 岳話說 乞 說沼 m Z 說 # 所^ 間 



0^0 罕人長 野き 信 濃 

^ ぶらん 堂 I- 上 永 内 郡 三輪 村 : : • : : : 

(、) t に R 道 i^AS て ふ) s ズ内莉 > '口お ブ字ま w . . 

ro ノ ,r マな/ パの しゃう 」 ij 7' f 0^.4 M.^f 

^ 明 l 叉お.:: Tr ぃプ なン— く 勺お . ,: 

「5) |むが{«ー, さん 」 J^-pi . 

伺 去 (れ さ) の 里— 上水 内 郡 淺川村 大字 饲去眞 光 

英 蓉 湖 上水 內鄹信 濃 尻 村 大字 野 尻: • 

(き 地震 Q) の擊— 上水 内 郡 信 濃 尻 村: 

rlj 一 茶 (^つ)— 上水 s 郄柏原 村 

戶 朦 山 ("^)— 上水 内 郡 戶隱村 

(^ 九 頭 龍 山 a おゆ )| 上水 内 郡 戶隱村 

po^ 戶隱 神社 (ぉ沘)| 上水 内 郡 戸隱村 : :: 

比丘尼 石 (|" に) i 上水 内 郡 戶隱村 



次 目 式 類 分 



ヨ^^ ― o 九 八 七 六 五 四 ま- 

Vw/ s^y リ リ リ リ リ 、ン リ 、ノ 

傳地 說人 傳突 說 九 設杖 說 横 說足 英妖 傳鞍 說 居說豫 說怪 



奇 (5^ 雲上 寺 Q^o の 七不思議 1 上水 内 都戶隱 出 中 字 念 佛寺村 : : S 

(^ 機 織 石 Q は)— 上水 內鄹戸隱 山 巾 舊岩下 村 八 111 

所?^ 猿 丸太 夫 (お r)— 上水 內郡 戶隱^ 巾 舊猿丸 村 <四 

% 、 ^ 鞍 池 (お)— 上水 內郡戶 隱 村 ,::: 八 六 

fes 叙 葉 (1) の 岩窟 U は 丫 上水 内 S 隱村… : « 

& (^ 維茂 (お) の 足跡 上水 内 都 柵 村 大字 §3. 九 

墓 (お 紅 猪の 稼— 上水 內郡栅 村 : ::•••*> 

立 ?簷 箭篦竹 (3 の 森- 1 上水 内 郡 gas* 九 f 

十 九 (21 一 夜 山 (およ) I 丄水内 郡 鬼 無 里:? :. 九ー1 

^5 木 曾 殿 安 吹 (Kr)— 上水 內郡鬼 無 M 村, 

往 73 水 内 橋 SS ち)— 上水 內郡水 S 村 九 S 

名 CK-^b^ やたら ノレ"、 ぐ勺す 1 

き ま) ぐお: Li 才內君 为內村 5 一 H 

0^-0 sis 野縣) 信 濃の 卷 



3 



次 目 式 類 分 



九 六 53: 四— 九 七 七 六 六 五 C33 



へへ へへ へへ へへ へへ へへ 

133 23 123 (233 129 IZQ S ==t ^ さ ョ S 

五四^: ユー o 九 八 七 六 五 四 
リ ^/ ゝノ 、リ リ リ リ v-/ リ 

說靈 說呪 m& 傳地 說蜘 說居 說居 說怪 說靈 說神 說山 傳地 



B 本 傳 罕 -S 野^) 信 濃の 卷 

- 說 r5J り まなし の 社 Q し) i 上水 內郡妻 科 村 

姥 (5^ 阿 姥明神 (おお)— 上水 內郡芋 井村 

馬 (li ^星 (f) の 神馬 (れん)— 上水 内 郡蟲倉 W 

石 (OS 大鼓 石 S こ丫 上水 内 郡 小. き 山 

住 (な 三 竈 G か) I 上水 内 郡蟲倉 山麓 

所 、 ^ 端藏主 (お ざ)— 下水 內郡 飯山& 

所 (3J 靜觀庵 a お: 0— 下水 内 郡 釵山町 -:: 

蝶 rJ? 大 :1 蛛 下水 内 郡 釵山在 山 口 

% 說 高井那 高 井の 名義 

r き 一 つ. 目 鬼 I. 上 高 井 郡 须坂町 

m (き 保 科 (§ し) の 星 嫁 QK)— 上 高 井 郡 保 科 村 

石 (& 女夹石 (13 と)— 上 高 井 郡 高 村 



次 目 式 類 分 



: : : : : : : 在: • • 

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四⑩ 四 四 四 三ち 二三 ラテ 

九九 八 六 o 九九 五 四-九 



五 五 五 五 五 五 五 五 四 四 四 四 

七 六 五'" a 三: =x — o 九 八 七 六 

\^/ ^/ v^/ s^y "^y w s-^ 

傳美 傅 地 傳地 說蟹 說落 說靈 傳地 仰 民 仰 民 說龍 說豫 說水 



刹 (2d 迎ひ滅 、送ら 髓 i 上 高 井 都 仁疆村 . 

報 (JS . 無 縫 塔 (^う)— 上 高 井 村 • • 

蛇 (i 准 岩 倉 池 ss) j 上 高 井 郡 沓野澤 . . 

間 (i5 飯 盛 松 (お?)— 上 高 井郡大 熊の 里- 

間 (o 眉 神戶 Q ふ) の 銀杏— 下 高 井 郡 中 野 I 

-說(^ 馬脊神 a お)— 下 高 井 sssr 

石 (5 傳, i 子 石 (辻丫 is 市 川 村 • • . 

城 (き 平家の 落人 (お)— 下 高 井 郡 秋 山 

山 蟹 (1^)1. 下 高 井 郡 秋 山 

埴科部 (S おな)— 埴 科の 名義: • 

^5 屋代 (r) は 社— 埴科都 屋代町 •: 

1^ぉ 御 安 紅梅 (おけ こ) —© 科 郡 松代& 

B 本傳 說— (長 野 縣) 



次 目 式 類 分 



5" ク まさ き 力 六 六 六 六 五 五 

九 八 七 六 五 |Zg 三ュ 一 o 九 八 
^ リリ リリリ リリり リリリ 

說歌 說 K 俗 民 說洒 說化 說稗 擰寧 傳怪 傅 動 傅 地 傳地 說狨 

m ^ ^ 总 i> ぬ 說物說 獸說物 說名說 名 晚 



H 本 簿 說— (長 野 き 信 濃の 卷 

膠 (き 葛尾狨 (お L)— 墙科郡 S 狨町. : …一 ml 一 

緣 (41 笄の渡 (ig)i- 域 sgl 酑。 1量 一 

^o n ^ 岩 鼻 埴科都 南 修六村 ふ 直 :1s 

轔 (13 岩 鼻の 螢合戰 —埴科 f ぉ條村 大字 鼠 1SJ 

^2^ 大 鼠と 唐 猫 (is)— 埴 S 郡 南條: &大丰 鼠 S 七 

^9n^ 高 尾 Q か) の 遺物 I 埴科郡 南倏村 大*« : 1兗 

( (き 兒雷也 (お)— 坡科郡 南倏村 大字 鼠 • 1 六 一 11 

- 七り 池 (だり〕— 埴科郡 南倐村 大字 金 井 S 

" 02^ 戶倉醴 泉 (おおけ)— 壞科那 戸倉 村 Is 

. (5j 雨宫 a3 の猊踊 (針 を )| 植科 那雨宮 e< 字 雨宫 一 六 六 

- 山嗚 (お). ー 埴科都 淸野村 大字 涛野 一 さ 

, 一 重出 (おへ)— 埴科郡 奴狨ぉ 代の 東 山 : ! 七 1 



次 目 式 類 分 



濃 地:::?::::::: 

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說化 傳史 的 民 傳地 說怪 傳英 傳英 說血 的 高 說呪 說姨 傳地 
火 說维^ 餅》 姐捨 

J ^ S 說 广、. ハ^へ 戰ハ "A ハ ^ 



名 



1^ 觅? へ 部 (拜1 丫. 更锐の 名義 : 

5 J 

姨捨 出 ( 級 鄹更鈹 村 

k 翁. ばた ン -! l^i. ... • • 

3 ^ ^/ tt い , が ら す ) -r, ノ ナパ. ,.13 / f も- 

3^ 色 形 as) 灰の 御像丄 村:: 

1^ 三 水 Q み ) の 泣 池 fi 郡更府 村 大字 H 水 

f rr XL; え" 、か はな ン ii ,B d0^ups 

4 ソ ガ; tr ,ぉパ かじ ま」 Tcii ,1f 

.5^ 胴 合 橋 更鋭鄹 小島 田 村 

.5^ ばか 火, I 更繳鄹 共和 村 字 小 松原 

-C..1 ン ノん. ;ぉ|ュ::,心广 ごうお j 3£ ,> <s 

、i^ 難 食 橋( ぼし)—. miggs 曇 村 大字 岛鳥 . 

..、 義民 多 E 嘉爭— 南 〔直 lis 村 大字 屮萱 

、』 411 骨 (お) の 龍 穴 (お)— issics^ 

B * B 說— (長 野 驟) ^ 



次 目 式顏分 



の 



ハハハ ハハ ハハハ ハ八ハ . 

"リリ りり りリリ りリり り 
傳地 仰 民 說足 起宗 說墳 說化 傳捥 英鬼 傳地 傳起 俗 民 的 民 

ま 間 跡 ま敎墓 #%1,說!^き - m 



嫛的 



問 

へ說 ^ S 說 



B 本傳 說— (長 野 II) 信 一 

物 萆太郞 (S お 3— 南 安藝 郡 S 高 村: 

4 穂 高 祭 Q お) の 前驅— 南 安曇 郡 K 穆高村 • • 

-3^ 信 濃の 眞弓 (r) j 南 郡穏 高" 安曇 地方 • 

0^ 有 明 山 (gu)— 南 sal 郡 有 明 村 - 

ぷ 中 房 山 (お 衩明村 大字 中 © … 

4^ 鼠の 穴— 南 安 © 郡お 明 村 大字 鼠穴 

.5^ 信 U) の宫— 南 S 曇 那攩尾 谷 - 

.5^ 二 僧の 墓— 安#郡 佐 野 ::- 

、お 泉 小 太郞— お 安藝 郡 常 磐 村 字佛峙 , - 

,3^ 鬼の 足形 石 (gtt)— 北 安藝 松 川 村 字 野の キ 

、1 眉 相^ 川 Q お) ー 北 安 暴 那會染 村 - 

登 波 離 橋 北 安曇 郡 陸 鄕村字 白 駒: 



次 目 式 類 分 



o o o o 09も ズ七六 五 四 

俗 民 說呪 傳地 俗 民 傳起 的 民 說靈 傳英 說沈 說治 傳謠 說山 

間 • 說匚 間說 s s ハ吖 に〜 d 姥 



傳 山姥の 石 座 U ぶ) I 北 安曇 那大塚 新田 揚籠村 に 9 

^ =r き 神社 (^gs じ) I 北 安藝 5- 曰 市 村 S 一 

I 肩 安曇 平 S お )1 北 安曇 鄹平村 ニー 五一 

腐 中 綱 寺 Q お). I 北 安曇 鄹平村 中 綱 霊 

. ^ 仁 科 盛 遠 (化ぉも)— 北 安曇 那木 © 湖畔" S 一一 一 

• 0, 連理の松 I 北 安曇 郡 舊駒澤 村:: S 

,話, 諧謔 全享 (5 ぉぜ) 1 北 安曇 那舊 駒澤村 一一 矛 

H. 川 ー. 南. 北 安曇 • 東 筑摩鄹 • : : S 

, ^ しめ やき 三九郞 I. 南, 北 安曇 那 地方; 霊 

、5J 筑摩郡 (SJ^)— 筑 摩の 名義 :• S 

、お 深 志 城 松 本 市 中央 S 

へ 《5 投 草履 Q£ ざ)— 松 本 地方 i 一 

B 本蓐 說人長 野縣 ) , 信 濃の 卷 



遂 目 式 類 分 



七ミ SSiSS 二 ョミヌ ミミ 

^-^ '、ノ ^-^ 、ン v^' v^/ v^/ 

舰 傳地 請 說人 傳地說 魔說。 說名 占 民 仰 R 謹 說治 

說名說 方 石 影說名 A 旗 ナ 卜^ p „ . ^ 
ffv ゆ ^ す ^ 水 ^ 木せ 仏】 ^ 水 
^ 八^ へ^ ハ式^ へ禁 ^ハハ 

m wte ^傳 £* Kfe え 億 え 儘 ? m 12 信 6 糯 ス啮 



B 本傳 讒— (長 野 S 信 濃の 卷 

松 本 平 ssr)— & 本近穷 五十 餘方 M S 

美しが 原 の片石 £T 議 SS 入 入 :… … S 一 

緣切 石 (はお ノ 內村 • … 一一 六 六 

相場 石 (だ ぼ), —ま筑 磨 s 立 峠 麓 :•:::: S 

重 玉 松 (れ SD—Kgs 中 山 字 ::. M 

の 後 1^ li Kig 摩 郡 生 坂 村 。: ニー 六; > 

水澤 (SS 1^ 筑摩郡 鎪多村 字水澤 • : = 六ん 

出邊 溫舉、 お 勾)— m 筑摩郡 人山 逡村 S 

高 力 (お) の 輪 im&ss 金 井原 , II 

鶴 石 1^ 筑摩鄹 洗 馬 村 大字 本 跪 Hf • S 

太 田の 淸水 I 苽筑摩 郡 洗^ 村 大字 太 W 5 

精根が 無 1^ 笾摩鄹 桔梗 ケ原 一一 ヒ六 



次 目 式 類 分 



九 



九 



八 



說居 說居 說 沛 傳起 傳地 說怨 設 n 傳起 傳^ 傳英 傳地 起宗 



m m Sb 



說 原 說名 

r^\'i^ 广、 おと 



pKi 說名 說雄 說名 傳敎 
ハ緣 ,M 嫛的 



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zfu zfu ノ、 八 7 l v 八 八 八 ノ V y\. -fc; -tT 
i ョ九 7、 八 七 五!^ 四 O 九セ 



11 



^ 牛 伏 寺 (は) —SB 郡 かほ 村 

、^ 牛 堂 (^)— 東筑摩 郡片丘 村^ 內田 

.i5 義# (お) の 舊里— ぼ g 摩 郡 H W 村字宫 ノ き : • 

^ 楚割 (7) の鎗 (ひ jss 鄹檎川 村 大字 贄川 

3 お 六 櫛 (^<)— 西筑 is 木 曾 村 字齩原 

不種菜 (お)— 西筑摩 郡お 瀧 村 字 子 持 • : : : 

,. ひ 蛇が 觀—ぉ 统蟒 都三岱 村 

^ 殿ぶ)— 西筑摩 It 大桑 s< 字 殿 • 

ゆ ゆ V- f さ その かノ i L.T7 Y^u :-ぜ ,刀 ^ r ?ペ寸 • ► 

7 んチパ けばし 、 rp<w 氣索^^ メノ , あ, Ksr 

寐瓷床 Q お) Is 筑摩 郡お ケ根 sss • 

^ 三歸, :) の 里— 西筑 St 駒 ケ极村 字 ョ@ 、 ( , 

^ 兼 好 數 两筑摩 郡 神 坂 村 字 f , 

X J 

e 本 S 魏丄 E M 



次 箱 式 類 分 



四 四 S さョ三 さョ ミヨ ミミ 

-— o 九 八 セ 六 五 四 三- ~ o 

^ Nw/ ^ ^/ ^/ v-X 、リ 
的 民 仰 民 俗 民 說史 說绒 傳地 俗 民 說靈 傳英 說樑 說怪 傳水 



B 4$- 傳 說— (長 野驗、 信 濃の 卷 

m 野婦池 摩 都駒ケ i 北 麓 S 

火 (6j 燒棚山 (g^> —西 筑摩郡 駒 ケ根村 字 宮ノ越 ::ニ一も 

墓 (き 小子墳 (お Dls 筑摩郡 木曾黑 川::: 丄一 九 〈 

神 坂 (3— 西 钪摩郡 神 坂 村 11 究 

鳥 (1^ 十一 鳥 西 筑摩郡 木 曾 山中 so 

問 (05 木 曾 踊 (ss*o— 西 筑摩鄹 木 曾 1 帶 11101 

小縣郡 (お 小廳の 名義 

跡 r3 傳) 上田 城 a お)— 小 M 郡 上田 & :1 

傳 的 (2J 小松姬 (おつ )| 小 驟鄹上 SW 貪 

間 (^ 上田の 獅子 踊— 小縣郡 上田 町 • B1 二 

間 (3 眉 雷電 爲右衞 門の 碑 1 小 驟郡滋 野 村 大字 大石 一 一二 四 

f Jf(i5 田 中の 里— 小 縣郡縣 村 字 田 中 …一一 二 七 



お 



次 目 式 類 分 



八 ハ 



八 ハク 



五 5t 五 五 四!^ 

三 = 一 O 九 八 七 六 五 四 三- 

り^/リ^ y リ n^/ ^-ノ ^ ^ ^ 
說石 說沈 說湧 や 何 說怪 傳准 說落 傳片 說靈 說神 仰 民 傳英 



隱 出? 生) 海 野 a 郞行弘 o^srv— 小麗 1 本 ョ< 

間 (お 八日 堂 (お か )| 小き 郡 神 川 村 大字 國分 : : 5 

石 水 現 不動 0^ ん)— 小 驟郡殿 M 村 大字 赤 坂 き 

校 , ^ 狩 野^の) の 筆— 小縣郡 殿绒村 大字 赤 坂 き 10 

說目 、 ほ 瀧の 宫の 片目 魚 (おめ) 1 小 I 殿 i 大字 赤 ® 

域、 J 米 山城 小縣 鄱 神 科 村 大字 上野 ーーーラ 一 

^ ^ 血潮の 酈躅. I 小 縣郡祌 科村大 宇山 口 

火、 J 山 口の 一 つ 火— 小 驟郡神 科 村 穴 字 山 口 W 一 3 

ぜ^ん 3 じ) 虚签藏 山 (お") の 無名 木 (は^) I 小 縣郡鹽 尻 村 上鹽尻 • i 

泉? J 鹿敎湯 (i ぼ )1 小 驟那高 梨 村 雲 

鐘 須川 (S か) の 池 I 小廳郡 城下 村 大字 小牧 • Is 

芋 (き 沓褂 (お) の石竽 I 小 縣郡靑 木 村 大字 沓褂 5? 

a 本傳 說— 3 野驟) 信 濃の 卷 



IT 



次 目 式 類 分 



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七 六^: 五 — 。九 



六 六 六 六 六 六 五 五 五五 '; .50: 
五 IZS3 S =i 一 O 九 八 -ぉ 六 五 

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傳俚 起宗 傳地 傳地 傳地 說變 的 民 仰 民 mm mws 說靈 說欺 



m m 傳敎 說名 說名 說 3 



傳間 



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傅敎 



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お 4ゃ 傳 ills 野騾) 信 f 

伎 ,ざコ条ぅ.,^^ 、^らいと ノ さず マ,: ふ、 改ん じノ! 卜 M 

{(4 ノ 度凝 グ.、 のまへ こ 1 まま" ffi: 广 ぬひめ J— バ& 

^ 0, 弘法 石 (;^ 5)1 小 縣鄹西 S 田 村 大字 前山 * . 

七久 SK ほ) の 湯— 小 驟郡别 所 村 

S 結緣 (お) の紳. ー 小 M 郡 別 所 村 

-ヽ J5 美欄樹 (ぼん )ー 小 K 郡 別 所 村 

西 行 (?^ o の麂橋 (sr)— 小 縣郡別 所 村. 

(1T3 诚 の" — パ^ 君 rASB あ ナ.: :rr».N^ 

0^ 四阿 s(s 丫 小縣醫 阿山 

說(リ, 佐久郡 (おご)— 佐久の 名義 

說 (3J 滕間田 氏 (I!; ま )!. 南 佐 久鄹臼 田 町 大字 膨間. 

紫の 雲— 陶佐久 郡 野澤町 

說 (お 玄三 G") のお 鬚 南佐久 鄹野澤 町:. 



攻目式 類 分 



卷 



きさ S きさ さョ、 さささ^: ち 
さ 六 六 六 六 六 六 ->\ sr. [お 

五五 四 四 ュ; =i— o 九 七 四 九 

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七 六 五;^^ュ 二き ぶお 



傳地 傳事 傳地 說居 起宗 傳地 說笛 傳起 說成 傳事 說神 傳成 
說名 難 說名 傳敎 說名 ル 隨 ^ 說物 , 說長 

ハ說 _設 & ' ©fi 



り ^ J" ~ 說 ^* ^ 



子 安寶, 珠 ii 南 佐久郡 野 揮 町 大字 三お 

ひ、 めノり し\ — JZ 亡、 w?u-r 

、1n カー を」 に-. K- inf ク君 eH^- 町 

: ^ f.. メズ 二,! f ぶ、 こうしょく ン L^b.fi.f . , 

- o ン $ C お だ ^ 广 とうお い 」 I ^H/TA-il^^ 

,2〕 广ぃ 10 饽 ぉタ 菊^' び ttb- , , 

ず s K^fe 、そばむ ノ. , 1^1 - I 

、oq ン 墓 4i 广 ぎの ふし 南^ ク君 .:=::. j あ , 

傳 、ム条 ,;::;■、 3 んぼノ り 乒豢 — J^-rr : • 

伊倉 山 (おら)— 南 佐久郡 川上 :2 八 字 居 倉 :: 

^ 御符祭 (お ま)— 南佐久 ®E 口村 大字 ノロ… 

: き 平贺 冠者 (=§ マ)— 南佐久 K?K 村 大字 平 S 

.^ 內. h (お) の 月透窟 as と) 丄星久 S: 山村 

^ 飛脚 ilalro— 南 佐久郡 八ケ鎮 

^ 岩 村 田 む). I 北 佐 久郡岩 村田& 

e 本 說— (長 0^ 信 濃 



次 目 式 類 分 • 



/^ハ ハ^ N ハハ 二 ハ^^ 

。 ひさ o リリリ リリリ リリ 

說靈 說成 傳英 說神 傅 地 傳山 說歌 說娀 說足 說名 傳地 傳地 
說雄 說名 說岳 一 _ _ L 說名 說名 



a 本傳 魏 人 長 野 s r" えき 

說明 長 土呂 北佐久 郡お 村 田 町 大字 長 土 a f 

(6 〕 4 

0^ 鳥 追 (お)— 北佐久 郡お 村 m 町 奏六 

广 6 J 

不、、 相 生 松 (S 丫 北佐久 I 村 S S 

(& 皓月 QS) の 輪 —北 佐 久郡金 井原 一一 一六 八 

跳 r お 小 諸 城 北 佐 久郡小 諸 町 §〇 

(8J 追分節 (お 5)1 北 佐 久鄱西 長 倉 村 大字 追分 邏 

出 ( 淺間山 d)l 北 佐 久都西 長 倉 村 大字 追分 S 

說 rop ^井 PHfer)l 北 佐久郡 i 長 倉 村 大字 輕 井澤 ーュ畫 

仙 、 J 香爐岩 (おろ) 1 北 佐久郡 H 井村 大字 香 坂 S 

: ^ 永 壽王丸 (お^)— 北 佐 《郡ョ 井村 大字 安原 一 i 

長 、 J 縑倉石 (お: 01 北佐久 S 一井 村 大字 安原 

夢 、 傳) 駒 形 石 (^ビ I. 北 佐 久鄹大 井村 大字 柏木 一一 一^ 



6 

1 



次 目 式 類 分 



O zfxt zK» ん 九 九 九九:? ^ 九九 
〇 九 八 七 六 五 四 三 は— O 



mm 說祌 說物 說 a 說湖 傳地 傳動 說怪 傅 祭 傳諳 傳地 起宗 
傳敎 _ 氣 沼 說名 難 _ 說神 說神 說名 傳敎 



說, 



的 



影 



摟 ハ主 へ說 ハ戰 



奇 



、活 へ說 K 的 



41 布引 山 北 佐 久郡川 a 村 

望月 (n) の牧 I 北 佐 久郡本 牧村火 字 望月 S 

2^ 知 具 麻 河 伯 a おの )| 信濃屮 部の 東 偏より 北部 一ーー< 六 

6^ 貞保 (お) :親 王— 北 佐 久郡北 御牧 村大宇 下の 狨 】K 八 

お 立 科 山 (おれ)— * 佐 久郡立 科 山 一ース八 

.M 慕 翁 QSI 北 佐 ISS , S 

諫訪郡 ("S ご)— KS の 名義 S 

7 、 

^ 諫訪湖 (おの)— 諷訪郡 … :•: S 

^ 轉寢 (お) の 御 夢 |5§ 郡 諷訪湖 11 

、lj 衣が 崎— 諷訪郡 陬訪湖 11§ 

,1^ 明 神の 御 渡, ON (お) —SS 郡 RS 湖 S 六 - 

, レ 一 7 

誠訪 神瓧 (お?)— 5S 鄹 中州 村卡 町 一! 一九 八 

B 本傳 說 |( 長 野驟) 信 濃の 卷 



次 目 式 類 分 



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八 七 



仰 民 傳^ 說 湧 傳ヒ 傅 七 說手 說魔 說底 說准 說贄 ^ 民 說赘 



說人 



說不 說不 



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卜 間 



E § 傳 長 野 驟) 信 使の 粒 

元旦の 蛙 狩. I 雛訪郡 御手 aw き六 

^3^ 五穀の 简粥 (お) ISS 郡雛訪 神社 

^ ?傳) 高 野 (r) の 耳 割 鹿 (^l)lsw 鄹雛訪 神社 S 

^;^ 御作 田 (は)—難訪 鄰歡訪 神社 -I 

^ (き 葛 井 Cj ず) の淸池 雛訪鄹 譴訪 神社 g 九 

^ (3j 齊 殿の 點櫞 QIO—SS 酿訪祌 社 : so 

跡 (き 手形 石 (はた )| 雛 訪郡卟 州 村 き 

ヌ^ 四十 九 不思議 1RS 郡 神社 SI 1 

思 (J5 下 詉訪の 七不思議. I 教訪鄹 下諷訪 S 

泉 (& 綿の 湯玉 (I だ )| 識訪郡 下雛訪 S 

足 (lj 手長 足 長 ("I あ) 訪鄹上 飄訪 町 S 

間 (《^ 長 田德本 (SM と) の 墓 I 雛 訪鄹長 地 村 大字 東 堀 四 ー< 



-I 



次 目 式 類 分 



四 三 O 九 八 ーヒ六 五 四 

v "-^ "^-y \^/ ^/ 

說水 說人 傳鸚 傳捥 說欖 說神 說風 傳祭 說^ 的 民 傳地 說怪 

說 說祌 傳間 說名 
神 悟 1 ^鶴 貸 墓 仙 穴 = 狗 說ヱ : 默 



.31 山 神 (おの) の yKS"lss 郡 機の 木 新 s S 

,畑 伊那 郡 Qrol- 伊那の 名義 四 i 九 

上 伊那の 阿三 (1)1 上 伊那 鄹 1 • "110 

天狗 栗 上き 那郡ヨ 分峙 四 1 二 

7^ 守屋嶽 (おや )| 上^ 那郡 藤澤. 片倉村 四 一ー11 

風穴 (^^)| 上 伊那 郡 伊那 盥村 大字 浦 S11U1 

青 牛遨 ±(l^!r)— 上 伊那 鄹 河南 村 宇 勝 間 ■ 

,、 犬 房 丸 a 詣) の 墓 I 上 伊那 郡 小 出 村 四 1 一六 

,5 穴リ 王 墓 (お)— 上 伊那 鄹松島 村 21 一六 

.Jj 鸚鵡 石 (S む )i 上^ 那環 向村 大字 大荩: 四 11〈 

^ 眞 菰池 (お S)— 上 倂那郡 富縣村 大字 貝 沼 • : 四 11 九 

: お 浮 厳 (お)!. 上 伊那 郡 赤德村 大字 赤須 go 

ra 本傳 說 ー( 長 野縣) 信 濃の 卷 



id 



次 目 式 類 分 



九 八 



七 六 五 四 三 

、 / v^/ *W s^/ v^/ 、ノ ^ ^ 

說居 說怨 說靈 傳動 說山 傳妖 說名 傳植 說祌 說墳 傳猿 說森 



e 本傳 說 |( 長 野驟〕 信 饋の卷 

林 (2i 美女 (s J の 森 I 上 伊那 郡 赤穗村 大字 赤須 , :-I „ 

^退 (11 早太郞 (^お)— 上 伊那 郡 赤穗村 大字 上穗 • g 一 

墓 (き 五郎 山 ar 丫上 si 郞山 …靈 

馬 (J? 駒ケ嶽 (おが)— 上き 那郡 駒ケ嶽 S 一六 

| 化 (4 いはな I, 上 伊鄹鄹 駒ケ嶽 M 

木 太宰 (r) の 松 I 下 田 町 S 一九 

岩 見 重太郞 羅督 町 S 

姥 (お 白山 窟 (ir お )| 下 伊那 郡 上 飯 田 村 闥 o 

、 

| ィ (J5 蟬蔵 (お )| 下^ 那郡上 飯 田 村:: 四 S 

杖. 不捨山 (ぉ忱) 如來寺 (おら )| 下 伊那 郡 座 光寺 村. S 

靈 (お 最後 塚 (カ3| 下 伊那 郡 座 光寺 村市揚 S 

所 (お 萱垣 御殿 (ま 1)1 下 伢那鄹 鼎 村 字 山村 1 



次 目 式 類 分 



四^ yt 四 四 四 四 四 iza 四お ョ^ 
九 八 七 六 五 四 三 — O 7s. 

俗 民 傅英 說陷 傳池 說賓 傳英 說箒占 民 傳樹 傅 器 說黨 說名 



說雄 



"名 



說雄 



ト間 說木 說物 



木 (i5 核 Q) なし 柿 (お )| 下 $fe 郡コ S 村 大字 立 石 

石 (、 立 石 (は)— 下^ 那郡 三穗村 大字 立 石 ,gM 

精 (& 飛 袈裟 (お )| 下 伊那 郡 下 川路 村 四 四五 

精 (お 小 桂 美女 下 伊疆下 川路 村 ,四 2HC 

^4^ 二り 山 (おつ)— 下 忉那鄹 山 本 村 • 园 九 

不 rlj 菌原 (お) ー. 下^ 那郡智 里 村 大字 藺原 • 翌 

も (3J 古 • 神 坂 (おみ), I 下饼 那郡智 M 村 : 四 g 

(c^ 尹 良 親王 (^お) の 墓— 下 &那郡 浚 合 村 大字 波 合 :1 

說 (、 鎮西之 村 Q おい )— 下伢那 si 鑕西之 村 : • : 四 量 

^ 9^ 水底の 森 I 下^ 那郡^ 觅村. …… 四 五 四 

鎌 倉 櫂 五 郞景政 おご) I 下 伢那郡 大下條 村 大字 南 條* :1 

間 、ム 春 田 打 (おた)— 下 伊那 郡 島 田 村 大字 笠 

B ^ 說! (長 野縣 〕 信 濃の 卷 



百 



次 目 式 類 分 



ハ 



^ — ■ o 
リリリ 

傳英 傳河 說足 
說雄 說童 



B 漆饍 說-, (長 野縣) 信 濃の 卷 

,(4 傅) 箱 石 (は) 大明神 —下 伊那 鄹大久 係 村 舅 

駒? ^ 天龍川 (お S) の 河童 (『)— 下 伊那 鄹天蘸 川 四^ 

戰 (お 釜澤 (譆) の 詩 下 伢那郡 大鹿村 大字 大河 原 四 五八 

ロ繪別 § 山間 (お) の傳說 • 卷頭 

口 鰭 別 刷 古城の 傳說 ::i 

揷 繪 本文 入 山の 形狀 Q た) の 信濃國 • ! 

挿 繪本 文人 萬 治 高 尾 (ns) 被服の 卓袱 (U) …:: :一 六 o 

揷繪 別 S 雨^ (おの) の猊踊 (犹を):: 山 •: ::• ? 

揷繪 g 刷 信 濃 國の物 草太郞 二 

附 錄 1 覽表 信 濃國古 城址: •: S 



I 僞 濃 の 卷 • 分類 式目 次 OS?) i . 



說傳明 說名地 



细 i 信 濃の 卷 




ひ 、ョ れ? 』y 、最も 古く ノ> ね: * やま カか » し,^ さ ふお ほ k かげ も そと も さと ざと ひ たて ひ よこ さと 

水 S 力る 信 濃 (剥 乃。 〕 の國 は- 山 高く、 級^ 多く、 影 面ず 面の 郡 郡、 日の 縦^の 橫の 1 

^9 さんかん くまぐま ぐんきょ くに かたお お 2> か やま a , てこ , 

山間の 隈隈に 群居して、 國の形 も、 自 ら 山と 言 ふ 字に 似て ゐる (r 信 濃 奇勝 錄」) と, は 

レ 50 バ. ?、 タバ" の S ほ * . み ^ の ゆ ほきみ せう きんげ うおめ のおみ つくらら しなの? - i ち i 

れ る 天武 天皇 白 凰 十三 年 1 一月、 三 野 王. 小 錦 下 釆女臣 筑羅等 を、 1J!ii7 に^し て、 游の親 

を 看せ しめ、 將に、 信 濃 國に都 を 定め やうと なされた crtTT 本 JS の も、 1 く、 i を 1 うて^ 

^ けんき <5 のプか じぞ つへ き な > 

0P 險魏 自ら 城壁の やうに 成って をった 故で あらう と 言 はれて ゐる。 0. 信 濃 奇勝 錄」) こ 

信瀵の 名! S 野 職) E 饕の卷 



說偉 明 說名地 



信 籩 の 名- (長 野縣) 信 濃の 卷 

やまぐに しな さ ふ ひ, i お ほ』 > : 、更級 〔さらしな〕、 埴科 〔はに しな】、 仁 科 〔に 化な〕、 推 科 

の やうな 山國 で、 級 坂が 非常に 多 か つた I 【^な〕、 S 科 〔たてしな〕、 倉 科 〔くらしな〕、 波^ 科 〔は 

な^ ところから、 %4ぉ き I; のま^で、 ^緲 は、 おく^ IT と^ づけら れ たので あらう。 

い へ 。 へ 「古事記」 を 按ずる に、 『神 八 井耳 命 之 後 科野國 造』 となす 旨 n 瑣^ 

(「古事 s」) と 言 はれて ゐる V 穗宮 朝以ニ 茨城 國駔建 許 意 命 T{^l 科 野 M 造?』 など あるの は- 成^ 帝の 《 

^0 一 や 艄 めて、 ,5 きき 陬 かれ、』 また、 『& i 六^ 七月、 き 濃 信 濃の 塔 は 

81^ のた め、 その ml は ^戦な ii であった ところから、 ぎ 蘇路を 通る。』 と 「續 日本 紀」 

に^えて ゐ るが、 徹^の 璐は、 ^お (gs が 零 獭の 11^ の ii であって、 昔、 信 

&8i 船 は、 ^^つての 4 ると て、 えに^ もろとも 漱き 被に 弒^ り、 あへ なく 黄 

^の^とな つた 0. 宇 冶 物語し とい ふ ¥ き^は ii のと ころで あつたが、 然も、 木 會の棧 き 

の^なる^ は、 ii の 雛に^ ベら る-ほど、 よりも 一 酽 i 難の 場所であった。 然し、 延 

ぎ爾ず でも、 繫は、 £ ち 1 にあって、 ま、 謹の i& の 1 かれ、 i に まった 紙 道 

が i け、 一鍵 气 1 まって、 お K が S! の if なる まで、 き f£ いまで あつたが 

I てお!^ に、 だ^の 键 11 を S ら にされ てから は、 さしもの!^ の 神の 御^も、 野 m に ふ 

C ナ *, VP しなの ちか *• お ほ 

さが かて i も i えてし まった。 (「信 濃 奇勝 錄)」 そ の 野 驚 は、 昔から、 信 濃の 地 を 限って 多く 



說傳明 說名地 



しげ、 , — 、 4^ ^び,. s 矮 :5 か? へ 美 镄と信 濃と は、 冬 降る 雪に よって 分 たれた。 その 韧 

繁. 9 これによ つて 上野 *遛 後の 堺を 分つ" 雪 f 降る 顷、 美 濃 路の方 は、 降る よ n 消えて、 暂 くも 

保たない が、 ぼ漠ハ 地 は 消えずに 積って、 皚々 たるの « である。 即ふ信 濃と fK 濃) is 、^ぼ 1 てなる 

Mi 堺は、 此^§ ^が、 涫ぇ ざるに よって 分 たれた ので あると 言 はれて ねる ) と? 〈ps れて ヌス 

1 である。 0^ss00^^Jf と I まれた S 讓」) の も、 

で、 き !i はおくから、 きを 11§ して ゐる。 この 意味から、 信 濃 は、 また、 篠 野の 轉 じて 國 

ら? -き a ,; * い その へん くに ざ かひ きつ ねん • Kfc 丄も 、 I 

都の!^ をな したので あると も 言 はれて ゐる。 其 邊の國 境の 木に 七 年に ー攛 下詉訪 から 

MS が i ぎって 〔^& を 打ち込み、 境の しるしと する ことが、 古い 昔の 例 で あった さう だ 

しな の ク、 に しな き: > ^ お ほ > 、 やま- . . 1^ 

rr 信 S 奇 ii 錄」) が、 さう しなく とも、 信 濃國に は、 利の 木が 殊に 多い ので 山の Sis; は 自 

< -, そのし. X き か は まっしろ す は じんじゃ お; X つ, 川 ^^^< もち 

ら つくと も fB はれて ゐる。 其 科の 木の 皮 は、 眞 白で、 詉訪 神社の 祭 禮の裝 飾に も 用 ゐらる X 

徵 だから、 徵& の斷^ は、 この 科の 木に 因んで 名づ けられた ので あらう 0. 國名 風土 とも 

首 はれて ゐる。 

かみよ S そ ^ ひでみ ぞっ户ん> さい 中ん、 1 ま.! な, ^たの^と へ 『大國 、王祌 の 子で、 母 は 沼 名 河 媛で ある。 s< 

祌 代の 昔、 其 詉訪 明; ^の 祭^で ある^ 御名.^ 命 I 鳥 船 命 及 建御赞 命が、 大國 主神 を怔 する にあ 

たって、 ,名 方 神 はこれ に 吸せ ず、 大石 を擎げ * つてい ふに は、 妄に吾 國に來 る 者 は 誰で みる か、 カー を^ 

5 いいい^^" 戲 H つ I た S れど も、 たうとう 敵せ ず、 鬼って、 信 濃の 洲 psa に 至って 降 を 乞 はれた 

誓ってい ふのに、 我は此 地に 隱れて 出で まいと。 今、 - 認, 明 神! の 上、 社: に :«、F- が、 ま《 お ザ 4 こ鷇ル & 

れ である。』 と、 「古^記」 r 延喜式 神 名 帳」 に^える C 一 曰本紳 話の 卷. sio 7 f /^telrs 

信 馕 の 名 ー (長 野縣) 信 濃の 卷 



說傳明 說名地 



僭邋の 名— (長 野縣) 信 濃の 卷 

ころ この <s と お ほ あな もちの みこと 屮<な ひこな Q み こと にん i のく に めぐ ある UAJ 

んでゐ られた 頃、 此 命が、 大穴 持 命 と、 少彥名 命の 三人して この 此國を 巡り歩かれた 事が | 

あら よ と 4t~ このく に £ の は くさのは .fe じな しなの の たま | 

あつたが、 阿羅 野 を 過ぎられた 時、 『此國 は、 木 葉 も 草葉 も 品品で ある。 品 野で ある。』 と、 詔 

し i しの は は しなじな しな Q おん は の しなの よ 

はれた。 科、 篠 まじる 美しき 葉の 品品の 『品 野』 の 音から、 されば、 即ち、 信 乃、 信 濃と 呼ば 

れる やうに なった (「信 濃 風土記」) ので あると も 言 はれて ゐる。 

„ , まんに ょゥ しぷ こく か 

I なの 路 I 「萬 葉 集」 十四 國歌、 

しなの のぢは い さの は, り ,ちか り ば, 产に あし、 ぷ ほ.' レ, む-々 く、 ド, け -ir.s&SL つ 

^ 信 濃 道 者 伊 窳能波 里 美 智可里 波 彌爾安 思 布 痲之牟 奈久都 波 氣和我 世 ? 

「^お^」 に、 『天武 天皇 十三 年 。百) 二月、 遣 n 三 野 王 小 錦 下 釆女臣 筑羅等 於 信 

なつ はじ ら ^ 

濃國 T 令 地形 T 將 1 都 n 是地 1 歟云々 。』 夏の 始め、 みぬのお ほきみ、 うねめ の をみ 等歸 

のぼ しなの づ け. s 玄ぅ み > 

り 登りて、 信 濃の 圖形を 進す と兒 えて ゐる。 

しょくに ほんき てんむ てんのう でう /MQIy 41111 13\ ぐ わつ しなの は ► . 

r 繽 B 本紀」 文武 天皇の 條に、 『大寶 1 一年 (対 f 三月 信 濃 國献, I 梓弓 一 千 一 一十 張 t 以 

ち v き to へ 雲 元年 四 3 信濃國 ン玄 トニ ョ、 台 I ml Ji へ按 文武 紀十 に 月? ぶ 

充 11 太宰^ ズ献 一一 梓弓 一 千 四百 張? j 玆年十 一 一月 始開 = 美 濃 國ぉ 蘇 は 道 ス明紀 十二月 群蠅等 事史 

I。 同) 大寶 三年 正月、 遺 n 從六位 上 多 治 比 武人 三 宅 麻 呂于東 山道 in 省 政繽 T 同 二月 、甲斐、 

信 濃、 越 中、 但馬、 土 左等國 I 十九 社、 始入 ,1 祈 年 幣帛 例 ず. I 此年 三月、 信 濃國疫 



說傳明 說名地 



給, 藥療. 之。 S 雜 fss§^3 同 四 年 三月、 給 二 纖印凡 二十 コ S 使 レ印ニ 牧駒瘦 r 

へ 先レ是 文武 帝 即位 四 年 11? 二 と^えて なる。 

产諸 國定 一一 牧地 一 放 二 牛馬 一 云云。 j と, えて ゐる 

げんめいき わ ど ねん を ぢ おの あそん やか もちし なの. の.^ にん 1 .-e わつ k . . 

「元 明紀」 に は、 『和 銅 元年 小 治 田 朝臣 宅 持 信 濃 守に 任す ことし 八月、 始行 ニ銅錢 1 とい 

g う ねん ぐ わつ か ひ しなの かう つけと. う こく めしお こ む つ • 》? ちご こく かい, そな , 

へり。 同 二 年 三月、 E, 斐、 信 濃、 上野 等七國 を徵發 して、 陸 奥、 越後 ニ國の 蝦夷に 備 ヘレ 

む。 (Is 叫/下 1) 同 六^ 五躬、 畿內 七道、 諸 國郡鄕 名著 n 好 字 T 其 郡 內所レ 生 銀 銅 彩色 草木. 

r 禽獸魚 虫 等 物 具、 錄 n 色自及 土地 沃埼 山、 川原 野 名 考所由 Tsssssssssy) 玆 

年、 令 S 信 濃 國献ニ 硫黄 1 。』 と 見える。 

し si き やうら う ねん ケ わつ 、; sstaJ"\«T*.^f ー澉な 硗\ ま-p "て, い:^ 

「元 正紀」 に は、 『養老 五 年 六月、 割-一信 濃國 1 始 置き 方國 T 〈聽^ 翻秦 PS) 聖武帝 神 

き £5q ねん る は S ん さお たま ナは 0V にいよ- i ちう * う _ そ p のぶ てんぴ. やう-ね: ^5.1 * 1 . 

龜 元年、 流 配の 遠 を 定め 給 ふに、 詉 方國、 伊豫 國を 中流と す。 其 後 天平 三年、 廢 二 誡方 

國 1 幷 U 信濃國 T 同 十 年 春、 信 濃 國献ー 1 神馬 7 黑身 白髮尾 云云。 ことし 八月、 令 T 天下 諸國造 一一 

I 圖 i とかえ てゐ る。 わが ii が、 f§ S 難 柳: 鎮 1) にぎ 

と *> かろ けんてんのう てんぴ やうし さ ほ う ねん わつ ,s の SI> !- : - . 

たの は、 これ この 時であった らう。 孝 謙 天皇 天平 勝 寳六年 二月、 信濃國 防人 部 領使上 I 

fcl き a ラぉ まんに ようし ふ い かみみ さ. 4 な、 Z :3 /^は V ^の^^^ 一 

道が 奉る 所の 歌、 萬 葉 集に 出で て、 神の 御坂の 名 は, こ-にあら はれた。 平 域 天皇. K , 

® 璣の 名— (長 野縣) 信 濃の 卷 



設 傳明說 名 地 



倌邋の 名 Is 野縣) 信 濃の 卷 

* ノ, T : * / ヒ 5?K、 く £ し^ の けん す さんちう SVM」 んま, 

lfS> ^s<g は、 爲 = 衆生 化 道 T あまに ト り、 の嶮を 過ぎて、 山中 旅 店 稀な の を | 

なげ くき さいく S? ゐん た びと 、 t ^ ) : - :o 、大師 ニ^ 院ー涉 一 

1 き、 き 濟*廣 極の 二院 を 建てて、 みちゆき 人 をい こ はしめ たと 》 えた (黜有 レ傻美 乃 S 內 

.> t ,i VW えしぎ ぎょう え キーろ 

名, 1 廣濟 1 信 濃 境內名 1 一廣 f ら &鶸 り 患わら、 ^お まの §1 まありながら、 延 喜の 御宇、 驛路は 

也 見 一, 元 亨釋書 一 其 地未レ 詳。」 V? ^のら 力ら 出! S ジ名 W さり? 力 h,: さ く 

<i k I えんざ しき いけ ゆる は ゆきた へ、 1ぉ』 ひ?、 ち??^、 

なほ、 伊 麥の黻 にあった。 「^喜 式」 に、 所謂 『 驛 傳、 伊那、 雛 方、 筑摩 小き 佐久 

> リ 3- ^ なな ま U でん ミ ぴき す は つかま, ち; 5 ざがた さく』 ぐん ^ ^ 

五^』 に ^つて ゐる。 伊 まぎ^^ 十疋、 詉方 *筑 摩 • 小 縣* 佐 久の四 郡 は、 各 五疋と 見えて 

ゐる。 おの IV ilH (驛 馬? 疋)、 m か (同 十 疋)、 薦 (同 十 5、 宫田 

(同 十 疋)、 11 (同 十 疋)、 同 十 疋)、 ii (同 十 疋)、 (同 十五 疋)、 亘理 (同 十 

疋)、 (同 十 疋)、 (同 十五 疋)、 麻! g (同 五 疋)、 亘理 (同 五 疋)、 多 古 (同 五 疋)、 

A の ぺ 

沼逡 (同 五疋〕 である。 

「教^ &」 に は、 『文化 一 一年、 始 置-きき i お 驛馬傳 馬 及 P 鈴 契 一定-一 山河】 云云。』 とおえ、, 

に は、 『天平 十 一 年、 令 T 天下 諸國改 -I 駄馬 一 疋所レ 負 之 重大 一 一 百 斤" 以-百 五十 斤- 

み あん えんぎ i ぶしき しなの 5/ にえ * にしご リ * g め、 な^" らい * ゝ *ssl、 

爲も 限』 とおえ る。 按す るのに、 r 延喜兵 部 式」 信 濃 國驛錦 織 I, 長 倉 以下 六驛 ^伊 

ig して ゐる。 s^ss 瞬 は、 fff 議 は^、 攀は鎮 1 にある。 



設 樽 明 說名坶 

ハ. 



f きお、 縦 S も であらう。 Tlir 0, ま |ま 三驛 は、 小縣 であらう。 多 古、 沼 

h K 9 りす かつ むらざと うら 

^ 0t 蘭と し、 ^戧 と、 i おは、 避に、 十 里に 過ぎない。 且、 村里な く、 铺 

I / £ t 一 & c¥^i えき その お * , 

IT 幾 I は、 お^ 七十 五六, を! 1 っ^に、 千隈 t の わたりが ある。 四驛 其う ちに 置れ た 

ので あらう。 いにしへの 點 1 に、 横行なる もの &る。 そ をが 得ない 者 は、 うつし 誤る も 

つぎつ き そのこ 

ある。 おのき, を i し へて、 次 を あらため たので ある。 これより、 次次に、 其 古 

q 髒編へ て^う。 (「信濃 地名 考」) 

II^T,II 1 

i する のに、 「衡 衡 lailg 航^^ 五^の 艇に、 『惠奈 郡 大井驛 家人 馬 共疲官 倉顚仆 

因 レ玆坂 本 驛子悉 逃 諸 使 擁基圜 司 遣 ュ國造 腐 祖父 - 令レ 加- 敎喩 一 於レ 是^ 民 更皈連 レ蹤不 絶。』 

と^て ゐる。 ^.iiof . S の 1、 ゎづ かにまず あるの みで ある。 

惠奈嶽 よ、 * 濃丄ほ * 雨^の 境、 ゆ % 邵 の 西^に あたる^ をお あお r ^ I ^i^, i t 

f0 & よち^ - つて、 遙に その^に くお リ、 阿智の 驛 にいた る ものと 見える 

お fs ^披^、 凌, 霧、 さかし き i ぼ を あ i ひ i ふ 儲 酽¥』 は^で ある。 ^酽、 士^ 部 

僭 a の S— (畏. 野縣) 信 酸の 卷 



說傳明 說名地 



儅邋の 名— (長 野驟) 信 濃の 卷 

に ユ^う A Q さ 1,- す また しらくも たかね みさか I r 5 

人道、 荧濃國 州の 俣に おり ゐて、 『白雲のう への 高稂』 とよんだ 御坂で ある。 其 後、 ^!船 

> > . 、 ふ、 さ そ I ; H ふ ,かみみ さかい ま © す * ひと 

うつって 後世、 木 曾の 御坂と よまれて ゐる。 神の 御坂、 今 は 野 篤に ふさがられて、 M 

も. Ati ま、。 へ 駒揚邊 から、 小 野 川 曾の 原 通、 坂ン 

も 力よ は.^ レ I 本に 至る。 凡 三十 餘 里と いふ。 ) 

II 窗 一 . その 原のう ちに あって、 娘 人い こ ひしと ころと 見える。 今廢 えて 久しく、 そ^ 

tcLf if §lf と 思 はれる^ もない。 民家 は K 々に 有る <* 1 1 

みち 遠く 日 も ゆ ふぐれ になり ぬれば その はらまでと 待ちて こそ ゆけ。 (SJ§S」 六) 

) » せら 8 ひる かみ むら あち じんじゃ そ Q せいまく なが お. H 

換す るのに、 その 原の 東、 比畫 神と いふ 村に、 阿智の; t 社ゐ ます。 其 西お から^れる^ 

^もが は い * 一まん ば す «»か てんりう が は い しん しき 

を 阿智 川と 首 ふが、 駒 場 を 過ぎて、 遙に 天龍川に 入る。 「祌各 式」 に、 『伊那 郡 二 座 阿智 神 

社 大山 田 神社』 と 見える のが それで、 「舊 事紀」 に、 『天 思 兼 命 g}KrT 降 信濃國 一 阿智 祝 部 等 

L 3 . • ^ I み さか その はら みな! お ほ Q /4^3 ! V マ? J\ 9 を の がま 

祖』 といへ る 所で あらう。 御阪、 菌原 をく だって、 右に、 大野 左に、 

1 ゆ |ぉ& る。 へ牧の 地に、 駒 嗞駒寄 駒 込. I 

環お 力 有る の 地名が 見えて 居る。 ) 

一 しなの 3V* VP なご, り 61T<J"t>^L.I や 

一 II 一富 農 FP1 爭 祭 離 &f S.I5L^ す^-其^ 未詳。 唯 阿智 川の 名が ある。,. 其 下^に あち^と -; ふ 名 

1, お IE き F 头 り "つお n c b ^ 



8 



說傳明 魏 名地 



えんざ しき あ ち あん あ ち s^c* こ ほんごくす う 之う 

r 延喜 式に、 『阿智 驛子免 1 一 課役 1 云々』 按す るのに、 阿智のう まや は、 上古 本 國櫺要 の 

i ) /3每! 二 卜^ \ま お なか >ょ k せきお , あちせ きうた み 

地で ある。 (翻 ^ お?^ ) 又、 中つ 代に 關を 置かれた ので、 會 地の 關の 散が 見えて ゐる。 

いま せき んば なかせきむ きせき そ んカか • /可 513、 W3.ja ヽ ¥ ク €\ 

r 今 も、 闢の駒 場、 中 闢 向關 とて、 三村對 へり。』 とい ふ。 (il 用!^、 で 械^) 

lll^ml 己に * す。 未詳。 『今 飯 S 娀南 阿智 川 以北 稱こ 伊賀良 庄,^ 伊賀良 堰 の名存 せり。 古驛其 

11 f 中に あるべし』 と 、「地名 考」 にて 見えて ゐる。 I 

S .6 ら のし ぞっ *J ほぞ いまこ ほぞ いひだき た ゆな 

「東 鑑」 『伊賀良 庄 (尊 勝 寺領) 郡戶庄 (殿下 領)』 今、 郡戶庄 は、 飯 田の 北に ある。 ^那 

f のとう リ ^ 9 § や お ほ まんに ようし ふす が の 

郡 七十 餘里、 いにしへ は、 鑌 野が 多かった ので あらう。 「萬 葉 集, | 吕野 あり、 野の 

"9 お みや レ ノ い か は § 

歌が 見える。 「野史」 に、 『神代 大穴 持 命 巡 IT 行此國 1 到 U 坐 阿羅 野 1 云云。』 今、 あち 川の 南に 

^ むら そのよの な きる み 

菅野 村が ある。 其餘、 野 を もって 名と する 處、 お ほく 見える。 

う ぢ しふ ゐも のがた! 9 やう ぜ. S ねん <ss S たきぐちみ も QW- せんし う t.ls は みちの く くだ 

「宇治 拾 遣 物語」 に、 『陽 成院 位に おはし まし X 時、 瀧 口 道 則、 宣旨を 承り、 陸 奥へ 下リ 

しな の 1> 9 9^ 1 ぐ" し じめつ あ - の 

ける に、 信濃國 ひくう といへ る 所に やどる。 あるじの 郡 司、 あやしき 術 有る よし。』 を 載 

な、 『^,りぬ^ こ、 lis^fc ぉム >。n へ 「盛衰き にも、 信 濃國奥 郡と いって ある。 『今 もン 

せ 又 『奥 罚の郡 司に 此^ を 習 ひ 得たり 』 (阿 中 鳥四郡 を さす。』 と 「信 濃 地名 考」 に 見える。」 

しる あ.^ Z えき ぐん なか ちめいみ おく き JC 

と 記して ゐる。 換す るのに、 古驛五 郡の 中に、 さる 地名 は 見えない。 奧郡 とさす 所 を も 

信 » の 名 |( 長 野驟) 信 濃の 卷 



9 



詨偉明 説名坶 



偺璩 Q 名— (長 B 信 濃の 卷 

V * >>ュ J- も 9 9 9 9 9 9 かな 一 

つて おれば、 伊^の^^と ず はれる。 すれば、 疑 ふらく は、 ひくう は、 いからの 假名 を 

でんしゃ 5?ゃ》 つぬ . 3 

傳寫の 誤り 傅 へたの であらう 




今片 m 驛^ す。 Istl^- より &冀良 ffi のうち 凡 三十 里 許、 鈑^より 片, 1 に 至る チ 八お 



「親 i」 に、 『元 曆 元年 六月、 P 片桐鄕 於 小 八郞爲 安一 父 片桐小 八郞景 重。』 と 見える。 こ 

の や Effi に、 か き1に1| ゆ ま I えた。 肋 に、 が ある。 (纏 

r 天文 軍記」 の 波 部に 作って ゐ\ 

るの は是 である。 其 ffi 邑七。 ) 

| な r^IE 驛存 す。 片 桐より 凡 三十^ 許。 

-s S き-一 • • 9 むら このち にし き を つう S たかと ほ つ k 

のおに、 いなべと いふ^が ある。 此地、 西 は 木 曾に 通じ、 東 は 高遠に 通じて ゐ 

ら) ゥ X- X *J だくみ す きろ いま .1 ほ.:^ つよう し^^' - . 

る。 i する のに、 いにしへ、 猪 名 部の 木 匠の 住んで ゐた 所で ある。 今 「本 節用集 補」 に 

£^ 敲^ と い ふ i を M へて、 働緲十 一 一 ぼと^ して ゐる。 これら は、 麟 勑の 

しょし お o ぶんこく うへ しる J^i ?、 i 

諸士、 己が 分國 にあって、 上 を 記した 類で あらう 



說傳 明說名 M 



ちょ. 》 んレふ でう ゐん ご ひ ざう おん ぬか あ > とひ , • 

「著 聞 iii に、 『一條 院御 秘蔵の 御鷹 有りけ り いかにも 鳥 を とら ざり ける を, よくと り 

えいか, > しょ まう ま を , 、 1 挖 , ベ だ Z て I 

かひ まゐら せし 叙感の あまり、 所望 申さん に、 したが ふべき よし, 仰せ 下されければ、 

しな 。のく= I でんお 4 ん ま を つぶ D /按ずる のこ、 郡ン . - > き t-f は ヌひ、 :、 * ぶ 

ひち の^に、 m 园をぞ 中し 遣し ける (判 Mgl^。 S) ひち の 撿校籰 平と は、 曰疋 

*ー と i- ぶまん やく の y とき ことなり > い, まゆ S たかと ほ » ^ ^ 

が點 である。 ガず 役に^し ける 時の 事 也 云云』 と今按 する のに、 高遠の 逡に 非 持と い 

J- P ら o & よ ねづ じん,、 1* よ だ とよへ い ようじゅつ では の.^ 

ふ m が ある。 拟 まで あらう。 世に いふ 根津甚 平、 依田 豐 平が 膘 術の 秘は、 出 羽 守で あつ 

た ns£ 纏から^ ふと ik ふ。 殿 人で あらう。 「豐平 系」 に、 『一 云 齊頼金 吾忠際 後 冷 



泉院朝 人、 出羽國 司、 鷹 養 達人、 晚年 使ミ女 嫁 11 禰津貞 直 T 授 n 蒼 黄誊 T 云云。』 又、 

「gs ^き, SI ニ^ん m の^に は、 『伊奈 郡 人 他田舍 人、 千世 比寶、 少有, 一才 色 i 世 豐膽年 

み わ みや 5 サぅ い な siu 9p5i 

1 一十 有 五、 喪 レ夫 守 志 寡居 五十 餘年褎 in 其 守 節 賜 n 爵ー 一級?』 と 見え T 倭 名鈔」 伊奈 莉 1^ 



は 、『輔 衆 (和名 闕〕、 伴 野 (方醆 衬存)、 麻績 (已 g、 福智 (方錢 村 存〕、 小 村 (已孿 小 室 川 存)』 と 

おえて ゐる。 f 饮す るのに、 輔 衆はフ モロ、 音 通 はして、 ホ ムラで あれば、 今の 上 穗鄕で 

ま 5? ノゎ ふま わ とな おん. ひ? * まんどく ほ ぶ にご せいどく 

あらう。 方言 和夫淤 を、 和と 唱へ るの は、 音便の 半 濁 保 を、 夫と 濁る も, 淸濁 力よ つて 

をる。 M ふらく は、 いにしへ、 此鄕 に、 上下あった ので は あるまい か、 さなく ば、 願ぬ 

儅 邋の 名— (長 縣縣) 信 濃の 卷 



說傳明 說名地 



信 纏の 名! (S 野縣) 信 濃の 卷 

ほ&ら Ji? じ はぶ はや な fss s U のち」 はじ ゆ H. ほ- > 

し漶 村と して、 上の 字 略くべき 喾が 無い。 或は、 云 ふ、 此地、 始めて、 瑞穗 をた てまつ 

ね S*B な くわ この 

つて、 稻の 郡の 名に おひた ので は あるまい かとい ふけれ ども、 禾を もって ひとり 此郡 

m こと あた ) 

に稱 する 事 は當ら ない。 

S を みの さと はいせき _ ,へいけものが^り. fc3 . I I . k 、 > :、ゅ 

^に、 麻 綾 鄕廢跡 は、 詳 でない。 「平家物語」 に、 『をう みのよ し 光』 などい へる は苧 

ち to ある き いな sfq を みおう うぢ むら はじ ぜんくね 《- ^ によち 4 お お 

縝の訓 を 延べた ので、 或 記に、 『伊奈 郡 麻繽鄕 宇治 邑に、 始めて 善 光寺 如來を 置き 奉る 

とと いま ざく わつ じむら ふ しゃさん にょらい ヤ » そ と ^ ^ > 

事 あり。 今の 座 光寺 村の 不捨 山如來 寺が 其 跡 だとい ふこと である。 其 邊に飯 沼 村 か あ 

うぢな てん * *j さと. -ま おその へん 、 、 

る。 これ、 宇治の 名の 特 じたので あらう か。 をみ の鄕も 亦、 其遴 にあ つたの であら 

ちめ?. かばね ほんぐ^ そ の 

う。 ついてい ふのに、 地名に は、 いにしへの 姓が お ほい。 本 郡に も、 其 ひとつ、 ふたつ 

.S ま ぼんの て ら さは かさ はら みやこ く. "^とう 力ら く おし おお ひ」 u» JL な ー 

をい ふのに、 今の 伴 野 • 手 良 *澤* 笠 原 丄呂 所 ,久 米 等の 村々 は、 昔の 大伴 部。 佐 婆 部 • 猪 名 

パ をみ ぺ く, めべ てら かさ はら みやこ^う .4^ ね I > ま お^いで こいで.^ つ . おお メ i5、 

部 • 麻鑌部 *久 米 部 • 手 良 • 笠 原 上呂 所 等の 姓で あらう 今の 大出 • 小 出 等 は 多の 姓、 許の 姓 

で へ こ WU どの とのく からかさ かさ ^と^ .3- く ほ; いから, M, ^ ^£ 

に 出た ので あらう。 郡 戶は郡 殿、 むら は 殿來、 唐 笠 は 笠、 的揚は 育波 育 良 は 伊部の 韓 

k ほ まい よ sua 

など をい ふので あらう。 此 i は、 猶 ある ことで、 枚 * に 暇がない。 , 



12 



說 偉 明 ^ 名 地 



13 



す SK^K&^S 穀 按ずる のに、 湖水の 西方、 『廢三 潷邑』 と。 いは ゆる、 は ゆ まやの 跡で あらう。 

-Ilstssspls 鎖- 宮 田から 凡 五十 四 五 里 にある。 

けさし もや 識 方の 氷の ひま われて をし ふる 駒の 道な つむらん (來 ぽま^。 ) 

とむ 5- まとみ ぺ さいさ は いま さは 」 , 

これ を按 する のに、 土武 は、 今の 富 部で あらう。 佐 補 は、 今の 澤で、 あは、 うみ を 

, 曹 . .S ま てら >f わ いま W 9 

あ ふみと いふに おなじで ある。 豆 良 は、 今の 手 良で あり、 美 和 は、 今の 大囘 であらう 

ず戶 は、 みとしろ である。 國史 にも、 ^方 神に 祌 田よ せらる \ 事が 見えて ゐる。 山 鹿廢っ 

てつ flr、 it のに Aitj に、 と f て をり、 「勅1」1^ ,あるの が鹏 

ち i なので あらう か。 ^000J やき i は、 殿 うちにあった ので 

いま さま むら てら むら いな ぞく w 1 

あらう。 今 は、 ^村、 手 良 村 も、 伊奈 郡に 屬 して、 二十 里 南に^る 

まし ぐん ち. CP い 2 すぐ タ すぐ 9 >ま ^に, た, に : ひ p>t^ 

ついでに いふが、 私 郡の 地名、 今の 須栗 は、 いにしへの 村 主、 今の 岡 仁 谷 は、 昔の 岡 

f IO 辦 vp£i.K{.m の 1 ひ、 みな F であらう。 がの P ポは、 で 

镭 籩の 名— (長 野縣) 信 濃の 卷 



說傳明 說名坶 



信籙の 名— (長 野縣) 信 濃の 卷 

^t^ht. ク i 、山 鹿、 山 家、 山 部み な 同じで ある。 部の 言 は、 戶 であつ VZJrN^SI? ?、 

.EK は 山 部で ある V て、 家 を も、 ベと よんで ゐる。 又、 筑麻 郡に もい ふ。 j 今の 文 出 は 文 

^^n. で ひえ そこ そ ぎ ぺ だいじつ ろく 

の 姓に 出た ので あらう、 稗 底 は、 蘇宜 部で あらう。 「三代 實錄」 に は、 『元 慶五年 十月、 信 

あん い ま いけの ふくろ むら み 

濃 國授, 一正 六 位 上 池 生神從 五位 下 1 云云。』 按す るのに、 今、 池之帒 村と いふの が 見える。:: 

いけ ふ かみ その ち I ? 

池 生の 神 其 地な ので あらう か 

あん す は てんぴ やう ねんち う さ だ ち その さくに so がお 

按す るのに、 齦 方 郡 は 天平 年中、 並 省に 定めた る 地で ある。 其 さき、 佐久、 小縣、 

つかまい な ぐん す は 之き ISO ど ひろ あるひ .3- かみよ 

筑摩、 伊奈の 四 郡に わたって 洲 羽の 域 尤も 廒 いがやう である。 或は 曰 ふ、 いと 上つ 代 は 

す はじん さく e ほ 》- おは 5- せん よさ か _ 

瞰方 神、 佐久 郡に 在した とい ふ。 造 郡の 以前に は、 さう もあった ので あるか。 世に、 坂 

のうへ たむ らまろ あく ぞくた. S ぢ «5 ひ ナ はの やしろ た だう ごくつ かま あづみ ざっき もの た 

上田 村 麿 惡賊返 治の 願に よって 詉訪社 を 建てら ると T 當國筑 摩 安曇 雜 記と いふ 物に、 田 

むら まろな かふ さやま ^うきち ゆ きこ こくし <to ^むてい えん リ やく ねん せいいし § ぐん さかのう へたむ *£ まろと づ 

村 麿 中 房 山の 妖鬼誅 すと ffl えた。 r 國史」 に、 『桓武 帝延曆 二十 年、 征夷 將軍坂 上田 村麿征 

レ藝 n」,、 &n よ、 ?フ ノ^お? An w 、。へ 更に 按ずる のに、 「g 本 後記」 4 『大納言^ 三位 

= 車 夷】』 と いふの は 力う した 頃て あった 力 (^右近 衞大將 兵 部 卿 坂 上 大^ 禰田村 丸 刈 m 丸 子 

犬蹵孫 身 五 尺八 寸胸厚 一 尺 二 寸目如 二 蒼鷄 "襞 観 一一 金絲 一有 レ事而 砍レ重 レ身則 二百 斤 欲 レ輕則 六十 四斤ン 

隨ー 一心 所 欲 怒 目 轉視則 禽獸馏 伏 平 居 談笑 則 老少 馴親弘 仁 二 年 五月 終時歲 五十 四 .K 云。』 と。 ) 

-U^^^SK 和名 加々 之。 の 旁訓が ある。 今の 堅 石 付お 驛の 跡で あらう。 深澤 から 大略 二十べ 



說镎明 說名地 



Ibos ,ラレお くしょ こうに レ れつ しなの のく にお ほや までら そうじ ちかう づけの くに ぞ^ぶ う I ^ ) 1^. せ ナ- 

rr^is 歡勤」 に、 『^ は 六お、 信濃國 大山 寺 僭. A: 智 上野 國の藏 經を駄 し、 來 つて 詉方を 過 . 

すう リ ナん なし てい ゆ いま むら/^、 又 「力 タン -嚯 レ; ^ぶ 

ぐ、 ^十 里の ii、 四 蹄な づ みて 行かす。』 とい ふ。 今 も、 堅石邑 (t シ^フ〕 ) の 東、 植 

* ら ら うしぶ しでら その ゆ あ つ.^ . ) 

に、 牛 伏 寺と いふの があって、 其 故を傳 へて ゐる。 

『世傳 、泉 小 次 郞親衡 、勁 力 勇氣傑 IT 出 萬 人 T 或 肩 1 一大 船- 而上 Tr 下于 水陸 1。』 ともい はれて ゐ 

あん つかま ご 510 いぶ さん /親 隙 原^決 之 子、^ 國九ン 

る。 按す るのに、 筑摩郡 泉の 産で あらう (I 瓶^お 郞公衡 之 子。 ) 

「II ま」 に、 『法 燈國師 、名覺 心、 姓 常 澄、 信 濃國神 林鄕人 云々。』 と 見える の を、 今按 する 

つかま; S かん は 3. し さん、 。 ^ゆら、 、,こ ^)^^- - > >。 へ 同 害 解に、 近 部と あるの 

のに、 筑摩 郡祌 林の 產 であらう 此村 かたせ 村の 西北に ある V は、 筑摩を R つたので あ 

るら しン 

K ) 

一 わ^ 1 お観 『撃 レ詳、 按水 南北、 苴 S 、淸水 二 ff たるべし。』 と、 「信 濃 地名 考」 に昆 える。 

i き^の f 、 ま1 0^3 & のみ わ だに 軒る。 i へて い 曰 ふのに、 

おが 站 かった ところから、 i きのかが あるので あると。 (「志天に文作軍る廓」 深) や 0. 一 

攀 蘭、 41、 腿 M,M、 i のかが ある。 麗、 ,のず i てて、 | 一 

信遴の 名— (長 野縣) 信 濃の 卷 



說傳明 說名地 



信遴の 名 |( 長 野驟) 00^0 

1现*淸 水の 一 ー驛 があった ので あらう。 

^ . » このへん * さいが は ぐん ? S あプ ざが は れら すが は うる か たかせ 

铵す るのに、 此邊、 厚 河の たきつ はやせ、 二 郡 を 貫いて" 梓川、 烏 川、 字留 賀、 高灝 

おはな ど みづ す その か は お き みづ を さ 

川 等の 水 を 統べて ゐる。 共 河の :1 のい はと わたり を 切り ひらいて、 水 を 治めた によって 

.S ま こうそう ち 

今の 膏艘の 地と なった ので あらう。 

さいが は たけ たかげ そのみ づ ぐん 宾 ひめな が ゐ ある 5 こま たけ 

犀 河 は、 駒 ケ嶽の 北 陰に いで、 其 水 は、 五 郡の 堺目を 流れて 居る。 或は、 駒ケ嶽 に、 

く ス はな ^まゆり しぶ いあん こじき やまと が は みなかみ やま 

黑 花の 山 百合 生やと 云 ふ。 按す るのに、 「古事記」 に、 『大和の さゐ川 は、 水上に 山 ゆり あ 

な- . そのめ い *-> よ お /.£拿ま.:4.5^\ かひ 

る ゆえの 名な り。』 と あるのに、 其 名義の 據り どころ を 置いた ので あらう。 (謝^^^) 貝 

はらし しんしう さいが は さい よりと も 零っ いづみの ちか ひら めい だレ 

原 氏 は、 『信 州 犀 河に 犀す めり。 賴朝 卿、 泉 親衡に 命じて とらし む。』 とも 斷 じて ゐる。 

が は な いま さいの り さは ち あ に- 

よって、 さい 川の 名が あるので あると いふ。 今 も、 犀乘澤 とい ふ 地が 有る。 けれども 日 

ほん さ. S こと き ナ 3: さい 4! つ 

本に、 厚の あつたと いふ 事 を 閗 かない。 即ち、 犀の 說に はな づ みがたい。 それば かりで 

どうめい . くに,^ お ほ かがが は なに な- 

なく、 同名 は國々 に 多い からで ある。 加賀 のさい 川な ど は、 何に よってつ けた 名な ので 

^らぅ。 へ 犀に ついては 「傳 說ン 

あらう ^ 學」 を參 照すべし. - ; 

み つのえ そで は经 とほ /r41^fc-ftl5* 一 ✓ 

うき 身に はさいの いき 角 得て しかな 袖の 涕も 遠ざかる やと。 (鬆 き) 



16 



說傳明 說名地 




覺志驊 より 穴咯 二十 ^にある。 



しみ づ さとす Z なつ そと き vu^k-«8n.ttK7^4( \ 

おりたちて 淸 水の 里に 住み ぬれば 总 をば 外に § きわたる かな。 (? 5£4si!skf ) 

ゆ 3 ; ' i んみ Y さと > このち まつ もと f なん うづ はし 

換 す るのに, しなの なる 淸 水の 里と よまれた の は、 此地 であらう。 今、 松 本 域 南埋喬 

4- ら ,しみ づ いちめ" み あと まいぐ.: > し 

村のう ちわ づ かに 淸 水と 云 ふ 地名が 見える。 いは ゆる、 は ゆ まやの 跡で あらう。 每郡淸 

み づ ちめ JS- » 

水の 地名が ある けれども 官 道に は あたって ゐ ない。 

そうしゃ せろ げんそ うざ み こく も そ 5 しゃ ち 

總社 は、 力 言 眢 宇座と 見える。 いにしへの、 國府 は、 かなら す 惣社 を 建てた。 そして 

『有 レ事ー 1 于國 內官社 1 則 國司率 ,1 僚屬 1 先修 一一 典 禮於此 1 其 儀 如 二 京都 神祇官 I 』 などと いって 

.S ま つ 4 ま きた そ 5 しゃむら み つた き おう にん お..? めい. 60 、し- 

ゐる。 今、 束 間の 北に、 惣社 村と いふの が 見える。 傳へ ffl く應 仁丄久 明の 亂 から、 國司 

たま > つかま こふ つ ひ すゐ はい 

くだり 給 はす、 筑 摩の さ府 は、 終に 衰敢 すと いふ。 

つかま f だい ぐん しきない かみ ざ さら kft? せう ぐん しまない かみ ざ •* 

筑摩 郡の 大 郡に、 式 內の神 は、 三 座 ある。 更級 郡の 小 郡に は、 式 內の祌 十 一 座 見える。 

くわ ふ S こ ご しふ ゐ 

過不及で は あるまい か。 「古語 拾 遣」 に、 『至, 一天 平年 中 1 勘 TT 造 神 帳 1 中臣 蓐レ權 任意 取捨 有レ 

< あ,^ なかとみ 于ん 

由 者 小祀皆 列无, 緣者 大社 猶廢 敷奏 施行 當時獨 歩 云々。』 と、 接する のに、 中 臣の權 によ 

馏邋の 名— (長 野騾) 信 濃の 巒 



17 



說傳明 說名地 



信 S の 名 |( 長 野驟) 信 濃の 卷 

か み かう々 かう-、 - 一 

つて" 神に も 幸 不幸が あられた ので あらう。 f 

—p^^g 巳に 錢す。 其地不 レ詳。 「俊 名鈔」 錦 服鄕錦 部。 共通。 

きず もみ ぢ み たれ さと /4VM^ t > 

いろいろの 木木の 紅葉 を 見 わたせば 誰と りかくる にしきべ の 里。 (ん いらず ひみ) 

しみ づ うらの §. また にしご, でら そ © 

にしごり は、 淸 水と、 浦 野との 間にあった うまやで あらう。 又、 錦 織 寺 もあった。 其 

地^ は、 にしきお りの^で あらう。 (HW ,は 古) 

「& ss: 一 1^,1 お & へ 吉田村 現存) ま へ 曾 加按宇 傳寫ン ^ へ 加良以 奴、 卽犬養 

一 倭 名鈔」 敛 B:s^ 一 i まズー 良田 I- して ゐる。 》 宇 贺 ,誤 宜 レ作レ 宗。 ) 辛. K ^ 也。 八 村 ある 。隔 : 

レ川犬 養 新田の 名が ぁン f. へ爾之 古里 ン 4^ へ 也未牟 倍、 已に錢 す。 山ン 

る。 今屬二 安曇 鄕 1 ) 錦 服 (已 廢。 ) は 家 尸 部の 地名が 錢 つて ゐる。 ) 一 

S わ f せう 4 まぺ がう め 乃 V じ" 3 . やま ぺ i <toq むてい お^ sfj 

按す るに、 「和名 鈔」 山 邊の鄕 名、 II 字 を 避け たがやう である。 山 部 は、 桓武 帝の 御亂- 二 

) . ゆ 》J > これ^ お: « とも & 心な おん i 

であった が 故に、 之 を 避けた ので は あるまい か。 大伴 は、 淳 和の 御 斷 であった が 故に、 

お ほと も とも 力 れい むえん リ やく ろく 

大伴 を、 登 母と 訓 する 例で あらう。 桓武延 曆の錄 に、 『臣子 之 禮必避 一一 君諱 一 自今 以後 改 一一 . 

み やま ぺ がラ やま X つく 

姓白髮 部ー爲 一一 眞髮部 一山 部 爲レ山 云云。』 と 見える ところの 山部鄕 を、 今、 山邊に 作る の は - 

^fe I やま ぺ わ f や ま ぺ.. ? Ml やま Y , や ま0 ぺ やま C ぺ おな 

當ら ない。 山 部 は、 和名 也 未 倍、 山 邊は也 未 能 倍と よんで、 山 部と、 山 邊とは 同じで な ; 



K 

ぉほゐ /4^き卖.3^\ ^ > そか. いま さと はら へん 5 

大井 (11-。 」 —按 する のに、 會加 は、 今の 鄕 原の 邊で で も あらう か尋 ぬべき であ 

うか すが あ ひつう れい いま > やぶ はら おく すが むら /也 J>u-、 townl、 ♦/ X 

る。 宇賀と、 ず は 相 通す る 例が ある。 今、 薮 原の 奥に、 |« 村 (11、 ^ % ^ 

tk.fy*5^5cifaIt:I^<Jio h^-x きその ち そのち • 

sifl 辦 Is おお。 j が ある けれども、 木會 は、 後に あはせ たので あるから、 其 地と 

はい ひがたい。 

からい ぬ から .sft かひ > はぶ あん あんかんき 

辛 犬 は、 辛 犬 飼の 一字 を 省いた もの、 按す るに、 「安閑 記」 に、 『二 年 、國々 置-犬 養 部 1 云 

くねつ かう じつろく かひの み. そ G *T 

云。』 「光孝 實錄」 に、 『仁 和 元年、 信 濃 百姓 辛 犬 甘 秋 子 向, 官 愁訴。』 など 見えて ゐる。 其 地 

みん ぶ しま $^ おうめ. S+ 

であらう。 「民 部 式」 に、 『凡 諸 國部內 郡 里 等 名 並用 = 二字 1 必取, 一嘉 名 一 1K1K。』 順ぬ し鄕 名の 

-^^ はぶ たま , 

字 を 省き 給 ふと は これら をい ふので も あらう か。 

にしご 9 がう ぁム ふみや まろ 

錦服鄕 は、 按す るに、 『淸和 帝 貞觀六 年 1 〗 月、 越後 介 高 橋 朝臣 文 窒麿卒 、文窒 左 京人 本姓 

膳臣、 叉 姓 錦 部 信 濃國人 也、 五代 祖膳臣 金 持、 娶 n 信 濃 人 錦 部 氏 女 1 下略。』 と^える。 此錦 

部 も、 其 地で あらう。 「國 史」 によるに、 『貞觀 八 年 二月、 伊奈 郡 寂 光寺、 筑摩郡 錦 織 寺、 更 

級 郡 安養寺、 埴科 郡屋代 寺、 佐久 郡妙樂 寺、 並預: 之 定額?』 

燼 讒 の 名— (長 野驟〕 信 濃の 卷 



說傳明 說名地 



信邋の 名— (長 野縣) 信 濃の 卷 

ついてい ふ、 ま 1 の s、 0. s、 i か、 霧、 鼹、 i,、 

4、 i、 sr iA (謹 3 fs. ^ かばね であらう。 "おは、 ^ 

ら <;.*、 P く や こ さ i ぺ さ-いべ はい はら はリ はら いくの .S くさ ふな ど 

船の かばね、 今の 矢久 は、 揚胡 である。 笹部 は、 雀 部、 垴原 は藥原 生 野、 生 坂 等 は 

4 く o< い あか い ふくべ あさか ぁぢさ へ つのの ひら > つの >ふ^ ね で I : - 、 > 

が i であらう。 は、 伊福部、 安坂 は眛酒 部で あらう、 角 平 は 角の 姓に 出た ので あ 

らうし、 點^ 触 は mii であらう。 『延曆 八 年 筑摩郡 人外 少初 位下 後部 牛 養 無位 宗守豐 人 

等 賜= 姓 田 阿 造】。』 と、 かに f てゐ る。 (譯 の ま s 。あら) なほ、 『貞觀 

おそ いま まちち 

丸年授 一一 信 濃 國正六 位 上 薄 水祌從 五位 下 ?』 とい ふの は、 恐らく、 今の すすき 町の 地で あら 

n 小縣郡 浦野驛 碧より にある。 

雾$ と 等 お %K5I^Mf や や (「十 萬お き) 

あん うら おに そう ISA- いま まごし あ つかま ゝく" ぜ ほ ぷ V- , f 

按す るのに、 浦 野 は、 谷の 惣名、 『今 馬 越のう まや 有り 筑 摩!! 保 福 寺絕^ を 東へ くた 

みぎ てんじん くつ かけ f そん ax« S ぅハ »J f ス つか、 け 、 に ^ > ^ 一 ^1 -k I *s \a い r 

れば、 右に 天神、 沓掛兩 村、 遙に 山の 上に 見 ゆ 沓掛は 古驛の 殘れる 名なる べし 今 



20 



遴傳 明^ 名 地 



tfe こうせい たに ぢ ちも^ きこ し>* のちめ <• .si う 

なら もと 村 あ. cs。 後世、 谷路を ひらきた る はじめの 地名と M えたり。』 と、 「信 濃 地^ず」 

に 見えて ゐる。 




前の、 亘瑰 *淸 水 等の 傍 例に 線れば、 ^池 も、 ちく ま^を 挾んで、 一 E 一理 *涛 水の 驛ぁ りと 



も みのう SS. は. i み いま つかま なほ リ , 9 J えしぎ 

麻 績驛廢 されて より、 見えない。 今、 筑摩 郡に、 をみ とい ふ 所が ある けれども、 延喜 、 

> 2 き さ.^ しな s« ぞく そのち かつ たう ごく ^きでん ぐん f § 

§ 更級 郡に 屬 して、 其 地に あたらない。 且、 當國の 驛傳、 五 郡に 隈が あるから、 ^ 

p k . f 9.^9>-9 k '^3*05 ちめ i * > つ ころ すねさい み 一 ま 

ふらく は、 麻縝 は、 す はべ 鄕 中の 地名で、 佝 時の 頃 か、 水災 にう せし ものと 見える。 今 

h^^: > 力. めい みづ リ にし こうと むら - 

亘理の 遣 名と おぼしい ものに、 水の わたりから 七 八 里 西に、 越 戸村と いふの が ある。 

/或は、 河 渡、 に 乍る。 \ 5J々 い _ そ 力 ちめい 

^ff^c か邊 の^ 名" ) 筏 m 其 地名のう つったの であらう もしれ ない。 

_u^~^^ 浦 野から、 水の わたりへ、 大略 十七へ 里。 

さ ざれ 石の ちぢにく だけて ちく ま 川 中の 思 ひの 身 をい かに せん。 (^!§@。) - 

) * — t^ は s» うへ だ 含た やま そ うんの ねづ みは W- へ おかご 一 

按 する のに、 『諫方 郡より 上田の 北山の しづくに 添 ひ、 海 野、 根津、 三 張を經 て、 &籠 一 

趲籙の 名 IC 長 野驟) 信 璲の笾 



信遨の 名— (長 野縣) 信 濃の 卷 

1 * しなの も ら<1 かう み じほ じりせ いす ゐき * いは ゆるし ほじ リ こ.^^ 

の驛 にいた りぬべし。』 と 「信 濃 地名 考」 に 見える。 r 鹽尻 盛衰 記」 に 『所謂 鹽尻 さま 是歸 

(ssss ー皇) Ife. 纏げ など ぼえ たる、 §なる べし、 ^ 

擎 IliQi きを £<s の、 ぎゲ m は、 雾 のきに や、 うちにき の S あ 

t 1 みづ fei- さく』 お 5 ざがた うみ ゝ 

り。 いと あがれる 代に、 ねづ みとい ふ 所に、 水を湛 えて、 佐久 小縣 は^なり といへ る 

は、 がしく 館へ たる IT なるべし。』 と^える。 上 S の 北に、 ぼうや まの 地名が ある。 铰 

うし かひ やまぐ も X ほう ぞくじ. むせい じ: > ^ 

する のに、 牛 飼の つた ふ 山 口の 名で あらう。 房 は 俗字で, 牟が 正字で あらう ffl- ち 牟 

は、 おの^ 也と おえて ゐる。 歉方 のぼう みち 又 同じで あらう。 或は、 峰兒に 作る も、 勿 

ろん かリ じ 一 > 

論假 字で あらう 

もと、 i 華 1 に 1 じ 尼!. は、 て 天ん Tf おにき てられた もので、 献 S. 挈を、 

s i しゅぎい しき こくぶんじ まん そ < み : 丄ょ > ん 

M 寺と して ゐる。 「主 秘式」 に、 『國分 寺 領四萬 束』。 と 見えて ゐる いにしへ 諸 國の國 分 

華 街に、 駕 八^から、 s( ill する。 2^.^^n 

iitsi、 俱) 与 i 讓 I 二 f に 鰌 めら る- f f てゐ る。 射 I、 八 S と 1: ば 

れる もの これで ある。 



I: 傳明說 名 地 



5 ん の がう めいせき 》- よ 5- . えんぎ にろ, しげ Q し よ 

r 海野鄕 は、 ち ひさが たの 名跡な り 世に 云 ふ、 延賓の 頃より、 滋野氏 こ i に 世 を かさ 

のち うんの t ねづ I もちづきの け ^ ぶめい てんか また ね, づ じんべ い 

ぬと かや、 後に、 海 野 根津 望月 乃 一 1! 家と 稱す。 武名 天下に あら はる。 又、 根 津甚平 

S だな ほ おうじ SO め 1, け /::^食ま 、ノ また * なつめ « むら あ 、なつめ さ こ,:? しぞ r げんくに ひら あう しう 

貞直、 鷹 術の 名家と す。 (S 断^。 ) 叉 K 目 E て ふ 村有り、 W 目 左 近 將監國 平 奥州の 

•so やすひらつ ゐたろ レ f しなの § なつめ むら ぢ とうしき たま このち sfi^. 

役、 泰衡 追討の 賞と して、 信 濃 國夏目 村の 地頭 職 を 給 ふといへ る は、 此地 にや。』 (§§ 

&x ^ c ^ K« のちめ いか 5 み み は W- むら いま ち ひざが た- d ぞく 

f、lsi^^ の Ir^; いふ。) と 「信 濃 地名 考」 に 見える。 三 張 村 は、 今、 小縣 郡に 馬して ゐ 

ま れ うしき にい はるまき これ また しほ か は よしだ なんぼく あ 

る。 「馬 寮 式」 の 新 治 牧は是 である。 叉、 鹽河、 吉 m とい ふ 所 も 南北に 有る。 

11 面 き 寒 、山 i)、 き if )、 f i、 

あん をむな やじ i うんの う を かよ 

按す るに、 童女 は、 % 字で、 則ち 海 野で あらう。 (觀 つ 又 i%) 宇と 乎 を 通 はし、 

f I を かよ はす CKSSap と) 「S»JQ あづま S に、 

SS. らは s» を さ を さも L 9 9 9 0^ で く ご わ fff 

禰良波 里 乎 佐 乎 佐 毛 下略。』 と、 兎 を を さぎと いふの も、 もと、 東の 俗語で ある。 「和名 

f くにびと U は たま Js>c お ほ たぐ い 、 

iu 國 人の 語に 準じ 給 ふ 所 多い と は、 か,^ る 類 ひ を 言 ふので あらう 

しなの ち めいかう 9 , つまびら かなら や いまおず さ く so あした や まべ ち めいみ 

「信 濃 地名 考」 に、 『山家 未: i 詳、 今 唯、 佐久! I 蘆 田に、 山 部の 地名兒 えたる のみに と あ 

燴讒の 名 |( 長 野縣) 信 纔の卷 



23 



明 說名地 



熠邋の 名 f< 長 野縣) 信 濃の @ 

る。 f . 射の M^i であらう。 「SI」 Hf i く。 0. 鳛 1 1 が顏、 m 

は ぺ Q おらう ゆぎ ひら ぶし. このち. p®_r こん 

方 部 太 郞扶銜 など、 g えた 武士の あるの も、 此 地の 住人で あらう。 

跡 部の 地は絕 えて 見えない。 或 人、 『跡^と いふきな し。 迹 ぎと 酽む べし、 

Jy あん u % て-ま * J 

鄕 あり。』 と 云って ゐる 按す るのに 假名が ちがって ゐる。 ^^ふべ し。 も、 & 

^ , I い, まほん がう しもが う そん ? « そ o ち *fi f . 

く廢 された。 今本鄕 2fo 下鄕 一 一一 村 ある、 これ E4! きで あらう。 かの S に、 ; の 

地が あるから である。 

海 部の 廢地を 推考す るのに、 !! に弒 &、 離に^;、 | 雜、 ^配に!! つて、 みな 私 慰の 

地名で ある。 ^だ^^うち にあった ので あらう。 き E の^は 、「^箱 I」 にお i じ 1^ がお 

いが、 ゲ、 諸國 ともに 廢 さわて 詳 W でない。 「妣§1」 に、 『若 谦, H ハ十戶 一 者 割, +戶】 立- 

1 里 1置=長一 人, 其不, 滿, 一十 家, 者 蒙 入大 村不, 須, 一別 置 一也。』 とかえ てゐ る。 M が は、 こ 

れ あまる ベで あらう 。Qi^s; に) f きふ、 が 溝 は、 SR&Qg じたので は 

あるまい か。 纖。 の.)?^ 川、 内 村 川の きふ 所に。 出が ある。 山 m§m 吐 水 

.3 ス T3 レカ , 氏お 興る の 想。 y.© は 任 に似て もる。 地名 辰に、 義仲 はじめよ た 

とい ふ は, AJQ ン k, みなかみ わ だ 1 、 、 ナ もも は t X J 

地で あらう。 ,) とい ふ。 水上 は、 和 田の 驛、 よの: あとい ふ。 いま^の w、 I, などい ふ 



M 傳明說 名 地 



? > , „。 へつ いでに いふ。 小驟郡 地名の 丸 子 は、 丸 子 部。 內村 はソ 

の も 同じ 義 であらう 力 (宇遲 部。 田 中、 長 背、 福赏、 高 志 等、 みな 姓で あらう。、 

^^の^は、 pl^s に^い。 ^^か、 はだ、 けと^ぶ の は 澱り である。 r お^ &」 にい ふ 

II まきで ある。 『祌謹 雲 三年、 ま神獎 

ち さらし み ひらか は . 9* 9 , な > o 

下 諸 社 1』 とい はれた 地で あらう。 更級 郡の 御 平 川 も 亦 《 のおん へ の 名で あらう 

一 00 佐 久^、 1= 小 igf 9 大略 二十な 七 里。 

^ ねづ し 4- ま ゐこ むら あ ^ ^ ) 

按ゃ るのに、 极津 みはりの 東に、 山に よって、 井子と いふ 村が 有る これ 多. B のう 

Co % n-sa お t\ ゐ ^しょ そん へ いしお ろげ » Z ^5 us ぶ 

畲 やの 概 じたお であらう。 さ 井子 諸 村を經 て、 石 絶頂に、 古道が 今に 有る。 

6 6» 9 9 9 9 ねこむ ら さん g さ あ こ は SV のまき ち 

地 叙、 一 狨戶、 ニ狨戶 は、 井子 村の 山上に 有る が、 これ は、 新 治牧の 地で あらう 

^かざ は へ SSS レ ひしの のまき あよ /「® 缓ー にノ、 Z ^ ^ ► >o 

深^ を 隔て、 東に 蕤野牧 の 跡 (^」 )、 小 諸の 北に ある 

I 井子より 大略 十四 ft 里 。 , 

しなの なる あさまの 山の あやしき は 雪 こそき ゆれ 火 や はもえ なむ, (^T ) 

信遨& 名 |( 長 野縣) 信 濃の 卷 



35 



說俥明 說名地 



fl 邀の 名 |( 長 野驟) 信 濃の 卷 

1 ぬの ぺ _0«^>.?J つまびら かな あさま や ま みなみ お ほぬ ま むら /VT』51' 1 -ny^v t \o cfe^ , しらく 二 ナ、 £a «J* 

『沼 邊驛 廢 不, 詳 、淺 g 山の 陽に、 ガ沼村 な 「地名 文 考祿」 ) 猷 nig に、 ガ 

なる 出水 あり。 沼の 名 こ X に 出で たるべし。 西に 御馬寄の 地^ ある は、 H きの 觀の 魔な 

るべ し。 爆、 11 の艇千 g の If い へり。 T1T。』 と 「露 S ぎに f る。 

このへん *AJ な たま そのほかな になに J-ま い あん ,はも ゾ > し^ 

此邊の 諺 に、 『わく ョ其外 何何 七 玉 あり。』 と 云 ふ。 按す るのに、 「^^#1」 に、 『する 

, I いけ たま 

力に ふじと レふ 所の 池 は、 いろいろなる ェ なむ わくと いふ。 それに りんじの まつりし け 

る 日、 よみてう たはす。 —つか ふべき 數にを とらむ 淺 I なるみた らし W の戲 にわく^。』 

と ある、 駿 河の 淺問 を、 間き 傳 へて、 爱に いふので は あるまい か。 

ま れ うし. &- しほの のまき この 52 あ 

「馬 寮 式」 鹽野牧 は、 此 間に 有る。 

ILg^gg 巳に 廢す。 大 沼より 大略 二十 三 四 里。 

しな あさ ま たけ fc とひ 

信 濃なる 淺 間の 纏に 立つ け ふり をち こち 人の 見や はとが めむ。 (「伊勢 物語」) 

r 延喜 式」 に、 『長 倉驛、 長 倉 神社、 長 倉 牧。』 と^えて ゐる。 『や 辦に、 驄す。 i する に、 

r 東 鏡」 仁 治 二 年 三月 海 野 幸 氏與, 一武 田 光 蓮 一 上 州 三 原 庄信州 長 倉 保の 凝 を || する g おゆ。 



26 



Ift 橡明讒 名 地 



ミ | こ く k いま くつ か— け I 

殿 g まで も、 ありし にや。 * に 齢へ て、 驛は、 古宿 あたりと いへば、 今の 杏挂 力の 一 

i 2 れ るな 、ゝ ち ジ ち 3f、 ^np. IP^S^Q きに あ^りぬべし。 

驛の & 名なる べし 〈ま掛 お。 j さらば 長會敉 は 宏处ぶ 邦 名 グれ t まォ , 

.i! チ: n . /今、 地名 杉 明應の 記」 杉 寶に作 るに み ゆ。: s^i 

i 艇の n、 松 折に ありし などい へり』 (S に歡 名、 後世に 文字 を 改めた ので あらう^ 

と、 i き 粒!;」 に^える。 t^ip に、 I 龜 元年 四月 諸國 伊倉 率爲 一一 王 等 一大き ー肆仟 

^ もつ み この ころ な 、 o 

解 中 參仟斛 小 贰仟斛 一。』 とかえ ると ころ を 以て 見る のに、 此 頃からの 名で あらう 

r^iil 或考」 に、 『鎭座 本紀曰 宇賀 魂祌爲 -1 根 倉 1 星 神 根 稻赂語 倉 心 也 山 靈稱〗 一石 倉】 

木 靈稱, 一子 倉 一 隱岐國 有-一奈 岐 良比寶 神社】 按長 訓奈私 云長稻 略語 倉岐良 共通。』 と 有る の を 

1 する こ、 こ は、 ii から 鬚^の.!^ といたので、 「fti &」 に、 『屯 倉』 の 事 見え、 「蠍 氏 

* らと こ ろ 1 もちろん なが くら ふる 

1」 に、 『朝 夭 師命之 後長 倉 造。』 などあって、 倉 地の 名 は、 勿論で あらう。 長 倉 は、 舊く 

から、 k 妒 i ゐま すと いへば、 もとより、 洲 羽の 祌を祭 つたので あらう。 

/ さく な管 じ じつ 

「1&&」 に、 『三十 五 年 五月 信 濃 國蠅聚 至 一一 上野 國】 散 云云。』 これら は、 佐久 郡の 事實と 

見える。 

t ん に ようし ふ f 

「萬 葉 集」 (卷 二十) に、 

a 讒 Q 名— (長 野驟) 信 濃の 卷 



27 



M 傳明說 名 地 



a 邋の 名— (長 野驟) 信 濃の 卷 

部首 磐 前古 鄕 遠から ぬ碓氷 を越ン ^ ?f L 

えてよ める ものであると いふ。 ) 

tfe» こ か 

叉、 古歌に、 

くき も 葉 もみな みとりなる ふかせり は あら ふねの みやし ろくお ゆらん。 (f^ ほ^ゅ 

^p3,~tt»o \ Z ら チ上 孝を 



前 同^ 所。 _ 

|糜 原 輔相」 



^と f と赚 1 の I に f 。 0tfi si 



4! ふ,^ ま よ しほな た は むらた あ ひ 

八 S 山と 呼んで ゐる。 鹽名田 • 岩 村 田の 間から 能く かえる A 



わ asjp せう さ く j-jf IM^ > W 9 9 9 

,倭 名鈔」 佐久 g 度 美理、 大村、 大井、 ぎぎ、 だ 沼、 ? 、小、 沼 (U3 

按ずに、 請 は、 みあと & むが i? ゐる。 0MS$^B^ 

みま る は 音便で、 みはり、 きと t と 脂 じて、 ps^ssl^^.w 

ずへ 村^; 諸 衆邑、 ^通 W 。ムラン 授 -、— せい. ^ ゐき お ほむろ こむろ 

リ杓 ,は攀 なり。 あつまる の義。 J 按す るに、 「盛衰 記」 に、 『大室 、 小 室。』 といって ゐる。 

け いづ お ほむろ と *- みつ i み J 

「大茅圆」 に は、 『大室 &光』 の 名が 見える。 大^ 廒 されて、 ゎづ かに、 ig が弒 したので 

あらう。 小 S きって ゐる、 ff s の iw て、 繫な § である。 いにしへ は 



說傳明 說名地 



ガ むら 所で あつたと 見える。 ん 

1 ナぉ のちい は. c&fe ほ ] :o 、大井 は、 下回 田 井に 出た る 名で あらう か, 

が * は、 廢れ て、 後 岩 村 田の 驛 となった I 向に 小 田 井、 前に 根 井 • 今 井 等み 地名が ある: 

rs」 に 、『大 井庄、 八條院 御領。』 (き 謹き ss£8、) 「ii」5^ 

lim^ls. き 3fe き ?。』 「概 續」 に、 『囊 元年 三月、 於 二 岩 村 

田 館, 卒。』 などと おえる。 (S 驾 館お、 ぎに は 、『繫 二 被 十 鬚 ま1。』と肝 

また 

え、 rfi^ しに は、 『永亨 十二 年、 足 利 持 氏 季子 永 毒 丸、 竄 n 千 信 濃 大井 1。』 又、 『文 安 

二 年 還 . 鎌 倉 i 馬頭 成氏是 也、 世稱- 古河 公方 一。』 (,ぼ SJI ,持) と 見え、 「弘治 記」 に 

しる 。 へ r^^」 に は、 佐久、 大 

は、 『文明 十六 年 一 一月、 爲 1ー 村 上 氏 7 大井 兵火 域 陷。』 と 記されて ゐる 〈井、 ゲ野 として ある。 

「お 名鈔 一: ま、 『信 资國 二つの 太 井、 三つの^: 野 を わかつ。』 と^て ゐ る、^:^、 :1 は、^!^ っゾ。 S 

i^si^ レ y^l^ 大^ ぼと m して ゐる。 又、 「ss」 に は、 『大井 S 半減-、 ギ贺压 とす 

所 不レ詳 これ を 佐久三 庄。』 ン 

とい ひなら はして ゐる。 ) ら 

& ) もちづき 、し , 會 9 がう こと る 

1 巧 は i されて より しれない。 g する のに、 望月の 邊に、 與古取 it とい ふ 事が 有る.' 

(SI お 3f r、 iisii されて、 ¥s がず。 や 

シ+^ J てん よこ と り あまる ぺ てん 

II? 蘭に i すと もい はれる。 これらの 轉ぜ るに よれば、 與古取 は、 餘戶 の!^ じた もの 

鐘籙の 名 Is 野縣) s 濟の卷 



說傳明 說名地 



信籙の 名 |( 長 野驟) 信 濃の 卷 

.5. ぶか だ .3. じつろく き 

であるか 訝しい。 「三代 實錄」 に は、 『貞觀 七 年、 詔 信 濃 駒牽毎 八月 十五 日。』 に 定まった。 こ 

み £9 もちづき な み がう めい そのほか 

れ より、 御牧に 望月の 名が あると 見えて ゐる。 さらば、 鄕名 は、 其 外に もあった かも わ 

からない。 

ひ、 すで ナ た み お ち 9 れ やれ そのち お ほと、 ぺ . 

刑 部 も、 「しに 廢 れて旯 えない。 推して 地理 を考 ふるに、 其 地 は、 力 伴の 邊 にあって、 

ナ ^ , み .S まお S- あとべ ち め 1 

廢れ たりと 見えて ゐる。 今 唯、 跡 部の 地名が あるの みで ある。 

9 9 すた つまび あん は .5 そ ぺ.: ちめ 5- み. ぶレ Aue\Jn 

靑沼も 廢れて 詳らかでない。 按す るのに、 入澤に * 磯部の 地名が 見える。 西に、 4.^ 

1 で な このへん そのち. /5J すねさい 

町 三條の 名が ある。 此邊 であらう。 其 地、 ^にあって、 水災 にう せた やうで ある。 「义正 

^に、 『、上 町 ^、 三が』 と f る。 f 二が は、 f iii のき (yf 蹭懿 3 三分 か 

みづ ^0^^. かみ かみな かごめ みう あ > ち しもな. A ごめ 

ら、 水 は、 東西に わかれた 上の みなもと を、 上 中 込と いひ、 下の 水 會の地 を、 下 と 

> ) ) Z > いづ. こ^ ころ ^ゐ ぐん なか §» のち ち 4* い M» US* 

いった。 それ を、 何時の 頃で あつたか、 洪水 一 郡の 中 を 貫き、 後に 地 i に i つて 莉の 1 

-fc おも 

は絕 えたので あるが やうに 思 はれる と (「地名 考」) いはれ てゐる 

9 : J 9 I 'f も < だ ゐ.. > 1 わ f ば 5^ い ぴ ぜん がう めい 、 、 % ,VH».V J ? 

茂理 は、 今の 茂 田 井で あらう。 「和名 傍 例」 傭ぎ 國鄕 名に、 物理 もとろ ゐに 同じで あ 

>3 , 9 ほむ: I f 9 ^ 9 / あ ひつう ,,お * * - f3 9 J 

る。 とろ を 約れば とで ある。 ととた と 相 通じて、 もた 井と なる。 茂理は 即ち もと りで、 



30 



說傳明 說名地 



もゐ とり Q 略で ある。 もとろ ゐの、 ろゐの 約った も ひ は、 水 をい ふので、 もとり は 主 水 

^ 水 

にほん *~ けいかう き す- さ. S ぼら 

である。 「日本 紀」 「景 行紀」 に、 『さむき み も ひ を 進む。』 とい ひ、 「催 馬樂」 に、 『み も ひも 

こうせい .>? うき もお ひの なか もちづき こ し t しる 

さむし。』 と あるの が これで ある。 後世、 「承 久記」 に、 『 鹿 中 之 望月 小 四 郞。』 など 記した 

9 9 S ちめい る .9 お ほ > 

るゐ ひの 違 ひ は、 地名に 類が 多い。 

<► 、 おな ナ た お ほぬ ま むら あ > ぶんろ ベ けいち ぎ > ^う *V ん ぉュ r , 

小 沼 も 同じく 廢れ て、 大沼 村が 有った の を、 文 祿*慶 長の はじめ 終に 亡 村に 及びぬ 

みぬの ぺ こ ぬまぼう ぐ わい ちめ ハ > f *0 S ^^せう. • 

る。 と 見える。 沼邊 のうま や も、 小沼鄕 外の 地名であった やうで ある。 地名に 大小 

% 9 ちお くにぐ かや お ほ ひたちし に ひ はる S5B お かみ * 1 

お をの 違 ひ、 これ また 國々 に數が 多い。 「常 陸 志」 に 『新 治 郡 巨 神 (於 加獒) 今 小 神邑屬 1 一 

そのし *0 

筑波郡 1 (M 或 作 レ大〕 國人 常以レ E 爲レ 小者 多。』 といへ るな ど、 其證 である。 

さく y»9 ちめ <! もと リぺ お ほと もぺ お ほお ぺ あ と ぺ; たけた ぺ お ほむら あしお お ほいし かす 

佐久 郡の 地名に は、 母止理 部、 大伴 部、 大田 部、 阿刀 部、 竹 田 部、 大村 • 蘆 田 *大 石 • 春 

か 1 ぺ ぶせ しか. s くらおく ち f らゐ るゐ * で 3 - あ. と ^ 

日 部、 布 勢 *志賀* 生 藏* 田 口 • 櫻 井の 類、 みな かばね に 出た ので あらう 阿刀 部 は 鼬 見 

•、 もく じ f こ み t まか かひべ ► レ ぬか ひ 卜.. が r ほみ. -卜 カマ; > ) :o /. 或は 曰 ふ 

部の 略で ある。 上古の 御 狩に も、 鷹 飼 部 犬 養 部 射 部 跡 見 部 等が あった つぎ 醴」^ 

迹人 があった。 迹之霄 は 跡で ある J とハ幺 とこら が あるが、 こ, d は、 ^,0 

『知 一 i 禽獸處 1』 とい ふに 似て ゐる。 」 勝 間お に ま 域と レ^と ころ 力 $ス 。力 こわ H 一^ 4! 

t か も W- わ 5 の を を づきの わう しな の § なか ) ほうき i . ね 乂ぞス せき^^くし t^lf- 、つ tijp , £ ほ- o n -、 > 

紀」 に、 『榜守 王 之 男 小 月 王 信 濃國に 流さる 寶龜 三年 復ニ 屬藉】 姓 勝 間 田 を 賜 ふ i とい ふ 

信 濃の 名 ー( 長 野縣) 信 濃の 卷 



81 



說傳明 說名地 



信縐の 名— (fi 野縣〕 濃 の卷 

とと み うたが その ち 

事が 兒 えて ゐ るから、 疑 ふらく は、 これが、 共 地で は あるまい か。 

ほん ぐん , , しんめい み ,曹 * くん 、「n;v._sx 一 

本 郡に, いにしへ、 英 S の祌 名が 見える もの は、 あかた と訓 すべきで ある。 ^M.^、 

乂 カク V 

又、 『埴科 郡英多 f 駿され て、 今 あか ン s:> ま, 33 .-r :、 う。。 、ももの 約 まン ^は,、 ほ 

たの 庄ぁ り』 と r 地名 考」 に I える。 j 址 名に 又 下^と いふか ある。 1 りし 也、 」 此址 

けん ぅ( ち V- まが は ,.r-/.-s い そのち 

して 縣の 上に あつたの であらう。 千 隈 河の 永 災に、 共 地う せた る もので も あらう。 

【 長 倉より 大略 十 m。 

上 毛 4H"5,7^> 胺本 I へ 十八 纽 許。 J 1 

ち はや ふ る 熊 野の みやの なきの は を か はらぬ 千代の ためしに ぞ ひく。 (^; 宫 

言 定家ン 

卿。 ) 

: パ^ i め I ^ , - そ? ち * かう つけの くに * まなか しか お ほ あき 

こ \ に ^野の 御 a が ある。 せ ハ 地から、 上野 H とする。 山中に 鹿が 多い、 『秋 は、 その 

»J ゑ さやか しろし か ゆき ごと ノなっ ち め * かう み 

聲寥亮 にかな し。 たまたま 白 鹿み ゆ、 雪の 如しと いへ り。」 と、 「信 濃 地 各 考」 に 見える。 

お IJKKP^ お llsfefiiss 氏錄」 『上 宅" 坂 本 ^は, 狨入夜 命 十七 世 孫 佐 太 公之 

I ss Fl TP *フ i 一 i% お 一 ェ 云。』 . 

1 まんに ようし ふ つぎ うた み 

「萬 葉 集」 (十四、 上, 阈^〕 に、 次の 馱が兒 える。 



32 



說 傳起緣 的敎宗 



ひ くれに うす ひの やま を 5 ゆる ひ はせ なのか そて もさ やに ふら レゥ 

比 能 具禮爾 宇須 比 乃 夜 痲乎古 由 流 日^ § 奈能我 素 低 母 佐 夜 爾布良 思 都 o 

ぜん ぐ わう じ 

# 光 寺 (長 野 市 北端 大峰寺 山麓) 

ikk^ の ぜん § セ ながの し えき ほく i§n お ほみ ねさん ふ Is i ん め,: > し w 1 4 

信 州 信 濃の 善 光寺 は、 長 野 市の 驛北 十九 町、 大峯 山の 麓に あり、 南面して 市!: を 奢 M して 

I つ.^ ^だ ぃ1, よめい れい』 さつ よ し しん £ う そうぞくた ち いせ しんと ぎ W&S 

ゐる。 夙に 海內 著名の 靈刹 として 世に 知られ、 信仰の 僧俗 達 は、 伊勢の 神 都に 擬 して、 窃に 

£^ , — きんせい てんだい s^._p ど そうに ほうじ そうじ だい § じん /.1>5«5,!«? 一 i、 

怫 都と 唱 へて ゐる。 近世 • 天台 *淨 土 ニ宗の 僧尼 これに 奉 事し、 僧寺 を、 大勸進 (gfg ^に跌 

る 本 寺の ^ ン !&! . ヒ、 ^ぼ M へ 紫 衣の 尼寺であって、 皇族 乂は 瀵紳ン 、。 、此^ 台宗 

れ である。 ) と 言む 尼寺 を 久 木 願 I の 女性 世々 之が 住職と なって ゐるさ と 言 ふ。 

淨ュ宗 の 大本 穎の 外、 四十 六坊 ある。 その 中、 衆徒 二十 一 坊、 妻戸 十坊、 中 衆 妻^ 十五 坊に 分れて ゐる。 

衆徒 は 夭 台の 淸僧、 中 衆 は 如來の 譜代 家と 稱 して 淨土宗 を 奉じ、 窭帶 して 子孫 相績 して ゐる。 妻 戶十坊 は 

义、 時宗と 稱 して ゐる けれども、 游行淤 と はおって ゐる。 蒋寺領 は、 千ン 

石餘 であった 。(「善 光寺 道 名所 圃繪」 、「善 光寺 案内」 、「善 光寺 名所 11 會, 0。」 i. 

ほ 乂ぞん § ぞん ぶつ とな えんぶ だ ごん あみ だに よらい すん れ<1 ざう くご とら <- 

本尊 は、 一光 三 尊 怫と稱 へられる 閻浮檀 金の 阿彌陀 如來、 一尺 五 寸の靈 像で、 わが a 渡來 

i&f あると r れてゐ る。 SSM^m&ss 

S ぎ^、 暴 ts ぎな つた も?、 (お sir 十膽? 謚 

f 曰濟國 より、 釋迦佛 金 銅像 ー軀、 蓋、 ^千 經卷 を^る。 と 見え、 「元 享釋 書」 にも、 同じ 記 寧を截 せて ゐる。 

又 『是 は、 佛 法の 始めて 渡り..^ の佛像 なれば、 佛 道は釋 開帳 あり。 俾 龕の 楝 礼に、 應 安 lis. と あり、 如 

蓄 光 寺— (長 野縣) 信 濃の 畚 



3 

3 



說傳 起緣 的敎宗 



善 光 専| (長 野驟) 信 濃の 卷 • 

來の 重み 六 貫 w 百 奴、 觀普勢 至の 重みん 3 转 o が^ お ^^^お^ 講ピ sst^ ^ば。 は 高) , 

$ 十匁史 ありし となり。』 と 言 はれて ゐる ) 時の ヌ目满 目 パ屨、 宣仆 帝の 元年に 大臣と なる / 4 

これ をぎ て it し、 i に 向原の ぎぎ^と し (f§ ほ K 。る,)、 £ に If て辦 一 

まあ とした。 fsr また 1 く i を i じ、 18 に II し、 (嚐 I 鶴^ SI い^ 

ss^^ss^ ii を 添の i& り、 inf きし 

ゝ. Ktu、.ai り 4»\ みことの リ う ぶつ はい これ まつ , _ 、こ 、ぶ 於て、 佛 法始ン ^ 

(まほ so の 十) 勅 を 承け て 怫を拜 し、 之 を 祭らし めた。 (^^^は ss。 ) ところが 折 

ち /UJLOTV こく- XI, えき 5> 9 うか 5 えきし も お ほ. • > > » ぽ ぼ, & 

... から、 (棚^。 四) 國 ぼに 疫病が 流行して、 疫死 する 者が 多かった ので、 もとより 怫 法の 漱く 

t 一よ, ものの ぺ ゆげ もリゃ たいふ なかとみ かつ と f *..^,k^ ka^^o 

世 にれ はれん とする の を 喜ばなかった 物 部 弓 削守屋 は、 大夫 中臣勝 海と 俱に 奏上して 『先 朝 

へいか およ しゥ *Mr. リ うかう せい みん まさ お • » ス ぶ^; せぶ C 卞 .t.f ゆ zr^^^rs^ ^ , 

より 陛下に 逮 ぶまで、 疾疫 流行し、 生 民 將に絕 えんと す 是豈 蘇我臣 首と して 怫法を 唱^る 

に ii るに ます や。 請 ふ、 宜しく 禁ぎ すべし。』 と 申し上げた ところ、 詔が 下って、 これに 從は 

もリゃ み き" てら いた z I f た ふでんだ うう i ぽ ► ぶつざ 一力 ^ ^^.K 

れ たので、 ゆき は、.^ 自ら 寺に 抵り、 胡 狀に踞 して、 塔 殿堂 字 を 毀ち 佛 像を燔 いて 其餘逾 

tea tw t す > くも あめ^ ? b だつ み i の をり * 

を 難 波の 堀江に 棄て しめた。 この 日 雲な くして 雨 降る と、 r 敏 達紀」 に 見えて ゐる。 此折 百 

が の K じた 一^三^の I: 瞥^ 妣勑 は、 齦 たれ もせす に、 « ^に! s げか まれた^ であった 

>-t ノ のち す, てんのう みよ しな © S! い な ss« ひと ほ乂 だ 1 飞.^ J 

の を、 おく i にも^られ すに ゐた。 その後、 推 古 天皇の 御代に、 信 i 伊那 郡の 人 本 田 善 光 . 



說 傳起緣 的敎宗 



この ほりえ ち. WM- よ いづこ よ &ご》? かお 

が ふと 此 堀江の 邊を 過ぎる と、 何處 から ともなく、 『よしみつ、 よしみつ。』 とい ふ 呼 聲が褂 

— ふり か < み たれ やうす ゆ す 

る。 顧 つて 見た けれども 誰も ゐる 樣チ がない ので、 再び 行き過ぎ やうと すると、 また、 『よ 

' » ) » ) I ► i あや おも ほタ えな か のぞ *j なに し; 

しみつ、 よしみつ。』 とい ふ聲、 はて 怪しい と、 思 はす 堀江の 中 を覼き 込む と、 何 か は 知らす 

さ ぶつだん ほ sy え なか をが 5 ひる あ r* t んぷ さ r^v 

五光の 射した 物體 が、 掘 江の 中に 拜 まれた ので、 驚いて 拾 ひ 上げて 見る と、 それが 閻浮檀 金 

, あ み , にょらい レ ナん れい ざう よしみつ .5 し /1 とと おも ほん «.:> せ お 

の 阿彌陀 如來、 一尺 五 寸の靈 像であった。 善 光 はいと も畏ぃ 事に 思 ひ、 本尊 を 背 員 ひまつ リ 

化^ ) . » . fc^fc ^ ^ ^ r § ^ f お つ すゐこ てんの 5 ねん いな I 

信 濃 國に歸 つて、 一 旦、 伊那 郡 座 光寺 村に 置き、 (r 圈綠」 ) 次いで 推 古 天皇の 十 年に、 伊奈 郡 

^L,ss^3 s^s ら あんち く くてんのう ねん t いま ぢ うつ 

麻 饋鄕宇 沼 村に、 小 堂 を 建て i 安證 した もの を、 皇極 天皇の 九 年に、 更 めて 今の 地に 移した 

, > ながの ぜん N§ じ らん い さほ W ん tfj よしみつ 

のか 長 野の 善 光寺の 濫觴で あると 言 はれて ゐる。 (「信 濃國 志」) g-ち、 本 田 善 光の 營む 所と 

、 , : ゆ a > かれな よ じがう ぜん § じょ いた 

なった が 故に 彼の 名に 因って、 寺 號は善 光寺と 呼ばる-に 至った (「緣 起」) のであった。 

, . » —せい 1 ゐき . —へいけものがたり など そのり ぎぶん そのころ えん f 

綠起 は、 「撬囊 鈔」 にも あり、 「盛衰 記」 「平家物語」 等に も、 其 略文が あって、 其 頃 炎上 

(issla 一十) の, 紕 して ゐる。 ^はこれ が f で、 l-i (suss 

^^2;^S£S3 した。 gig に雰? から は、 篛は、 if & 一 

> . ^ ) :3 んぶ だんん げん > これ かひ かふ ふ うつ しんぜんく ゎゥじ お fc けだし ほろ ^ 

さる 乂の 悶忙を 極めた。 武田 信す. は、 之 を 屮斐の 5, 府に 移して、 新 善 光寺 を 建て、 武田氏 減 一 

罄 光 TS 野 iD 信 濃の 卷 



說 偉起緣 的敎彔 



兽 光 寺— (長 野縣) 信 濃の 卷 

おだし. みの ぎぶ ほう とくが はし. とほとう * はま まつ うつ さら か ぶ A. t 

びて、 織 田 氏 これ を 美 濃の 岐阜に 奉じ、 德川氏 これ を 遠 江の 濱 松に 移し、 更に 甲 府に復 した 一 

とよと みし これ 5- と ぼう <ゎ つじ むか た こく てんく よ ねん およ けい Ists ねん 一 0© 

が、 豐臣氏 之 を 京都の 方廣 寺に 迎へ、 他 國に轉 々する こと 四十 餘 年に 及んで、 慶長 三年の 八 - 

n こ、^ 6 こ、 こ t つ C お ウ^お I 。 へ T 慶長 年中、 依 一き 吉公命 T さ ー佛像 天 一一 於洛 東大^ 

月に 初めて 口によ つて 故の 坳に復 さわた I 佛殿 一 后 還 一一 善 光寺?』 み 「信 濃國 志」 に 見える。 ) 

その ヌ だう^ ふ < わんえ い /トん^-^ノ げんろく /4- 一二 te-4J3\ えんじ 絮 くわう くわ だ. s ぢ しん /3- 

其 後、 堂塔 は、 寬永 (Mil 。ョ) と、 元祿 (I^YS") とに 炎上した が、 弘 化の 大地震 (I 

In 月 十四日。 震動 激烈に して、 長 野の 市中 悉く 崩续 し、 且つ 火災 諸 所に 起って、 佥市 盡く燒 失した が、 僅 

に 善 光寺 本堂 及び 一 二の 寺院 は殘 された。 倉々 善 光寺の 開帳に 赏 つて をった ので、 參拜者 群集して をった 

市中 死亡者 二 千^ 百 七十 四 人の 内、 旅客 千 二 Kn 九 人に 及んだ。 本堂の 東南 >! こ t ぽ こ 3?、 

に 建てられた、 地 欝橫死 塚に は、 それら 災難 死亡の 人達 を 葬って ある。 ) に は 炎上 を 免れた のて 

5> ま ほんだ う ス, ぺ ねん. <5ん ぼくふ まっしろ はん めい けんちく /1 じ *^te«a^TS£、\ にわ $ 

今の 本堂 は、 元祿 年間に、 慕府 が、 松 代 藩に 命じて 建ぎ せしめた もの (£11^ 亂 力。) 二王 

おり^;、 ^ へ 二重の 樓 門で、 高さ 六 丈 六尺 ジ ゥ!^ こ、 ; &您』 ノ c&^a こ^つ c.r-5。 お 卜 

Br の 奥 山 P , こ れは 寬延 三年の 建立と いふ。、 の內に 巍资 として 其 儘に 残って ゐる 東西 十 

けん なんぼく けん じ S.V おか 1 だいが らん は. $ ぼん えん ほしげ た かや まん 

五 間、 南北 二十 九 間 三尺、 高さ 十 丈の 大 伽藍で、 柱の 數百 三十 六本、 椽の 桁 の 數六萬 九 

まい - ほけ STn も じすう なぞら はう かいだん 

千 三百 八十 四 枚、 これ は 法 華經の 文字 數に 准へ て あると いはれ てゐ る。 四ガに 階段が あ tov、 

a 31 K»^®^^«^#o s»^.^«^^£#o ノ.: ん いたじき だいかう ろ, お そのみ *r わき fe.su 

四 誠 誠 .111 鮮 Ml 寺^^ 4|山山^上\。) 正面の 板 敷に は、 大香爐 を 置き、 其 右 脇に 太鼓、 

^^わ 检 ベ. ^びん ヽ內凍 喂の 的、 洁界 0内\ このく わびん つね わかき まつ ぼん はさ 

左 脇に 花瓶 (|5棚|ぉ^ぽる^§§^)がぁるが、 此 花瓶に は、 常に 若木の 松 一 本 を 挿んで、. 

しんらん:? にん ていけ^つ よ レ しんらん § にん 4|ん\§ じ し sys\- ひごと fl 

親蠻 上人 手 活の松 (又、 親鴛 松。) と 呼んで ゐる。 昔、 親鸞 上人が 善 光寺に 止宿の 間、 日毎に 山 



晚 傳起緣 的敎宗 



はい わかき まつ ぼん き ぶつぜん そな, , いらいい くねん ひつ さ, 

に 入って 若木の 松 一本 を 裁って、 佛 前に 供 へられた の を、 以來幾 百年と なく 引き 機いで、 怠 

まい にち まつ そな , はぶれ. S い いけ ゆる まつ しょ ぼく すぐ 

り なく、 每 二十 八日に、 松 を 供へ る 法例と なった の だと 言 はれて ゐる。 『所謂、 松 は 諸 木に 勝 

こう.? $> みだ ほんぐ ^9 あら ゆ あ しんらん まつ し i きた 

れて 十八 公と 稱 すれば、 卽ち 彌陀の 十八 本願 を 表 はしたり とい ふ 故に、 親鬱 松と 稱し 來れる 

* し *50 く み 

i かや。』 と、 「信 濃 奇勝 錄」 に 見える。 

气. > せう ちう あう だんた か *w!c- な いぢん そのせ いはう ほんぞん あんち づし まへ きんしう とち ぞ i> た 

し 堂の 中央、 一段 高い 處は 內陴 で、 其 西方に 本尊 を 安置し、 厨子の 前に 錦 繡の戶 帳 を. 垂れ、, 

あさゆ ふ ゎづ と IP 富 あ よ ひぶつい 

朝夕の 開帳 も、 たど 僅かに 戶 帳を揚 ぐるば かりで、 世に 秘怫と 言って ゐる。 

S.S しゃ しい じお ごと ざつた ふ 含 は さま あな. 5 おうしう ちう せい せいち じ^? れい 

赛者 は、 四時 織る が 如く、 鉱踏を 極む る樣 は、 怆も、 歐州 中世の 聖. 地 ゼルサ レムに 巡禮す 

こどな おも ひと せい このて. & まう み だ じ.;?. うど いた 

るに 異る なしと も 思 はれる。 人 苟 も 生 をう けて、 此 寺に 詣 でなければ、 彌 陀の淨 土に 至つ 

そのく §i? よく でき しん . > » によら 4 いんもん ひ / ハ. in こ韩^ • と r h 

て? 其 光明に 浴す る こと は 出来ない と 信じられて ゐる 殊に 如來印 文の 日 ぐ § ^きおる、 I 

月 七 n の鹧 天から、 十五 日まで、 參詣の 人の 額に 押す J ±、 0f はこ^き まり、 8^ D fife 

これ を 御 判 を 頂く といって、 群蕖 する こと 夥しい。 」 は 堂內 人に 人 重なり 唱念 おの も 

かま びす わかん こじ だん たいらの はう ぐわん にふだう ナ より はう もつ しふ /衰鎮\^^^まょり5^&、ゾ,>な、 s^fi 

喧 しい。 「和漢 故事 談」 に、 『 平 判 官 人道 康賴が T 寳物 iii (赚棚 If お^き 莊 ぼ^き!:^ t き 

吻*« 一 お ia\ くねつ ほん よみびとし ろお 

物 ふ^) の廣 本に、 讀 人知ら すの 歌に、 

け * § はこお して にし * 勢, Z > 

今日 ひらく 寳の 箱の 押 手 こそ 西 へ 行く ベ きしる しなり けれ。 

光 寺— (長 野縣) 00^0 



I: 偉 起 緣的敎 i 



善 光 #|( 長 野驟) 信 濃の 卷 

と。』 lg を、 f. また- is だん ss^^s の? も へて ゐ 

2 ひべ つ , ゅとふっぅひ さいし や こつ さ,:? 

力- T る 日 は^として ^ひ 普通の 日と いへ ども、 賽 者の 日參は すばらし いもので、 一山, は、 

つね さ つねん ぶつ こ &? ひ く まんだう うち おつ ざう ヒぅ. 5 ン 1 3 う- , I , 

常に、 唱念怫 の 聲に日 を 暮らして ゐる。 本堂の 內, 怫 像の 後 献に、 鼸^ にやる の 避が あつ 

て、 0f ぼ I の 腸 を I いて、 靈酒 の篛ぁ からしめ てゐ るが、 1, S 

いま ufc れき ろく つ *4 .A タミし. C- ぐ 、\. 、レ f- J ' ( 

より 今に 至る まで、 礫轆 として 續 いて ゐる。 これ を、 戒壇ぎ りと いって、 I 慰の m は、 Hi 

としても のの あいろ も^らない。 行く こと 半に して i の鰣が あるの を、 艇敝に 溝く i- だと 

マ i ひと この か g ふ. で. き. U くらく ど い *1 - » 

首って、 人、 此 鍵に 觸る X ことが 出來 なければ、 極樂淨 土に 入る こと は 出来ない とか ふので 

^ご: V > 々む, あみお ぶつ なむあみだぶつ て- 1 し? あは さいし や :w ら * 15 INas 

歩 毎に、 南無 阿彌 陀怫、 南無 阿 彌陀怫 の 低唱 一 I! れに、 篦都 は、 たに 跳 i の 勑鹏を If ふの み 

•, 3 > > みち 1 せつ しぜん ォかー つう ゆ 

である。 かう して, 道 は、 曲折して、 自然に、 外界に 通じて 行く ので ある。 

『聖德 太子、 爲欽明 用 明! 一 帝 及 守 屋之徒 冥福、 於淸凉 殿、 七 晝夜令 行念怫 三昧、 而遣小 野 好- 

古 於 善 光寺、 迗 1 文 曰、 

名號 七日 稱揚 已以靳 爲報廣 大恩 仰 願 本 師彌陀 尊 御 戒濟度 常 護 念。 



{ OCX 



藤起緣 J^tt 



八月 十五 日 勝鬉上 

善 光寺 如來 御前 

好古 騎驪駒 馳至以 本 田 善 光 捧之善 光 副 硯紙入 之 帳 中 卽有返 輪 其 文 曰、 

I 日 稱揚無 恩 葡何况 七日 大功 德我待 衆生 心 每間汝 能 濟豈不 isso 

*??A ね て 5 らむ とつげよ みな ひとに いつを いっと て いそ か ざ • る らん,' 

f|s; まお 慨止 |1^<爾 何 於 何 止 天 急 加 佐 留覽。 

八月 十八 日 善 光 

上官 太子 

御 返報 

右 歌 載 11 爪雅集 1 恨止吿 作-歎 止 可 岳- 蓋 太子 與如來 往復 書 凡 三度 七 言 一 句 或 四 句 八 句 

而其 第一 一次 法 興 元 世 一 年卒已 十】 一月 十五 日 使者 名-調子 丸 1 第三 次 同一 一年 壬 午 八月 十 一 一日 

使者 黑木 臣與, 1 調子 丸 ll I 人 其 返 Irl 法 隆寺寶 庫 1 而勒封 無-! 嘗見ヒ 之 云 按年號 者雖レ 有- . 

三十 七 代孝德 天 皇大化 白 雉 四十 代 天 武 天皇 白 鳳朱萑 之 類 1 中 絡 四十】 一 代 文武 天皇 大寶以 1 

來相 續故爲 II 年號始 1 然三 十四 代 推 古夭 皇 御宇 未 &ぃ 有-法 興 元 世 之 年號】 也。 

S % fs 野 縣). 信 濃の 卷 



呢 

説 



驗 返り 闥製池 |( 長 野縣) 信 濃の 卷 

大和 國法隆 寺 古記 自 -糲體 天皇, 至- 皇極, 雖 a 有- 1 年 號廿四 - 無, 1 法奧元 世年號 ー彼廿 a 

之號年 亦不レ 知-是非 1。 

此時 文章 未, 備而 七曾體 P 於 四十 代天武 天皇 大津 皇子 i 德 太子 藉去 在-推 古 天皇 廿九 

年 一 疑是 後人 妄說者 乎。』 (「信 澳國 志」) 



じ ま が へ 》 し 



駒 返り. 橋 (長 野 市 善 光寺) 

ぜん v§ じ けいだい *j ま f* へ ? C » . 

善 光寺 のぎ、 ip0A&f " 喊覊 が、 觀 fi の 1、 鼹 のきろ 

まで 來 ると、 下 f Ms めら れて、 廳は羅 をぎ あし、 あ 足し を まって しまったので、 00 

ょリ とも お S- い おそ いだ. -,11 5 ほ .t ス /¥ 

頼 勒も大 に 恐れ を 抱き、 急ぎ 下馬して 霜 を^され たと ころ だと^ はれて ゐる。 i 恋り g の^ 

、 そのと *> おこ i こま. へ r,y ff f/VJ^ 

H 其 時に 起った ので、 或は 駒 反り橋で あらう ともき はれて ゐる。 (口碑) 



じ 令 りが いけ 



阿 闍梨池 (長 野 市 善 光寺) 

Isra+A^o 1 つ、 0f. if 1 の のおき さの I が 



あるが、 #Y ^さは M そ 三^ば かり、 靈 池の 由で 常に 七五三 繩が 張られて ゐる。 

と ovb まい a ん こよら いいん もん as じ r かめ- いちん ちにち!^ /正月 十八 日から ン SV 化、 „き: > 

^游 は、 铽!^ 來 印^の 行事が 濟んだ 三日 目から 一 七日の 間 (n 刊^^まで。 ) 不 S 議 にも 

まんす ね , 、 J^ukp 、比 釵山功 德院の 僧で、 博 學大ォ の 聞え が あ。 つた。 ン バ、 

満水になる。 これ は 皇圓 阿闍梨 (源き 上人の 師で、 「扶桑 略記」 の 著者で ある。 ) 力 善、 フ, 

I . * つら <ゎっ あん あじゃ リ けんきう ねんし ぶぐ わ 3 』 にち p 

へ毅: する^ だと, ひ^ へられて ゐる。 これ は、 皇 圓阿闍 梨が、 建 久九年 正月 サ 八日に 彌 

iti の 腿 I! を I: ちたいと^^ つて、 匪に^ 射し、 M 勑!? に^て、 七 回 禽ぉを 回り、 遂に、 

1)^ 、今の 阿 闍梨池 は、 其 S は、 ずっと 大きな 池で^った さ. f だ^ 〔 f 月 1" こ!^ Y つて.. &ら 後に 

側の 沼 (^る^ 從 つて 今の やうな 小い ものに なった ので あると いはれ てゐる 》 t に ス\ マ 力. evK 

こと /七つ 也の Z 

ゾ ぎ つたこと であると いふ 事 だ。 ^ 「緣起 b ハ^^。) 



虎石 庵 (長 野 市 岩石 町) 

? 1 が i の ある S ぎ、 00 にあって、 ま義の is が、 

5«u むす とき i せき U 

つて、 庵 を 結んだ 時の 古跡で あると 言 はれて ゐる 

ぎ m は、 ぉ大ほ § の ar 钩あ、 f. ゆ 故 ああって If i せられた、 傲 S 髮疆 であ 

つた。 g うして 『默 をよ くし、 iii なり。 兩 靨の 艷 やか さ、 繪 にも 及ばなかった。』 と 古い 

is 石 寒— (長 野艉) 信 饞の卷 







奪 



說 m 所 1: 



虎 s «f— (長 野媒) 信 饞の卷 

ノょ もつ か ち- * るにん ゆる あは 23 まう とら ご ぜん おや 

書物に 書いて ある。 父が 流人 を 許されてから も、 哀れなる 情に たぐ 儲けられた 虎 街 前 は、 父 

i か t なく^た ね かの ぢょ き ひんすぐ しぞ つなん 

子の 名乗り さへ も 叶はなかった らしい。 名 ある 公晴の 胤であった 彼女 は、 氣品 勝れて, 湘南 

こ ケな け は .3. ざ か せう fes き せ が は かめ づ るら ん: うだいめ 5. きに な f クは » にせ 

小 ゆるぎの 濱に、 化粧 坂の 少將、 黃瀨 川の 龜鷂 等と、 當代 名妓の 名 を專ら にして ゐた。 殊に 

とら せ ftof なら J*5 > うくん な も A. ぶ,' し,, ブは g , * - • 

虎、 少將と 並び 稱 せられた、 雨 個の 遊君が 名の 下に は、 あらゆる 武士 は 袖を聯 ねて その 一 

ひん せう か つと しか い き たか .S うくん すこし けんもん かう き ゆ もね 

颦 一 笑 を 買 はう と 努めた。 然し、 意氣の 高かった 遊君 は、 毫も その 權門 高貴に 阿らう と はせ 

かへ せ しょ かいよ ぺ かれん ひょうら うじ , しか せいねん ち" あぶ ^ 

す、 却って 一 畝の 處領 一 介の 寄る 逢 もない、 可憐の 萍 浪兒, 然も 成年なら ざるに 父の 仇を观 

ち、 くわ ど まう しふ さん きと そが 富 うだい ラ! C むか . B ねら く どう, ぶ 

つて、 父が 化 i の妄 1 を 散 じ やうと 企圖 した 首 我 兄弟の 心を迎 へた。 仇と 諷ふェ 藤 祐&は 

だい s e, う a- お ほい しばく お ほい そ いう リ fci つら. s き そ が だい *ul み. ゆつ 

當 代に 勢 ひ 漸く 大に、 厘々 大 磯の 遊里に 往來 すると M いたので、 會我 兄弟 も 亦 身を窶 して 玆 

に ふ あに らうす けな W- とら おと- 2 ら 5 ときむ ね せう レ § とも aA かよ ま じん 

に 出入した。 兄 十 郞祐成 は 虎に、 弟 五 郞時致 は少將 に、 まづ 共に 心なら す も 通うて 敵 人の 

ひま § $ う おも み. ゆだん - あめ よ, か"^ よ * か. i- 

間 を 窺って ゐた。 仇 を 打た うと 思 ふ 身に、 つゆ 油斷 はなかった けれども、 雨の 夜風の 夜と 通 

1 そ が らうす けな リ S おく とぼ そ ひら なが k ^ ^ f , 

ひなれ た 女に は、 會 我の 十 郞祐成 も、 心の奥の 扉 を 開いて 長から ぬ 契 を 深く 語ら ひ 疊み 

かげ おも う べん どうじ 8.3 まんこう けぶ につ が.. つ 

かくす 澎も なく、 思 ひの ほど を 心から 打ち あけた。 一片の 同情 は、 満腔の 俠骨 と^し 鳴って 

れいていよ じ; 、わ C- うへ そ- とら $ わかとの うちぎ み わ.^ ゆ. る 

との 零 丁 寄るな きの 弱冠の 上に 注がれた。 虎 は、 かう して 貧しい 若殿の 內 君と a から 許して 



きんきん いろめ さんらん かオ r ら のぼ さむら ひ かつち >_? 

m なく i らひ あかす 術と はなった。 金銀の 色目 も あやに 燦爝 として、 鎌 食へ 上る 武士の 甲胄 

if f たなら、 十 i 纏へ i りたい と、 ii&ff した I 

の^ « へ Mg;^ した ^蹴の^ 粼^ 1 は、 ^^のきと 濺とを I げて、 から^ 節な! S を受 

も 卜う * な. -U かば ひだて いま かの ぢょ おんちう ► *£1っ にん ゆ ほべ ら^ん > なに 

けて ゐた、 この^. f なる i 兒を 庇護した。 今や、 彼女の 跟 中には 浪人しても 錢倉 武士の 名 

t Jirtfci a ら 5.A » にん な く どうさ .0? もんす けつね しつば^ 

に S ぢ ない 十 lit を^いたら、 ^搬に 時る たこ 人 も 無かった。 h 藤 左衞門 祐經の 失望 

や-うじ かま くら と と W- おと せい か わ だよ しも リ しゅえん せき ^ 

したの もこれ がた めであった。 當哧鎌 倉で 飛ぶ 鳥 を 落した 勢力家、 和 H 義 盛の 酒宴の 席に:; e 

P よし も W いか つみ 

かれた 詩で さへ、 なかなかに 行かう と はしなかった ので ある。 義盛は 怒って これ を 罪しよう 

とし fe。 |i は p^i てこれ を 促した。 虎 はな ほ肯 じなかった 。『曾 我 は.^! 士和田 は, 貴、 わらわ 

4- でぎ ち *i で いぢ とほ と.^ 

に は、 1^ を^て そのお を^へ る ことが 出来ません。』 と、 飽く迄も 意地 を 通さう とした。 時 

居 に、 1 戯も m の i にあった ので、 厳め てこれ に W を^へ た。 ^は 『流れ を 立つ る 身 ほど 悲し 

所 いこと は^い。 おのが も^ひ しれば^ の^に そむき、 撖 に^へば 時の 榮 華に 附 くに 似る。 と 

にかくに、 わ が^ひ、 鉞れ そめけ る in! の、 飽かぬ 情が 悲しい。』 と、 淚を 呑みながら, 朝比奈 

晨 三 船に il; かれて は^った が、 ii が I! す! "は、!^ にか けても 一 ^4 乂 けな. かった。 養 盛 は. 

虎 石 魔 Is 野 踩) 信 濃の 卷 



房 

傳 



虎 石 CI (長 野嫘) 信 接の 卷 

祐 成の 居る のを閒 いて、 請 ひて 虎と 同じく 出で て飮 ましめ た。 1很 はる i におんで、 I! は、 ゆ 

. t ^な" あ げきれつ いき み 

いて 飮 めば 祐 成に 屬 して、 飽くまで も 劇烈なる 意氣を 見せて ゐる。 

う" じつ、 ^ ^かれ お かたみ まじ さ すけ rf- お f らうと. 4&a とも 

復仇の 前日、 虎と 相 逢うて 別 を 惜しみ、 紀念を 交へ て 去った 祐が は、 ^五 Hi と f に 

けんきう ねん ぐ わつ にち tc ひ -. -t あ つ *- S み され よ +* ら ク 4»,ご3 »| » -, 

建 久四年 五月 二十 八日、 漂々 霏々 として 降り 續く 五月 i の 酣!^ に、 の^ & の^のき & 

t かたき く どうす けつね ころ ねん をき^.:? は こと な き K9i hf*tl 

に、 仇敵 h 藤 祐經を 殺して、 十八^の 酽^ を £ ほらす^ が^^た けれども、 i れ は、 

fe* つね * むな すその つゆき 

忠 常と 謌 うて、 S しく 裾野の 露と 消えた。 

すけな り專っ だいほん まう と き ts かな とらち タ w i-- a pi 

祐成 兄弟 本望 を 遂げた と g いて、 かつ 畧び、 かつ 悲しんだ 虎 は、 哀 I* の あまりに、 

• - ) . 9 ほ ウ^. 3ルし • た めいふく しう » ふうし 老もん つく に/ すォ なり の 

に 登って、 僭 行實に 請うて 祐 成の 冥福 を修 し、 諷誦 文 を 作って、 これ を 悼み、 i% の I! つた 

11 を ま§ のき S とし、 i 腿に if ようと 1!, を IT し、 はるばる 爵 I にで、 

し を I ぐる i、 i の i を rf なく f i して、 f f , 

i でお 己 のれの i& し、 iS として i 攀& いだ。 十九、 二 ケね年 Vil く 奉に S を I 

んで、 それより ii なる 羅^ <ん の I に 一 あの lEfr み、 S びお 大ほ ife つて、 f 十 i 

翳の 1を喊 つたと いふ。 & と^お:^:^^ ss"3 そ &び ふきつの rf だ 



說 傳蛇鹡 



• 一 .r h 9i € ち mote 

^ ^^は、 そぐ ろ^ひ 出の 淚に むせびながら、 悵 然として 心から 歌った。 

10*0 よ おも すみ いま つゆ ぬん 

浮世 ぞと思 ひそめに し 墨 衣 今 また 露の 何とお くらむ 

ゥ » & あとき を ぼな あき かぶ ^ I 

露との み 消えに し 跡 を來て みれば 尾花が すゑに 秋風 ぞ 吹く 

!e つ と.;? じ in- く i *e、 あまみ くろ ぞめ ほふい おな .S ろ , S. 

さう して fi 八^ I の^を 灑 いだば かりで なく、 尼の 身の 黑染の 法衣に 同じ 色の 装裟 して、 

4© し «^ A ひくち お うの ちが さと らう は. * おとな い D 

葦毛の 駒に 貝 鞍 置いて 打ち 乘り、 會 我の 里に 十郞の 母を訪 うたと 言 ふこと である 

はまい そ かへ かう らい じ さん すま あんていぐ 2 ねん さい み を-は . 广 * に . ほな は , 

ガ § に歸っ てから は、 高麗 寺 山に 住 ひ、 安貞 元年 五十 三 歲で身 を 終る まで 此處に 行 ひ濟し 

く 4^b,? き し 5 くまの ざ か ほつ いつ ^ * Z 3 

たと も、 寬元 三年 正月、 紀州熊 野に 七十 一 歳で 歿した とも 言ひ傳 へられて ゐる 

いま しな こ ゆき あん たづ そのの ち S ひと とら よ こ せき ^rc ) ► . t 

ゲ、 信 濃に 虎石 庵 を 訪ねて、 其 後、 心 ある 人の 虎の 住居した 古跡に その 其 福 を 祈った とい 

とら つか >_!む& b うじ しの 5«ヷ そで 、 3 、 

ふ 虎が 塚 を 弔へば、 そぞろに 往時の 傯 ばれて、 徒らに 袖の ひぢる をお ほえる であらう 〔口碑 

「曾 我物 語」) 

おろ ち tt か 

大蛇の 墓 (長 野 市 石 堂 町) 

§ 崎に lisIBMISH に) は、 ii 摩 1 き sis が、 弒 - 

♦c 蛇の 墓 |( 長 野縣) 信 濃の 卷 



蛇 

傳 



4< 蛇の 菡 Ic 長 野縣) 信 濃の 卷 

§ じ き さいしょ こ こ あし と かいき そのご とうあ はふし i だう ねん はふし 

光寺に 來て、 最初に 此處に 足 を 止めて、 開基され たもので、 其 後、 等 阿 法師の 子 道念 法師 (石 童 

ち i した との てら きた に ふじ 1W i せき いん.?? ん と ち ぁャな ぃレ 

丸) も、 再び 父 を 慕うて 此 寺に 來り、 入寂した とい ふ 古跡で、 その 因^から、 土地の 字 を 石 

堂と いふの だと 言ひ傳 へて ゐる。 

この てら け. i だい おろち はか ふし? いん みん も はか その はか —K /し- 

此 寺の 境內 に、 大蛇の 墓と いふ、 不思議の 因&を 持った 墓が あるが、 其 墓の 「墓; 2 に、 

# 1^ ョ. U 畜驊善 遣 大蛇 Ma 

I B 得 圜妙了 小 蛇 培 

しる せろ じ や はう しゅ さ お 

と 記され、 小 蛇の^に は、 朱が 射して 匿 かれた。 

こうひ てんめい ねん vs.^ さい \§ じ けんとな いへ ひと,. き ナ#*> 

口碑に よると、 天明 六 年の 昔、 西 光寺から、 四 五軒 隣 りのある 家に、 一 人の 樵 夫が 住って 

ゐ ひし ごとよ 5 奢ん はう あさひやま お *< はい』 ^ > ぼん 

居た が、 と ある 日、 仕事 用で、 近傍の 朝日 山と いふ 山に 這 入って 行った ところ、 ふと、 一本 

たいぼく お ふ みだ をのく だ つもり ま かる う う むお 5 ち こ ic 

の 大木が 倒れて ゐ るの を 見出した ので、 斧で 碎く 心箅 で、 先づ、 輕く 一 打ち 二 打ち 胸 打 を 試 

f そのた .ill く cv ご だ ? C み た いぼく $ 

みると、 急に、 其 大木が するすると 動き 出した。 驚いて、 よくよく 見る と、 大木の 倒れて ゐ 

おも み おそ おろち ふ おそ たす 

ると 思った の は、 た e 見る 恐ろしい 大蛇の 臥して ゐ たのであった。 あ \ 恐ろしい、 助かりた 

と、 ろ き is- .S わ とき かれ を うおろ しか さいしょ, う おろ をの 

いの 一 念が、 樵 夫の 胸に 涌いた 時、 彼 はた^ 斧 を 打ち 下した。 然も、 最初 打ち 下した 斧の 】 

29 み ご と め. S ちう おろち § せおと k き こり と い 含 

擊が 見事に 命中して、 大蛇の 頭 をす っぽり と&り 落して 了った。 樵 夫 は ほっと 吐息した。 そ 



說 傳蛇寵 



S き ラご さゥぉ きこ 9 . S ら だん あ * なが なが .J? , • 

して 手を切られても、 なほ 動いて ゐ る胴體 を、 樵 夫 は、 更に 三斷 して、 汗 を 流し 流し、 背に 

is き わ 《; や もち かへ やが こく だう さら <5e_r じ.; - じゅうらん そな , > : >^ 

した ま づ つて 我家に 持歸 り、 纏て 國 道に 曝して、 衆人の 縱覽に 供へ た。 さう して ゐる間 

おろち あくき う きこ タ I 8.W ひ , え, きふし > おな やま . • ^ ' > 

に 大蛇の 惡氣に 打 たれた 樵 夫 は, 忽ち 病 を 獲て 急死す る 同じ やうな 病に 罹って, 同じ やう 

さい ご と もの JJ fA\ つで おそ おろち f かいわ. い / 9 

な 最後 を 遂げる 者が、 その後 續々 と續 いた。 恐ろしい 大蛇の 祟と、 界隈の 評判 は 甚だしく 

お ととろ ひとたち たねな ^げ き だ^^ ャ I ス^レ 

、このま- T にして 置いたら、 土地の人 達 は 種 無しで あらう との 歎き を 開いた 大勸 進の 住 i 某 

^ c Js^ おろち れい な S と とろ ひと く どく との ホ^ち /今, 

〈-§ ま^^) は、 さらば 大蛇の 靈を 慰め、 かつ は 上 地の 人の 功德 ともと、 此 大蛇の 墓 (II 光 

fe% 1 1 rv 、 1、\ b ?ニ ほふ >0? §i ふ じ やく k / きこ^-に 

so ) を 建て i 法會を 行った。 それから、 不時の 疫病 は絕 えた さう だけれ ども、 樵 失 

ぃヽ あと つ だ あたり をり く へび あ S なに いつ.^、 ィ 

の 家の 跡 だと 言ひ傳 へられる 邊に は、 まだ、 折々、 蛇が 集って、 何 かする と 言 ひ傳 へられて 

げ.; ?ぞん さい <e*- じ おろち はか * うじ や はう とくゑん め うれう しゅさ お. k 

ゐる。 (口碑) その、 現存す る 西 光寺の 大蛇の 墓の 小 蛇の 方の 得 掘 妙 了に は、 朱が 射して 置か 

i ん: うじ せん i おろち けんぞく どうじ とくど わ 乃ひぷ 

れ たとい ふの は、 或は 當時、 先住の 注意から、 大蛇の 眷族にまで、 同時に 得度 往生せ しめん 

の 志 であった かも わからない。 (「緣 起」) 

けん & やくぐ わん ねん しんらん. ¥にん * ぜん §小 さ 力け い かれ との ズら , , > にち は^ ✓ 

建曆 元年、 親鸞 聖人が 善 光寺へ 參詣 になった 時、 彼 は 此 寺に 五十 日間 滯 在し 

i fe いづつ ふ »S5 め こ とき さ 3.§ じ i しば > S^A,>tK 

た、 一日に ー體 宛、 不二の 名號を 遣した。 時の 西 光寺 住職 は いふまで もな く 開基の 等 

大蛇の 墓— (長 野驟) 信 濃の 卷 



說傳明 說神祭 



年 越 宮— (長 野 縣) 信 鱗の © 

あは ふし ころ とうあ すで しんらん さ. L ま § ゾ ある 

阿 法師で、 その 頃、 等 阿 は旣に 八十 歲、 親鸞 は、 まだ 四十 歳に 間が あった。 兩師 は、 或 

ひ- - > とが さん のぼ f. せっかいさん モん ごらいこう はい その はいぶつ ぎょえい 《40 し か 

日, 連立って 戶隱 山に 登り、 兩界 山で、 三ず の御來 迎を拜 し、 其 拜怫の 御影 を、 兩 g で 一 

タっ , : I % ^ ^is I k しんえん ^ . さいく. C5 じ J? はう ほか どうじ 

合 竹した もの を、 御山 入の 御 A; 影と 稱 へて、 西 光寺の 重寳 として ゐる。 この 他に、 同 寺 

ぷ ふ,^ s^*. ほいし > てん ぢく で.^ らい きゃらぶ つ えんめ いぢ ざう そん き <5 や はな 

の 什物に は、 白狐の 翳 石、 天竺から 傅來 したと いふ、 伽羅 佛の 延命 地 藏歡、 桔 1 かつ 彼 

^ ^» ^^し?, こ, た すうし ゆ えんぎ しき > はれ b 

形の 鏡 飛 鉦 鼓 その他 數 種あって、 めいめいに、 その 綠起 式の 傳說を 持って ゐる。 

とし こし のみや 

年越宮 (長 野 市 狨山遊 園) 

• > キチ^ M ん むら かみ 5 しきょ しんよ こやまし- ひ? し いま その やま ん 

善 光寺より 束數 町に ある 城 山 遊 ^は、 もと 村 上 凝淸の 臣橫山 氏の 城址で、 今、 其 山に、 I 

丄ゅゅ ズ み な かた ウーみ のみこよ ひ,、 ^_ みわけ^:^ 力,? . ふる この じんじゃ としが みだう まんぐ う し 《0 ぜんく g じ 

社& 御名 力 富 命 彥 S 別 刺 社が あるが、 古く は、 此 神社、 年 神 堂 八幡宮と 稱 して、 善 光寺の 

けいだい ほんだ う うしろ としこしの; よ a こ えん *, 

境內、 本堂の 後 背に あった もので、 一 に、 年 越宮と 呼ばれて ゐ たと 言 はれて ゐる。 「古 錄起」 

-U4 t ^. かい^, よしみつ せいほんお まさじ ほんだ おうじん てん o う おん _x ん 2 わけ o.?JAl i 

に 因る と、 善 光寺の 開基 善 光 は、 姓 本 田、 I 字 は *m、 應 神义ぎ の il を、 m&i IT と⑩ 

た V? で >v 

し 奉 つたと ころから 出た と 一 K はれて ゐる。 

% やねん . ぐ わつ さる ひ や, はん せんぐう しんじ ぞく. *- つ ま^ぐう _??s ^ s ら t- 

每年 十二月 &の 日の 夜半に、 遷官 とい ふ 神事が あつたが、 俗^に、 八^ あは 



説 傳起緣 的敎宗 



で、 は、 ^^八 ®S となり |g うて、 年を取らせ 給う の だと ひ 傅へ てゐ た。 

や: うや ぜんく p ぶちう 小? • 、十五 坊の 內三坊 は、 老ン こ こ、 ^^r; 

で、 當夜 は、 善 光寺 中 衆 十五: S の內 サニぉ (僧と 言って 除かれた。 」 にて ぎ 矛に 

9 9 9 9 9 t y そのた そうと この こと 

.©^i ,を 齪め たもので、 これ を、 どうどうし S 童 子り と 言って ゐた。 其 他の 偕 徒 は、 此事 

そ 5 よ S くそう いへ ひ しめ さう どう せ. S o Z * 1 、 

にあ づ からす、 其 夜、 俗儈の 家と もに 火を鎭 し、 騷動を 制した とい ふこと である そして 

m お ウ^ ま、 もとより、 も^て^る ものがなかった とい ふこと である。 0. 信 濃 奇勝 錄」 > 

si のあった 賴難 (IP 八) が、 siifi された の は、 i 十二 f f 、 

そのと き か は > 3 

神 は、 其 時に 變 つたので ある 

ちう し e5 J う うち だう せう ほ AT^JSJW ゐん s>s し しんめん しぶ にんし.^ く ^ > fit 

このお f 十五- 坊 の內、 當照坊 願證院 は、 昔、 親鸞 上人の 丄 宿して ゐた坊 であると 言 は 

じふ もつ さ、 は 、くま ® の綮 に、 愚 を 染め これ を 並 ぺをン L い- > 

れて、 什物に、 笹 葉の 名號 (し "1山ハ|^ 名 i と" た^ 4 た "の。 ) と 言 ふ もの を傳 へて ゐ 

る。 ^て は、 おお も、 ^、 こ \ を .11 として、 一七お の iii があった 舊跡 だとい は 



おや 乙ち ざう 一 

親子 地藏 (長 野 市 往生 寺 山麓) 一 5 

翳子媲 蘧 |( 長 野縣) 信 濃の 卷 



說 傳起緣 的敎宗 



if 子 地 SI. (長 野縣〕 信^の 卷 

じ ごしきた ちぎ わう じ じ やま なんろく ちく ぜ.^ こくしゅ か とうさ もん Q すけ しげ 3;, ち 

善 光寺 を 西北へ 六 町、 往生 寺 山の 南 麓に、 筑 前の 画 主 加 藤左衞 I; 佐 重 氏 (乂、 繁氏 •) の往 j 

§ あんらくさん わう じ じ /E^4J.fiK^Ta3A8%J\ てら 竹いだ い おやこ ぢ ざ 3 かる^-や ださ I 

^したと いふ 安樂 山 往生 寺 (聽 ) とい ふ 寺が ある。 ま 円に、 親子 地蔵、 sii、 

/Aa*^:AM*^.f-2\ なら らいこう まつ /J35^.5.^1 0.K^H.-»SJ\ とも しげ うぢ くわん ゐ^ き 

(s^s ぎ。) 並び に 來迎の 松 (露^ %ぼ『 ) が あるが、 共に 重 氏に §す る 遣 跡と して 

でんせつ も 

の 傳說を 持って ゐる。 

^^こ tKn ヒ、 rB^^^S へ 夭 智天 S の 時に 設けられた 筑^ 太宰 W 力 南歸 である 莉逮 誠の 

稗史 によると 力 膝 左 撥 严贫? 氏 V 關の 名に 囚ん で、 作意され たる 人物。 r 钪 前の 卷」 气ひ r 紀伊の 

卷」 參ン よ、 Ks^p, M^0S0 \ 今、 御笠 郡な し。 铳紫 郡のう ちン へ <Hsai^A 

照。 、は 近 ®fe の 御宇 效肃 匿锏: 产に、 笠 村の 名 を 止めて ゐる。 、ダ i: め V いふ は 筑紫郡 

水狨村 〔みづきむ ら〕 大字 通古賀 r とうの こが〕 にある。 天^ 天皇の 御代に 設けられた 古關 であるが、 文明 十 

二 年の 宗祇の r 筑紫 紀行」 にも、 『莉 萱關 にか、 る 程に 、關守 出で て、 わが 行末 を 怪し 氣に 見る も 恐ろし。』 と窨 

ける ところ を 見れば、 此 時代 迄、 なほ、 此關 はあった ので あらう。 此關を 詠んだ 古馱は 少くン : 

ない。 管 原 道眞の 歌に 『莉 萱の關 守に のみ 見えつ る は 人 も 許さぬ 道邊 なりけ り. J と ある。 ) wi ^ 

を さい はる さか も リ をり わた はる 4 まかぜ つぼ はな さか づき なか 

居った が、 二十 一 歳の 春、 酒宴の 折 ふし、 さっと 渡った 春の 山風が、 零:: んだ花 を、 盃の 中に 

うか A み よ むじ 3. if くわん つ ひ さいし す と のぼ えいく ぅレ <po にん 

浮べて 行った の を 見て、 つくづく 世の 無常 を觀 じ、 遂に 妻子 を 捨て X 京都に 上り、 叙 空 上人 

まみ ていはつ とうあ はふし がう きしう かう やさん のぼ りう,^ < ) /夂マ ヽ ? s 开蜀 iw- 都ボ P.J^&- 

に 見えて、 剃髮 し、 等 阿 法師と 號 して、 紀 州 高野山に 登って 留 錫した。 G 〔か^, ろむ ら J^^s^ 

路に、 加 藤 重 氏の 庵 を 結んで ゐ たとい ふ^ 萱堂が ある。 學文路 「 かむ ン g ゥ錢 りこ、 &り 

ろ〕 は、 高野山に 上る 京 口の 入口 不動 坂に 懸る 順路に^つ てゐ る。 ) の 便りに 父? tse 野に あり 

& しげ うぢ sjv なんいし だう まる さい いとけ は. - たナ かう や きた み やま にょにんきんせい 

と ffl いた 重 氏の 鲩 男 石 堂 丸 は、 .M 二 歳の 幼な さに、 母 を 助けて 高 野に 來り、 御山 は 女人禁制 



說 傳起緣 的敎宗 



かな ひと 9 . み やま いまだう しん た4- ち-. § 

とい ふので、 悲しく もた^ 一 人、 この 御山に 今道心が ゐま すかと、 唯な つかしい 父 を 尋ね 

しげ うぢ とうあ ふもと ぢ いしだろ まる と くに ちく ザ- ん なまへ かとう さ *? i 

た。 重 氏の 等 阿 は、 ふと 靈路に 石 堂 丸と めぐりあ ひ、 問 はる- 國は筑 前、 名前 は 加 藤 左衞鬥 

しげ うぢ き s§ ふるさと わす がた み な の おんあい ぽ - 

重 氏と 開いて、 ひそかに 驚く 故鄕の 忘れ 孤 子、 よつ ほど 名乘 らうと した けれども、 恩愛 は菩 

だい f ほとけ みち み う あ でき や 

锃の 障と いふ 佛の 道に いそしむ 身の、 つ ひ 打ち 開ける こと さへ 出来なかった。 止むな くその 

しげ うぢ どめ よ さ かお こ し し .S しだう まる 

重 氏 殿なら、 はや 世 を 去られた と 語る も つら ひ 心のう ち を、 ^るか 知らぬ か 石 堂 丸 は、 聲を 

$ な な たん やまく だい た よ き は- し お ま 

限りに 泣きに 泣いて、 一 且ぉ山 を 下って 行った が、 便りと して 來た母 も 死に 給 ふに、 あはれ 

1 aA む I. さつ かぜ いた ふた * 41- まの ぼ とうあ みで し ていはつ しん.^ ゥほ うだ 》» ね.^ 

小き 心に も 無常の 風 を 痛み、 再びお 山に 上って 等 阿の 御 弟子と なり、 剃髮 して、 信 生 房 道念 

がう おやこ - なの あ な ほど ぼ つか ざん ゐ 

と號 した。 かう して 親子 は、 それと 名 乘り合 ふこと も 無く、 怫に 仕へ て 一山に 居た けれども 

あいぶ やく q ん つみ た がお とうあ ふか かんお わがみ ひとり しんしう ぜん V わう じ さ きた tj 

愛着の 念 は 遂に 斷ち 難いので、 等 阿 は、 深く 考 へて、 我 身 一 人 信 州 善 光寺 を 指して 來り、 先 

いま いしだう i さ 5 さいく 55 じ あし とど ^ま § いまわう じ 5.3 じ さう あん むす 

づ今の 石 堂 町の 西 光寺に 足 を 止め、 それから、 山の 麓の 今 往生 寺の あると ころに 草庵 を 結ん 

てうせ きに よらい きんしう つく ひよ は ゆめ さいあい ないしつ か g 

で 朝夕 如来に 勤 修し盡 して ゐた。 すると、 と ある 日の 夜半の 夢に、 いにし 最愛の 內室桂 

まへ ふたり ひめ ちょ 3 る ち さと まへ ぜんくね つじ にょらい V/. わん のん せいし とも ぢ ざう 

前、 二人の 姫の 千代 鶴、 千里の 前が、 善 光寺 如來、 觀音、 勢 至な どと 共に、 六地藏 となって , 

あら い じ., !AA せう ぜっとう あ おんみ. ぢ ざう け しん はや ぢ ざう 1 ^Mr 

まざまざと 現 はれ 出で、 『寂 照坊等 阿よ、 御身 は、 これ 地蔵の 化身で あるの だから、 早く 地 藏." 一 

翳 子 地 籙— (長 野縣) 信 濃の 卷 



說傳明 說名地 



篛子地 薩— (長 野縣) 信^の © 

ナ がた ざう JW- ふ しろ. じ SA> け やく お つ おも れ & S 

の 像 を 造 立して、 衆生 を 化 益す るが よろしい。』 と、 御告げ が あるかと 思 ふと 靈 夢が 覺 めた。 

Z . まう、 f ち^. C ぼさつ *. 一ん リぷ じ忠 とく ゐん ^よ 5 この だい め.: そう 

それで、 等 阿 は、 MMS の 建立 をした ので あつたが、 顧 德院の 御宇、 此 1 代の 名僧 も、 八 一 

さい ねむ ごと わう じ- 5.5 と 

十三 歲 にして 眠る が 如くに 往生 を 遂げた。 

. 、 ^ リ、 .、 ■» オフ あ ;ち" WJ いしだう まる だう ねん はふし ほき ゥか か 5 やさ C* 

その 折 なほ 等 阿 を わが 父 だと も 知らなん だ 石 堂 丸の 道念 法師 は、 佛に 仕へ て 高野山 こ 

- '? :、、 ゝ、 ^^J^^ I ひ > ラ め ,、 -ぶレ こと > 、 ぜん § じ おい ち、 とうあに ふじ やく さ. 5 

をった か ^阿 往生の 日の 夢に、 ありし 昔よりの 事 どもから、 善 光寺に 於て 父 等 阿 人 寂の 最 

^ 、 み," » れい, む かん .SH 一 ぜん § じ ひ だ <L はふえ 12^ とうあ 

後まで まざまざと 兄て、 靈^に 感じて 急ぎ 善 光寺に 來り、 それの 日 一 大法 會を營 み、 等 阿の 

クべ、 :*^M-^V»? ^ . . » ^うねん また ぢ v う ぼさつ つく せ なだか あ.,? らくさん わう § じ S 

作った 地藏 S と 並べて、 道念 も 亦 地 藏菩藤 を 作った。 これが 世に も^ I ぃぁ樂 wlif 寺に , 

^るか やおや こ ぢ ざう らい 

された、 S 親子 地藏 の 山來で ある 。 

^s¥^s"li^t、 . ン、 : 力 乂> の、 4、 さ-ふなせ; つ-あは, ふ. し あし .? £ "しおう ち? かる かや ざん 5MW*>5 ねんさい S- 

道念 法 は、 それから 二 年の 後、 凰 初等 阿 法師の 足 を 止めた 今の 石 堂 町 莉萱山 寂 照 院西光 

ぶ:, だいわう じぞっ と 

寺で、 六十 五 歳で 大往生 を 遂げた。 (「名所 闞 ii」r 緣 起」) 

み のち ぐん 

ズ內郡 I 水內の 名義 

みぶ ち e^o わ サぅ みのち が ぐ* うせう し^ * の ? fc* ち. こと 

水 內罚は 「羽 名お」 に、 『美 乃^』 と ある。 rs? 錢鈔」 に、 『信 濃 鼠 は、 高き 地なる に、 殊に、 



民 

さほ 



^^の 敲 ければ、 ¥ 親の i" なり。』 と 見える けれども、 「信 濃 地名 考」 は、 『此說 おぼつかなし" 

ぐ;? たか いま しなの す. げん か は ちく, ほが は Ji^ そが は. • てん^^ おは.' JV 

それ、 十^ いづれ か 一 I からざる。 今、 信 濃 を 水源と する 川 は、 千隈 河、 岐曾川 天龍川 不- 

T ゆ 髑、 ii、 鍵に ぎる もの は、 i, 1, 51、 ,き1 など、 i 

^VK りんご,、 しゅ m ち たか こと い みづ おち せつ 

なほ あるべし。 凡そ 三十、 隣國の 首領 地の 高き 事 かくの ごとし。』 と 言って、 水 落の 說を掛 レ- 

てゐ る。 ,に、 や が ある。 § に S ^の き¥ を ひかへ、 議に 

i をき び、 M に ii、 i に擗 を麟 らして、 1 く 一? なすが やうに^ 

免る。 

『^ぱ^の^? き1 かりせば、 たより あら じ。』 2S 名所 考」) と 言 はれた やうに、 水の ちの 名 

は、 ききに is たので ある やうに ぎ はれる。 それが、 『後に、 郡の 名に 及ぶな らん。』 と、 「信 濃 地 

め J- かう. い z D 

名考」 にも 首 はれて ゐる 



おう 



ぶらん 堂 (上水 內郡 三輪 村) 

み b むらお ほ あざ ゥ<- IV 、つ くさ うづの ゆ 

三輪 村 大字 上 松の 臭 水油 

水內郄 *ぶ ちん ffl (長 野 驟) 



、今 は、 石油と 知れて、 別になん の 不思議 もない が、 昔 は、 臭 水油.; は 

-れ て、 奇 らしい 审に思 はれて ゐた。 念 佛寺衬 の も ゆる 石、 (硫黄, 炭化 石 

信 濃の 卷 



一一 3 



ぶらん 壁 —(長 野驟) 信 濃の 卷 

.Ksf ン 》u 」 -も こ、 りぎ #-\ よ ゆ いけ •? なか O し ほくとう リ まつ- ^ま 

0^0r^ と 呼ばれた 油の 池から 五 丁ば かり、 長 野 市の 北東 一 i にあた る 松 山 

みね , 9 9 だう やくし ぜんざん がん & .49 な けづ すう is§ ぜっぺき ちう ふく 

を躋 つた 峯に、 ぶらん 堂 藥師が ある。 全山 岩石より 成る 削る が やうな 數 丈の 絕 壁の 中 復に、 

どうくつ くつち う せう だう f5f« よ きこ 9 9 * 1 だう だう いはや はり ほん い 

洞窟が ある。 その 窟 中の 小 堂が、 即ち 世に 閒 えたぶ らん 堂で、 堂 は、 窟に粱 四 本 を 入れて * 

そのうへ つく めん げん おく けん はん はし か § か $ さんけい ゆる /翁 3 

其 上に 作られて ゐる。 面 三 間、 奧 一問 半、 撟を 架けて、 四月 八日 を 限り 參詣を 許す が (^針 

詣は、 たった 1 日で 疾病 其 他に 奇ン おこよ、 ^v^p-c^v.,^rir。 \ ^'こ』、 ひ" ごよ-つ C 

驗が あると いふので 非常に 賑ふ。 ) ^ に は W を 取って 人 を 入れない ^日に も 人 を は 力って 

パ ひとり ふた W- はい とき う;; ゆ ゑ 9 9 な.. 

入れる ので、 た^、 一人 二人の み 入る 時 は、 ぶらぶらと 動く 故にぶ らんと 名づ けられた ので- 

い しか すうにんお も したが うご ど ぞく § 

あると 言 はれて ゐる。 然し、 數人 重る に從 つて 動かない とい ふ。 (「信 濃 奇勝 錄」) 土俗に、 四月 

か この だう ちう ぜんぐ じ すみ やくしう つ ひと をが い じつ ふ も 

八日 は、 此堂 中へ、 善 光寺の 隅の 藥師 を遷 して、 人に 拜 ましめ ると 言 はれて ゐ るが、 實は古 

i の だう ちう ぺっ やくし せきぎ ゥ あんち くす o の やま じょ 、「tialfels* 1\ 

くから、 此堂 中には、 別の 藥師の 石像が 安置され てゐ た。 r 藥 山のう た 並 序」 CJ^ ^扇」) に、 

しな の くにみ のち くす y の やま やま ち! 

『信 濃の 國水內 あがたに、 藥 山と いふ 山 あり。 いと あやしき 山に して、 きりたてる ごとき 千 

ひろ いは なか き いだ を,.、 つく 

尊の 岩 ほの 中より、 お ほきなる 木 を さし 出して、 そ. d がう へに、 ひとつの a を 造りな せり。 



その 家に は • こなたの 山 岸より、 うち 橋た つもの を わたして、 な も 通 ふなる。 めぐりの 攔 

み おに レぉ fc にお は か は 

より 見お ろせば、 谷 ふかく、 いと, おそろし かし。 下なる 谷川 は、 あさ 川と いふ" くさう づ 



といへ る 難 は、 この m きょりな がれ 出づ めり。 さて、 この 家のう ちに、 いと ふるき 藥師ぼ さ, 

ちの 说艇 おはします。 久老 f ふるに、 永師 とま ふす は、 少彥 名の 神の みかた C 像 5 なる ベ 

t.5 ま しん. 0*5. しき の と C くに お ほな もちいし みかた^ じ > 3 :、 ^1^^ 

し。 かくい ふゆ ゑ は、 ri%Tl 從式」 に、 能登國 に、 大名 持 石像 刺 社 あり。 また、 常陸國 

に、 弒 離嚇粼 ilfefs ありて、 これら も、 かの 鹂 にして、 苻 鍵なる よし、 紀』 

に^えたり。 戯禮 の鞭體 を、 ^もて^れる ためし、 お ほく 病 を をさむ 道 を敎 へまし しにより 

,つ やくし >j の .4^ 

て、!^ 師の^ をお ほし 奉れる ものなる ベければ、 乙乂 の藥師 とま をす も 力なら す ^刹に 

おはし ますこと、 うたが ひなかるべし。 

くしの 術少彥 名の 造りけ むくす りの 山 はくす しきち かも。 

ftt 趴八 ャ へ、 雲ぎ isif i して、 ^ずしむ ると い 

r*, p ' y Ju.* くし ふる すま かいち う くだ 、しみ かた » かひ .11.3 

へ ども、 g の ii に は あらす、 ■ の藥師 は、 舊く、 須 摩の 海中より 下りし 石像に て 貝殼 

などと りつきて あり。 鶴だ歡 くして、 たやすく 持ち 行くべき にあら す。 往古 は、 須 摩の 藥師 

とい ひし を、 |摇| 寸 ほの i にある ゆ &に、 ^^にす みの 11^ とい ふ。』 と 見える もの、 

さんせ う > 

參 照すべき であらう 

ぶちん 鑾1< 長 野驟) 信 濃の 卷 



55 



咒 

説 



吉田錢 杏 IC 長 野驟) 信 饞の卷 

I しだ いて ふ 

士 口田 銀杏 (上水 內郡吉 田 村 大字 吉田) 

ye んべ f ? ル^ &、 *?ルに はしお さと ぞく よしだ て ふ <- J-ぷ baip み ^ A> 

善 光寺 平の 北、 吉 田の 里に、 俗に 吉 E 銀 あと ふ、 ^さは 辧^ にきい が、 ^に鹧 い、 こん 

もりと 茂った、 莖の 周圍が 村の 若者 の^ぶ Mi を 十六 ¥ も I ぐと fK ふ^きな き^が ある。 そ 

の 銀 あの 葉が^ ち靈す 翌日 は、 必す II が, ると^ ひ^ へられて ゐる。 これに ま、 ^の獄 な |? 

せつ 

說が あるの だ。 

それ はからり と 晴れた 初冬の 夕暮 だった。 ^の^い、 ^の ある、 戰ぉ の雕 に^れた と ^ ふ 

n な I をした 淤1 が、 I 髌 のさ 里との しきの 臌§ 廳ぐ 口ち におった。 『& もう ;… 。』li はお 1: 

れ ながら 袖の 遍を撇 つた。 やがて、 が^いて、 らしい 魃 が^り やぎに おる 。『^^は 

喃、 旅に 行き^れた^ ケ! を, して ま|ら ぬか …… 。』 魔 は、 の^で 殿へ はいつ 

た。 と、 間もなく、 その 母と もお ぼしい がが^って, て、 『妒 うこ その!^ 勑、 lr、 ゲ^ は 

主が 留守。 又、 明日に もお^ しお さり ませ。 賤缈 の 穀 はく ロ" では!^ | さう に^ ひながら、 飈な 

ら、 しぐさなら、 このお * 奴が と、 ik はぬ ばかりに きを, つた。 は m」 を^ 淤 つて、 g 



咀 

傳 



め なお じひ ござ たび ゆく & よ ひひと よ 4? 

じ はてた やうな 目づ かひ をして、 『喃… 御 慈悲で 御座る。 旅に 行き暮れ たもの、 今宵 一夜の 宿; 

5- く fejb <v. と M- つ もの すお み 

を …… 。』 と 幾度 か 繰り かへ した けれども、 もう、 取次ぐ 荞の姿 さへ 見えなかった。 

そう i ま き ゆぐ へ み なに やが ゆ ふべ に は は を • 

旅傦 は、 困り切った やうに 行方 を 見やって、 何 かつぶ やいた。 纏て、 夕の 庭 を 掃き 終へ て 

t( ひ ゐま はうよ き さく おやじ おも だ おく 3 ま 

1 々と 灯のと もって ゐる居 問の 方に、 呼ばれて 來た作 SR の 老爺 は、 思 ひ 出した やうに 『奧樣 

け も ,、そほう.?' かへ めう い ゆ ちんじゅ も^' お ほいて ふ は ぷ ^ 

今が の 糞 # 主 は、 , り がけに 妙な こと を 言って 行きました。 鎭 守の 森の 大鈒 杏の 葉が、 今宵 

おつく あす^ *> ま さまよ たびみ. , , k- Z は ひ やど と、 

皆 落ち 盡 してし まって、 明日 は 雪が 舞 ふぞ。 逍遙 ふ 旅の 身 はかなし い Q どれ 今宵の 宿 を 取 

-SC こま き U ゆく へ おも わし ふな 

らう か喃。 と、 困り切った やうに 言 ひながら、 行方 を 思 ひわ づら つての やうで したが、 私が 再 

に はでと き どこ お がそう るた み — てん^^ - > 

ぴ 庭に 出た 時には、 もう 何處 にも 旅 儈の姿 は a えませんでした おいら この 天氣の 好い の 

.o つ を う ゆき おも ふし ま, さむ > キに 

に、 减層 もない 雪なん かと 思って ゐ ただが、 さっきから、 不思議に、 かう 寒くな つて 來 たや 

さむ い > 

うです。』 と、 寒さう にしながら 言った。 

avj さ ふしぎ よしだ さと まれ お ほ ゆき ふ めん ざ:?^. かや 

その 翌朝だった、 不思議に も、 吉 田の 里に は、 稀なる 大雪が 降って あたり 一 面の 銀世界 

ふしぎ こと た * たびそう あしあと おも いく C んく あかつ せ むら はづ とがくし ^5 

となった が、 不思議な 事に は、 唯 旅僧の 足跡と 思 はれる 幾點々 が、 曉の村 外れ を、 戶隱の 力 

まいねん まいねん よしだ いて ふ はおつ く > > さと ぶ;^ リ 

へつ ビ いて ゐた。 それから、 毎年、 毎年、 吉 田の 銀杏の 葉が 落ち 盡 すと きっと 里の 邊に 

吉 田 錢 e—cs 野驟) 信 濃の 卷 



Ife 偉 所 唐 



箬 s: 牢 顏鑼 山— (長 野鞣) 信 S の卷 

しろ しる 容 つも 

は、 白く 白く 雪が 積って ゐた。 

とき ふしぎ たびそう しょこくし うぎ 5.S しな © g こう i ふ いし 

その 時の、 不思議な 旅僧 は、 諳國 修行に 信 濃路を さまよ はれた、 弘法 大師であった さう だ 

のち いて ふしめ は はおつ く よくじつ 1- て ふまつ 

が、 それから 後、 その 銀杏に は 注 連が 張られて、 葉の 落ち 遨 した 翌日に は、 銀杏 祭り をす る 

やうに なった。 (口碑) 

わか のし やう 

若 月庄 (上水 內 郡若槻 村) 

へ r%^g^ 考. 一に、 『^) ^し、 ^S^B へ 父 源義隆 は 始め 六 郎と稱 した。 義家 

若月庄 V 作, 一若 槻;』 と 見える。」 は 昔 ^ S I の 子で ある。 平 治の 亂に義 朝に 從 つて 龍 

華 越に 戦死した。 賴隆 は、 始め 毛 利 冠者と 稱 した。 生れて 僅かに 月餘、 父の 故 を 以て 下 I! に 配せられ たが 

藤賴 朝の 兵 を 起す に赏 つて、 千 葉 常 胤と 共に 頼 朝に 謁見した。 賴朝 は、 其 風 彩 を^て 大に喜 び、 1 百って 曰 

ふの^ 『眞 て ® 氏 亂 である o n と、 逸いて \ きょ i ち 、 ょリ たか i こ, きょ i わかつ き がう い. 

ば.^ に 4 ん て;^。) の 居住の 地で、 賴隆は 此處に 居住し、 若 月と 號 したと 言 

i ^ s r I 3rutpt^、 力 かっき、 おしだ、 L s fe こむら 

ひ傳 へられて ゐる。 『其 孫、 若 月、 押 田、 多 胡 を 氏と す。 按す るに、 今の m 子 村 (ぽ 子 > 

へん のちめ. s かう み 

の邊 にや。』 と、 「信 濃 地名 考」 に 見えて ゐる。 

飯繩山 (上水 內郡) - 



t 傳明 說紳祭 



Itt, is は、 s さ 山ん ^§ で、 て^の ほきに 靈 r(g3 k?l 

もと^ I 馘^、 化贓 の^^に 毅齠 すと いふ。 から 一 isll りたる^^ とい ふところに 

ン みね リ まん みね とがくし s» .S この f ち h^* み卞 > 

祠が ある。 こ 乂. から 峯 まて 二 里 半、 峯 から 戶隱 まで 一萆 と 言 はれて ゐる 此 道筋、 峯 力ら 

i-,y ts a£ X う S あ しっち この どとる うる あは めん 

^へ 十四 五れ I つたと ころに、 ^十 歩ば かりの 間濕 地のと ころが あるが、 此處 渾んで 粟钣の 

こ ぞくが いひよ - > て さが 恃っ: 

ごとく、 ガ ずの 割^に 似て ゐ ると いふので、 俗に 饊 鬼の 飯と 呼ばれて ゐる。 手で 採して 喫す 

1 む めし ? 2 ぶんき もの k n¥> んな ^に - ^1 

るのに、 眛ひ麥 飯に か はると ころがな いとい ふ。 誠に 珍奇の 物で 飯 砂山の 名 も 此處に 出 

もろこし しらい し に く せう しタっ ま 

てゐ るの だとい ふこと である。 (「信 濃 奇勝 錄」) 『唐 山に. m 石 あり、 煮て 喰 ふ。』 と, 「蕉氏 雜乘」 

み くら そうふお まさ お^-し >o f * 

に 見えて ゐ るが、 これ は、 その ま \ に 喰 ふなれば、 一 曆奇も 勝る が やうに^ はわる チクリ 

かほん つち しょく き にほん ゆい 9 > p.^^ ) 

ス* ユウ フラ テス 河畔の 土 は、 食 せらる-と 開いて ゐ るが、 日本に 於て は S らく 飯 1 はの 

5- ナな さ あるひ さ.:? じ§ このい な や う, 1 i >、 

飯 砂に と^め を 指す といっても よいで あら ふ。 或は、 山上に 此飯砂 を 有する ところ 力ら 本 

it に觸^ f(K^ の 神) を弒 つたの かも わからない。 それ を、 ^il^ の 『I ぼは^ 祇尼天 を 

まつ a まった ちょ もんし ふ ちそく ゐん でんお のぞ ^ふ i^-tt^ • * 

祭る。』 と 言って ゐ るの は、 全く n 者閗 集」 に、 『知 足院 殿御 望み 深き 事 侍りて 大權 ぁ とい^ g 

ナん そう 、、、はふい の むちう なま を え- 9 ^ 一一,、 

驗の儈 に、 だぎ にの 法 を 祈らせられけ るに、 夢中に、 狐の 生 尾 を 得らる』 叉 一 太平 記」 に 

敏 鑼 山 IC 長 野驟) 信 濃の 卷 



說傳明 説明 地 



傅 去の 厘— (長 野縣) 信 濃の 卷 

い ちんざ でんき 5 が f お まの か** 9 J 

『妙吉 侍者 外法 成就。』 など あると ころから 言った もので、 rsi 座 傅 記」 に、 『宇賀 美 多 麻 神 三 狐 

9 どうざの か こと こん あに , 9 お ほげ つの かみ ふり じ. ) 

神 同座 神。』 と ある 事 を 混じた ので あら ふ。 豈 はからん や、 一 二 狐 は、 御 食 津祌の 偕 字であった 

ので ある。 

しんだいの うけもち のかみ レ ぞ!' さう さんそ ラけ もち rz ほ. - JJ 

「神代 卷」 に、 『五穀 は 保 食 神より 生す。』 「同 ® 疏」 に、 『保 食と は、 五穀 を 保護す ると 

また ,がの みたま ご AJ くの か * な しんでん いな^- づ; sfefe** 

言 ふなり。 又、 食稻魂 は、 五毂 神の 名な り。』 「神 傳」 に、 『稻荷 は、 すな はち 食稻魂 

み か も © ま ぶち * * け も. 5 つ * うけ もち 919 9 . 9 9 -9 J 

云云。』 など 見える、 賀茂眞 淵 は、 『う ゑ 食 持 を、 略め て、 宇氣 持と いひ、 うかのみ たまも 

19 あけ 9 か け かよ もち DJ< こ な うま お ま はじ 

飢 食なる を、 ゑ を 略し、 加と 氣と通 はし、 持 を 略し 籠め たる 名な り。 その 生れ 給 ふ 始め 

*J とみ ' しんこう .S お さ つた こと 

は 異に 見 ゆれ ど 神 功に 至って は ひとしき なり。 然れ ば、 その 傳 への 異なる のみに て 

しん あ; 6 . い 

もと 一 神と 祟むべき なり 云云。』 と 言って ゐる。 

伺 去の 里 (上水 內郡淺 川 村 大字 伺去眞 光寺) 

うなさん ふさ J« レ し さと /义 、 is^ 4f.fr、 ~7 o * - お i 

飯繩 山の 麓に、 昔、 祠 去の 里 (が 字^^ 光 = 雌 つお) とい ふところ があった。 この 名 の# 

t. ^2 5^ ? へ戶を 開く 時に、 ひらき 戶 なれば、 あとへ 

bs は 峨峨 たる 山 を 仰ぐ 地 なれ は 開戶 のし さりの 意 〈しさって ひらく。 山を迎 ぐに も、 あまり 



說 傳 主 沼 m 



に 出に 近接して は、 哦々 たる 3 山 JJS^ えな isso:! ぼ 3 にきった もので あらう と 首 はれて,! S る * 

印ぐ のに、 すこしし さって 党る。 しさり H ち 返ま^ 】 trs > 

さ い はふ し う.^, • 

(「信 濃 地名 考」) 西 行 法師の 歌に 

もののふの is ふす さみ はお ひた i しあけ とし さりの かもの いれく び 

など; I まれた、^ i にがた では あるまい かと も 言 はれて ゐる。 (「地名 考」) 

芙蓉 湖 (上水 內郡信 濃 尻 村 大字 野 尻) 

,101 一 露 ssa に、 とい ふ、 1 (瓢 形) の W が ある。 i 

の薦? i 赠、 まぎ fe、 威ぎ1 一 f &、 謹き を 1 つて B に i じ、 驟に敏 ぶが 

ような & 重から、 ■、 證、 1. ,の1 を it る S え も 診 はれす、 ことに、 

^1. が、 おの^ ^翳^と I しい^で、 !:ゅ の 能から か^びなら された と、 s くだ もなかな か 

になつ かしみ f は i ぎ I。 鹡&靈 に は、 霞へ て STlfif いふ i の 

f し ぎ!、 ぼ さ- r 博 ノ f 、 。 へ鎭 座の 後年、 僭- 行某;ロ隱出 參饉の 時; おつ ^ポは 3 っズ、 ま 

^祠 があって、 行基菩 ti. の 刻んだ とい ふ (S に 來^、 百日 籠って 祌像を 刻す と 言 はれて ゐる i 

1^1. ゆ if 'も 5^ し、 a もも いつしか 失せて 見えな^った 事 年 あり。 百年 前 〔^J1S;U?2I^^ 

^^び H 小 射が^ 5^ ふと ひ^か;^ り 出^れた。 十五 童子 も三體 のみであった と、 「信 錄」 に m 

籙 潮— (長 野 8 信 濃の 卷 



一 £ 



說傳主 沼湖 



荚 ® 凝 |( 長 野縣) 信 濃の 卷 

える。) 謂きて ねる。 きに は、 | §3 の g ひ f 一 r れる、 f i 一 

へ 竿 川の 近 藤氏が、 幣 殿の 梁 を 匍匐して ゐ たの ンぉほ ,け: 、 ほ I ^ ぉほゐ な M 

パを 見た とい ふ もの は 三尺 餘も あつたと いふ。、 多く 捿み、 殊に 六月の 頃に 多く 居る とい ふが、 馴 一 

れて人 を 驚かす、 で おに Ii も颭 へない か はり、 ると も^して 廳 かない。 た,^^ B 

を、 K M^. \ - 、 つ, ごんし つ J5 

て 、神主 が^かへ てゐ る。) の 一言 叱す るに 逢へ ば、 はふ はふと して ij げ て!: き、 1 ち || を g す 

と 言 はれて ねる。 ^^おに、 おの!^ 雄に 寸ば、 かれ 竿 、めはして up あり。 宅 は 幾く、 白み あり。 かつ 

If^i 4^>3, 光ぁリ て 、雨 方に、 耳の やうな 卷め あ. り。 宅は兩 方へ 垂 るると 

や。 ) i な R (yul 枚?^) へ 色靑黑 く、 】 つの 石で、 お^ 餅の 如く、 五つ ン 、、: 

J 、ぎ 孑 ご 枚は黑 とい ふ r 行 石" 重なり、 上に 行く ほど、 つぼ^っ^ ゐる g。"j とい ふ 三種の 

奇石 を 納めて ゐ るが、 これ は、 0$ 獻の議 が I: ち 1 つて、 『1 に Efe はる やう。 j 

と、 た^ 昏ひ 捨てて 行方 も | れす なった ものであると いふ。 

湖 礼の 水 は、 ききの やうに、 辦 のきり つめら るる | き ^ 

くして、 氷 を 結ばない ン 、 そのうへ わう らい 1 

とい ふこと である。 ) に は 其 上 を 往來 するとい ふこと である。 

A,/ _u 、&^ ゥ、 $3 ミ - V > > * えい スべ ちう > うへ すぎし しゅくし ¥ うさ みする おのお さだゆ^ ナ^し し § 

また 湖 中の 樅 か 崎と いふと ころ は、 永綠 中、 上 杉 氏の 宿將 宇佐美 駿、 ま{ 寸ぁ W が、 ■ 仏の 職 

うへ だ 》 零し ゆなが を ゑち ぜんの.^ まさかげ ヽ 一 こ、 つ. ^ b_ , 

鸯 にあた る、 上田 城主 長 尾 越 前 守 政^に まる 1 ザ) を^んで、 おお したと ころ だと , はれる お 

だか ば しょ 

高い 揚所 である。 



說傳主 沼 湖 



i じ まさかげ けんしん * いえ. W けんしん まんぶ 1 そのい ふ あは 

始め 政景 は、 謙 信よりも 勢力が あつたので、 謙 信を慢 侮し これ を滅 して 其 邑を 併せ やう 

ほつ へ^' ひき せ けんしん へい やぶ けん 

と 欲し、 兵 八 千 を率ゐ てこれ を 攻めた けれども、 謙 信の 兵 二 千の ために 敗られて より は、 謙 

しん くだ ほく か ぞく ぐん リ よ ごと したが こう た か は なかじま 

信に 降って、 幕下に 屬し、 軍旅 ある 毎に 從 つて 功 を樹て \ゐ た。 (「野史」) ところが、 川 中島 

かっせん のち /、K&$ ヒ. *D\ まさかげ むほん よし がん 小ん ざん も 、 ざんし や げん 小ん んん 

合 戰の後 (^と I れ。) 政景 謀叛の 由 を 謙 信に 護す る 者が あった。 讒 者の 言 を 信じた 謙 信が 

J5*s のぞ ? とき.' ん.: うじ の じ; wn>5.!r しゅ 5 さ み さ だぬ き まさかげ こう 

私に これ を 除かん こと を 謹され た 時、 當時野 尻 城主であった 宇佐美定行 は、 『政景 公 は、 わが 

*u み ぐれい! Mo は, 5 けい あ. & f けい こと 

君の 外戚で あられる。 その 叛 形の まだ 現 はれ もしない うちに、 濫 にこれ を 刑す る やうな 事が 

し S うしん 5 なら やす こと ふか かお , き W 

あって は、 これより 衆 心必す 安ん する やうな 事が ありませ ぬ。 どうか 深く 考 へて、 お 止り な 

かんげん つ ひき しか さだゆき あ しゅ べん 

さる やう。』 と、 諫言した けれども、 遂に 聽 かれなかった。 然し、 定行 は、 飽くまで も 主君 

け^しん な ぶしん I な えいろ く ねん ぐ わつ か さだゆき じ しん か はか. W かとつ 

である 謙 信の 名で、 この 不信 を 行 はしめ まいと、 永 祿七年 七月 五日、 定行 自身、 川^に 託け 

まさかげ まね どうせん * おこ あそ k /或 ま、 ま ci^ 也 を 度る.^、 定 «7、 全 1U に \ » 9 さは 

て 政景を 招き S 同船して 此 湖に 遊ん た。 (5rtps^s^—2m ふ。) かう して、 角 

げぅ き やう ふね ? ど もみ さき とき さだゆき た まさかげ つか * あ 

漁に 與 じながら、 服が、 丁度 樅が 崎に か X つた 時、 定行は 俄に 立って、 政景を 攫み、 飽くま 

し %? ん やうげ.,? とも こ ちう お できし と さおめ きと *> 

でも 私怨で あると S 言して、 共に 湖 中に 落ちて 溺死 を 遂げた とい ふ。 (「續 日本史. D 定行 時に 

さい /1 忿こ 七\ まさかげ さか > ^ » /ほこ ま、 養て 舟 子と 計って、 船 

五十六 歲 (ト| お。 j 政景は 四十 一 蔻 であった と 言 はれて ゐ る。 (is 力 を^" 1 お、 f ゲぃ 挿 は 

蓉 湖— (長 野 驟) 信 濃 6 卷 



說傳主 沼湖 



獒 湖— (長 野縣) 信 濃の 卷. 

置き、 舟 子に E くばせ して 拔 かせる と、 舟 子 は 別に 設けた 舟に 飛び移って 疾 漕いで 逃げお つた。 逃げな が 

ら ノ^リ かへ つて ると、 二人 は 紐み 合 ふ、 ^うちに、 ^に は 水 満ちて、 ともに 湖水に 沈んだ ともい ふ。 マ 

「& 7簽\ そのご » しん§ じ けいだい , すな れん ち G もみ さき は い すねち う ぉ8> い さが 一- 

^3 眞 光寺 境內 に、 水練の 者が あって、 樅が 崎へ 這 入って 水中 を大に 採した ところ 一 

ふゆ . l^w づ , 、 み』 、 , な は むす、 つ 、 J ひきだ 

舟 一艘 沈んで あるの を兒 付けた ので、 これに 繩を 結び^け 降から 引出さう とした けれども 

しうちう どろ はい どう でき ぐ そく ほし か.? ち c- A- リミ 

舟 中に 泥が 入って ゐ るので 動かす ことが 出 來す、 しかたなく、 具足の 端の やうな 佘物を 取 出 

しんく /變==.:&^、 ^.feB^^ 袋し ラづ . せき た ゑち ぜんのお まさか: b はか い. 

して、 これ を眞 光寺 (Ipf お 字 の 東に 埋め、 一石 を 立てて、 越き 守 政景の 墓と 雷 

人 rns?^ 彔コ 貌 、^ほの^ も發 見され なかった ので、 琵琶^に を 坝 めて、 墓 を 建ン 

ひ (「^^奇勝 錄」) 傢 へて ゐる "て 厚く 吊った と傳 へて ゐる。 墓 は、 今に、 琵琶 岛に 現存す とい ふ。 j 

^M,^ み, のち ほく ぐん い, まな ほお ほいけ > ちつ ど だい のじ W のうみ/ j ま レー1 

今按 する のに、 水 內の北 郡、 今 猶大池 七つ 八つ ある。 その 最も 大 なる ものが 野 尻 海 (WW 嶋 

| ^り. 々ま、 き!: 錢っ と ノノ , このき う * , かう げん し ごと もく ぐ- さ J た 

か:: 稍^^。) で、 此湖 は、 高原に 死の 如くに 默 々として 横 はって ゐる。 湖 

みづ しん ゑつ くに まひ せきが はむ. & な ゐ たや- ぜっぺ^ き おと ほんやく く ほや^ がづ 

の 水 は、 信越の 國 境の 闘 川 村で、 地震の 瀧の 絕 壁から 切り落されて、 奔 躍し 來る^ 瀨と 合し 

せぎ おは よ うね う.^ お ほ けいこ y つた あまた せ 5 リう かくしょ の くびき へいや 

て闢 川と 呼びな され、 蜒り蜒 つて 多くの 溪^ を傳ひ 數 多の 小^ を 各所に ^ん で、 頸 域 平野 

なが こ ゆ みづ みな もど の じりう み ふよう こ ほか み のち また ふる み 

に 流れ込んで 行く。 かう して 水の 源 をな す 野 尻 海の 芙蓉 湖の 外に、 水內に は、 叉、 古 海 

(S^§T^:JP\ す はの はら," なかじま ちめい §z み づぉほ ととし .fe のちめ い 

ぱ^^^) 須波原 中島な どの 地名が あるので、 『上古 水 多き 事 知られたり。』 など、 「信 濃 地名 

かう しる 

考 ,K> 記して ゐる。 



IS 

.0 

:說 



かう こうひ A は 5^ ぬし し. ゆう «ぃじ や とほ とほ お ほおし i 

考」 「口碑」 によると、 この 芙蓉 湖の 主 は、 雌雄の 大蛇であって、 遠い 遠い 大昔から、 湖の 底 

ふか す まいねんまい ねん びき z ^ 5 ,ゆ この さう <• とほ な ね0 

深く 棲んで ゐて、 毎年 毎年、 十匹づ つの 子 蛇 を 魔んで 行く が、 此 湖から、 ほど 遠から ぬ 地震 

おきつ ぼ お ほ;;^ し す まいねん まいねん ひき, , i そお しゅうのお ほかに せ, 

瀧壺に 大昔から 接んで ゐる、 ^率 毎^ 十匹づ つの 子 を 育てる 雌 雄大 蟹の ために、 攻めつ け 

まいねんう O へび ぴ きのこ f どお な かや お ほが た こども び *> 

&れて 毎年 產 みつける 小 蛇 は、 一匹 殘ら す、 丁度 同じ 數の大 蟹の 子供に、 ちゃんと 一 匹づ つ 

してやられて しま ふとい ふこと である。 (口碑〕 

地震の 髓 (上水 內郡信 濃 尻 村) 

のじ リ リ • めう かう さん くろ ひめ やま け ふかん せきが は じ 5.5 りう ま おは か なゐ おき 

野 尻から 二 里、 妙 高山と 黑姫 山との 峽間、 關 川の 上流で ある 眞 川に 懸 つて ゐる 地震の 瀧 は 

すね *- いたう く じん がけ ほんやく すねけ いお ほ そう か- I お., 

水 程鞺 として、 千 伍の 崖に 奔 躍して ゐる。 水景 多く、 四曆 をな して 懸 つて ゐ るが、 四の 瀑 

き こと さいだ 一 たけ ¥n す もせい しん がう ぜん だいち ふる らく か, 

布 殊に 最大に して 丈 六 丈、 水勢 眞に すさまじく、 淼 然として 大地 も 震 ふば かりに 落下して ゐ 

なゐ たきな じつ おこ けんがい じん ほん が.^ ぜん 

る。 地震の 瀧の 名 は、 實に、 こ \ に 起って ゐ るので あった。 その 懸廛 千伋の 奔流 は、 礤 然と 

がけ くだ ひまつ しい じ まリ おこ たき ぜんたい たうて. i み , , そめ ぜっけい ^0 

して ii に碎 け、 飛沫 は 四時の 霧 を 起して、 瀧の 全體は 到底 見られない けれども 其 絕景の 雄 

ゐ さう だい し O たと ys おちく ち は r けん けん リぅ そう.: ぜっ けん たきつ? 力 み あは 

偉壯大 なる 眞に键 へやう もない 位、 落 口 幅 八 問、 戀髓 の總畏 一 臼 間ば かりと は、 瀧 逢に见 ^せ 

地鼸の 灝 IC 長 野縣) 信 濃の 卷 



T 

6 



地 S の 驪 Is 野縣〕 信 濃の © 

,し たきつ? H けい ナん ふち ふか . し 

て 知る のみで ある。 瀧 壷の 徑百 問、 淵の 深さ はたうて いは かり 知られない。 (「信 錄」) 

この ふち ぬし し ゆう お ほが に ふ ようこ ぬし 2> Z ども そだ じ ぶん こ こ お ほが に まいねん 

此 淵の 主 は、 離 錄の大 蟹で、 ^蓉 湖の 主が 十 匹の 子供 を 育てる 時分に、 此 處の大 蟹も^ 年 十 

V*J こ ども う その こ ども 1?8- ある ひ つ かほ ^ 

匹の 子供 を 生む。 そして、 其 子供が、 漸く 歩け る ぐらる になる と、 それ を 引き 遝れ て、 川^ 

つた ぷ ようこ で き だいじゃ こ ども こと じ ぶん こ ども く ふ よう i A レ 

を傳 つて^ 蓉 湖に 出かけて 來、 大蛇の 子供 を 悉く 自分の 子供に ft はして しま ふ。 芙蓉 湖の、 K 

& 5? いい か し Jr つく な ゐ ふち ぬし «ぷ くろがね かふ ら つね じ,: > なき 

は大に 怒って、 死力 を遨 して、 地震の! S の 主と I ふけれ ども、 黑鐵の EHi を、 常に 千. 化の 瀧 

う ぶ さう うへ えい リっひ お ほ i 靠ぅ. M う あた 

K 打た して、 きたへ にきた へた 武裝の 上に、 銳 利な 對の大 鋏 を 持って ゐて、 狂 II する に當っ 

て は、 口惜しい けれども とても 靜 かなる こと 死の やうな 湖 に 生 を 受けた 大蛇の とても 敵 ふ 

みゾっ <s だいじゃ こ つ ひ ぴ ぎ そだ な ゐ た會 

ところではなかった。 かう して、 湖 の 大蛇の 子 は。 終に 一 匹 も 育たなかった が、 地震の 瀧 

i す お ほが に こ ども ねんぐで お そだ い しょしょ はう ばう けい こく けんし ょ< ゆ 

の 淵に 捿む大 蟹の 子供 は、 年々 恙なく 育って 行って、 諸 所 方方の 溪 谷に 繁殖して 行く とい ふ 

はなし 

話 (口碑) である。 

このた. »> さいう に ほ た か ゆり レ 8 も まいねん しう ぶん はな ひら す. C えん 

また、 此 瀧の 左右に は、 句 ひの 高い 百合 を 生じ、 毎年、 秋分に 奘 しい 花 を發 くが、 永烟を 

せ, お だい リん はな ふ どう しせい ふどう ゆ W よ 

背に して すっきりと 立つ 大輪の 花 は、 どこか 不動の 姿勢が あると いふので、 不動 百合と 呼ば 

れてゐ る。 



話 逸 的說傳 



漶 布の 前に 立って、 誰 人で も に 呼ば はる i が あると、 II ち I の 封の 熟に I つて、 難1 

あらぶ り、 霧 起きて、 あたり 咫 X も わかた ざるに!! ると いふ。 されば、 ^^は、 おく、 鶴よ 

1 STr . i ^ I お; 9? し > , み- - 丄か たきな みあら とき f そのへ,? k きた 

り 1 町ば 力り 前の 休 石と いふ 邊で 見る。 然も、 瀧 波 荒い 時 は、 霧 は、 其 邊 までおち あって、 

覉 を I ふとい ふ。 で、 si& 謂に は、 から i§ のために: の議に 

たビ ことごとしく 驟ぎ おて、 対 1 して、 8踟げ て わめく 嗞に は、 鹏 ち!! としてお 

か M さそ くも よ あめよう だ あ 

風 を 誘 ひ、 雪 を 呼んで 雨滂沱 として 降り そ-ぐと いふ ことで ある。 (「信 濃 奇隧錄 」〕 

5« つ さ 

一 茶 (上水 内 郡 柏 原 村) 

0fp, 籠き低 がまんた IQSV pi らしい^ へば、 それ は 驚 I 

翳の 百膽の i (sg 年) として f i つた I 擎 Tfl。 IK% 百 f i を i じ 

•-、 おき ,5i*v んぃ, ぐで じか B か" たく どくだん i つけいみ だいい さい まな 

て、 芭甚 1 き 3? 以外に 自家の 畑 を 開拓し て、 その 獨 壇の 滑稽 味に、 一 大 異彩 を妮っ た^ずの 

と 言へば、 それ は、 ._H ふまで もな く 面白から ぬ お 庭から^ き, されて、 ^^の!; に^ を 

I ば X : 、初め 素 丸に 學び後 隨齋ゃ" ン こ-しゃいち ほ いっさ その はれし ゆ だつぞくし やらく しか あ 1^ 

委ねた (美に 網^ お。) 小林彌 一 郞の 一 茶で あ る。 其 俳 趣、 脫俗 洒落、 i も飽 くま 一 

一 茶 l(fi 野驟) 信 濃の 卷 



話 逸 的說傳 



1 茶 |( 長 野驟) 信 濃の 卷 

でも^に 議し、 き極は めて^ に、 き 極 はめて に、 s&i の 1 & 樣を i した T ぎ、 ぎ i 

^» な iii 奢であった。 「おらが I」 とい ふ^! の數 があって、 印 t して 世に^ はれて ゐ るが 

それによ つても、 き^に が il 淤 な^^で あお、 nils 詩人で あつたか 义 わかる • 



さう 《5 かす ひ _ 

湖のと ろり と 霞む H なりけ り。 

い ゐ ふしぎ はな i 

かう 生きて 居る も 不思議 ぞ 花の かげ。 

お ほぼた る とほ 

大餐 ゆらり ゆらり と 通りけ り。 

はし らんかん あ. > 

撟の攔 干に もたれて 扇 かな 

Z ゆ ふだち 

あとから もまた ござる ぞょ小 夕立。 

まか い やぶ がま ? 

罷り出で たる はこの 蔽の 蟇に て 候 

さ き 8? 1 

きりきり しゃんとして 哚く 桔梗 かな。 

灯と もして なまお もしろ や 草の 露。 

ゆく あき を ばな 

行 秋 を 尾花が さらば さらば かな。 

だ ぃ<& ひ *1 だい こ * ち をし 

大根 引 大根で 道を敎 へけ り。 



誥逸 的説镎 



あさ ぼれ すみ き k > 

朝 暗にば ちば ち 炭の 機嫌 かな。 

けろ りくわん として 烏と 柳 かな。 

かんねん ぶつ きでん 3 

寒 念怫さ て は 貴殿で ありし よな々 

ぬ だか § み こ たつ 

すぶ 濡れの 大名 を 見 る 炬鐽 かな。 

fS* 〜巴. し うへ さと まよ かれ じんせい くお 1 しろ あいてき 1 

自己の 執着の 上に、 かつ 悟り、 かつ 迷った 彼の 人生観に は、 そこに 必す 或は 愁哀 的の 或は, 

A うし てき iis «s S おかし み こ しゅ こっけいび, え ど あ, そ ねん.^ した 

諷刺 的 或は 全く 心からの 可 笑 味 を a めた 一種の 滑稽 美が あった。 江戸に 遊ぶ こと 十 年餘、 下 

«- かもと 1 はいかい じ f ぶんく わ ねん^' こく ぶんせい ねん e わつ にち Jf3 ねん 

谷阪 本に 住して、 俳諧 寺と 號 して ゐた。 文化 十 一 年 歸國、 文政 十 年 十 一 月 十九 日、 行年 六十 五.. 

ぼつ 5 し ははら めいけ いじ /「非 皆乂; M 更毫 |「 作〜 

で 歿し、 柏 原の 明專 寺に 葬られた。 (,&^f 俳 林 小き) 

せ- 1 しつ あ らいらく けつ けん も,;? は? -.3 でんせつて きいつ わ きかう と 

性質 飽くまで も 磊落、 決して 權門を 憚らなかった ので、 傳說的 逸話と 畸行 とに 富んで ゐ 

る o 

あるとき こと 93.- つし ゆ ら 5 しんそ? レ いっさ f リ ,カ し ははら とま あは こと ,巧 いっさ ふ 

或 時の 事、 領主の 老臣 某 が、 一 茶の 鄕里柏 原に 宿り 合した 事が あった。 某 は 一 茶の 風流 

あ. S け ふ に ちいつ さ \/ わ 5 はいだん き な ぬし 

を 愛して ゐ たので、 せめて は 今日の 一 日 を、 一茶と 會 して 俳 談 でも? S きたい ものと 名主に 

めい いっさ まね いっさと」 めいわく こと > » け^ぷん ゆ. 

命じて 二 氽を 招かせた が、 一 茶に 取って は、 こんな 迷惑な 事 はない。 で、 敬遠して 更に 往 

I 甲 〔長 野 驟) 信 濃の 卷 



話 逸 的說偉 



i 茶 |( 長 野縣) 信 濃の 卷 

な めし その けん ねかさ *9 と-かく ,? ふく つ だ 

かう と はしなかった。 それ を、 名主 は、 其 權威を 笠に 著て、 兎も角も 承服 さ せ て 連れ出し 

みちく ぜひけ ふ, なにい あゆ 

た。 道々 も、 『是非、 今日のと ころ は 何も 言 はすに、 蹈諕 をつ かって くれる やう。』 と、 くれぐ 

おの のち ぼう しょお いめん あいさつ す ぼう はいく はな レ も i 

れも 賴んだ 後、 さて 某との 初對 面に なった。 挨拶が 濟 むと、 某 は、 いろいろと 俳句の 話 を 持 

いっさ はいかい めう み さん リん いんいつ し ぜん とも ひと とも 

ちかけ たけれ ども、 一 茶 は、 『俳諧の^ 味 は、 山林 隐 逸の、 自然 を 友と する 人で なければ、 共: 

だん お とまい こし くつ レ玄 がいろくく さむら ひ Jea おうてい 

に談す るに 足らない。 五斗米に 腰 を 屈して、 生涯 碌々 として ゐる 武士 衆な どに は、 到底 この 

1 しゅみし でき はな さい その はう めん は さ ぼう 

間の 趣味 を 知る ことの 出來る もので はない。』 とい ひ 放って、 一切 其 力 面の 話 を 去け た。 某 は 

レ ゥさ けん き こつ そう *MI おも » しゅ .3$ もてな じ ふく かさね あた > いっさ. - 

i 茶の その 見識と 氣 骨と を、 一 暦 ゆかしい 事に 思って、 酒 食 を 饗し、 時 服 二重 與 へて、 一茶 

らいらく せいしつ ほめそや いっさ しお. ( 3 やが じ-さ し 

の 磊落な 性 ® を 賞揚した。 一茶 は、 溢々 とこれ を 受けて、 鑣て辭 し 去った が、 暫くす ると、 

? と せま かへ き なに わす もの やうす な ぬし いぶか 

再び 元の Is に 還って 来た。 何 か、 忘れ物で もした とい ふ檨 子で ある。 名主が、 怪訝し みなが: 

.3- つ さ わす もの き いっさ な ぬし さま お 1 

ら、 『一茶 どの、 忘れ物で もしな すった か。』 と W くと、 一 茶 は、 『さやう、 さやう、 名主 樣の御 

UA- づけ わす C.M しん ご あゆて い い いっさ ぽ^' 

傳言を はたと 忘れまして ござる。 はい、 謹で 御蹈 諛を呈 します。』 かう 言って、 一茶 は, 某 

に 一 i すると、 恬 として 辭 して つた。 (S3?l<」) とい ふこと である。 

かつ かお まへ « こう » つぶ とじ CVS ひ は いっさ りよし まね 乙と , 

甞て、 加 賀の前 田 侯 も、 出府の 途次に、 使を馳 せて 一 茶 を 旅 宿に 招いた 事が あった けれぎ 



誥 逸 的說傳 



も、 お ^ エは、 Y おは、 たうとう これにぎ ぜ なかった ばかりでなく、 却って、 『所用 ござらば、 

< -. へ- なにく の * ► い つ 

I! 对へ ござれ。』 ときって 蘭み なかった。 それで はとい ふので、 何 か 一句 をとの お望みに 1 

茶 も、 しかたなく、 卽 座に、 

こ i H 5 め はな 

子供まで のん のうと 呼ぶ 梅の 花 

と I めて やった。 f 越 まれ、 il に、 M?M お を I へて i られ た。 すると、 T 

茶 は、 

な厶 まん ごく さ- つゆ 

何の その. 百 萬 石 は笹の 露" 

かれ ふうち み . 3 

と。 彼の 風致 見るべき である 

11? と、 批の鼯 に^があった。 掀 からの PV 1< は 1 ち 一 f I がり、 まの 

おも M くな つた。 Y おは!" のみず のま \ で 避難した が、 自^の 家の 燎 ける のを灵 ながら、 

螢火 も餘 せば いやはや これ はは や。 

れ めんもく こと くわつ や. く み i ► 

彼の 面目 は、 かう したと ころに 殊に 活躍して 見える 

養まで も II に fi じあいて、 へ、 があって、 ii の I になる と、 とも 

I! 茶! (長 野 凝) 信 濃の 卷 



說傳 現出 岳 山, 



戸 瞜 山, |( 長 野驟) 信 濃の 卷 

のぼ めい f ザ-に だ いん. 

酒樓に 上って、 各々 錢を 出して 飲食した とい ふこと である。 (r 臺北先 萸傳」 ) 

戶ー隱 山 (上水 內 郡戶隱 村) 

か/ t.tf?»J^- > ? し^バ^^/長 野 巿ょリ m 甓山ま \ く! S めくお ざん にし わお ぐん ざん そうお o とがく レ やま 

上水 內觀の 西北 隅 (お S お 五 sl^p) 黑姫 火山の 西に 蟠 まる 群 山 を、 總稱 して、 He 隱ぎ 

と 言って ゐる。 

^Nv)^ , 1 ほの, いはと は ま , とき たちから をの <i そのい はと て か § 

* 代の 昔、 天ぎ-大御^が、 天 岩戶に 隱れ給 ふた 時、 手 力 雄 命 は、 其 岩 戶に手 をき け、 が を 

/i* > kl あ - はげ S いぎ ほひ あま あまの いはと ^ A» と ノな Q 92 とお,、 ft 

饞 めて an き 開ける 烈しい 力の 勢 が餘 つて、 その 天 岩 ドは 下^に 飛んだ。 s!?li の 毆幫は 

その 都 ゆのお ちて ,1 たもので ある。 (sfi 日」 本) とい ふま。 お 1 の M ぎ、 請 

また, と 力み やま でんせつ ま この ま ら つう くレ よ 

又 戶神 山な どい ふの は、 かう した 傳說 からで あらう。 今 は、 此山 を、 | 曰 通に、 !£ 隱と 乎ん 

„ / ふる 乂 とがく M- とな しゅんせ 

でね る けれども、 往昔 は、 戶 隱と唱 へられ (「古史 傳」) 、 俊 成 卿の、 

おか み ベら やまいの みよ かみ 

うごきな き 高 御倉 山 祈りお きつ を さめむ 御代 は 神の まに まに。 (「長 秋 詠草」) 

たか み くら やま .o » し. C ンふ P ゥ, , j る 

など ある 高 御倉 山 (高 御座 山) はこ. ^であらう と、 「名所 集」 に往々 記して ゐる けれども、 

とれ は 1 りで あるら しお はれる。 「お ぼ 木く! I」 に、 『i き歸 近 江義戧 | 飼 S じ 日つ i 纏! a: 



諡傳現 ffi 岳 山 一 



う cif£s>c<J.S たかみ やまいの み えいぐ; ^も がた リ 心 ちまめ ぐ わめね ん』 ふゆ ム へ 

Mliilsi 啦 1 うごきな き ^御 くら 山 祈りお きつ。』 と 見え、 r 榮華 物語」 卷十長 和 元年の 冬 ^ 

lis- だ、 じ Jr う あゆ き. H う うた みかぐらうた さんに ふおん じ 5,3 やま が乂 % 

g 條に、 『^氰 仏 いなつき 歌 さかた の 郡 御 s 樂歌、 參 人音聲 たかみ くら 山、 樂の 破の 

5».» ち が C- きふ う』 to, ま おんじ as か は ► さ. i しゅすけ ちか うお ん ゆみ- 

歌の しき 地、 樂の 急の 歌 かな 山、 まかで 音聲 やす 川。』 とあって、 祭主 輔 親の 歌 六 首 見えて^ 

VS お. a み くら. a.. ま とがくし や *s M 'つば ^ 

る。 これらの 證 によって、 高 御倉 山 は、 戶隱 山で ない こと、 立派に 證據だ てられた であらう 

と 思 はれる 

とおく レゃま べつめい うらみ やま • 5 らみ やま ちせいき な- > 3 ん; fjy — 

なほ、 戶隱 山の 別名^ 見 山と いふの は 裏 見 山で、 地勢から 來た 名で あるら しい 山脉 の, 

%,.> ほう と くし まへ やま *0 お はい C よう とがくし うらやま 

南方に あるの を戶隱 前山と いひ、 その 北に あって、 背後 を捥 する が やうな の を、 戶隱襄 山と- 

よ ろら みやまな おそ t のな ぺ つめい i た „1 > > -^^ 

呼んで ゐ るが、 浦 見 山の 名 は、 恐らく 此 名の 別名で あるの が 正しい もの X やうに 田ぬ はれる 

it なかつ ま お とづ ま みね な I .fl かつ ま さん ズ^ 、 W * • . おひ、、 ゝ 

その 裏山 は、 高 妻、 乙 妻の 二 峰より 成って をり、 高 妻の 最高 a は、 海 拔八千 三尺に 及ぶ とい 

ふ。 

とがくし まへ やま $^ きけい と _ お ほ くわ 5 がん ほ お 毀、 涕新 富、 師子窟 、ン > 、 し、 

『戶隱 前山 は、 最も 奇景に 富み、 多くの 怪岩洞 鶴、 あ^つ ) あり これ 

きん %« ん ぎょう. A いしつし ぷ <ゎ$ がん な もつ ふうう も しんゆう てい げス しせ^- ほか 

お 山 凝 灰 質 集 1 岩より 成れる を 以て、 風雨 の爲 めに 侵融 せられて 呈 せる 現象に 外なら 一 

と K- くし うらやま いは ゆると がくし おくの ゐん だい きそう けん ふ^ けな. S に い-は.!^ > る;? 

す、 戶隱 裏山 は、 所謂 戶隱 の奧院 なり、 第三紀 ® にして、 堅 硬なる 砂岩 子: の累 

戸 繮 山 |( 長 野 S) 信 濃の 卷 



說体 蛇 餽 



九顋龍 山 |( 長 野驟) 信 濃の 卷 

そ/5 • ^0 f くわお ほ な (い .»ゥ くわ ざん がん RMS たかつ まや ま 

曆 より 成り、 これ を赏 き、 塊狀を 成し 迸 出せる 火山岩 は、 即ち、 f| 妻 山 (俗に 劍ケ裟 ) に 

にし おとつ まや 玄 6« し ぢ ざう がた け な このく わまん がし 5*5 しつ 35 ナし 5. う 

して、 西に 乙 妻 山 (俗に 大日 峯) 東に 五 地 藏岳を 成す。 14^1^ は、 ^^き だ にして 一 

^い A て.^ ^^し^? » しみち^ せき かくせん せき ^きえい てんざい いは ゆる *J ん. K いふ じがん 

綠 色を呈 し、 其 斑晶に は、 三斜 長石、 角 g 石、 石英 を點 在し、 所 !8 瓜^き 士^なる もの 

」,t。n へ 「地 赏調资 報 文」 ン 

とす 』 山崎谘 方 !if ) 

九 頭 龍.: :! (上水 內 郡戶隱 村) 

議!: が^に. f おまつて、 i に i じて i はれた i は、 ; ftl のま 

であ つた。 (「昔 事 |」) p. ff た 謂で、 議壓し (1 き錢き 

て、 あ 奇勝い ふば かりなく、 かつ、 無数の 岩窟 を 秘めて をる ので^ 1 い- 齢 は、 l^f . 

く. づ s» ゆかみ まつ とがくし じんじゃ 

命と、 九 頭 龍の 神と を祀 つた 戶隱神 ^(闕 弊 小社) が ある。 

fev このく づ 《» ゆや ま ほんたい まへ <.— 二 や) し - 

j 體、 此九頭 龍 山の 本體 は、 前に も 言った やうに、 蛇 身 だとい はれて ゐ るが、 その y 止 艦 を. 

: > » とが- いく だい め «ぃ< わん ひさ やま し 

見た もの は、 戶隱鄕 の 幾 代 目 かの 代官 久山 氏ば かりであった。 

• - ✓ -' > い、 ぜん ト^. ひぶ やまし いか くづ り ゆや ま ほんし? み と 3* 

それより すっと 以前の 代官 久山氏 は、 如!: にもして、 九頭龍山の本牲を見屆けく^んもの., 



と、 鹧の靈 くへ SEfe みた。 滅 くまんで かくと、 K で I しあ i にきった。 0. 

く づ 1 やま け レシ おも ひさ やまし S ^ » ^ 

は、 それ こそ、 てっきり 九 頭 龍 山の 化身で あらう と 思った ので、 久山氏 は ^に W へて 其 

*4 J つ, んへ やまひめ i どくき あ や え 

滅 倒 を 露し くれん と^をぎ した けれども、 却って 山姫の * く 毒 氣に中 てられて 病 を 得た。 け. 

れ ども、 1 Msg ぎお fi しくれ やうと ¥ した, ぬ は、 E1 を藏 めなかった? 

で、 一 お、 齦 が^むと いふ^ 甌§ おの 糚ケ «に£ き、 ^に^って: i に^びながら きおに!! る- 

si'l & ね し ttQ お レ *5 このみ みづ ^ . > » » さ, け 

やうな お i を t げて いふに は、 『主よ、 汝 にもし 性が あるならば、 此身を 水に 隠せよ。』 と、 叫., 

.1 、.. ナ も あや うづ まき おこ > ト ひ^やま k ») ) 、 ^ ) 

ぴも あへ ぬに、 i ち、 漸 s 面に は、 怪しげな 渦卷が 起って、 その 久山氏 は づ、 つと 水の 

^ に卷 込まれて 行 つてし まった。 

1 くだい す くう 》 ゆや ま まん たい み いんねん も 5 ま ひさ? ま 几 、p が跑に 

それから 幾 代 も 過ぎて、 九. 頭 龍 山の 本蹬を 見る ベ き H 緣を 持って 生れた 久. H 氏 ハ^ん 於久 

f ほ S5s"y も) の^^に なった。 ^ひ.^^ は、 ある P の^に、 ありあり と^はれ 出で たか 

蛇 , ^il^ ら、 『いざが II を^すべし、 あ I けなば を^よ。』 とい ふ^ ^を, きかされた。 怪 

しい i に^ながら、 その^の 11 に T 添 を i める と、 1 ろしい 九聰 の i が、 T&f 

^ 七 卷半卷 い て ゐ たのが 見えた。 

九頭魏 山— (長 野 魅) 信 CS の # 



説 傳起緣 的敎宗 



戸瞜神 弒| (長 野驟) 信 濃の 卷 

、 き く", さん - さんお > ぺ つ あまご ひ かざよけ しもよけ むしよ- b ぞくよ け れい ナ^ 

この、 九 頭 龍 山の 山 靈は、 また、 別に、 雨 乞、 風 除、 霜 除、 蟲除、 賊除 などに 1鼢 いちじ 

しん h 

るし いと 信ぜられて ゐる。 (口碑) 一 

戶隱 神社 (上水 郡 內戶隱 村) 

が^. 山 はじ » とが;^ さんちう か 5& ん てんのう ねん.. はは まつ ぃ- 

戶隱 神社 は 戶隱 山中に あって、 孝 元 天皇の 五 年に、 初めて これ を祀 ると 言 はれて るる。. 

へ 「nj 本紀」 に は、 『持統 天皇 五 年 rJT 月、 遺 使者 祭, 一信 濃國須 波水內 等; t 二 K 云。』 と 見え \ ^t^l^, 

V る。 水 ft 等祌は 戶隱祌 社で あらう 。天平 年中 神 帳 を 勘へ 造る と 見 ゆるに^る。. j 社 格 は國幣 小社で 

I 、お, ち.^^ S みほに く. -l^f^ES げ丄 ちぬし のか 5 ぶ^くつ なか あ わう じ えん SW やう じ や くづり ゆ 

本社の 祭 剠は手 力 雄 命、 九 頭 龍權^ は 地主 神で、 巖 窟の中に 在る。 往時、 役 行 荐の 九^ || 

• ^5 ^ し しゅけんしゃ J*S?JS3 ぺ つん: う 5«p かいざん くわ;? しう, 》 しナん く§ じ 

を 封 じたと ころと 稱 へられて、 修驗 者の 行揚 となって ゐる。 ^當 を兩 界山勸 修院 顯 光寺 (天 合: 

, k なかめ; 911^9 のお f ひふね のみこと おくの ゐん あめのう ははる のみ とと あは ゐ,? とな まう 

き とい ひ、 中院 (天 S 兼 命)、 奥院 (天 表舂 命) を 併せて、 三 院と唱 へ、 三十六^: あつ 

て、 千ぎ!. Efc して ゐた。 S は、 ill に け、 S にき ii、 m$ 鍵霸 ^ 

が ある。 九 S の I に は、 また、 一 £^ に? おの^が & せられ 

ii 一き T 口 を I ぎ、 if はず r 辩にま 1 とせられ、 三ぎ t の とせられた。 (fs 

0y お i よ If で 三十 崎、 お i (I 難 f If) に まや 十二 まる けれども、 T、 



說 傳起緣 的敎宗 



つき うち さくぼう ねん このみつ か ほか と さ M- ?ね う ォ^ しんちう しょ ^:乂 -V う,. 

月の 內、 朔望念 八日、 此 三日の 外 は 戶を閉 して、 里 坊に住 ひ ^厨 所に 役 僭の 住する のみ 

なかの ゐん ぴく, にいし > にょにん モ さん; せ:^ Z 。へ 「4<日 ^風土, s*^s」 「信ン 

である。 中院の 比丘尼 石から は、 女人の 登山が 禁じられて ゐる 一 濃 地名 考, 1 「まぎ 奇勝^ T) 

だ 4 C ほん ふ どき しなの とがくし やま ほんしゃ まつる 5§ おち. s ら をのみ *mi 、しゃ f てく べつ A う ぷち か 

「大日 本 虱 土 記 • 信 濃」 に、 『戶隱 山 • 本社 祭 所 手 力 雄 命 (社 領千石 )| 別 當夭合 宗兩界 山 

しう ゐん け,: V わつ じ ぼうしゃお 4,V ゐん おくの ゐ, 5 ^う なかの ゐん ほう けうぐ ねつ.^ ん ぜラ なかの. 9.ん 

勤 修院 顯 光寺、 坊舍凡 五十 三院 (奥院 十二お、 中院 二十 四坊 寶光院 十七 坊) 中 院* 天 

おも. A ねの みこ か とく ぜん ゐん なかの ねん のぼ おくの ゐん あめのう ほ はるの ここと はう <g ゐん おくの ゐん 

S ^ —德 ^院正 命 宿坊 (中院 三十 町 上り)、 奧院 • 天 表 春 命 I 寶光院 (奥院 一 二十 町 

<*i 1 へ はう \§ぞ み 

下り 十一 一丁 經て寶 光 院)』 と 見える。 

しなの しょうろく おくの ゐん ほんしゃた ち.. や のみ *j と づ ごんげん ぢ ぬしの かみ が めくつ なか 

「信 濃 奇勝 錄」 に は、 『奧院 は、 本社 手 力 雄 命 、 九 頭 龍 權现は 地主 祌 にて、 巖 窟の中に 

あ なかの ゐん ぢ.¥ ほうしゃ ほう つき うち さくば 力 力,;? > か この か 

在り。 中院 より 三十 町、^ 舍 十二 坊 ありと いへ ども、 一月の 內朔望 念 八日, 此 三日の 

ほか と り ^う Irs う 

外 は、 戶を とざして 坊に 住す。 

なかの ゐん ほ.:? しゃお も ひかね のみこと ぺ つたう しょ ち てんだいき んレ ぅゐん けんく.? じ ほうしゃ ほろ, はう $ゃ ふ 

中 院本 社 思 兼 命 別當所 この 地に あり。 天台 勤 修院 顯 光寺、 坊舍 二十 四坊 寳^ 院 

ちせつへ だた ほんしゃう ははる のみと と ぼうしゃ ほう すべ ^う きんねん 

は 十二 町隔 る。 本社 表 春 命 、 坊舍 十七 坊、 總て 五十 三坊 なりし が、 近年、 ゆ ゑ ありて 

はう <ゎ ゥゐん ほうげん なかの ゐん ほう z Z い てん SS1C はう I すべ 

寶光院 十七 坊减 じ、 中院 より 十二 坊此處 に移轉 し、 一 二 所と もに 十二 I? づ& 都て 三十 六 - 

ほう § ごくよ さいれい なかの ねん ぐ わつ か は >:§ みん おなじく か おくの ゐん おなじく にち 

坊 なり。 領千 石餘、 祭禮 は中院 七月 八日、 寳 光院、 同 十日、 奧院は 同 十五 日に て 

芦隱神 fs 野お) ^濃の 卷 



說 傳起緣 的敎崇 



戸隠!: 駄— (長 野踩〕 信 濃の 卷 

か どう み 

三日と もに 同 式な り。』 と 兄え る e 

じっかい.^ r- とがく;. 1 さん^んく; じ i ぶつ ゆ i i えん じ や づ ず ゆ ごんげん f 

r 拾 芥抄」 に、 『戶 隱山顯 光寺 は、 古怫 遊行の 所。』 と ある は、 役 行者 九 頭 龍 權現を 封す と 

f *G a さつ ころ ぼ ふだいし など き 54!*~ ゆ ゑ また げん ねんち う しんらん.:? にん ち. 

いひ、 行 基 菩薩、 弘法 大師 等の 舊跡 をい ふ 故で あらう。 又、 『承 元年 中、 親 鷲 上人 此 地に 

にち さんろ^ うち にち ま いづ-じ ひつ ぶつ,.? o がう まい あ くわ はんく わさ. S う なか ゆ 

百日 參 籠の 內 一 日 一 枚 宛 自箪の 怫名號 百 枚 有りし が、 過半 火災に か \ りて 失せたり。 中 

ゐん もし ゐん そのき うせき まか ぶつぞう i/、 } う VZ.P ゥゐん ほうな ふ あ うし ざ み -だ 

院の行 勝 院其舊 跡な り。 又、 怫像を 刻して、 寳 光院へ 奉納 有り。 これ を 雲 座の 彌陀と 

^ , > sfc ぶる とき 、つ * えい たま 5 うた 

S ふ 又, 或 時お ぼろなる 月 のさし のぼりた る をみ て、 詠 じ 給 ふと 云 ふ 歌 あり。 

と すタ .1 ま つ キ- と 4 ろ たま おも 

戶 がくしの 杉 間に 月のう つら ふ は 心の if; をみ がけと ぞ思 ふ。 

irD^ へ 五^の道 松ン へ 杉苔の 如くに して、 祜 乾に k ぶと いへ ども、 水巾ン 

おきの^ V を 云 ふ。 】 I に ひたせば 生か へ る。 高 野, 2: 奥の院に も 有る 由。 ) 

「五 雜^」 に、 『楚中 有, 一 萬 年 松 1 長 1 一寸 許 葉 似, 一 側 柏 一 藏, ー篋笥 中】 或夾, 一冊 子內 1 經 レ歲不 

レ枯取 置 1 一沙 土中 1 以レ水 繞レ之 俄 頃 後 淸不レ 知 二 其從出 1 或 云是 老苔變 成。』 と 見える。 

4 かの &ん きぢ よもみ ぢ け いろ あかぐろ ち * け なが まも 

中院に 鬼女 紅葉が 毛と て、 色紅黑 にして、 縮れた る 毛 あり。 冕 さ 五六 尺ば かり、 丸 

わ っ^な か を さ 

く 輪と なして、 铙 中に 納む。 

「和漢 三才 圆會」 に、 『下 總國 豐田 郡 石 下 村 東弘寺 什物 中 有-七 雞之揃 毛 1 色 五 釆長四 丈 



讒 傳起緣 的敎宗 



有 今 未レ知 11 何物 毛 1 也 相 傳江州 竹 生 島 信 州 戶隱山 亦 有い 之 而爲- 一 什物-往古 有- 異姉 一名 

- 七難 1 其 陰毛 也 蓋 塵 塚 物語 載-! 竹 生 島 七難 之 毛- 矣是 亦以- 齚答 1 爲 II 寶玉 1 之 類但豪 I 

奇品 1 而已 云 1K。』 と 見える。 

?- やま おんく つ , お c*0、 いは な 、 , ^なおや, » > » ^ It 

表 山に 三十 三の 巌窟 あり 各 岩の 形に よりて 名 あり 百 間 長屋と いふ は、 通りぬ け 

i や また たぶ たに as ろ 1 f ふ と たか いく *J と , 

の 岩屋な り。 又、 塔が 谷と いふ 所に、 三重の 石浮圖 あり。 高さ 幾 丈と いふ 事 を しらす-^ 

Is そ ほ *V5H こ い いは すう つりつ fe ふ うへ きた うらやま きょお S はや 〜 

其 側に、 旗 銶 と 云 ふ 岩 あり。 數 十丈屹 立して、 塔の 上に 橫 はる。 裏山に も 許 多の 窟ぁ ft^ 

だ4 にち おけまで W い ま なか © ねん 卢 ほ , 《*\は. ん、 x ぽ, - みは 、 , 

ガ 日が 岳 迄 七 里と 云 ふ。 先 づ中院 より 一 の 不動まで 二 里 半 それより 劍が峯 へ 一 里 半 

? ふ どう しよく ぶつ いしみ だう この けん みね い t はめ ざん >g , 

ぎ のぼる。 一 の 不動より、 所々 に 十三 怫の石 小 堂 あり。 此 劍が峯 と 云 ふ は 群 山の 中に 

ひい くもう へ まかべ みね , あんぼうまで; ^1 ^ k 、 % あ ris^ 9 め- 

も 秀でて、 雪の 上に、 眞 壁な す峯 なれば、 遠方 迄 も 見え 渡る とい へ ども 足戰き 目く 

lr ろ き み いはと は ひ * ち » ^;^K x V だ 

るめ き、 心 も 消 ゆるば かりに 見 も やられす、 岩に 取りつ き、 這 松に すがり 莆 匐して 下 

i たき それ だいにち と W- ゐ f いし もん , /頃の 石 梁 S 廿セ歩 \ 

りて 百お のき あり。 ^より、 大日の 鳥 井と て 五 丈ば かりの 石 門 あり。 (S-T^ ^おご 

t こ す すね た ふ 5- i がんとう じんりん つ ほ^ まろ ^>^¥ 

此處を 過ぎて 水晶の 塔と 云 ふ あり。 遙の 3 品 頭、 人倫の 通路なら ざる 所な り 又 丈の 瀠 - 

r W まゥ i よ * ぎ 5 ぼせ ごと _ さ, う W ► .^'^)^^ 一 

が あり、 七 里 松と いふ は、 四十 丁餘、 牛馬の 背の 如し。 左右の 谷より、 五葉の 延松 しげ 

戸 罎 祌 軚| (長 野驟) 信 癍の翁 



說 傳起 緣 的敎宗 



戸隠 神 fs 0^ 信 濃の 卷 

えだ おちつる ご-ど P すゑ f な X みれ な^-たに しげのぶ このうへ す 

りて、 枝 は 落蔓の 如く、 根 もな く、 末 もな し。 俗に、 七峯七 谷に 茂延 とい ふ。 此上を 過 一, 

こ いけ し み. つ わ いけ なぺ ちゃわん など あ このみ-つ ぬく し *?、 の だ いに お. 一一 

きて、 小 池と いふ 淸 水の ffi く 池 あり。 爰に鍋 茶碗 等 有り。 此 水を溫 みて 食 を 調 ふ。 大日 

まん ら パま H^o うら せう レ Jtv しらい おちて しらかべ ごと 

巖は、 曼陀羅 岩と も 云 ふ。 五 丈ば かり 裏に、 方 八 尺の 白 石 鏡 あり。 表 は 粉壁の 如し。 兩 

.A1 まんば.】 ら ゆ *J つ, A いさん だいにち ざう だい そのち がいがん 

界の 曼陀羅 を あら はす。 故に、 兩 I 山と いふ。 大日の 像ニ體 あり。 其 地 は、 喱岸 さがし 

ひと つうろ たに へだ だいにち れいばん い J&J ろ あが まう つね さんき お 

く、 人の 通路な し。 ^を 隔てて、 大日の 禮 磐と 云 ふ 所へ 上りて 詣づ。 常に 山氣 立ち こめ 

も あさひ ゆ ふ ひ しき くもに じ ごと さんちう こんじき 65 り あ 名 つつい たち 

て、 靄 ふかし。 朝日、 夕日に は、 五色の 雪 虹の 如く、 山中 金色の 光 有り。 六月 朔 日より 

だう しゃ レた; S のぼ さはが よ ひ い か S て. S リょ ゆ ゑ さんちう や よ あか そうしゃ つそう めん 

導 者に 隨 つて 登る。 澤 通と 云 ふ は 行程 二十 里餘、 故に 山中に 二 夜 三 夜 を 明す。 曆嶂曆 IB 

き かう また サぐ こ こ ぼく わう あ これ ひ るゐ ひの な ら * っぽべ » たか 

奇巧又 勝れり e 此處に 木 王と いふ 有り。 之 は、 比類な き儈の 老木に て 高さ はさば か bv 

お. A ま は り ひろ い いま V 、わ はんこ きう およ とうなん ひとえ だ あ を ほ, 

に 高から すと いへ ども、 圍は 三十 六尋と 云 ふ。 今、 過半 枯朽に 及びて、 東南の 一 枝靑紫 

そん よ まれ たいぼく ぞく ぼく わう しさつ み 

を 存す るの み。 世に 稀なる 大木 なれば、 俗に 木 王と 稱 す。』 と 見えて ゐる。 

しなの ちめ ハ かう とがくしさん おくの ゐん たち.; ら をのみ こと なかの ゐん おも ひかね のみこと はう ゐん うは はる © みこと — おけ 

「信 濃 地名 考」 に は、 『戶隱 山奥 院手カ 雄 命、 中院思 * 命、 寳光院 表 春 命 とす 坊 

しゃお ま ゐん /逸完卜 二; i ?、 ル 汁^\ ぺっ たう てんだい. K し-う ゆ,^ ゃゥ かやさん^^ く p?" T せ C , H く /「お 鑑ー 『顯光 

舍凡 五. Hi (サ^! 十お") HI ムロ勸 修院 兩界 山^ 光寺 領千石 (iisfs 

D「<5nir 少 一『H ま.=-;;^ 、ノ く づ 9 う c いはや ぢ ぬ しの かみ く づ リぅ ごんげんまい よ, し 1 k 1 . J: . i 

顳? f ) 九 頭 龍 铙 地主 祌、 九 頭 龍權現 毎夜 三^^ 之 並以 i 子 i 



說傳 石化 



(hr み G、 43<CTBln.Mrt\ 、ノ たいへいき 》? つちうた つ Mirers- ベく „ ま, » fe. づ』 ほべ ぼ 5 

|5 を | 仏 so ) 「太平 記」 き 中黑水 龍宫に 作る。 0? るに、 黑水は 北方 

しん 《. う むら かみてい かう ぼ ころ t がくしゃ まし. れん * • 1 1 

^祌號 か。) 『村 上帝 康 保の 頃に や、 戶 隱山釋 長、 明年 二十 五に して 絶 n 言語 i- 法華經 一 

げん £: せ し?/ しょ み 

後镜, 薪 自焚失 矣。』 と 「元 享鐸 書」 に兒 えて ゐる。 

くま ま さ ご とがくし じんじゃ さいれい み のち S5W とがくし やま しゃ お まつ かくべつ こと 

「千 曲の眞 砂」 に は、 また 戶隱祌 社祭禮 について、 『水 內郡戶 隱山三 社、 御祭り 格別 異なる 

しんじ *r しる はう \s っゐん ぐ わつ か なかの ゐん わつ か * おく ゐ: Q § * にち > 

; t 事 ゆ ゑに、 爰に 記すな り。 寶光院 七月 八日、 中院 七月 十日 奥の院 七月 十五 日な り, 

みぎ ど しきお な ま ていちう たか し W たけ たば た . でんちう さんちう ^ 

右三 度と もに 式 同じ 先づ、 庭 中に 高さ 八 九 尺の 竹 束 を 立て、 殿中より 山中 五. H ニ坊ぉ 

まち まき いでたち い さう いっとき あま fe 

のおの たす きを かけ、 鉢卷 して、 その 出立 ことごとしく 異相な り。 一 峙餘り 立ちながら 

きせい のち も へい たけ うへ まう^^ ひ U ひき 

祈誓し、 その後お のおの 持ちた る 幣 を かの 竹た ばの 上に たて 道坊 のうちより、 一人 火 

も か たけおば みぎへ いはく ひ てん さて しお t ほう にん • ^Ife > 

を 持ちて、 彼の 竹 束に のぼせ、 右 弊 吊に 火 を點じ 偖、 その 下にて、 坊 三人 長刀の 鞘 

ふりま は j ろ/.,.' たいさん しんじ * しほ 

を は づし振 廻し、 色々 にっか ひて、 おのおの 返 散す。 いとめ づ らしき 祌事 なり』 と 記さ 

れてゐ る。 

比丘尼 石 (上水 內 郡戶隱 村) す 

a 丘 BS 石— (長 野驟) 信 濃の 卷 



說傳 奇怪 



ii 上^の セ K ま議— (長 野縣) 信 濃の 卷 

sl^s 議 のき は、 Tifs よりぎ りと ぎれ てゐ る。 0§ ^ 

M 難の K を i つ て、 邦 S の ^fi を f てぎ てかった。 すると, £ きのお ま は、 ^ 

と さし このに そう うへ くだ にそう い, ま びく. にいし > .、 、 ? fk, P * . 一 

に、 登ん の 比 尼&の 上に 降って、 尼僧 は 今の 比丘尼 石の あると ころで 忽ち 石に 化って し 

い つた いま 3 た にょにん だう よ 3 ヽ |«1 i なく -/ 

まった。 かう 言ひ傳 へて、 今一 宇 を 建て、 女人 堂と 呼びな して ゐる (「伊 濃奇 E お」) 

雲上 寺の 七不思議 (上水 內 g 戶隱 山中 字 念佛寺 村) 

とおくし さんちう あざ ねんぶつ じ むらみ んげっ さんぐ わう んゐん うんじせ つ セ かいさん ベら ほ^ち さ ル I 〖.J ぼ; つ 、 ) 

1TC 隱 I 中 字 念 怫寺村 眠 月 山 臥雲院 雲上 寺 は、 開山 鎌 倉 建 長 寺の 雪峯禪 M 永 和 元年の 草 倉 

そのご あづみな f にしな こまざ はむ らしんり ゆさん だいた くセ なん 丄っ P し f ちう ^5K^ 

であるが、 其 後、 安曇 郡 仁 科 駒 澤村神 龍 山大澤 寺の 南 窒和尙 中興して 曹洞宗 となった 慶長 

$ で、 i ^七 nfil であった とい ふ。 この^に、 七 p^i と 鶴す る も 

だい けつみゃくす ね だい ts ゼぃ ぶつでん は ふ, あな、 だい かなめいし * 卞み , ふためう^. - f^, ゝ^^ ? 5、 

のが ある。 第 一 血脈 水、 第一 一 塵 穴、 第三 怫 殿の 破風 穴 第 四 要石 第五 片目 角 第 六 風穴 

Sff0, なかば は M§Q1 に ii を I けしとい ふ i の i に, く。』 と 

が is」 はぎて ゐる。 riEisi」 は、 この 七 £きを騾 して、 『 一 に、 0^ 

一し みづ ぞうげ,:? みづ うへ で きろ > お な 3 まみ ひ, と 9』 , ^ i 

に 魏 がと いふ あり、 水の 增減 にか X はらす、 水の 上へ 出る 所い つも 同じ 又 一 人して 動力し 



豫 

報 



3 まさい うご おな * せんすな う を は S2 お ほ m う を , , / 

て も、 力 勢に て 動かしても、 ゆるぐ こと 同じ。 二に 泉水の 魚 甚だ 多し この 魚 ども レ つれ 

か ざち な かき ふ だ こと ふい ご * ちり ゆな , » さ.? 

も附 5: なり。 三に、 風穴と いふ あり、 a 吹き出す 事韉の ごとし 四に 塵 穴と いふ あり, 山 

ちう こと おち ば はら あつ, こと や^ ごと みぎ ち ひ ゆな > く ち、, P 、- • , - 9 , ^¥ 

中の 察 なれ は、 落 紫 を拂ひ 集めた る 事 山の 如し、 右の 小さき 穴の 口へ 積み あけお くに 一:^ 

I ゆ え ふ まいにち 3 . 、 さんちう » やま , • やま 

の^に、 いづく に 行く やらん 一葉 もな し、 每日 かくの ごとし 五に 山中に て, 山 また 山 を 

なか せいてん とき せんすね ふじ かげ まくでん ^^ふ, „ おせ くも〜 

かさねた る 中に、 晴天の 時 は、 泉水へ 富士の 影う つる。 六に、 客殿の 破風に、 大きなる 口 あ 

とがくし ごんげんら ぃタん お ま まいねん § , にち、 ^ , ► ^ ^1 - ^ 

り、 これより 戶隱 權現來 臨し 給 ふといへ り、 毎年 七月 十六 日、 定 りて、 右の 破風 口に 大霧降 

レ^, し きき あひな み だん. <\ きリ とし C と 

りて、 暂 時のう ちに、 咫尺の も 見えす、 しばらく ありて、 漸々 霧 はれる、 年毎 かくの ごと 

?人 か^えん てん saw でん のキぼ ひるどき あめ 乙. ^ J ま^にち 

し。 七に 5 いかなる 大旱 炎天と いへ ども、 客殿の 軒端より、 午 時に、 雨した- ^る 事 毎日 力 

ごと い じ r さ をし けうれ き ねん s?2 ゐ ぐ わつ- か、 お 力 ふや > ? 

くの 如し。 以上 七 ふしぎ、 いとめ づ らし。 惜 いかな、 寳曆五 年 乙 亥 二月 i« 日 i 舍 のこらす 

うほう まこ や ふしぎ かや _ み, - 3 

き 亡し、 今 は 小屋が けにして、 不思議の 數 ふたつ 籍た り。』 と 見えて ゐる。 



はた 



織 石 (上水 内 郡戶隱 山中 蕩岩下 村) 

とがくし にしさん ちう .S はしお さと 3 この さと > にし、 - t^^-c:、 mssiy 、s,f^z- 

戶隱の 西 山中に、 岩 下と いふ 里が ある。 此 里の 西 すそ 花 川の 逡に 織 石と 云 ふ 奇石カ 

石—: 長 野縣) 信 濃の 畚 



說傳所 居— 



孃丸太 夫—. (S 野縣) 信 濃の 卷 

ひ いし を さいし ちきり いし/幾つ』 j ま \ そ カ饥た# に、 V4 * いし -なや . 一 

ある。 杼石、 箴石、 艨石 ("き ) など、 其 形の 似て ゐる ところから 石に 名つ けられ 一 

この ち あめ ふ とき おと こと - このお と ド | 8 

たらしい。 此地、 雨 降らう とする 時 は、 からから、 からからと 音の する 事が ある 此 音を閬 

さと ひとお ち 

いた 里の 人達 は、 

はたおり いし な ちか あめく: > 

『あ.^、 また 機 || 石が 鳴って ゐる、 近いうちに 雨が 来るな。』 

-I ようい » i のおと きこ あと てん )>^, 

と 言って、 その 用意 をす るのに、 きっと、 此 音の 閗 えた 後に は, どんなに 天氣續 きの 時で 

は そら くも かかう ち • .siits あめ, い I 

も、 晴れた空 いつしかに 曇って、 二日 三日の 內に 必す 雨が ふると 言 はれて ゐる。 

おと ところ ひとたち はたお^お と い , ) i 

で、 この、 からから、 からからと いふ 音 は、 土地の人 達に、 機 織 音と 言 ひなされ てゐる (「信 

濃 奇勝 錄」) 

そ もんいん やうおう しゃつ だい ろん み, . 

「素 問 陰陽 應象大 論」 に、 『地氣 上 爲レ雲 天氣 下爲レ 雨。」 と 見える 類で あらう か S 

猿 丸太 夫 (上水 内 村戶隱 山中 舊猿丸 村) 

AJW くし にし さんちう ふる さる まる むら よ xwa むかし さぶ まる だ ► いふ i Z きょ s>9 

戶隱の 西の 山中に、 舊く猿 丸 村と 呼ばれた 所が ある。 往昔 猿 丸太 夫此 所に 居住した とい ひ 

S また この さる まる だ いふ この と ち .is つせ. i ひと , I 

つたへ てゐ る。 或は 叉、 此猿 丸太 夫 は、 此 土地 出生の 人で あると もい はれて ゐる。 



說 镥所焐 



「^M 三お &f」 に、 『攝州 芦屋 村有- 1 猿 丸太 夫屋舖 T 叉、 豐前鏡 山、 有- - 猿 丸太 夫 塚 一』 「拾芥 

M」 に、 『猿 丸太 夫 不レ知 n 何時 人 T 官姓 不レ見 云云。』 と ある。 

rrii」 に は、 『きる は i (ig 麵。 原都) の ひ 人と、 ff r 人ん ■ を S の f 

51 ひと い こと 1 いは げんけい S ひと _ ぶ茨 .S は ^っは 乂.^ .J ル; 

いふ。 と ik ふ 事 を しらす。 或は 曰く、 元慶の 間の 人な りと。 或は 曰く、 聖德 太子 

tt-> f ^5 ぶ ICO に し こと のち ごうしう そ つか さんちう ぼ 

の i 铲酽^ なりと。 f 、 殿き る や^ゃ を 知る 事な し。 後に、 江 州 曾 束の 山中に 隠る。 近 

r.*>5A-,.i f ゆ リょ けいじ § のぞ S そんみん ほ *f\J^ _ ま^, ^ I 

がま^ i をき ぎて、 iB くこと 二 里餘、 溪 上より 臨む 處 にして、 村民 奉祠 なり。 叉、 藤の 

1 の i に、 鶴と ぎくる 鹏ぁ り、 觀 にと i じたる ぼ は、 Mt これ 

S が i めきみ しにて、 ¥ 5Ti へ I る & 云云。』 と 貯える。 「鍵 ic€」 にも 、『きぎ 

Li 9:. » i J さ J ろ さる まる だ いふ あ I しる - o 

下、 そっかと いふ 所に、 猿 丸太 夫が はか 有りと 云云』 と 記されて ゐる 

「& 邀 Mi^」 は、 『^^に 付いて は、 さまざまの 說 有り、 あ 旨 は. - 官姓 時代 不レ 知レ之 不レ. 

可 一一 分明 1 云々。』 と 言って ゐる。 

r 磁轆您 草子」 に は、 『「猿 丸 家集」 のしら すけの まの \ はり はらの 事 は、 「萬 葉」 に、 高 市 一 

むら じ くろ ひと つま こと さぶ まる く JC ひと つま い, みざ > ,* 3 n み1 >3 1 

の 連、 黑 人が 妻の 事と あれば、 猿 丸 は、 黑 人が 妻の 異名 か 云々』 と 見える 

璲 丸太 夫 —(長 野 S) 信 濃の 卷 



簿沼掛 鞍 



鎵 遨 —(長 野驟〕 信 濃の 卷 

か もの まぶち ひと あるせ つ げんみ ¥ てんのう ころ ひと に 

加 茂 眞淵 は、 『こ は、 いかなる 人と もしら す、 或說 に、 元 明 天皇の 頃の 人と ある は 、「日 . 

まんき もんむ ん のうみ まき か^の もとおみ さるとう よ にん せう きんげ . \s さづ しょくに ほんき げん 

本紀」 文武 天皇 卷に、 『柿 本臣猿 等十餘 人に、 小 錦 下の 位 を 授けられ、 「續 日本 紀」 元 一 

うてんの うのみ ま *- わ どうぐわん ねんじゅつ ゐ げ かきの もと あそん さ る そっす み な ちか 

明 天皇 卷 に、 『和 銅 元年 從四 位下 柿 本朝 臣佐留 卒。』 と 見えた の を、 名の 近いと ころから 

おも さほ まる か しふ つた み、 いま 募っ 

思 ひよ せた ので あらう か。 され ど、 「猿 丸の 家 猿」 と傳 へらる \ もの を 見る のに, 今の 京 

.S なら な. &ぴと うお ほか fcr み こうじん 

このかた のさまで 必す奈 良人の 歌で ない。 外に 正しい ものに は 見えない から、 後人の 

作った 名なる こと 知るべき である。 (「信 濃 地名 考」〕 

か せんでん \§ いんせ う うんろ く とう また. - みな でん 805 

「三十 六 歌仙 傳」 「皇胤 紹 遝錄」 等、 又、 皆、 その 傳を 詳 にしない。 

鞍 池 (上水 內 郡戶隱 村) 

とがくしさん ちう くら いけ よ いけ ふしき こと いけ fcis にんげん あしあと 

戶隱 山中に、 鞍 池と 呼ばれる 一 つの 池が あるが、 不思議な 事に は、 池の 形が、 人 問の 足跡 

に し たちから をの^ S いはと と お 5ら こ とき はじ 

に似て ゐる。 これ は、 昔、 手 力 雄 命が、 岩戶を 取り はづ さう として、 力 を 籠め た 時に、 始め 

げかい ふ あしあと い 

て 下界 を 踏まれた、 その 足跡 だと 言 はれて ゐる。 

あ,, ^といけ くらいけ なよ ぺっ でんせつ 

かう した 足跡 ffi が、 やがて また 鞍 池の 名で 呼ばれる やうに なった について は、 別に 傳說が 



mmmmm 



ある。 

0^. T だの 百 蛾が、 お 列の & の! だった か、 この^. 思議な^ 鎩を 持って ゐる 池の 傍 

k c£ :ヒ J,! こ fa とつぜん うま ? o あが みづ I なか 

K ^を I- いて 漱 つた?! があった。 すると、 何に 驚いた もの か、 突然 馬が 躍 上って 水の 中 

に赂 びおんで 1& つた。 その 百姓 は、 驚いて 引き 土め やうと した けれども、 どうしても 止める 

£ とが, おす、 たうとう、 その^、 St の 編 を、 ^の魃 に! I めて しまった。 姿の 見えすな る 

まで、 » の^に^ < つて ゐ た百娥 は、 これ は、 きっと、 池の 主に 取られた ので あらう と 信じ 

てゐ た。 

amju にヒ ノ ま このと ち. もの k *J のい け は, 3! i > 、 ,is 

と ころが、 殿 懇被 の 七 外 の に、 ふと、 此 土地の 者が 此 池の あたり を亂 りか 乂 ると 沈 

のおに、 ぴかぴかと^ る i! 艦な もの を^つ け 出した。 よくよく 見る と、 不思議で はない か、 

うか つぼ 含ん スら ) :3 

そこに 浮んで ゐ たの は、 立派 やかな 金の & であった 

その II からこ つ ち、 敏^ 七^の^に は、 の^に 金の 鞍が おえる とい ふこと であ 

る。 (口碑) 

池 人 ft 野驟) 信 濃の 卷 



說麵英 治 退 女 鬼 



tt 蕖 の 岩 窟 |( 長 野縣) 信 濃の 卷 , 

紅葉の 3 石窟 (上水 內 郡戶隱 村) 

&S レ § の&れ もち < た いぢ. い つた きぢ よもみ ぢ ? > と ぢょ 

昔、 平 維茂が 返 治した と 言ひ傳 へられて ゐる 鬼女 紅葉 は、 もと、 京都の 官女であった とも 

しなの のく II ひらいで さと o 诏 m\ うま もの <l . t ^ 

また、 信 濃國平 出の 里 (き^ 辦。 日) に 產れた 者 だと も 言 はれて ゐ るが、 その 慰 き であ 

もみ ぢ いはや とがくし やま ぶ あら くら やま sfc } > 1 ail\ $ ,-t< ぁ铲 こうけ^ 

つたと いふ 紅葉の 岩窟 は、 戶隱 山の 一部 荒 倉 山 (^讓 ^ゐ g) の^に あるが、 の 

けん たか f § おく ふか けん.. ねま ► りく £ なか し やぐ らお 

四閒、 高さ 一 丈 三尺、 奧の 深さ 一 一間、 寢 間と いふの は、 入口が せまく、 中 は 八 2< ばかり、 高 

おな は. ふ • けん- ^ い, きん はう もみお つかお よ これ もち き 

さ 同じ 位、 深さ 五 間ば かりで あると 言 はれて ゐる。 近 旁に、 紅葉の 塚 及び 維茂の 祈願した と 

まんしゃ 

いはれ る 八幡 社が ある。 (「信 濃 奇勝 錄」) 

ぶよ > ^か - > f ^ f によ だム おに f ひ GAi おに ざんこく is は 

鬼^の 正體 について は、 或は、 女體の 鬼で あると も、 或は、 心 持の 鬼の やうに 慘 酷な 女で 

) ^ • によさ^ せ げん さは さんぞく ち 考 ほん いづ 

あつたと も 言 ひ、 または、 女装 をして 世 問 を 騒がす、 山賊の 張 本 だと も 言 はれて、 何れで あ 

け .f! えう あら くら やま fe こも ふ きん むら. (- <J- た なや 

ると も 決し 兼ねて ゐ るが 要するに、 荒 倉 山に 立て籠って ゐて、 附近の 村々 を 太く 惱 ました 

> •* k AI^J > てんの 力 、たぶ め, か, ね.^ r こさ だ も リ やうした て わき じゅ 1> ゐ f ちんじゅふ のし t ぐん; 2 のこれ もち/ こ^; 

ので、 時の帝 圓融 天皇 は、 平兼忠 の子貞 盛の 養子 帶刀從 五位 上 鎭守府 將軍平 維茂 (^給 

れ てゐン . ぶい . 、 き i ぶよ ぢ ^ま > これ もち , てんえん ねんち う しなの なみ げ 

ひ。 チ) に 命じて、 鬼女 返 治 をな さしめ 給 ふた。 即ち 維茂 は、 天 延年 中、 信 濃 守と なって 下、 



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藤 雄英離 女 鬼 



.? » ^,ま 嘮 あめ,^ や 、今の、 坡科郡 雨お 驟ン ^ゝ へ 或は、 小騾郡 御所 村、 卽ち、 今の 小 鹧郡& 

向し、 埴利郡 雨の 宫 (|か 字 iits のぎ 。) に 居舘を 構へ i 下 村 大字 御所に 居 を 構へ たと もい ふ。 御. 

所の 付 名 はこれ に 因んだ とも 言 はれて ゐる。 更に、 彼 は、 七久 虽〔 な、 くり〕 の a 泉 地で ある 出 浦の 里、 今 

W 小 瞬 郡 別 所 村に 別莊を かまへ たと もい ふ。 別 所の 名 は、 卽ち 維茂の 別莊に H んで つけられた 名で あると 

、 .1 レ:, いでうら © さと、 >Ur\ 、 ト系^ .\ きおむ き やま くお のんだ う さ乂 けい. I 』ま ん丄ゃ ^ 、 

)、 ^.B (i 切 村 1¥ ) にある 北 向山の 觀音 堂に 參詣し 八幡 社に 祈願な どして、 

ききの i るの を きって ゐ たが、 f にして、 f きが f 。 纏ち き 二 f の 

•1、 8^ MM3 とい ふ I あた-で、 たうとう^ す S3 きを if たと. 

> t たいへいき みな! のよりよ し とがくし やま おに , せ— 、 ま ,、 gof(iL^:f.sa ろ I 

傳 へられて ゐる 。「太平 記」 に は、 『源 賴義、 戶隱 山の 鬼 を 斬る』 とも 或は 坂 上田 wig 

きしんた いぢ みま \s まんなか とがく^ h ま,' き_ ぼたい- 1 /irr 镲 お の 鬼 ii! を 平げ、 獒濃^ ン c 1 い- 、 & > 1 . し、、: i 

鬼祌返 治、 源 満 仲戶隱 山の 鬼神 返 治 (^踏 一 I 顧む 討お s いお 1 ) など 言 ふ 者 も ある けれと も. 

とがくしち f おい ,? これ もも こと つや , 一 i 曙 / 锥茂 柳、 維^ 射拔の 穴、 維茂 ン ビ y ? 

戶隱 地ガに 於て は、 唯 維茂の 事に のみい ひ傳 ふる 古跡 (翻 15 岩 1 維 前^ 跡 石 等。 ) は 力り て 

^ も 、又、 上水 內 郡のう ちに ある 鬼 無 斑 〔きな さ】、 及び、 同 郡 S 村ぶ が A み) また、 そ Q、 ^き Q 

ある I むら〕 大字 志 〔しがき〕 など、 此^ 件に 因んで つけられた 名で ある 一 孑に la^v 

sfe. う bit 3 き ぢょ しがら み かお はら、.,, h / まべ お』 

都 霜の 下に、 滔娈の 劇 とい ふところが あるが、 これ は、 鬼女が、 禰の傍 (糨 村) に 慕 を 張 

うたげ 1 もみ ぢ なが き や > 、 。 、口.^: r 謠曲 u 葉 狩」 ン 

り、 宴 を 催して、 紅葉 を 眺めた 處 だとい ふこと である。 北^ :5 靈經 ) 

£ら こ C へ,? 95 &ね <?. なお ナんょ パ しぶね つね みづ た e , * また ► 力, *| ぼん ^ 

お、 此邊. に、 龍が おと 言って、 長さ 十 野 餘の石 舟が あって、 常に 水 を满へ 又 釜 壇と 言 

k^< ほう がんせき と 9 ゐ た かま だん,;? r-^ まつ > 3 - * ^、ひ 5 

つて、 九 《< 四方の 巖 石が ある。 鳥居 を 建て X、 釜 壇 明 S を 祭って ゐる こ \ に 釜脊 * 岩と 

菜の 岩 窟— (長 野縣) 信 濃の 卷 



1 偉 墓 墳, 跡 足 



總 袋の 足! !• 紅 黧の墚 —(長 野縣) 信 濃の @ 

、ゆ 々こ かま せお に いし い つお いし 

雷って、 鬼の 簽を背 M つて 逃げた 石 だと 言 ひ 傅 へられる 石が ある。 (「信 濃奇 滕 錄」) 

これ もち あし あと 

維茂の 足跡 (上水 內郡桐 村 大字 祖山) 

もみ ぢ 5 はや くだ すそ はなが は / 义、 f しがら み はし このはし • しも そ. やま ^ 

紅 瀵の窟 から 下って、 裾 花 川 (^とけ に 柵 の 橋が ある。 此撟 から、 下祖 山の 嶺の 

なかほど みちな か これ もち あ. ^めと い つた くぼ か いし き ぢょ もみ ぢ たい 

中程の 路 中に、 維茂の 足跡 だと 言 ひ 傅 へられる 焚な 石が ある。 (「信 濃 奇勝 錄」) 鬼女 紅葉 を 返 

お とま あ.. M めと これ もち § こ こと あた » 

治した 峙の 足跡で、 どの やうに 維茂が 力 を 籠め て、 この 事に 當っ たかは これで も わかる と 

曾 ひ 1 へられて ゐる。 (口碑) 

紅葉の 塚 (上水 內郡柵 村) 

4« ぢょ もみ g すみか とがくしさん ちう » しがら みむら, しがら みむら かまいし のこ.' 

鬼女 紅葉の 棲 家が 戶隱 山中に あつたと いふの は 柵 村で も、 ffl 村の 釜 石に 殘 つてり 

5- はや しん すみか しん ゝ 

る 岩窟が 眞の棲 家で あつたと, 信じられて ゐる。 (口碑) 

I? め A とがくし やま きぢ よた いぢ しなの に げ かう よ ごし 5,3 ぐん iiSS のこれ もち べっしよ きたむき やま VAC^ 

勅命に よって、 戶隱 山の 鬼女 退治に 信 濃國に 下向した 餘五將 軍 平 維茂 は、 別 所の 北 向山 亂 

ん A き § か まん 5^5 ひ い ま しがら みむら ^ま つ もみ ぢ 

音に 七日の 祈願 を 掛けて、 満願の 日に、 今の 柵 忖 のと ある 山に 著いた の は、 紅葉の はら は: 



ら と^るき も 1% ぎの 貌 であった。 た にわが 頼む, 北 向山き 曰 を 祈って、 矢 を 

まつと、 そのお は、 p^^k してきんで^ つた。 i 魁 は、 その^の 行方 を 追 ひながら、 将を 

: * ゴ? r- i\ bvw や さと たづ そのころ し かき さと 

おり、 il^ の^に まひ、 麒^の^ (今の 柵 橋) を 渡リ、 矢の 跡 を 尋ねて、 其 頃の 志 想の 里 

へ!: いた。 そして^ く^の に鹳 かれて、 魅お の ね あて、 お 酽 にきお を返治 する- 

とと が^がた。 かう して は、 雛な く、 ず: 岩の 岩窟に 鬼女の 首 を 打 落した けれども、 その 

^は II に^くって、 とても i にきち 歉り などす る こと は 出来なかった。 で、 i む を 得す * 矢 

の ,ちた あたりに、 ^^を, め、 そのき めた^ 船の しるしに、 五輪の 墳 を 立てた のが、 ゆ 

,ごり ? ^1 ^ り 一 つか ほ きぢょ ほね くわ をき 

ち の^と^ ばれる もので、 1^^ の # 野 氏 は、 この 塚 を 掘って、 鬼女の 骨の 化石 

を 得た とい ふこと である。 

お、 その の あると ころの^ を、 五^^と^ び、 ー說 に、 そこの 五輪の 愤塔 を、 

「己 W つ.^ もみ ぢ つか 

た將の の 1# の やうに ー& ひ i へる ものが ある けれども、 これ は、 全く 紅葉の 塚であって、 

置の i ではない。 (ssf ) 變の繫 は、 i に、 ま iiiiis の にある と 

いふ ことで ある。 (「信 濃 地名 玟」 ) 

&鬵の 稼— (長 野縣) 信 s の卷 



讒傳 九十 九 • 立 杖 



箭@ 竹の 淼* 1 珐山 |( 長 野縣) 信 滚の卷 

11 錢 竹の 森 (上水 內郡櫚 村 志 垣) 百 

もみ ぢ つか § これ もち あしあと いし ほどちか しがら みむら し がき まんぐ う < わん じ やう 

紅葉の 塚から 三 W ばかり、 維茂の 足跡 石から も 程近い、 柵 村の 志 垣に、 八幡宮が 勸 請し 

はう や もとの まん ばう やじ。 まん /55. /ヽ ら. とも ひ つ c、\ しんし た ひらの これ もち » 

て ある。 一 方 を 八本 八幡 一 方を鏃 八幡 (鎮 村.^;^^^^。) こ の神祠 は、 平 維茂が 

きお. S やま <4JQ のん き § こ いだ や せいほく さ と ゆ v へ ゆいしょ すと にし 

北 向山 驗 音に 祈願 を鏠 めて 射出した 矢が 西北 を 指して 飛んだ 行方の 由緖 であるが、 少し 西よ 

はう お < ねんじ やう f まん す こ *, た お < わん じ やう 

hv の 方に 落ちた あたりに 勸 請した のが 鏃 八幡で、 少し 北よりに 落ちた あたりに 勸 請した のが、 

ij の まん い この まん もリ や だけ W げん これ もち き - 

八本 八幡で あると 言 はれて ゐる。 此 八幡の めぐりの 森 は、 みんな 箭篦 竹で、 俚言に、 維茂が 鬼 

«v よもみ ぢ むか い や ほん つち お ね レ f はんも や だけ も リ 

女 紅葉に 向って 射た る 矢 二 本、 土に 立って 根 を 生じ 、繁茂した ものが、 この 箭筵 竹の 淼 であ 

U. つお このた け さし & .10 しゅ みだ き きん 

ると 言ひ傳 へられて ゐる。 で、 此竹 は、 昔、 領主から、 猥りに 切る こと を 禁ぜられて ゐた。 

< 口碑 「信 濃 奇勝 錄」) 

1 夜 山 (上水 內郡鬼 無 里 村) 

奢 ft I* むら とがくし やま おく はう しゅんぼう かこ えう がいけん ご とち 

鬼 無虽村 は、 戶隱 山の 奧 にあって、 四方 峻峯を もって 圍 まれ、 要害 堅固の 土地で あるば か- 



說傳 九十 あ 



さんろ,、 なお き な さ おは みづ きょ ふうく わ-つま たせつ ふ *.-r. ^ ^ 

りで なく、 山麓 を 流る.^ 鬼 無 里 川の 水は淸 く、 風光 又籙 佳で あると 間え たので 都の 地 をお 

しら とき ^ / 此帝 は、 m 一武 天皇 であった とも、 冷泉- 大皇 でち つたと も、 夭武天 皇 であ 

調べに なって おいでの 時の帝 V つたと も t はれて ゐる。 桓武 天皇 は 坂 上 田 村^に、 冷^ 夭^ は、 平 維 

EMS^0^ は、 gf き にお i めに ならう と、 (fssslfs お 

8m^MM^^^SS すっかり、 の をぎ へ させ 

ころ この * ま す おに ども 5 > せんせ ず? ^ や.,, ノ. み,, > 

られ た。 ところが、 その 頃 > 此 山に 棲んで ゐた鬼 共 は 『この 仙 «に都 など を 建てられて 見ろ 

nl.sj^li の^ 腦 がきくな つてし まふ。 これ は、 何しろ、 とてつもない 邪魔 を 人れ て 遷都 を 

S, も と J* まか ひとよ うち とがくし やま とくら やま »S55S 1 どこの さ と まんなか 

^ひ 止まらせ るより^: はない。』 と 一夜の 中に、 戶隱 山と 戶倉 山との 間、 丁度 此 里の 眞中 どこ 

< p ^ I S まう がい 1 こう そつ St k ^ ^4 せ:? と 

ろに、 M の W を 1 き P げた。 かう した 妨害 は、 全く 功 を 奏して、 帝 も、 餘議 なく 遷都 を 御中 

レ 乙と ひとよ この さと ちう あう ぶ つく だ やま 

止な される やうに なった。 かう した 事から、 一夜のう ちに 此逛の 中央部に 造り 出された 山 

ひと t 和ま よ このち はう とう さい isf ^ ^-^ 

であるので、 一夜 山と 呼ばれて ゐ るので あると いふ。 その、 此 地力に、 東京 西 京 府 成な 

どのが が, つて ゐ るの は、 時の帝が、 御 設計 あそばした 形見と なって ゐる ところ だと爵 はれ 

てゐ る。 (口碑) 

! 夜 .3— (長 野蹑) 信 濃の 卷 



說 傳遁隱 維英 



木 箧殿安 ,TS 縣) の ^ 

木嘗殿 安 吹 (上水: 鬼 無 Si 村) 

きな さ むら なさ あ ぶき や さんちう 含 そ どのお ぶき よ お ほ いまや 

鬼 無 里 村 鬼 無 里 の 安 吹 厘と いふ ところの 山中に, 木 曾 殿 安 吹と 呼ば れ る 大きな 岩窟が あ 

けい けん おく ふか けん その £ へ し ぜんせき はう しゃく すゐ ぼん どうじ 5? 

る。 徑 八十 間、 奥の 深さ 四十 問、 其 前に、 自然 石で 力 六尺の 水盤が あり、 かつ、 この 洞 上に 

なおれ 、 みづ どうこう お や:. -:〕 す, C5 し! § うつく おも と ち 

流が あって その 水 は 洞 口に 落ち か \ つて 簾 をな して、 水晶の 美し さ を 思 はしめ る。 土地 Q 

ひとお ち » す ね れんの たき しんぷ とうき き そ よしな か なんの ち ほらし な c> 

人達 は、 水 簾 瀧と いって ゐる。 (「信 濃 奇勝 錄」) 「信 府統 記」 に、 『木 曾義 仲の 二 男 後に 原 信 濃 守 

よししげ い ひと よしな かう ちじに とき ぇラ せう ひ ぐちの じらう て づか のたら うと も この £ お .si 

義 重と 言 ひし 人、 籙仲 討死の 時 は 幼少な り、 樋 口 次郞、 手 塚太郞 供して、 此邊に 落ち 下り、 

きな さ あぶき や しの のち おほし ほむら しろ かま きょ わう の S どの 

鬼 無 里 安吹屋 とい ふ處に 忍びて、 後、 大隨 村に 域 を 構へ て 居住す。 これ を 王 野 田 殿と 稱せ 

み とほ よししげ しはら このき そ あ ぶき しの しろ かま Js S. 

PO 云云。』 と 見える 通り。 義重 は、 暫く 此木曾 殿 安 吹に 忍ばれ、 やがて 城 を 構へ て、 窃に再 

*_な はか *J、 ろざし え し つた さんちう その ん 

舉を 圖 つた けれども、 志 を 得ないで 死んだ と傳 へられて ゐる。 山中に は、 其荒墳 がぁリ 、 

まま はら ぎ そ どの fe A も o じゅ だう のこ 

牧の 原に は、 木 曾 殿が 逮て たと 言 はれる 文珠 堂が 殘 されて ゐる。 (口碑) 

水內橋 (上水 內 郡水內 村) 



說傳柱 人 



k © かみ み ?さ ほリ さらしな ひぜ湣 9 しま ) ほ"、 3^ ; い. はせ < つ/) ? V . トぉ ほ 一 » ^ほ I : &、 る 

信濃國 ゼ水內 郡と 更級郡 牧野 島との^ 兩 岸の S 突兀 として 相^る ff; ハ の^れに 架 1? 

.* © ちょし またな くめ ぢ ぼし まが 9 ばし せんにん はし しゅ も ベ はし ぉ§ じぼし いは はし よ ず. fi 

か m 亂は、 おの^、 久ぉ 曲 橋、 仙人 撟、 撞木 橋、 丁字 撟 などと 呼ばれて I 

き こう な しふ ゐ しふ くめ ぢ ほし はし 

から、 奇ェを もって 鳴って ゐる。 「拾 遣 集」 の燊路 橋と はこの 撟 である。 

う も さ なかむ し はし /「へ コ情!ぉ^ 一 ノ 

捏れ木 は中蟲 ばむ とい ふめれば くめ ぢの播 はこ ころして ゆけ。 vs^s^ ず。 ) 

1,. う "まくり: .*を また やまと かつら ** 

この I、 3|把 お 寄」 に は、 『久米 路橋信 濃。 能 因 歌枕 在 レ 之 云々。』 とい ひ、 叉、 大和 葛狨に 

どう <s き せつ い やまと なかた こと よ » しなの- なかた は L - る, • • rx 

同名の 說が あると 言 ひ、 大和 は中絕 ゆる 事に 讀み. 信 濃 は中絕 えざる に 讀め りと 見えて ゐ 

pa へ 4,、 和國來 の 岩 撟は、 一言 主神, の造ノ さしで、 能 二 「^£f& 一て、 

る i ると ころと いふ。 〔「大和の 卷」 參照ヒ さ^. ば 同じ 1*-S*K」 に 

岩 はしの よるの ちぎり もた え ぬべ し あくる わびしき か つ らぎ の 莉。 (舂 富 女 S 人) 

い また うんえ ふ US よし ふ 

. と 言 ひ、 叉、 「雪 葉 御 築」 に、 

おも た とし く め いは 

とにかくに こけの みだれと 思 へ ども 絕 えて 年 ふる 久 * の 岩 はし。 (後 驗哦^ ) 

と 見 ゆる もの なぞ は、 信 濃の.! 內撟を 詠んだ もので はない やうに ^ はれる。 「六 帖」 に、 『力 

ま ノ X みな やまと しなの ちめ いかう • 9 

つらぎ やくめの つぎ Is …… 』 など 詠める もの、 皆 大和で あるら しい。 「信 濃 地名 考」 に は 『今 一一 

あ^ か はちの のく y いし か は ひ ほリ ひらいし めら さんじ ゃづ い はは-し 、:. lr - . > , : 1, ?.tt^ 

按す るに、 河 £ 國石河 郡 平 石 村の 山上に 石橋 あり c 其濶 可-五 尺 - 長 七 尺 許 右 少缺 

ホ 內 mis 野縣) 信 濃の 卷 



說傳柱 人 



* 內 SIS 野縣) 信 濃の 卷 

、T み ラ ち 

上若& ^版 者 四 雨 端 稍隆似 n 攔基 「形勢 將 a 及 ー1 南 峰 1 寳 1K 造 也。〕 といへ り。 爰に、 水內の はし 

(V^&W^\^W1^T\ ど じんしゅ もく はし しんせ レ > 

§1 お i!1-」) 土人 撞木 橋 ともよべ り。 むかし、 き 仙 あまくだりて、 掛け そめたり と 

その *> かう ことば た この ぢ. 《49 ざん さい:^ は みづ お ほく 

いふ。 其奇 巧言 葉に 絕 えたり。 此地、 兩山 はなはだせ まり、 犀 河の 水たまりて 落ち、 かの 北 

がい はん ぼく かけはし にし ひんが し かた ゆ こと 第3 し まが i お ほ はし 

纏の 半 腹 をう がちて、 梯 酉より 卯 の 方へ 行く 事 五 丈 四 尺、 それより 曲り て、 南へ 大撟を 

み なが § しゃく ひろ SJJO しゃく らんかん たか § はし み. o じんじ 8.5 みづ 

旯 わたす、 長さ 十 丈 五 X、 廣さ 一 丈 四: <、 攔 柱の 高さ 三 s<、 橋と 水と の あ ひだ 尋常の 水に 

へきたん ばんく わみ きも かう し絮ぁ ひ あみお つく 

て 五丈餘 にいた る。 碧 潭盤渦 見る に 肝 すさまじ。 巧 匠 相った へて、 七と せに 一 たび 改め 造る 

i あん はし ちリ よ w« レ ひ くま むらみ 

所な り。 按 する に、 いは ゆるく め ぢの橋 これなる べし。 地理に 據る に、 東に 氷 熊て ふ 村 見 

ゆ。 i は i の喾、 i あお は ほじ。 (お^」 a 和 >檢» 名 も 比/^) r 地 は、 いにしへ、: & 

ひ、ま、 ちに き でた るぎ や。 (Kgs 【磨く 鉀〕まと"ょ〕め「 お葉」) いづれ にも、 鹉 のく まべ の i な 

くめ ぢ な /「佳,^ 2 ほ 一^- 3T ,J 乍 ら o ^ み 

れば、 來目路 の 名むな しからす。 (&:^<5 翻, ps"。 )』 と 見えて ゐる。 

い^ か み のち はし なが けん がん わく く いし プ, * にし ひお レ さんだ. 9 

今 架けら る-水 內^ の 長さ は、 二十 一 間、 岩 上に 框を 組んで 礎 とし、 西より 東に 棧道を 

っぺ まほ みなみ はリ u« S へ はし わた は r けん し sw おはまち 45a 

造り、 それより 回りて 南に 梁 を 出す こと 九重に して 撟を 架す とい ふ。 幅 二 間 四 尺、 大町 • 長 

かん わう らい あた かう つう えう ろ わう じ このはし ど らく か. またはし か 

野 間の 注 來に當 つて、 交通の 要路で あるが、 往時 は、 此橋、 一度 落下 すれば、 復橋を 架ける 



£ けう ざ い く 555- を S — 

と とが^^ない なぞと, ひ^ へられて ゐ たので、 橋材の 朽ちん とする を 窺 ひ 修めし とレふ 

- ,、*Jt<- » t こ きう ナ. I なら き S しな さい >>* せっけ t 

七 f 铌に^ 轍され るの が ii で、 ^にガ 古の 舊^ に 傲うて、 その 規を 失なない。 最初の 設計 

都 は、 游が て な1 の 二十^に、 から^^した^^? PT であると いひ^ へられで ゐ るが、 

とれ は Tl^」 に、 『推 古 帝 一 一 千年 、百 濟國歸 化 人 有 n 白癩 1 ,ま 文 叉、 巧掛 1! 長 橋 T 令 レ造& き國 

ち 一 河 國八脛 長 橋、 水內曲 橋、 木 襲梯、 遠 江 國濱名 橋、 會津闇 川 橋、 兜 岩 猿 橋 等 其 外 一 百 八十 橋 ぉ云 

一 KO』 とおえ るのに まった もので、 それらの^ 船は詳 でない。 古く、 「日本 &」 は、 『響 夭 蛊 

1 一 十 年、 自^ 濟國- 有 n 化來者 T 其 面 身 皆 斑白、 若レ 有-白 癩 1 中略 仍、 令 ヒ 構" ー須彌 山形 吳橋於 南 

しる かれ とく 、 みのち: ^レ 

駿 T 時人 號&人 一 曰】】 路子 HT 亦 名 n 芝 耆麼- き K。』 4 記して ゐる けれども、 彼が 特に 水內櫞 

, な 二 ノる お めいかう ちょ..; &» 

の 1 ^都で あり、 |水ム であった ことに ついては 何も 記す ところがない。 「信 濃 地名 考」 の 著者 

就 1 斛 i は、 『^嫌の はじめ、 た.^ のた くみとも^ えす、 かの、 み、 ち、 こ、 のた くみな どや 造り そめ 

おくせつ す 

ナん とお ぼ ゆ。』 と 貧って ゐる けれども、 またもと より 一 つの 臆說 に過ぎない。 「信 濃 奇勝 錄」 

か その へんみ^ か ラす ひぎう お 

いふ もの、 掛けし よし。 其邊 民家の 臼 挽歌に 

* 內 橋— (長 野驟) 信 濃の ® 



說傳柱 人 



* 內 橋 |( 長 野縣) 信 濃の 卷 

みのち はしお, か .4 く か さか ど Q し ま どの 

水 內の橋 は 誰が 架けた、 隱れ なく 香 坂 殿と 志 摩 殿。 (古 民謠) 

3 い- X おそ ご ぶ V- きう 匕う じ. さ. 

とうた ひた^。』 と 言って ゐる けれども、 これ は、 恐らく、 その後の 復舊 工事 を 指した もの 

I と かく > ねんぶ い > いぜん しなの みのち はし かいだ <1 けう /pat 

であるら しい。 兎に角、 その 年代より づ つと 云 前に、 信 濃なる 水 內の撟 は、 海 內三撟 (Ml 

费、 ^ M^fy とな, , , 1 t し じ M ぶ 

黼、 ills, 水&。 ) の 一 と唱 へられて 最も 古い 歌枕と なって ゐ たので も 知られ やう o その 時代 

へ 夭 正 年間 左大臣 從 一位 リ ワ^こ』、 

獠信 , \慶 長 十 年 關伯氏 長者。 ) の 歌に も 

く、 せ』 ぢ はし なか ちぎ 

せめて さは 久米路 の撟を かけ そめし 中の 契りの なげきと もがな。 

み ふるし ふ 力し ふい はし かさ か し ま 

と 見える。 まして 古く 「拾 遣 集」 に 出で たる ほどの 橋で あれば、 香 坂 どのと 志 摩 どの は、 

ふくき うこう じ じん K ひと 

いづれ 復舊 工事に 盡 力あった 人と するがよい であらう。 

はしう へ のぞ へきり ち-いは か ばし 

撟 上より 望めば、 碧 流 岩を嚼 みて 奔り、 『百 尺 險崖千 尺 水、 長 橋 影 動褂飛 虹、 不知 此勝誰 能 

寫、 詩自絕 言 晝失ェ (武 内王纖 )。』 と 詠んで、 桊を 措いて 嘆ぜ ざるべからざる 絕景 であると い 

しか まが ぼしき かう ま Z でんせつ せん あまくだ か あ J« 

ふ。 然も、 その 曲り 撟の奇 巧、 全く 「古 傳說」 に、 『神仙 天降りて 掛け そめたり。』 とい ふの 當れ 

,まお."? - I きんばう ふ S_5I£ いは W うぐう. S は はし せいほん ^つ. しう か $ 

るが « はれる と。 近傍に、 不動 岩、 龍宮 岩な どが ある。 橋の 西畔に は、 勝 海 舟の 長耿を 刻ん 

だ 碑が 建てられて ゐる。 



しなの くに ひもと たか くに みね そ、 ひ ^まかさ 

みすす かる 信 濃の 國は 日の 本のく ぬち のうちに いや 高き 國に しあれば 峯 聳え 山 重なり 

ひさかた くも ゐ ちか と とり いほ マ ゆ はし 

て 久ず の 雲井 に 近く 飛 ぶ 鳥 も つ ば さ をた わみ あら かねの 巖 ふみ 行く け も の す ら 走る をな 

^にか は なが きした か h , ごと わ ふ • ^ . S 

やみ 谷川 はくる めき 流れ SBi くけ つれる か 如 そ はたちて 渡る すへ なみ 路 たえし ところ 多 

なか みのち はし かみわざ / ^、っ^ いはね し とこ く ^し 

かる そが 中に 水 内の 撟は祌 業に なれり ときけ り 百 傳ふ岩 根 を 床に いと 奇 しく かけし 櫞か 

45 よ te- す もろびと ぐ さぐ さ よ ^ 

も 萬 代 も ゆききと たえす 安らか に ふみなら しつつ 諸人 の ゆきか よ ひて そ 種種の 世 を は へ 

たか し ひと , かみわざ ^ , 

ぬらしい や 高き このみめ くみ を 知る 人 も 知らぬ もな へ て 制 業と たたへ て 仰く かけはし そ 

これ。 (「碑文」) 

ご ほしう へ い つな おも でんせつ — みやお. ほい K- し, - I かお やま y わ.?.^ 

その後、 この 橋の 上に 言 ひ 傅 へられた と 思 はれる 傳說 について 宫川勇 氏 は 片山寬 氏の 

えいぶん ぐ さ ちょしゃ しゅふ,、 ざいれ う とも は.^ , > い に ^ 、 ふ、?^? や, > 

「英文み だれ 草」 にある もの を、 著者に 種々 のお 料と 共に 報ぜられた 今 暫く 考 を 止め 

み のち ほし ひと ゆしら でんせつ ぜんぶん の お 

て、 水內 橋の 人柱 傳說 としての、 その 全文 を 載せて 蘆く、 

ぎし このはし さみだれ き せつ く ごと こ ほ なが, .、 k L ぬ i ゆん^ 

『昔、 此撟 が、 梅雨の 季節が 來る每 に、 毀され たり、 流された りする ので 遂に 村民 

こう は なん か は かみ いか リ 1 -こ化 つ、 »-5 

は 困 じ 果て &、 これ は、 何でも、 河の 神の 憤怒 を 招いた の だとい ふ 事に 評議が 付いた が 

そのい かリ な だ す こ HE. か I J » 5 » 

さて、 どうして 其 憤怒 を 宥めた もの かとい ふこと について は、 少しも ゆらな 力った 1 

* 內 橋— (長 野縣) 信 濃の 卷 



說傳柱 人 



* 內 襦〜 「長 野 o 信 澄の 卷 

ち 》? しゃ ち ひとり i I い » おれお ち か は かみ さ 5 たう け. ^卞 

ると、 智惠 者で 立てられた 一人の 古老が 云 ふに は、 『これ は 倚 達が 川の 神に 相當の 敬意 ¥ 

i いか ふ U んど はしか AI き.' めら II 

を嫩 はなかった から、 それが ために 怒りに 觸れ たの だ、 今度、 撟を 架ける 時には, 朽© 

もの ひと リ ひとはし _c か は かみ そな . , 、- かき.^ が: I . ^a^^ - - ) > 

者 を 一 人、 人柱に して、 河の 神に 供へ ねばならぬ 併し 咎 もない もの を犧牲 にす る C 

ふ びん しう じん リ よ 5 rr^ 

ま 下, だから、 H 人 を 利用す る ことにしよう。』 との W- であった 

はなし この むら む &tf づ ま ク M かぞ ス,』 す,、 :3 I . ^ 

話 か はって、 此村の 村 端れ に、 貧しい 百姓の 家族が 住んで ゐた その fs! 姓に はお 菊と 

か あい i せい いた きく あい . この か あ い こ ひぶ - : 、 , 

いふ 可愛い 小娘が あった。 その 百姓 は、 太く お 菊 を 愛し、 此 可愛い 小娘 を 喜ばせる ため 

►<i 一 も 1- をし まど せ. 5 んぁ^ かな. き- ^ぐう なに V ひ WI 

に は、 何物 をも惜 まぬ とい ふ^で あつたが、 赤貧 洗 ふやうな 悲しい 境遇に は、 何 一 つ 娘 

«3 で き 

を 喜ばせる こと も出來 なかった。 

し る まつな つ ひ しゃ ゥゃ うち あ づき .< う, ほに 4e > ^ » 

それから 昏く たった ある^ 夏の 日で あつたが、 庄屋の 家の 小豆が 一俊 何者に カ盜み 

さ そ 5こァ ク なす めつ ち じ だい し? さや あ t># 

去られた。 其 頃 は、 盗むな どと いふ こと は 滤 多に なかった 時代だった ので、 庄屋の 小 S 

を^むな どと はもっての ほかの 罪悪 だと 各人に 考 へられて ゐた。 で、 かう した 事件 は、 

す むら ぢぅ し わお しず やさめ もちもの ぬす い あ, くみほ , しろ f の 、 - K^J.^r> 

直ぐに 村 中に 知れ渡り、 庄屋 趿の 持物 を 盗むな どと 云 ふ 極 惡不敲 な 奴 は ー體何 

i-w4bo あやし も © むら やくにん まだ ねっしん さラ さく 

^者 だら うと、 S まぬ 者 もな く、 村 役人 は、 又、 熱心に 搜 索した けれども たうとう 



說 傳 柱 fy 



ま,: > こん てお- みゥ M5J あるひ ゆ ふ ひと リ むら やく, にん, k ,k や」 * 

舫 仏の 手褂り すら 見付からなかった。 處が、 或 日の 夕が た、 一 人の 村 役人が、 わが 家へ 

か へ とちう れい ? な いへ むすぬ I S $. まんに ちぶ かま-: ゐ - > . 

歸る 途中、 ふと、 例のお 菊が、 他の 家の 娘に 『私の 家で は 毎日 赤飯 を 食べて 居ます』 と 

5- £と ふい f ゐ き しきげ ふ がら やくにん びん ぼ ふにん きく おみ 

云って^ りかに 吹聽 して 居る のを聽 きつけた。 そこ は 職業 柄の 役人、 貧乏人のお 菊の 錁 

ま Ac ちお, &ま- お ぜ. 3. たく でき ふ. しぎ こと うな: S ひ ► かれ ナ〕 

^が、 每 Si 赤釵を 食べるな どい ふ 變 澤の S 來 るの は 不思議な 事 だとい ふ 疑 を、 彼 は 直 

&if おこ かれ や そのむ ね はう とら . み, - > S5i きく お^; ぢ.; 

ぐに 心に 起した。 そこで、 彼 は、 庄屋へ 其 旨 を 報じ、 铺 へて 見る と 全く、 お 菊の 親父 

が、 わが 娘, 慰 さの ために、 小豆 を盜ん だとい ふこと がわかった ので、 お 菊の 父 は、 そ 

らう ハ t うき はい I , あめ いくにち ぶ 

のま 乂、 { 牛に 入れられて しまった。 すると 間もなく 雨季に 入って 雨 は 幾日と なく 降り 

or れ * X や のち^し お なが あめ や あらな はし つく ひつ 

續き、 例に 恢 つて 水 內撟は 押し流されて しまった o で、 雨が 止む と; 新しい 撟を 作る 必 

t ろ きま ひ; 5- つ?, v! ど^ ひとみ ご くう しう じん お W こと 

要が 迫った が、 それに は、 いつぞやの 評議 通り、 人身御供に 囚人 を 立て やうと いふ 事に 

をん みん きく ち i らう や ひきだ はしぐ^ んぉ レ.ぷ う^ , ) !3 . t 

なり、 村 I はお 菊の 父を牢 a から 引出して、 撟 :% の 下に 生 a にして しまった すると, 

ざ あ!? -i そり ふ きん たち;^ しゅ V.S いだ o ある も Q はし J- お あ を , 

其當 座の si、 其 附近に は 忽ち 種々 の 怪談が もてはやされた。 或 者 は, 橋の 下に 靑ぃ 火が 

t み い ある も S- また か は なか ひと ff. i& .u ) • » ほんみ:^,, 

立つ の を 見た と 言 ひ、 或 者 は、 又、 河の 中で 人の 泣く 聲を閜 いたな どと 言って 村民 は 

ひど f う ふ おそ ひく み のちば し わた も © お と ^ • > . , > » -3 • ^ 

酷く 恐怖に 籙 はれ、 日暮れてから、 水 內橋を 渡る 者 は 殆んど 無くなって しまった。 それ 

ポ 內 欞 —(長 野驟) 信 瀵の卷 



說俥柱 人 



* 內 橋— (長 野燧) 信 濃の 卷 

から^、 おもや、 ぉ跏 きな 嚇が, に瓛 まった。 とい ふの は、 あ酽 にも まだいた いけな lg 

-リな )*5レ この こと きく は-" 、 そんみん たち 一 1 

お が^に なった とい ふ 蹄^^で あつたが、 此 事に ついては、 お 菊の 母 も, 村民 達 も 

お^のお のが 啦 におた された の は、 ^く、. お^が、 無意識に 赤飯の 事 を しゃべつ たから 

それで、 殿お の お をお る やうな はめに なった の だと 思 ひつめ、 太く 悲しんだ 餘 

おひ. (とき た うち かの ぢょ おし い ときく 

りこ、 ! § さうな つたので あらう から、 追々 時の 經っ內 に は 彼女の 啞も 癒える 時が 來る 

しん しか き も: i S つた はづ そのち X し 

の だら うと、 ごく かるがると 信じて ゐた。 然し、 その 期待 は 全く 外された。 其 父が 死ん 

だ^まし い から、 i おは lil をも激 せす、 醻 かな 微笑 さへ も、 其鹅 しげな 顔に 漂 は 

しぶよ さ f. は- aA しつほ- ぁ改 

す こと さへ i いやう になった。 さう した 不幸 事 は、 お 菊の 母の 心に ひどい 失望 を與へ 

+. » なげ も だ ち. - し あと じぶんて — * 

たが、 それで も^は、 が を 鶴め て欽き a へながら、 父が 死んだ 後 を 自分の 手 一 つで 

» p t -1^3- ユ-ゥ > A ノーね ふせ い とレ 

お 被 を^で、 おも^くまで II いで は、 ^くに 其 日^ n の锇を 防いで 行った。 かう して 年 

m は^つと なしに 雛って、 おはお も 十七の H りに なり、 その ぇず1 の 美 は遣憾 なく I! 

I: され、 お li の^の 献を鵷 る弒^ で、 お^ を 一^お やうと 足 を 緩めぬ 者と てはなかった 

b ひ ^ ,p z きく をつ と も- 

お、 ^おは として « を 一ず はない^であった。 母 は、 お 菊に どうかして 良人 を 持たせ 



說傳明 說名地 



a> も ^か うつく おし ひ つま * き,, ^0 

て やりたい とぎった けれど、 如何に 美しく とも、 ^の 娘 を 妻に しゃう とい ふ氣 になる 者 

ましし!? -56 > きく A へ のき た- *?- 92 もみ ぢ なが とり うた 

はなかった。 i 秋の が si、 お 菊 は 家の 軒に 佇んで、 美しい 紅葉 を 眺めながら、 鳥の 歌に 

A. -』 *3 そこ A と W . か M? ぅぞ きか - -- . きじ な き, -<} f ^ 

て & たらしい。 すると、 其處 へ、 一 人の 猿人が 來掛り 雉の 啼 くの を 聞 付けて、 銃 

をお して ズド ー ンと 一網 網 鹏 すると、 ^れ にも 雉子 は 地お に 落ちた。 その 始 き を 見て ゐ 

たお li は、 雜 にも に^^り !3 した。 『お まも II つて &れ は^は まきで あつだ 

B しやべ とう ころ ふた ひ ほ.^ ひと に A >^ ^5 , 

もの を。 ぁ&、 が は 喋 舌って 父さん を 殺した から、 ー冉び 他の 人 を 殺さぬ 様に もう 诀し 

A, 1 き きく くち ふた- ♦ ふう しゃう かのちよ y - 

てが を I: くまい。』 かう ぞ つた 限り、 お 菊の 口 は 再び 封 ぜられ て、 一生、 彼女 は 一語 を も 

かはなかった。 G. 英文み だれ 草. D 

や お らう だ S 

彌 太郞髓 (上水 內郡水 内 村) 

鬚 i から 十 t ばかり i つた i に、 M 繼 钃とぞ はれる ところが ある。 i は、 麓で もな 

く、 ii でもない.。 ^^の W 慰、 ^^の して ゐる ところから、 SI: の^ i 怒 漲して 奔 一 g 

る こと! < の やうな ところから、 鶸 の^が, たの だとい ふ。 その 形^ 百 千の 雷鳴 地 を 動かし 一 1 

鑼太酈 翳 —(長 驟) 信 濃の 卷 



說傳明 說名地 



つ S なしの 駄— (長 野縣) 信 濃の 卷 

ひぜ はく てん つ / とうやう お ほお^つ ぼ & \£ さんちう だ § 

て 響き、 白浪 天を衝 いて 縢锬 する さま、 まったく. R 瀧 壷の 奇觀 である 山中から 切り出す 筏 li 

き ひとたび しづ またろ か で このと き そま ひと ,いは あぶ f ふた ひ > か だ ^ 

は、 こ i へ來て 一 度 は 沈み、 又 浮み 出る。 で、 此時、 杣人 は、 まづ 岩に 飛び 上り 再び 筏の 

うか み > ま たとう つ い 

浮む の を 見て、 叉、 飛び移って 行く とい ふ。 

つ,. 1= え" ろく ねんち う S? ち C ゆうしお にこ じ まや た らう ぢん えい ざいもく ね,? く. はじ £ の 

傳へ ていふに は、 永祿 年中、 越後の 勇士 鬼 小島 彌太 郞、 陴營の 材木 を 筏に 組み 始めて 此 

おき の W さが ここ, や おらう だき な おこ > /口.^. 「3pgt\ い k 

瀧を乘 下った ことがあ つてから、 此處に 彌太郞 瀧の 名が 起った ので ある (奇 ) と 言 ひ 

銜 へられて ゐる。 一説に、 又、 彌太郞 とい ふ 者が 筏 を 踏み はづ して 此處に 死んだ より 名づく 

、, との や お らう れい その ご こ こ し にん れい とも れ.^ びと ねん • ど 

とも 言 はれて、 此彌太 郞の靈 は、 其 後、 此處に 死んだ 一 一人の 靈 と共に、 筏 人 は 一 年に 一 度 

お祭りせられ ると いふ ことで ある。 (「信 濃奇 驂 錄」) 

やしろ 

ク まなし の 社 (上水 內郡妻 科 村) 

H で- 、、、、、やし t /«Mf.K.i4F と \ きうつ まな. しめら んぉ くメ ) - - % 

「八 雲抄」 に 出て ゐる つまな しの 社 (麵^ 。下) は、 舊窭科 村 (^か ) にあって 此社 

つま 。がみ い しな S めいかう つ. まし 力 、>、 、 、。 » k k . ^ 5 

は、 妻な しの 獨祌 であると 言 はれて ゐる。 「信 濃 地名 考」 は 『妻 科と つまな しと い 力で 混す 

べき、 これた 丈娥 事の 言に 似た. 9。』 と、 此 土俗の 言 ひぎへ を排 して ゐる。 &す るのに、 「三代 



說俥姥 山 



ssi」 に、 『,il if 一一 m、 授 I 五位 ま 同 五 年、 妻 科 神、 授-從 五位 さ。』 

と^えて ゐる。 「き 都^」 におえる 妻? Is;! である やうに 田 I はおる。 

おん ぱ みやう じん 

阿 姥明神 (上水 內郡芋 井村) 

I? おん ほみ i ん とな . お" ま^ ^>,t 、、い^ Ifk 、虫 倉 山に 大小 ある y 

^^に、 闭姆 k 神と 稱 へられて ゐる蟲 食 明 斜の祠 は 小蟲 倉ば 〈その 小蟲倉 山な リ: の 山 J 

fcp まビ とほ と XJ ろ やまうば 

にある が、 この i は、 MiMI の 1 を I つて ゐ ると いふ。 こ. - より @遠 からぬ 場所に 山姥の 

がんで ゐ たとい ふ鉞^ がニ獬 ある。 一つ をお^と ^び、 一つ を 今 洞と 呼んで ゐ るが. 古 ® は 

. , ->fc いま どう ふるどう うへ すう 

ま +1、 きさ 4i ぼば か-、 聽 のぎ S にぎと いふ ことで ある、 今 洞 は、 嘉 の上數 

十お の" il 一の^! にあって、 ^から I ぎ^る ばかりで ある。 ^から (|ぽ ハ年) 百年ば かり 以 

t» さんきよ >f 、此山 居隞、 後に 责| 村 高山 寺と い" ズ、 ff、 』ts.^u が、 ? n 洞の ガに: fH む や 

前、 山 居の 儈 た? IH の 寺に 住って、 三重の 塔 を 建立した。 、 力 Iff グブ う. つ 

うにな つてから、 その! i まで!! の, f でゐ たさ 良お は、 これ を ま 厭って、 何處 かへ 移 

つて^って しまったと いふ。 で、 殿^ i、 に は、 おきな 足跡が あった もの だが、 今では p 

それ も おられな くな つてし まった とい ふこと である。 (「信 濃奇 K 錄」) 

坷姥钥 神— (長 野縣) 信 濃の 卷 



說 傳石霾 • 馬 神 



馬屋の 神馬 (上水 內郡蟲 倉 山) ー| 

むしく^ じん ほこら ちジ さ H どへ だ こま ま や ケ:? 

蟲倉 明^の 祠 から 二十 町 程 隔てた ところに、 駒の 馬屋と いふ^, が ある。 この 都す て ±\ 

»u% す むし くら ゆ ま さんちう ノ /) 50 お 05 t メ 

昔から 刹 馬が 棲んで ゐた。 蟲食 山の 山中た またま^ It をお る^が あると いふ。 ^でも、 竭は 

ち ひ をな が f み 

小さく 尾の 長い こと 五 丈ば かりに 見えた とい ふこと である。 (「信 濃奇 £1 錄」) 

たい こ いは 

大鼓 石 (上水 內郡 小蟲會 山) 

小蟲倉 山の 山つ づき、 K の^に、 が^^と ^ばれる || さ 四が 1 の | 群が あるが、 ^お 影^ 

に は、 丸 洞穴が 二つ あると いふ。 ^の& つへ は r かが で^れる けれど、 B の^へ は lr ことが 

出来ない。 その 下の^の £ ロ徑 ニ瞰、 漱さ 八九^ば かり、 :&^ へ^やつ てお f で いっこ、 

まる どう たい こ おと た ひと おどろ ^ . - 

丸 洞 は 太鼓の 音を立て &人を 驚かす とい ふこと である けれども、 P 思き な^には、 た ビ^つ 

たので は 鳴らす、 結縷 草の根 を 切り 敷いて 打たなければ きが だとい ふこと である。 かう すれ 

ば、 其 音 は、 高く 高く 響いて、 ぎく、 i のよ い n» を^つ に^ならない とい ふ。 で、 ^にお 



說傳腿 • 住: i 



ぉど&と もぎ ばれて、 II の 謹 鶴な どに は、 10^, H みに 打つ 音絕 え 

す、 その m、 r 下の ,まで S く 離え て、 ^ず I くと いふ ことで ある。 或 入の 

i に、: S を &っ零 I のて S の说 ft ならす と 鼾 はれて ゐ る。 §瀵 寡 g 

一二 寵 (上水 內 郡蟲倉 山麓) 

• i ひお X あ^. * くち く 

^Lm^lKW の!^、 戴|, の^^の 纏に、 ーラ-髗 と^ばれ る 赞ル が ある。 穴の n 七 

I て 二お も あらう か、 その 漱 さの 鹅は、 き^ 她る ことが がまない と 言 はれて ゐる。 ^穴の 中 

- 5 ち うせ 一 や 

に は 魅歡む (gf 談國」 怪) とも、 M 媪^ む C 口き とも 1 ず はれて ゐる。 雨中 晴夜な どに、 いろい 

ろの 露が あるが、 がに きえ 2f れ るので、 きも «k も、 1 ニ靆 i づ くこと を 去け て 

b ると^: ふこと である。 0. 信 濃!: 異奇談 b 

たん ^う す 

端 藏 主 (下水 內郡飯 山 町) 

' r &メノ 3 ゑたん まっしろ はぬ こう i だ 

^snoi^, 議 1|ぎ 懇 であった。 惠端 は、 松 代 震 A 田 

S 竈 二 ISHIS 野縣) 信 濃の 卷 



鱗 *i— (長 野 g 信 濃の 卷 

氏の 出で、 庶子であった が、 fl^fff f. 爵 きをず g え - 

たんざう す も 卜-しせ.: > し &.> -0 一 2? 

てゐ た。 端 蔵 主と は、 即ち 惠端禪 g の 庵室で あつ た、 ところから のかで あると いふ こと e あ 一 1 

B/ , はく^- ん ぜんし あ fe/v ノ は^ ^ 

傳 る 白 朦称師 は、 この 惠 端の 嗣 法 ザ あると いふ。. 

説 一 惠 は、 ぎ I くつてから は、 を i み、 まふ た | に は、 if いへ fig は S 

臥床と し、 その上に 雪の 降りつ む事數 X におぶ の も きらす に 職 つて ゐ るの を、 邈 一! く^が 鶴 

いて 祭り 出して 助けた こと さへ あつたと^ はれて ゐる。 き1 の g の^ f は、 ^!! の^^だと 

t > f -tf ほば みぎ を か まつ う しま ? し - 1 

レ ぶこと 其 傲の 右の 岡に 松 を 植^て、 下に 座^ 石と いふ Q が あるが、 ^^は、 ^^で^ g 

したと 言 ひ i へられて ゐ る。 き ,しの i に は、 $ の綮 がきって ゐる。 き霸こ 

S い.? た ふ ^u. ゑ V ) し 5 

裁 松 塔と 題す る もの は、 惠端 の ゆで あると いふ。 その 蘇^に、 ^の^^が^り つけられて 

ある。 

師諱慧 端號道 鏡嗣, 一法 於 至 道 無難 禪師ー 本姓 源氏 眞田某 甲 炱孽子 蒙 一 于信 州鈑山 先主 松 

平 遠 州 食 家, 十九 s 家 ま 侍武陵 至道菴 主, 受ぁ學 ig 方, 親 試,, 法 味 i 主 欲 &fc 住- 

東北 新 道^師 堅 辭還, 鄕共, 母遛棲 有- 陳尊宿 之 風^ 主 諸爲レ 建い 寺 師不レ 許 只 求-安 禪地ー 



食 便 賜, 一 境 名 小 畝 山 正 受禪菴 1 師母爲 レ尼曰 11 李 雪 1 有-一大 智見 1 師 亦敬畏 吾白隱 先師 卽, ー師 

正 印 1 者 也 並 1 一世 宗覺臨 湾 鏡 水 K 泉 定岩等 同參禪 受記師 一 生韜: ^ 老不 レ顯亦 H< 下 無 I, 知- 1 其 

名 1 者よ 師曾紹 11 五 祖三生 之 志 1 自 喚"! 栽 松 翁- 亨保六 年 辛 丑 十月 六日 騰書レ 偈詠レ 歌 大笑 而化 

壽滿 11 八十 1 未路 天明 元年 辛 fi 四月 法 孫 東 嶺圓慈 謹 志。 

あ.;? ちう ちょ 5J*5 しょ ひぎかん おん しん ざう ぶく いう > さ 45 ま 矮 f ぶ > き 

戯 おに、 の あが 若 ザ、 惠 端の 奠像 一 幅 を 有して ゐる。 左右に 狼 を畫 いて あるの は、 

ま,、 * し b ぶん あつ をら て かま しぎ じゅら うかん そめさと M.^» —ほかば : ^ m . , 錢 

m& の S ^を 集めた 「達 羅 天签」 に、 『正 受老漢 は 其 里へ 狼 の數 限り もな く 来り 集りて 

ヒ き ノょ! まら よ ざ あか これ かれら ^か きんじ ^. *k 

をせ し 1 に、 所 * の 墓^に、 七夜まで 坐し 明したり と。 是は、 彼等に、 翳 筋 耳の 根な ど 吹 

.6 51 とき し &*> ね.? くふう さう ぞくかん だん いな みめ う!? , / ため > ま を \ :3 - 丄ほ ✓ 

きす れんす る 時に、 正 念 工夫 相 續閬斷 あり や 否やに 矯し 試みん 爲 なりと 申された』 と 記され 

こ o 4 あが よ な はくいん ほんし めいさつ 1 

てゐ るので、 比 意を畫 いた ものである。 世に、 名 だるる 白隱 の本師 として, 名刹 を V とって 

>& ^£ チ さ 5 もう - >2 ふくき よ よ まう けんく わ っぽう 3 よえん ^^か J\ もの み J , 

|| を歡 き、 4 を 草莾に 委ねて、 こ &に伏 居した の は、 世の 盲攀瞎 棒閬閻 を誑嚇 する 者に 視せ 

たなら ば、 天&啻 ならす とい はれる 種の 偉人で はあった。 (「信 濃 奇勝 錄」) 

じゃク くわん あん 一 

靜觀庵 (下水 內郡魬 山村) i 

驟 觀 庵 |( 長 野驟) 信 濃の 卷 



說傳所 居 



靜 鼸 餍— (長 野驟) 信 濃の 卷 

5 ひやま まち じ s^v.g あん い > ゑ たんぜんし とく しお .3*5 じゅ あん さんぜん & おレ »3 へ 

飯 山 町に 靜觀 庵と 言 はれて ゐ るの は、 惠 端ぎ 師の德 を 慕って、 正受 庵に 參, し、 惠 端の 

き 、ゑち ご え S がん じ ぉ\- プ き はくいん ぜんし たいご はい s«a - ^ - 

を聽 くべ く、 越後の 英岩 寺から、 はるばる 訪れて 來た白 隱禪師 の 大悟に 入った 庵で あると 言 

はれて ゐる。 

はじ .S ひやま 12 プ き と *s はくいん かあつ おちば わくら ば せ 

始めて 飯 山に 訪れて 來た 時、 白隱 は、 搔き 集められた、 落葉 病 葉 を 背に しながら、 とぼと 

おに ま い ひやま はう かへ く ひとで あ そう み はくいん ぜ^し 

ぼと、 谷間 を 飯 山の 方へ 歸 つて 來る 人に 出逢った。 僭 形の 姿と 見て、 白 I ぎ師 は、 すぐと、 

ねっしん もんだ ふ ねっしん -V "く かへ のち はじ はくいん & おん かし. 

熱心なる 問答 をし かけた。 かう した 熱心 を 三度 繰り返した 後に、 始めて 白隱 は、 惠 端に 侍く 

ことの 出 來る御 弟子と なり 得た と 言 はれて ゐる。 

あさゆ ふ しう! わか はくいん ゑ たん なんもん つね きう つ ひ f つぼう 

朝夕の 修行に、 まだ 若かった 白隱 は、 惠 端の 難 問 に、 常に 答に 窮 して ゐた。 溶 に は、 絕望 

おんし ¥ じゅ あん とだ ぜんと しあん さつ いひ やま まち あど い 

して、 一 且正受 庵 を 飛び出し、 前途の 思案に 困 じながら、 钣 山の 町はづ れを迎 つて 行った。 

を 9 ^ろ あき とり. S れ どき うづた か つ あ こくもつ そ ば ゅ< す& こと おも 

折し も 頃 は 秋の 敉獲 時、 堆 高く 積み上げた と ある 穀物の 傍に、 行末の 搴 など 思 ひわ づら ひな 

fe ふ うしろ 1 そのこく もつ も 6* ぬし このへ,? つち U ぐ 

がら 仆れ てゐる 背後から, 其 穀物の 持主であった 此邊の 百姓 は、 いきなり、 槌 でもって、 穀 

もつ ち し *p し はくいん こ ゑ え .S だ > その ま. * おそ しぼ ぜっそく i. 

物ぐ るみ 打ちのめした。 百姓 も 知らす、 a 隱は聲 も 得 出さす 其傣 恐ろしい 暫 しの 絕息 者と 

产 I ふ. しぎ くち い よつゆ 5_>t よ. < がへ KM5 じ はくいん さと ^0 

化って ゐ たが、 不思議 や、 ふと 口に 入る 夜露の 情に 甦 つた。 と 同時に、 白隱は 悟り を 開い 



說 傳姝蜘 



f ? t し: > 30 へ" 說ん. 白隱は 鈑 山の 町 はづれ で、 油 寶 に銜赏 ) 

たのた と 言 はれて ゐる "リ、 其 油に 滑って 大悟 徹底 I たと も 言 はれて ゐ る。」 

お^ な j 一. & U ん C ち のこ こ せき はく^.? た .S ご おんよ き ま, 

Mmi とか も M く、 今日まで 殘 されて ゐる 古跡 は、 白 i の 大悟した 場所 を 記ぎ する ために 

建てられた ものである とい はれて ゐる。 (口碑) 

v§x てう JJ はくお 山 を I レ f 、s ,錢 闺沙 蟫師、 明 ft 五 fe. ナ ニノ :、 : 、 び^ ひ瞎 

かう して 豁然 超 悟した 白 酽 和尙 ff^M^^^K- W は 間もなく 钕鄕 駿河國 

ほら 》J き ^へ レ んじ 1 はふ せんし 《?J う つ くわ もん^. S ざ つ. > とき i:^? プ^ . き ► 

に i り、 松 i 寺に 住して、 法 を鮮承 公に 嗣ぎ華 園 第一 座の 職に 就いた。 時に 年 僅に 一 ェ十 

一であった とい ふこと である。 (「續 ^^叢 話」) 

お ほ ぐ も 

大細妹 (下水 內郡飯 內在山 口) 

s ひやま にし ち考 まぐち へきち うち わう に > ► 

飯 山の 西 十六 七 丁、 山 口と いふ 僻地の 內に、 硫黃 とい ふところ があった 

ま ら ォ.5 る .& きょ さび い わう ち おやこ ふた W ぐら ま * つ 0、 つ *:k kf .►,, 

がの 1 つた 嶮蛆 な、 家居 淋しい 硫黄のと ある 地に、 母子 二人 暮 しの 貧しい 農家が あった 

こ . わか tf-o し いた づき むと ま 

その子と いふの は、 まだ 若い 男子で あつたが、 ふとの 病氣が ながびいて、 一 間のう ちに 寢 

んで& たが、 ま々、 『き蛛 がまる、 蜘蛛が 來 る。』 と 言って は、 悶え 苦む の を 見き ねて、 S 親 は マ 

まな こ や 上 L> こ くる か 2 

1 も 離れす に、 わが 子の 病 ひ を 看と りながら、 どうかして、 ゎが子の苦しみを輕くしてゃ^ - 

大 踟 铢— (長 野驟) 信 濃の 卷 



說 傳蛛蜘 



大 蜘 铼— (長 野 驟〕. 信 濃の 卷 

かん ご おこね くも く やおな み しか £ 

たい ものと、 看護に 怠り はない の だけれ ども、 蜘蛛の 來る 姿と て は 見えす、 然も わが 子 は 

あ ひ くもく くもく い くる と S とと 

相 も か はらす 、『蜘蛛が 來る、 蜘蛛が 來 る。』 と 言って は 苦しみ 通した。 さう して、 かう した 事 

A くこち つ い む ろん い やく おし けつ » くも くる - 

が、 幾 5! も續 いて 行った。 無論、 醫 藥の驗 なぞ は 決してな く た^ 蜘蛛に のみ | 古し まされ 

は K おや ま *1 にち こ くる さま み 

た。 母親 は、 毎日の やうに わが 子の 苦しむ 樣を 見る につけ、 もう、 あるに も あられす、 飯 山 

あ を かんぬし をが はし もと い き.^ つ 乙 » その ふだ く: も』 く ► ► とぐち^ L — • K,^ 

有 尾の 神主 小川 氏の 許に 行って 祈 禱を乞 ひ、 其 札 を、 蜘蛛の 來 ると いふ 戸口に 貼って、 踟蛛 

こ , とぐち i はなた *SJC は" 

を來 させない やうに してし まった けれども、 をの 戶 口から は 來す、 貼って 無い 他の 所から 這 

5- くし まつ は-おや また を い , すうまい ふだ i こんど 

入って 來る 始末な ので、 母親 は、 又、 有 尾へ 行って、 數 枚の 札 を 請 ひう け、 今度 は、 ぬか リ 

ど U と は P つ .ST こく, k KI 

のない やうに 戶每に 貼って おいた けれども、 佝時 ともなく、 何 所から 來る とも わからない 蜘 

も わが こ くるし やうす は-おや ん 一い せ ほ むね 

蛛は、 やつ ぼり &子を 苦ます 樣子、 母親 は、 ー體 これ はどうした ことで あらう と、 狭い 胸^ 

,せんねん かん a§ 力ん 9 き » > H 

つぶしながら も、 た^、 專 念に、 た ゆみな く 看病に いそしんで ゐた。 かう した 念力の、 やが 

つう は-おや & くも は わお f« ねめ-^ , ^ ,き 

て 通じた ので あるか、 母親の 目に も、 蜘誅の 這 ひ 渡る 姿の 眼に 見える やうに なった。 然し, 

ちくし S.3 め とら とき はや 4 く-み > / m 

『畜生 奴つ。』 と、 柿へ やうと した 時には、 逑 くも 隱れて 見えすな つてし まった 佝れへ 行く 

に みち は す ど U み ひそ if, さが も g 

とて 逃げる 道 はない 笤、 何處 かへ 身 を 潜めて ゐ るので あらう と、 あたり を 細々 と 探し 索め て 



說 傳蛛蜘 



• ^ . 一 メ JS ノ,^ お ま < も ひそ み だ . こんしん JP5 ら 

ゆ つたと ころ、 褥の 下に、 いと も尤 きな 蜘蛛が 潜まって ゐ るの を 見出した。 渾身の 力 を篛め 

おれ ほや f くも おさつ" しか fe み ひと W おう , x B ほ 

て、 縱は、 i くも & しい 蜘蛛 を 押へ 附 けたが、 然し、 あたりに は、 亂 一 人應援 して 來れる 人 

み ほ-おや ひと リ でき、 しはら ) . 

影 さへ 見えなかった ので、 母親 一人で はどうす る こと も 出來す 暫く ためらって ゐる うちに 

ずき i な 經&の によって、 母親の 身 は、 忽ち 蜘蛛の 絲で 縛られ 出した。 幾重 ともなく、 

&が は、 I! く 殿 i で、 ゆき 齷ひ 1: した。 やがて、 母親 は、 だんだんに 餘で縳 り 上げられ、 眼 

、 チ ま ,^§ あや くも せ" こ TV ✓ 

も朧 ろに 霞んで、 此儘 にして は、 ^ち、 怪しい 蜘蛛の ために、 卷き 殺されて しま はれさう に 

み i- おや しに ものぐ る ち. 5.2 ふる くも 署 て S - .» H おれ- 

見えた。 母親 は、 これで はならない と、 死物 狂 ひの 力 を 奮って、 蜘蛛 を兩 手に 摑み 庭に お 

だ i $ きんりん ひとたち , おす よ. I I はか, -ぃ > : ' I S - - > 1 4ft 

ち 出して、 聲の 限りに 近隣の 人達へ 助け を 呼ば はった。 隣家と 言った とて ^くても 一 丁 は 

/だ. W うへ ナん した け.? いへ ゐ あは ひとたち Z , > ^ 

隰 つて をり、 それ も、 上に 一 軒下に 一 軒と、 ちらばらの 家に 居會 した 人達 は それでも 遙 

S かすた すよ は-おや こんかぎ き > 、ま ゆ; I ん ; V や? :、f? ?、 

かの 向から、 幽かに 助け を 喚ぶ 母親の 根限りの 聲を閗 きつけて 驚き 不審し 毎 手に 斧 鉈 

§ ほし あつま き み この や ほ-おや おそ I .illfc I - - ^ 

など を携 へて 走り 集って 來た。 と 見れば、 此 家の 母親が、 恐ろしい ばかりの まきの 絲に卷 力 

しか お まぐ も とら まな 35t ん めい さけ > r- さて » ま S? 

れ ながら、 然もな ほ大 蜘蛛 を « へて 放た す、 一生懸命に 叫んで ゐ たのであった 扨 はと 集 一 3 

ひとたち i き この や むすこ $ ,、せ^ • ぷほば い : 、 SlSS , r 、 II* 

つた 人達 も、 これ こそ 嚼に閗 いた 此 家の 息子 を惱 ます 曲 物よ と 大勢して S 菊 を 助 W て 

4< 縐 錄 ー( 長 野飇) 信 濃の 卷 



說傳明 說名地 



高 弁 郄ー( 長 野驟) 信 濃の 卷 

おも くも つ き さし ま み よ また くら く も お if 

E3 ふま \ に 蜘姝を 突き 切り、 刺 切りに して 見れば、 世に 又 比ぶべき 蜘蛛 も あるまい と S ふば T 

お ほく も T 

かりの 大 蜘蛛であった。 

くも た いぢ, しだいし ゼぃ むすこ I z k だ — 

蜘蛛が、 かう して 返 治されてから は、 次第 次第に 息子の 病 もお こたった けれども, 渾身の 

ひ らう はな は ほね か は や めいと と 

疲勞は 甚だしく、 骨と 皮ば かりに 瘦 せおと ろえ ながら も、 ^くにして 1 命 は 取り止められ 

び 55 ちう くもち す み から だか はは かす おび.^ 

た。 病中、 かの 蜘蛛に 血 を 吸 はれて ゐ たものと 見え、 身體の 皮の 兀げ 耕れ たと ころ 夥 しく 

8.MJS へいゆ のち © さは をん せん に ふよく つ ゑ あり を き かむ ナこ 、を が は,^ I 

病 平癒の 後、 野澤の 温泉に 入浴すべく、 杖に すがって 有 尾に 來た とき、 彼の 息子 は 小川 氏 

fe ぶ しじゅ 3 きわ もの! S た い I /ruing 我.^ ン 

のと ころへ も 立ちよ つて、 一部始終の 奇話を 物語って 行った とい ふこと である。 (lg > 

き このち やま い 乍き いわう ごんげん まつ しんし した ^た > W- ^ 

聞く ところに よると、 此 地の 山の 預に は、 硫黃權 ^を 祀る种 fi が あり、 下に 又 里祠 

その へん いし そのいし した むかで" お ほ t> > なかだか ) , • 

も あり、 其邊に 一 つの 石が あるが、 其 右の 下に は 娯蚣が 多く 接み 中に 大 なる もの は 

すん あん このち だんこく あつ ふゆ ぢ ちつ むし し i , ; 

六 七寸も あると いふ。 按す るのに、 此地 暖國の 暑さ なれば、 冬 地蟄 する 蟲の 死せ すして 

とし < お ほく も こ むかで ちゃわ 

年 を 藤る もの、 かの 大 蜘蛛、 此の^ 蚣の やうに 長す るので も あらう。 

高 井 郡— 高 井の 名義. 



. ? . 5 - 1 / P み とうなんあ. まや^ ま おかね お ほくら キま おか くら やま > くぼ 

SJ、 「ま襁 ぎ に、 『4勢き とおえ る。 『^iii 旷の高 根より、 大倉 山、 高 倉 山 三國 

m (上 毛 越後) まで Mi なり、 きま^に^ に、 聽^ を ib たり、 れ ii 八 郡の 水を^ ゐて柬 北 

に^^す。』 と、 ri^i^lil に& えて ゐる。 ^はおお 二! I にわか たれ、 上 高 井 郡 は 一 町 十四 

2 しもた かゐ ごき 4? そん 各う , か > ほつ-ほ f^lg ほ 、今、 上 高 井 郡に 1| して 

p Tli=^ き は、 一 町 十九 村 を領 して ゐる。 上下 兩 郡の 中央に 高 井村 〈ゐ る。 昔 は、 高お 野 村 

^"體^!^ の) が あるが、 『^も、 におんで、 一^の^と なれる なるべし。』 (SS 地) 

4 グ i. ま 'ゐ / t、 v つ/、 fe どこス ぎ この ュほリ ゐ のう^ 

とか は 丄てゐ る。 ぎす るのに、 一 I 井の 名 は、 山の 下の 田處 とい ふ義 であらう I 此^ 井上 

(醉^墻) とい ふ警 r ある。 これ も、 の^の^であって、 勿論 上の 窓で はない。 

め おに 

一 ゥ 目 鬼 (上 高 井 郡須坂 町) 

鬼 (肚 の Ife おの 遞 くに、 一 つ ^魃 の^が あった。 塚の どに、 櫸の 朽ちた 株が 

\ ク/, HB- とくが. H じだい ^は ごろ 

傳 あつたが、 ^い ,怖 に、 辦 | の^とも^ へられす なって しまって ゐた。 で、 德川 時代の 半 頃 

、 傩 かの で、 ^^の^を | つたと ころが、 SI に^^のが 避に 弒れら れてゐ た 不思議な 髑髏 -5 

說 が 1 つ きりだされた。 變っ fe が 鍵 4 あって、 霸の やうな ましい i きの 鹏に は、 あるべ 一" 

j つ 目 鬼— (長 野縣) 信 濃の 卷 



m 傳 咀 呪 



保 料の 星 塚 |( 長 野驟) 信 濃の 卷 

ノ C 、へ 『雨 眼の 痕は 腐く、 ^あって 穴に あらず、 其 中に 小き 离 あな】 ぁリ たリ』 

きと ころの 兩^ は齓 くして パと 文化 十二 年 五月、 その 地に 遊んだ 「信 濃 奇勝 錄」 の 著者 井出 道 貞翁は 雷つ 一 • 

て b\ i ) なか \)\ i I 5 は あ r はう * 一つ ぞくく -U 

"ひ) 額の まった ^中に、 flo の 形 をした 穴が 一 つあった。 上腮の あたり、 鋒 骨簇々 とし * 

ようい め さいぶつ ほ おこ にん^ あや おそ 

て、 容易で ない 一 つ 眼の 怪物の 形で あるので、 堀り 起した 人夫 ども は、 怪しく も あり、 恐ろ 

おも う くだ じ そう と 乙 *o よ おに な 4/» 

しく も 思って、 打ち 碎 かう としたの を、 寺儈が 止めて 乞 ひ 受け, これ こそ 世に いふ 鬼の 観で . 

はこ を さ こ ちう ひ のちよ つお U. 

あらう と、 箱に 收 めて、 庫 中に 秘め、 後の世に 傳 へたと 言 はれて ゐる。 (「信 濃奇滕 錄」) 

め おに このほか いづも ふ ど * 

一 つ 眼の 鬼に ついては、 此他、 「出 雲 風土記」 に、 『昔、 或 人、 大原郡 阿 用鄕作 11 山 田 7 于レ 

時 目 一 鬼來食 11 個 之 男 7 所 食 男 云、 阿 欲、 阿 欲、 故 曰 11 阿 欲 T 神龜 三年 改レ 字寳 i 阿 用 1。』 と 見え 

てゐ る。 (「出 雲の 卷」 參照) . 

ほ しな ほし ,ゥ か 

保 科の 星 塚 (上 高 井 郡 保 科 村) 

^ へ 「ゆ 名抄. f 德" っ^お ま、 S^DM^ へ闘覺 山 讎陀院 と^して、 延德 元^保ン 

保 和 1科 【保 之奈〕 t の S,,J^ は e?^. ネの 廣^ 寺 ク科彈 正正 利の 開基で あると いふ。 ) にある 

そ けん を しゃ t ざい じ だい やの ねいし お ほ ざう リ げん DS しほ fcf だんじ U くせい い おと 

楚 腎和尙 在住の 時代から、 鏃石を 多く 藏 して ゐる。 俚言に、 『昔、 保 科 彈正惡 m を 射 落して、 

ほ しづか きづ い いら. S その へん やの ねいし レ S 

星 塚 を 築く。』 と 言 はれて ゐる。 それ以来、 其 逡に鏃 石が あるので、 これによ つて、 昔 は、 屋 



銳 傳咀呢 



t まし.^ A, ほっくつ やの ねいし くわ 5 はくい w ほ そ. S じ ^ ' / 

まとも、 sis^I とも き かれた の だとい ふ。 發 掘の 鏃石 は、 灰白色の もので, 屋銷 石と 言 はれる 

こ と v.^ ほしく そ らくせ. いせき い. ほしな か ーり, じ i 

ものの やうで あると いふ 事から 考へ るのに、 屋銷 一に 落 星 石と も 言へば、 崖 無の 借 字に もと 

づ いて、 ^けられた ぎ;^ であらう 2SSS.0 と 言 はれて ゐ る.、 4 い 一 說に、 保 科 家 立 九 

f もん この ほ しづか 5 ん ねん で I . u- ) ) o 

曜 の 紋は 、 此星 塚の 因緣 から 出た も ので あ ると も 首 はれて ゐ る 

露 は、 IIOI^^ 保 $ 存、 お 乎宇 知. 糜、 議 I 無 木お 

D がう ど ふる がう 1 わ, I ほ . み, ^し は I ^ 

I; 比 無 乃、 神戶村 存、) の 一 つで、 舊く は七鄕 であった。 その 「倭 名鈔」 に 見える^^ の穗 

たかぎ ほしな ほしな ほしな > -t* ^リ^ 、 > o 

は、 高い 義で、 保 科、 星 名、 星 無な ど は 皆 借 字で ある 

ri お iip に、 『壽永 一 一年 五月、 加 賀國越 中 境倶利 加羅岳 源平 對陣、 信濃國 虽名黨 有- 對 

陣 T』 お、 r^i」 に 、『元 曆 元年 七月 廿五 曰、 保 科 太 郞屬- ー賴朝 公一 き K。』 同じく、 「東 ki に、 

『文治 三年 一 一月、 1 一品 遊, 一 于三浦 介 義澄亭 7 聽 一 ー郢 曲? 時 保 科 宿 遊女 長 爲ぃ訴 、在-一 鎌 倉 T 今日 召 

二 彼 遊君 T 有 一一 容貌 S 絶-一 舞踏 詠歌 T 云云。』 と 見える。 

ほか 誉 となん ぜんじ かいざん だ^ fi く, し k おな まし、 ん^ > ^^u^^u^^r >» 25 こ、 lis. & 

この 外、 京都 南禪 寺の 開山 大明 國師も 同じく 妙 心 寺の 開山 闢山 國師も 共に 此地 T 

あぎし 所 MQ ひきある とい ふ。? rii£B!:、il 鼬と いふ。 lsfe.il r 

保 料の 星 塚 ic 長 野驟) 信 濃の 卷 



說 俥咀呒 



保 斜の星 塚 —(長 野 縢) 信 濃の 卷 

禪 寺無關 普. 門 國師、 姓 源氏、 信 州 保 科 人 云云。 東 福寺聖 一 國師之 法嗣、 弘安 三年 渡海、 正縻 

中歸 朝、 同 四 年 冬 化、 歲 八十 號, I 怫心禪 師?』 又、 『關山 國師、 名 慧玄、 r 延 寳錄」 に、 『京 兆 正 法 

めうしん じ き しんしう ま しな j 一か^ * し 

山 妙 心 寺 開山、 慧玄 國師、 世 姓 源氏、 信 州英產 也。』 と、 『妙 心 寺の 記』 に は、 『信 州 保 科 高 梨 

の まご あ 

之 孫。』 と 有り、 『紫 野大德 寺大燈 國師之 法嗣、 延文五 年 冬 寂、 八十 四歲、 賜,! 佛心覺 照 禪師ー 

み ぎ あんなん ゐん こくし どうろく 

賜" ー謚 本有圓 成國師 1。』 と 見え、 矩菴南 院國師 「同 錄」 に、 『名 g 國姓 不詳、 信 州 長 池 人、 怫光 

!pg 法嗣、 東禪寺 二世 也 長 池 水內郡 在。』 と 見えて ゐる。 

しな り き レ ぶぅスべ まお こ ち き. S づ でら と きょみ. でら とき おな -!' 

「信 濃 奇勝 錚」 に は、 又、 『此の 地の 淸水寺 は、 京都の 淸水 寺と、 峙を 同じう すと 云 ふ。 

ほんぞん せん ぢゅ i のん ながさ しゃく は SSS ふる もの だう i なむら まろ こん リふ で, )40 

本尊 千手観音、 長 八 尺、 甚 古びた る 物な り。 堂 は、 乃ち ffl 村 麿の 建立と いへ り。 「 傳記」 

^は *3べゎ^む<て>ぃ之んリゃく ねん ためらし f ぐんとうい せいはつ とき しんぐわん よ だいどうぐ ちおん たう ざん 

に 曰く、 『桓武 帝延曆 二十 年、 田 《 將軍 東夷 征伐の 時、 心願に 依って、 大同 元年、 當 山に 

I で^^ 力 ^Av^ - は g じ や そうしゃ こんり ふ あ み だ さん 5,; こく ゐん きょみ づ でら 

七 種の 殿堂 三曆塔 三十 餘 の;^ 社、 三十 三の 傺舍と を 建立して、 阿 彌陀山 護 國院淸 水 4! 寸 

なづ きよた でん ざん く, やう しえん そのご へいく わ あ ひつ r しょ だう でん ざん くわ はんさん めつ パ ま 

と 名け 許 多の S 山 を 供養の K 綠 とす。 其 後 兵火 相 S いて、 諸 堂 ffl 山 過半 散 減す。 ^に 

* ん ぶ 】ろ だ^ おくの ねん、 镜 lvnT,Nrhv..L.\ なかの ゐん, 化巧 や;: ム! 3&ズレゝ\ : り S うのた うへ/お?^.! zrj yr\ これ そ o 

存 する 所 三 堂 あり。 奧院 ", #》 ) 中院 ; m ) コ舊塔 ) 是 なり。 共 

^» ^ ^ . ルょ > Is^a だう、 I- でつ; 一ろ ねんぶ, っだラ しゃか だう ,> せう しとう のち こんり ふ i 

藥師 堂〗 一ヶ所、 匿^、 麵、 念佛堂 釋: 堂 十箇の 小祠等 は、 後に 建立す る 所な 



り。 一?。』 と、 iiGW に、 0msf a ^に、 £sts 

> * ま まい *it* づ でら ご ちう ざ >5 3 

ありし が、 !:ぉ の 臨に か、 二 ^はおせ てな し。 ケ 一枚 ありて、 淸水 寺の 庫 中に 藏す』 と 

いふ 記事が 見えて ゐる。 

女 夫 石 (上 高 井 郡高甫 村) 

漱 がなります InBfe の、 編に^い との 條らせ 鐘。 (盆§ き 

その 龍、 is で 一 1穀しかっ あ^は、 ゲ^ h ハ、 ぎお るす、 さそ はれて、 始めて 

むら で 1 : o 

村の 盆 踊に 出た。 き 

^ラ た、 職うた、 II が 観うた。 おのれお のれが 拍子 とりどりに、 ひ ^ けたる 鉦う ちなら 

, つき わか な こ あ,、 r y ' 9 

し、 さし *づ る 月 もろともに、 若い^の 聲カ すんで た 

0fpft ^tfu$ しほれ た 草 を 機に 乘 せて、 下から 

_3 ノノ i ノー r ち な ざけ ほな いま 

おれば! II、 ぎら &れ ば 儲の i、 lig のき f て も 散る が、 情の 花 I 今ば か W 

り。 (盆 踊 唄) 

女 夹 ¥1 ハ長 野 縣) 信 濃 の 卷 



tfe 偉 石 靈 



* * 石— (長 野驟) 信 S の^ 

5fe こ ゑ は あ むね れんげ さ 

唄へ お 十七 聲 張り上げて、 隞の蓮 花の 開く やうに。 

婉曲お 敏 をり に ふれて、 いと あはれ なる g の^は、 うらぼん 鍵" の^に 避 ひて、 1き の 殿り 

なげ ovu If 9 ^ 

ある こと を^く ので あらう。 まだ 若い おる す は、 自らす 人んで 歌 はれ 乂ば こそ、 た^^ 



ぼん? B なか 

すば かで、 盆 踊の 中に ゐ たが、 

ぼん ぽん ま ^ん ts ん す な こ ま 

お盆お 盆と 待つ のがお 盆、 お盆 過ぎたら 何 待つ だ。 

5 た こ ゑ ふし もんく ひと き リょぅ eic 

歌は聲 より 節より 文句、 人 は、 鏢 致より 心い き。 

こ, ぞ, ) ^ ち こ とし くね 

去年の 秋 まぢゃ 地ば えの さ \ げ、 今年 十六 垣 ほし や。 

うた す、 かの ぢょ はづ £o M も A1 ピ 

と 馱の 進む につれ て、 彼女 は 恥 かし さう にしながら、 それでも 一 i と共に g つて ゐ た。 

かた やくそく, 5- しゃ までら いし ど だい 

堅い 約束 石山 寺の、 石の 土臺 のく さるまで。 

ぜん § じ ssfo ほん おも *r; き 

善 光寺 平によ しなら 二 本、 思 ひ 切る よし 切らぬ よし。 

, ^ - % お ほ わか &?sfe ち いちだん く は 

默が 段々 碎 ける 頃に は、 多くの 若い^ 達の 一 K も 加 はって、 

ぼん ちか ふんどし *f b» ね く 

盆が 近よ る 禪 や 切れる、 屋根 はもって 來 るか \ はらむ。 

おん P ひとはし お はし しな おんど 

音頭と る 人 橋から 落ちる、 橋の 下で も 音頭と る。 



靈 

傳 



とうち 辩ビ た。 かがの 隣り にも、 何時の間にか、 男らしい 人が 加 はって ゐ た。 



f くう Z わかしゅ さま 1 な, あそ、 ぼ^.' > 

踊 W すな 小 若衆 樣ょ、 女の 夜遊び 盆ば か" 



ひょいとお るす が^の!^ を かた 時、 男 もお るすの # を 見た。 まだ 若い 美しい 男と、 美しい 

がな は、 ^を^ はして、 ^を 1 した。 お S ひ は、 船 かしい 心, を 顔に しながら、 それでも 踊る 時 

とき, t\ かた て, k ,p , > • -o 

に は、 時々 肩 や 手が 觸れ あった 

^が^て うれし、 かわい 11 さと! I ならべ、 魔なら ベても、 す 念に 添 ふやら、 添 はれぬ や 



ら。 



^ -C パーき 》s : く き だん 

一 離が i ふ- i も、 おる すに は、 時に とっての 皮^の やうに m かれた、 そのうちに、 一 園の 

Mi は、 おる すが、 かう 4 ふ I に はま だ 馴れす に、 聲も 立てす にた ビ恥 かし さう に 踊って ゐ 

つ -" う-一 や こま 

るの をお もしろ がり、 いろいろ にして 歌へ 歌へ とせがん で 止まなかった。 た^さへ 困って ゐ 

るいたい けさ を、 ,きなお 避よ と §1 つたが、 各 も 知らぬ おる すの 小 若衆 樣は、 ひき 受ける や 

うにして、 

S うた うた で 、ぶせ、 k で a 

歌へ うたへ と 唄 せめられて、 唄 も 出 やせで 汗が 出る 

女 袞 石 J 長 野 縣) 信 錢の卷 



き傳石 



* 夫 石—:: 長 野驟) 信 濃の 卷 

うた こ ゑ じ まん むら な ひと u 

と 唄って くれた。 聲を 自漫 さうな 村の 女の 一 人 は、 すぐに、 

うお リ リ うた ぎ リ 

唄は理 でつ む理は 唄に つむ、 わたし やぬし さの 義理に つむ。 

^ ひと ぐ おんど と いき 

と 後 をつ ビ けた。 よい それと、 人々 は 音頭 を 取った。 おる す は、 ほっとして 息をついた。 

さ, ち さ お つ ほみ よ 

唤 けば 散る よと 哚か すに 置けば、 いつも 蕾で 葉の かげに。 

うた れい むら いぢ S1 

また 誰 やらが 唄った。 例の 村の 意地 わるの 男女 は、 

うた うた を ど あと 

唄 も 馱 はす 踊らぬ やつ は、 後へ しゃりし やりし やりの けろ。 

.で お て この ひ く to- おも しか こ わか. 

おる すの 胸に は、 手 ひどく、 此 つらあてが 響いた。 口惜しい と は 思 ひながら、 然し、 小 若 

しゅ^ほ ほへ ぼんく ぼん こ ゑ は あ おんど と うた にづ さき た 

衆樣 の^で、 湓々 盆と 聲 張り上げて、 音頭 取られて 唄 はふに は あまりの 恥 かし さが 先に 立つ 

► 5 ' » ' t よ かねな を どつ く うお つく 

た で おる す は 七つの 鐘ぢ やまだお ろか、 夜 あけの 鐘の 鳴る まで も 踊り 盡し、 馱ひ盡 さ 

ぼん を ど しふ だん かなお も ぬで その をリ ラジ こんや 

5 とする 盆^りの 集圑 から、 悲しい ^ひで そっと 拔け出 やうと、 其 機 を^って ゐた。 紺屋 は _ 

JS.C- ト ) * ^ , ' : . . わん! C , とき こもろ で とき -ま な うた 

燒 ける、 盆 かたびら はみ な si ら すの 音頭の 時 を はかって ゐ たおる す は、 小 諸 出 る 時の 淚の唄 

» ぽ たみ : - - > つま なら こ わかしゅ さま 

に は もう 妾 を 見せなかった。 と、 ^時の 問に やら、 おる すと 並んで ゐた小 若衆 樣も、 この.. 

しふ だん サぉな け 

集圆 のうちから 姿を消した。 



122 



ゲ! 1 は^の 十四^、 五,、 はやおが I けて 2! が^いた。 たった 一日、 それ も 夜^け 前から 

, ヽ を.' 』 い あさ f" へ 

^臌り を^け たおる す は、 五お のおに も^らす に、 踊り つかれたと 云って 朝 まだき に^って 

さ — 

來; で 

それから、 おる すの、 じの がが いて、 やがて I! は 秋草の 期 節に 這だった。 と ある 日 

おる すの^へ は、 らしい ひんが^ えて、 ^やら 戯 での 調 がむ づ かしい 樣子、 來る 時に こや 

かな Hi の纖 は、 いやに!! んで赋 つて £ く。 おる す は、 何だか 自分の ことが 氣 にか-つて、 

一つ, )ゅ さ 1 よ-ひ ま はなし こと 

こそつ と^! を, いて かると、 ^の その 夜の^ Si 衆樣 から、 嫁に 欲しい との 話を斷 はられた 

ナ、 - さ t - じぶん ほか 

の だと i いて、 おる す はた どた^ I しさが 先に 立った。 それに、 どうやら うすうす 自分 を 他 

へ^ づける やうな 棚 1 がはづ んでゐ る^お、 おる す は、 どうし たらよ いかに、 ほと ほと^が 

b » 4 f . i ) つぎ 一 ?ん 

^つた。 いっそ, けて m て、 ケ彭ま 樣へ きらう か、 いやいや、 次の 盆まで 待た う。 おる す は 

in 、,• -I ?〕 こ わかし- 9- さま ぁぷせ むお ^ ) 

^び^ん 1! まつりの、 小 Ik 檬 との 逢瀨を 胸に 畺 いた 

toggy f J I つ,, まし ぼん 玄 5! ん 

その 琴 あれほど きら ひだった、 ^躕の i を、 おる す は、 よく、 『お^お 盆と 待つ のがお 盆 

說 …; 。』 お g に g つた。 In ぎ g かしい も? i として、 おる すのお に 幻と 

女 夫 石— (長 野驟) 信 濃の 卷 



^23 



霾 

俥 



女 袞 石— (長 野 11) 信 S の卷 

寫 つた。 

ポん ゆへ もみ ぢ おもば き か は ま こ 絵し さむ 

さう かう する うちに 雁 も 露り そめて、 紅葉が 落葉の 明に 替 ると、 間もなく いやな 風 の 寒 

ふ,: f き ► あるひ = と ち、 もと よ とし か は た えん 

い 冬が やって 來た。 或 日の 事、 おる す は、 父の 許に 呼ばれて、 年が 變 ると、 他へ 緣づ かねば 

み 5 へ こと い き やさ た ち をと め ご£ ろ こ わかしゅ さま 

ならない 身の上 だとい ふ 事 を 言 ひ閒 かされた。 優しい 性質の 處 女心に、 おる す は、 小 若衆 樣 

やくそく ほ u き X i の^ん だん す- * /j とね ^ 

との 約束が 反古に なって 來 さうな の を 驚いて、 此綠談 は 進みません と、 きつ ぼり 斷 つて は 見 

たもの,^、 おどかされ、 すかされて、 つ ひそれ なりに 時を經 たした。 

, , み. うへ • » t かな ふ き とき こ わか レ 3!0 みう へ * - 

おる すの 身の上に かう した 悲し さが 降り か- T つて 來てゐ た 時、 小 若衆の 身の上に も、 不 

一し、.^ 4 > K ベめ、 >- ふ.、 わ! > さお えん もと S ねが ことわ タ し 

思議の 變 化が 降って 涌いた。 心 を 定めて 綠を 求めた 心からの 願 ひも、 理由 も 知らぬ おる すの 

^"5. 力 、 、 > » . ?ゥ」 ^ き とき » 1 ことう ら み また 

父親 力ら きつ はりと 斷 はられた と 聞いた 時には、 情ない 事と 怨ん でも 見た けれど、 又の 盆 

^ とま なに さう だん ろ ま. ま ■ 史ん 

に 逢った 時に、 おる すと 何 かの 相談して と、 これ も 心待ちに 待って ゐた お盆に は、 まだな か 

: > > つきひ, i 1んれ , > *5 ふけ ふ う i つら をが は う をつ! 》 f 

なかの 月日が 隳て をして ゐる。 今日 も 今日と て 憂さ はらしに、 裏の 小川で 象 釣の 折 を、 ふと 

^ - このち ご f しゅさ ま このと *- か あい う をつ りるも r f しゅ 

通り か ふられた のは此 地の 御領 主樣 であった。 此 時の 可愛ら しげな 魚 釣 姿が、 ひどく 御領 主 

3K?>4-AU - め,: > 、-: > の ぶ , » こわ かしゅ さま tijs しろ ,i ¥。fftil ようす * 

樣の 御氣に 召した とやら で, たって と 望まれて、 小 若衆 樣は 忽ちお 城のお 小姓 姿に 容子を |* 



124 



へた。 

メ-ま s so み ぶん ちが ひと 

かう しだ ^禅 は、 ^もな くお るすの 耳に も^ 人った。 もう 盆 はおろ か、 身分の 違 ふ 人と & 

つて は、 g して 辩び き はれる 事で はない と、 悲しみの うちに、 たうとう、 無理から す \ めら 

t w さ, み 

れて隨 へ 紙に ついた。 |敷 さうな II に は、 おる す も、 さすがに、 一夜の 情に たになら ぬ 身と 

なって ゐ たと は & がっかす に、 繳^< つてし まった のであった。 春に なって、 纏て さう した 事 

,- M で /,J さ と ふ h- し *\ 

に^の 化いた 转こ は、 もうどうす るき も 出^なかった。 いたつ きを 貴家の 父母に 被らして 呼 

びき へ ると、 鹏を i つて^の おの 纏 i をき けた ま I に は、 よほどた にならぬ 身 i になって ゐ 

た。 いろいろと si の 11^、 とにかく^ 4 でれ いれ s しく^ 輕 にも なれまい とい ふので、 事 

にか こつけ て、 赧^ の^で 14 に^び^へ、 そこで i 静 が^った と! - ひたて-、 それでも、 

S > としみ がる こと おも 3 

1 おる す は、 人知れ す 身齄に なられる 事に 思って ゐた 

r お 船で おお 娥 になった お は、 おる すの 家いだ こと も 知らす、 今日も^ きな 道と 許され 

4Kb - . 二 »± う つ wf 、> を W- とほ 

て、 敲 からき 一 i の^おのと ある^に、 憂さ はらしの 魚 釣 を 垂れて ゐる 折から、 通り か 一ぬ 

^ u 二 とぐち み うへ ぉづ W 

J かった はわが m の嫩 ぼであった ので、 1 やか やの 緒 口から、 それとなくお るすの 身の上 を 尊 

女 夫 石— (長 野 S) 信 濃の 卷- 



靈 

說 



女 失 石 jc 長 野 11) 信 濃の 卷 

すで えん このごろ び?. -き ほ やう う ち』 もど > こな > 

ねヒ ところが 7 ぎひが け もな く 旣に綠 づき、 此頃 は病氣 保養で、 實 家に 戾 つて ゐる 事から 

V . ヒ £ ひ. s-r-き み もち むら 、 一つ ほ a き > 

M のがに は戶 が^ てられぬ、 おる すの 病 氣は身 持に なった のらし いとい ふ 村での 噂まで 聞か 

されて、 ^ひ^けぬ 纖き に、 媽 は^はす 聽 をぎ みは づ して、 川に 落ち、 それき り 早瀨に 流さ 

Z る *、 > と おど 一 C つ つ ユタく 乙と だ 

れ たらしい ので、 知己の 人 は 驚いて、 あちらに 告げ、 こちらに 告げて、 援 ひの 人 を 出した け 

こ しキ 5 たす で さ 

れど、 たうとう お 小姓 を 助ける ことが 出來 なかった。 

と、 r^sl じ 時刻に、 おる すがお 產を濟 まして 勞れ にう とうとして ゐる 枕の 上 をつ と 飛ん 

で, くお^ 救衞の i をき にした。 『あつ。』 とぎ はすぎ を 立てる と、 s 親 達 は 何事 だと & けつ 

け て^た。 お、 すぶ II の^!^ 樣 がと ありし 次第 を 物語って ゐる處 へ、 誰から ともなく、 男 

がが がの 稱^ が^い た。 それ を險 くと、 きもな くお るすの 容 子が 變 つた。 醫師 よ、 藥 よと 

艇 いだ S4< も なく、 その^の^ おに 1j きお の^に つたが、 驚いた 事に は、 忽ち 死^が 飛び 

^して、 あれよ あれよ と I 心 ふ 間に、 k 手の 方に 飛んで 伃 つてし まった。 新く 人々 が、 その 行 

が を かって、 敲 新が から は 三 M のが 奧に 尋ね 入った 時、 おる すの 姿が、 例の 小姓の 溺死した 

とい ふあたりに 飛んで 來て がに 化って ゐる のが 見出された。 其 も、 何でも、 おる すの 石に な 



16 

2 



說 傳石繫 



つた もの,^ に は、 穀の !J が^って をり、 あたりに、 衣類 調度が 拔ぎ 捨てられて あつたと い 

きとで ある。 この II が ,なって、 その Is の ひ 人と i がー!: つた I に は、 ff. そ 

のおる すの^^ と^んで、 ^じ やうな^ が、 ぼっくり おって ゐる のが 眼に 止った。 これ こそ 

おが 櫞の、 めんで あの f の を、 その ま&此 世に 示した 紀念 であらう と、 その 時から 

m のお 1。 は、 ^二つの^ を、 14^ と^んで ゐる。 (口碑) 

や 力 上 TBI から、 か 上 み忍の£1 へ i けて うた はる に、 

i^fi き^^ は 1 けれど、 ぉ髌^ b はの 牆、 ¥ は 十六が はおる す、 だに S れ 

てきりょう よく、 ま 驚に? れる。 ^蒸に i がな く、 S 纖 へと 貰 はれる。 

観お 繼攛 へと 紙に つく、 ^にっきた る nl」 で、 お 慰の 上での ゎづら ひで、 あるじの 醫者 

にも かけて^ る、 あるじの 籠 も くれて^る。 ife の 相逄も 更にない。 藥 の效驗 もさら に 

ない。 さら いで^ を やれ、 一き の^に はお^ない。 ニ^の 文に も 返事ない • 三度の 

- . ゆ ふま まくらもと お:^ 

^のお 割に、 おる すの i き はどうで すと、 おる す は ダに紮 てられて、 枕許に はわが 親よ i 

^の鳐 に はわが 蘭、 ^の 傲に はわが ぉ縱。 ^いても 緲られ ぬ この 蒲圑、 挿しても ねづら . 

女 夫 ml (長 野 8 信 濃 の 卷 



説 傅 神 7X 



豳ひ籲 り^ |( 長 野騾) 信 濃の 卷 

くし うら まつ ほら こ まつ ほら こ まつ こ えだ ほと- す k¥ とり 攀々 

いこの 櫛よ、 裏の 松原 小 松原、 小 松の 小枝の 時鳥、 われ も 性 ある 鳥 なれば、 おる すの 行 

方 をお せて くれ、 はづを はなして はづ はいて、 おる すの 行方 を 語り ましよ、 腰から 上 は 

ひ ぢ ご、 こし しお ち ぢ ご y> おもき ごん fe 

火の 地獄、 腰から 下 は 血の 地獄 思 ひ 切らし やれ 權太 どの。 (手 鞠 唄) 

と ある もの は、 おる すに ついての た^ j つの 據り どころ を 語る もの だと 言 はれて ゐる。 

迎ひ髓 送り 髓 (上 高 井 郡仁疆 村) 

^ へ.^ 高 井^ 4! 躞村 【にれ いむ^】 大字 米 子の 地。 昔 3 , r ^い-、^ ほこお 5 C 邗 :ヒミ 

牙 T "米 使、 王 【よねの つか ひぬ し 3 に 出た からで あらう: 力ら 山 入り 谷 パに& う て 行く こと HI 

9 ところ すう ひタ VJ4 けんがん も はた まう へ 《- うてん *? か • か だち だう く お くだ 

里ば かりの 地に 数百 丈の 險 巖の峙 つた 葸 上から、 蒼天 直下の 貌 して、 e 々として 落ち 下る 二 

こ お ほ だき みなみ はう ふ どう だき よ 41 か ir§ ^た ほう ごんげん^き よ 

@ の大 瀧が ある。 南の 方の は、 不動 瀧と 呼ばれて 高さ 九十 丈、 北の方の は、 權 1 瀧と 呼ばれ 

たか SK- いづ がんぺ^ はな らく か おと さ K- とほ さ.:? や ひ わな なつ 

て 高さ 七十 丈、 その 何れも、 岩壁 を 離れて 落下す る 音の 癱き、 遠き 山^に 響き渡って、 夏な • 

さむ f はだ < »5プ か あは い 匕のお^ $ 1 

ほ 寒く 襟 を かき, 服濟に 自 ら粟を 生す と 言 はれて ゐる。 此 瀧の 麓 一 !三 丁ば かりのと ころから- 

こな ふ さ, け とき たきつ ン すいじん ; 2 あめ き a- ふ い と とろ 

難に 聲を 掛けて 叫ぶ 時には、 瀧壺の 水祌は 忽ち 雨の ごとくに 霧 を 降らす と 言 はれて、 土地 

もの ノ むか ^ よ, かへ とき とほ おな こ ゑ た こ ゑ したお うし 5 

者 はこれ を迎ひ 瀧と 呼んで ゐる。 歸る 時に も その 通り、 同じく 聲を立 つれば、 聲に 驚って 後 



^> -;? *sy e,. と ころ ひとたち まお おく HIM- メ, 3 ^ • 

からまの やうな 鼷の ぎ が^りか- -る。 これ を 土地の人 達 は、 叉 送り 瀧と 呼びな して ゐる。 二 

つの 離の 矓は 一, 離 i ケてゐ る。 難の^ には^ が ある けれども、 水垢離 を 取る 人の 饞居 

のと ころと^ くば かりで、 齢に はバ麟 もない。 六月 十三 日から 三日間 ネ 五日 ま S は、 此^ 

どう 4C う f そのと き かぎ さんけい ひとお せう » » 3 ヽ, '•„,*?:♦ r/k, -/ 

ii のお 祭で、 k 時 を 限って 參詣の 人 多少 あると いふ (「信 濃 奇^ 錄」) 

む ほう とう 

舰^ 縫 塔 (上 高 井 郡 II の 湯) 

1 繊 I の^の 8^1 ^ャ は、 I 射の I で、 ^き 五^、 ii へて、 i 元三 年の 草 

55 1 こ く. W ぜん し かみで う ぜんおう じけ.? なか に^おう ^ほ ^め 

. i であると ず はれて ゐる。 4ii 師、 P 條 の善應 寺に 掛 錫され、 田 中に 入湯の 暇に、 此 地の 

11戯 を禁 ねて を 辯び、 ^に! Is. と II へたの だとい ふ。 その^、 SI の 齡^、 ^る ぼる 

象. & こ うぢ ねん ^つも ふさんし に ふ ゐ厶 S さう どう し きぬ』 > 5 , k 之め て^、 , 

, m つて をった が、 二 始、 ぎ 杳禪師 の 入院から、 全く 曹 同の 宗漩 となった。 で、 此^で は 

4.n S ノノ v を なが Is* さ く b?5« ま (伞5 むら どうげん^ て. s ん タ^- す *? 、 > 

離^ を 4 まとして ゐる 0. 信 濃 奇勝 錄ど ので、 永く 南 佐久郡 前山 村 同源 寺貞祥 寺の 末で あつ 

t た。 ^ の斷 とい ふの は、 寺の 地の e! 泉であって、 莴病を 治す るに 効驗が あると いふので、 人 

^う く もの お ほ をん せんじ i^i に ふじぶ ち ふ で : し SJf- き >£、sss^ 、堅 石の 無ンミ 

^にぎる おが^い。 この 温 泉 寺の 住職の 入寂が 近よ る 時には、 自然 石の 無 縫 塔 (11。 ) か 

縫 塔!. S 縣) 信饞の 卷 



說 傳 吿 豫 



) m 此き 

<i の 寺 ま 

> M ぼ 



m fs 野縣) 信 濃の 卷 

ケわぃ ほし か は /.^IK^.MiJO, なが く " さんじん けん ほし 

外の 星 川 る。 ) から 流れて 來 るが、 これ は、 山 神の 献 すると ころの もので、 崖 I — 

げんくつ のが は おく くつの お ほぬ ま いけ じリ ながで く このい け くつの さは be 1^ 

源沓野 川の 奧、 沓 野の 大 沼の 池 尻から 流れ出て 來る もので、 此池 は、 沓野澤 四十八^ 

S くわ" 誉 せう ち すね しぶ ゆ このお ほめ ま リ f 

_ 集り 會 して、 十四 五町 四 ガの池 水 をな す もので、 谧の 湯から、 此大 沼まで 四 里餘ぁ 

/「1 一一 n#K 绍圣ノ いはくら ぬま ぴ は いけ とも こ .3. け もと くつの おは なが い 

る。 岩 倉 沼 琵琶 池と 共に、 小 池の 本 をな して、 それより. 沓野 川に 流れ出で、 

か りう ほし か は りう,^ き このな が くだ く れい せ .4.1 たぶ かく かふ その とき 為ろ しさ、 *T 

その 下流 星 川の 流域 をな して ゐる。 此 流れ を 下って 來る 例の 石塔の 格恰 が、 其 時の 住職の 氣 

い とき かく かふ のぞ 5; わ MV か はかみ ひきあ かへ お また あ ft:. ©« 

に 入らない 時 は、 格 恰の望 みを斷 つて、 一 二 m も 川上へ 引上げ 返して 置く のに、 又更 めて 裟 

とほ * きな ふ なが くだ い にぶ じ $v し せみ 一た ふ み モ くじ 

みの 通りの 石塔が 流れ 下る と 言 はれて ゐる。 かう した 入寂の 知らせの 石塔 を 見たら、 卽 時に 

いんきょ 1? 習め い いま かくじ だい ウレよ く だいだい 一 a だ. a 

隱居 すれば、 すこし は 長命 するとい はれて ゐる。 今、 各 時代の 住職の 代代の 石塔、 卜 四 五臺 

なら お. —いし *? が き とき はし ば なお とま 

も 並び 立って ゐ るが、 これらの 石が 流れて 來た 時には、 定 つて 撟揚と いふと ころに 流れ 止つ 

はうれ^ ねん ぐ わつ かこぶ まんすな なが き そのと *^_2*\o!? だう を kw 

た。 寳曆六 年 十月 二十日 頃、 すこしの 満水に つれて 流れて 來 たもの は、 其 時の 住職 昌 堂和尙 

、 , を しゃ 5 S いんきょ に ふ g く /n- 卑 「き p&Jcfe* 

の 石塔で あつたが、 和尙は 直に 隱 居し、 まもなく、 入寂した とい ふこと である。 (购鰂 zf^g 

國 怪異 ン 

奇談」 ) 

—お ほぬ 2 け か »i てら こ C いけ リょ なが, く せキた ふ S 1 い かな 

『火 沼 は、 徑 十四 五 丁、 寺より 此 池まで は、 四 M 餘ぁ り。 流れ 來る 石^、 臂 侶の 意に 叶 



sS? - 



はざる とき は、 人夫 をして、 川下へ 送れば、 又、 のぞみの 如き 石 流れ 來 ると 云 ひ貌へ 

**i こ 51 まが く ぢ いんきょ ほく- «? つか はち だに おうこ y じ 

り。 おは、 此^ 流れ 來る とき は、 住持 隱居 すと いふ。 北 越 河内 谷の 湯^ 寺に も、 か \ る 

£ と このせつ ごと このち やまき は いづ ほ f をれ せ,^ い , 

事 あるよ し、 すべて 此說の 如し。 さて、 此 地の 山際 は、 何れ を 堀 りても, S 泉 出、 つるな 

.>^.5- & すう こ P ぶね じん. A うちゆ てら よくしつ なんせん つね し. S ,レょ 

り。 朴邋に 數箇の 湯槽 あり。 人家に も內湯 あり。 寺の 浴室 も、 温泉な り。 常に、 諸^よ 

う ち ひと た i また Z こ ち? ^ ^ ^€ , い、 ^ P 

り、 ^治の 人絕 えす して 賑 へり。 又、 此 所より、 十四 五 T ばかり 流に 沿うて ハ 合に 入れ ぼ 

ゾょ/ \ +メ!.リ>- し b 5- どころ あら & が はら ぢ ご V、 ぷぇ ふき ぢ ノ、. 

所々 より S 泉の 湧き出 づる所 あり。 これ を、 荒 井河 原の 六 地獄と いふ。 笛吹 地獄と いふ 

, よ あなす う しょ ゆわい おと t ごと また こ なべ ぢ イふに 、 4, ち 5 

は、 お 穴數ケ 所より、 湯の 湧き出 づる 音、 笛の 如し。 又、 小 鍋の 地獄と いふ は 紫 中に 

ゆ に ごと ゆ ま=9 ,ぢ ご乂 たか し^ ^1 9 4f 、ぽ、 A. 

湯の 熟 ゆるが 如し。 小便 地獄と いふ は、 高さ 四 尺ば かりに 郯 く^き あがる。 其 外、 

s ? 1 な ち いは いは こされ ぢ しぶき あか , ど.. ^ベち ほ み" 

冶 の 名 あり。 血の 池と いふ は、 池に あらす 小 流の 地^ 黃赤 にして 土色 最も 見. 

ごと 、一の ぢご y f こと あ j つちう たてやま あう しう なんぶ * 、 ひ,. ぜん- T^t^e.. タけ * 、 は^せ 5 ゆ 

事な り、 此地: i と號 する 事 は、 越 中立 山、 奥州 南部の 怖 山、 肥 前の 雲 仙が 岳な ど^ 泉 多 

しょく ちす ね わ あ ふ いろ .: お; 5 そのな このち ぢ ^ » * y ^> - 

く、 所々 に 池 水の 沸き 溢る 色に 從 つて 其 名 あり。 此 地の 地獄と いふ も これに 飽 つて 名 

また §s ぉほぢ でく けい W う S 小 きい, 3 .tT 

づけ たるべし。 叉、 三 四 丁 上りて、 大 地獄と いへ る は、 溪 流の 側より 噴出 づる なり 水 

まさ リろ. すね a よつ £ ろ 一き ほひ ,«v ふ s f か はみ づ.^ 

の增 ると き は、 流水 和ぐ 故に、 其 勢よ はくして、 六尺ば かり 吹き 上る。 早に て::;; 水. 酒る 

無 鼸 fs 野. 縣) 倩 瀵の卷 



說 傳蛇 龍 



翕 fs 0^ 信 漉の 卷 

? よ のぼ まお ひと て 5 さわ す 4S1!.3- X す- ('ゥ あ 

とき は、 一 丈餘も 上るな り。 又、 人 あまたに て、 手 を 拍ち騷 ぐと き は、 水勢^々 强く湧 

い Jcf たか わ C ぽ せんき fN> おちの Jb そ お AJ ち しんた う J! ^ 

き 出で 二 丈 も 高く 沸き 騰る。 泉 氮烟の ごとく 立 登り、 其 音 地に 霞蕩 して 窭 じき 光景 一 

また お ほぬ ま いけ あた y ひ ぢ ぶ.、 いけ つね ひ ちちう い § *" 

なり。 又、 大 沼の 池の 邊に 火の 地獄と いふ 池 あり、 常に 火 あるに あらす、 池中硫 黃の氣 

で ゆす &に うへ かれ、 や ひ も 

つよく、 泥水 熟 ゆる ごとき 上に、 祜茅を かざす とき は、 これに 火う つりて、 燃 ゆる も 裔 

(「信 緵奇燧 錄」) 

岩 倉 池 (上 井 郡舊咨 野; t) 

ぉドほ i^、 stec iB.^ ン e? り。 永茁 三年 S 、夭^ 七 年〕 龍 嫁いで、 水か气 昔 

杳 f.:^ の丄浐 山 石 倉 池に は 龍.^.. R 住 A てゐる I 其 谷に 散在した" し^ 4. '八 浪 の 小 池、 今、 水祜 

^■t」、 !. わ. リ o i! と 、「^ロノ えいし s- うしよ ねん ころ /突. Hu、,v.: 、お;.. .\ このい i ぬし :? うじ や たかなし は /&7、 

き^ 勝 ひ^ R。 ) 永 正 初年の 頃 ソ年) から、 此 池の 主の 龍 蛇 は、 高 梨 家 (• 梨 

^ D ffi.fi V ,,.pu>^ D ^ そくちよ け さう ひ V か 5- へ こし f ふう に そくちよ もと かよ 

) の 息女に 褂ぉ t て、 a に その 家の 小姓の 風に 似せて、 息女の 許に 通ひ、 

そく ぢょ しん »i .S はくらいけ こ はか レ. k おな i し 5A> 

うまく 息女の 歡心を 得て、 岩 倉 池へ さらって 来 やうと 計って ゐた。 然し、 同じ 小姓 のうちに 

うじ や け しん あや もので き ある ひ $ こ ¥ あと つ み ぽん まつ 

龍 蛇の 化身 を烧 しむ 者が 出來 て、 或 H 其 小姓 の^を 躜 けて 見たところが、 一本松の ところ ま 

. 4 おちお 59 う? レゃ §,15 な あら つ 3」 つじ や 富お み > か 

で來 ると、 忽ち 龍鸵の 姿を^ はした。 踵 けられた 龍鸵 は、 姿 を a あら はされ たの を 怒って、 



こ レ 零 

を!^ かけて!: き、 ii ^のお^の ところで 毒 きかけ た。 そのため. 小姓 は、 

I に it したが、 f の I に、 のぎ i はつぶ さに 铲 



かう した から、 の i§ の i みは、 たうとう 晰ふ をり が來 すに しまった。 I は、 

' , i ひ ち Q ぁミ 戈う くつ さは ぬ S みづ き 

この^ を、 £1 に is に 彫 ひ、 どうかして 其仉を 報ぜん ものと、 杏 舒澤 四十 八 沼の 水 を 切つ 

て、 11 に.、 ii^ の あたりに^^ し、 それで ii お 類緣の 人々 を 纏 威に しゃう と^てた。 

! ^ - 5 :J さ んゅ> ん で き ほ.,. うじ や し ごと 1 

ところが、 ii^ に sl^ のあった き 講ずの 山^ は、 出 來る だけ 龍铊の 仕事 を妨 けて やらう 

と、 おき 齦の 妙 をき えきたして、 體 の^が^たなら、 天に^ しあげて しま はふと、 用意 を さ 

*-A ^まみう す むぜいげ もの ォ ご おかな. んめら お, * 

を さ S りなかった ところへ、 if の i り その ま-の^の 水 は、 水勢 實に 物凄く 高 梨 村の 山 

q 鍾を さして ifcl んで また。 歸 si は、 ぎて ましたとば かりに、 I しき 流 

を、 ^ち^^ 膨へ灘 し^して、 どんどん i きまして、 漏^に 化て しまって ゐち と は 键らな 

AT 四 卜 八 ii の^を^ら や に^し !i したので、 もうい." 時分と、 中 野の 力へ やつ 

て^て^る と、 ^の M 戲は、 I 戯だと 一 ずって 鼢ぎ おんで ゐる やう だけれ ども、 どうも つた 

IS 翕 01$ 00 信 濃の .き 







信 一 



餓 松 ー (長 野 凝 信 濃の 卷 

が W てゐな いので、 變 だと あって、 だんだんに 檨おを 探って おる と、 i のお は lr き驟 

だに なが i そ Z たに さんじ.^ ! や r ナ.: >61 み 3 ゆ 》K -•、 い 

谷に 流れ込み、 其處 では^の 山 神が、 : も 懸命に 水 を 湯 無にして ゐる。 これ. はガ& だ、 I; く 

引き上げ なけれ は、 S! 十八ぎ の 沼の 水 は、 殘らす 沸き まって しま ふと、 $4 ち^^し だした, 

じ や S せう す, S ひ あみ ;ve く; 5 し ちつ * , -,。 , t 

蛇 は、 急に、 沼 水 を 引き上げて. 見たところが、 I に^^の ^は:! ら されて、 赚く、 華 m 

くらいけ ぴ は 1ぬ ま ほか ぬま み みづ の ^ 

倉 池、 琵琶 沼、 その他 四 沼を滿 たす だけの 水し か殘 されて ゐ なかった。 

ー認 に、 鬆 の あつたの は、 S 七 fAS- a ほ -S3 のま、 き 纏の i は、 薩 

家の あらん 限り、 1 家が!! 歴 の^とな つた。 (ng(iJ^;Jfgw5JSSS) 

.S はくら."; け リ 、つじ や たおな しほ ,ごく ぢょ チ さ /リ んな チ i; / : 

『岩 倉 池の 龍 蛇、 高 梨 家の 息女に 掛 想して、 化 はす、 r ての: i を^ ゐん^ めに、 0i 

せし と 土俗 首 ひ錄 ふ。』 と、 「信 濃 奇勝 錄」 に 見えて ゐ る 。 

像 盛 松 I 商 井郡大 熊の K0 

大 熊の 里、 .K1 寸 の 背 山の 尾 崎に、 , 盛^と W ばれる^! が あるが、 ^^^の T 

葉 を 入れて 餓を 炊く 時には、 幾 十 人前の 餓を 炊いても、 1 して:! き 1 する ことが なハ とい" 



4 

_ 3 



ことで ある。 (口碑.) 「si き!^ 鎖」 に は、 根本 四 尺 許の 處 より 數^ にえれ て、 枝葉 繁く はびこ. 

の^に れ^-て、 S 二十 五瞰 と! k ふ。 おは!! く^え、 9 潢に 延び ゆく りて、 

I ヒゥ. S.3 » N b 1-J. 一 ぞく いひ もり まつ v«0 み 

^1 いふば かりなし。 殿 I、 饊を& 一 りたる 如く なれば とて、 俗に i 松と 稱 す。』 と 見えて ゐ 

る o 

神戶の 銀杏 (下 高 井 郡 舊神戶 村) 

爾戶 は、 ^、 ぉ^§ 艇^の^ きであって、 ^^は、 お、 「ま ii」 に、 『^1 か i』 とうた は 

i „ 一 まんに ようし ふまき 

る X に^でた ので あらう と 言 はれて ゐる。 (「信 濃 地名 考」) 「萬 葉 集」 卷 十一 一に 

議 翳^ s&iif (I 人 f ) 

S と f てゐ る。 gi のき i は、 Ksf ^ にきて、 これ を 1 の i とい ひ、 獻は 

閽 こすげ i のへん あぶ はの /「和^ 紗 1^ 葳國入 F 都に ン .、フ:7こ0 「! K 

お |S SI 小菅 村) にあった。 此邊 を、 また 淺葉野 (ぉ% のま I ぎ w¥ J といって ゐた 「配 

信 レ でんき こ? j す!? んげム おんかみ はく ほうねん ちう 、丄 よにんお ^ o ^r^Rsr^lo 

司^き」 に は、 『此小 菅權^ の 御 种 は、 .0 鳳 年中に 諸人 始めて 知る W 體は素 盞嗚 尊な.^ -5 

仰 その;/ えん?? じゃこの ち きな i きんぼう はくさん さんで 力 いけ > ^ ' .Mh-^ I L -、 一 1 

其 後 ^ 行ぁ此 地に 來り、 熊 野 • 金 峰 • 白山 • 山 王* 立山 • 走 湯 a 戶隱 等の 刹 を 併せ 祭.^ て A 序 

神 戸の 籙 «| (長 野驟) 信 濃の 卷 



弒 K- の饑 SIS 野驟) 信 濃の # 

概 i と I す。 1、 また、 tsi 難 ii の i あり. > Ksslffls 、! B ぎ き 廳 として ? 

if よせられ、 鍵 翳 あり。 穀八 f 、 is より、 鍵 I た If り。 霸 ^ 

信 六ケ 所と 云 ふ。 ^に、 is に si の^ I 一れ り。 おおの^ は、 « きに あらす といへ ども、 H 

仰 始めて 此に 至りた まふ 時、 この^に 僻み I! ふとて、 おに I: きま^ あり。 I! き、 ぃ一ち{が を お て、 

f i 堂と いふ、 故に 小 見 を 結界の 地と す。 合せて 七! kr すべて Is を || す。 お、 H あ 

• ► ^ 今 へん おく © ねん ぺ つ,: うだいし skvv;"、. 、マ.. . リ > - b ^ ^ メ & 3 C » 7 

りて 椿 を 栽る こと を 禁す。 奧院 は、 g 常 火 聖院: 兀隆 f7、 き 刺 は、 稀毅零 お 四 

¥ソ* y わ リカリ, ヽ かい - また こ うぢ ねんせ うきく しゃとう し、 も15、 -ミ > 

年、 回 ft に 係り、 叉、 弘治 三年 燒 却の 後、 I 頭.^ に銜 さ, ずと いふ。 嫩^ は、 六^ 四 &ょり 

にち その あひない る しょしょ しで rLSO くそ,.,' のうか き 14、 、 》f く 1 A a 

4. 一 日まで、 其 間 布 をな す。 諸 所の 商ん 幅輳、 農家 を かりて、 器 M お 服の 鎩を^ けば、 が靜 

は 寂 寂た る 僻地 も、 1 ち 11^ の弒 となり、 猶 HI 鷉 として、 鎞^ 麟戲を 粼 す。 I^IM より 

は、 謹の 歡、 fff. S を I め、 ioi, おは i く sii よりも、 ^ 

震く ひき きれ f て、 猶 翻の gl& しく、 £s の f 。 ^0Af0f 

, * 丄ょ « う I y なし やつ ど きた われ は ふ ちゅうし^ > お う 5 、5 

て 諸 力の 力 者 集 ひ來り 、 吾 こそ 今日の 抽手 よと、 脣ぃ からし、 i まくりして、 ^める も、 

お、 x 、八月 四 n ょリ、 安^寺 村^ み, - 

亦 on 覺し" 八 g 祭、 また 之に as ォ)』 と 見えて ゐる。 



一 の^きから、 三十 七 力の 瞰に、 七 石 < 木と 稱 する ものが ある。 

〔あ〕 攀 i。 I 翳。 翳。 io ぉ髮。 so 

〔お〕 ii。 ii。 ま 1。 81。 so il。 &li。 s。 

殿う ちで も、 I もが i いのは^! と!. ばれる 黻^ で、 ! ぼ を 隔てて 神^に ある。 希代の 古 

■ で、 のき f と la はれて V に^ n い。 11 さきお に^でて、 黄葉の 節に は 四 S の 遠くより 

^ > r- ま; ず 

かゆる と^はれ てゐ る。 i し、 対さ は、 さして 高く はない と 首 はれる が、 それでも 周圍 八. t- 

一 殿に あまり、 茂して、 & ごとに 瘤の 如き もの を 生じて ゐる a その 長く T り 垂 るる も 

の はおくお の 船く、 ^1 のおの^ ある 艇が H へらる-と いふ。 5si の 最も 攝する もの は、 

きに たって おい S をお てた るが やう、 きに 屆ぃ たもの は、 叉、 枝葉 を 生やして ゐ るが、 まこ 

とに 1 射の 漱^ で、 ^の^ない 酽ぉ が このお を^る と、 きっと 乳が s る やうになる とい はれ 

てゐ る。 0. 信 濃奇驂 錄」) 

rmlin 十九に、 と あるの を、 rfM^I に、 『榔| の i 人に と ? 

ひつれば" ち-のみ はしら や、 ち、 の 木と は、 今いて ふとい ふ 水 を、 こお, R 老たる は 

神 戸の a 害. 人 S 籙) 00 ^ 卷 



I: 戸の 錢 咨-— (長 野縣〕 信 饋の卷 

あ 1- ぶ. さ > ごと ほ H , また むさし のく?:: ふる か は ; stc とレ 

乳房の 如き 物の る なれば いふならん。』 又、 『け ふ も 武藏國 古川て ふ 所に、 いと 年 ふりた 

るいて ふの、 世に もこと にて、 かの 乳房な す、 ふくれさ がれる がが きを、 土ん おのた め 

5^3 はぺ しも かみつ け .; このき ち i - 

にこ \ に 願 だてし 侍り、 下つ ふさ 上津宅 野な どに も、 此 木に ねぎ ごとす るに、 乳よ く^ 

き み このち ち 、のき Jj と さお 

でく とい へ ぱ いづこに も ある 事に こそ。』 と は 兌 ゆれ ど、 『此 地の 乳 木の 如く、 乘れ 下り 

ちい』 * よ 《* ^たぐ ひ のき し>3 ろく い た きこ 

て 地に 入りた る は、 世に 又 比類な かるべし。』 と、 「信 濃 奇勝 錄」 は 言 つて ゐる。 他に 閒ぇ 

:.^、vi? • ゆ ほ スら 』 ほんぐ う 4^ だい い. てうよ ひと さ また ばんしう じ まらん かいぶ f あま 

た 銀杏 は、 綠倉 八蟠宫 境內の 銀杏 世に 人の^る 所で あらう。 又、 「播州 巡覽」 に 梅 部^ 1 

4 ら -*0 み 8ち じん けいだい ねんき いてう あ i ぶ ips^- K^sy さよ 

村 九 頭 明 神の 境內 に、 硏木 銀杏と いへ る 有りて、 瘤の 長 やる もの、 五 尺餘に 及ぶ といへ 

ゝ みま お ほ けん:. 5f め-? く 

ども 斡の 大きさ は 三閬餘 といへ り。』 と あるが、 これ も 名木で ある。 (r 播摩 s 卷」 參照) 

ぐん まう も 

「群^ 譜」 に は 、 『崑山 縣志云 、龔 猗汴人 殿屮侍 御史、 慝 n 從高宗 1 南 渡 道徑, ー崑 山眞義 1 折, 一 銀 

杏 一 枝 S ^地 祝 曰、 此枝 得^ r 吾 於 k 是居、 其 枝 長 茂、 後 成, |大 樹 〖繁 枝繆 屈、 臃腫 如, 瘤、 如ド 

乳 者 凡 七十 餘顆、 相 傳爲- 一 其 嗣レ世 之數? 時人 異レ 之、 稱爲 ,1 篛遇 仙樹 1 子孫 遂爲, ー崑 山人 - 。』 と、 

いふ ffil 事が 見える。 



せの かみ 



馬脊神 (下 高 井 郡 夜間 瀨 村) 

の ^ii は、 聯, で 、ri する に、 SBS^Br とい ふに またり。』 Q. 信 濃 地 I さ 

と |a はれて ゐる。 「三 iii」 に、 『負 觀ニ 年、 信 濃 國正六 位 上馬 背 神、 授-從 五位 下 一 f 同 七 年 

み かみ まつ 

馬 背祌進 一一 從四 位下 T 同 九 年、 馬 背 神 進 n 從 三位!。』 と 1 えてね る 刺の 祀られ てあつた ところで 

あらう か。 

子 石 (下^ 井 郡 市 川 村) 

S (き 市 £P0 の iiiil の^^の i 勤の 躏に あたる、 や ii の^おに き 4^ が あ 

かん ほつ とし か 4 w.^、 み 1 - に、。 へ 1- 三十 年に 1 K ばかり 見る 事 あ 

る。 早 魃の年 河 水/しと ごとく 涸れた 時で なければ 見えな レ 产 り。』 と、 「寄 勝錄」 に は 見えても 

る。)^ iii、 Ml から^ ひ^って、 iim まお.、 ^^にき ト のい 1 ひ をな して ゐ るが 、「m か i 

きん **5 は 

■」 に、 『替 公平 泉 ,一 獅子 石 7 其 形 宛 如 n§ す 首尾 鼻 眼 金 毛 云々。』 と ある やうな 金 毛 は 生 

1 このし し い し あら とし ひ じ s さ かん はつ , % き . ゝ 

ヽ匸 ねない とい ふ。 ^ち、 此. 獅子 石の 現 はる、 年 は、 非常な 早魃で 飢 ttl など も來る こと 力 

馬脊神 • 躑子石 IC 長 野 S) 信 濃の 卷 



一 S 



歷 



甲漦の S 人 IC 長 野 信 瀵の卷 

, むら ひとな お » JiJ, に , fe^ *MI ねが 

あるので、 利の 人達 は、 たど かう した 石が あると 開く ぱか りで、 ^も 見ん 事 を 亂 つて ゐる も 

o はない。 (口 蘇) 

平家の 落人 (下 高丼郷 秋 山) 

んん: « ^ひき こ あか ャュ はへん も^ , ぃ玄 あきやま とな £ ぬち む 5 レ ひ u sj か e レ タ- 

信越の 境, 小 赤 澤邊! 體を、 今に 秋 山と 稱 へて ゐ るが、 此地 は、 その 昔、 肥 後の 五箇 庄、 

あは, い』 み 4- ま i へいけ おちうど かくす U 一 まるん 

阿 波の 祖谷 山な どと 共に、 卒 家の 落人の 隱れ 住んだ ところ だと 苜 はれて ゐる。 (口碑 :> 今換ゃ 

はぶ の」 J おらう 4» け もり けんにんぐ わ;^:.^ へい レ ざん たう まね と; y さか しろ お i むほ^ $ 

るのに、 城 小 太 郞資盛 は、 建 仁 元年、 平氏の 殘黨を 招いて、 鳥 坂の 域に 立て 餽. り、 謀叛 を 企 

> k & タ-i ぽくふ うって さ さ きも W つなに ふおう^ むか かっせん 

つるよし, 籙 倉に K えたので、 慕府 から は、 討 手と して、 佐 佐 木盛鑭 入道 馳せ 向って 合戦に 

およ ま .V りさ か らく? すけ も ち とま ち .£? "ま し-の い 

及び、 閬も なく 鳥 坂 は 落城し、 資盛は 逐電した。 其 時、 この;! g 出に 忍び入った ものの やうに 

おゆ , t いうぶ く ほねん あな やまき み! ひら かつ ひで $ fi も 

も 盾 はれる が、 r 幽谷 餘糲」 に は、. 秋 山 記と いふが あって、 平 聽秀 とい ふ 者が、 賴 朝の 爲め 

やぶ は しう くさ つ は. く を じみ おも 

に 破れて、 上 州草津 から 败 走して 來 ると いふ 記事が 見えて ゐ るから、 それ かと も 思 はれる。 

なほ 考 ふべき であらう。 

r® 州 高 井 郡 有-鳥 甲 山 r 傳 S 往古 法 道 仙人、 修練 之 地 也、 及 二 文治 年間-平 勝^ 爲 1 ま 朝- 



說儻绒 落 



破、 狻 iffl 草津 7 ま I 此山於 西北 i 走、 乃 止-其 寧 今 之 屋敷 村、 乃 其 所 i 邋- 處、 時 

其 親戚 近臣、 僅 可-十 入! 潜, 跡 K 伏、 今 之 秋 山村、 a 其裔胤 也、 蓋 勝 秀以- 一秋 山】 爲レ 氏、 

故 名 も、 地: 平、 其 地 有 1 一高 倉 山 T 越後 謙 信、 居 n 春 日 山 T 蠶 - 食 共 地方 若 千里 一時 秋 山村 人 

攀 一二 鷹 於 高昝山 7 以献 n 讓信 1 謙 信 賞い 之、 爲除 n 百 石之租 T 最後 松 平 遠 江 剌央、 守 1 数 山" 

き、 信越 f ー經界 諍 T 南北^ 干 里、 東西 若 千里、 永爲 -I 信洲之 地 産-一秋 山村 於 北ー數 里、 有 

-ー箕 作 村 一 總!ー 轄秋山 諸 村 T 故 謙 信 除 書、 亦 P ー箕作 T 铍官 裁定:! 經界- 後 秋 山 諸 村、 並 爲- 

箕作島 田 氏佝戶 T 蓋 島 田 氏駔、 嘗與 :ー 秋 山 氏 〖 有-婚姻 誼 〖是以 奕 I 屬 k 之 乎、 皆常慶 院檁. 

越、 而各平 字 冠: i 名、 由 1 一 先祖 平氏 〖也, 八十 年 前、 秋 山 生 k 金 島 田氏以 -I 其 金-鑄- 鴻 鍾ー以 

攀! 常 麼院; 今 現存 突、 其 後金 斷、 而溫枭 湧、 金氣 也、 惜以ヒ 其 路險難 一 f 無 U 遠人雍 浴? 

今玆 癸丑 X 五月、 島 田 氏特白 n 中 野官衙 T 蒙! 一之 允兪 T K 得 1! 吏 某氏 陰 助 7 欲 m 以 PI i 

il 地 T 乃 命-力 夫 T 割 レ石穿 レ山以 浚 n 其^ 旦 架"! 數橡於 巉巖聞 T 以便 i 客 T 特請 - 藥師怫 T 

而造 - 一之 堂 7 號曰 1ー 金 峰 山 ii 寺 T 從レ此 沿レ川 而下纔 一里 所、 東 崖 有い 村、 名 曰 | 一 和 山 T 亦 r 

有- 溫泉 T 俗 云 u 冷 湯 T 其 性 亦 良 也、 島 田氏修 V 之、 架レ屋 構い 堂、 如-秋 山 ー焉- 名 曰-和合 

爭 家の 藩 A 上長 野 8 信 濃の 卷 



I 傳 城 落 



竿 家の 藩 人— (長 0) 信 饞の卷 

山 瑠璃 光寺 f 常慶抵 4 昔、 I 阴有, I 稱述 T 余 也 未 レ遊之 境、 妄 意思 k 之 如-其 所い 謂 大倉嶽 、大 マ 

巖助、 笠 之 勃 地、 能々 倉、 鉢 保、 釜 池 村 名 平、 雁澤、 白澤、 作澤、 戟山等 I 者、 山 m 奇 

秀、 亡い 論 也、 況復泉 之 凝 滑 也、 冷 湯 之 淸徹也 鳥 甲 之白巖 也、 赤 倉 之 丹 崖 也、 菅神之 

I! 也、 矢 櫃之瀑 也、 嶽抗 也、 風穴 也、 雄 竈 也、 雌 竈 也、 官狨、 秋 山、 和 山、 上 原、 山村 

溪色、 鮮少 幽邃、 使 u 我 不覺、 神 馳魂飛 T 安 得 卞身生 - 羽翼 T 1 食 頃 周 n 施 其 地: 以一ホ ま 

其 千巖萬 堅よ 邪、 徒 有: 一老 矣之 歎】 而 竊愧レ 無-神 通 遊戯 T 振 レ錫躡 レ^ 之 三味 1 耳 巽。』 (「秋 s 

さい 5 う 含 じゅえ いねん ちう へいけ ひと A\ ?- と おたま すま お しろ よしつ ね 

「西遊記」 に は 、『寄 永年 中、 平家の 人々、 京都 を 落ち 給 ひ、 須 磨の 御城 を 義經に 破られ、 

また さめき しま い う ま つ ひ ながと の VI」 あか ま せ 含 かいち う も, J.C こ に-ふす ね たま 

又、 讃岐の 八 島の 軍に 打ち 負け、 終に、 長 門國赤 問が 關の^ 中に、 一門 殘らす 入水し 絵 

ひ ろう じつ ひ^ ごくさん ち 5 ふか ^く そのご よ みなげん じ & <.s 

ふと 披 靄し、 その 實は、 肥 後の 極 山中に 深く 隱れ; 丄ひ、 其 後、 世 は 皆 源氏に 歸 して、 平 

け ひとみ ヽ な^ さ,? ちう つち は その かく ひ u CV8 ま ^ むら 

家の人々、 永く 山中の 土と くち 果てた まひぬ。 其隱れ たま ひし 所、 肥 後國今 五ケ 村と い 

ねんげつ ねん »5S いっか- c にんげん かよ ひぢ はゐ. I あしか i » 

ふ。 年月 はすで に 四 五 百年が 間、 一向 人間の 通路た え 果て 居たり しが、 足 利の 末に や、 

.6 はかみ あん *s が く みつ この やまおく ひとす » ' $ i 

川上より、 ^の 流れ 來るを ふと 見付けて、 此 山奥に 人 住みけ ると しり、 漸くに 尋ねい 6- 



說傳域 落 



このよ ? この あき 4 ま おな へいけ よおう さんちう しめ い 

はじめて、 此 世に 通ぜり とい へり。 此秋山 も 同じく、 平家の 餘黨 この 山中に 忍び入りし 

その - .a ま へい じ, - な がしら つ ものお ほ 乙の ち KP か 5 づけ きた 》5 ち 5j 

とい ふ。 其昏裔 とて、 今に 平の 字 を 名 頭に 附 くる 者 多し。 此地、 束 は 上野、 北 は 越後 Q 

やま "(1 いづこ かよ ひぢ みつく 9 した しく』 み か は しん^つ ぶんかい まお 

山々 連り て、 何處 よりも 通路し がた し。 箕 作の 下、 志久 見の 川 を 信越の 分界と す。 又、 

ほ /、》? つ き つ が は この せん なか か は な かづ みなも JJ いづ しなの い 

北 越に 淸津川 あり。 此兩 川の 中なる 川 を、 中津 とい ふ。 源 は、 何れも 信 濃より 出づ。 

のか は 9*5 はし す こ く 5? ち いへ お い; 9 くち や レ h い vw„c おちうど はじ す 

此 川の 兩端、 少しく 籠み ある 地に 家居す。 人 ひ の 厘 數と云 ふ 所 は、 落人の 初めて 住みし 

これ し だい かいこん か はかみ かう づけ はら わ やま k むら V S 

ところと^ ふ。 是 より 次第に 開懇 して、 川上に 上野 原、 和 山と いへ る 村 あり。 二 里 上 り 

ま く やま S をん せん ちか *!-:- ,1 や つく ゆもとい ケ わつ ころ に ふよく ひお 

て、 幕 山の 南に sl 泉 あり。 近き 頃、 小屋 を 作りて 湯 本と 云 ふ。 七 八月の 頃 は、 入浴の 人 

ゆ^ つうろ ひら $ S ばかよ は{5 は けんそ さ^ ろ : ^はし も いた 

ある 故に、 通路 を 開きて、 漸く 牛馬 通 ふといへ ども、 甚だ 嶮蛆の 山路な り。 川下に 至り 

こ あかざ は あまざけ/;^.:;! rMJ ひ^. H、 yr?K:SH り^. ? \> お ほ あかざ は I ち しも . やぶ 

て は、 小 赤澤、 甘酒 (!^ ^リ 編內 は^"^ ジ レ)、 大 赤澤、 此 地より 下 は、 北 越に 

なか ひら けつとう せ." へ くら /、/、化って、 \ むらく あき^す 

て、 中の 平、 結 東 前 倉 (ひ、^ 0ぃ ふ。) などい へる 村々 ありて、 ともに、 秋 山と よべ 

わう こ ご ご く お こんに .SV つく そのね しょく いま ゎ玄く S 

り。 往古 は、 五穀 もな く、 只葯蕺 のみ を 作りて、 其 根 を 食せ しょし。 今 は、 山々 の蛆を 

ひ や はら あは ひえ そ は だ いづ など つく また とち み ひろ .Ky なん 

火に て 燒き拂 ひ、 粟、 稗、 蔬麥、 大豆 等 を 作り、 又は、 栃の 實を抬 ひて 食と す。 中に も 一〜 

あせ ! 5 しょく ゆ ゑ し 5Z§ か あは がら だい おん、 ぶ っリ、 Z と 丁 ^ 

粟 を 第 一 の 食と なす 故に や、 正月 七日に は、 稈 にて、 大 なる 男根の 形 を 造り 今年 一 

卒 家の 落 入 IC 長 野縣) 信 濃の 卷 



說撙狨 '幾 



家の 藩 A—. (長 & 信 濃の 卷 

あよ ごとし いへ ごと も ゆ ほぎ ごと ちか こ 3 s« ほく ネっ なら 

M と、 家 毎に 持ち 行きて 祝 首す とい へ り。 近き 頃より、 女 は 北 越に 傚 ひて、 一, 

き1と す。 f VQ^S^^^3 とい ふ i にて?。 Si は、 一一 

さんちう し ぜん .§ からむし ?」 と *】 れ か ひ さら » みづ .A は は , i な は 

山中に 自然に 生じて、 苧 の 如し。 是を t 刈りて 日に 晒し 水に つけて 皮 を剝 ぎ、 小 索に 

ま JC 3 し^ は を W ごと 5 はが * *yc§ おん ぢょ こども み *? 

して 細に 編み、 ; t なき 外赛の 如くに なして、 表着と す。 老若 • 男女 *霜 子まで 皆 これ を 

き な • 警 ぷゅ もる ぎ 5 へき なつ ほ だかみ き 

著る。 名 づけてば たとい ふ。 冬 は、 古服の 上に 着、 夏 は、 裸 形に こればかり 著るな り。』 

み しな ぎ し 《* ゥ ろく 

さ 見え。 濃 奇勝 錄」 に は、 

あん は お. 3 じん * もの に £ク f ぼ. 5 こくしん わ 

『按 する に、 バタと いふ は、 巴且 人の 著る 物に 似た る 故に 號 する にや。 「萬國 新 話」 

5- は ば たん お 一 わん ^0 あた てん ぢく ちか しま えんぎ ねん ぐ わつ にち よ 

に 日く、 巴 nq は 大寃の 南に 當 りて、 天竺に 近き 島な り。 延寶 八^. 五月 十七 日の 夜、 

ひう が くに に.,? © 1, こく *> ん;. さよ つ- それ よくげつ にち も _0 しゅい A 一う いづ^ 

日向の 國へ 十八 人乘 りの 異國船 漂 ひ 着きたり。 夫より、 翌月 十八 日、 領主 伊藤 出 雷 

き やう ? S ぶぎ やうう し 5J めち 5 ざ ^ も. 5 どぬ から おらんだ やく < わん » 

ゆ 殿より、 崎陽へ^ら る。 即ち 鎭! i 牛 込 忠左衞 門^、 唐 *訌 毛の 譯宫を はじめ あら 

つうじ めい と は す 》J し づぅ ゆ. も なにぐ に ひと し 

ゆる 舌 人に 命ぜられて、 問 せら るれ ど、 些 も通ぜ ざる 故に、 甸國の 人と も^れ ざり 

おくす リ たねな へ ていれ なげみ づ の Z ざ 咮もん , , > ぼ.. た ふじん: 

. しが、 御 藥* 種苗 • 手 入投水 野 小左衞 門な る もの のホ覺 にて、 やう や く e 且 人な 

ことし い るね に ほん ふろし *> ごと おい *v f ^fe » も』 めんぬ C こ * 

る 事 知れたり。 衣類 は、 日 本の asl 敷の 如し。 冷氣 の砌に 至り、 术 綿布 子 を あたへ • 



說傳 狨 落 



こ わた ぬきさ そでなし はだぎ せ 5 き その. 

られ けれ は、 殘ら す、 綿を拔 去り、 袖 無の 襯に 製して 着せし となり。 其圆 をみ るに 

あきやま ひと せ に み 

秋 山の 人の バ タを 着た るに 似たり。』 と 見えて ゐる。 

あきやま .S へく おうけん せ めづ もの あ 

で、 秋 山の 家々 に は、 刀劍 などに は、 世に も 珍ら しい 物が 有った さう だが、 みな、 商 

にん ひく 5 はら こいへ いへ し >3 じ 々」K おろ かぜ ぶせ 

人に 價 低く 賫り拂 つてし まった とい ふ。 小 家の 家な ど は 障子 もな く、 筵 を 下して 風 を 防 

しきもの ちか や もの あ まお ぞな ども かみ あぶら こと おび 

ぎ、 簦 席に は 茅の やうな 物 を 編んで しいて ゐ ると。 叉、 女 共 髪に 油 をぬ る 事な く、 帶は 

ほそ もの まへ むす だんし さと で Jsi 1 しん 

細き 物 を 前にて 結んで ゐる。 男子 は、 それでも、 たまたま 里な どへ も 出る 故に、 詞も信 

feo ひとお ち おいて. s ちが Jb- ん たどうし s,< し S はやこと , 

離の 人達と 大抵 は 違 はない けれども、 女 同志の 噺 はも 頗るの 急 言で、 ひとい ふところ を 

-9 J い , .^ , . き かいしゃく で き あるひと 

ふと 謂 ひ、 きとい ふところ をち とい ふな ど、 ちょっと M いて は解譯 さへ 出來 ない。 或 人 

この さと な *3 のこ たくさんと く であ と. fs S 

が、 此 里の 女が、 菌を澤 山 探って 來 るのに 出逢った 時、 『おもしろい 菌で すが どんなと こ 

で i たづ な 

ろへ W る菌 です か。』 と 尋ねた ところが、 その 女 は、 

とちの ちの わかち のちのね にで ちた ちの こだ。 (方言) 

U こお あるひと たいそろ はやこと 

と 言って 答へ た。 或 人に はさつ ぼり わからなかった。 おまけに 大層 急 言な ので、 まる 

«5 き , むら > は S > たづみ , 

で 雀の 釅る やうに 間き なされた が、 村へ 這 入って、 よく 尋ねて 見たところが、 それ は、 

卒 家の 藩 入 |( 長 野縣) 信 濃の 卷 



II 傳, g 



山 蟹 |< 長 野縣) 信 濃 Q 卷 

•Ks S わ V ち ち ねで き n t 

擗 の^の^^の 木の 根に S 來た 木の チ だ。 

こお . f 

とい ふ 答へ であった とい ふこと である 

S がに 

山 蟹 (下 高 井 郡 秋 山) 

X- うげん S ん らうそう そ ゆう を し*ぅ ものがた リ ぶ ほや ま > や ま 一 ふ > や まふ^ -、 * ま^ な, ノ, \ ^ I 、 、• 

洞 1^ の 老儈祖 雄 和尙の 物語に 秋 山の 山 深い 山陰に 山 蟹と 呼ばれる 大 蟹が 住んで ゐて 

ヘメと C はなし を し f み すうにん や JI き > ^ づ-- 

船 を 捕って 喰 ふ 話 だとい つて、 和尙 が、 『これ を 見た とい ふ數 人の 語る を IS くに、 佝れ の說も 

s^e, そへ ご と さ だ o いま じっさい „- 

鬚はなかった。』 とい ふ 添 言しての 奇談 は、 今でも 實際 にある こと だとい はれて ゐる。 

おな はなし 

その 同じ やうな 話の 一 つ。 

あ $ ま い き > ほ > 、f^;^:、 >*i う^へ 頭 を 上る こと 三尺ば かり、 笔のン 

1 山に わけ 入って、 木 を 切って ゐ ると、 丈 六 《< ばかりの 中 蛇 (於 も 三尺ば か wli^i: ゐた ) 

ぉま i k.c ,まがに お に ゆ み. - > お, そ と^ お .f> , 

が、 K きさ 一 か一 一! < ばかりの 山 蟹に 追 はれて 逃け て 行く の を 見た 恐ろしい 事に S つた けれ 

ゆ 》K5 © *J £ できみ サ Z かげ pff^ iv へ y 

ど、 射^ 5 逃げ出す こと も出來 す、 身の 毛 をよ だてながら、 樹陰から 窺って 見て ゐ ると、 蛇の 

fe d や * まがに ざつぼく ,へ はし ひて うご と > s< (^せま..' ^ > 

I! げ るの も 判い が、 山 蟹の き 木の 上 を 走る こと 飛鳥の 如く 忽ちに 蛇に 迫って £ く。 やがて 

へ, ゆ は i さ <** しおく にば" うろた へ J k お i k ま I お * 

M ま、 S| の # ち 障った 下に 來 ると、 逃げ^ を 失って 狼狽て ゐる ところ を 追 ひかけ 來 つた 大 





撙 



fic (び とら はさ へび 3 はさ." ' I 3 k *1 ん 

li は、 わけもなく、 蛇 を 柿へ、 先づ、 一 つの 挾みで 蛇の 頭 を 挾み、 も 一 つの 挾で、 五寸 ばか 

りに、 t の Mi を 1 み 切って、 むしゃむしゃと 喰べ てし まった。 25 州 奇勝 談」) 

おな はなし いま, I > 

その 同じ やうな 話の 今 一 つ。 

ちき I!- ま . も ま i** と J9 みやまお く し ごと を 9 あに はう い やう うな 9 ご およ I X ; 

^^の & おの 一 人が、 深^の 奥で 仕事 をして ゐた 折、 谷の がから" 異樣な 隐聲 が 起. つて 來 

き 4P_5/ か. v てき を ま こ ゑ おそ やまがに i ゑ し、 • » 

るの を, いた。 直覺 的に、 杣夫 は、 その 聲は、 恐ろしい 山 蟹の 聲 だと 知った ので、 ひょいと 

おに は 5 み f お ほおに へびお ,じ ぶつつ ゐ やま k 'ぬう は丄 > ベ: 3 :> 

谷の ガを 見る と、 一 丈に あまる 大 蟹が、 蛇 を 追って、 自分の 居る 山の 方に 走って 來る その 

まや <! ひ てう そ ま まき ぞ く、、 

いこと さ 百つなら、 どちらも 飛鳥の やうで ある。 杣夫 は、 卷添ひ を 喰って はつ まらな レと 

£Q お をの かつ お 5 いは あな は こ あな 叶き _4| 

考 へたので、 斧 だけ を擔 いで、 大 いそぎに、 と ある 岩穴に 這 ひ 込んで ゐた。 穴の^ 力ら 見て 

こ かテ へび やまがに そま はい ► いは あな ゾ お 4> B 、 

ゐ ると、 ひょいと 术隧に それた 蛇 を、 山 蟹 は、 杣 夫の 這 入った 岩穴 かと^って 素敞 もな く 

:? まらし い かま は そま た/ま ス む ちう > . 'ぷの あ,, 9 

ガき な^を 入れて 搔き廻 さう とした。 杣夫は 唯 驚いて、 無 中に なって、 斧 を ふり 上げる と, 

««0 こ ん. -こ あし な- き S い やう おそ さけ ご ゑ *5』 だ. S ぢ 、しん^ 5> 

が を 込めて 衝の足 を 叩き切った。 すると、 忽ち 異樣な 恐ろしい 叫び 聲が えて、 大地が 震動 

そ ま し S. うけんめ い ねんぶり とな, 5 i 警 お, そ , > 力ん 搭2 ^ :> 

しだした。 杣夫 は、 たに、 一生懸命に 念 佛を唱 へて ゐる 間もなく, 恐ろし^ 一音 響も靜 まつ 

4f ま あな なか そ と み 41- まがに ^ね み, - 

たやう に覺 えたので、 そっと 穴の 中から、 外 を 窺って 見る と、 もう、 山 蟹の 实も 見えない 

山 S— (長 野 is 信 濃の 卷 



一? 



逸 傳明說 名 地 



璲 鄒— (長 野縣〕 信 濃の 卷 

『しめたつ。』 と 思って、 逃げ ださう とする 足下に 何物 か 突き 當 つたので、 とかる と、 まだ!^ 

なま かに お ほ あし うご そ ま f ^ SB ^ 

生と して ゐる 蟹の 大足が、 ぴくぴく動いて ゐ るの だ。 籼夫は 再び 身 をよ だて、 <| からがらの 丁 

おも やに かへ い 

思 ひで、 わが 家に 逃げ 歸 つて 行った。 (口碑) 

I する のに、 かう した i は、 f か、 あの £ きの i と、 ii^i との に 

<2WU. かに つね 《ぴ 4- i と き: 

闢係 すると ころがないで あらう か。 蟹の 常に^に 勝つ とい ふ 事な ど、 おもしろい I 銜で 

は あるまい か。 

はに しな ご>? 

墙科郡 —埴 科の 名義 や 

f^p * 1 わ Jff ^ はに しな しな さか はに しな 

私 は 「和名 鈔」 『汲爾 志 奈』、 科 坂のう ちの 土の 科で あらう (「信 濃 地名考 J) と 言 はれて ゐ 

o !,? し とぼ リー忍た じだ^ まこ. fe* よ ぶん £1 b A 

る その 昔、 郡縣の わからなかった 時代に は、 かく 何 科と 呼んで、 分^ を 分けた と 見える o 

■ へば、 0f IS は、 f^0s0s. Ilof 

指して 言った やうに。 



銳像逋 饞入毚 



や レろ 々し y 

屋代は 社 (埴科 郡屋代 町) 

ri 讓」 5iAf ニケ や や iKM きき。』 f いふ 。『腐 は、 K なり。 ^の 

f は、 きを 1 ひ、 黥鎩 を^け て、 蹴と 黼 ひ^るき あり。』 と。 その 齋場 をば、 、ゅゲ 、ばな どいつ 

ひ^ みやね か € 

たの を、 そのお 、やじ、 ろと いふ やうに なった の は、 齋場を もって、 宫 殿に 代へ たよりの 籙で 

か1| に、 『、や、 しなと いひし は、 i:^ife、 I; 杖 代な どい ふが ごとし。』 と あるが ごとく、 屋代 は、 

f ち を! して ゐる。 (「地名 考」) とい はれて ゐ る。 

御 安 紅梅 (埴科 郡 松 代 町) 

駟^ IS の^! はいつ しかに^ ちて、 ^ある 弒 おの 紅梅の 花 は、 花の 盛り を 誇りが に、 阿 

? は. S じゅ そ てま び じん で.? ^ : , 、 - o 

封 紅梅の 呪咀的 美人の 傳說 を專ら にして ゐる 

その はじめ、 薦 (鍾 5 r きま それがしの 靈は、 を きれ、 si ^ 

i が觀 s ^0 >y の i& じて、 減ぎ al からかた じけ なく もき を 1 は T 

• 御 安 紅梅— (畏 野驟) 信 濃の 卷 



說傳遒 陰 人獒 



御 安 紅 梅, Is 野縣) 信 濃の 卷ノ 

その をリ わか うつく かつ き ひん と お やす ひも まづ .s <1 __; 

つた。 其 折に、 若う して 美しく、 且は貴 品に 富んで ゐた 御安婭 が、 恥 かし 氣 の!^ は、 i く 

ば-^ > ^ » : み," , 4^ とと は す,?? か * く. & くだ め 

賴 朝の 心 を 動かした と 見え、 いろいろと 優しい お 言葉の 末、 やがて 鎌 倉へ 下して、 お i かけ 

くだ 、J と 

下さる とい ふ 事に なった。 

くら みぞ 】 いま と ょリ とも そ はめ あい み あま み ぶ,? き 

綠 倉の 都に 今 を 時め く賴 朝の 嬖妾 として、 寵愛 身に 餘る 身分で はあった けれど、 m くだに 

おそ ふ じん まほ i まへ ごしつ と お そば づ かへ 努は こんごと とき I ^と 

恐ろしい 夫人 政 子の 前の 御 嫉妬 は、 御 側 仕の 女に して、 懷^ 事な どの ある 時には、 必す人 を 

こ ろ みまき こ お- f ご ぜん おそ に は t うま * さ お、 

して 殺させ 給 ふと 閒 えて ゐ たので、 阿 安 御前 も、 たにた^ 恐ろしく、 底に 紅: i の哚 ける を 歡 

されて、 『實 をな 結び そ、 實 をな 結び そ。』 と唱 へられた ので、 殿 紅 & も、 きを 1 ばぬ やうに な ■ 

つたと 言 ひ 伊 へられる。 

^0)^,i ^、ク - . k 、 , , > • か い うぢよ く ま の I ばな 

紅梅の 花が 散って から、 一し ほ故鄕 のな つかしく、 彼の 遊女 久萬 乃が、 都の 花 も をし けれ 

<*^s _f 、う ふ. お f P , お f ひめ ふるさと f しお を W 

どと、 みし も 身の上に^ ひ 知られて、 阿 安 姫 は、 た^ 故鄕の {4! のみ 慕 はしく、 折に ふれ 

ひたすら ^ぬが > \ きみ ご S- あ. S うへ も か i 

て 一 向に お 暇 を 願った けれども、 君の 御 寵愛 はい やが 上に 深う して、 なかなかに お^しが 

出なかった。 

i - >^^^ ) > -さ リぢ ?2 ねん はる むか きょねん ケ わつ うま お is5 

かう して 故鄕 なつかし のうちに: 止 治 元年の 春が 迎 へられた。 去 あ 十二月、 頃より きちて 辩 



150 



を^られ た IT 霸は、 に ^ つて IT り、 その 被の 十三 能に、 五十 三で ii ぜら 

れた。 

^ . でき 4<- ^す ひめ いま こうぜん か まくら さ 

観概 のめに よって、 ゎづ かに ^1站 の^となる ことが 出来た 阿 安 姫 は, 今 は 公^と 《 倉 を 去 

るぎ おとなった。 I ち、 M ぎ鬆に if i へて、 を f ことにな つてから、 な 

つかしみ n いかね ての ぬ g を、 ^から 胁 らして^^ に^し^ あた。 それが、 今 ある 若木の 先 

S. お やすこう ばい > » -3 

^ の 阿 安 紅梅であった。 お?, 

/ 一 *^ おち. 55 のこ よお やす ご ぜん 

その 弒は、 やがて^な き^の f まで も、 ^のま-の 俤 を殘 して、 世に 阿 安 g がの 

罐 の あ |と飪 ひ i へられた i:s きに、 かつ f 、 かつ f て、 譽年を過ぎ るう ちに、 と 

ああから かち そ 初めて、 i に!! おの 1 を さへ f す S にぎた。 かう して、 !は、 若木 

逸 に その ^船 ある ニ^^? • がした が、 その も^に ^を^ば す、 花 も 尊 常の 紅梅より は 色 

e , お やす や 

i くして、 その i の のおの 鹿 もせに、 来ん!: 毎に 哙き 盛って ゐる さう だけれ ど、 阿 安 S 

龍 き は、 いつしかに r ききとして i へられ、 If, き鍵1 と 1 りよ 呼ばれる まに 任 百 

1 して、 ^ き If を f てぎ。 や 謎 1 の fif て、 K に si ともて はや -1 

» & e 梅 —(長 野 g 信 濃の 卷 



說 傳跡狨 



菖 弒— (長 野縣) 信 濃の 卷 

うめ ^ぶん a- . - ^ 

さる 么 もの は、 この 檢が 枝の 分離した ものであると 言 はれる。 (「信 瀵 奇勝 錄」 口碑) 

—このち いま はんいな つお し" いへ ほ 5 さい がう こ ほ <t .At く. H b^r 

『此 地に、 今、 藩 醫立田 氏の 家 ありて、 梅 齋と號 す。 古梅 は、 いっか 縱 松ち て、 慰お の 一 1 

L . o 、ぶ は^ 5 しみな. S やま ほの ごんげん ^あ けいでん よこく ぺ つたう し. a ナん b がふね^ *J り ci I 

みなり。 此 地の 東 皆 W 山に 熊 野權^ の祠 有リ。 圭 田百餘 石、 M 當倐 » ^驗、 0& 

ほい あま かざ; 》 なにお し はか ひがしで う ^-し リ. o i £ら お PHr »» f 

梅 あり。 雨嚴 何某の 墓 は、 東條 にあり て、 石の 五輪 かすかす 並べ り。 お、 ま^の 

あらまち むら うへ お $> ご ぜん まもり ぼ どけ うめ <S <p -.5 ^?t^--5J »: ► 

南、 荒 町村の 上に、 御^ 御前の 守護 佛 とて、 t の ilrlk ふ あり。 観 || 

ねんお やすでら い 

院御 安寺と 云 ふ。』 (「信 濃奇滕 錄」) 

4 仏,、 f はりと も ぜん§ じ I こと み ふさう オん ぶ^しき- o 

按す るのに、 賴朝善 光寺 詣の 事、 「東 鑑」 に は 見えない。 『扶桑 見 ra 私記」 に 載る とい ふ 

けれども、 鬆は 1 としが たい。 f i§ 十 In 寸、 おは、 11, f 4 かの & 

ぜん もど! 5 く. 0^ のん きうせ *J い きろ おん J*5a し こ 

所 髻 の觀 音な ど、 舊跡を 云 ふ 所 も あれば、 御 詣の催 はあった もので、 それらの 古&は 

でん あと なほかん お 

力り 殿の 跡で あるか も わからない。 猶考 ふべき であらう。 

かつら を じ やう 

葛 尾 城 (埴科 郡坂狨 町) 

/@ 科 郡坂ン "9 5fe かみ; るゐ ばか きょ sig かつら を i I むら かみよし きょ i 

坂 城 (湖^ 1 ) は 村 上 家 累代の 居 域、 葛 尾 古城の あつたと ころで あるが、 



說傳起 緣名难 



♦ % §, 二 £ー ^5 い 3 ひ しつ ま. S じぞゥ てんもん 

の 時化に、 此城 は、 火 を 失して^ 城と なった。 『天文 十 

山ハ 二, S や §is、 si お g。』 と^ f る I で t と 4 はれる。 

や ^ssfl. に、 袱 Bim の& があって、 1^ 四 flsM まお s$ 七き と, かれて あ 

る けれども、 m は 載 I は、 s&is にば ぼされ てから き は、 お 杉 1 信に 屬 

して、 まき 修ま &り、 f ffll^f +Hf , 殿, 根き でまして ゐる。 (s) 

奔の渡 (埴科 町 坂 城 町) 

i 環き 城 I から、 II に ii がきて、 T の I と i へられ 

せんごく じ だい き ねん こ めい r》 . 、 \ . . )- >o 

てゐ るが、 戰國 時代の 紀念の 呼名で あると 言 はれて ゐる 

0$ li の f ぎて、 if ゐた mif 震と i つたが、 ^ 

ぎ f の 八 m に、 おおに お をき つた。 想 七 f 二 ¥ S は i つて 艇り i つた けれども、 再び 

讓 した。 十 If コ おに は、 き菌ら1きを|ゐ て!! に f 、 4 籙鍵、 S0 

鲥^ 轍 動^と ^^して を邀へ S 、つた けれども、 ^お 鲥 ^轍 重、 信 立に 降り (Hy 一) 弒 

笄の邇 ー( 長 野縣) 信 旗の 卷 



数多 起 緣名地 



篼 の 漉 —(長 野縣) 信 濃の 卷 

じ WVVKS /J^k.l<;d\ てんもん ねん よしきよ しき や » ぶうん むら かみけ さい 25 

尻 城陷り (J お 0^冗)、 かつ は、 天文 十六 年に 義淸 連り に 病んで から は 武運 は 村 上 家に 幸 j4 

そのと し ぐ わつ ゆ. o5 へい うしな /旨 Q 计條 こ^ X つて、 R もノ "い. し、 が * レぶ S. 

しなが つた。 共 年 八月に は 故なく^ 五 百 を 失 ひ (き," ば ま M= 百ピ S っリ ) 次で 志賀城 

5 ろ <1た よしきよ てき たく ひ けう ぃ§ ほ し けつ しんげん くわい せん こと 

を 滅ぼさる 乂に 至った。 義淸 は、 敬の 巧みの 卑怯 を 愤 り, 死 を 決して 信. W と會戰 せん 事 を 

まつ .8 し あるひい さ けい^ょ わざ わ ひ と な i と %s- つい よしきよ . き 

欲した。 將十: は、 或は 諫めて 輕攀 禍 を 取る 莫 からん 事 を 注意した けれども、 義淸は 開かな 

/- <i- よき ひき うへ だはら .A ふしう ぜぃ た ふ てまし ぞっ: i たがき のぶ かな き その ひ ゆ ふが お / \ 

かった。 兵 七 千 餘騎を 將ゐて 上田 原に 甲 州 勢と 戰ひ、 敵 將板垣 信 形 を 切り、 其 日の 夕^ (^ 

11.1IPT1\ ちか ぐん を さ かつら を ひ あ と かつら を じ 5 さちう ひしつ ふたみ 

お 互 ひの 軍を收 めて 葛 尾に 引き上げ やうと した 時 葛 尾 城 中で は 火 を 失して 再び 

よ でき や さらしな S" は い 

とれに 據る ことが 出来ない。 止むな く更科 郡に 這 入った。 

をリ こと かつら を しろ かふし う かっせん き よしきよ ふ じん おそ おれ ま 

その 折の 事で あつたが、 葛 尾の 城に 甲 州との 合 戰を氣 にして ゐた 義淸の 夫人 は、 黄昏に 間 

かっせん あ ひび はう こく き ft あや * じぶ ちう しっく わ だ 4. じ 卜,— 

もな く、 合戰 もやが て 相 引きとの 報 吿を閗 いて をった 折 怪し や、 城 中 失火と いふ 一大事が 

とづ はつ 53 ぞ つちう む せい をリ かんじゃ る げん おとな * じめ 

突發 した。 城 中 無勢の 折からで もあった し、 敵の 閒者 あるな どの 流言 も 行 はれた ので、 夫人 

き ふきよ W- つら v こと さかき PC わた ias-o いし むら さらしな ひま はう 

は急櫞 として、 沒 落さる &事 となった。 これ も 坂 城の 渡 を 渡って、 力石: e を 更科 郡の 方へ 

お 

落ちさせ やうと する ので あられた。 

お ほぜい じ ぢょ たち しょ いま * さ ふき わた ) は、丄キへ よ - ^じん 、 i , J 

多勢の 侍女 達と 一緒に、 今、 坂狨 の渡揚 をお 渡りに なった 義淸の 夫人 は かひが ひしい 船 



地 

明 





> う *•<- A くわき ふ を卞 W -、 % 

鹿のお 藝を、 いと 继 しく f れて か、 K に? れてゐ た 莽 を拔か f j 

禁 i を f あ 合 はさぬ、 舊 のしる しとして これ を 取って 置く やう、" 曰 再び S わ を; - 

る やうに もな つたら、 いづれ は i も あらう。』 といって、 き 美しい 芽を强 いてお 渡しに 

ゆ 

なって 行かれた。 ? ほき 

その の% ir、 s く §对 からきして、 たも まに まると j へら fjf 1 

Qi は、 しい siQr き i んで、 $£T0§. m の渡 と 呼ぶ 

やうに なった。 (口碑) 

^ 鼻 (垴科 郡 南 條村字 鼠) 

I >if /て、 おぜ^、 脊花 、ン 

r て、 ifim と、 ill と Qf 籠した 靈がぁ n ち:: うど、 1^ 

l^^l^ の繁 に、 S はがに もお ちんば かり のげ て S に聳: ^が^れ? i 

^こ s つて f ので、 i のぎ あるの だと 動 はれて ゐる。 此地 は、 また、 蓊 更ポ 4 

, -;; 信 瀵の卷 

a— (長 野 e) 




岩 鼻 is 野 S 信 濃の 急 

縣の 11 一郡が、 I の やうに 鍵す る!? で、 都からの 赫 | への 議 | に俨、 議 から、 . 

こま、 へ 今の 北國 街遨、 昔 は、 加賀 街^と ン, や t£ ひとす ぢ あ ほ 

Z ぐ; J に は (も、 善 光寺 街 迸と も霄 つて ゐた。 j 行く も 歸るも 一 線に 會ふ ところであった ので、 T 

あ ふち せ, ま い 

往古 は 會 地の 閼と言 はれて ゐた。 

このき のき 麵で、 101. i 誘の 一 I と? しゃう として, 

す、 儺に、 によって ii せられ、 靂 II く 靈 に § えて、 おに も 濃 せんば 

ず、 千 曲 川の, 流 はすぐ 其 嵐 ピ^って、 蹤め ばが をして 鹩^ たらしめ、 越、 1. 1 

群 風 岩な どの 奇岩怪石 を卷き 上ぐ る やとも^ はれる。 ¥ を 键き された 1%^ は、 1 

fejs ごと きく お ェ こ Z つうく. b t 4// fc; 

€度 毎に 危懷 され、 無事に 此き 通過 すれば、 f きばして、 『攀纏 8 ぎ を 鐘へ き 

知せ たと さへ 言 はれて ゐる i のき I であった。 IEiQ や i き P ん Qmi に^へ 

られ、 小縣は 海であった との! 51 へ も ある。 rspi に、 顥 I と あるの はギ きの i 

で、 かう した 岩き、 足、 三ぐ ivi で、 t を i で、 g の i する きろ を、 三 g 粼と r で 

なる。 へ 「宫 W 氏^」 ン 

§ \ 「信瀵 奇勝 錄」) 



ife 俥 爭 戰物 動 



岩 鼻 の 螫合戰 (埴秋 郡 南條村 大字 鼠) 

都 1 のき. は、 『« の^き 麵し にや、 鍵の!! る ことき に^れ。』 c 「信 濃 奇勝 錄 の 名所と して 

がに 監| い。 敏^ 五 M&^ti も戯ん とし、 三 &の瞰 を 力 i つて S 凝が ある。 

このき の s は、 かつ は、 i 船の I、 :&舻 にき ひ 1 ひ來 るので、 

i くば か-のま をな し?、 お & に まひ 1 ひ、 SVi れ きび、 お、 ひとつひとつに 舞 ひ 鍵 

つて、 やがて はおなる 観の i くに、 舊 かき 摇し、 I ひ 1 へば、 きに ぎる も あ-、 水に お 

ちて も あ-、 た, 4 も 1 に H ひ 鎖る あ £ は、 t? おの ii けられて、 そして 止 

まると いふ。 £も| は、 これ ,鼷 とずて、 il してぎ ない とい ふこと で 

ある。 (「信 濃 奇勝 錄」) 

大 鼠と 唐 猫 (垴科 郡 南條村 大字 鼠) 

お; S しその K レ お ほむぶ ち ひ、 さがお 得 i い 瑭 . i M> 1 f』 こ ぽき ェ 难 ? & CU に $1 ^て、 

|曰| 曰 其 また 昔の 太古、 小縣 郡から 南 佐 久^〈 かけて 一 面に 大きな S て あ V 六. P^RK 

岩 鼻の 鑾含戰 |( 長 野驟) 信 濃の 卷 



說傳治 退怪妖 



大 履と 唐 猫 —(長 野縣〕 信 濃の 卷 

へ 『上古,, 千隈 川の 水 こ、 に 湛 へて、 佐 久* 小 縣は、 海ン Jis^^ ウ^ t、 ^こ^;^^ ilwJr-H 

1; なりと 霄ひ傳 ふ。』 と、 r 信 濃 奇勝 錄」 に昆 えて ゐる。 、此" 石 鼻の I は 今の 樣 に.; d カ切斷 されて ゐな ¥ 

こ z s Z すね こ Z きた は 5 すば いま はま じゅ \Z a ち JJ を 一 1 

かった。 そして、 此處 から 南が 湖水で、 此處 から 北の^、 即ち 今の 鼠 宿から 越後へ かけて 陸 

か このと ち ぴき かう へ お ほ: S す おくさん ,i 1 う 

地であった。 ところが、 此 土地に、 一匹の 却 を經た 大嵐が i んでゐ て、 澤 山の 子 鼠を產 み、 

このち よう たはた が,/ し考 たち ほね をリ すね ほう き まいとしし うく わく ひと.. 《>» ひじ 9.3 $ 

此地ガ の 田畑 を 蜜す ので、 百姓 達の 勞苦も 水泡に 歸 して、 毎年 收穫 がな く、 人々 は 非常に 惱 

むら ひと,. t ヽ ひと: あつ K 2 がい まぬ が こと さう だ,? 

んだ。 そこで、 村の 人々 が、 一所に 集って、 どうかして 鼠の 害 を 免れたい とい ふ 事 を 相談す 

ひと リ としょ 9 い タ つう ねこ なん び * か V あ かう へ お ほ. 勞み お 3 

ると、 一人の 古老が 云 ふに は 、『^通の 猫が 何百 匹褂 つたから とて、 彼の 刼を 經た大 鼠に は 到 

ていかな あ お ほ お ほ ねこ つ: 一 き, ふせ ほふ » 

底 適 ふまい。 だから、 彼の 大 鼠よりも もっとも つと 大きな 猫 を 連れて 來て 防ぐ より 他に 

よ i うは も ど Z お ほ からね こ さが ちと s> けし か 

善い 方法がない。』 と。 そこで、 何邋 からか 大きな 唐 猫 を 採し 求めて、 それ を 鼠に 嗾け ると、 

さすが お ほ かなみ て かに * からね こ ^ ,に 

流石の 大嵐 も、 これに は 適 はぬ と 見え、 はう はう の體で 逃げる の を 唐 猫 は何處 まで もと 嵐 

お こすね せつ いはや ま いた とき しんたい なった I ^ 

を 追 ひかけ た。 かう して、 鼠 は、 湖水に 接した 岩山に 至った 時、 身體 全く 窮 つたが、 た^ 助 

し.: > し? z で い は *• まか き れプ う;! s みづ に ま ほと はし ひ じ? - *J 、つれつ い^ほ V 

かりたい 一 心に、 死力 を 出して 岩山 を嚙み 切る と、 湖の 水 は 俄に 迸り、 非常に 猛烈な 勢 

なが だ ぉ§ ぶ i i ノ みなお ぼ , し i か ,ら ねこ みづ g x 

で 流れ出した。 そのため、 大鼠 も、 子麗 も、 皆 溺れて 死んで 了った。 唐 猫 も 水に 流された が 

いま しのの ゐ ふきんち から あが , かれ k や. ぶ ^ ^ a . • y 

今の 篠 井の 附近の 地へ 辛うじて 上った。 けれども、 唐 猫 とても、 軀は se く 弱り果て X ゐ たの 



tft 偉 明 說物器 



で § も なく 死んで しまったと いふ e . ; € 

おの 震 は i あが f ずって ■ た 鎖で、 鐘に、 喊 のおが、 翻に^ へ i れ出 した 

メネン , --Hi た きた は. く な ね2" ちな 力 

のが、 ^の^ 11 の蠲 になつ た^ず だと ^ひ、 ^^の 北に ある 鼠 宿の 名 は、 鼠に 因んで ぉピ 

警、 鏺^ の^ 遞 の Si と^ぶき は、 獻 i が^から おった 獻 であると 云って、 酽猫 を^つ 

た 藤 i とい ふの が ある。 I : 2 1 

麓に f き I は、 1 ¥ぁも き 4¥ であった から、 fl 味から 轉 じて、 村 名 

となり、 欝^の £1 の^の S は、 喊 ©i み S てであった から、 $ 驚、 1 

き ち. - いま のこ つぬ、 . 。へ 小お、 埴科雨 郡の 傳說ン 

i の 参^が おも 殘 つて ゐ るの だと 傅 へられて ゐる (—宫 川 H 材料 ) 

山 n 问 尾の^ 退 物 (埴科 郡 南條村 大字 鼠) 

は、 懲曰 l^m にあった。 ザ その! ^を 鱸と して、 寺屋 舗と 呼んで ゐる。 

、近くまで、 この 地 は玄古 煙草の 地で fs^o: は^ひ) そして、 寺が 鼠 村の 堺に 移されて か す 

(I ふ 僧が 作り 初めた ので、 此 名が あると 霄 はれて ゐた 、そ マ 

らは、 鼠の, 雲 寺と 呼ばれる やうに なった。 

高 Hi の邋 物 人 長 野 8 の 卷 



蒿 尾の 缝 野 m) 

表:! ぎが s^^^^^o 

れケ ^く^ き ネ 叙^? 又ネ有 © 

n p ふち ま ュぁケ る,飞4- ハ € > 

Vv ノ k 二- 一 ,,.i ^^yn/ と si 

: め -ん, め J^r^ み ぉヽ マ、 々: ノ;、 ぉリ の、?; f S 

—— 二れ ヶ^ At リぁ ^^xl 

す 耳 き I き S や 貢 音 

ザー弋 、v ふ マム^: 3 1 もんキ 出 

ま, It AM ^ さ 可 0^ ュぇ %: 

や. 十 % 21 、f め Av^^fyw 、も 



說傳明 說物器 




161' 



說傳 明說物 §i 



高 尾の 還 物— (長 野縣) 信 濃の 卷 

t のて ら , *< んち たかを うた ぜんせい \§ § めいき な のち よ さ * t 

此 寺に K 治 一 s 尾と 唱 はれて、 全盛 了 M を 傾け、 名妓の 名 を 後の世にまで も^らに した 江 一 

^ ^ 仙 伊達 綱 村に 落籍され、 品 川の 別邸に 圍 はれて、 h 

戶未 iin 原す 旧 I 丁目 三お 尾の ^ithainH から は、 ぉ梠 〔すぎ〕 の 方と 稱 した。 で、 仙臺高 尾と も苜 はれ - 

る。 もと、 ^州 if ぽハ 産であった ので、 鹽ゅ 高:^ とも 言 はれて ゐる。 ある 時の 彼の 句 『君 は 今 駒 形 あた リン 

時鳥。』 乂 新" 書初めの 3 『誉 初め ゃはづ かしながら 嘘 はじめ。』 は 何れも 有名で ある。 「下野の 卷」 參照 ) 

M うちん き たて JM1.V すん ぶ は レ すん ぶ おちて ひりん チ もん さあ やが な 15 

が 被服の 卓袱 とい ふ ものが ある。 竪三 X 九寸四 分、 幅 四 K 六寸四 分、 表緋 綸子、 紋紗 綾形總 

f,f^> まる うち しろ そ ぬ ひらが な もじ ま は きんし ぬ 

文樣 丸の €: を 白く 染め 拔き、 平 假名の 文字が ある。 回りの ふち は、 金絲を もって 縫って あ 

3 、,- じ » すみ かう へ いとぬ まる だいせ 5 

る 文字 は 墨に て 書きた る 上 を、 いろいろの 絲で 縫った もの、 丸に は 大小が ある。 たまた 

f をれ えだ づ ぬ 

ま 菊の 折 枝の 圆を鏠 ひ あはせ て ある。 

一 、ま * を * せんだいこう *? せき よし はら で とき い 1*39 と うす tip 、.ci«s?.HT+T5、 s^^^f 

これ は、 高 尾が、 仙臺 侯に 落籙 されで 吉 原き 出る 時に、 妹妓の 薄雲 (f 麵 S つ 

て 容姿^。 其." め 汁らず も 勾引されて 三湔; 寶ノ :、 ま 1、 - : k : z^? : 、 I ^% 

られ、 二 代 高 尾の 妹妓 となった ので あると 1; ふ o j に 紀念 として 遣して 行った もので、 その後、 

かた ひ, か, , しゅじんせ いきょ のちし はら ; X ろく ねんさつ しきょ を リ ほ § 

簿雲 もさる 力に 落籍され、 主人 逝去の 後 暫くして、 元祿 年中に 死去した が、 その 折、 歩卒ニ 

に-? * ^ ねぶ めら たづ き.^ うすぐもし? < i つ し そん *s*c あかいけ X う ほ. A 

人 埴 利の Si に 鼠: 5: を 尋ね 來 つて、 薄雲 死去の 趣き を 告げ 知らした ので、 村老赤 池^ は、 外 

にん ゆ. 4»- ひと とも えど くだ うすぐも & ぶつ も かへ き うちい もく か 《fis 

に 二人の 由緒の 人と 共に 江戶に 下って、 簿 雲の 遣 物 を 持ち 歸 つて 來た。 その 中、 衣服 一 領、 

^ぶかぶ 力ん f だい くし た^す s.i 0^ あか. 3- け ほう おく 5 すぐ も し U 

屏風 鏡 一 面、 鏡臺、 櫛、 镔笥 など は、 债の償 ひに、 赤 池 某へ!? られ たが、 薄雲が 死後まで も 



稗 

缚 

兌 

ゴ "la 



も つた たかを かたみ ゆる? しほ じり さ とうぼう もと あ もや 5 P, 

持ち 傳 へた 高 尾の 遣 物 だけ は、 故あって 鹽 尻の 佐 藤 某の 許に 有った の を、 文樣 のさの 一 字 だ 

じぶんい、 AIM た きれ うちし き あんえい ねん , ふ 52 ウ^ セ き, ゆ -I 

け を、 自分の 家に 止めて、 他の 衣 は、 卓袱 として、 安永 二 年に、 これ を 耕 雲 寺に 寄附した 

§ かう うんじ いま このた か を ひふく うちし き かう ャ りと びと ね. - I 

鼠の 耕 雲 寺に は、 今でも、 此高尾 被服の 卓袱 とい ふ ものが あって 好事の 人人の &: るのに 

まかい > 

住して ゐ ると赏 ふこと である。 

兒雷也 (埴科 郡 南條村 大字 鼠) 

ほに しな sioffs? でう むらお ほ あざ 《s け う くわいえ い f じ らい や びゾ つし や „9 ち. » こうひ, っ^、 V,, 

埴科郡 南條村 大字 鼠 は、 稀 有の 怪 英雄 兒雷也 (l^g) の 出生地と して、 口碑に 镌 へられて 

じ らい や もちろん .じ らい や がう けつ ものがた リ う- だ さくい じ,? ぶつ す ^ 

ゐる。 兒雷也 は、 勿論 「兒雷 也 豪傑 譚」 が 生み出した 作意の 人物に 過ぎない けれども f 

とりあつ. ij ざいれ う じけん きばつ ん: うだい にんじ 害 かう し^ とう は;^ し: i づ ^ ル ゃ>^^& 

の 取扱った 材料と 事件と が奇拔 で、 當 代の 人情と 好尙 とに 投じた る稗史 たけに 作 卷の遇 意 

なん じじつ ちか おも かつ にん^つ きな じだい ) r カタ^" メ く?, や:^ : 

せる ところ 何となく 事實に 近く 思 はれ、 且は 忍術の 行 はる 大時代であって 傳奇 的の 怪奇な 

え <ら ゆつ いか せけん おも *J の も 力が たリ とべが は^だ ぃ_ $ 

る 妖術な ど さへ、 如何にも 世間に あるら しう 思 はれた ので、 此 物語 も 德川 時代^ 於ての 

\§ ぜん ST あく えいゆう でん す &、; でんて きしゅ かう ゆ 3 だい 山せ う ノ コ て,:、 ^J^^y^y 9 ^ 3 

勸善 懲悪の 英雄 傅と して、 水 滸傳的 趣向の 雄大 を 賞され てゐた それた け 兒雷也 か 忽ち 

ぐうい じんぶつ し てきじん ぶつ ぞくかん こと ふか *ぷ, や / ^^.'^^ ^ 9 

過 意の 人物より、 史的 人物と して、 俗間に 言 ひ はやされる 事が 深かった ので 時代の 終 過 は 

證 & (長 野 w> 信 濃の 卷 



匕 

說 



セ つ ffl (長 野 n〕 信 濃 の 卷 

& ^で. ,ぱ っレ ぷ ち ぷ, うよ え かゆ-つす うは. 3. しんじう おこ かつ ち &- う せ <■ な さな 

遂に 其 出生地に 根強い 英雄 崇拜の 信仰 を さへ 起さし めて ゐる。 且は、 智? t に 鳴った 眞£ 

fe^^ ^な 9: t いうめ い くわいけ つじ らい や い ,*: う ぜん どぞく みん しう おも 

氏 出生の 信 濃に, 有名なる 怪傑 兒雷 也の 出で たの は當然 であると さへ、., 土俗の 民衆 は 思って 



七つ 池 (埴科 郡 南絛村 大字 金 井) 

ほ& な „? //坂 より^^ き v わつ あん あじゃ リ みろく ぼさつ シ せ- ま. JS 

南條村 大字 金 井 (^.f ,半。 3) に、 €i 阿閡 梨が、 彌勒 菩薩の 出世 を 待ちたい と 願って" 

^こ^^して^ こき^つ (おはつ 蛇 へ 今、 は 小さな 池が 二 っ殘っ てゐ るに 過ぎない けれど ン し 一 、 

,5 にィ肩 してお に a スった と レ^ 七つお "も、 昔 はかな リに 大きな 池が 七つあった とい ふ。 ) とい 

> '> > 3 リ, さく » ながめ しぜん §セ さんない ほんか, くゐ^ あじゃりが いけ つお でん ぜっ 

ふところが ある。 俚俗に、 長 野 市 善 光寺の 山 內本覺 院の阿 W 梨 池に 傳 へて ゐ る傅說 は、 全く、 

と こ け でん ぜ rv ふ ンん また *^ J 

此處の 七つ 池の 傳說 を、 その ま \ に附會 した ものであると 信ぜられて ゐる。 『果して これが 事 

K% >, • ^ • » す.? つに ► i のい け さっしん \§» ん ぜん§ じ さんけい k^u 

實 であると すれば、 滿 水に 就いても、 此 池から 龍 身の 皇圓 が、 善 光寺へ 參詣 する 驗 だとす る 

ふた, -^^ > みやが はし 

方が 尤もらしい。』 と、 ^川 氏 も 言って ゐる。 (口碑) 

と ぐら さ *:; の ぃヅ み 

戶倉醴 泉 (埴科 郡戶倉 村) 



一 I 



£ ^3 の疆 の" きに、 ii の, あった まとい ふところが ある。 3濃地名考」3 

あん ョぢ とうてんのう ^i.kjs o 、^、お ssill^ 三^、 

M する のに、 持 銃 天皇 七 年 江 州益須 !i 酸 泉 あり 叉 元 ff^TR 龜 三年 き 鎮^ &^ あく 

て、 1|ぉ と^ M せられた。 お、 『文 德帝仁 籙四年 七月、 石見國 f 續 泉き 三日 乃 涸。』 と史に E 

えて、 gts と IS された。 i は、 『陽 成 帝 元 魔 八 年 信 濃國ー wi 木連现 二】 又 光孝 帝 仁 和 元年 信 

み そのころ てんか:^ 5? ゆお, 一 ま, 乙 It -、 、 \.; >p 

濃國昏 護, 一木 連理!。』 など 見えて、 其 頃、 天下 頻りに 祥瑜を 奏する $ 力く の 如くて あつたの 

■ 、 ま, まんに ようし ふ 

に、 f isiiQS ぞ石 み、 隨 4 に洩 るふ" がきい。 これ は. 「萬 葉 集」 の、 

. ま,., まにしな いしね, ち, 

とある^^ の 鄭の僦 ^であった と 一ず はれて ゐ るが、 栗して さうなら、 その 埴 科の 石 井の 地 

ミ まや わ f せづ ^tf^JP へ 『石 部 【いそべ〕 は、 舟 泊地に てン 

は、 とくに 廳 されて ない 喾 である。 「倭 名鈔」 『埴利 a ^ ぐ 手兒 のな まぬける も ありし にや 』 

直 と、 「信 濃 地名 考」) D きも、 u、 It さ I ごな & である。 ともに、 水災に 失せた ので あらう 

は 一一 m つて ゐる。 } ctf も ヌ B ^しえ - f 1^ ^ y や 

參 0. 地名 考」) と In. はれて ゐる I に i へる のに、 いよいよ 此 地酒 泉の 傳ぎは 怪しまれる。 もしい 

傳 まだ、 のきの 翳き に、 かう した 議 があって、 きも 議 £ はれて をった 程の 地に あ 一お 

i るき I の s、 ii ぎ i があった とい ふの なら、 それ s である。 

戸倉 醮 泉— (長 野鼷) 信 濃の 卷 



爾 宫の貌 甲 (長 き t 濃の 卷 

あめ のみや し、 をどリ 

雨 宮の貌 踊 (埴科 郡 雨^ 縣村 大字 雨宫) 

{1 ほ めみ V ぷ た〕.! %^t. :、 の^、 i の? cij ちん 

IntLH r" 人 字雨宮 にある。 J の 承 家お お 貧へ て 雨 is 撬津 守、 淸野山 成 守 雨 家の 鎭 

じゅ そ のころ ふうぞく . ゆ ^» > I 

守で、 北ハ 頃からの 風俗で あると 言 はれて ゐる。 は、 EMS の^: (ーケっ纽.,) で、 ^ にお 

きな 擎で ある。 f i の^の, 識 にて i ひの 騰 がき、 それから の疆 P 

、 y 、ぶ ズら, ► あめの at きょの 善ゥ け "は ひ . p -fc >、>i 

行く。 此 寺で、 雨 宫*淸 野 雨 家の 木 主が ある ゆえで ある。 ,i せ赫, 1^ の 四^ (お ^ 

宫は、 雨宮驟 村の ノ 、 てれい きっか いた よくじつ あさ 二?, おと 严 

字に なつ て^る。 ) は Tn^ にて、 雜 家に 至って を どる。 翌 H は、 朝 まだき に、 g| きで、 趙擴 

ひの 翻が ある。 それから、 松 代に いたり、 散 は、 ^IJ: 城 ほ ? 附近 ヒ に M つて 鍵 ^ 

し涛— 氏の やしきが、 此 所に 在つ ゆみ リ てらぐ しょ いお 1^ 

おゆ ゑで あると いはれ てゐ る。 .1 る それ 力ら は .W 蘇の ある 寺々 二三 ケ听 に至リ 、 なま、 ず 

野のへ 2: やしき こて 體ク、 な、 ^ト へ 今、 涛 野村大 ノブば Y 今、 雨お 1. 村ン ^4 う A や ► i 

s^>v, べしき i '「あり 叉 1 お ¥( 字 岩 野の 地。」 土 口 (土 口の rr-j 等の 舊 家に 行って 踊る。 

へす ベて 踊の 立ちよ る 家 は、 神^: \ 

\ を 造って いだす が 例で ある。 ) 

雨の 直 還れば、 k 000tff ff. 

0$ s の 謹 を,、 羅の S 翻 S にて、 鑾の If f の& であつ 



直 JLA^ 



この 鬆 i のうち、 iMl つものと いふ ことがある。 iii に, 山鳥の 尾 一本ん をお て- 

i は、 Ft, i の ある^、 雨の ずら 出る。 , -, し 1 i 、 . 

0. 翳の f ii のし i に f て、 if, それ t ら、 I は、 雨 ほ H レ 

I ぎ $ I、 一 き fif もの、 か はて: 雨 ほ i; 

fsfi と f 1£ れば、 frf. 獅子 iplr^、 橘の" 力 

ff is 鏟を ぎ^へ ながす。 それ 至; V れで 

¥ 1 はきす る。 と、 i の ごとく を どって かへ り、 ふ f を 本社の^ r し り 

ながら、 一一 S つて S に 1 きな し、 0t0i その 猊 蹄-人 數は、 手替 とも 



つ g とほ くわ ム& , > » o 

に、 次の 通りの 慣^で ある 

i こし ぞっじ に. < 

S な S 六 人 

こ) しぞ ,しぎ にん 

左 中お m 轰正相 六 人 

く し 5:5 にん , :f « ^じ, 3i ゝに W 

右 中 供 正 相 六 人 右未 右 大人 六 人 

翳 窻 の貌 騸 |( 長 野 縣) 



かやぬ に. 3 

左上 社 is 司 六 人 

いひ づな にん 

右上 飯 繩六人 

し. -^>8 > にん 

猊踊八 人 



信 濃の 卷 



6-. 



睛甯の 稷議- 

く はもち にり 

鍬 持 二人 

右上 陰 悔子六 M 

ぶぎ こん 

笛吹 十 人 

i しっき. とぎ にん 

輿 附鏡硏 八 人 

fe, しゃ にん 

武者 六 人 

や しろ か ご ちせつ に O 

矢 代 駕輿丁 四 人 

I , * &ぉ1 めんない に. :> 

御 狨內踊 案 內十人 

と リゐ まへ けい Ji; C ん 

鳥居 前 警固ー 一 十五 人 



< 長 野 き 

はう *レ§ じ し こ 心 

左上 竇珠 獅子 六 人 

を じし に,: > 

右未 陽 獅子 六 人 

feu. こ に^ 

太鼓 六 人 

の "たて に.^ 

幟 立 八 人 

まっしろ f あんな..; こん 

松 代 踊 案内 一 一 人 

ぼな がさば リ に o 

花 笠 張 二人 

げ た i にん 

下駄 持 一人 

へ 以上 合計? ン 

I 九十 六 人。 ) 



信 饞の卷 



さじし にん 

左 未 陽 獅子 六 人 

うた あげ にん 

唄 锾十人 

し め ば W- にん 

注 連 張 I 一人 

む乂 しゃ にん 

武者 六 人 

や しろむ かへ にん 

矢 代 迎六人 

■ し し ほリ に,? 

獅子 張 四 人 



その 猊踊 神事の 踊喷 は、 おの づ から、 ^!,擀^ の 



お. S つぎ 

趣 あると ころ をめ でて、 次に 



9 



唄 



* みたき 見よ、 精進の 御 垣 注 連、 引き やひく、 ぜか もルあ も、 かさねて ぞひ, 

* 川ぎ しの、 称しろ の 機、 あら はれて、 いっか や 群の、 縱 さだめん。 



^ » n$ b it h 




< ^の^は、 いかなる 鹂の、 徵 ひに て、 浮きた る &の、 流れ ざり けり。 

<1S が、 I が の^の、 けば、 ^ぐ かや^^、 はやく こぎ そろ。 

へ あれ をみ よ、 これ を^よ、 つし まの^の、 ^ぐ 船 は、 浮け と はこが で、 あそべと ぞら 

ぐ o 

小お ろし 

へ鹂 なれば、 特 すなり。 とうとうから! I りた。 ^き ii、 i: まの^から、 參り た。 

►rs f^ r Jr^ まゐ を さ > 

A 緲雜驟 の si に は、 とうと こそ 爾り た。 十!^ のとうと こそ 參り、 とうと 治めた。 

へき 職 嬲の^ i に、 ^ならの きをな、 さかへの、 こなら の 葉 をな。 

叭 きままの に、 しろ かきそう ろな。 九十 九 g おろして、 しろ かきそう ろな。 

A き 嘴 I の II に、 1^3- が は、 さいて は i もよ し。 扨 はこ かひよ し。 

へ雕ま 1 の Mi に、 g は、 いか やうなる、 おつけ^つ け、 よみ 人れ て、 くらにとうと 納 

めた。 

の, に、 ほし むら ©i は、 i 二 si に、 米 A 石よ。 

a 宫の猊 ■—( 長 野 S 信 織の 卷 



笛 

伏 



山 鳴 —(長 野驟) 信 濃の 卷 

、さ とうどめ お まへ いね V; くど i め 

ぺ 地頭 殿の 御前に、 からのす るす は、 稻三石 三 斗、 米お ろへ て、 からのす るすの す はへ 

な。 

: , き も ぜん I ^ はじ -ん わう さま お まへ とな ぢ とう^^ お まへ 

たぐし、 斜 前にて は、 m ひ 始めに 山 王様の 御前に と唱 へる。 地頭 殹の 御前に と は, 

i r f しゅ まへ とな ふうし ふ 

北ほ、 御領 主の 前にて、 かく 唱へ たのであった 風習で ある。 

《 y を さ と 』 まら 

一 これ は 力り て 納める に、 からのみ かぎ わい な、 み& くらの 戶を あけて、 俵つ まふ。 

\? fe したばつ ゆ *>JS 

^秋の 田の、 かきわけ ゆけば、 下葉なる、 露に も 袖 は ぬれに けり。 

やま な e- . 

山 鳴 (埴科 郡 淸野村 大字 淸野) 

よ, S ^ > さん * レ ^ 3^ くらしな ち くらぼね しろ 5 てんもん ころ くらしな 

淸野 村の 山上に、 古舉が ある。 こ i は 倉 科の 地で、 鞍骨の 城と 云 はれた。 ^あの 頃、 倉?! 

! a i もん きょ 5>ざ この じゼ つせ き あな けい t も か 0, く こと 

左衞 E. 'の據 域であった。 此城 31 に, 穴が ある。 徑四 五寸、 深き こと 幾 ばくとい ふ 事 を しらな- 

、o 、ぶへ."、 《^ く ルリて あめ ふ ^ま な そのお と とま ひ らいて,^ 

い 此 m ^色 大 雨 降らん とするとき、 山の 嗚る ことがある。 其 音 は、 ^く 響いて、 雷霆の 

ごと 9 おと こと 《v^ この あな おと 

と 2 ろく 力 如く い かなる 音と いふ 事 を しらない とい はれて ゐ るが、 疑 ふらく は、 此 穴から 音 

> し- メ 、 > , しか そのお と とほ き i そのち 

を 發す るので あらう とい はれて ゐる。 然るに、 其 音、 遠く 閗 ゆると いへ ど、 其 地に て は、 閒. 



ど ぞく ひ 5 し さん 筮4 お ほほら かひ うづ, : 、 く , 

くこと がない とい ふ i である。 (「信 濃 奇勝 錄」? 土俗に、 昔、 山上に、 大螺の M を 埋めた の 力 

れ^ 鳴る ので あると 雷 はれて ゐる。 (口碑) 

S 一 i ぎに、 『山 西 平 陽 府嗚山 每天欲 &則此 山颯然 有き 叉 曰 幅 建 興 化府有 % 山】 山 

い たぐ ひ i o 

® 有 一一 風穴 1 夭 将レ雨 則 嗚其聲 隱然若 1 雷 云 々 o』 と 言 はる \ もの &類 では あるまい 力 

rlii」 に 、『^の, ilfi ギ ^に 議き つて、 霞 i する に f 

て g をな す も あり。 や §01|<, 翳の Mi にす て、 if f て嗚 る.. 

ことず。 S に tfc する もの は、 K の觀 の! r ま の i に靈 すれば ギ 擬に. 

して. ^4 は あらす 云云。』 と 見えて ゐる。 昔から 多くあった 事の やうに S はれる 

1 重 山 (埴科 郡 坂 域 尾 代の 柬山) 

18 きの^の かたち は、 掌 ま 3 蘭 91 ほ條) にき 

れ to 

t やまへ みお, ベ 、 「名 寄」 -中ン 

,ま, なほ^ I のみな りけ りひと へ 山 八重に かさなる 嶺 のしら 雲 I 務 のみこ C ) 

I 1 山上 長 野 B 信 識の卷 



嚼 

J- 一? n 

傳 



1 重 山— (長 野驟) 信 濃の 卷 

S た M くら ひとへ 4 ま い. , 

の 歌枕と なった 一 重 山で あると 言 はれて ゐる。 , 

J3 パ 

りと 《やま うた??. らな よせ しな Q ふ IH くし ふ やま しろ ,まと " 

一 重 山に ついては、 「歌枕 名 寄」 は、 信 濃と いひ、 r$ き は、 化^^と して ゐる。 その 丁 

しふ ひ C た 

兩 集に 引く ところの 歌 は、 



J- -, I 、し-: 7 ^ まあな VJ i い- 

蟬の 羽のう すき 衣の ひとへ 山靑^ 凉しき 風の いろかな n パ ボ隆 o- 

さと とほ ひと へ ^ま おも /「.1I/.K-I 1\ 

ふる f, は 遠く も あらす 一 重 山 こ ゆる われから に 思 ひわ かせし (吾 背 )o (^^ほ门,) 

1 ふ しふ . ひ うた M くらな よせ なかつ かさ うた つ ター <っ" > 

と 「夫 木 集」 に は 引かれ、 「歌枕 名 寄」 は、 中務 卿の 歌の ほかに、 | のま を^いて ゐる。 

ぼな .ぃ ろ ころも ひとへ やま くも ヽ「^ゝ卜〕*„-. - JS- ノ 

花の 色 は 衣 かへ うき 一 重 山な ほしら 雪 はかた みなれ ども。 (gugl:^ 讀) 

按す るのに、 「夫 木き Mi の誕 は、 「壬 二き」 に^て をり、 「ぉ淤魁」1が きらす の g は TS. 

はよう しぷ ま. 

槳集」 卷六 にあって、 『天平 十六 年 八 H 十 穴::,、 讃, 久邇 京】 作歌 高 丘 河内 連 (If に If 。日本)』 

み〜 > まんに ようし ふ また 

と 見えて ゐる。 「萬 葉 集」 に は、 叉、 

• つぎい いも 

ひと 〈 やま 力 さなる もの を 月よ よみ かどに 出で たち 妹 やま つらむ。 

* » » ^ > まんに ようし ふまき 

と 見えて ゐる 按す るのに、 「萬 葉 集」 卷四 『在, 1 久邇 京〗 思: ト留, 一 寧樂 宅〗 坂 上 大孃ょ 大伴家 

持 一 隔山重 成 物 乎 月夜 好 見 云云。』 と 見え、 これ は、 山城 1 樂郡 にての 歌で ある。 それ を、 「か- 



へ 「失 木 集」 



まんに ようし ふ やましる 

艇」 i. は菌 はや 大ま r も、 life. 難と して ゐる けれども、 「I 集; 山城の 

T, とすべき が舊 1 らう。 ff は 1 ではない。 た-ひと" へ をぶ 

? 「「纏 a に、 § I 寧き ま、 iQi」 の やへ た^の f 、 重なつ" 

ゐ, & であらう とも 一ず はれる けれども、 鍵 さう f れ Bin ど、 y S 

I の i を, るの:^ しい やうに f れる。 や きろの ず 戊と 木 f の 兩鄉の 南に 

!の 華ず て、 『界 き舊 I き (s^? 飞 :2』: ほえ:: のが リ 

の t まで、 is」 や、 こさ^に f れてゐ る 一, 重 山 は、 『^^^山? 力 

Igslol. 「I」 さへ も、 i&s として、 僅かに、 SIB 

のおの 蒙 こ f たるに よって、 1 一ず がら をきと してし まって & るの は、 「あへ まに! 

さ" い ぼ c i へ 『その あたりに て は、 i 食と A まの〕 信) 

の^ g に&す ぎ はしまい か。 (lg 奇勝 錄」 に 見えて なる が、 勿 の】 す はズ にす レ 

.r <i! きむ てい 辻^、 > 3 。「お^^^-へ 夭え 十ヒ 年) て、 『ト: £«是 日、 右大臣 橘 宿 

がま Is* 聖武 帝の 新 都で ある 「鎮日 木^」 パ十ニ 月 7 F/ 7 ヌ 

旨 の 卷 

! 重 山— (S 野縣) { 



說傳明 說名地 



M 鄱,. (長 野縣) 信 濃の 卷 

禰 諸兄 在レ前 而發、 經-略 山狨國 相樂郡 14! 鄕 r 以擬 i 都 1 故 也、 丁卯皇 前、 ( 

仁宫 r 始作 二 京都】 矣、 太 上 天皇 皇后 在, 後而至 !K 云。』 とおえ る。 一お 

,るのに、 1は邶きに ある。 r^IgJQgii である。 

さら しな ごうり 

更級郡 —更 級の 名義 

さ ふしな § わ 《?0 せう *» らしな -ミ 

更級罚 は、 「和名 杪」 に、 『佐 良 志奈』 とあって、 i にもい つた やうに、 狩 g に は、 船 g 叙く 

f の 地名が 多く 見えて ゐ る。 f きな 叙 の や き&く にも i 服して ゐ るが、 そのお でも、 P 

は、 唯、 & 9r 雕 ひて ゐる。 ripi 觀」 に、 

由 布 川久留 き乃浪 きぎ S か!^ S 巧鬪酽 麵 Isllsfs) 

このし なの はら は、 國 名の ではない。 § のきで あらう。 の S は、 艇 の!: 

を 用 ひて をる けれども、 科の 籙 ではない やうで ある。 じ^とい ふ 柏 かは^い。 f こも、 

くに し S.5 > -, 

しなの の 國に生 I もの は、 き はめて^ &ぃ。 されば、 ^のき 鍵の f に Eq られ る 

とい はれて ゐる。 今、 1 する の に、 羅は、 ぉぁ& た 編だった ので は あるまい か. 



綿、 見 こ 



mM^ も£」 のお i 環、 ioioM<. みほ」 にも、 加 奈佐奈 の 神 名 あ 

\ わ み絮 せう さらしな さらしな つ さと な 

つて、 &i にかな さら W とい ふの が あるが やうな ものである。 「倭 名鈔」 更級郡 更級究 の 名 力 

ある。 敲も Is の は暖の i のぎあって、 1 に 1 のおに 站ん だものと おえる。 

靴 は、 に、 『穀 木是 木綿 也 叉穀木 所い 生 謂" 一之 結き。』 と 見え、 一 零 『柬國 の 

^じ、 なと^ぶ もの たかなるべし。 じ、 な、 のく i とはい ひし^。』 と、 いふ ことで ある。 古語に 

めて、 ai といった の は、 つねの ii る。 お、 、しにと もしろ ともい つた。 栲 

i を、 じ、 なのお とい ふの は、 じに のおと いふ^の 轉と閒 ゆる は、 古語に、 しらと いふ 

こご じふ 力、 「きつ, じト ;?, ,>^1、令1 

と を、 じ、 なと もい つたと いふ ことで ある。 されば、 「古語 拾 遣」 は ー蒭事 記」 の 文 (昨 

si- 戒穀 木綿 ー以 Sy5, 和. f&i 壞) を して、 、木ぎ、 也と し、 「私記」 に は、 縠と木 

mso 後、 令-夭 n 鸞剩造 一一 木綿 一 、をき あ き』,? ザ ぶ ぶん- 

を、 二 1 として をる けれども、 いづれ の f いふ i を f かにして ない。 然るに、 「I 

K^p」 によって、 i もて、 お 蹴 を^る こと 噼ら かにな り、^ 縱の 古語 栲 とい ふこと あ 

きら かにな つた。 すべて、 おく i ませられし i が站く ある けれども、 さだかで ない 事に 

ふ げん 

っハて はこ & に 附言せ す, 

郡 is 野縣) 信 濃の 卷 



姨 .2|( 長 野縣) 信 濃の 卷 

をば すて や AS 

姨捨山 (• 更. 級 郡更級 村) 一 g 

f^t, てみ ま /父、 &su> i^^s,=T、\ . さらしな sly さらしな むら うしろ ち くまが は にしく つき やま 

姨捨山 (I ま财ば § かお SC ) は、 更き 邵更級 村の 背後、 千 曲 川の 西に s 起して ゐる 山で、 

^ かみや まだ めら せつ • きた や はた むら わお にし ひがしつ くま iso さか ゐ むら きょぼう かま へ V- 

南 は 上 山 田 村に 接し、 北 は 八幡 村に 亘 り.、 西 は 東 筑摩郡 坂 井村に 跨る SIU 峰で、 讥を匾 て-^、 

雖;^ 條讀穀 gg^ 。 , こ、 B 缝^ へその 狀の 冠の 巾 子 7 し〕 に似て ゐるン ^ 9 8 • 

の鑌 と射蛰 して ゐる 、に 冠菊は " ところから 名 づけら れ, なと いふ。 J とも 更科 

は へ更 科に ある 山で あるから 更科 山と いふと も、 郡 内 第ノ 、^,つ >7T は.: は / pi 

a, (一 の 高山で あるから かくいお ももい はれて ゐ j とも 呼 はれて、 藥 月の 勝地 を 以て 鳴り響 

レてゐ る。 

, を はすて やま つき み /rj-jkf.-.slwl.w-f'x 

わが こ \ ろ なぐさめ かねつ さらしな ゃ姨捨 山に てる 月 を 見て。 (んぃ,^!;!。 よみ) 

つきかげ み .8. ま きみ/ メ 5 , • \ 

月影 は あかす 見る ともさら しなの 山の ふもとに なが ゐ すな 君。 (「拾 遣,^ お; 5" 紺 貫 之) 

をば すて やま っ^ み /「多 *^n40i4&i |\ 

まことに ゃ姨捨 山の 月 は 見る よも さらしな とお も ふあたり を o.(yllg?^」) 

わがみ をば すて や ま つ み /. i^^-^^M^ 拿環\ 

おも ひても なくて や 我 身 や みな まし 姨捨 山の 月見 ざり せば。 (「詞 iLjl^K^ る 辦 §) 

いづこと も 月 はわ かじ をい かなれば さやけ かるらん さらしな の 山。 (El^) 

5? ^しぶ をば けて やま ありあけ >T^^4^7ft |\ 

更級 ゃ姨捨 山の 有 明の つきに ももの をお も ふころ かな。 (% 露」) 



? *J*C もで さむ さら k? * ばす て あさ 、 risMvl- 絞 為一 \ 

月 みれ は 衣手 寒し is ゃ姨捨 やまの みねの 朝 かぜ。 

かげ つき ほか S きぐ /「4マ》;^»^ ーノ 

澎さ ゆる 月より 外 の 浮 雲 に あ られ こぼる & さらしな のさと。 ぐ 家^ ) 

て ゥき みよ さら レな みね てら $f f 、r®ss 一 \ 

照る 月 を 見し 夜 へ だて i 更級ゃ 峰なる 寺 も 秋 霧の 签。 院) 

今更に さらしな 川の ながれて もうき かげみせ む 物なら なくに。 (「i!s3^,- j 

を ぼす て つき は -き みき . /r な.^ 一よ み \ 

姨捨の 月 を もめで しみこと 川な がれて 君の 閡き わたるべき。 (ん JIo ず) 

JV0 お »*5 え いひ お ほ いま もうしう めいげつ § ま ゆび さらしな を ぼす て くつ 

其 他 吟詠 非常に 多く、 今 も、 中秋の 明月 を 賞す る もの は、 必 す先づ 指を更 科の 姨捨に 屈し 

,3 よしう ■ ヒろ さう じん ふうかく このち つ あ? ひ を ぼい し な きょがん うへ つど 

てゐ る。 初秋の 頃より、 騷人風 客 は、 此 地に 杖 を 鬼き、 姨石 と名づ くる 后 麋の 上に 集うて、 

し か はいかい ふ ぜ. a の や ? しゃさる まいねん きょお み づ乂き あと い ipt 

詩歌 俳諧に 風情 を 述べ、 終夜 月 を賞翫 するとい ふ。 かくする こと 每年、 許 多の 水 莖の跡 は、 古 

を なだか きこ ひとびと えい さ 5 なが ひつ お ふ じんぐう じ ぶ^こ S 

より 世に 名高く 鬩 えたる 人人の 詠舉 ども、 長 榧 二 合お あまり、 神宮 寺の 文庫に 納められて ゐ 

I? そ じじつ 

る (「信 濃 奇勝 錄」) と は、 噓の やうな 事實 である さうな、 

__b ん じ &« すて 4 ま 4 ^よほう かむ 9*1 やま ^もと を か さらしな. f や はおむ *1 

1 時の 姨捨 山と 言 はれる の は、 B 峯冠着 山 (昔の 姨捡 山〕 の f 鹿の 丘であって、 更級郡 八幡 村 

に 厭して ゐる 。その 覿 S に、 i 霸攀 (Is 纖 sswil い f3 きばれる、 マ 

編ま f ある。 f I i^sli^^ と^つ て、 mosm W 

fs 野騾) 信 滚の笾 



說 傳 捨 姨 



觴 狳 山- 1( 長 野 驟) 信 濃の 卷 

きられる、 聽 S (纏 一? §S 一 ま,晴 お:^:) と、 S きの M とき ひ i へられて ゐ- 一 

せ^-し あんち べつく W- ぐ 4^ げっ だう よ ぐ わめげ つ だう そ 

る 勢 至 を 安置して ゐる。 別に 庫裡 があって、 觀月堂 (月見 堂) と 呼ばれて ゐる。 観月 堂に 沿 ふ 

れゅ をば いし な. * よ!^ ん /J«i? J5 な そば だ お ほ けいじ ゆ ひ く. St つ だ 5 る^ 5 

て 例の 姨 石と 名く る E 巖 (齡十 II, ) 峙ち、 傍ら に 老桂樹 が ある.' 或は 觀月 堂より、 1 は 

を^い し ふラ V ねゥ ゑんぼう <8 や はた f とうほく か は なかじま へいや とほ うん 

姨 石より.、 あたりの 風光 を 遠望す るのに、 南に-八幡の 淼、 東北に は、 川 中島の 平野、 遠く 嚣 

えん なか ? ちく まが は ty$ び ごと つきよ, 、 てうば う * つ ぷ さ、 , *ぷ ちう しう くぶげ つ! im う ^ , 

煙の 中に 連り、 千 曲 川の 流帶の 如く、 月夜の 眺望 S も 妙で ある。 殊に 中秋、 觀月 堂より 晴れ 

よ ぞら なが かむ s~ やま か は へだ あ ひ fe-s か なた さらしな うだい やま いた き » a 

たる 夜空 を 眺め やる に、 is 山に、 川 を 隔てて 相對 した 彼方 更科 郡鏡臺 山の 巅 から, 圓 圓と 

う のぼ めいげつ かラ かう しづ ちう くう あた 5» を だえ い H さらしな 41 

して 浮き 上る 明月 は、 皎皎 として 靜 かの 中空に か &り、 附近の 小 田に 映 じて、 世に 更 科の 田 

ごと つき /mja-^ ;、 1 かリた ごと つき くも よ W2; へ 

毎の 月 (M 肺 fi^o つ) は、 『かへ る 雁 田 侮の 月の 藝 る 夜に (蕪 村) 』 ならでは、 全く 繚る こと 

,ゎナ * てんち ひと ゆうく わ を は 

さへ 忘れし めて、 天と地と 人と、 そこに 融 化せし め 終る とい ふ。 

ぜっけ. S てんせ つ べつ をば すて や f,i けい よ 

か-^ る雜景 を點 綴す るに、 別に 姨捨山 十 三景と 呼ばれる ものが あって、 そこに、 ここに、 

づき み ?; ~ だ, i ごと なか いろど 9 

月满 みて 銀 蛇の 踊る が 如き 中の 彩色 をな して ゐる。 

か 5_y がた t? S る ひ 9 9 かむ り 

& 或は 冠 山 【かむ リ やま〕、 3S 山 をい ふので ある。 

き ». う^い * お かたち な まんお たかを «W3K 3 § s« 

鎵蓬山 山の 形に 名 づ けられた とも、 萬 治 高^の ^裹を 埋めし 處だ ともい はれて ゐる。 (高 尾の 



說 傳 猞 姨 



mi 小 ゑ 綾 s m 姨 s 

mk 袋 s 

''• 力; X: い T ?'、 T? い い 
ノ; i2 ^3 し 43 し ぬ レ 43 し 



ねお つさん レ»._5 しか i X- *s «^ し S59 ," 

遒物參 照) 然し それより 古く 名づ けられた ものら しい。 今、 埴科» に屢 してみ る • 

扔 古今め」 に、 『片 敷の 衣手 さむく 時雨つ つ 有 明 山に か > る しら *。』 (烏 羽院) と あ 

9 だま < ら さら レな tJ99 ? 

つて、 * 枕と なって ゐる。 更教 郡に 揮して &る。 

Ik^ に屬 して &る。 (1 重山參 照) 『その 遂にて は 一 夜 山と もい ふ』 と、 「信 缝奇膝 《J 

に 見えて ゐる。 

くれ ム! b つお 5 5 レろ 

截月 堂の 後に 峙っ。 

さら レ なごう リ をば SC « 

更 钹鄹。 鹅を すてた る 男に 名づ く, 

さら レ 5alI5 り ? す $ K • ^ 

更 » 郡。 姨を 捨てせ しめたる 女に 名づく 

さら レ リ 

『姨 石と いふ あた, に、 ゎづ かに wra に淹 る、. W 水 を 指して、 しかよ ベり。』 と 『信饞 

ち めいか •:> » 

地名 考」 に 見えて ゐる。 

Sri. た T, と つ W ひつけい お でん f S しん 5«? ?ほっ 9 P , ^ 

iit ぎ每 にう つる 月の 赏量 a『 神 田 SI 十八 数と かや、 兼て 祌 供に 奉 る 秋稻 を^り, 水 

お U とつ S ち め s^p » 

を まか ざれば、 田每に 月う つると いひなら はせ りば と r 地名 考」 に 見える 

かづら おば^. レ 《J M *5 ん C ひ S? お ほ 

^ 街 姨石 のす, くそば にあ" a こ 樹ゎ 下に は、 古人の 句 碑が 兆 常に 多い 

姨 狳 山 —人 長 野 踩) 信 濃の 卷 



姨 翁 ! 2.-—S 嫁) 信 濃の 春 

た から .5 げ さらレ な? Jr-NSV 

寶ケ池 更鈸 郡。 ふ 

ゐ ほレ j ふ: レ 5;f?i59 S 

Ms 坡科 郡に か、 る。 了 

せ いじゃく S しお た づ さ ひと しお $ ^き. ^4 ... ゲ き . レ. 

かう した 靜 寂の 地 を 慕うて 尊ね 來た人 も 多い なかに、 秋の 心 は 月の み 知れり と、 ひとりの 

う 力す, p レぷ とべ はう えい JJ*CJ へう ぜん きお *J こ け しせく やさ す いま t 

雪 水、 正 德*寳 永の 頃、 瓢 然と 來 つて 此 所に 褂餳 して、 いと 優しく 住みな したと 今に US りつ 

^» , I まお * t4 はらお. * ナも —5 らしな にっき さ、 ひ *J のち かんじゃく - ひと お ほ 

がれて ゐる。 又、 t 原 孝標の 女の、 「更釵 日記」 の 類の、 此 地の^ 寂に よった 人 も 多い ことで 

あつたと いふ。 

しか ぶ H め. S ぴ ち をば すて やま i やま ひ とく ^ ^ん やつ 

然も、 風光明媚の地 としての 姨捨山 は、 更に、 その 山に 秘められた 特異の 傳說 によって、 

も う な r^- x 1 こ * ん しぶ ろ お W くめ Z ^^しふ 2^. A 

一 暦 その 名 を 知られる やうに なった。 或は 「古今 ii! の 歌 よりも、 その 「古今 集」 の馱に SB 

- * • S も € お. た 9 つな . や と ものがたり Z じ si すて やま きど な X *Nfc 

して 一驚の 物語 を傳 へた 「大和 物語」 の 故事に よって、 姨捨山 は、 最も その 名. を 世に 唱 はれ 

おも 

たもの X やうに 思 はれる。 

O^OSI すぢ ► ひと, f おや ほ$ や 5 $ s f 4 ま 

その物 語の 筋 は、 『昔、 一 人の 男、 親の ごとくに 奉 養した 姨を、 妻の 勸め によって、 こ © 山 

- ^ iMC がな お 申 ま- 5 へ つ 会 ©WJ C ぞ 

に撿て はした もの-、 心 悲しみに 堪 へやら や、 その 山の 上より 月の 登る を 望みて、 

> . . f ik を はすて やま て つき み 

わが 心なぐ さめ かねつ 更毂 ゃ姨捨 山に 照る 月 を 見て。 



m 傳猞瘙 



と^じ、 つて 迎へ 取った。』 とい ふ もので T 大和 物 ij」 は 、 

しなの ? * きろ 1 す わか. u$ ぉォ 

『信 濃國 さらしな とい ふ 所に、 男 住みけ り。 若き 時に、 おや はしに ければ, をば なむ 親 

I め Hi 為 aA とほ ハ 

の 如くに、 わかく よりあ ひそ ひて あるに、 此 女の 心, いと^うき 事お ほくて 此し うと 

おい i *j の を は 

めの 老 かがまり ゐ たる を、 つねにに くみつつ、 男に も, 此姨 のみこ,^ ろの さがな く あし 

巴と レ こと 

き 事 をい ひき かせければ、 昔の ごとくに も あらす *、 おろかなる 事お ほく、 此を ばの ため 

-MM* ゆ ぶか やま すお i ». - . 'つき > > ^ > 

に 成行きけ る。 (屮蛴 ) 深き 山に 捨て 給 ひて よとの み せめければ, 月の あかき 夜 力き 

Jf か やま . - すお. ■ に い-、 おも ♦ 

おひて、 高き 山に、 はるばるの ぼり、 捨て 匱き て 逃 げきぬ。 さて、 家に きて^ ひみる に 

とし 頃、 親の ごとくに やしな ひつ、、 あ ひそ ひて ありければ、 いと かなしく 觀ぇ けり。 

此山 o 上より、 月 はいと あかくて 出で た-る を 詠めつ-、 夜 ひとよい も ねられす、 かなし 

く覺 えければ、 よみたり ける 

§ すて やま ? 

わが こ 、ろな ぐ さめ かねつ さらしな ゃ姨捨 山に てる 月 を 見て。 

また むか ► かへ き I » » . > ► 

とよみて なん、 又、 ゆきて 迎へ 返して 來に けりと かたりった へたお』 

つな 1 やまと ものが お 9 *r き; 3 しゅ, ^ r V - 

と、 まことら しう 傳 ベて ゐる。 これ を 或は、 r 大和 物語」 は、 「古今 集」 の 歌に もとづいて 作 

姨 狳 山 j (畏 野輟) :, 信 濃. の卷ノ 



説 傳捨姨 



姨 接 山— (長 野縣〕 信 濃の 卷 

I ものお. あ 1 /rlfwj;'!^ 一 \ -I ^^ちう &ば す そめよ & ばす て辠ま 

つた 物語で ある C,%1%」) とい はれ、 契冲 も、 『姨を 捨てし 其 夜、 その 山 を姨捨 山と よみし ; 

. い しか をば ふ, て やま や *< と ものお ぉリ か さく こと 

もお ぼっかな し。』 と 言って ゐ るが、 然し、 姨捨 山が、 「大和 物語」 に假 作され た 事 は、 それば 一 

こわ やま つ 含 けつ を はすて やま い っ^ にし っ^ ほひ 6. ま 

でない。 此 山の 月 は- 決して 姨捨 山に 出づる 月で なく、 西に あって 月の 人る 山で あるの 

t なか^ 、けめ » ^ 力ば けて やま い つき > また を はォて やま い つ^ よ 

を 中頃の 歌に IS は 姨捨の 山より 出で し 月、 又は、 姨捨の 山の は 出づる 月な ど 詠まれて ゐ 

» つた このち ち 15 し tt 

る もの、 全く 此 地の 地理 を 知らないの によった もので (r 信 濃 奇勝 錄」 )、 例へば、 

さら i をば. s て伞ま い つき 

更科 ゃ姨捨 山の たかねより あらし を わけて 出 づる月 かげ。 (正三位 家隆) 

ぶ もさと ? ^ き pt 

古鄕 はわれ まつかぜ を あるじに て 月に 出で 來 しさら しなの 山。 (後 京棰攝 政〕 

さ^し. な みね * あきか^ f ^ つき か _b 

更 利ゃ峯 ふきおろす 秋風に 霧に しほれ て出づ る 月影。 (大納言 通 光) 

> V , ^ ^ , : ^はすて ? い つきみ 

力へ りこむ 空 も 知られす 姨捨の 山より 出で し 月 を 見し まに。 (源 重 之) 

3 た Koft _9 そ うお おな &まと もの はた, % '-9 , 9 . 9 9 b 

などの 歌 は, 全く 嘘の 歌で あつたの だ。 それと 同じ やうに、 「大和 物語」 の、 『此 山の 上より 

月 はいと あかくて 出で たる を 詠めつ、 云云。』 とおえ る もの は、 全く 「大和が 語」 の が、 姨 

て 4ま *- いん ふお ふ, を 5£ナ て やま?^ せつ */厶 きょ 

捨山 を^らなかった のに 起因す るので あって、 全く 不合理のと ころから、 姨捨山 傅說の 銜 據 

として、 i に す 嶒%) klti. 



それ は、 祸へ、 おく? きに m ゐ たか 4S: から i じて、 1 ぎがに 酺っ たもので あらう と 

^ iur 1 さ . うた をば S やま つ *, で 

する もので、 (「姨 捨考」 ) 『わがお なぐさめ かねつ 云云。』 の 歌 も、 姨を 葬った 山に, 月の 出た 

, t さらしな I しほう ほ 力ら % ^-^ じ. ゆ 

て STi の I を^べ たもので あると^く ものである。 今、 更級 郡鹽崎 村に 長 谷 紳社* 長 

グ TJttir- ノー > ( , 、 . ± こ 3 やま つ 5- で.. つ その 

翁が あって、 f . 「.s き」 に は、 叉、 『此 山に 就て の傳說は、 其 

<t*-l』 T-t *c > , ニン ンぉ J£ る この *, へ とし こ 

, 滅11 の观、 :s の の i に? おる を f す。 然る 處、 此 家に は、 年? を 越 

f i rriTi ォ a ん くじゅん くわい さい ひ 奪し ゆ め P 

したる 1 き, き、 f f のまが I はれた る?、 ず 通の 際、 城主の 目に 觸, を 

1 れ、 鬚き 十五の や ひそかに i を 船 上に きで 歸り たりと i ふ。 それより 此 

findc ノミ もちろん くわせつ しゅち うせう 

ぎ 議 ゃ山まと いふなり と。』 と ある けれども、 勿論 菌 である。 「袖 中杪」 

(顯昭 ) に 載せる ところの もの は、 - 

姨 『とし 齦、 ^の やうに" i ひたて たる 樾を、 めの s ふに つきて、 甥の 男の、 月 あか-け 

捨 るより ゐ V4r て、 疆崎 にぎたり ける よ-、 をば 齡ゃ 山と いふ 云 2 

傳 ま 又お、 「i 鎖」 (霞) に は、 I お, W 

說 むかし、 M のめい をお にして、 ^1 やしな ひける が、 母の 姨 とし 老 てむ づ かしかりけ 

缡 山— ハ畏 野縣) 信 漠の卷 



嫁饞^ ! (長 Kg 信 濃の 卷 

ぐれつ や つ. 5« くま ZJ^-X 

姨 | ^ぱ 乃 月 十五夜の 月の 隈 なかり ける に、 此母 をす かし のぼせて、 きげ て £10 にけ , 。 

一 唯 ひま、 ぎ K にき、 よもすがらぎ ぎ i みける g なり。. f、 f ヨ 

.3j やま^ V /- o その さき かむ りぎ やま ま を こ J5 

一 山と 云 ふ 其 先 冠 着 山と ぞ 申しけ る。 かむ りの こしの やうに^ たると かや 云云。』 

严 み, - しゅうちう ゆう めで ピ つ とも .6- まヒ ,A>S -J 

說 と 見えて、 「袖 中抄」 「無名 抄」 は 共に、 「ガ和 fclK の やうに、 きて たま \ f へ | つたと 

いふ 記事が 觖 えない。 (^^J^yts^ss.^ ほ I て J 今^ず f に、 此ニ 說大異 也。 

f^p/s ? に& なり 力れ はむ. 2 へて 録 p、 これ は て ゃ.^ ナり。 七^ 

の說 につく べきと ぞ。』 y 二お ゥぉ. なた, リ 、 f ぼき だう r Jr,r い IMn 

と 見えて ゐる。 、二 說は 物語よりも、 一展 沒篯 道で ある。 「叙 き§ 一に は 、『、居 =t 

地 一 習以成 ktr 之 俗 i 縱信濃 國俗夫 死者 卽以 ,歸 爲^ s。』 とい ひ、 これ を、 「gm 

考」 は、 『是、 いと あがれる 世に、 避^の 蹄 | なりけ む。^ 隨 にも かぎらす、 i を斷 つる!! あ 

りて、 富. h を 枝 折 山な どい ふ。 ^きに 樾が弒 あり、 むかし ip?M、 縱緲 にき i して、 

をば T て コ、 L, I 

姨拾 はしな のなら ね ど いづく にも ルすむ § のかに こ そ あり. けれ。 

とい ふこと であるが、 さて S する に、 :& きの i 婦、 かしこの iii に f らす、 きと . 

を は ナ を ぼ f/ 

は姨を 捨てた ので はなく、 姨を 葬った もので あらう。 それに は g が ある 。 ー縱 に、 編す、 て は 

夷す ^ Y 3 V!J 、 t ! u,v t 、 Y 、お 卜 、すと、 しと は、 ノ、 しおへ 

あ-? への^ F て すたへ は 下部 ( 常に 相 通 ふ 。f ) で、 葬 地 をい ふので あらう とい ふ も ひこ 



捨 

傳 



よ &っ しなの まんろく k まんに ようし ふお. i まき = じつ レ 5 た- レ 

擄る べき 說 である。 「信 濃 漫錄」 (久 老〕 に、 『萬 葉 集 第五の 卷の. K! 日が 死 を かなしめる 歌に、 之 

おへ ク おひて み ちか る 3 せん 5- み その * , J , 

多 敝の使 於 比 a とほら せと 見えて、 地下 黃泉を 云 ふなり 云云。』 と 見える 其た ベ をつ ^めれば 

9 - こ £ しふ そ 鼓 レ 、 * 、 や まよ , さき に をぱ 

てと なる を もって、 「古今 集」 の 某 は、 をば すて 山と 詠んだ ので あらう。 すれば 嚮に、 姨 

1 やま はう ? SSS み JVS し あは ま j y り 

を 葬った 山の がに、 月の 登る の を 見て、 昔 をし のび かこつ、 さも、 哀れ も ふかく W えて 來 

やまと ものがた 3» U とつく つな * 、J の dyi* 

る。 それ を、 「大和 物語」 に、 あらぬ 事に 作りな してから、 かう も あやまり 傅へ て、 此 作者に 

ふか 5 な お UA3 おも . t0 ^ - 

不孝の 名を資 はする 事、 思へば 氣の套 の 致り である 

けんかい もど いま ど i きんし 、% もん «i ろお /「4^.s":^a" 一お;^ mm\ f s> み : 

かう した 見解の 下に、 今 一 度、 「苗 今槳」 の 問題の 歌 (「の 大^: 嘐) を、 味つ て 見た な 

• U. か そのろ お .S くお も ) 

ら、 如 に、 其 欲の 生きて 來 るか ピ思 はる.^ であらう 

でんせつ そうす- レ &ば すて やま しほ^ « めら を は, せ ♦ ま k ひ-^!:^^ 

この 傅說 は、 一 歷 進んで、 昔の 姨拾山 (今の 冠藭 山〕 と、 鹽綺 村の 小 長 谷 山な どと 比較 硏 

きう れ *9 し せん さく お す そう を ほ 

究 すべきで あらう けれど、 それで は あまりに 歴史の 穿鑿に 墮ち 過ぎ やう、 さらば • ー歷, 姨 

ナ て やま でんせ o 1 $» % メゎ £s - 3 

裣 山傅說 の、 なつかしく、 かつ、 情 まさりた ると ころ を 以て 括 f る 

... こ か, 、 :、. V . --. . . ' • 

古 飲に、 

|« よ つき め ^ぼ 才て 3 

賢き は 勝 のさと も 過ぎら ね ど 月に 愛でて は姨捨 の やま 

镲 山— (畏 野 驟.) 信 瀵の卷 



八 權 烏— (長 野鞣〕 信 澳の卷 

うお やまと も がお! 5 しゅち ぅサう とう そうし しょつ ほ ふ. A も f . 

と ある。 かう した 歌 は、 「大和 物語」 「袖 中抄」 等に よって、 曾 子が 勝 母の 閬の 不孝の 名 

S § 巴と をば すて もじたい し 

をに くんで、 其 地 を 通らす とい ふ 事 を、 姨捨の 文字に 對 して よんだ ものであるが、 死せ 

もば し as ひと U としの かい で S でん せつ ぞ S- しん いた 

し 姨を生 ある 人の 如くに 忍ぶ とい ふ 歌 意から 出た 新しい 傳說 が、 漸く 信ぜら る-に 至つ 

をば すて やが .65 もと かう かう * か 5 か けう くん わ 

たなら、 姨捨 は、 緣て 百行の 本で、 孝行 をす、 むべき 好 館の 敎 訓話と なるべき であら 

ラ0 

一^ Tirli しん w け .3.5 ん ねん 5/ わつ さらしな §0 ひ. yfe けべ お ほが きひと とな &け うじ おやに つかへ かう あ 》- し み 

-ft 『祌護 景雲 一 一 年 五月、 更級郡 人 建部大 垣爲义 恭順 事:. 親 有 1 孝 云云。』 と 史に見 ゆ 

を はナて やま でんせつ か 5 せ ふ 

る もの、 姥捨山 傳說と 交渉 は あらぬ か。 

や ばた がらす 

八幡 烏 (更級 郡 八幡 村) 

か あか あ 烏、 鳥が 鳴いて 行く、 お宮の 森へ、 お 寺の a きへ、 嗚 いて 行く。 鳴いて 伃く。 

(童 雜) 

.fcfo ぢ 5 SI f しな 5S» や はた むら はちまんぐう /ま .^M.&.fis.iu-pf 二 ^ 1 » ぺ つも $b ん 

偌濃 中の 烏 は、 更級郡 八幡 村の 八幡宮 (fg^5t?l^ ) の 御社へ 集って 刖當 神官 

t 霞 襲ハ 信) ききまで あ ふきる。 



6 



咙 





鰌お 翳と したおお の i の橄 とい ふ 嫌、 if i v 千く 甿川は の 酎に 1ん でね あぎ^ 

とい ふ 淤き に は、 おもや 嵐 鍬 神の i が、 f にあの ili に S り i つて ゐる。 かう して、 

II, の^は、 »ぎ た 一 1^ の^^ を 難し、 瓛 るべき 11^ の ITi を敝 つて ゐ るの だと *s れて 



ねる。 



- : 2 J ,f ソ きらしな ぢぅ 5&* . ど こ 4.J 

かう した i は、 辩 に 一 i きりだ けれども (口碑べ 更級 中の 急 は、 何遨に 棲んで ゐゃ うか 

一^に 1 二 i は f す i まに^る。 その ま1 は、 s^^il きづつ^ S 腐の 膨に髓 して は、 

し b& S* しぼ s» むら ひとお » 9 

にがる の^とい はれて ゐる。 ii の ii い i の、 縳 にか X るの だとい つて、 村の 人達 は、 よく 

にち 

^の M の^^の f に、 または M 射な ど を、 つなげる 如くに、 ふらりと か. - つて、 1 日 も 

& る 1 を^る^ がよく ある。 かう した t は、 ^0 れて 後、 水で また 浴して は、 羽攀 して は 飛 

んで I: くと いふ こと だ (「#p„」 怪) が、 おい 啭に は、 二^も 三き も C にきって ゐ ると いふ 事 

である。 (口碑) 

こ あ gQf である、 か はた セ爾 ^Kpillii^^ 

A 烏 —(長 野驟) 信 瀵の卷 



色 璲贫の 街 像 —(長 野縣) 信 瀵の卷 

t 、 o Y 魏卵 ばか リ でな く、 傻 じて i! 足 二足 ン ; M> \ち I , i ち, は. 

ない こと 雍な t と" t ふ』) もし 誤って 噙 ベる 時には、 忽ち 血 を 吐く とい 

» i f a ) ^&ん " &i .is ^にん か と しな © *j く f i $ ゥね け 4 ^ 

ふこと である。 よって、 難 卵 を V. 他の 商人が 買 ひ 取って、 信證 中に て 商 ふ哧 は^の I I 

卵で 濟 むけれ ども、 もしかして、 これ を 他 願へ 資ら うとして、 荷に 作 リ、 或は^!! 繊、 

^ せきが ははし *J く!^ 二 £^ ^ «^ に. &っ きけ、 

政 は 闢川撟 などの、. 國境を 越え やうと すると、 その 時、 铋 然として、 荷物に して 來た難 

£ の *J くさ つお まんぞく J* 

卵 は ;っ殘 らゃ膊 れ潢れ て、 满 足の もの は 一 つも 無くなって しま ふとい ふこと である。 

^s 〕 その 七鄕の 者が § などの 复 ベら れな いのは、 鳥 を ゆ 護す る 八^ 樣 のお 

と • が U 

咎めに よる もの だと 言 はれて ねる。 C 口碑〕 

5- ろ & た は ひ み f 

色 形 灰 の 摘 像 ( M 鈒鄹鹽 崎 村) 

^Jss^ にん やみ VJ5 くわ さう は^ねつく ^ f 

然 上人の 一夜 御 像 は, 火難 Q 灰 を 練って 作った ものであると いふ ので、 また、 ^の if 像と も 

呼ばれて ゐる。 

■ その ま (雷) 稀? f と f て f れた繫 (敵 1離| は、 翳 SEIQf を 



說偉 的傳佾 高. 



V- : *^-Kt^ .v、 >みづ ^レ とん H さつ かいは ふ • と てんお い. . «>®f-Ai たんさぬ 言 # が 

きへ て、 洛^の 吉 水に、 圓頓 ^ 薩 のま 法を說 いて、 天台の 衆徒に は e まれ、 一 且讃岐 に淤さ 

7厶 ぐう s B と ぁ5 あへ さか 4?^t^ ゆん 

れた (齄 永年 中。) 源 空 (法然 上 入) は、 恩 を 蒙つ て鄹 域に 還る (建 暦 元年。) と, また 盛んに $ 念 

おつ.; 5 ^んれ き ね.? しお さわ え $ にち さ 5 こく ► 4A**V ぶめ がう とな: ぷ ご, X 

i を # へた けれども、 建 曆ニ年 正月 病 を 得、 其 二十 五日 早 刻 高 聲に怫 號を唱 へ、 午後に, 至 

. で らい じ がんだ^し でう け S つ 、 にし. むか > , :3 wif し . , 、「1 冗享徵 京, \ 

つて i 膝した 慈^ 大師の 九條の 毅裟を 著け 西に 向って 遷化した。 靠 八十。 (K^^ ). 

は、 ^ き S 崎^ 谷 寺 (^|\) に 納められた。 ところが、 それから 十五 年た つた 後 、肩 

とま くれ 1- i まう き いま てんだいし v お ほふ すね リぅ とほ か .4 ぬん ぶ,^^ , 

きお i の I 酔 は、 蟛 ぎして. s ふのに、 『今、 天ム 口え i の 法、 水流 遠くして、 四海 念怫 門に 鰌す 

I is へ i ふね^ ゆお かれ レ * か 3, ほ5 だ か I もお はん. Q 3- ► ?レ 

る 事、 I に ^ 然の故 である。 されば、 彼の 死骸 を 掘 出して、 * 茂 川に 沈めよ。』 といって 篤り 

ころ かう つけ Sv ほ で リっ しゃ さう もり 奚? にん 1$ ん.^ くし^ . ? L*? ん • か » , 

あった。 その 頃 上野 國 から 出た 律教定 相と いふ 者 は • 上人の 釋藥」 に 破 文 is いて、 乙れ 

as* んレ w -X にん でし あお ,うくわん リっ し * く » u^3<s^^.t , k hw^^ - 

を 「1 激釋」 と^ づけ、 上人の 弟子に 當 る隆寬 律師に 送った 隆寬 律師 は また 「鼠 選糉」 と 

3- レょ つく さか f さう なんもん く つ s , 、 —1: ^^ん あお i ぱ、 せいてん ! > ほ 

まふ 書 を 作つ て、 盛んに 定 相の 難 閗を 覆へ して 『汝が 破 文の 中らざる 事 IT 天の 飛礫の 如 

? U 133 ぶんど ^う . いんそつ I ふ スべ ► ね!^. • 

し 。』 と 篤り かへ した。 定相 は、 いよいよ 憤怒し、 三千 坊の泶 徒 を 引 卒して、 蕞祿ニ 年 六月 二 

に 名 お 1» たに ぺ うお よ き $ J つ の翁ャ めけ ほほに i ほ /土 野 國に锾 る 時、 法 然 上 

十三お、 お 谷の 廟へ 押し寄せ て來 た。 時に、 字 都宮彌 三郎賴 綢ん道 QfisM つ Pgs は、 T 

憔頊 と) は、 二 fc をず て 1 ぎお I 菊に i つけ、 お! を i めた けれども、 i きがれ な 一 1 

色^ 灰の 御 像 I3J 好騾) 信 濃の 卷 



誰傳的 锩佾高 



色 形 灰の 御 像,. (お 野縣) 信 澄の 卷 

かった ので、 たうとう <缀 になって しまった。 % にして、 M 嶽の斜 きを 敝^ せしめた けれ 

ども、 法 然の死 體に危 I の あらん こと を i れた ので、 そのお のうちに || を^き、 ^をき ぎに 一 

が院に 移して しまった。 然し、 其 後な ほ 加 if の f きがお だ やかで きいと g えたので、 お 

舉 li へ f i し、 ioi 續&、 二十 五^ KQr、 ? S 攀^ 

ぴ そのと ぎ ひ 2* ひら み usw^ S ん 5- がい 

S 比に ふした。 共 時、 棺を 開いて 見たところ、 聊 も 損 異なく、 遣^ は あるが やうで あつたと 

» I そのと き ゐ がい ナと few やう や ざう うつ きざ 

いふ ことで ある。 さて, 其 時、 その * 骸に、 少しも 違 はない 樣に、 一夜に 像 を 露し 刻し で、 

いろ? P い <ど £J« にん し W がい *J くい ほ. A & ? -ちぅ &:> ナ, 

色 衣に 彩った が、 上人 は^ 涯黑 衣の 外 を |1ら れ なかった とい ふので、 か 子 中 Hi; の あまりに 

ゐポぃ いろ? * み やおね 5 つ み ?ぅ i-JM み ざう 

遣 骸に色 衣 をお ほふた る 御 姿を寫 したに よって、 この 御 像 は、 色 形の 御 像と 稱 へられた ので 

さん も.^ この ざう うば と さ 、一 Jf i J fe- ひ 》a 

ある。 處が、 山門の 衆 は、 此像 をも蓊 ひ 取らう とする の 沙汰が あつたので、 i 遞 愈 に 射き す 

こま ; ザ-5 は しんしう さらし さほ リ はくて うさん かう らく じ さいふつ はふし じ. 1? 二ん みで ノ こと 

る 事なら す、 宰ひ信 州更級 郡の 白鳥 山康樂 寺の 西怫 法師 は、 上ん の 御 弟子の 事で あ, るから、 

此 寺へ 送る が 無事で あると、 それでも 晝は 人目 を 忍び、 夜な夜な 供奉して に 5! した。 

それが、 81 寸& へられて ゐる、 P ん 1膨 の Isg のきず、 im の mm は、 

の 灰 で^り 造られて ゐ るの だとき はれて ゐる。 (^Jtfi^) 



說傳 的傳儈 I 高 



『鎖 i 攀は (額 &, )、 ii と 1 す。 Mil ま は、 lioi ^ 

if I 震の 船な り。 i め繊 Isit なり、 

儲 f ぎく。 if て、 謹娥 震と I し、 ii 攀の ii たり。 ^1. 

nsk^I を I じて、 ^ioifcTO 麗は、 羅&ぎ 1歡 と ザ ふ 

. t^bv cfe- f お-い U.1 ころ つ しんき 5 のが 一 みう ごく y だ , ^ 

が あり。 l^m、 1 にこれ を W いて 、太に 憤り 殺さん と 欲す。 信 救 遁れて 當國に 下り 木 

lilfe へ て、 sii と S す。 議 1 びて, ii に i れ、 ^ ife 

す。 歸六 f 、 I^F. き PI の 翳に i り、 f 爵 と 1 む。 (K3 ^ 

に、 (職 11) 11. に^り。 ^て 11! の ならざる を^ じて、 ii す。 is 

に雜 り、 Mi (法然 上人) の!^ となり、 ^を 殿 と 1 む。 淨^ 叉相從 つて 名 を 西 伊と 改 

む。 ii, i 楚 (1, 名) ifi せらる。 i 環に i り、 ^し I ふ。 

鉱に Hi す。 1;r3^ き t によって C€ に^り く。 歡て慙 ^の 行" 狀を記 

し、 藝に 1 く。 s-l-?APO | に!! 八十 五 さ % :fi に 人ん より、 fl 十 T 

さいち や o T 

六蔬 長たり。』 (傳) 

色 形 灰の 御 像 —(長 野驟) 信 濃の 卷 



^ の s お"— 〔t f s f 滚の卷 

a みヅ なき いげ 

三 水の 泣 池 (更級 郡 更府村 大字 三 水) 面 

* - s I 3 ^ 、 かふ ふむ らお ほ あざ さ みう as レ 、し I . ^5 & 

三 水の 泣 池 は、 更府村 大字 三 水に ある。 ?曰、 この i の 股 i の,:! みに、 雕 め^かれて ゐ た! > 

哀 さうな 磁 があった。 五^の, 樾 さへ 数 も^れす に、 : s のうちに 淤を の^らす に^ま 

よと 嚴 しく 申 渡された けれども、 , が廣 いので なかなかに 練らす、 ^おしと いふ 1 で &が^ 

れて しまった。 一生懸命 にやって ゐた の^が ゆるむ と、 縱は その ま 4^ の^で, んで 

そのと きょめ う 一ね ,>0 i& „.3 »^ 

しまったが、 其 時 嫁に 植^られた 稻に 熟った おお は、 みんな |1 が^かった。 そして、 鎖 にき 

くと 難が 混って、 とても 食べられた ものではなかった。 i 街 も懇賴 も、 きっと g は 1 く ほか 

熟らなかった。 それでも、 年 @ に 血の 色 は 薄くな つて 行った。 ^1 と はなしに、 お、 0P 

)t-^5 ^/ だ » 1 し i もちだ は a < -ナ < 'ま • I t . 

らはガ 力 湧き出して, 忽ち、 姑の 持 s 一杯の: i になって しまった。 ゲ では、 どんな!. の!: で 

けつ みづ へ 」r クし > 

も、 決して 水の 減った 例がない と 首 はれて ゐる。 それに、 不思議な 麟」 に は、 お 穀の歡 り! i な 

、 . よめ な Z& かな きこ よき, 5.5- 

どに は 緣の おく 聲が、 悲し さう に 開え るので、 泣 池と もい は.^ て, Q る。 (口碑) 



說 傳爭戰 維英 



か は なか じ ま 

川 中島 (更級 郡 川 中島) 

腮 i のき は。 is4sli の f i、 ilss のお をが め、^ 。鍵 

三 靈 あ 鍵に ある、 靈の鎖 に II つて ゐ たので、 s§f 驕 に 1 され、 

に ける は、 ^に i はる さとが f あった。 loi^oi. 10^ 

さ て はか si の羁 は、 0^ 1 士 if から 十 漏 i、 ラ&顏 によって 

I し、 や; は/^ 、今 は 田 甫武田 左典ン へ 眞言 荒 廢の寺 瑠璃 光山 鶴 嵐 寺に、 し 信 繁の聊 ほ 立ズ はに 

行 はれ、 八幡 原 の^?) 曲 厩 寺 "觀國 和 尙此寺 を 修補し、 曹 洞の 寺と して 松搡山 典廳寺 

»Jty, 乙 $ いま そん すくな - 

W ほ マと) など、 古跡の 今に 存 する もの 少 くない。 

醫の は B お S の if 爵^あって、 I 職 は、 S も だ 翳に i はれた。 ^ 

f おく il 四 1 と r で ゐ たの は、 18鈿|4,||妒の 四 § まであった からで 

^ 3 ito » . ち. JJ と きんせ^' もつ a さらしな ひ守 とうほく へん 

「¥矿 j^」 に、 ^綱と^ はれて ゐ るの は ^ きの 事で ある。 近世 は、 專ら更 級 郡の 東北 偏で 

i にし てら を をし まだ ま しまむ らしよ ま きん ^ , よ. びな J > > • ) D 

ある 榮* 西 寺 尾 • 小島 田 島 村 諸 附近 を 指す 呼名と なって ゐる 一 3 

ゃ八鼴 は、 竹き から 鐘の i で、 f , ssis 翁) 職 0<i 鬼) が 鶴 ^ 

中 島 |( 長 野驟) 信 瀵の卷 



說傳爭 戰雄英 



網 合 橋 |( 長 野驟) 倩 濃の 卷 

ぼしょ おと ひ はじかの げん らう このへ.? うち じに や まお はら ぶ 

した 場所と して 音に 響いて ゐる。 初 鹿 野 源 五郞も 此邊で 討死して ゐる。 八幡 原の 逡に、 また 一 4 

*fx おちみ fe ち i のち しんげん 55, ん しんで あ ひ ぼ なだか 55 ^ぐんぜいう ちじ C 一 1 

七 太刀 三 太刀と いふと ころが あるが、 此地 は信玄 • 謙 信 出 會の揚 として 名高く、 兩 軍勢 討死 

く V づか かばね づか ぶる るゐく いお .S うめ" 

の 省 缀、 骸鎵 など 古く は累々 として 致る ところに あつたと いふ ことで ある。 ちょっと 有名な 

"か 4 まもと かんすけ にふだう き .?ャ みぶん ごのかみ まさきよ /k.a3r ヒ y / ..-.th^B-nTt- o!\ でう 5 i 

おとして は、 山 本 勘 助 人道 鬼 g 村の 高 畑。 i 角璺後 t 曰淸 (隠、 飽 ^のガりとぷ^^ 。の) 一 條右 




胴 合 橋 (更級 郡 小島 田 村) 



ほん おい?^ $ めじるし te や はた はら はちまん じ や/ J:i57.fp\ ちか * V う あ ひほレ 

二 本の 老櫸が 目標の やうに 立つ 八幡 原の 八幡 社 05^11) の 近くに ある、 胴 合 橋と いふ Q 

^まもと かんすけ せんし のち そのく ぴ どう *J の はし うへ. «Y であ い 

は、 山 本 勘 助 (晴 幸) 戰 死の 後 其 首と 胴と が、 此 橋の 上で 苒び 出逢った ところ だと 言 はれて 

ゐる。 

え 4 ろ k 1 ね^ ^§ 』か • ゅゎ ぐん まん へい ひ. そ I あか 2* f じ i に はか や はた はら ほん 

永 祿四年 八月 八日、 趨: 卓 は、 一 萬 三千の 兵 を 潜めて、 曉の 霧に 乗じて、 卒に 八幡 原に 本 

^ は. > かふ ぐん し せき 1 せま 41- まもと はる s*- ^ffi&lvtt^ ちせつたん 9 ^こくかん くわ まじ 

營を 張った 軍の 咫^の 間に 這った。 山 本晴幸 (l^c ス S) は、 長嘆して、 兩國 干戈 を 交へ 

V- , . ね乂、 ャほ いな な おび いま § てきぐんき み Ksi こと 

てから 殆んど 十五 年、 戰を 挑む こと 十餘 度、 未だ 一 回 も 敵の 軍機 を 見誤った 事がなかった が 



說傳爭 戰雄笑 



いまみ はき W お. S ぐん ちか, し, , やん めい つ とき • ぶか. だん 

今 I: 霧の ために 大 軍の 近づきし を 知らす これ わが 運命の 盡 くる 時で ある。』 と 部下 をー圑 

こ^ ゝ •, へ 家臣 大佛芘 右衞門 入道 學心、 諫早佐 五郎 入道 了碩ン 0^ へ 本 庄* 北倏ュ :8 < 

に^へ て の 他與カ 同心、 前後左右に 引き 添 ふとい ふ。 j &y i 飯 森 軍。 ) に突& し i 橫 

ふんとう き ころ き きホ じ しん か しょ ^%少 d ぶんとう っ^ つ ひ 

|l 鬪 十三 騎を 殺し、 セ騎に 傷つけ、 自身 も 九 箇所に 痍を 受けながら なほ 奮 鬪を續 けたが、 遂 

かき ざき いづみ § か しん をぎ たよ ぺ 》? よし えき らう か はお ぐん ぺ あ さか き いそ ら ばう や リ 

に 柿 崎 和 泉 守の 家臣 荻 田 與三兵 衞*吉 江 喜 四 郞* 川 田 郡 兵 衞* 坂 木 磯 八 等に、 八方より 鎗に 

、つ. か つ ひつ おと く * ひ さかき いそ と /え、 fe-£^r;%v!% 

て 突き掛 けられ、 竞に 突き落されて、 首 は、 坂 木 磯 八に 取られた。 (^夫 鹏 おる 

C X とき かんすけ さ. i やまもと らう だうた ち にふだう どの くび ぜん 

^^ow 時に、 勘 助 は、 六十 九 歳であった。 山 本の 郞黨達 は、 入道 殿の 首 を、 われらが 目前に 

と むねん にん いのち かぎ ふ こ けっせん 

む ざむ ざと 取らる X ことの 無念で あると いふので、 十 人ば かりで、 命 限りに 踏み込んで 決戰 

はふし くび とリ もど もと s fc かへ * おさらぎ いさは^ 

し、 たうとう 法師 首 を 取 良して、 元の 所へ 立ち 歸 つた けれども、 このうち に は、 大怫、 諫早雨 

にん はふし/、 ぴ かほ ち さ 5 へん いづ ごし ゆ くん くび 

人の 法師 首が あり、 顏は 血み どろに、 招は變 じて、 何れが 御主 君の 首で あると も わからな か 

らう だう ひとり ご しゅくん なきが. & たづ もち かへ くび どう あは み 

つたので、 郞黨の 一 人 は、 御主 君の 死^ を 尋ねて 持歸 り、 三つの 首 を 胴に 合せて 見たところ、 

あ 5 かんすけ じつ くび し ゃなゅ くび どう 

そのうちの 一 つが、 ぴったりと 合った ので、 漸く 勘 助の 實の 首が 知れた。 卽ち、 首と 胭とは 

みづ さは か はばた 5 づ その ご まんす. 9 か はす ぢ くづ » おし f, ふ 

水澤の 川端に 一 つに 埋めた が、 其 後、 潢水 のために、 川筋が 崩れて しまったので 昔の 鎵は f 

いま か はな か くれん えい ころ しば むら たかはた つか きづ ぺっ ひ^: > _ め J- 

今の 川 中に なって しまった。 で寬 永の 頃、 芝 村の 高 畑に 塚 を 築いて、^ に碎を 建てた。 その 銘 " 

翻 合 S— (長 野縣) 信 濃の 卷 



1 傅火怪 



ぼ か 火— (長 野縣) 信 濃の 卷 

はぷ みせつ . て つがんだ ラ いつ 

にい ふ。 『其 身雖, 沒有 1! 不沒 者】 其身雖 1 捋 有-一 不朽 者 1 嗚呼 道 鬼 也 哉。』 と 法名 を 鐵巌道 一 とい -% 

、。 、信 濃 奇勝 錄」 「續 日本お」 「野史」 「豪) T 

i I 雄 言行 錄」 「歴史 地理の 川 中島」 ) 

ばか 火 (更級 郡 共和 村 字 小 松原) 

か 河は牆 の,、 ば、 か f いふ i が ある。 三 Sri から 四が 五 M の 驥 に がる。 4i ふるお 

は i おい。 お i 翳 (ls;4i〔^T。 わ〕) と、 Pff0t. ものであるが、 

> ^. % 、一て よこ b ち A こ ぁ ふ ち 力 きた せ ? 

i§ の! < の やうに、 ちらちらと、 縱撗に 燃えて、 近づく とき 聲を^ けなければ 近く 來り, 咳嗽 

さ 2 き ほる まる B Tr^ 9 ^ 

など するとき は、 • 忽ちに 消えて、 遙か遙 かの 向に 三つ 四つば かりに 見える ばかり そして 

ぢ きに、 又 一 つに なって 撚 えて 行く。 (「信 濃 奇膨錄 J) 

rsfis」 に、 『田野 燐火 人 及 牛馬 兵 死者 血 入 い 土年久 所, 化 皆 精靈之 極 也 其 色靑狀 如レ炬 

きたむ さし まき • 9 、 、 、 1- あは- - 4,せ - > 、/t 一 

或 聚或散 來逼奪 1 入精氣 1。』 と ある もので、 「北 武藏 の卷」 の だい れんじ 「阿波の 卷」 の 力 

、 、 、 、 るゐ このへん に こ せめ^- ち I 、 > ' m t \ バ 5 

ぜんどう などに 類した ものである。 此 遴ー體 は、 古 戰鍚の 地で あるから かう した 陰 火 

, \§ けい . 3 

も それに 闢係 すると ころの もので あらう 



j: 傳名說 名 M 



安 曇 郡 —安曇の 名義 

£ は、 「ま 销 1」『|:|か』、 韶を^ じて^^ と 吧ぴ、 ^^おと^へ た。 加 茂羞; 淵 

.* _、 コ及 勢 % J ゥず 9 なリ W , つう あ づみ , , つず 

は、 『、あ ゲ、 みは^て ふこと ぞ、 铺 積の たつの 約 はつ 也。 わつ 通じて 阿曇な り。 あつ を 約 むれば 

"となれ り。 ^ i あに、 if り。 ぎる (K:、%) 

ゥ >2 な 4- うみ S うみ くち うみ , お ほき う \ ) : ュ *. , J 

とい ひ、 裕を、 f つなの: i とい ひ、 次 を 海の 口と いふ 海 は 大さ 上なる もの \な 力 はとい 

ふ。 l^s (S ま 地 SiS 町) とい ふ。 この SIQf i めた る i の ii ぐべき 

¥』 とずて ゐる。 の靈 は、 き 8(s ヒ) に きられて ゐる。 「が E」 に、 

iE^ifili お S 嫩き 2 と 貯える もの、 職ち これで ある。 「i^I」 に は、 『安曇 宿 尋 

A 4 じん わたつみと よくに ひこの かみの こ ほ だかみ のみこと のの, ち, • 3 , まみ、 a ふ.^ ^^の、 の^? >1 か 5、の. か sso n み 1 ご • rjs r-o raxk. & 

豐國彥 神 子、 穗 高見 命 後 云云。』 又、 『海神 後、 犬 養 姓。』 とも 見えて ゐる 「俘 鼠 地 

禁」 に は、 『菌 isiis は、 ま 1 の むらに ゐ ます。 (薦 lisp) 識 s の^ 

^1」 にさ 坂^ 赠 げば、 に そ ひて、 避^お^ に I おす、 識も、 ^に^れる か。』 と^え 17 

なかぶ さ をん せん さくげんち , 、にやん,: k t う^: 匚; iK?J? 、燕 *尺 夭 井. 常ン る! S T 

る。 中 房 温泉 を 策源地と して、 日本 アルプス ひ 中堅た る 諸 a 峯 f の 諳嶽。 」 の t 啗た るす 

毳 安 fs 野驟) 信 濃の 卷 



説 俥 的 話 tfe 聞 民 



籙 a 橋— (長 ^鹧) 信 濃の 卷 

ざん そ しゃめんて きかう げん あづみな! S& あづみ ぞく そ. せん ほ. おかみの み i . L ) 

明 山と、 其 麓の 斜面 的 高原で ある 安曇 平 は、 まづ" 安曇 族の 祖先た る 糖 高見 命の 一 族に よつ 

一-、 s^k^ ,c r> こ 。へ 有 明 山の 傳說、 及び、 安曇 平の 傳說、 中ン 

て 治水 開 K の 基 を 成して ゐた 山の 傳說、 物 苺 太 郞の傳 說综參 照。 ) 

ざ ふ し ぼし 

雜食橋 (南 安曇 郡 安曇村 大字 島々) 

まつ もとし ひだ つう のむ ぎみ S だう え 5 ろ. 经; 5 あづみ あづみ むら あざし まぐ はレ? あひ^ なが 

松 本 市から 飛驛へ 通す る野麥 街道の 要路、 南 安曇 郡 安曇村 字 島々 と、 撟揚 との 間 を 流る i 

SK5 は g3 りう もゅか i がん やま や * ちか ❖ ま はしぐ ひ か, , ぶ 3 おは はし 

梓川の 上流、 峙っ兩 岸の 山と 山と が 近く 迫る ところ、 梁 柱な しに 架けられた 風變 りの 撟は、 

"まざ ぷし はし /ITT ,、- し り\ よ しま.^ よ しら ぼね を^せ, 5 かよ • ひ とわお » # k , 

今 ^ 食 橋 (^し と 呼ばれて、 島々 を 過ぎて e 骨の 温泉に 通 ふ 人の 渡らねば 行かれ 

はし なが け.? は *- けん はし しお § もち ふうし ふ of 

ぬと ころと なって ゐる。 橋の 長さ 十八 間、 幅 六 間、 橋の 下に は 柱 を用ゐ ない 風習な ので、 雨 

おん だん.,.. \ わく くみあ は つ だ い. つな あ うへ けた わた 

岸から、 段々 と框を 組合せな がらに 突き出して 行って、 紫ぎ 合 はした 上に 桁 を 渡し、 その ま 

はし さ. - わお な ひとお ち あやぶ おそ おそ とほ ねんめ 

ま^が 支 へられて ゐる もので、 渡り 鰂れ ざる 人達 は、 危 みながら 恐る恐る 遛る 十三 年 目に 

, べんかい ざう しきた S* かけう はう k> またき めう わくつな あ , ► そ, * 广 はし.^. 

1 遍 改造され る 慣例で、 その 架橋の 方式が 又 奇妙で ある。 框が 驚ぎ 合 はされ て 其處に 木 

(4D ま n で、 >^ v おぜん «? んひ きか はし ほ はう つく 

f ぽと 呼んで ゐな) が 完全に 三本 引 架けられ ると、 撟揚の 方から、 豫め 造られて あった 

をん な にんな 一?' しま <\ はう I ひ わ も しま,? ほ 5 ^§ よう い , 

女子の 偶人 を、 島々 の 方へ 車で 挽き 渡す。 すると、 島 々の^から は、 これ も 豫 め 用意され 



mmmK 



t ¥J レ >.-^.^^i をと こ c^*- J I ひ わた もんな にん やう > ^し さ,^ 

てあつた 务幌子 記 愛^の 男 f の 偶人 を、 やつば り 車で 挽き 渡す。 女子の 偶人 は、 この 撟を最 

しょお *-i ざ もし わた さま いま っ^ S きうれ い - >, , ノ、 をお に 1 

初に | なけた^ とい ふ SI 仕の 渡り ぞ めの 狀を、 今に 傳へ て舊仞 とする ものた とい はれ 罗 子の 

14 は i のお 繊を S! した siiQi を あら はした もので、 f ii に は si あって、 

i く M の& に^^と する を^し、 ^は、 異人 を 指揮して、 秘符を 押して 宅 災を鎭 めしな どと 

きいて ゐ たので、 おに i 減し、 ぉ鼸 (S 賺ご も、 その 嫩職 にあら ざれば、 つかない と、 

$^ せい 6 1 き ね,? i じょ \ n 

^ら晴 明 を 祈念した と い ふ 故事に 據っ たもので あると いはれ てゐる 

- t .V ぃ+* な ^むら >ん か ぢょ この あた リ 

さう した 4% け を 持って ゐた a とい ふ 女 は、 もと 島 々村の 貧家の 女で はあった が、 此邊か 

ら m 赠^ 戯すー «の1 もな く、 そのため、 m の M たち は、 四 里 も 五 里 もの 無駄 道 を 往還して 

ふ v ひ ^ i5 ち V1M> はし か お- X ひと <\ ぺんリ 1 力に セ、 

ゐる 不便 を 見て、 どうかして 此邊に 橋 を 架け、 多くの 人々 の 便^ を はかりた レ との 膨りを 立 

» . ひと つか 巴の ち 

てた けれど、 おのれの^ にあって は、 その 願 ひも かな はない ので、 人に 仕 〈ながら、 此 地に 

^を き け やう ものと、 糖お の 食 I、 自 がの 喰 ふべき 米穀 は 除け おいて 寶 しろな し、 ぞ 生に は 

もつ ,i う つも つも きんせん まや いはちよ このはし か、 _ 

まづ い 物ば かり を 食し、 その 寶 りしろ の 積り 積った 金錢 で、 漸く 岩 女 は、 此橋を 架けた 19 

へ 「信 濃奇 篛錄^ レート .Hlcb &。 一 1 

ぐ 七 モ四九 三ヒ と: B は^て ゐる 

籙 食 攩— (長 野縣) 信 趲 の卷 



說傳的 話 說間民 



鏢 S 橋 |( 長 野縣) 信 濃の 卷 

いま このはし 、 * -か: ぞく v.,v „•->;> 〜,: i 1 よ - - もり ぷる 

今 は、 此橋 を、 雜食 橋と 書いて, 俗に ざ ふす ゐば しと 呼ぶ 者が ある けれども、 古く 

9' 919 .^9! よ. * しなの き.: 5 つろ く ざぷ しの はし み しか 

は、 れそ を、 ざ ふしの はしと 呼んで ゐた。 「信 濃 奇勝 錄」 にも、 鎚食撟 と 見える。 然し、 

はし か い はぢょ ざつえき つと げナ ざぶ し はし 

これ は、 橋 を 架けた 岩 女の 雜役を 勤めて ゐた 下司で あると ころから、 雜仕 橋と 言 はれた 

3*\/ もつ げん はしか こじ, なかごろ ざ ふしの はし H , つ ひ ざ ふす ゐ 

もの を、 食物 を 減じて 橋 を 架けた とい ふ 故事から、 中頃 雜食撟 と 呼ばれ、 遂に は、 雜食 

ほし. S とち こ. & 5 こ» はし , 9.^w^9 ^ 

禱 とも 言 はれる やうに なった ので は あるまい か。 土地の 古老で、 まだ、 此矯 を、 ざ ふしの 

はし よ 

橋と 呼んで ゐる もの も あると いふ ことで ある。 

*J の はし でんせつ しゅみ でんせつ , . せい かう:, 

此 撟の傳 說に關 して、 「趣味の 傳說」 (五十嵐 力 氏 著〕 は、 その 第 七十 三 項 (最後の 項) 1 

ねんりき で き ざっし はし だ" めい も Ai *J ひ せつわ だ- > さくい, くわ 

念力で 出来た 雜志 橋の 題名の 下に、 戀 にからんだ 說話を 出して ゐ るが、 作意に なった 訛 

せつ こと 9 9 '9 J. ざっし ぼし ごびう 

說の やうで ある。 殊に、 雜食橋 を雜志 橋と したな ど は、 全くの 誤謬で ある。 (M^n^ 

はけ 嵐 氏が 小 序に 於て 述べら る 、 通り、 数十 氏の 寄稿 をう けて、 之をン お、 n^-DS 

整理した もので ある さう だ から、 氏に 作意の 責任 はないで あらう。 ) ヌ 一 きの 傳 ss」r ォぉ teRi 

うち ぺ ー ジぃ か だ. S めい なが i ひ ぞくせつ しゅみ でんせつ おも 

著) の 中、 百 一 頁 以下 題名 e 永い 戀の 俗說 は、 「趣味の 傳說」 によられ たもの X やうに 思 

, , .**0 ろん でんく わ ごびう し. 一 J5 れぅ 

はれる が、 これ は、 勿論 傳 訛の 誤謬で ある こと を 知らす に、 材料に あっか はれた ので あ 

るの らしい。 



200 



史 

的 



I 親? &多田 ま 助 (南 安曇 郡 明 盛 村 大字 中 費) 

,二 * a) しなの、 c くに まつ もと f あう. -fs なな, ぶ を コ は^^^; へ 

i の は、 i 蘇の 懸ぃ 十六 f 二お 氣國松 本領寵 し U 組 (の . 

た。 sgr 門ん に をず、 ^ ^のた しなみ もあった。 年 は 

ffif iQ 蒙と なった。 それから if かほた ml の^ 

is く、 if S があって、 f. Mi のず^ f しく: み つ f ぺ? 

るに、 ,靈 Hi は、 I, く區 に は、 f き、 叼上 I 右 衞鬥、 小皇 S 衞 

si slfl 、ま II: ん sff にきか^^^ えと; T 

0i$§kk 霞の i き Tf らす、 ^は lig 苦 

とき tlsiu \ SI - 、 M^M へた q で、 f K も同淸 し、 百方 嘉 ® 等 

と、 il の 年寄 役 土方 縫 殿 之 助の 屋© へ參り 此搴を ffi< ^のて d ブ rf つ ひ まんし ゆ 

のた めよ かれと f たけれ ども、 1 は、 かきって s£ する きろと なり、』 ははば 

より 『門んをぎら れ、 1 ぎ i ひ は、 f il を f れす にし まった。 * 助 等の 苦心 

篛民多 田嘉助 |( 長 野縣) 信 濃の 卷 



說镩的 偉史 



義民 多^ 嘉助 ー( 長 野騾) 信 濃の 卷 

ひぶ かな いくたび ぐわん しょ ほうやく てい:^ つ かんしんら みな |« つね にぎ つぶ k i のと *> 

i 方なら す、 幾度と なく 願書 を 重役に 提出した が、 奸臣等 は 皆 全く 握り潰して 了った。 此時 12 

§ ない のうみんら かす けら くしん ざし しの そ. K>0 あんぴ し て. ^惠さ ねん タ わつ 3 

領內の 農民 等 は、 嘉助 等の 苦心 を 庳視 する に 忍びす、 訴訟の 安否 を 如らん と、 貞享 三年 十月 

か さい さい のうし ゆつ 巧 みの かさ よそ ほ のうぐ て まつ-もと じ 蓄 か おし 

十四日に、 十五 歳より 六十 歳までの 農 衆 を 促し、 篛 笠を裝 ひ、 農具 を 手に して 松 本 城下に 押 

よ き ん! うじ その かや にん is- つ この さう どう かんしん ども しう し 5. うらう はい さう だん けっく わ . か- > . 

寄せて 來た。 常時 其 數ニ千 人と 注せられ た。 此騷 動に、 奸臣共 も 周章狼狽、 相談の 結果、 嘉 

すけら いつは じ ひきあ 4 すけら ねが おちむ き と リ あ さた 

助 等を僞 つて、 一 時 引 揚げさせる こと \ し、 嘉助 等に は、 願 ひの 趣 を 取上げる とい ふ 沙汰 を 

H かナ けら *02 ひと かた みんしゅ どう ひ つ 1 むら かへ そのよ ひさ 

下した。 嘉助 等の 喜び 一 方なら す、 民衆 一 同 を 引き連れて、 村に 歸り、 其 夜 は 久しぶりに、 

やす ねむ よく, レっ さう f-ま ちちう つ 5 ひ き ふつ がふ . か :-. 

いと 安らかに 眠った とい ふ。 さて、 翌日に なると、 早々 城 中よりの 使が 來て、 不都合に も嘉 

すけ ら み も Q とじめめ. 5- こと か すけ しや づ や めん はや か すけ ら 

助 等 一味の 者に 戶締を 命じ、 殊に 敷 助の 庄屋 を 免ぜられた。 それによ つて、 早く も、 嘉助等 

1 くに づめ やくにん かんた う あさひ さと しんめい たんせき さま し あん = と 

は 全く 圈詰 役人の 奸廳に 欺かれた のを覺 り、 身命の 旦夕に 迫った を 知った。 すると、 案の 如 

ナぅ じつ ご とリ で きた か すけい か ものお よ その し はく ヾく とう かん 

く 数日後、 捕手が 來 つて、 嘉助 以下の 者 及び 其 二子まで を も 縛して、 獄に 投じた。 かくて 奸 

レん とはい ますく あくらつ しゅだん {M< ま かす けら かけい しょ むね けつ • けい 

臣の徒 ffi は、 盆々 惡辣 なる 手段 を 逞しう し、 先づ、 嘉助等 を 架 刑に 處す るの 旨 を诀し 刑鍚 

まつ もと じ ぞっか せいはう いつぼん ざ /】,%c ま、 =«?^『で!^ま1ヒ1;;;-^、\ さ だ てい 寫ラ ねん しもつき 

を 松 本 城下の 西^なる 一 本木 (1^ き 漏 【 じ や/ i^^fj"!! ^丄 に 定め、 貞享 三年 霜月 二十 二 

sis そのけ い A この ひ »2< § ない のうみん いく さくぐ わ s くろやま » やくにん 

B、 其 刑 を 行 ふと S れられ た。 此 日に 集った 頷 ほの 農民 幾千、 枷 外に 黑山 をな して、 役人 を 



ife 俥 的傳敷 



鯢る 爭 ^く i、 歡に t 鰌り の鼦 ぎでなかった とい ふ。 まに なって 刑 は^ 行され た。 薪 助 

iol 議 3 ゆ) &,ず 鍵の がぎ 雞 せられ、 a 腐の 戴 

^なる? s、 の i にも も鉱 された。 に^った き 職 は、 § に^って 今戮 せられん とす 

る i、 It^l^f t S を 1 んで、 iosl^f 

た。 ^ksss^ 此) 懇は^ て^;: 一人 はた: く 

かくして ilsis ために、 81 の げたが、 後に、 鈴 木 主馬 以下 I 共 S 

ぎ E し、 それぞれに まぎられ、 ひ 土 ぢ蒸! ^ff て戲 旭と いふ ことにな つて、 死せ 

る 41 の il>i げられ、 I 遠 は t びず 藝ぉ に まった。 ^は! S に 彼の 木內霍 (佐倉 宗 

f§ と, 1 の 露で あつたが、 r いかな f には^ &く きられて ゐ ない 宫川氏 S 

鬏の議 は、 そのお、 饕 のま if i に i られ、 「鎖 S4,fei &」 の、 昔 

を傯ぶ あはれ さ をと e めて ゐる。 

0s^^a^ 鬅 がま 1 に £ く i すがら、 ふと 樹 てた 杖の 极 

X* か ふるかぶ , ) o 

が、 その ま-に ©づ いて、 そして また 枯れた 古株 だとい ふこと て ある 

義民 多 田嘉助 —(長 野縣) 信腹の 卷 



I: 傳 的傳史 



義民 多 田嘉助 |( 長 野縣) 信 濃の 卷 

て. ai? ころ ま』 つ-もと はんしゅみ づ のお * なほ しゅしょく ふけ ちゆき うし ゆれん. 3- お く は きょ さく あ ひつ 》• 

貞享の 頃 松 本 藩主 水野忠 直、 酒色に 耽^、 誅求 聚斂 至らざる なく、 加 ふるに 凶作 相績 

» て でゥ ねん 9 ん うお ほい .sfe あくえき まお Sy5 かう のうみん こんば いその isv § らう しんら はんしゅ 

き, 貞享 三年に は 霖雨大 に 至り、 惡疫亦 流行し、 農民の 困憊 其 極に 達した r 老臣 等 藩主 

i たみ VKC かへ么 せんだん もつ から ふみみ が な ts ど し 《*0ゃ》- しん はふ あんしゅつ 

に諛 び、 民の 苦み を 省 す、 專斷を 以て、 穎 踏 磨き 井に 三 斗 五 升摺の 新法 を 案出して、 

f ない げんたつ から ふみみ が , じ s ^らい から ぷ J なぷ 1 ふみみ が 

領內に 厳達した。 顥踏 磨きと は、 從來、 顥の 附着し たるま \ 上納せ し を、 新に 踏 磨きの 

て すう ほど- J から と さ どう ぶん n^r- しうな ふ お ほ ひ ど しょう ナ SS- 

芋數を 施して、 穎 を 取り去って、 同 一 の 分量に し、 收納の 多き を 貪る もの、 三 斗 五 升 s 

もみ ぺ うつ , げんまい ど し i じ e_0 らい ていせ 3- ど や. リ くら 

と は、 籾 一 俵を搗 きて、 立米 三 斗 五 升 あるべき をい ひ、 從來の 定制三 斗摺に 比ぶ ると、 

1 し ぞうぜい めい す は たかと ほ いひだ かくはん と しさ づ少リ 

新に、 五 升の 增税を 命じた る もので、 輙訪、 高遠、 飯 田の 各藩 は、 二 斗 五升摺 であるに 

ナ し! w ぞうぜい さら このき よさい さい し # ま リぞ つない 

旣に 五^ を 增税 して ゐるを 、 更に、 此 凶歳に 際して、 五 升 を 增 したので あるから、 領內 

のう ほす. ^こんく 贫 い この かざい ふんがい AI き なかが や むら りせい た だ 

-の農 は、 盆々 困苦に 陷り、 此 苛税 を 憤慨し ない もの はない。 時に、 中萱 村の 里 正に 多 田 

"办 け け せいぎけ ふ と をん こう ちんき 玄 ぶ ぶが ういく みん laic あつ のうみん キ; う 

嘉 助と いふが あった。 牲義俠 に 富み、 温厚で 沈毅、 頗る 撫鄕育 民の 心に 厚い。 農民の 窮 

»«4 み しの しん と はんてい ぶ S#V1 しょ いた ぶ ^リ と しょう ぶく きう 5 つた 

情 を 見る に 忍び す、 一 身 を 賭し て 藩 gf の 奉行所に 到り、 五分 摺】 一斗 五 升の 復 舊を訴 へ 

のうみん ら か すけ しう そ ざし お ^ きた すう にん 

た。 農民 等 は、 嘉 助の 愁訴 を 座視す るに 堪 へきれ ないで、 從ひ來 る ものが 數千 人で あつ 

> は/^ 9 巴れ もつ. -と ちう か すけ はじ しゅ 5?5 しゃ.? にん たいほ. vy と 5 

た。 藩 吏 は、 之 を 以て、 徒黨 として、 || 助 を 始め、 首謀者 數人 を逮铺 して、 獄に 投じ、 



,據的 傅 fe— 



た。 f は、 f I じて、 -sfli に i した。 t 0ff 一 お ? 一 日ち で、 

,は11 しく、 0ff I ぼの 題き、 S 等の ぎ I はう として、 

避から I り! rf の は ゆの i くで、!. く f の i を F 、蕩^の 義死を i しまぬ 

、、rv,、r\ 7 / > ' , ナ け ま は 3 つ は 

ものまない。 i て、 is, ,に i まれて、 黐に 現 はれた。 雷 は、 先 、、つ 磔 柱 

c H 一,、 、、冲 ノ. i ^< * ン * レ? A/ U6 

に? た。 まき は F ある。 纏 は ivi& かう とする。 薪 助 は * ま 自若、 吸 を 開 

い vfe んでー r に、 『百 鍵 るに しきす、 鹏& ひきつ I りたれ ども、 r 無 1 

V * P / » . お ま 一と ^ょ う われら しゃ 5 

1 となりなん ぬ。 i ひ、 鬏 この f を f た-とも、 五分 增ニ斗 五 升 は、 靠 百姓の 志 

なり、 いっか は議 せらるべき。』 と。 1 にして、 き は S し、 鬣 や、 ま 閃めき、 ^ 

けき 1 しる、 1、 黼、 ^^$tfkf i に I 勢 高の 露と 消え 

3 k ノ お??、 ね^ § そつ き fc^ 

絵、 鍵 ま、 S5 して ぐるに 雜め たが、 ぎ、 正 管 It 月に 卒し 忠 

,裏 を 粉て、 纏に? た。 ま f まきに きた 1、 1、| して 同 I 利 I を 傷け 

た。 髮で、 疆は、 1 きを ,きせられた。 に T、1isKK3SK 一 

義民 多田嘉 助— (長 野驟) 信 濃の 卷 



匕 

傳 



白骨の 龍 £<| (長 野縣) 信 濃の 卷 

^は、 si の靈 のぎと いって f。 (g 讓) 

しらほね たつ あな 

白骨の 龍 ガ (南 安曇 郡 白骨 温泉 地) 

I 基から ま r 村ら まで 六 や ぉ大ほ r 川 はから^ (巧^ 31 ま 1ST f に、 か、 なに 

き ある。 s 鍵ぎ こ&の 鍵 にある ので ある。 から、 ffM^f^m! 

遙 力の かなた 湯:::;: の i!: 原が 見えて、 JHJ 泉の 地に 來 るまで、 あの 小川 を 渡らす、 何處を a り % 

\ i ' Z : ノ >3 X '» で-ちう ど ぞく つ. 3. とほし な し. ね たつ. S な どう きつ i 

りし 力と 怪しまれる。 これ は、 途中に ある 土俗に 突 通と いふ 名高い 由 あの ルの洞 一^ Afe 

、r、 Jv^s, ば , い. - 9 . ン * い, . なびび と また この ほら く r い 

いて 湯::::; ^ れスり それより 東 崖へ 脫け 出づる を、 旅人の、 又、 此 洞に 潜り 入りながら、 

ほほつ '^f > たつ あな さいう みつじ ゆ さう うつ め おへ あ. も まひ 

洞 中二 g ばかり は、 龍 穴の 左右の 密 樹蒼欝 として^ を き り、 11^ の 職洩る X こと i なる ため 

: 、 > シ t 、が は v k ^ ゝ £ み. T あ^ りうすな ともぬ で ゆ あ 

に 力つ は 潜り ス りて 北 を 通る に, その 惑水淺 くして、 流水と 共に 脫け 出て しま ふ 故、 さ 

1 o J ゆ る は *^ れ き みね ふもと いち t へ B- i じ ? -0 

つ はり 湯 川の 流に 氣づ かす、 かなし 嶺の 露に 至り、 顧み て^めて 驚く ので あると いふ こと 

ら. > >3 、 ► おつ あな とほ とき どうちう :M*r- にう $ き みづ な a き- 

て ある。 もし、 はじめに、 龍 穴 を 通る 時、 洞 中の 鐘乳石に 氣を とらる 乂 なく、 水の 流れに 舒 

' ^1 ン 》• * f5s ぶい. あか tlo てら i 

を 付 くれば、 雨 唐の 明り かすかに 水上 を 照す 樣が うか^ はれる とい ふ。 



說傳的 話 說間馬 



たつ あなどう ちう いし .3W にう き お ほ ぼんぶつ , く わ, .S しな い 

龍 穴 洞 中の 石 は、 鑌 乳の 氣が 多く、 萬 物 これに 化せられて、 みな 石と 化る。 こ \ を 出で て 

&ん が. S がけし お しやく じゃく レ 《p にう すきま さが つらら » りうす ね みないし 

南 巖 の 3 品 下に は、 二 X 三 K の 鐘 乳 透 間もなく 下って、 氷柱の やう 流水の かかる もの 皆 石と 

こけ はな いし な * ゆ f ま- いし かんすね 

なり、 苔の 花ながら 石と 化り をる も あり、 夂、 \ は 氷が その 傣に 石と なる ものが あって、 寒 水 石 

よ いしし ろ そ ひん さら ほねみ ご しらふね 

と 呼ばれて ゐる。 石 は 白く、 麁 品であって、 晒した 骨の やうに 見える ので、 その後、 m 舟の 

な f しらほね よ をん せん しらほね をん せ^ おつ あな しらほね たつ あな とな 

名 は、 總 じて 白骨と 呼ばれる やうに なり、 si 泉 は、 白骨 温泉、 隐穴は 白骨の 龍 穴と 稱 へら 

さんかん へきち 0§ S に ふよく 1 ま. s ねんさうた う むか 

れて、 山間の 僻地で ありながら、 觀 光の 客、 入浴の 客、 毎年 相 當に迎 へて ゐ ると いふ ことで 

ある。 (r 信 濃 奇勝 錄」) 

物 草 太郞塚 (南 安曇 郡 柬穗高 村) 

あ づみ みや ほ, おか じんじゃ /询 ケ 5ゃ 入. ia#J^44-:y 、 \ W ぞく ものぐさた らう a 一な . /「.K 

安曇の 一 の f 稳高种 社 (樹^^: ss^。) を、 M 俗に、 物 草太郞 宫と稱 へて ゐる。 (一^ 

44-^-4^ ものぐさた らう ものがた W- との みぞ ゥ じん 衷 5yJ?OB^ り tz\ 

£ 辭^ ) これ は、 「物 草 太郞 物語」 に、 18幕太 郞。) は、 おたかの 明祌 (1.^1。 て) と あ 

/ i つぼう あさ ひ ごんげん よ い ま ほ たか じんじゃ しゃ 

ら はれ、 女房 は、 朝日の 横 現と あら はれ 云云。』 と あるのに 據っ たもので、 今 は、 耮高 神社 社 

とう ^つし やわ かみやみ 5? じん し ものぐさたら う まつ ほんしゃ うしろ f- か ものぐさ 

頭の 末社 若宮 明 神の 祠、 物 草 太郞を 祭る とい ひ、 (r 綠 起」) 本社の 後 背 に^が あるの を、 物萆 

物 草 太 靡 標— (長 野縣) 信 濃の^ 



說傳的 話 說間玲 



物萆 太鄹 塚— (長 野驟) 信 濃の 卷 

、4! . らう ゥか ^ つお 

太郞の 塚と 言ひ傳 へ てゐ る。 (「信 濃奇滕 錄」) T 

しん ふと 5 き くわつ にん てんのう ぎょう なかぶ さやま /4s=.?43sl^i&lM1E\ あくやべ > > このへ:.^ らんぼう 0^ 

「信 府統 記」 に、 光仁 天皇の 御宇、 中 房 山 (畅 I^MW ,お) に惡賊 があって、 此 1 を亂 暴し 

じんじゃぶっかく は «5W 富 , \§ むてん のう ぎょう さ. § のうへ たむ らまろ え ぞ せ s たう をり/虔昏.^.^ 

神社 怫閣を 破 却した と閗 えたので、 桓武 天皇の 御宇、 坂 上田 村 麿 は、 鰕 夷 征討の 節 (はが お 

ls<JJaT.fa\ た. s. ぢ こ もんとくて •/- のう みよ. - しなの c くに しなの ちうじ ぞゥ ZJf 

辦雜難 を 卿 ) これ を 返 治した。 越えて 文德 天皇の 御代 信 濃 國にゐ られた 信 濃中將 (^ 

天皇の 御孫ン M-t > へ 文德 帝より 五十 年後 延喜七 年延喜 格に 選疆 せられ) kp. 

ST ふ邙、 と^: えた スカ ^高 M 社 U: るに よると、 此社 大本 社瓚々 杵爲、 穗 高見 命。 J を造營 さ 

こと ぞく ものぐさた らう とな ひと このち うじ や r- 

れた 事が あつたが、 俗に、 物 草 太 郞と稱 へ られた 人 は、 此中將 であった とい はれて ゐる。 

(「信 濃 奇勝 錄」) 

ものぐさお らう ものお few ゐ ちうじ や 5 ひと しなの さ せん , & ま Z 

「物 草太郞 物語」 に は、 昔、 二位の 中將 でお はした 人の、 信 濃に 左遷され 給 ひしが、 子な き 

5 れ ぜん \/ わつ じ にょらい いのし え をの 乙 ものぐさたら う ち- * 

を 憂 へられ、 善 光寺の 如來に 祈られ、 一 子 を まう しう けて 得た 男子 を、 物 草太郞 として、 父 

ちう 0^3 ほ X かお ものぐさお らう み つ とし つく ま Isin* 9 W 9 がう 

は 中將、 母の? は、 物 草 太 郞の三 歳の 年に みまかられ、 それより は、 筑摩郡 あたらしの 鄕 

へ「 大日 本 風土記 • 信 濃」 に は、 『世に いふ 物 草太郎 は、 信 濃國 新ら し 江の 入と す。 按ずる に、 今の 新屋 村なる 

ぐへ し。』 と 見え、 「地名 考」 にも 同じ K 事 見え、 且、 『姓氏 知れず。』 と 見え、 「信 濃奇 滕錄」 は、 松 本の 西南! 虽 

餘 隔て i、 新 村と いふ 地 あり。 上 新 村 • 下 新 村、 その外、 柬 南北の 五つに、 又屬邑 あり。 此地、 むかし 物 草 

太郞が 住居のと ころと いひ 傳ふ。 あたらしの 鄕名、 轉 じて 新 村と 唱 ふるに や、 又、 もとより、 新 L に ひ 3 の 

りし. &、 也て て^ i!EC、 訢 r ち ヒら \ S さとびと やお , せいちゃ。 そのな ものぐさお らう 

の鄕^ 訓 じしに や 4! して. K") とい ふ 所の 里人に 養 はれて 成長し 其 名 を、 物 草 太郞と 



說傳的 話 說聞民 



,3- r Jcos-A- % J.V4i J やと *W のぼ 、 * > ぶき. は. 

g したが、 その後、 が 魁の ながぶ とい ふに 雇 はれて、 都に 上った が、 やがてな がぶ の 期も果 

し^- o つ • fc~、 s*^ ぼう t きょみ づ さまよ その を り じ じゅ P 

てヒ ので、 g かへ 連れて 歸る^ 房 を 得ん と、 淸 水の あたり を 徘徊って ゐ. た。 其 折、 侍 從の局 

とい ふ ik "しい を 見立てて、 あくまでも 志 を 得ん 事に, 中し、 その後、 七條 のす ゑから" 

k-i Ji ^ ^ しの $ こと つく そのに ようほう え . しなの: ちうじ やう ) > r ぺ 

1の竭 の^の へ^び^った 事な ど 作り、 かくて 其 女房 を 得、 信 濃の 中 膝と なって、 筑 

- ! I よ は ひ たも § か のち , , . 9 : 

i: の^に やかたし、 百 二十 やの 長 齢 を 保って、 いと もめで たく 榮 えた 後に は、 『おたか (穗 S 

*35 ユリ ヒ *i つく ものぐさた らう ものがた リ ぜんぶん ぶ せきかん 

の喊 g と あら はれ II ふき K。』 と 作って ある。 なほ、 「物 草太郞 物語」 の 全文 を 揚げて、 一 夕 閑 

だん し I i 

談の資 に 供して おかう。 

うち 

物 I 早ま 認^ ^1 『たうさん だう みちの くの すゑ、 しなの のく に、 十 ぐんの その 內に、 

ど とろ ひとり . 

つく まの こ ほり あたらし のがう とい ふ 所に, ふしぎの をと こ 一人 はんべ り けり その 

:. も ひ おらう な. もの た-らう ま を- こま » くに 、 

か を、 きぐ さ 太 郞ひぢ かすと ま をすな り。 名 を 物ぐ さ 太 節と 申す 事 は 國に ならびなき 

もの な-, もの たらう $ 

まどの 物ぐ さしな り。 たどし、 名 こそ 物ぐ さ 太郞と 申せ ども いへ っズ りの あ. ON さま 

ば 二, すぐ 丄て めでたく ぞ はんべ りけ る。 四 めん 四 はう につ いぢ をつ き、 三ば うに 門 をた 

て、 東西 比に <; け を ほり、 島 をつ き、 松す ぎ をう ゑ、 島より ろくち へそり はし を かけ 

物 蕈太酃 塚 ー( 長 野縣) 信 濃の 卷 



209 



說傳的 話 說間民 



物 草太酈 塚 |( 長 野鯀) 信 饞 の卷 

かう らんに ぎぼし をみ がき、 まことに けっか ふ 世に こえたり。 十二 けんのと をさ^ら い 

九 けんの わたりら う、 つり 1、 ほと M、 むめの つぼ、 きりつ ぼ、 まがき りつ ぼに c きる ^ 

まで、 百し ゆのはな をう ゑ、 しゅてん 十二 けんに つくり、 ひわた ふきに ふかせ、 にしき 

を もって てんぜう を はお、 けた はりた る 木の くみ 入に は、 しろがね こがね を かな J に^ 

5 ま や § ひ j, ^さ 

ち、 やうら くの みす を かけ、 馬屋 侍 どころ にいた るまで、 ゆ \ しくつく り 立て 爲ば や 

»t こと たけ ほん 

と, 心に はお もへ ども、 いろいろ 事たら ねば、 た ピ竹を 四 本た て X、 こも を かけて ぞゐた tos 

ける。 あめの ふるに も、 日の てるに も、 なら はぬ すま ゐ して ゐ たり。 かやう につく り b 

ま を 

ろしと は 申せ ども, あしての あか V り、 のみ • しらみ、 ひぢ のこけ にいた るまで、 t らま 

すと いふ 事な し。 もとでなければ あきな ひせす、 物 をつ くらねば しき もつな し。 四 五^ 

5 ち ひと 

の內 にも をき あがら や、 ふせり ゐ たり。 あるとき、 なさけ ある 人の もとより、 おまきな 

る もちい を 五つ、 いかに ひだる かるらん とて、 えさせければ、 たまさかに まちゑた る/ a 

となれば、 四つ をば】 度に くひ はんべ り、 いま 一 つ を、 心に おも ひける やう は、 ありと 

^ひて、 く はぬ は のちのた のしみ あり、 なしと S へば、 ひだる くな けれども、 た Q みな 



說傳的 話 說間民 



し。 まほら へて ある もた のみな り、 いつまでも、 人の、 もの をえ させんまで は、 もた ば 

やとぎ ひて、 ねながら むねのう へに あそば かして、 はな あぶら を ひきて、 くちにぬ らし、 

まど だ. S だう そのと き 

かう べにいた^ き、 とりあ そぶ 程に、 とり すべらかし 大道まで ぞ ころびけ る。 其 時、 

ち -。 う おも ゆ 

ものぐさ 太郞 みわたして 思 ふやう、 とりに 行き かへ らん もも のぐさし、 いつの ころに て 

も、 &の とほらぬ 事 は あら じと、 たけの さほ を さ \げ て、 犬から すの よる をお ひのけて、 

か ひとみ 

三日まで まつに 人 見えす。 

,つ ま を ひと VW ろ さ もん 

三日め と 申す に、 た^の 人に は あらす、 その 所の ぢ とう, あたらしの 左衞 門の ぜぅ C 

ぶよ リと. いふ 人、 乙 たかがり ましろの たかをす えさせて、 そのせ い 五六 十き にて とほり 

もの -tw らう これ ま を まら ノ 、 

たま ふ。 物ぐ さ 太郞、 是を みて、 かまくび もちあげて、 な ふ 申し 候 はん、 それに もちい 

の 候〜 とりてた び 候へ と 申し けれども、 み. ^にもき-^ 入れす、 うちと ほりけ り。 物ぐ さ 

妙郞、 これ をみ て、 せけんに、 あれほど 物ぐ さき 人の、 いかにして、 しょちし より やう を 

*5 ま こと 

しるらん、 あの もちい を、 馬より ちと をり て、 とりてった へん ほどの 事 は、 いと やすき 一 U 

こと、 世の中に、 物 ぐ さきもの われひとり とお もへば、 お ほく ありけ るよ と、 あらうた 

物鼙太 S 缧— (長 野驟) 信 濃の 卷 



說傳的 話 說聞民 



物霉. H 酃 稼— (長 野縣) 信 濃の 卷 

ひと はら 

てのと の やとて, なの めなら す。 あら ざまの 人なら ば、 腹 を もた て、 いか やう にも あ 

5 ま これ こと もの fc らう も 

たりた まふべき に, 馬 を ひかえ 是を ききき やつ めが 事 かきこ ゆる 物ぐ さ太郞 とい ふ 者 

さ,^:, ふ さ ふら ふ さ 4?<4 5$ 

は、 さん 候、 ふたりとも 候、 ふたりとも 候 はばこう これが ことにて 倏、 さて をのれ 

さ ふら,? ひと さ ふら. i なに さま 

はいか やうに してす ぐる ぞ、 さん 候 、, 人の もの を くれ 候 とき は 何 を もた ふり くれ、 候 

とき * にち * か さ ふら ふ ま を , 

ほぬ 時 は &五日 も, 十日ば かり も た^むな しくす ぎ 候と 申しければ、 さて はふび 

あのし だ. S かな、 いのちた すか, るした く をせ よ、 一し ゆの かげに やどり、 一 かの ながれ 

こと 《§c . 

くむ 事 もた しゃう のえん なり、 所 こそお ほきに, わがしより やうの うちにむ まれ あ ふこ 

と, ぜ むせの しゅくえ むな り、 ち をつ くリ てす ぎよと ありければ、 もち 候 はすと 申す。 

^$ さ ふら ふ ま を 

さらばと らせんと あれば、 ものぐさく 倐 ほどに, ち も ほしから す 修 と 申しけ る。 あ 

, S 1 いま 

きな ひ をして すぎよ と あれば、 もとで 候 はすと 申す。 とらさん と ありければ, 今 さらな 

こと こと さ 4?ふ ま を 

ら はぬ 事し らん 事、 なりが たく 候 と 申す。 さて はか X る くせもの なし, いで さらばた 

すかる やうに させんと て、 すぐり をと りよせ て、 ふだ を 書いて、 わがり やうない を ま 

, > もの fc I にち がふ ど.. 

はす。 この 物ぐ さ太郞 に、 まい 日、 三 合い ひ を 二た びく はせ て、 さけ を 一度の ますべ 



レ 




A やか バ 一、 〔 G 5 厂 僻 | 遂ぉ 4> A. ^ m^^ 3n 9 i 1 ふ 吻ト 




說 傳的詰 II 聞 民 



し、 さなから む もの は、 わがり やうに はかな ふべ からすと ふれけ り。 まことに まことに 

これ ぞ あはぬ は 君のお ほせ かなと はお もへ ども、 かくの ごとく ある ほどに、 はや 三と せ 

とせ ま を くに でう だ 4 

ぞ やしな ひける。 三年と 申す はるの すゑに、 しなの の國 のこく し 二 條の大 なごん ありす 

&と 4«. すに、 此 あたらし のがう へな がふ を あてらる る。. 百し やう ども、 よりあ ひて た 

こと ひと 

が もとより たれ をの ぼ せんぞ、 はるかに こえて、 なら はぬ 事い か^せん となげ くに 人 

この もの お &5 おも 

申す やう、 いざ 此 物ぐ さ 太 郎 をした てての ぼさんと いひければ、 ^ひも よらす、 もちい 

5* な だう た ^0 たま i ^ま- 

を 大道へ ころば かし、 をのれ は. H ちいで とりもせ で、 ぢ とう 殿のと ほり 給 ふに 取りて 給 

S / ひとこれ 

へと いふ ほどの ものな りと 申しければ, ある 人是を き、、 それて レの もの をす 力せ はよ 

ひと にん 3 

きこと も あり、 いざより あ ひて すかして みむと て、 をと なしき 人 四 五 人より あ ひて 力 

もの fe らう だいじ さ ふ. ヌ 

れが もとに 行きて、 いかに 物ぐ さ太郞 どの、 われらが 大事の みく じに あたりて 候 を、 た 

なにごと さ ふ-ま § , さ;. ほユ k ✓ '% 

すけてた ベ、 何 察に て 候ぞと 中し ければ、 なが ふとい ふ もの を あたりて 锻 それ は, 

も^' さ り ふ 

いくひろば かりなが き 物に て 候 ぞ 、おびただし のこと やとい ひければ、 いやさ やう ぼな -3 

も r- うち ひと o み 

がき 物に て はなし、 わがり やうなる 百し やう 中より, みやこへ 人 を のぼせて つ 力 は 

^ 孳 ^ 翻 缀 -人長 野縣) 、信 濃の 卷 



物鼙太 鼦 塚— (長 野縣) 信 濃の 卷 

まね ま を おんみ. 

せ參ら する をな がふと は 申すな り、 % 身 を この 三と せが あ ひだ やしな ひたるな さけに 

のぼりた まへ とい ひければ、 それ はさら さらとの たちの こ \ ろざし にあら す、 ぢ とうど 

のよりお ほせに てこ そ あれと て、 のぼるべき やうな し。 

ひとま を ま を 

また、 ある 人 申しけ る やう は、 かつう はとの \ ためなり、 それ をい かにと 申す に、 を 

とこ は 女 をぐ して 心つ く、 にょうば うはお つとに そ ひて 心つ くな り。 かくていぶ せきし 

づ がふせ やに、 たに ひとりお はさんより、 心。 づ くした く をした ま はぬ か、 それにい はれ 

あり、 をと こ は 三た びの はれ わざに、 心つ く、 げんぶくして たまし ひつく、 女 をぐ して 

こと 

たまし ひつく、 くわん をして たまし ひつく、 また、 ゐ かいたう なんど を とほるに 事 さら 

ひと ひと ひと 

心つ くな り。 ゐ なかの 人 こそな さけ を しらぬ、 みやこの 人 はなさけ ありて、 いかなる 人 

.S ろお ひと も, 

を も きら はす、 色 ふかき 御 人 も、 たが ひに ふさいと たのみた のまる & なら ひなり され 

ひと こ. TIC お ま 

ば、 みやこへの ぼり, こ \ ろ あらん 人に も あ ひぐ して 心 を もつ き 給 はぬ かと, やう やう 

もの お らう さき 4 

にけ うくん すれば、 物ぐ さ 太郞、 これ をき 乂、 それ こそ ^ なれ、 みぎに て 候 は ど、 い 

いだ たま c» お ほ 

そぎ 出した て 給へ とて、 いでた i むと する、 百し やう 共、 みなみな 大きに よろこび、 タ 



やう そく を あつめて、 き やうへ のぼせけ り。 しなの をた ちいで て、 しゅくしゅく をと ほ 

りけ るに、 さらに f ぐ さき i なし。 七 & と 申す に、 き やうへ つき、 是 はしな の より 

1 りたるな がふに て さ f と f しければ、 おお、 超 をみ て、 あれほどい ろくろく きたなげ 

なる ものも^ i に はありけ るぞ とて わら ひける。 大 なごん 殿 は、 きこしめし、 いか やうに 

も あれ、 まめに てっか はれな ば、 しかるべ しとて、 めしつか はれけ るぶ 

くこ やま やせん ご 

みやこに ての ありさま、 しなの &國に はに ざり けり。 ひがし 山、 にし 山 # しょ ん 

气ぶ もの 

f. ^う、 みき、 やしろ、 おもしろく、 たっと さ、 申す ばかりな し。 すこしも 物ぐ さ 

つ. つき 、 

げ なる けしき もな し。 これほどに まめなる もの あら じと て、 三月の なが ふ を、 七月まで 

めしつか ふ。 三 M のころ、 みやこへ のぼりて、 すでに 十 一 月に もな りぬ、 そのころ 

^とま を, ュり けり。 さて、 &に くだる べしと 思 ひ、 このほどの やどに かへ り わが 身 

をく, c ん 二て 歐 ふやう、 みやこへ のぼりた らんと き は、 よき 女ば うに あ ひ、 つ 木て くだ 

iiw ひと s» , 

ふなん どと いひし に、 た^ひとり くだらん こと あまりに さびし からん. 女ば う 一〜 たつ 15 

さ 貪 、 》* 、 .S3 > -2. 

ねば やと 1| ひ、 やどの ていしゅ をち かづけて、 しなのへ くだり 候、 しかるべく は 我ら 

物鼙太 節 鎵 —(畏 野縣) 信 濃の 卷 



說傳的 話 說聞玲 



物黧 太酈 霉 |( 長 野縣) 信 濃の 卷 

が やうなる もの \t ばう になり 候 はんする 女 一人、 たづね てた び 礎へ と ■ しけ^、 ま、 e 

どの をと こ は、 これ をき \、 いかなる もの かお のれが 女に はなる べきと いひて わら ひけ 

る。 さりながら、 かれが いふ 事に つきて いふ やう、 たづ ねん こと はやす き 事 なれ ども、 

ふさいと いふ は 大事の もの、 てうい ろごの み たづね てよ ベ かし、 てう!^ ごのみ とは^ ご 

もの ま を 

とぞ レ 力なる ® を 申す ぞと とひければ、 ぬしな きをん なをよ びて、 りゃう そく を とら 

*』 と ぜ V 

せて あ ふ 事 を てうい ろごの みとい ふなり、 そのき ならば たづね てた び 候、、 くだりよ 

ぅゐ に、 つか ひせん 十二 三文 あり、 これ を とらせて たび 候へ と 申しければ、 やどの てい 

\ > , 、 ^ 9 _ これ おも まな 

しゅ はこれ を B; き さても さても、 是 ほどの たくらた はなしと 思 ひて、 % ハふ宁 うは、 そ 

のきな ふ!: r つじと り をせ よと いふ、 つじ 取と は 何 ごと ぞゃ、 つじと りと は、 をと こも 

っ^す、 こしぐ る まに ものらぬ 女ば うのみめ のよ きが、 我 目に か \ る をと る を、 てんか 

の 御 ゆるしに て あるな りと をし へけ る。 其き にて 候 はぐ、 とりて みん とて、 十 一 nr> の,:.. 

にち みづ い 

パ 日の ことなる に、 きょ 水へ まゐ りて ねらへ と をし へければ、 さらばと て、 出で たつ。 - 

ひ 、ろ 

その 日の ありさま は、 しなのより としをへ てきたり ける つよみの かたびらの なに^と も 



21G 



麟的睡 腿 



もん もみえぬ に、 わらな はおび にして、 物ぐ さ ざう りの やぶれた る を はき、 くれ^の つ 

ゑ をつ き、 十一 M 十八 r 日ち のこと なれば、 かぜ はげしく ふきて、 いかにも さむき に、 はな 

お ほ て 

をす.. りて、 きょ 被のお ほに、 やけ そとばの ごとく たちすくみ にして、 大手 を ひろげて 

まち ゐた り。 

まゐ りげ かう の MM これ をみ て、 あなお そろし や、 何 を まちて、 かやう に は あるらん 

とて、 みなみな ^1 をして はと ほれ ども、 ちかづく 物 はさら になし。 あるひ は、 十七 

A はたち ばかりの おばう 五お 十 ち つ れ护 ちつれ と ほれ ども、 一 めより ほか はみ ざ 

りけ り、 かやう にき 一ち たる i 、あした よりその がの くる" まで、 人數 いくせん まんと いふ 

; S ろ 1 ひと リ ' 

ことなし。 あれ も わろ し、 これ も わろ しと、 ためら ひゐ たる 所に、 女ぼう 一人いで き f 

り.、 としなら ば 十七 八 かとみ え はんべ り、 かたち は、 はるの はな、, ひすいの かむ ざした 

なや かに、 せいたいの まゆす みは はなやか にして、 と を 山の さくらに ことならす、 せつ 

せったる りゃう ひん は、 あきのせ みの はに ことならす、 三十 二 さう、 八十し ゆかう の あ ー辦 

きみち て、 こんじきの によりん の ごとし、 ふみた る あしのつ まさきまで も、 まゆの あ ひ 

物 蕈太酈 塚— S & 信 濃の 卷 



钕蕈 ,K 镙 l( 長 野嫘) 信 濃の 卷 

ひき やうと \ のへて、 いろいろの ひとへ ぎぬ に、 くれな ゐ のちし ほの はかま ふみしだき 

うらなし うち はきて、 たけに あまれる かん ざし を、 うめのに ほひに てよ せて、 うれ こ を 

i i , *K ゐ もの ら らう これ 

とらぬ ひちょ 一 人 ともに ぐして ぞ參 りたる。 物ぐ さ 太郞、 是を みて、 こ \ にこ そわが 

きたの かたは 岀で きたれ、 あつ ばれと くち かづけ かし • . いだきつ かん、 くち を もす はば 

3 お.? * て ひ お ほて CI : 

やと^む て 手ぐ すお を 3 き、 大手 を ひろげて まち ゐ. た. リ、 女ば ぅ是を 御らん じて、 と 

もの ひぢょ をち かづけて、 あれ は何ぞ とい ひ 給 ふ。 人に て 倫" と f しければ、 あなお そ 

ろし や、 あの あたり をば いかにして とほるべき ぞ とて、 よけ 遒を してと ほりけ る。 船ぐ 

お. らう ゆ 

さ 太ぎ. これ をみ て あら あさまし や、 あなた や 行く ぞゃ、 ての ひに して はかなう まじと 

おも お ほ 

so て 大 で を ひろげて つつと より、 いっく しげなる かさの したへ、 きたなげ なる つら 

を さし 入れて、 かほに かほ を さし あはせ て、 いかに や 女ば うとい ひて、 こしに いだきつ 

きて みあ ぐれば、 とうさい くれはて- >r さらに 返事 ものた ま はす。 

ゆ ひと これ 

行きき の 人、 是を みて、 あなお そろし や、 いた はしゃと て、 ち のちのみ て はと まれ ど 

も、 さへんと する 人 さらにな し。 をと ことり つめてい ふやう、 いかに やが ばう、 はる. A 



I: 傳的話 tffig^ 



さと 力 は V ^力 ヰけ * 

にこ そ おぼえて 1 へ、 を はら、 しつ はら、 せり やうの 里、 かうた う 川 さき ち 

やうら くじ、 きょみ づ、 六 はら、 六 かく、 たう さか、 ほうりん じ、 うづ まき、 ゐぃ、 こ 

ふるす、 こ はら ぱ、 よど、 や はた、 すみよし、 てん わう し、 五で うの 天舯、 いつもち 

きふね のみやう じん、 ひよ しさん わう、 ぎおん、 きた 野 かも、 かすが しょ t よに て 

まひり あ ひて 1 ひし、 いかにと ぞ f しける。』 (以上 • 上の 卷) 

『^ばう これ をき-、 お 都 は、 いかさま にも、 ゐ なかの ものに て ありけ る を、 やどの を. 

とこの をし へて、 つじが り をせ よと f してせ さする よと 默ひ、 あれて いの 者 をば すかさ 

ば やと 股 ひ、 それ はなる i も 1 はん、 いま はこれ にて は 人め もしげ し、 わら はがさ ふら 

ふ 威へ いそがせ i へと あ-ければ、 いづく にて. ff いひければ、 てうし の 事 はせ つ 

かいそれ を ふくせんとう りうに にげば やとお ぼしめ して、 わら はが 候 所 を は まつ ジ 

もと-いふ f にて.?、 ^ぐ さお 麟、 これ をき \ 蹈の もと-は^ 得たり、 あかしのう 

ら のこと か、 か \ るきたい の i はなし、 これ 1 つ を こそき i しると も、 よのこと はしら 一は 

じと^ ひて、 たど し^くる X さとに さ ぞ、 ^くる \ さ ともおえ たり、 くらまの をく は 

物 簟太酈 檬 |(長 野縣) 信 濃の # 



說傳的 ,' 



物鼙太 K 塚 —(長 野 騾) 信 濃の 卷 

- > さと ひ ■ 

との ほど ぞ これ も わら はが ふる 鬼よ、 ともし 火の こ うぢ を たづね よ や、 あぶらの こう 

ぢ はとの ほど ぞ、 これ も わら はが ふるさとよ、 はづ かしの さとに 候 * よ、 しのぶの さと 

と はとの ほど ぞ これ も わら はが ふるさとよ、 うわきの さとに 候ユ、 にしきの こ うぢ は 

ほど 、こ さ、.'、 

との 程ぞ、 これ も わら はが ふるさとよ、 なくさむ!; に 候よ、 それ はこ ひして あ ふみの 

くに , 

國 はとの ほど ぞ, けし やうす るく もりな きさと ひのたまへば、 かビ みのし ゆく はとの i 

-! めぎ くに さ ふや, 5 くこ 

どぞ、 秋す る國に 候 よ、 いなばの 圃 はとの ほど ぞ、 これ も わら はが ふるさとよ、 ひた 

くに さ.^! 4 くこ こ 2 

ちの 國に 候 よ、 わかさの 國に はとの ほど ぞ、 かやう にと かくい ふ ほどこ、 比う/は あ 

みのがる ベ き やうな し、 いやいや 此 ものに うた をよ みかけ、 それ を あんす る をり ふしに、, 

- おも ちナ 

にけ さらば やと^ ひて、 をと この もちた る、 から 竹の つ ゑよ そへ て、 かくなん、 

たナ 

から 竹 を つ ゑに つ きたる も の なれ ズ 

ふし そ ひがたき 人 をみ るかな。 

ものお らう ま ゥれ 3 V 

物ぐ さ太郞 これ を W き、 あなく ち をし や、 さて、 我と ねし こと ござん なれと ひて, 

かへ 

返し、 



き 偉 的 話 說間民 



よろ づ ,のた け のよ ごとに そふ ふしの 

などから たけ に ふ しな かる ベ き。 

この また 、 

あなお そろし や、 此を とこ は、 われと ねんと いふ。 叉、 すがたに はに す か-るみち 

こと 

をし りたる 事、 やさし さよと おぼしめして、 

は な せ かし あみの いとめの しげければ 

て もの > 

こ の 手 を はなせ 物が たり せん。 

物ぐ さか 郎、 是 をき,^、 さて は、 手 を ゆるせと、 ござん なれ、 いか^せんと^ ひて、 

また、 かく、 

.S と 

なに か この あみ の 糸め はしげ くと も 

て 

. ^ち、 ぞす は.^ よ 手 をば ゆるさん。 

ま レー 

とよみ かへ し 巾し ければ、 女ば う、 じこくう つりて はかな はじと おぼしめして また 

かくなん、 I 

おも 一 いん 

思 ふなら とひても きませ わがや ど は 

鞫蕈太 聽 fs 野縣) ^^の 卷 



說傳的 話說間 民 



物 草. K S 塚 人 長 野 縣〕 , 信 ほの 卷 

からた ち f 化の むらさきの かど。 

もの た らう この おん s§c お,? 

物ぐ さ 太郞, 此御 ことば を あんじ すこし ゆるす 所に、 ふりはなし、 かさ を も 御い し 

やうな どまで もうち すて、 うらなし を も ふみぬき、 かち はだしに て、 ひぢ よも つれす、 

ちりぢりに なりてに げられ けり。 

もの 1 おも 

物ぐ さ 太郞、 あな あさまし や, わが 女ば うとり にがしつ る ことよと 思 ひて、 からた け 

のつ ゑく き みぢかう おっとり、 にょうば うは いづ 方へ 行きた るぞ とて、 おひつ めたり。 女 

Z » たま 

ばう は, これ を さいごと おぼしめして あんない はしらせ 給 ひたり、 あなたの こ うぢ こ 

なた のつ ぢ、 こ \ かしこ を めぐりち がへ にげ、 はるの かぜに 花の ちる ごとく にげかくれ 

お ま もの た らう > 

給へ り。 物ぐ さ 太郞、 これ をみ て、 ゎこぜ は、 いづく へ 行く ぞ とて、 あな かたの こ うぢ 

^ ) > きろ 

へ つつと より こなたの っぢへ ゆき あ ひたり。 すき を あらせす おひつ めけ る。 ある 所に 

ひと ひと 

て おひう しな ひ、 あとへ かへ りて、 さき を みれ ども、 人 もな し、 ゆき-の 人に とひけ 

^ » » . お さ J ろ 

れぱ しらすと こたへ てと ほりけ る。 きょみ づ にて 立ちたり し 所へ かへ り、 さて こなた 

» » I こと 

むきに こそ、 女ば うはた ちたり つれ、 あなたへ むきて こそ かやう の 事 をば ゆ ひつれ、 い 



說傳的 話 說間民 



づ かたへ 行きつ らんと、 もえこ がれ けれども かひ ぞ なき、 げ にげに おも ひいだ したる こ 

ほ > かど おも ひと 

と あり、 からた ち 花 むらさきの 門と ありつる に、 たづね てみ ば やと 想 ひて、 かみ 一 かさ 

い これ さ 谁 ぶ 

ね をた けに はさみ、 ある さ ふら ひどころ へたち 入りて、 是はゐ なかの ものに て 候 、 う 

さ、 ま t V. ^ / 

かと ふみを わすれて 候 が、 さいしょから たちばな むらさきの かどと こそお ほせられ し 

ォま でう 

が、 それし きの もむ は、 いづく に 候 はんと たづね ければ, 七條 のす ゑに、 ふせんの かう 

のとの-, r 御し よこ そ、 からた ち むらさき はありし ぞ、 そのこ うぢへ むきて たづね よと を 

U き 

しへ ける。 たづね ゆきて みれば、 げ にも、 それなり けり、 はや わが 女ば うに あ ひたる £ 

こちして、 うれし さ 申す ばかりな し。 かの やかたに は、 いぬ を もの かさ かけ まりあ そび 

おも おも 

あるひ は、 くわけん ごしゃう ぎす くろく をう ち, いまやう さう か S ひ^ ひの あそびな り 

あなた こなたへ ゆきて みれ ども、 わが 女ば うはな かりけ り、 もしも 出つ る こと も ありな 

この ご ま を 

んと、 えんのしたに かくれけ る、 此女 ばう、 御し よに て は、 じ& うの つぼねと 申しけ 

t い 

る。 ふけ ゆく までみ ゃづ かひして、 わが つぼねへ いらせ 給 ふか、 ひろえん にたち 出で て 

つぎい . た ま > > I -ty 

なでしこと いふ ひ ぢょを めして、 いまだ 月 は 出で させ 給 はぬ か さも ありつる きょ.^ 

物簞太 塚 13 野縣) 信 濃の 卷 



說傳的 諸 說閒民 



物萆太 酈 llfHM 野縣) 信 濃の 卷 

これ ゆ 

にての をと こ は、 いかに、 是ほ どくら きに、 それに き あ ひたらば, レ のち も あら じな 

なん , さ 4^4 . 

どかたり ければ、 いまいまし、 何の ゆ ゑに か、 これまで はきたり 候 べき なかなかお 

さき ふ ま を き お らう 

i せ さ ふらへば、 おもかげに 立ちて 候 と. E. しければ、 物ぐ さ 太郞、 えんのした にて、 

これ を IS きて、 是に こ そわが きたのかた は あれ、 さても えん はっきぬ も のぞと、 うれし 

くて、 えんのしたより、 を どり 出で、 いかに や 女ば う、 わ こせ ゆ ゑに 心 をつ くし、 かや 

うに ほね をば をる ぞ とて、 えんより うへ へあがり ける。 

ぢ よらう §c • 、 、 , , 、,い > 

女郞 これ をき,^、 きも 心もう せ はて-^ ころび まろびて しゃう じのう ちへ にけ 入りて 

§ よ 匕- * 

しばし は あきれて、 きもた まし ひも、 みに そ はす、 秋の 夜に、 ゆめみる 心ち して、 あ ふ 

そらなる けしきに てお はしける が、 や X ありて、 あなお そろし の もの & こ^ r ろ や、 これ 

ひと 

まで たづね てきた るふし ぎ さよ、 人 こそお ほきに、 あれほど きたなげ にいぶ せき ものに 

おも ひか けられ、 こひられ たる こそ かなし けれ、 わら は ゆ ゑに、 あの もの を うちころさ 

んも おそろし や、 さなき だに、 をん な は ごしゃう さんしゅう につみ ふかきに とて、 なみ 

だ をな がし 袷 ひける。 こよ ひば かり はなに かくる しき かりやと して、 あけぼのに すかし 



說俥的 話 說閻民 



て や 力へ せとて、 ぷる きた X み をし きて ゐょ とてた びたり、 ひぢ よきたり て あけなば、 

ひと 

人に みえす、 とくとく かべれ とて、 あるつ まどの き はに、 い となら はぬ かう らいべ り, Q 

たたみ をし きゐた bv けり、 かなた こなたみ を もだえ、 ありき くたびれ、 あは 化、 な てに 

てもとく くれよ 力し なに をく るべき やらん、 くり を くれ うれな ば やきて くう V レ、 か 

きな し、 もちい なんど を くれたら ば、 すき もな くくうべし、 さけ を くれたら? H、 十四 五 

六 七 八 はい もの まふ、 何に てもとく くれよ かしと、 が" を 色.^ になして まち ゐ たる 雨に、 

くり、 かき、 なし、 ひけ ごに 人れ て、 しほと こがたなと り そへ て、 いだし ける。 1 ぐ さ 

お. らう i 

太郞 こ^ をみ て あな あさまし や、 まさな や、 女ば うのみめ に はに す、 あまきの.^ Q 

み をば この ふたたん しに も 入れて くれよ かし、 馬う しな どに 物 をく る \ ごとくに、 ひと 

つに とりぐ して くれたる ことよ、 まさな や、 た e しし さい あるべし、 このみ あまた ひとつ 

にして くれたる は、 我に ひとつに なり あはん とい ふ 心なり、 くり をた びた る は、 くり^: す 

われ こと , 

るとの 、もや なし をた びた る は、 我 は をと こもな しとな り、 殊に ひけ こにや 丄 たる は、 

りと 

人お しげし とレ i 、も、 かきとし ほ i はな どやらん、 いづれ もうた によ まば やと & ひて、 

翁黧太 翻- 稼.,. (畏野 謎) 雷 濃の 卷 



說傳的 誚說間 ほ 



物 草 太郾 镙 IC 長 野縣) 信 濃の 卷 

つくに うら ノ 

齊 の國 のな に はの 渖 のかき なれば I ほ 

うらわ たらね どし ほ は つ きけ り。 

がば うこれ を 駅き、 あな やさしの もの 乂こ i ろ や、 ていの はちす、 わらづとの こがね 

t は、 かやう のこと にても やはんべ らん、 これとら せよ とて、 かみ を 十 かさねば かりい 

おも へんじ 

だされたり。 これ は、 なにごとな らんと 思 ひける が、 みづ くきの あとな き 返事 をせ よと 

X5xy* おも 

いふ 心、 ござん なれと、 思 ひて かくなん、 

かみ 、 

ち はや ふる 祌 をつ かひに たびた る は 

おも 

われ を やしろと 思 ふか やきみ。 

o ま^" さ お 

^うへ は、 ちからなし、 ぐして 參り候 へと て、 こそで 一 かさね、 大 ぐち、 ひた &れ 

まゐ ま を 淳レ 

ゑ ぼし、 かたなと X のへ て 、乙れ をめ して 參られ よと ぞ 申しけ る。 ひぢ かす、 大 によろ 乙 

• 5 だ^ もの 

び、 めでた やめで た宁 とて、 此 ほどきたり ける 十代の きる 物 を, たけの つ ゑに まきつけ 

て、 4 船 をば、 こよ ひ^かり こそ、 かし 給 はんすらん、 あした は、 きて かへ らん +るぞ 

おえの こくうな、 ぬす だとるな とて、 ゑんの したへ なげ 入れて、 そのの ち、 大 ぐち ひた 



#德 的 話說間 民 — 



た I きる, う を しらすして、 くびに あて、 かたに かけ、 これ を ゎづら はしく し: D る を 

> ぢょ とりつくろ ひて きせ、 ゑ ぼし をき せんとて、 かみ をみ るに ちりほこり しみ *ft 

おびた^し、 いつのよ に 手 を 入れて、 とき あげたる けしき もな し。 され ども やう やう こ 

て ゆ 

しらへ て、 ゑ ぼし をば おしか ふて、 なでしこ 手 を ひきて、 こなたへ こなたへ とつれ 行き 

けれ は、 雜ぐ さお 郞、 わが 國 しなのに て は、 山かん せき を こそ ありき なら ひた わ 力 や 

うに あぶらさし たるいた のう へ をば あゆ みなら はす、 こなた かなたと すべり ま はりけ 

ぢょ らう お 

り。 さに ども、 しゃう じのう ちへ おしいれて、 なでしこ はかへ りけ る。 女郎の 御 まへ に 

寒 、 

まゐ ると て、 ふみ すべりて あ をのき に まろびけ り、 さらばよ の 所に てもなく L て 女 S 

のた からと もお ぼしめ すと ひきまる とい ふことの うへ にた ふれ か k りて、 こと をば みぢ 

んに そこな ひぬ。 ^ばう これ をみ て、 あさまし や、 いかに せんと、 なみだぐみて 力 ほに 

もみ ぢを ひきちら して、 かくなん、 

け ふより はわが な条 さみに 何 かせ ル 

g ぐ さお g、 いまだお きも あがらす、 あさましと 思 ひて, 女ば うの かた をう ちみて、 

物箄太 鄹 镙— (長 野縣) 信 濃の 卷 



; § 萆太酈 镙— (長 野縣) 信 濃の 卷 

もの 

こ とわり なれば 物の い はれす 

ま を z これ 

と 申しければ、 あな やさしの をと この 心 やとお ぼしめ して、 よしよ し、 是も ぜんせの 

おも 

しゅくしゃうな. 5 力 やうに^ ひか けらる-^ も、 こんじ やうなら ぬえん にて こそ、 かく 

« たま 

も あるらん とお ぼしめ して、 ひよくの かたら ひ をな し 給 ふ。 そのよ もす でに あけ I れば 

いそぎ かへ らんと するとき、 ^ばう お ほせら る-やう は、 ちからお よばす かやう に けん 

ひと よ Z'A *>れ 

ざん にいり ぬるう へ は、 われ 人 この 世なら ぬえん なり、 心 ざしお ぼしめ さば、 是 にと M 

&ま われ 蠻 み なに Kvtis 

まり 給へ、 我ら は みや づ かひの 身 なれ ども、 何 かくる しかるべきと ありければ、 さ 承 

この iws に.:? 

はると て. と^まりぬ。 そのの ち は、 此女 ばう、 ひぢょ 二人 そへ、 よるひる これ を こし 

' • ^ い か ま を なま 

ら へて、 七日 これ を ゆ ふろに 入れければ、 七日と 申す に、 うつくしき 玉の ごとくに なお 

にけ り。 

にちにち な 

その X ち は、 日日に したがって たまの ひかり あるに にたり。 をと こ、 びなんの 名 をと 

、 Z ひと に ひと 

hy うた れんが 人に すぐれたり。 女ば うかし こき 人に て、 をと このれ いは ふ を をし へ 

ける。 しかるに、 ひた- 1 れのゑ もんか.. r り、 はかまの け ま はしえ ぼしの き X は ひんくき 







說傳的 話 說間民 



まで も、 いかなる くぎ やう でん 上人に もす ぐれたり • か- 1 る ほどに、 ふせんの かう のと 

の は、 このよし きこしめし、 けんざんの ためにめ さる-、 ひきつく ろ ひて 參られ たり。 

ふせんの かみ、 是を みて、 をと こびなん にて を はしける ぞゃ、 みやう じ はたれ とと ひ 袷 

もの おらう ほか おんな 一曹., 9 9 

へば、 物ぐ さ太郞 とこた へけ る。 ことの 外なる 御名 かなと て、 はじめてうた のさ ゑ もん 

になした てまつ る、 かやう にと かくする ほどに、 この 事 だいりへ きこしめして、 いそぎ 

ま を » 

まゐれ とせん じなる。 じた ひ 申 を どかな はす、 もっかう くるまに のりて ゐん ざむ する 

だいごくでんに めし、 なん ぢ はまこと に れんがの 上手に て はんべ るな、 うた 一 しゅっか 

まつれと せんじ あり、 をり ふし、 ばいく わに、 うぐ ひすの とびちりて、 さへ づる をき き 

て、 かくなん、 

i ゑ 45 一 

うぐ ひすの ぬれた る聲の 閗 ゆる は 

はるさめ 

うめの はなが さもる ゃ舂 雨。 

御 かど これ をえ いらん ありて、 なん ぢ がかた にもう めと いふかと せんじな りければ、 

うけき はり も あえす、 

; § 萆太鄺 PIC 長 野騾) 鎗 瀵の卷 



設傢的 ISife 間 民 



物 草 太 K 塚, ー( 長 野驟) 信 瀵の卷 

うめ ほな 

しなのに はばい くわと いふ も 梅の 花 

みやこの ことばい かが あるらん。 

御 かど 是を きこしめし、 ぎょかむ に 入りて、 なん ぢが せんぞ を 申せと せんじなる。 せ 

さぶ らふ ま を くに |» 

んぞ もな きものに て 候 と 申しけ り。 さらばし なのの 國の もく だい たづね よと て その 

SC おん , 

^のぢ とうへ せんじ をな し、 御 たづね ありければ, こもに さいたる もんしよ をと りよせ 

い ご だ. S 

てけ むざんに 入れた てまつ る。 これ を ひらき 御らん すれば、 にん わう 五十 三代の みかど 

おんこ ちう i 

にんめい てん わう の だい 二の わう じ、 ふかく さの てむ わう の 御子, ニゐ の、 中 じ やうと 申 

ひと つき たま にん おんこ これ たま 

人し なのへ ながされて、 とし 月 をお くり 給 ひしに、 一人の 御子 もな く、 是を かなしみ 給 

まゐ にん おんこ ま を たま 

ひて、 ぜんく わう じのに よらい に參 りて、 一人の 御子 を 申しう け 給 ひて、 その \ ち ぼん 

ぶの ちりに まじ はりた まひて、 か、 るい やしき 身と なりた まへ り、 みかどえ いらん まし 

ひと ち 5 

まして、 わ うぢ を はなれて ほどちかき 人に てお はしける よと て, しなの 乂中じ やうに な 

して、 かい、 しなの りゃう 國を たま はりて、 この 女ば う あ ひぐ して、 しなのへ くだり, 

あさひのが うにつ きた まふ。 あたらし のがう にぢ とうさ ゑ もんの せう をば、 ちう ふかき 



はな; d ばと て、 かい、 しなの りゃう I のそう まん 所に さだめ 給 ふ * また、 三 ねん やしな ひ 

メ # ご しょ 

たりし 百し やうに も、 みなみな しょり やう を とらせて、, わがみ は, つるまの がう に 御所 

をた て-、 けむ ぞくお ほく、 きせんお P にか しづかれ、 國 のまつ り 事 を だ やかに あにし 

ね.? はる あま ぉス 、 % 

か f、 ぶっしむ 三ば うの かご ありて、 百 二十 年の 春秋 をお くり, 御 こ あまたい できて 

しっちし まんぼうに あきみちて、 ながいきの 《 となりた まふ。 

お ま 

と Q ま、 をた かのお 噼漱、 "おばう は、 あさひの ごむ げんと あら はれ 給 ふ。 これ は、 も 

ん とくてん わう の なりし、 かれは しゅくせ むすぶ のかみ と あら はれなん、 女 を きら 

はすこ ひせん M は、 みづ からが まへ に まねら ばかな へんと ちか ひ、 ふかくお はします な 

り。 およそ、 ぼんぶ は ¥ ち を f せば はら をた て、 i はほんち を あら はせば 三ね つのく る 

ソみを さまして、 ちきに よろこび 1 ふなり。 人の こ 乂ろも かくの ごとく、 物ぐ さくと も、 

ひと ひと 

みはす ぐなる ものな り、 まい" ^一^ この さう し をよ みて、 人に きかさん 人 は、 ざい はう 

にあき みちて、 さい は ひこ \ ろに まかす べしとの 御ち かひな り。 めでたし、 めでたし • ば 

一 2 

(以上 • 下 の卷) 

; § a 太酈 镙 is 野ぎ 信 濃の 卷 



i 祭神の 鹼驥— (長 野 S 信錢の g 

ほ たか まつ B- がみ ぜん ぐ 

穗高 祭神の 前驅 (甫 安曇 郡 東穗高 村) 一 | 

P いはしへ * * * • かう げん いま ま- おかがう c s r 

風 +a の ほたかみ 高原と いふ もの は、 チの 繳高鄕 ばかりでなく、 か 私 アル ブスの 艱か の 靴 § 

) , • , :、 - も かし ► おそ か じき. A うち ■ うげ,: * * き,? し ら. 

俗 全部の 事で またす つと 古 は、 恐らく、 彼の 上 高地 高原 附近 を 主と した であったら うと 

思 はれる。 其處に は、 ml の陬 に、 8 が; 1 えて をり、 ^鞭との!^^ で、 i-i^i ほが 

、 ,JiJ す,? そこ あ ころ つと じんぶ し すうお まつ 3> 

また 湖水の 底に 在った 頃 も、 夙に、 人文の f 朋, を^して をった やうに^ はれる。 それ は^で 

こそ、 ど 高地の^ をお て \ It なやう に^ はれ、 1 く Ifef の! i きで あるに は^ひな いけ 

れ ども、 太古、 安き 平に 湖水が 滿 ちて をった とい はれ る^に は、 お敲^ は、 敲き でも f でも 

あづさが は 》 ぅゐ 4- <■ ひち. A う も 4» ^ 

なく、 梓川の 流域に ある 一 平地、 河內 があった に^ぎない。 ^の^ t とい ふき^も、 樾 i 船 

うち デルタ ないし i ちう すうたう こと 

內 の洲、 乃至 は、 湖 中の 數 島であった 事を諕 つて をる もの かも わからない。 で、 殿齡ゃ ^ 

ふ きん なか a » M さ.'? *,ゝ i ^ 

附近に、 高い と ころ を 求めたなら、 それ はケの 良^の^ にはなかった。 膨 つて、 、ほ だ、 か:^ 

(【ほ】 -:-*、 まっくら 古 S? い、 n ヒかン S ほたかみ ね ち.? お a 

み J は、 高見のと ころで ある。 J ^ち 穂 高嶺なる 地名が あった ものと 思 はれる。 されば、 お S 默 

にの み、 た、 ほ、 た 、か、 みの^が あって、 殿 | は、 ^に、 、か、 う、 ち、 、し; H じ、 ま^の 鶴が あるに | ぎ 



こ すな か て^ ち .* ん じん く ?-i ほじ じ だ. 5 き * ' いま 

なかった のが、 &て 湖水が 潞れ て、 低地へ、 民人の 降り 始 むる 時代が 來た すると、 今まで 

> き 書零曹 か うち しま X はん ちせい 49 z ^fc 

かう ち、 しまし まであった ものが、 河 內, 島々 の 名に 反する やうな 地勢と, なって 來た。 湖水 

f "よ ,i ぶ Z だか かへ U 9 9 W .. 曹: 誊 9 9 : たい まお k 9 9 9 

のあった 揚 所より は、 確に 小髙 い。 ^ち、 歐 みて、 かう ち、 しまし ま ー帶を も、 亦 ほたか 

, . Z さら のち てい ち くだ si およ し, <5ん てきか A> げん ぶん^' » > 

^と, ぶ やうに なり、 更に 後、 全く 低地へ 降り 終る に 及んで は, 斜面 S 高原の 全^ 5 を ほ 

fc * | き Z $ WH »1 t かじ.? し- p «*s ん いた , J> ん ちめ- 1 

がが みと 呼び、 其 一き に、 鳟髙 神社 を さへ 奉 建す るに 至った の だ そのうちに、 又 n 

し. K V* K-こ C * おしや めんて き 言 げん * 9 9 9 » 9 9 9 ぼ じゅ I > ^> 

が、 所听 にぎって 來る やうに なつてから は、 此 斜面 的 高原 ほたかみ も ほたか^ 社の ある 穗 

(ti 爵導 謹よ-き 靈に S 翳 (南毫 ) に 1 られ る. S 

S ちが ' 

となり 終った ものに 遠 ひない らしい 

$ ま fcfeQO じ おし と-くて い ひと ^いか. VfV よつ. k ^い 

それでも、 の §MI かの 行事の 一 つと して、 昔 は、 特定の 人が、 齋戒 沐浴して 祭 

民 亊&^ の 船に、 まづ、 繳高徽 を 指して 出掛ける のが 慣例で、 其 途上、 蛇 を 見る 事が 出來 たら 

ffl >r ^ き さいじ しっかう しふ S ^ > , 

ffi すぐに^! へして まて、 それから 1 事 を 執 t 仃 する 風習であった。 それ は 蛇 は 即ち 刺の 前騸で 

% とちう へびみ . ほ おかおけ ? 5*^ ほ\ たか^ 

あると 信じられて ゐ たからで ある。 途中で 蛇 を 見る ことがなければ、 穗高嶽 の 頂上 *m 髙刺 一お 

俗 一 ^の献 の 隙まで^ つて^って、 それから まって^る。 き&神 社の^で は、 この 山に つた 齋 

a 高 祭の @s— (長 野踩) 信 濱の卷 



說傳明 說原起 



信 瀵の眞 ST— (長 野縣) 信 濃の 卷 

^沐浴 f が獻 つ て 來 なければ 祭事 を 船 t 仃 しな いと 5 ふ慣 ぎで あつたと いふの を 見ても、 德高 

おう i た. け 0*5 こ き き Z く い おも » そ 9 いん 丄れ , 

鄕と 1. 高 数と は、 かく、 上古からの 切っても 切れない 關係を 重んじて 其因緣 を儼存 して ゐ 

ヒ>? クリ こ。 へ 「鄕土 光華 乾」— 信 濃 富 士ン 

たのて あった パ 附近の 傳說 *榛 葉 太. 生說 ) 

しなの まゆみ 

信 濃の 3 腐 弓 (南 安曇 郡 穗高* 安曇 地方) 

タす * かるし なクの まゆみ わが ひか" .5 まひと 3』 マ や、 4 ぶ や.? ん £1 /T 萬 葉 鶴 第二」 『お 久 米禪ン 

水 篤 莉信濃 乃 i 弓 吾 引 者 宇 莨 人 佐備而 不言 常將雷 可 母。 郞: き) 

まん C うざう きう もと しなの い * ぜん もち \ , 、る、 ゆみ 

本朝 造 弓の 本 は、 信 濃に はじまる とい はれて ゐる。 (「镲 說」) その 以前に 用 ゐられ た 古い 弓 

き つく ま たナ あま な 

は、 た^、 木の ま、 に 作った もので、 膠して 竹 を 合せな どす る こと は 無かった。 (「兵 庫 式」) と 

しなの いつ ころ たけ まゆみ もち け U かう てんのう ねん ひ-う. い. 

と ろが、 信 濃で は、 % 時の 頃から か、 竹の An? を 用 ゐてゐ た。 景行 天皇の 四 .t- 年 東夷 征討 

と や *tj たけの き £ をリ しな の やまな か やど あま k よ,? , つ ち ) お, と ^1 

(1 八 o 二) の途に あられた 日本 武尊 は、 折 ふし 科 野の 山中に 宿り 給 ふて 夜 弦 打の 音 を 開 

あき やど ぢ5* こ ゆみと み." いま * みつ ^ : 

かれて 怪しまれ、 宿の 爺に 乞 はれて、 その 弓 を 取リ よせられた。 見る と, 未だ 售 て御覽 じた 

と とのない まの 髮 であった p^p^s ので、 いたく ぎれ て、 それ をお 船 

に ほ.? まゆみ もち はじ t ゆみ 《5^|^ -^Lk 

ひに なられた。 こ^が、 日本で、 3*2? を ffl ゐた 始めで ある さう だが、 その A 弓 を 暴 初に 用 ひ 



てゐた i は、 !a のぎと いふ ことで ある、 その鬆 S3 とい ふの も、 i 

A ら k た f によって つけられた ものである とい はれて ねる。 

『f るに、 「1」 文 I 大寳ニ 年 三月、 霍國& み 一千 二十 張 一 叉、 囊 元年、 献 一一 

U 一 sf 3/ つき ゆみ . 一 *J 1 

梓弓 一 千 四百 S 陽成天皇元慶 一 一年 五月、 下 レ符、 相模 國令 採,| 嘗枝 • 安房 國百 枝 • 

信醫 梓弓 一 一 百 1 儀 ff 備中國 If 枝 4 霞^ 云 あん々 延喜式^1料^ 

斐 I フ 八十 張 .1 梓 譬 張. 十二月 I 進レ之 と かえたり や 按 tj; 梓川 m 

U り SS ¥ 共に、 弓き 

る 地名 Si 九 t 一一, 11 Ifcls, f 

るに、 1QI に、 爾み ゆ。 S. おの f るべ し。 これらの I の だに より 

て 安 暴^と す み S ちりれ きュ 

お 1 ニ^ー 1 飛、 あ!^ を ます。 if、 |< き 鍵き^ の^ 道 を ひらく と 見えて、 其 地 隣 近 

す。 はじめて に 腐 じたる は、 や 霞より、 1-1 古! i とよべ る こ 

圈^ の 真 ? 8 野縣) 俨 瀵の卷 



13 

2 



Ife 俥 明 銳 名地 



有 明 山 |( 長 野驟) 信 S の # 

れ なるべし。 

. ^るに、 きか はまな り、 f^sasi ま. 蕩^の ^ 

日岐 なるよし なれば、 高 村 松 敏を敝 りたる と^ゅれば、 蹒 いく f くもなし。 

や はら ま たかい まく あ づみ » ^ , 

おも ふに 矢 原 • 保 高 以北 を is とし、 ず 南 を のく ぬち としたる なるべし。 ^ 

養の 1 ぬ^る こても^.. リ、 る。 へ『> 養 山、 安 S 郡』 と、 「大 n! ン . 、 f ) 、そ つく ま, S 

f グ i >f て 么ら る I 本 風土記 濃」 に ぬえる。 ) さて 木 曾 を、 ^摩^に あま 

- k あつみ ざめ ひ ま ちう,. b> ---ft 

せられて の 境 を壻 したるべし。 中ギ か,. る!! によって、 ^lil 歸 酸^に、 

^そ つ. 《-ま f § 士っ ;」 とめ a is- 

木 曾 は筑摩 郡と、 境 を 接した る 事^ 證 なり。 

0、 . . 、 .-3 A ふ,^ K あづさ やま やぐ もみ みう D ts - . 

いてい ふ。 未勘標 山哥、 ヌ 雲 御沙」 に、 勢き1?。 お、 「? 靈」 にて、 みのなる 

事、 いよ \ 明らかな り。 

V- やま なか ^ あき 、 

あづさ は みの \ 中道た えてより わが 身の 秋の 來る としおに き。 (好 毖)』 (r 信 濃^ 名ぎ) 

あけ ざ ふ 

有 Sn 山 ー 信 濃富士 (南 安 暴 郡 有 明 村) 

lr ブスの iif して、 f ^oltt. そ の き、 iiQ 崎に きて ゐる と 



gfe 俥 明 說名地 



し u G- ** SI う- c<- し あ w> あ -tv- ん にも にち ^ 

いふ わで、 一 に ま 信 濃富士 として 有名で ある。 その 昔、 有 明 山 は 一 日 一 日と^ 高さ を蜎 

して つた で、 これ を^て ゐた" T だの 聽 み^が、 信 州 名物の 立 小便 をしながら いふに は、 

^ん yo ひやか その ひ l^fAJ き , 

『; お、 あんなに もちあがって、 つまり はどうす る 分別 か。』 と 冷笑した 其 日 其 時から 

fck fc さんちう < わ いじ, • この やま ► 改そ , ^0 ? - . 

g くなる だけ はおして しまったと いふ ことで あるが、 山中の 怪事は 此 山の 險 組と ffl まって 

なかなかに, しい。 で、 lo^f , i§! とぎた?、 一つ は、 W 

I な, , : / 義の戶 渡り 【あ" のと わたり】 が、 問 【あ ひ】 の 飛 渡 "【ひわ, た"】 で., あ お 

の^ 蛆 から 名 づ けられた (鋪 はゾ ( とわり、 とわたり で、 つまり 鳥の 飛び S りの 約苜鳥 敢 

の 放 は、 鼻、 尖 鳙「 はな; i で、 を f け m ま ft^ りる は 。な fesil 險) がで あ ると いふ 事で あ 

^1 にして 奇靖の 山と いふ ことになるので あると いはれ てゐる (穆 募^^^ 、 

る o 

艇^で は、 まや お S は、 11 を § おに 锨 し^ひに して^ かせて あるから のおと も、 或は 戶放 

は^ & したき i から、 1r%4^ が对 薪から ぎ けられた ものである といって、 

叫お に r きすお 龆を體 つて ゐ るの を、 そのき おとして ゐる。 その 射 養 山の 名の 起因 は、 あり 

おは、 v い v ち、 、あ、 い、 あ VI ち ii、 f if の る 1 で、 § なほき 一 7 

Is でに f 翦の 龍、 ま? ぁ に靈 する^ qW に、 f くも f r る議 のぎ W 

有 明 山 ー (長 野縣) 信 濃の 卷 



說傳明 說名地 



有 明 山— (長 野縣) 信 濃の 卷 

みよ 5 その v ね r けい さう; j ふえ. s , おも / 「<Inc*»sar 

認め 得る 其 光景の 壯嚴 得 も 言 はれぬ ものが ある、 そのため であらう と 思 はれる。 (わぼ^お 一〜 

專 忿 一 I rm^^rtsx , き この こ I さんぷく だいめい K ちう しう げつめい SS 

s^: ^翻赠 i ) とい ふこと であるが、 奇を 好む 古老 は、 山腹に 一 大明玉 あり、 仲秋 月明の 

よ §§ この さと てら, . ゆ ゑ あ- W- あけ な い さん? - 

夜、 煌煌として 此里を 照す、 故に 有 明と 名づ. y などと 言って ゐる さう である。 山頂から は、 

つ i け み ♦ , ぜん リん にじ /J^:SC^P!.K 素 \ み 

燕 嶽 から 見られる やうな 全 輪の 虹 (^^齡滅1釋) が 見られる (夏時〕 とい ふこと である。 

あ ay あけ ざん せいとう チ その ぶ こつこつ よがん る, Q せき 含, V き * 9 9 , 9 /Islrr ク 1 CV ゥ 

有 明 山の 正東、 裾野の 一部に、 として お 巖の 累積す る ui とりやつ こ 

登 串; 奴 命の 四字ン ミ ク 5,、、 :、 こ t、 へ 有 明 山の 命で あら ン ^ nice 、 ^t、 

が 刻んで ある。 ) 力 ある 力 こ \ に は 登 里 奴 命 (うとい はれる。 ) 力 祭られて をり 昔 は、 

まいとし ぐ わつ』 か き „ きょがん まへ しば はら さとびと あ ひ V わ:: とりやつ との さ w *i つ とな あぶ 

每年 八月 八日 を 期して、 ず 一 岩の 前の 芝 原で、 里人 相會 し、 登 里 奴 命 を 祭る と稱 へて、 仰いで 

ぁリ あけ ざん えう はい \§ れい とうせい しんりん しゃ でんぷ きん ざう え. 3- f^ff 

有 明 山 を遙拜 した 慣例であった ものである さう だが、 後世、 神 林 社殿 附近に 造營 して、 有 明 

とな さいじつ い ぜん ぐ わつ か *s な ゐ しんさい やうれ き § 

神社と 號 へる こと \ なり、 祭日 は 依然 八月 八日に 行 はれて をった が、 維新の 際に、 陽曆 九月 

か のち また ぶ きん しょしゃ がふし さい e わつ A ハ々 

八日と なり, その後 又、 附近の 諸 社 を 合祀した 際、 十月 八日と いふ ことに 變 ぜられ た。 

とほ JVS レ なん この あ J9*& ざん りゅう す 55- つ ころ て. 

遠い昔に は、 何でも、 此有明 山に も、 龍が 棲んで ゐ たが、 佝 時の 頃で あつたか、 天上して 

ンまっ JM。 お、 K^^D^S へ 三 丈 許りの 一 急 瀑の灕 壷に 當 つて、 幅 八 間、 長さ 十五 間ば かりの S 

しまつた 4 i の 鐸の僉 IS 斜 ぐ 平らに 置かれた】 E 岩の 面の、 丁度 瀑瀧 を受 くると ころに 生じた 1 

つ, の 蜜み、 其 窗徑 t 間 半、 深さ 不明、 三 間餘の 木材 を 以て 採る に、 なほ 其 底に 達 ン」: 4rvc、 

せず とい ふ。 實は 瀧の ために 自然に 摺られ たもので あらう とい はれて ゐる。 」と言 つて pi«0I なブ E 



鬼 

退 

ゆ 口 

雄 

麟 



ありあけ ざし リぅ てん i §» ^ . い、 し •,、 I 

i に、 おきな i み をぎ てゐる もの は、 このが i 山の 龍が 天井す る 時、 尾に 力を入れて ぐ 

るぐ るぐ ると やった おめに、 f0^t f が ぐられ たので あると いはれ てゐ る。 

"#ん のち S に は、 臭、 Mi がべ § おとい ふ 一一 i のず すぎ ゐ るが、 ,だ 

と 鼾 はれ、 き i お すき I は、 il 1§ &の 穴まで 拔 けて ゐ 

ると き ふこと である。 (鼠の 穴參 照) 



^ 房 山— 魏石 鬼の 岩窟 (南 安曇 郡 有 明 村 大字 中 房) 

呓<1 し : o 、 ン i ありあけ^ん ** ん 3^ 

S きから、 f 應の il ぎ. fit ると、 きの 信蜃 士と稱 せら? 有 明 山の 山 1 

§ま 四千お の i い i に、 i の i ち 地が ある。 K、 I 粼、 1^ I - の 雷 

り i、 0f0. ずり I し i、 五 i 霸の 驚が ある。 環、 I 酽、 " &i 

Si と、 魅 IQIm ぎし 石お とが、 お lg を やった ところと して 有名で ある。 

戤 の^^への &ぐロ" に 殿い^ S とい ふところに^. 齲^が あって、 五 龍 山 明 王 隙と いひ、 その 

3 、 1 お ほ. s は ? C お も いんゆ^し *!„ パず^ ss へ X、 a 道 

ぎ はかりの ところ、 三おば かききの ぎ 下に、 馨魏石 鬼 A 面 大王 fn 

中 ^|( 長 野驟) 信 濃の 卷 



說傳 雄荚治 退賊鬼 



中 山— (長 & 鹛) 信 瀵 の 卷 

ザれ) が 棲んだ 1だと いふ、 ぎね ぎ i ぎと i へられる、 寧 まぎ i ばず ep^.^ - 

る。 其 上に s 昔の 小 ン ね 1 5 。まゆ、 いん おしよ ? g くつ な^ づ W 

堂が 建って ゐる。 J の 巌窟が ある。 又、 その 邊、 諸 所に、 小巖窟 があって、 の ぎ ん? T 

ち- y > 

ゐた踴 だと 言 はれて ゐる。 (r 信 濃 奇勝 錄」) 

それに ついては、 i&ggi 議& はれて t。 

昔、 農, の^に、 ぎ⑩ とい, fe が、 ? 1 にきって、 葡 g なあ^に、 i 

の 湧く 處の あるの を發 見した ので、 ^^こそ^ W が. 1 くぎむ に は、 船 § な^ 船で あると 、お 

くの 鬼 共 I めて ききに ぎみ、 おら 観へ た。 KP ぎ i 、あち、 fm 

や 霧 I したり、 章 をき 银し たり、 敬め る i のが & ちに fi したりす る滅 を!^ てゐ 

お。 へ 1 マお;^ 中爵 に、 天馬 觀 【てんま ざ は 1、白 ン i , 产 しき お ほ てしお お: ども とも 

た 一-水 澤 !: しろみ づ さは: r とい ふまが 钆る oj かう して 魏石鬼 は、 多くの 手み の^^と^に、 m 

f で lg うは をん i f yr'p Jr 

星に 出て は、 財 を 奪ったり、 it 女 を m めたり して、 ill の を i ましたので、 お^は、 對 

怖れて、 心 を效ん する 都が なかつ お。 さ、 、^仁 天皇? 御 字、 巾^ 山の 悪賊ン ひ 1ぉ く 1f』 

is I "1 h ^ しし 「 4f 糞、 神社 篇を 離す。』 と 見えて, ゐ气; * 延曆十 年 

钣上 ml は、 東夷 I の^、 きに £ して、 鍵 を § いたので、 どうかして fr 蘭 

し, 人民 を奠の きから ぎて やらう と 幾した。 で、 i 議 g き 脇 や、 



說傳 維英 治 退賊鬼 



さいしょ あ づ みな ほり や^らの しぞっ /な!';:'、 お 藝郎 \ ま ^ : : 、 せ,. しき, u» 

に、 最初 は、 安曇 都 矢原莊 (si 高 1 お^。) に陣 して、 時機 を 窺った が、 魏石鬼 も 然る 

おやす 5 ちと とと でき しなの くに ぢぅ おも かみ.? 奢. 5?、 たい タん 

もの、 さう 容易く 討 取る 事 は 出来なかった。 そこで、 信 濃の 國 中の 主なる 神々 に 鬼 賊返散 を 

ねん ヒと す は iso す は じんじゃ つく ま a«» つ ふま さと , は ち*< ん!^ 、&f り、 褒统挈 部^ リン *^ , 

念じ、 殊に 詉訪 郡の 詉訪祌 社、 筑摩郡 朿閒の 里の 八幡 社 摩 迪脚綱 |%^) に詣で て、 

おこた いぢ きケ它 こ あるよ つかま はちまん がみ お むら.: *5 ぐん ゆめ 、ら た おに **• 

1 返 治の 祈願 を 籠め ると、 或 夜、 束閒の 八幡 神が、 田村將 軍の 夢枕に 立た せられて、 『鬼の 魔 

§ や S4 やま はね は そやつ か よろ つ. げ > また いっせ Q 

術 を 破る に は、 山 雉の 羽で 矧 いだ 征矢 を 使 ふが 宜しい。』 とのお 吿 があった とい ふ • 叉 一 說 

おむらしぎ ぐん あづみ 化 /んマ の^^ 郡 . めんぷ 力 *^ » - ^ 

に は、 田 村將軍 は、 安曇 郡なる 満願 寺 (I まき^^^^^^) なる 觀音 堂に 詣 でて 一 寸 

ぶ せんじ ゆ さつお \§ のん ねん そのまん ケゎ^ よ れいむかん の^ てら な まんぐ;^^ 

八 分の 千 手 薩陲觀 音に 念す ると、 其满 願の 夜に、 靈夢を 感じた ので、 後に 寺の 名 を 満願 寺と 

よ とかくた むら まろ の やま か 刀 かみ お つけ やま ど リ え 

呼んだ ともい ふ。 それ は 兎に角、 田 村 麿 は、 野 山を獵 して、 神の 御吿 により 山 雉 を 獲た C 

と*> やま ど W- を $ を なが 4 まど り そのえ る なが を /^'り、 Ba.^fAJ' 

の 時の 山 雉の 尾 は 頗る 尾の 長い 山 雉であった とい ふので、 其 獲た 處を、 長 尾 (y かむ は戰長 

io\ な やま どリ はね もち そや つく > き i • と は /410、|^-^!付「とょ\ 

尾 ) と名づ けられ、 それらの 山 雉の 羽 を 用 ひて 征矢 を 作った 處を、 鳥 羽 (iwh^^k。 ) 

X そ G- や し やう し わ いよ,, f\ おにた いぢ むか ぢん まんぐ わん じ うつ つ^ b す- 

と名づ けられた。 其 矢 を、 將 士に頒 けて、 愈々 鬼 退治に 向った。 陴を 満願 寺に 移し、 遂に 進 

ぉほ い おご なかぶ さやま た、 か なむら まろ かみ お つげ やまどり まや 

んで、 大に 鬼と 中 房 山で 戰 つたが、 田 村 麿 は、 たうとう、 神の 御告の 山 雉の 征矢に よって 一, * 

しゅび はちめん だいわう ころ このと き さナが はちめん だ.^ わう ► ^ま ペ^- > モ: や ► / t^i 

曾 尾よ く、 八面 大王 を 殺して しまった e 此 時には、 流石の 八面 大王 も 山 雉の 征矢て 射られ • 

中 豫 長 野縣) 信 濃の 



說傳 雄英治 退賊鬼 



* 山 |( 長 野驟) 信 濃の 卷 

しんつう リさ 3し な たやす う そのて しお おに ども く. 一 

たので、 神通力 を 失って、 容易く 討 たれた とい ふこと である。 かう して 其 手下の 鬼 共 は、 鞠 la 

も-こち に ある もの ざん ちう かく ある もの かう こ ぼく ある もの とほ .b! お 2 

蛛の子 を 散らす やうに 逃げ、 或 者 は 山中に 隱れ、 或 者 は 降 を 乞うて 縛せられ、 或 者 は 遠く 北 

か fe さに. 3- な むら まろ っゐ^ う. おに すみか いはや くつが 《 きんちう のが 

のが を 指して 逃げて 行った。 田 村 麿 は、 追窮 して 鬼の 棲處 なる 岩窟 を 覆 し、 山中に 遁れた 

おに と J&JJ とら おに うち おも もの ぼか き す そのほか こ おに み-お ぼ 

る 鬼 を 悉 く铺 へ、 鬼の 中で も 主なる 者 三十 計り を 斬り 捨てた。 其 他の 小 鬼 は た^、 耳朶 

けづ ゆ る そのみ 、ぉぽ うづ S のちのよ み- づか 

を 削られる だけで 放免され たとい ふこと であるが、 其 耳朶 を 埋めた 處を、 後世に 耳 塚 (が|; 

よ また きお かたさ とほ に おに ま たむ らまろ せ ほ 一 つ.^ 

财 せお) と 呼んで ゐる。 又、 北の方 指して 遠く 逃げの びた 鬼 も、 間もなく 田 村 麿の 騎馬の 追 

きう のこ せいほつ たう じ おむ らまろ うま ようい お ゆ とちう 

窮 によって 殘らす 征伐され てし まった。 當時、 田 村 麿に 馬の 用意な く、 追 ひかけ て 行く 途中 

うま か こ こ のち かリ うま /、? 'ウ、 b^RW^M-^ よ _ , おに ォ * 

で 馬 を 借りた とい ふが、 此處 を、 後に 借 馬 (tw 村?^ ザ) と 呼ぶ やうに なった。 鬼の 棲 

か をん せん ま おに ひら • ど 3?y みち しう ぜん に ふよ/、 ぺム はか ご なかぶ さ を ふ 

處 であった 温泉 揚は、 鬼の 開いた 通路 を 修繕して、 入浴の 便 を 計った ので、 その後、 中 房 FJ 

せん そのな よし きしき いはや いま な o f i y f ^ 

泉と 其 名 世に^られる やうに なった のであった。 魏石 鬼の 岩窟 は、 今 も 尙ほ殘 つて ゐて, 其 

S ぷ どう だう お むら まろ ふ どラ だう よ また との ち fe む §i ろ *>ん り ふ いしづくり ^ 

傍に ある 不動 堂 は 田 村 麿の 不動 堂と 呼ばれる。 叉、 此 地に は、 田 村 麿の 建立した 石造の 藥師 

にょらい かっせん ざ は よ さ』 a ふ どう だう る みやし ろ よ , ふ どう モん みやし ろ ふ ^ 

如来が あり、 合 戰澤と 呼ぶ 處も ある。 不動 堂の ある 處は、 宮城と 呼ばれ、 不動 I を 宮城 不動 

とな はちめん だいわう きう でん かま if づ 5 みやし ろ とな - あと i ん にち こ Z こ^い ター: ぐ, 

と稱 へる。 八面 大王が 宮殿 を 構へ て 自ら 宮 域と 稱 へた 跡で、 今日で も此處 から は 古代の 器具 



Ift 傳穴貸 椀 



fa S が iifi げたと i 八 iiei は * fh^ 

r を! 一?t とい ふ。 八 三十 I の 魃の鷇 は、 §i& の i に, たが 

-J まつ もとし あざつ かま つかま じ. 5 じ や け. 3. 

鍵で おを^め たのが、 mi と, はれもので、 これ は、 今でも 松 本 市字筑 摩なる 筑摩 神社の 境 

f t,, L^D 1 お <2>.3*? ん .5 さう ぼ, ズ A /、 惡鬼 退治 報恩の ため 

おて^って さる。 お、 g?|i に は、 將 軍が 開 創した と傳 へらる X 寺 (is&i^ 札が 書い 

て、 これら 田 村 麿 建立 9 が 十 にある が、 IS 树で も、 きが 建立した とい ふ小縣 

に 納められて あると ぃュ 「ず 勝錄」 /、 ^,31 5^ ! I きょみ づ でら ほしな くわ j のん o 

雲 I なぁ攀 の ii §§ 避^ iii なる I 寺の 保 科 I。 

^お か ^1 なる «f , の 魁 i は、 i も!^ な ものである。 err! 碑」 「宫川 氏 S.D 

8i に は、 また、 ま 鍵が、 ま i からお £ に, た f S に、 f した 

<5- めろ けんしゃ _ 

i 言 はれる 妙 見 社が ある 

Si プみ あな 

鼠の 穴 (南 安曇 郡 有 明 村 大字 w 穴) 

なかぶ さ? さんぷく ?® か^い. は、 は、 今にも 平野に 轉 がり 落ちさう にして ね? n^tii"? 。と^ 5 

お 房 山の 山腹の B 巖傘 岩^ W 半開^ 傘の 形が、 眞 S く 現 はれて ゐ るの もー奇 であると ぃス ぉ丄 s 

に 小 {Ell つて、 I 傘^) より、 お^へ おらう とする の t 崗 岩の 潢菔の あたり、 手の 這 人る 

麗 の {<— (長 野驟) 信 濃の 卷 



說 傳 身 



信 の 袞 |( 長 野縣) 信 濃の 卷 

ほど あな あ この あな あ W あけさん ち&5 *1 ん めいす. ぎんめ いすね わ だ いは あな A 

程の 穴が 開 5 てゐ るが、 此穴 は、 有 明 山頂の 舍: 明 水 • 銀 明 水 を 湧き出させて ゐる 岩穴まで 拔 

このい は あな あな X 

けて ゐる とい ふこと であって、 此 岩穴 は、 嵐 穴と 呼ばれて ゐる。 

i の. 3. は あな ところ あざ あな ぞく この あな おこ と ころ な 

此 岩穴の ある 地 は、 字麗 穴に 屬 して ゐ るが、 此 鼠穴が あると ころから 起った 地の 名で ある 

とい はれて ゐる。 

SSM あな ぬし ね M S あな ぜんわん で まへ ばん こ 

鼠穴の 主 は、 鼠で、 昔 は、 この 穴から、 膳 椀が 出た とい ふこと である。 前の 晚に、 此 穴に 

U . あす なんにん まへ ぜんわん か おのお めし 52 あす あさ はや , i もん 

行って、 明日 何人 前の 膳 椀 を 借して くれと 賴んで 置けば、 主の 鼠 は 明朝 早くに、 注文した だ 

ぜんわん その. S は うへ だ, i とどか 1 

けの 膳 椀 を、 其 岩の 上に 出して おいて くれた もの ださう だ。 しかし、 さう した 事 も、 一度 is 

もの そん ぜんわん その ま- - わびごと の もの £ 

りた 者のう ちに、 損じた 膳 椀 を、 其傣、 詫 言も陳 ベす にかへ した 者が あってから、 もう^に 

も 貧 して くれぬ やうに なって しまった。 (口碑) 

のぶ みや 

信の 宮 (南 安曇 郡 馬羅尾 谷) • 

にんげん おに やま はい tssf なし §( あづみ l!J& しな かがう * .^c*so パ、, k*^ i 

人閒 が、 鬼と なって、 山に 入った 昔話が ある。 昔々、 安曇 郡 林 中鄕の 百姓 久兵衞 が 枠に 

© ぶたら うい も とせ ほう ぼい ナ. 5 にん うまお さ-. 6 ぼら. を だ, に , 0^) 

信 太 郞と云 ふが 居た。 ひと 年、 朋輩 數 人と、 馬 を 追って、 笹莉 りに * 馬羅尾 谷へ 上った ので 



,, く のぶなら う とつぜん うまの せ お > あぶ み,, • » ^ ' •% L 

あつたが、 き | まで 來 ると、 信太郞 は、 突然、 馬 背に 立ち上る よと 見る 間に 數 i. 閒を ひ 

ときび にして、 鼸の I から i き 編 (肺 に が たと ころに あるお き i& まへ 

ヒ tevfc やま ふま i のく ib まお つ ひお へ..' > モ ズふ * 

^こ、 ひと I! びして、 W から あへ^ん^り、 此窪を ひと 跨ぎに して 突立った。 其 頭 は 天へ 

J > . まる まう ほ い むか さん や &る だいおん * 

^く か と^ふば かり、 膨 みて、, かに^ f に對 ひ、 山野 を 震 はす 大昔に て、 『さらばよ さらば 

ど よ そのご みと *- な/ *r\ 

よ、 さらばよ。" と、 三变 まで は 呼んだ さうな が、 其 後, どうな つた 力 を 見届けた もの は 無力つ 

た。 鉞鲈 M^Ki は、 |き りの^き 擀 であった が、 ^鸺 が、 魃 に^って W へお つて しまったと 

きふので、 鹅き 鯰し む鹏、 ^なる かな、 麟て 五^に なれば、 らす、 一 夜の 內に鋤 

ききされ、 ー&の m に微 が^^つ けられ、, ^が^れば、 二が に 稻が刘 り 取られて、 整然 

B ュ あしぎ ねし かんつ ど にんげんわざ > > 

と&み 1 げられ ると Ik ふ 不思議が、 三年 閒續 いた。 これ は、 とても 人間業で はない とい ふの 

で、 isi^ の II に、 一 i を^った のが、 お 1^ する の、 ぶの 宫 であると いふ ことで ある。 25 

瀵富士 附近の 傳說」 ) 

二 僧の 墓 (北 安曇 郡大 町) ョ 

U 僭の 墓 IC 長 野縣) 信 濃の 卷 



逮俾 鵷的敎 



嬝小 * 郾— (長 野縣) 信 濃の 卷 

J****K*» sb^cas-s.^. きた さ の そう はか はか レ «- k 

お^ (お^^ 都) の 北、 佐 野と いふと ころに、 ニ儈の 墓と いふの が ある。 この 墓 は、 昔、 西 

J_*_n まふし このく に へんれき とち たよ > さう あん なか ねむ , ごと をはリ ー 

行 ^師 が、 此國 遍歷の 途路、 ふと 立ち寄った 草庵の 中に、 眠れる が 如くに 終 をと つて ゐたニ 

f の 墓で ある と霍 はれて ゐる。 

さい alaAO¥ にん *! ん しふせ う えいろ く つき てろ., 9 9 9 9 くにさの す 4 ^へ , 

「西 行 上人 撰 集抄」 に、 『永 唇の すゑ は、 月の 頃、 しなの の國佐 野の わたり を 過ぎ 侍りし に 

i むし U あご^ な ゆす はぺ のぺ, 

花 ことにお もしろ く、 虫の 聲聲嗚 きわたり て、 行き過ぎが たく 侍りて、 野邊に はいく わ 

まべ ゆ みち ほか くさ みち 

いし 侍る に、 たま ほこの 行き かふ 道の 外に、 すこし 草 かたむく ばかりにみ ゆる 道 あり 

わけ <L お をい ほ a そう I 

分 入りて みれば、 す-. rt* かる かや *を みなへ し を 手 折りて、 庵 をむ すび ゐ たる 儈ぁ り。 

つく くさ <\- • かみ ふお つ > みた リ -V う k ねむ „ もはリ 

いほりに 作れる 萆々 に 紙に て 札 を 付けた. OS (中略) 二人の 僧 ありて 眠れる ごとく 終 

を とれり 云云。』 と 見えて ゐる。 

Q ち ら" かう たか ゐ JJ«» お なか ゆ <fss さ の. さい せつ い.. そう はか f 

「信 濃 地名 考」 に は、 『高 井 郡 田 中の 湯の 南に 佐 野 あり、 西 行の 說に言 へる 1 1 儈の 墓ぁリ e 

あ うみ- *>2B お^まち きな さ の そう はか その ち ■ - -み * > 

叉、 安曇 狐大 町の 北 佐 野に も、 二 儈の墓 あり。 其 地 いづれ かしらす。』 と 見えて ゐる。 

i プみ こ た らう 

泉 小太郞 (北 安曇 郡 常 盤 村字佛 崎) 



說傳起 緣的賴 



0^M^S^ 泉) は、 鼸£ き I の 化ぎ あった。 

1/ r い^ T;sr いの 名 は、 此 犀に 因んで 名づ けられた^ (「緣 超」)。 と „ い s^^^^ilst?^^ 

鬆 じてから、 厚 龍 (!^!^辦^さは则は、 水上に 山ゅリ ある 故の 名な り。』 と 見える。 名& はこれ に 

i 謹な Jf る ぼて 

1 の i から、 0sfff 1 くまの 1 に , で、 安曇の 湖水の 水 を、 北海 

に f た。 勿」 そのために、 ^鍵 ffc^ml ので 

あるが、 纖 がきむ と、 £1 にかへ つて、 ほ 腹 I 八に furjt 

なった。 や そ の やおに、 レ 霞が あ i に I まれて、 きの 莊镞を 極め て ゐ る 佛崎亂 世音 

(安 蟻。の 一) とい ふの は、 て、 ?女 1? の 1 を ほおき に ま1 した I 世 音 を 祭って 

ゐ るの だとい ふこと である。 

「辩 1」 に は、 Wi 職、 鉞ぉ 4 に 1 じて、 んでゐ ると いふ 犀を 捕ら しめたと い 

きじ み, 。へ r 緣起」 鼠の 宿の 鼠の 傳說 とい。 この-^^;^。 何" . 

ふ 記事が 見えて ゐる (^の1ん 淤 はない ので あらう か 鼠 宿參照 一 

酺、 ms、 £f Qui のず 鬍 すべきで ある。 

嶷小. K, 酈 |( 長 野驟) 信 濃の 卷 



仰 信 間 民 ,說 傳跡足 



鬼の 足形 石 相染川 |( 長 野 驟) 信 濃の 卷 

おに あし がた いし 

鬼の 足形 石 (北 安曇 郡 松 川 村 字 野の 上) If 

ほ5 か はめら © かみ きよおん お: あし: s ち ゥ ,、 

松 川 村 野の 上のと ある E 巖に、 鬼の 足形, が 着いて ゐ るの は、 その 鹊、 お iffe: く^の、 

5^ ひろへ いや とそう ゆ- 

徒らに 廣ぃ 平野 を 徒 走して 行く の はめんだ うだと いふので、 一 を 雕り协 えて ゆった 

とき ぷ あ, あと 

時に、 踏み かけた 足の 跡 だとい ふこと である。 、てききば 、た お r,s。£) 

あ ひ そめ が は 

相染パ (北 安曇 郡會染 村) 

き 口臭, h る 聰鬆^ 05111 こ、 r * ^FD^ 、「地名 考 一に、 『安曇 郡に ぃン ; 

f、^/ ジ才^ JCJ^ に すく t 結 ひの^ (ふ 阿ち 神」 社の ■l!^ レ) がまし まし (「春雨 抄」) 

r、 - V. >| るな » 署じ 袋ひ ごと J プ 

て 此;^ に その 男と^で、 情事の 願事 を かける と、 どんなき きな、 かな はぬ 維で も^げら 

れて、 末 圓満に 行く とい はれて ゐる。 ^し、 鼸 ひ;^ 4 けて、 驄 ひが ひが あるの ま、 §M 

ぶ よ ねが ごと かぎ 、yr、 J ,ト II ト,, >.„> . . 

女の 願 ひ 事に 限る と 5 ふ。 (口碑〕 ぶけ^ i^sif ^言 は^た 結緣祌 は、 小縣 郡に 竭 して ゐ るジ 

! パパ 縣郡男 神 岳 女神 岳より 出づる 水の 相染川 及び 美 槠樹參 照。 > 

と は り ぼし 

登 波離衝 (北 安曇 郡 陸 鄕村字 白 駒) 



說傳明 說名地 



雜&講 f ま 町ち から、 勅 二十 五お 攀 のまと して S な 纏に 腐す る麟 に、 I 

: - 5. ils i I なレ と は リぼし はし ¥ くおう むら あざ しら ぞく 

1 の i^i つ I が あるが、 き^に!^ けられた 酽を、 登 波 離 橋と いふ。 撟は、 陸 鄕村字 白 駒に 屬 

め t ら S はし よ,、 。ぷ る」、 へ 「信 濃 奇勝 錄」 に、 『山 骨簇々 とし 

して ゐ るので、 一 名 白 驗の撟 とも 呼んで ゐる 古く は 渡蟥落 V て峙 ち、 一 步も 足を拕 ぐべき と 

ころよ し。 故に、 暖 頭に 閤遨を 作りて 往來 す。 これ をと あり 落しと M ふ。 麓の^ をば キ澤 とい,^』 と 見ば 

"o ろ f とし あ, f^, と!? f はに、^ f あ w】 の 飛^^ あら ふ。 又、 ガギ澤 は、 今、 餓鬼 澤と 書いて ゐ るが、 これ は 

广さ L , : / > ま Z なお けん はど^ん このはし うへ み 

機 ほ^§^0 て l^tf あ sof ) と^ったと いふ。 橋の 長さ 三十 八 間、 幅 三 間、 此撟 上から 見 

おす^ま、 鹳^ 千 § の ii^ にめ くるめき、 赴おから IP 湧き、 自身 は 唯 これ 空中に あるかの 

X 卜 i わ うら. 3- % ところ ひとお ち ほ じ まとうた, う > 

鋭 ひが せられて、 かの あ も!! つば かりで あるが、 往来に 馴れた 土地の人 達 は 馬上 曲 子 を 頃 

ひながら、 ばかりば かりと ii ゆるやかに 乘り 渡して 行く とい ふ。 q 信 濃 奇滕錄 」リ 

延 きに i が I! つて ゐ なかった |ギ き^から M へ 働か 鱖れ た處に 一 つの 城が あって、 

i の し戚ろと よ 呼ばれて ゐた。 T 主 V §ff. I しい 1 を I つて ゐた、 §fe は 

L , ? ^ も o ^ す 》s しらこ まけう か たにそこ . 

お を MS に 1 み、 どうかして 舒を 亡き者に したいと 考 へた 末、 この 白 駒 橋 下の 谷底へ 落して 

i してれ はう と f た。 で、 0§ 纏び に 群て、 sf 菌 つて % たが、 1 

くも i つたので、 ^で n 〃の镦 s の i を 1 きけ て歡 いた。 蠏て、 翦が弒 を 缠| さう とすると 

登 波 離 襪人長 野縣) 信 濃の 卷 



ーゅ 



山姥の S 痙——. (長 野驟) 信 濃の 卷 

*<ん はか ふたり しょ たにそこ お ちい とも, *\ し いん^ん さと 

何ぞ圖 らん、 二人 は 一緒にな つて 咎 底に 墜落り、 共々 に 死んで しまった 因 it. によって、 里の 

ひと,^ この ちと わりよ 

人々 は、 此地 を、 妬 割と 呼ぶ やうに なった の だとい ふこと である。 (白 駒お の 口碑) 

せつ おし このち ふ きん ひと リ I , け S » つま めかけ いっく 

ー說に は、 昔、 此 地の 附近に、 一人の 努 があった が、 妾を蓄 へ、 妻よりも その 妾を寵 しん 

そのつ ま § ひど わた ある ひ だま めかけ さそ お このち あそ ぶけ した おと 

だので、 其 妻 は 妾 を 酷く 妬み、 或 日、 欺して 妾 を 誘 ひ 出し、 此 地に 遊んで、 妾 を 崖の 下に 墜 

ころ じ ぶん しょ おし こちと はりお とし 

して 殺さう としたが、 自分 も 一 緖に 落ちて 死んで しまった。 それから、 此の 地 を、 妬 張 落と 

よ すべ は と は リねた <Jic は いみつ お を 

呼ぶ やうに なった の だと。 即ち 登 波 離 は、 妬みの 心 を 張る とい ふ 意味 だと 傳 へられて 居る。 

(宫川 氏 記) 

せつ よめ つ おと は^ i し ま た 1 び さ ぬつ お 

一説に は、 嫁 を 突き落さ うと^った 姑が、 知らぬ 間に、 袂と袂 と を 縫 ひ 着けて g かれ. 

しょ たにそこ っゐ らく つた もり 

て、 一 緖に 谷底へ 墜落して しまったと 傳 へられて ゐる者 も ある。 

やま ぅぱ うぶ lo 

山姥の 石 座 (北 安曇 郡大塚 新田 揚籠 村) 

いけお まち とうほく や X い だ > つかしん でん あ ザ ろ むら うへ さんけいせ うけん ひと のぼ 

池 田 町から、 東北の 山 入り、 大塚 新田 锡籠村 (舟 場 の 北) の 上、 山徑 蛸! r 入の 登る ことい 

まれ あげろ さん みねち か » いはや ひろ すう ぼ なか. 

と罕 なると ころ * 锾籠山 (上呂 山) の輋 近いと ころに, 岩窟が あるが、 廣さ數 十 歩ば かり、 中 



說傳水 治 • 動活神 諸 



, :J * まう は ラぶざ .S つや、 o /「4< 日本風 < 「地名 考」 に 

に、 二三お の おが あるが、 これ を、 山姥の 産 座と 言ひ傳 へて ゐる "土記. 信 濃」/ V は、 『あげる 

山木& にあり、 越中ン 

にも あり』 と^える^ 、、- せんたくび § 

it に、 き1 のビげ S! 誠の §1 は、 、た、 く、 み、 が、 ば、 ばと いふので、 ばばの 洗濯 日 は、 十 一 月の 十 

五日 だとい ふこと である。 

川 會祌社 (北 安曇 郡 十 曰 市 村) 

s^s ま ま、 ^« を 1 つて ゐる。 ^に、 (識訪明 神) と、 厚 龍 (海. 

n 會 示-: ルー 式」 當^ 1 Iff の ft .) t :i:f タノ Z やぶ みう 

き と 鑾 つ あみし お を、 M まお f i へ、 をぎ て、 f を 突き破り、 水 

- 2- おも せつ す はじん, , •、 f > 

を 逸き に 1 すと 一ず ひ歐 へられて ゐる。 思 ふに、 この 說は、 詉訪 神と 斜々 と fts つて む 力 

ま .っみ1 みづ そすな こ § ぐう > - , 。 へ 泉 小 太郞、 安曇 平、,) 

し、 むかし、 おの £f の^をき 水した 古 績を寓 した もので あらう (川、 牛 伏 寺の 項 參照。 、一 

安 曇 平 (北 安曇 郡 平 村) 

u> ほ たかみの 

gftr Iffe に、 SMi は、 一 i のきが で i たされて ゐた。 それ を、 稳 1 命 

^會神 中钃 赛— (長 野縣) 信 濃の 卷 



沈 

傳 



安 曇 平— (長 野縣) * 信 濃の 卷 

まあな ひがね *J*J<?JJS をル ざ ) 、ひき * ま き ひら *; す. ほく かい けつく わい S 

又の名 日 金哚命 は、 S 術で もって, 日 岐の山 を 切り開き、 湖水 を 北海へ 決溃 せられた。 即ち 

ひ おねさ ひきね さ * * み き ハ 

日 金哚命 は、 日岐根 割きの 命で あると 言 はれて ゐる。 

^バ. ゝ、 - U /南 *牝 安爨& び \ > みづ はいせつ あと のこ きう-" 

北海へ 三 郡 の 郡に) の 水 を 排泄して しまった 跡へ 殘 つた 湖が 三つあった。 それ 

、 ^ い s^f なか £な ^うみ I あ づ みな 1S& この ぢ すね とき いま へいや 

か, 木 崎 湖、 靑木 湖、 中 綱 湖で、 安曇 平 は、 此 治水の 時、 今の やうな 平野に なった の だとい 

^^beb^o へ § 明 山、 泉 小 太郎、 川 合 神) 

ぷ ことて ある , 社、 犀 川、 牛 伏 等の 項 參照丄 

なか つな でら 

中 綱 寺 (北 安曇 郡 平 村 中 綱) 

力 ら^^か 伝 ; —ま & f Z きた あ を z i な A つな こ /S 匕 一二 

平 村 字 中 綱に、 湖が 三つ ある。 南に 木 崎 湖、 北に 靑木 湖、 その 間にあるれ 搬湖 (雜刚 

周 園 二十 &ン >>> お。 ほ ; 9P、 > > お^ てら ) かいじん ぢ すね のちた 

とい ふ。 ) の ある 場所に 昔 中 綱 寺と いふ 大きな 寺が あった。 海神 治水の 後 建てられ たも 

たんりく も -pi す. 3 ころ あ リ あけ 

ので、 一旦 陸地と なって ゐた ところが、 一夜のう ちに 湖水と なって しまった。 その 頃の 有 明 

ざん たか やま JS>P ほ か ぶ 

山 は あんなに 高い 山で はなく、 昔, 穗高 とい はれた ところの 一 部で あつたの だが、 どうした 

^け m かつな こ で き し 9^ かん きふ せ. らか 2 あ a- あ サ ざし た. A なかつ x = 

譯 やら . 中 綱 湖が 出 來た膝 間に、 急に、 背が 高くな り 出した。 有 明 山が 高くなる ほど 中 綱 湖 

は 底が 深くな つたが、 急に、 有 明 山が 高くなる こと を 止めてから は、 中, 湖 も g を 深く する 



7 



說傳將 城 



こと を 止めて しまった。 

tAfir 一 a t ヒ なかつな でら かんばつ とき ► なかつな 力ら > » .5 

^縦 夢が^ がて、 そこに 建てられて ゐた中 綱 寺が 陷沒 してし まった 時 中 綱 寺に あった 九 

M 、 ^i^^ タも ^ ノー、、 :,5 ,,。 へ 中 鋼 寺の 本堂の. K 黑祛 は、 湖水の 戎亥の 隅から 二, 十 間ば か, り 

^も、 鐘褸堂 と共に 沈んで しまった ろ^ 1 今にも W ちずに S つて ゐる。 大黑 柱から 南ョ十 

""^伏) ^れ た鹬 かな^に は、 ^からき かして^る と、 まれの 底に、 昔の 中 綱 

でら お ほが ね こ がね. S ろ ひか _ み. - k ,、、 - >r> 

寺の 大鐘 は、 黃 金色に 光って 見える とい ふこと て ある 

^1 躬^^の 啭に、 鏺擻 li の^ 鎩 は^んで しまった けれども、 ^鍵 だけ は^ます に li つて 

ゐた。 ^艦の 掀に は、 ^の ^鍵と、 のお 1 と を、 脇で 黥いで、 水の^で 合せる。 すると 

きっと 贈が 游^と して!; り^ぐ とい ふ。 ^きを 離す と 雨が 止む。 その 湖 中の 大鏠 は、 その後 

^衝^の^と なって ゐ るので、 IS きに P げやう としても 犯して 上らす、 必す 水面 三尺の 下で 

■1 服の 露が, れ てし まひ、 さう したき て をす る 者 は 祟 を 受ける とい ふので、 今では、 誰も 

り あ カズお m m V D N ! dry 

これ を 引き揚げ やうな どと 考へ る もの さ 〈 ない (ロ^) 

仁 科 盛 遠 (牝 安曇 郡 木 崎 湖畔) U 

仁 料 盛 ®— (長 野縣) 信 濃の 卷 



說 傳將狨 



C 料 惑 還 1( 長 野驟) 信 濃の 卷 

にまん れんぽう たか うんべ う そび あ をき なかつな タさき 卩 す ゆ,: ま んド; き 、、 

^本 アル ブスの 連峯 が、 高く 雲表に 聳えて、 青木 • 中 綱 • 木畸の 湖水が、 深く^ 碧を湛 へ. 

たおせ ひめが は せ" りう ほんとう あ づ み <56& じゅんび さんす ね , * . > う.^ ばん^し 

髙瀨 • 姫 川の 淸流 奔騰す ると ころ、 安曇 平の 洵美な 山水に もい やまして, その fki 淸沽 より 

» I がう ど ほこ き ざき こ ほん れきし てきく カウく, わ ふ^,, 

が 上に、 その 鄕 土の 誇りと なって ゐる もの は、 木 崎 湖畔に 歷 史的 光華 を 示す あはれ 古への 

に ぞ つし おちお I 

仁 科 城址の 俤 である。 

こ まんし う こつ S んだ, :* し ふんが. S きう らん さ t« つね ベら ^3 ^ 

千古 离秋、 ^本 男子 を 憤慨せ しむる、 承 久の亂 に 先だって 常に 縑 倉の 行 を惡ん でゐた 

にしな もタ とほ し げん く いは ひ くまの しゃとう I i > ^^^^ ^£/Mr^^ ) 

わが 仁 科 盛 遠 は、 二子が 元服の 祝 を 熊 野 社頭に 行 ふに かこつけて 巡禮參 行し. 後鳥羽 上 tQ- 

くまの あんかう あ し いまし へいか さ :- > 

熊 野 行幸に 遇 ひまつって、 二子 を 戒めて 陛下に 捧げた 

を W ほうで うし ちゆ リく たうめ つ Is しめ , §< わつ 

機 あらば、 北條 氏の 誅戮討 減 を 思 召されて ゐた 上皇 は 

§ で さむ し ぐれ あ 9 あけ やま しらくも 

かたしき の 衣手 寒く 時雨つつ 有 明 山に かかる 白雲。 

す ありあけ みね ものお f *>!き k > » o 

過ぎぬ るか 有 明の 峰の ほと \ ぎす 物 S ふ 時 もい とひ や はせ む 

さよ は 一 も! 9 と i けっか はい *> む お 3 わう ば >ゥ*- は ベら.;^:^ 

と あそばされた 御製 を猙 して、 盛^ は、 た^ i 下に 拜 跪して、 無道 橫暴 極まるな き 解 倉き 

とき きょ さう せつ けっしん に しなが うし せう し ュ » きか 、 , 

時 を、 ー舉 に勦絕 しょうと 決心して、 仁 科 鄕士を 召集し 自ら 盟主と なり ^賀越 中の 豪 g 

き 4* うでう , 4ci 一 いま "々ヒ つ ひ ゆ ふき ともひろ さ > き のぶさね^ 

を 率ゐ て、 北條 氏に 當 つた けれども、 あはれ 未だ^ 致ら す、 發に、 結狨 朝廣、 佐々 六-信 實等 



2 



說傳話 說間民 • 極 



のために -1 びた。 撒しながら、 醎 鼓き 二の さ 物と^ を^め て、 磯 並 山峯の 松風ぎ く 吹き i へ 

ら れた縱 の^は、 泥しても 代まで も 朽ちない であらう。 (f は 科 i」) 

連理の松 (北 安曇 郡 舊駒澤 村) 

lii すと S して、 m 扁 の^に、 菌を f した 霧の f いふの は、 鸛 

ii^ 攀 (isss^F) に Fil より 腐 十 

ぎきろ、 说優 けの ひお にある。 S を k であに お i である。 i は、 こ-から 左右に 敬れ 

て、 紘 きと^ づけら れる。 この 邀で I て 十^と 稱 せられて、 頗る 絕景 であると いはれ てね 

る。 (「信 濃 奇勝 錄」) 

諧 謔 全 享 (北 安曇 郡 舊駒澤 村) 

囊爾 .il 攀 QiMIifi^ を、 翳義 とぎて、^ 二, 1 驗す 一お 

^ > よ おど ナ きんかう よ を ks 一 § 

るに^んで、 灘赌觀 ^智 から^って、 ^il 寸^ 二 I! となった。 世に 講 1 全亨と 呼ばれる 和尙 

afB? ,諧鏢 金 W— (長 野縣) 信 濃の 卷 



說傳的 話 說間民 



00^ 享— (長 野縣〕 信 後の 卷 

を し 言 

こそ、 この 和尙 である。 

ぶんかう あるとき むらざと で かへ みち かたはら の 5 ぶ にん »S5 "し と *b ュ 

全亨、 或 時、 村里に 出て 歸る路 の 傍 に、 農夫 三人、 畠の 石 を 取 I かう とすれ ども、 獻 くつ T 

さら せんすべ やう み を しやつ なが さけ ト、 b S 

て、 更に 盡 術ない 樣 であるの を 見た。 和尙 は、 眺め 叫んで いふに、 『はてさて、 驟き教 ども か 

ゆん せ お のぞ なじ おも われら せ 4*- 

な 何ぞ 背に M つ て 除かざる ぞ。』 と 詰った。 IPS くして、 吾 儕 背 員 ふこと ならす。』 とい / ば、 

『さらば 我 背 員 ひて 進ぜん。』 といって、 繩 にて か \げ させ、 §11 として m に I- き きけ、 銜が 

おしお こ じ わ こん あら ち は ^ うご . , 

り wfe すべし といって 自若と して ゐる。 三人、 カを戮 せて 押せ ども 動かば こそ。 すると、 ^ 

k5 さけ よち もの ども ニリ ^ C * b レ 

尙が 叫んで いふに は、 『さてさて 弱き者 共 かな、 され ど、 三ん にて 起き 得ざる が、 激 また ル 

資ふ事 あた はす。』 といって、 立ち去って しまった。 村人 達 は、 『これ は、 lli^l にだ まされ 

D ま か あな 5 が 々し うづ 

て、 よしない 隙を缺 いた。』 といって、 穴 を 穿って 石 を 埋めて しまった。 

ま^ 4 ^とん ふゆ • ころ ゆうみ §i. か つも まき いし う. 

又、 或 年の 冬の 頃、 湖に- 雪 深く 積って、 薪が a しかった ので、 ザ 衆 も、 これ を^ ひて ゐ 

た。 それ を 見て ゐた 住持 は、 安 如た る 面 もちで、 『^ju! つに || をき むべ し。』 といって、 ^^を 

^ > !ゎれ らい じつく わ おも けつえ.^ 』ー め まき しんき やおら §sy*l c si 

廻って いふに は、 『我來 日火定 せんと 思 ふ。 結綠 の!!、 ^を I きの!^、 I 尨の^ 襯 であら 

3 I ノ さ S みな こ と おも われ? 4o ま. 6o お 25 つ さ 

う 』 と徇れ て步レ たので, 皆た ふとい 事に 思って、 吾 先にと 薪 を 負つ て 鍚に積 重ねて !!! つ 



說傳明 說原起 



i >J くわ i をが 10 きづお ことお ) を ぉ5 ^( は. *5. い, 

た。 殿 Si になれば、 火 定を拜 まう とい ふので、 老若 集 ふ 事 夥 しい 和尙 は、 緩々 と, &衣を 

きけ、 ま M と^のお にきし、 おを^き、 la を ながめて いふに は.、 『今、 天からの お告げが あつ 

く .638.5 ^'きつ あら し はら えん^ん ま, とんに ち や い > , . せ^ご 

た。 射 は.^ がの 時 i に!; す、 暫く 延引す べしと。 されば、 先づ 今日は 止めに 致す。』 と、 梯を 

お ま ぅ§ しふが ふ ひと, *\ その ま-うべ な か.. へ ノ 考 ^^J. 

下りて、 ガ 丈に; < つてし まった、 すると 集合の 人々、 其儘肯 つて 歸るも ある けれども 亦 和 

ノ 840 さ 3 そん はんにち ひま つ ひ s- I PjS > , r 、 > 

^に 誑かされて、 薪 を 損した るば かりで なく、 半日の 隙 を 養した。』 と、 面 ふくらして 歸るも 

一 b すがた だう ほ.;? ざう そのと き かたお ほ 3 み. - . ふた あ r? , ^ 

辆 つたと いふ ことで ある。 影 堂に 本 像が あって、 其 時の 形 を 彫る とい ふ 見る のに 片足 を 下 

げ、 W を^いて、 ^を ii んで ゐる髓 である。 これ は、 初めの 购は、 小い からといって、 後に 

R-2- つく こ ざう お ほ まち てんし S. う ゐ.^ 、 I o ヽ 「.-:,.》?; 1,ISH,, ミ -ノ 

M め 作った もので、 古 像 は、 大 町の 天正院 にある とい ふこと である (「俘 濃奇 E 錄」〕 

犀 川 (南 • 北 安曇 * 東筑摩 郡) 

さいが は みな! i たけ はつ こくない r"^ 力、 、 S 、ら C5. ほ S2 ぼ >^S,^V-UTN 3。 ? 1 ほ 

厚川 は、 源 を 駒ケ 嶽に發 して ゐる 國內 西部の E 流で 奈良 井:: ^梓:: :- の 合^て ある 一一 リ 

まつ もとし せいまく ぶ あ ひがつ ほくり 5 ほ., たかが は たか, ^おは ぶ は- 、 f ^パ ,、 ri:^^f , ,3?J 

^お^の slfr に^つ て槭が 口し、 北 流して、 糨高川 丄咼瀨 川 を 合せ 東北に 更級甜 の 山を檁 -7 

やぶ U と ち くま だに い ち くまが は がち * 丄な ド ぼ , C 2。 ぉぉ三 . 1,1SJ、 -2 

き, るが 如くに 千 曲 谷に 出で、 千 曲 川と 合し、 信 濃 川と なる 急流で なる 流 程 三. H 二 里 松 

犀 SI (長 野贓) 信 濃の 卷 



說傳明 說原起 



犀 川 |( 長 野驟) 信 濃の 卷 

^ ^ひ > , 1- リ; ^^>^;> > この か は ? 1 きた あ づみ g しちく 玄 ぐん わお 

本より、 新 町に 至る 十四 里、 舟楫の 便が ある。 此 川の 流 據は、 南 • 北 安 暴 • 東筑 摩の 三 郡に 直 I 

k モ^ん よせん あ ひが, つ I ちう せ *: そう だいへ いち な まつ もと v% でん きつ 肪 

り 其 諸 川 相 合する ところ、 沖積層の 一 大 平地 を 成し、 松 本 平の 稱が ある。 傳說 によると、 - 

M こ だい こ すね とうほく そ すね Mv< ち 

上古に あって は、 一 大 湖水であった もの を、 柬 北に 疏水し、 陸地と した ものである とい ふこ 

、 > » > > ^ - » く."^』 ぢ * さんせ いぢ ぜっけい めいび さんすな な 

とで ある。 その 流^の 途に、 久 泶路、 山淸路 の絕景 があって、 明美の 山水と しても 鳴って ゐ 

この か は *> げん くわん でんせつ つぎ ものが few 

るが、 此 川の 起原に 關 する 傳說 として は、 次の やうな 物語が ある。 (「ゆ:! 川 氏 記」) 

ぷ^ むかし いま ひ *tf ベ ま きた あ づみ み g あ づ み ぐん ん お ほ こ すね あ づみ なま a 

太古、 今の 東筑摩 • 北 安曇。 南 安藝の 三 郡 は、 一 圓に 大きな 湖水であった。 それで、 安 暴^ 

> ひ / ん マの 北 部 \ ) » ^のちな ほ あ f たリ 、 やま すそ ひきあな . みづ その あな 

の日岐 (sg%HI マ) の邊 から、 水內 郡の 邊 まで 山の 据に引 穴が あって、 水 は 其 穴 をく ^ つ 

々ぶ, 1 ひ ま, > な みづ ひきあな くち ちな みのち X 

て^れて ゐた。 日岐 とい ふ 名 は、 水の 引 穴の 口で あつたに 因んだ もので、 水內 とい ふ 名 は、 

みづ T お, ど S みづ おち "?/ あづみ 4- * * 9 ... 

* かく 2- り 落ちた 處、 即ち、 水 落とい ふの を 略した ので あると いはれ る。 安曇 は、 おつう み 

, 9 はぶ ほは や,。 ぼ-; I この ち せつ お ほむ かし こ すね しるし しか かいじん 

とい ふう を 略いた 語で、 矢張り、 此地ガ が、 太古、 湖水であった 徵 だとい ふ。 然るに、 海神 

•sssi^f^ ひ^み is> ^こ ほ.^ かみの きど • めい ゥ し ひがな さきの みと ど かみわざ やま さ たま 

綿 積 豐玉彥 命の 御子なる 穂 高見 命、 一 名 宇都 志 日 金拆命 が、 神 術で、 山 を 拆き給 ふたので 

レ 、ま さいが は さいが は さきが は なま な つお b_ ま ヒ かみの み とど あづみの むら じ 

今の 厚川に なった。 犀 川は拆 川の 訛った 名で あると も傳 へられて 居る。 穂 高見 命 は、 阿曇 連 

>-K^ 、 ,?Lfi^i^ ゆ ほつ z :3 ^おかぼ じ^; ► えん ヌ しきない i isrf あづみな ほ a ひむ ほたか むら 

の 遠 翻と なり、 穗高剥 社に 祭られた。 德高剎 社 は、 延喜 式內の 古い 社で、 南 安曇 郡 東德高 村 



民 

俗 



に 艇^が あり、 繁議 に^の 隙が 勦 まって^る。 q 穗高神 ess 

一! I こ、 1 Mm^f. f f , 濃に ず i で i つて ゐた^ に、 ぎ 小 

お 麟と いふ まあった。 1?, と i はれ, で、 魁る If 4 で、 ,きの 

§ を! <き1 り、 ぎ £1 & して、 寂としたので、 踏のお は、 殺のお ぉ郞が 跨った 厚 

に 隨んで 還と r だとい ふ。 ii^^ に は、 if いふ I があって、 ipt 

のが、 ^も uli つて &る。 ま 又"、 おの^お^ は、 1^ を漱 きと 麟す るが、 は H 瀨の 意味で 

1 1 であった I 射の 1 かつた か i だと^ ふ。 1 おの に は、 がで も、 島 立、 島內、 

i、 1、 ぁ# が I、 霞、 鶴、 i ml、 I、 if の、 I ある i い。 

まや 僅 纏 爾& のぉ擎 に は、 i のお s のお S び mf 轔 する もの が殘って 居る。 

、(口碑.^ 暴 |き、 德高 祭、 有 明 山、 泉 小太ン 

お、 川 舎 神社、 安 暴 平、 午 伏 寺の 項參 照^ 

ら S. 

しめ やき 三九郞 (南 • 北 安曇 郡 地方) 

is&ii では、 s^, りを& ますと、 i によって I 飜に S を &ひ、 

Ls^tHfilofe 野縣) 信 濃の 卷 



9 



俗 風 間 民 



L め^き H 一. SKI (長 野縣) 信 濃の 卷 

ごら けつ もち く か J .S た はじ ざまに いは にち か は 

一^だ け は 決して 駢を食 はない。 二日に 至って 初めて 鎩煮を 祝 ふ。 十三 日まで は、 さして 變 一,, 

6 

ふ 5 か はじ とくい ゐ ふう、 に、 , 、 .- . I /.E 幽 格 \ ^ . ねんち うぶ 3 2 

つた 風 もな く、 十四日から、 始めて 特異の 遣 風し め やき 三九郞 Q お!^^) と稱 へる 年中 行 

じ i S か もの づく とな , ^あ に 、 f. ^ つく Z 

事が 行 はれる。 即ち、 十四日に なると、 物造りと 唱 へて、 ^の 粉で 五穀の 形 を 造り これ を 

8. 望 えだ さ かな 5- しょしょ かざ つ よはい ぼんぶつ さくく わへいた くさん ご こく^ 5*j たくさん は^じゃ 3 

柳の 枝に 刺して、 家內諳 所に 飾り付け、 夜に 入って、 『萬 物 作 货幣澤 山 五穀 蠶澤山 繁昌。』 など 

たいしょ かみ かべ は さい のうぐ あら きょ かざ このよ にち そ. ^ない だう そ 

と 大書した 紙 を 壁に 貼り、 一切の 農具 を 洗ひ淸 めて 飾る。 此 夜から 十六 日まで、 村內 の道龃 

じん せき ざう ばしょ れい , ♦ 9 , らう とな た か けん »wa まつ き き きた 

神の 石像の ある 鍚 所で、 例の しめ やき 三 九 郞と稱 へ、 高さ 四 五 間餘も ある 松の木 を 伐り 來っ 

S たかくた かくのう か 1 わら むぎわら 纏 こ ぼぐ <KS 

て、 櫓の やうに 高く 組み立て、 各 農家に 蓄 へる ところの 藁 • 麥蘂 など を、 ー戶 にっき、 十 把 位 

とりあつ か? 3 つかさ そ ほ こ どもが しら? J や まう ひと ぐ^し ふ ま 

づっ取 集めて 彼の 櫓に 積み重ね、 その 傍に、 小 供 頭 小屋と いふ を 設け、 人の 群集す るの を 待 

こやで ひつ わかもの たち わらべ たち / とリま 

つて、 小屋から 出て これに 火 を 放け る。 若者 達 や、 兒童達 は、 これ を取卷 いて、 

*SS み さど *MP> 一 *- * さど か? W ま ま . 

お 〇〇、 〇〇〇〇〇 は、 長いと も 長い、 三 筋つな げば 佐 渡迄屆 く、 佐 渡の 金山 七 卷き卷 いた。 

け * , にち さいじつ.' がき も » :&0 か . 'ほす s 

今日は 十六 H ぉ赛 日、 餓鬼の 首 も ゆるさる、 一】一 九郞 三日 は ゆるさる、 明日 は繩 なひ薤 織 o 

ひ わい うた はや かま! b す i u 

など、 おのおの 卑猥な 唄鳞し をして、 喧 しい 事 は 言 はん^も ない。 

ひ かつく だ. ^111 や な なつ わる やま ひ うれ 

この 火で、 十四日に 製った 圑 子を驗 いて 食ぺ ると、 夏季に なっても、 惡ぃ疫 を 患へ る こと 



がない と 言 はれて ゐる。 

筑摩, 郡 —筑 摩の 名義 

は、 r& 镝 i」 に は 、『だき Is とおえ てゐ る。 に、 『つかま 郡に 束 問』 村が あ 

る。 1 する のに、 ^き^! のき^で、 ^に E&i つて^ に^んだの であらう。 「き^ 考」 に は 

, , . g £ » » > み いま つく まひ? iu ひ 15 レ にし わ, か Z » ぶ.? っス J!V 

『^^と は、 亂 きき、 ^は あ ひだな り。』 と 兄え る。 今の 筑摩郡 は、 柬, 西に 分れて、 柬筑摩 

I r - t ■ AO きし ごしつ に ま ぐん きう み の のく iL-ft? な e«u- ぶ /» , .3 i ^> 

^は 、接の!! きの! ^の あると ころ、 西ぎ 摩 郡 は、 舊美濃 國惠那 郡の 一部であった 昔の 筑 

I & 6 VX > しお てる つ く . ま たと へ 

き 鯛 の^ま: を^る のに、 ^に、 &に、 の 地^で あるの は、 師名立 都 久痲の 例で あらう。 

ぐん とうほくぶ さいが は ち くまが は ぶ, ん す:? まれ や ? ) )o , -、 ^ま、 ? Srv rj、 いつ,、, S」-^J ン ひ 

I の 東北き は、 厚川 • 千 曲 川の 分水嶺 逑 S して ゐる。 筑摩を 今 謝って ちく まと 呼スて 

おそ ち くま こんら.,? い / ) o 

ゐ るの は、 恐らく、 千 曲と 混亂 したので あらう と 言 はれて ゐる 

深 志 城— 松 本 城 (松 本 市 中央) 

霞ま は、 おく 匿 1 と 1 へられて ゐる。 謹, I 謹霸が i を 働した I、 その 

统 孽 都. 深 志缄 ー( 長 野驟) 信 漠の卷 



咀 

傳 



深忠城 I 松 本 域 |( 長 野驟) 信 濃の 卷 

. ぞく しまお てう と.? だ いふ はじ きづ Is, ,二 311 リノ hv*- 、 h - . , 

一族であった 島 立 右近 太夫が 始めて ぎいた ものであるが、 お、 If^l 瞰は、 ^しく 配に 鲻ぃ 

たま、 f れてゐ る。 これ は、 義£み の 1 おの ii& 蠤の I。 よろし か らす、 欝は お 

ff 纏き であった 4 ま I は、 き f i して、 S して sf き 

, で! . , t K にづめ かんしんら ^うけい おせい とら つ. r f ^ -tf ■ e 

へ 出た が、 國 詰の 奸臣 等の 謀計に 陷 つて 铈 はれの かとな り、 i なう して、 一 被お の で 

磔に 罹った 時、 その 義民 嘉 助が、 ^1! を^て f けた もの だと^ ひ^ へられて ゐる。 は § け g い 

-"^ ^うや ゥ じつ、 お だ、 话 * はりつ t ほし & うへ けんぶつ みん しう むか さナ 

執行の 籩日 多 P 嘉助 は、 磔 柱の 上から、 見物の 民衆に 向って 叫んで いふに は、 

『$ は I ん でも、 き の^は、 1:1 まで も i ぎ g の si のまに i つて ゐて、 g きの 廳ひ 

を 叫ばす には^かない。 それが ii に は、 儆の 一 !!が で、 あの H ぉ飚 の^^ぼ を 配に 鶴け 

さして 見せる。』 

:o r ノ:、 -ま^ JW-, I » • ぼ乂 ほつ ひ .t ぞぼだ まつ もと しろ はう にら 

と そして 彼 は ^走る 眦を 裂いて、 一本松の 東に 聳っ松 本の 城の^ を、 ぐいと 腕ん 

♦:o 一 おせ ぢ しん おこ I ぶかし じぎ てんしゅかく にし ひ ナ > 

た する に IM. 時に 恐ろしい 大地震が 起って、 忽ち 深 志 城の 天守閣 は 西に ぎいて しまった。 歡 

^ 0^0 ^ 一 いろ うしな み^しう しき ? U わめ % すけ 

@ の 者 は 懼れて 色 を 失 ふ。 民衆 は 一 頻り 篤り 喚く。 1 助 は、 

IP. ^% ズんル ゆ い ,まズし かたむ ) かすけ たましい けつ し 

『それ 天守 は 今 西に 倾 いた。 嘉 助の 魂 媿は诀 して 死なぬ。』 



かう^って^^ i する ii に、 薪 腐 は、 顯ま の辦^ に f じて しまった。 

g お 5(f) のて 隞は、 その II から g に i いたの だとい ふこと である。 (翻 If 娜だ UO) 

t* ば ざゥ W 

投 草履 (松 本 地方) 

弒 おき^で は、 お Kii^ に齦鼸 の.^ を^ ふ。 ^^から^る 磁 は^き を 履いて、 多く、 こう 

、じ、 ん (Ifs^l^sg ま) とい ふ もの を^せ た駁 に、 &約 者の 妻と 二人で、 左右へ 打 

ち^って^る。 観 をば、 わざと、 ;/ う、 じ:^ の m に き れてゐ るの は、 其 尉 物の^の 多い の を 誇 

るが ためで、 S ざ 滅の越 は、 雾で、 その Si を I り、 霞 .攀 も i に i き、 f 美 

しさ を 1 る霸 なんどが、 1 ふて、 霞 f 1 ひながら、 f しく 断いて 奢る。 市の 者なら 

民 た.、 鬆 だけで ず。 かう して、 so 一 (仏が、 新郞 の家へ勒 

間 く I 射に は、 i& では、 ¥ め It て tK< の點を もって これ を i へる。 門火と は、 

風 か 門妯で I を I く?^ で、 に 1 どられ た. &ぉ i& ぎ戳呈 が、 ー對 の 松明 をて 點 百 

^ もま つう I ぐち しんぷむ か、 _ 、 、 fej? ぽ t、 铲浐 う" r\ ぽこ "ヒ ド, て T 

じたる を I: つて、 先づ 通常 口で 新婦 を迎 へて ゐ るので 新婦 は 媒: S 人の 妻に 手 を 3 力れ 「 

a m 履— (長 野驟) 信 濃の 卷 



台 

水 

說 



松 本 卒| (長 野 驟) f M D a 

巴の つう of ぐち は い f ? t 

此通常 口から 這 入る。 そして、 それから? おる と、 g ちに、 鬱 いて | たきの 繫は、 

よこ を- き やねう へな お ノ 5^ ( 

潢緖 から 切られて、 星 根の 上へ 投げ上げられる。 これ は、 ニ^と、 &ま を はかない f ひ、 二 

ふ まみ A * 一 

夫に H 凡えない の 意で あると C まれて なる o へ^ゆ 壜娜 地^の 門火 は 麻殼を 焚く ので、 ン 

* な, よめ r 1 t ォ- 5 ク パ町女 み 消し 入る を 例と して ゐる。 」 

又、 嫁が、 f 迎へ るに は、 鑾 の^、 g| は、 0f gg が M へ f の! I、 , 

るの を ig として ゐる。 

mff0f 一 f 1 ^に は、 sli して、 髮に r、 か霸 i に、 gf 邀 

*w \ .1L か しふ i- き よ あつ さ. 6 も a- 1» ふ f 、、人 

び 婦 家の 親戚 を 呼び集めて、 酒宴 をす るの が | になって ゐ るが、 に、 これ を、 聽 傲と 

言って ゐる。 



おいら 



松 本 平 (松 本 近 旁 五十 餘 方里) 

^ず は、 ili の 碧、 00i£f 羅 五十 is、 f 

一 大湖 おで あつたが、 10 1 きに、 ,お f い あがあって、 識に鼢 

なみ わ きな しっく ぶう わう ,v«5- l/if JL/ 

して 波 を 分けず、 疾騮鍵 暫くす るう ちに、 §f0ff S. た あは 



一 4 

6 



V わ S りう .itj が ほく かい はし でんせつ あ \ めんく かお いま さいが は 

怪 龍に 從 つて、 北海に 走った。 かう した 傳說の 跡 を、 綿々 として 語る ものが、 今の 犀 川で、 

お. i こ まつ もとこ あと ,3. ま はんけ. V レ €く なみ お このへん せ *~ やわ つた ぃプ みこ たら うぢす ねこう 

太古 松 本 湖の 跡 は、 今、 萬 頃 積々 の 波を湛 へ、 此邊 一夕の 夜話に 傳 へられる 泉 小太郞 治水 功 

S ものがたり とも ナぅ まん さう せい こふく た. S へいよ おうか でき い , 

績の 物語と 共に、 數十 萬の 蒼生 は、 鼓 服して 太平の 世 を 謳歌す る ことが 出來 るの だと 言 はれ 

c n-Kro へ 南 .北% 曇 郡、 湖水の ン 

てゐる I 傳 說に關 する?? 參照: 

美しが 原の 片石 (柬筑 摩 郡 入 山邊村 大字 北 入) 

1 はら な やさ しなの かう げん ぃリ やま ぺ むらお ほあ^きたい リ へん お ほ はな やま ぜ つち 5J0 

美しが 原と 名 も 優しい 信 濃の 高原 は、 入 山邊村 大字 北 入の 邊、 大が 鼻と いふ 山の 絕頂 にあ 

まへ やま ごし やま この やま もつ ち ひさ: A だ ひ ほ =- ぶんかい てん お ほ はな ざん 

る。 前山 は、 袴 腰と いふ 山で、 此山を 以て、 小縣 郡との 分界 點 となって ゐる。 その 大が鼻 山 

? __00< はら かう げん なんぼく なが にし まが リ はん この かう げん うへ 、ひ じ かんき. I つよ 

頂の 美しが 原 高原 は、 南北へ 長く、 西へ 曲って 一里 半 も ある。 此 高原の 上 は 非常に 寒氣强 

つね きリ ふか さう もく そだ がた ゎプ. s はら うち み も すち 、 . 'そ? P * K ) 

く、 常に 霧が 深くて、 草木 は 育ち 難い。 僅に 原の 內 に^が 一 筋 あるば かりで、 其餘は 一 面-の 

くまざさ お ほ- みね なか はう へ がんぺき/た る. H な. -、 ト なノ , みなす-つ, ^ 

邊白竹 (及び 蕨) で蔽 はれて ゐる。 その 峯 より 半 上の 岩壁 (ひ^^^きた お い。) は 皆數, f 枚 

おかさ ごと. ► かぜ きりき かんな i . S I - O 

© 板 を 重ねた 如くで あるが、 これ は、 風 • 霧の 氣に 感じて 化った ものである とい はれて ゐる 

C ウ^ば ウ^へ 片石 〔へけ いし】 の 肌 は、 I. 色 は 淡 育く、 黑 白の 斑 文) ら^るり に、 E」、4- 

その E.K の 岩 ぐ か あり、 至って 堅い 石で、 薄く へぎ: s が 這 入って ゐる。 、を桉 力ら 貝る のに 5.K1- 

獒 L が 原の 片石— (長 野 縣) 信 の 卷 



仰 信 間 民 



綠 切 石 |( 長 野 縣〕 信 濃の 卷 

まい 1 まい るゐく S いた ひ その. S は まい はな » あつ 

枚、 或は 百 枚、 粟々 として、 怆も、 板 を 挽いた やうで、 其 岩 を 一 枚づっ 離せば, 厚い もの 

ぶ うす ぶ • み ^ま ぺ ひとたち と , きた くら やね 

は 五六 分、 簿 いもの は 三分に 盈 たない。 山邊の 人達 は、 これ を 取り 來 つて、 土 庫な どの 屋根 

ふ 5 はら まさ ぷ きう K つよ 

に鼙 いて ゐ るが、 瓦に も 勝って 不朽 力が 强 いとい ふこと である。 (「信 濃 奇勝 錄」) 

えん S3- いし 

緣切石 (柬筑 靡 郡 島ノ內 村) 

RSP つ.^ ま t®» しま うち むら ならね が は まつ もとし «6ほ 4. うらう ざ か わかれみち ろ 

東 筑摩駢 島ノ內 村のう ち、 奈良 井川と、 松 本 市との 間に は、 養老 坂の 岐路が あるが、 路 

ぼう くさむら よこた は » ^ん き: y いし よ .S し afif あづみ じん お g か すけ AJAaTi ム a 

傍の 草叢に 橫 つて、 綠切 石と 呼ばれる 石が ある。 これ は、 南 安曇の 義人 • 多 田矗助 (歸 |§ 

&び架 志!^ ノ は^ 2, け じ は ぜんじつ そのつ ま たみ めいわく か S かすけ 

^s^w が 磔刑に 處 せらる \ 前日、 其 妻のお 民に、 迷惑 を 懸けまい との 心から、 嘉助 

お, き たみ このい し いこ ま. う こ こ さ <1 ご わか と し ぶう 

を 追って 來 たお 民 を、 此 石に 憩 ひながら 待ち受け、 此處で 最後の 別れ をす る 時に、 强 いて 夫 

ふ えん き このな 一 *- ま まヒ その ハレ な 1 

霈の緣 を 切った ところな ので、 此 名が あるの だと 言 はれて ゐる。 で、 今では、 又、 其 石の 名 

I w > £^ こめい し ^ば と^ » I 1, えん ゆ, U . えんざ おも ひと ぴ と 

から, 嫁入の 時、 此 石の 傍 を 通る と、 必す離 綠に逢 ふと 言 はれて、 緣起を 重ん する 人人 は、 

とほ * ほか み も えら ゆ 

遠 ま はり をしても, 他の 道 を 選んで 行く とい ふこと である。 (口碑) 



占 ト 間 民 



相場 石 (東 筑摩郡 立 峠 麓) 

まつ もとし きた My I *2 おは さう はいし よ , .S はいし:、 い y * $WJ x ,、 、 やま >ぅ. ハ i 

松 本 市の 北 一里、 峠の 南側に は、 相 錫 右と 呼ばれる 岩石が, 幾千と も數^ れす 山の 上 力ら 

tte み *5ぉ くづ お かさ あ そのした せう こ .S し ひろ * ま > 

下の 道端まで、 だらだらと 崩れ落ちて、 重なり 入口って ゐる。 其 下の 力の 小石 を 拾って, 山の 

_5 へ あ み き いと さ 5 ば あが とき いし うへ はう あぶ I お, に、 

上に 投げ上げて 見る のに、 生絲の 相場の 上る 時には、 石が、 上の 方に 上った きり 落ちて 來な 

さが とき した ころ, お, X /!.« は、 しとりで に 上り下り する で、 自ン -、 、 卞ル 

いが、 下る 時には、 下まで 轉 がり 落ちて 來る。 (^" 角が とれ な-つて, ぼる とい ふ。) で 石 

やまう へ とま とき てんじ f ねだん その! p こノ だ . ぜんて^、 % 

が、 山の 上で、 ぴ たと、 一 つと ころに 止った 時 は、 天井 直 段 ff^s^w を 出す 前兆で 

一議い てお る f は、 Iff 羅、 ri る やうに f て% たら、 if s る 

,下) し、 f てまた f 、 ぉ& まで s す I は、 榔 f s れる (g# 難れ 

> -、 Z ュトー こ 2 ね さ う ま あ さ wic いた い i し れん さう?^ いし 

; ^レ) とい ふ。 で、 鎩と蠶 種の 相場の 上げ下げに、 心 を 痛む る 絲師連 は、 こ、 の 相場 石の 

ii によって、 そのぎ i ^3 醫 (?^ 落) をき し て、 if S するとい 

ふこと である。 (口碑) 

SS ® 石— (長 s S) , ! S の笾 



說傳式 旗 白。 木 名 



鬉 S 松 *竽 鷇の 後裔— (畏 野 M.) 濃の 卷 

しげ たま まつ 

重 玉 松 (柬筑 摩 郡 中 山村 大字 埴原) || 

なか やま 力ら ゆ ざ はい はら きんぼう ざん ほふく じ 「こ ン *1 一 syj+a こ \ て いない し于ぉ ままつ よ ら. 

中 山村 字埴 原の 金 峰 山 保 福 寺 (sjt^ こ ぁリダ に) の 庭^に、 と^ばれ るお M が あ 

'> • / <s^-^ ねん * れいせい 褒さ の ごんだ いなごん ためはる ャ ¥>- つ めい くだ まつ 

るが, これ は、 寬政ニ 年に、 冷泉 前 横 大納言 爲春 卿の 銘を 下された 松 だとい ふこと で、 

いく ち とせ まつ の W 

幾千 歲 みどり かすみて たま 松 は 法に ひかり も なほみが く かな。 

わ か とも ほ ふくじ め いぶつ おか ナ ,.> よ. > レレ 二- a おまき 

とい ふ、 卿の 和歌と 共に、 保 福 寺の 名物と なって ゐる。 ^さ ニ^せ、 射榔ガ ^八ぬ f り、 

み ^だと も ぼん きお.〕^ T めん えだ げん とうし けん レ ゃ< さいし けん fev X しし + to ID -5 

幹 枝 共に 七 本、 北 正面の 枝 三 g、 東 枝 五 問 ニ^、 西 枝 五^四^、 锨 ^十^、 P 五十^、 ^ 

.^ . な よ.' な, ゆ *? ん v>w し かさ で- い い 

木の 名の 因って 名づ けられた 所以 は, 玉 枝の 重なり 出る に出づ ると 言 はれて ゐる。 (「信 濃 

奇勝 錄」) 

平家の 後 裔 (東筑 摩 g 生 坂 村) 

^ % 产 が t わう SIS.- つ ざん たい あつ せいなん はる に a &J£ 

東 を, 峨蛾 たる 王城 山 一 帶の壓 する に まかせ、 西南 遙 かに 日 * アルプス、 ^^に 蜒蜒 たる 

; . >: % ^^5^ ^ だう つう やう やう さいが は そのうち あう くわん? 9 

聖 山の 圍繞 する あたり、 南方 僅. かに 豁 けて 潮 街道に 通じ、 洋洋たる 厚川に 其 中央 を 貫流せ し 



說傳 水魔 



と i しへ ぶ おう げ>? f ほ *J いくさ か むら てん け ふ ^»^u. a^s もみ ぢ めいしょ * さん 

めて、 永 に、 武陵桃源の 鄕を 誇って ゐる生 坂 村に は、 天 龍峽と 輸贏 を爭ふ 紅葉の 名所、 三 

せ いぢ きしょういだ - > 

淸路の 奇勝が 懐かれて ゐる。 

つた い e§*~.s- し へいけめ つ はう さい ぞく とほ しなの fe うざ ム わろ 

傳 へて 言 ふに、 壽 永の 昔、 平家 滅亡に 際し、 その ある 一族 は、 遠く 信 濃に 逃竄 して、 王城 

さ^ちう ひそ かう つう し そん * I はんし * ベ とんに ちい/; さか じん しゅけい な 小ん 

山中に 潜み、 他と 交通せ す、 その子 孫 漸く 蕃殖して、 今日 生 坂 人の 主 系 を 成した と 信ぜら 

れてゐ る。 

かつ かが^ん へい まへ だ こう じ かう このち. がくしゃ. S ノの f ^さい し じ/ 

曾て、 加賀 藩に 聘せ られ て、 前 S 侯の 侍講であった 此 地の 擧者生 野 臨 厚に 師事して その 

いほつ ,5 しゃう ひら は, 3.し ほい-おん じつ むかし ► わう f ざん たズ でも,' へ. いけ ゆい 丄ょ 、-メ えい 

衣鉢 を受 くと 稱 せられた 平 林 梅園 (行 雄) は、 實に 往昔、 王城 山に 立籠った 平家の 由緖 ある 後裔 

かれ ^とつ ぼし や がう ほ^えつ とも ぢ はう ちょ もん . k . 

として、 彼が II の屋號 は、 その it 閱 と共に、 地方に 著閒 たる ものが あると いふ ことで あ 

る。 (口碑) 

みプ さは 

水 澤 (柬筑 摩 郡 波 多 村 字 水澤) 

まつ もと e しリ ひだ ゆ み もす V- かみ は お. ^i^^^p^ ぁ, に ^ そ > 力 ぼ 

^本の 西 三 里、 飛 薛 へ 行く 道筋、 上 波 多 (透^^?) から 十八 丁、 谷の 流に 沿って 登る と 19 

みづ ざま ち そのへ^ のぱ よちせ つ みづ さは やま じがん さん sfv おく じ てら ちう だラ きろせ. a 力ん * § 

水漢の 地で ある。 其邊 上り 三十 餘 丁の 水 瀠 山に、 慈眼 山若澤 寺と いふ 寺の、 中堂 救 i 殿 は、 そ 一 

* 鑤— (長 野縣) 信 濃の 卷 



說傳 水魔 



* 濯— (長 野縣) 信 濃の 卷 

へんど じんか つ ちう しんて 仏 I ほんぞん せんじ ゆく.^ のん JVS し さか 00 へ た むら まろ かぶと まち 

の邊 土人 竭 仰の 中心 點 となって ゐる。 本尊 は、 千手観音で、 昔、 坂 上 m 村麻呂 が、 甲の 鉢の 

まもりほんぞん い やくし にょらい あんち こんだ うる リ でん しゃとう おむ- O まろ レ 5y ん 

守 本尊で あつたと 言 はれて ゐる。 藥師 如來を 安置す る 金堂 瑠璃 殿の 社頭に は、 田 村 痲呂將 軍 

しん Ji' k なか I そくお い ざう まつ かう だう ふ どうみ やう わう ちう だう そぽ すき し o 

の神祠 があって、 中に、 束帶の 像を祀 つて ある。 講堂 は 不動明王、 中堂の 儆 にある 杉 を、 忍 

す をと は たき だん おか- リ ぞく この き ■ あ .1 

び 杉と いふ。 その ほとりに ある 雄鳥 羽の 應は、 三 段に 落ち 懸 つて ゐ るが、 里 俗に、 此瀧を 浴 

•S ろ しろ よう^ tV ぴま い だ,!? g よ さんけいに ふよく お/、 

びる と、 色が 白くな り、 容色の 美を堦 すと 首 はれて ゐ るので、 男女の 參詣 入浴す る ものが 澤 

さん つ.^,, ふ L ^4 » い ろくろ もの じ 力 ぼく ようき § もの 

山に あると いひ 傳 へられて ゐる。 不思議な ことに は、 色 黑ぃ者 は 純白と なり、 容色の 醜い 者 

5*^ , か 、は ^ だん ぢょ か、 は » &5 さん うつく あう ち- 

も 生 れ變 つた やうな 綺麗な 男女に 變る とい ふこと である。 すべて、 老杉の 欝々 として、 風致 

またて う ぜん おの づか だん ぢょ にくしん か は ゆ. も か 

も 亦迢然 たる ものが あって、 自ら、 男女の 肉 身が 美し さに 變 つて 行く よしが 深いので あると 

いふ ことで ある。 (「信 濃奇滕 錄」) 

—に U * *^ ん くめ, ね:^, • § . 、にち * ^ひやみ みづ さは かた あた i sss りてん こお 

『玆 に、 文化 六 年 十一月^ 八日、 宵喑の くらき に、 水澤の 方に 當 りて、 炎の 光 天 を灼し 

あか V ねつけい これ み. T さは えんじ 考 むら/ \ 

赤く 辉 くこと すさまじき 光景な りければ, 是は 水澤の 炎上な りと て、 その ほとりの 村々 

• みな む,, . "やま のぼ みねのへ いた べつじ さ に ゃ\; おく じ? 

より 皆う ち 群れて, 山に 登り、 嶺 上に 至りて みるに、 別事な し。 然るにても、 若 

• ズ ら、, *i > てら- ものおと せき ほく ぜんてい あま : 

巴 \ ろ もとな しとて、 寺へ 行き 見る に、 寺 は、 物音 もな く寂莫 たり。 前庭に、 數 多の 



說傳 水魔 



ひと »K じちう お s み, みなち か ひと <\ a か 

人の どよめく 聲に, 寺 中 も 驚き 出で 見れば、 皆 近き あたりの 人々 なり。 こ は、 如^なる 

ゆ 》$ と こと ど ざん てら あん をん まづ 

故に やと 問へば、 しかじかの 事 ありて、 みな 登山せ り。 され ども、 寺 は、 安! i にて 先 は 

§ ぢ そのら う しゃ また すねさ は みづ ふもと あか 

めでたしと いふ。 住持 も、 あやしみながら、 其勞を 謝しけ る。 又、 水 澤の水 は、 麓の 赤 

まつ さとお そのち みづ i + あ. よくじつ そのぬ し *1 た さく 

松と いふ 里に 落つ るな り。 其 地に 水車の 有りけ るが、 翌日、 其 主の 來 りていへ る は、 昨 

. や しょかう ころ ふしぎ すゐ しゃ おと や こと たい まつ さが み みづ 

夜 初更の 頃、 不思議に、 水車の 音.^ みぬ、 いかなる 事に やと、 矩火 もて 搜し見 るに、 水 

てキ j *J た せんすべ すてお とき す みづなが きた I 

一滴 も來ら ざれば、 所 由な く捨 置きし に、 一時ば かり を 過ぎて、 水流れ 來り、 車の めぐ 

つね けな そのころ ほつ ゆき ふ , やま しろ 

る こと 常の ごとくな りしと ぞ 話しけ る。 其 頃し も、 すでに、 初雪 降りて 山 も 白た へな 

リ や^ ふか みづ みな あど 1 み もの あと み こ 一; 

るに、 一 里ば かり も 山 深く、 水の 源 まで 改め 見る に、 物の 跡 も 見え ざり ける。 是 いか 

ゆ ゑ こと し どじん これ てんぐな ヽ「 き? 

なる 故と いふ 事を^ら す、 土人 は、 是も、 天狗の 爲す わざなる べしと いへ り。』 

あん えん ねん ゑち ごな おて やま くづ い ぜん 

按す るのに、 延享 m 年の ことで あつたと いふ。 越後 名 立の 山の 崩れた 以前、 二三 

や さんじ やつ や ごと えんく ねづ^ « やまく. , な - 

夜 は、 山上 燒け るが 如く、 炎光 赫々 としてみ えしが、 はからす も、 山崩れて、 名 

たて あ w*i が は じんかす う けん とき くづ だん ぢょ せんにん かいち う い できし 

立 • 有 馬 川の 人家 數百軒 一時に 崩れ、 男女 千 人ば かり、 海中に おち 入って、 溺死せ 

れい とういう き とき やま 

し 例、 r 柬游 記」 にもみ えて ゐる。 また、 『川 竭山必 崩』 ともい へば、 その 時、 この 山、 

* 潭 |( 長 野縣) 信 濃の 卷 



說傳明 說名地 一 



山鎏溫 泉— (畏 & 信 濃の 卷 

S -ゥ き 、や * 

ぎに i れ, P としたき ざしで あつたので あらう。 しかる を、 一時ば かりで AA た 故 一 2 

に、 さ 教ひ にして、 何事 もなかった のであった らう。』 

16^ えい is.10 ねん おつみ そ. 5- しなの のく はちく ま は た^ T お ほおん. ^みぶ ど 9 ぶ f 13 3 み." : - I 

rii」 に は、 『¥f 子 十 一 f 巳 未 三月 晦 SI、 信 濃 國筑摩 波多鄕 大旦那 源 信 盛』 と 見えて ゐ 

る o 

やま ぺ おん ぜん 

山 邊 溫 泉 (東 筑摩郡 入 山 邊村湯 湧) 

まつ もと ひ *5 し リ 1/ お まべ の をん せん ひむ つかま をん せん つかま み ゆよ • > , :*^、 ^1^*^^ - 

g おの!^ 里^、 吣邊? j が は、 ぎ、 束 間の 温泉、 筑 摩の 御 湯と 呼ばれて ゐた處 で 「和名 妙」 

や. S むべ ち ナで ふる てんむ てんのう はく ほう ねん この を "せん ,2! し 

『おお 牟倍』 と ある 地で ある。 旣に 古く、 天武 天皇 は、 .m 鳳 十四 年に 此温 泉に 御幸せられ 

/『行. f 呂を 造る。 輕部 SK〔 かるべ の あそん」 足瀨高 e の 首り 新 家 【に ひの。 み〕 Y^o ら^ゎ ら、 きき が 

(y^^ の is 赤 #: 等う けた ま はる 所な り 云 云。』 と、 「R 本 記」 に 見える。 」 た それ 力ら 铜格の 名 力 

また な しらいと ゆ よ , し;^^ _*ほ へ^ 理 太夫 惟正、 信 濃 守に て 侍る 時、 

あるので、 又の名, 白絲の 湯と 呼ばれる の は 源 重 之の 馱 "ともに まかりて、 つかまの 湯 を 見 侍 

WV てよ め ン:、 

る 敬、 j に 

ず わ しらいと ひと 》• o 

いづる 揚の 湧く にか、 れ る白絲 はくる 人た えぬ ものに そ ありけ る 

と 詠まれて からの 名で あると いふ。 



>JO ち 3 ぢし うね ものが. AiM- い^ S しなの のく に ゆ »^ 

なほ-、 此 地に は、 「宇治 捨遣 物語」 に、 『今 は、 昔、 信 濃圃に つく まの. 湯と いふ 所に よろ 

ひと f ゆ そ ひと ゆめ J ろ まとき fei めん ゆ 

づの 人の あみけ る、 藥の. 湯 あり。 其 あたりなる 人の 夢に みる やう あすの 午の 時に, 000 

た ま と とし 

あみ 給 ふべ しとい ふ、 いか やうに て かお はし まさん すると 問 ふに、 年 舟 ぼかり の^の ひげ 

くら あや が- ぐろ か は ゆみ も こん あ を なつ!^— i 

黑 きが、 纖ゐ 笠き て、 ふし 黑なる やなく ひ 皮 まきたる 弓 持ちて.、 紺の 襖き たるが X 毛の む 力 

あしげ うまの く.;^ のん お ゥ . み,' i ^ 

ばき はきて * 芦 毛の 馬に 乘り てなん くべき。 それ を觀 音と しり 奉るべし とい ふと 見て 夢 

ひと かお 旁 ま » はお つ さ ひ ひときみ .» t1』 , を w . - o 1 一 £ 

さめぬ と 人に 語れば、 皆 待ち ゐ たるに、 果して、 次の 日、. この 人來 る。 皆 伏して 拜 みぬ。 共 

ひと ふ しんと い C われ かう つけ もの や W ^.7 ^, ) 3 

人 不審. にお ぼえ て 問へば、 しかじか 云 ふに 驚き、 我 は 上野の 者に て 狩して^ に來 つ。 觌 音 

i き s をが おも かみ おろ 、^! と, 4 た 二 ,^1 、 

に はます とい へど、 M. きも 入れす 拜 まれて、 いかに や 思 ひけん、 髮を 下し 都の 力へ 行きけ 

に U う ひつ.^, ) 

ると なん (摘要)。』 とい ふ、 似よりの 口 g を傳 へて ゐる。 

し^の クミ まつ もと かね も かひ-しらす まち ほら お ほ -、 

『信 濃 鼠 松 本の もの.^ ふ.、 金 あまた 持ちて、 甲斐が ねの 白須の 松原 を 通りけ るに 賊ど 

に- o ひと- おのお りおち よこ み? t 、かば S 、、- I 

も、 五 人上ハ 人いで てきて、 各 太刀 潢 たべて、 ひだり 右り にと りかこみ て 和 殿 力 もち 

- その かね いだ とほ ビゑ さむら ひ _> ュ 9 

たる 其 金 ことごとく 出して、 とく 通りて よと、 もろ 譚 にの k しれば: 武士の いふ やう 

こ は 我 主の こがねな り、 私 にあた ふべき 物に あらす ♦ いかで ゆるし li ひて よと よわげ 

山 集— (長 .0 S の 卷 



說傳明 謝 名 地 



山 遜 通 泉 ICS 野 8D 信 S の卷 

,,ゼ As 

にわ ぶれば、 おひ はぎ ども、 いたく 怒りて、 とくとく 出して よ、 さらば 命 はた すけてん 

うち か % ^± おも ■ t ち -サ J 

とたけ だけし ういへば、 しばし 打 あ ひける に、 とても 叶 ひ 難く や 思 ひけん、 太刀う ち^ 

お *, > おみ ゆ もと いお こ i かく *J© ** b s > 

て 逃け うせき。 追 行きて 大木の 下に 至りて、 爱 にや 隱れ けんとて、 此 うつぼ 木 を 太刀 も 

ちら ちめ 9 ^ y^s 

てっき くれなん どして ゐ るに, おかきくもり、 雨の ふり 出で ぬべき 氣色 なりければ、 も 

ノ "お ,ち P あら いそ <3io fe< 

よ ほされて、 太刀の 血 を 洗 ひな どして、 急ぎつ \ 先の 宿に いたりて、 やどりぬ。 それよ 

、tv t . ou» > • *i つもと をん せん よく $ お. & す, 

年へ て 後 かの ますら を, 松 本の 温泉に 浴して 遊び ゐけ るに、 たけ 高く、 ふとり 過ぎ 

- * ) はふして い fc ちき. P- $ 

て むくつ けき 法師の 體に、 太 刀疵お ほかる に、 ふとき あ ひて、 いと 怪しみて、 ごばう 

ひと と pt ひと 

は レ かなる 人 ぞと問 ひければ、 われ は、 もと 山 だち にて、 こ X らの 人の かしらな りけ る 

しら ナ まつ はら 

力 いにしと,:^ In 須の 松^に て, もの \ ふ のこが ね もてと ほりけ る をう ば はんとて、 

¥ ちれ 

けんぞく ども 化たり 五たり、 たちどころに ころされ、 我 もていた くた i かひて、 あまた 

き から +f ぺ 

ところ 切り さレ なまれた るが、 辛うじて のがれ 侍りき、 いといと たけき ますら をな. CN き 

など、 いたくお ぢ たるお も- 4 ちして いふなる。 かくて 後 は、 山 だち の わざ も かな はす 侍 

れば、 心に も あらぬ 法師と なりて、 うせに し 人 どもの 跡と ぶら ひて^: るに なん d など || 



說僂 石神 • 式 影 人 



*T AJG その われ 

る を £ きて、 此 もの ふ ふの、 其 をの ここ そ 我 なれと いひければ、 たが ひに めづら かなる 

こと / 

事 かなと、 心と けて むかしがたり しつ 乂、 わかれけ ると なん。』 (「白銑 物語」) 

たか ク& わ 

高 月の輪 (東 筑摩郡 金 井原) 

「おね 一 fe< i ゆ: かな ゐ のはら き- f おかつ *0 ; S, レ しば さわお 

田 井の 宿 を 少し 行きた ると ころ、 金 井原と いふ 處に、 高 月の輪と 言って 芝が ある。 指し 渡 

けり との 力 ぎう ぼ; わ. つら とぎ くひ う $ へいゆ 

し 十七 間 あま リ、 此賴 のま はりへ、 牛馬な どの 煩 ふ 節、 杭 を 打てば、 逑 かに 平癒す とい はれ 

てゐ る。 

> ま i よま. a よみ g わ うま © み /「者 司 

そして、 毎夜 毎夜、 右の 輸は、 馬を乘 せた やうに 見える とい ふこと である。 (yi ^負) 

鏡 石 (柬筑 摩 郡 洗 馬 村 大字 本 洗 馬) 

* a むら あざ ほん *> ぼ あしお ひと うつ と か * ^いし お 嫂 

洗 馬 村 字 本 洗 馬の 芦の 田と いふと ころに、 人の 心を寫 し 取る 鏡 石と いふの が ある 大きさ 

けん せきしつ かお そ .S ろ あ を くろ おもて せう たいら 《^しぬ まつ 

七 八 間、 石 質 堅く、 粗に して、 色 靑く黑 すんで ゐ るが、 面の^ は、 平で、 漆塗りの やうに 眞 , 

< ろ v$- つ さい ほな ひとかげ *M- か JVS し きそ よしな か こ めなみ いし く^ づ 1^ 

黑く、 光彩 を 放ち、 人影 をう つす 事 鏡の やうで ある。 昔、 木會義 仲 も、 此鏡 石で、 櫛髮 つた 一は 

窵 月の 鑰* 鏡 石— (長 野縣) 信 濃の 卷 



說傳. 明說名 地 



* 田の 湧水 •!£ 梗が原 IC 長 野 驟) 信 濃 の 卷 

ことがあつ たと いふ ことで ある。 (口 碑 「信澳 * 勝 錄」) 

おは た し みプ 

太 田の 淸.^ (柬筑 摩 郡 洗 馬 村 大字 太 田) 

lomloi^ S 難 は、 i を i はれた。 この f から 

とのむら せ ぼ P& ^ つた 

此村 を、 洗 馬 村と いふの だと 言 ひ 傅へ てゐ る。 (「大日 本 風土記. 信 濃」) 

? き やう はら 

括梗か 原 (東 筑摩郡 桔梗 原) 

f から 一. SH,5 で II が g は、 0mf0ffsT i¥f ま 翳議 

と, の篛 あつたと いはれ るか ii (難 f い? 3 で (s^) あるが、 それよりも、 すつ 

とすつ と 昔、 I のま &il 爾の^ S を H つたお の、 ^れ i れて を 趣った ことがあ 

5 . 3 し、 * はら # ? はら よ <. 

つた それ 力ら 此原を 歸經ケ 原と 呼ぶ やうに なった ので あると fB はれて ゐる (口碑) が、 そ 

> ^,! やま > かも を か むら ご ふくで $ 

の 時 ゆ 管、 今、 片丘 村の 牛 伏 寺に 納めら るて ゐる。 



說傳起 緣^) 敎宗 



牛 伏 寺 (柬 筑摩 都片丘 村東內 田) 

HP1 のま 二 ST IIH^, 薦 iisif に i する if 

伏 山.; ^0f$ 葡 S3 は、 Mmil と i へられ、 まや f 

デじお とも, ばれて ゐる。 ま 1 の fsl 翁で、 £1 一 f W 震の 暨、 I 

ねん は おごしき よかつ さいこう >. >: し,.? 3 

十 一 一年、 波 多腰淸 勝の 再 輿にか^-ると 言 はれて ゐる 

|躬 の^ I! に は、 蘇 と 艦 へられる 十一 まの life があって、 f にこれ を 厄 除 

Fir 震す あが f (llsia? ほ 5 露議の 「I ぎ に、 『I 二 

ipr iiwisr お。』 il 趙舊 尺。) の 「ま i」 に、 『應 霞、 I 

$ ^^ISIOfeil 0s?a3 の 「難 I」 に、 『s 一 一 き 

9 お ほ だん な きょて る きじ. よ .V 3 

理、 大 檀那 淸 照。』 とい ふ 記事が 讀 まれる 

その、 S ^5 のぎぎ り は、 ^ II, i から、 i 囊の i の i I 

Is を、 11ー ii のおが 彫うて またが、 i れ& に、 M でめんだ ので、 唐 版の i 若經百 一 一 百 

牛 伏 寺— (長 野 縣.) 信 濃の 卷 



說 傳起緣 的敎宗 



牛 ^ 野^) 信 濃の 卷 

L 餒 よせ、 う! s こおうら L で。 & し、、、; -56 へ 昔 は、 今の 本堂より 上ろ こと 十三 四 町、 堂の 平に 

TTV^ はバ 堂に 弒め られぇ そ 才力 この. f|F き ぐめ つた もの だとい ふ。 今の 堂宇 は、 山に 據リ、 川 18 

ロラ て-' Sr^-MF ^ ✓ 、 き えん もと うしぶ しでら また ご ふくじよ 12 

Tsklgr 成^て ^か。) であった ので、 さう した 奇綠に 基づ い て、 牛 伏 寺、 叉 牛 伏 寺と 呼ばれ 

I , ) 、おてら じぷ もつ いま こ おらう たち />ズ さな ck-、 こ 

る やうに なった ので あると いふ ことで ある。 此 寺の 什物に、 痰の 小 太郞の 太刀 (ぽ w》w、 お 

ぉ0设告〕て, ぶる。 b^4a<»\ - . お ほむ かし このへん めん みづ うみ とき い プ&こ たらう 

^きぎ = が^^ ) とい ふ ものが ある 太古、 此邊 がー 面の 湖 であった 時、 泉 小 太郞は 

さい の さんせ,; ぢ .3- は つ やぶ み のち ぼしし お .S は つ やぶ みづ ち くまが は おと 

厚に 乘 つて、 山淸 地の 岩き 突き破り、 水內撟 下の 岩 を も 突き, つて、 水 を 千 曲 川に 落して、 

i のへん たい へいや まつ もと ふかし また ふなつ き ところ 

此邊 一 帶を 平野と した。 松 本 を 深 志 (深 瀨〕 とい ふの も、 (「夭 文 冗 記」) 又、 付と い ふ 地に、 

A: ねつな .S し みな じ おいな ごり ぃブ みこ 4i らう 

船繁 ぎの 石な ど あるの は、 皆 この 時代の 名殘 だとい ふ。 それ はとに かく、 泉 小太郞 は、 かう 

ち すな こうせ^し や まつ もと; S& だいせい まく な ひと ひとち すね をリ お 

した 治水の 功績 者と して、 松 本 平に 一 大勢 力 を 成した 人で あつたが、 その 人の 治水の 折に 佩 

おち , いま ご ふくじ じふ もつ たち 

びて ゐた 太刀、 それが、 今 牛 伏 寺の 什物に なって ゐる ところの 太刀で あると いはれ てゐ る。 

へ 安曇 平、 泉 小 大郎、 その他 ン 

\ 湖の 傳 說に關 する 項參 照。 } 

しな の き しょ- r ぶく あん みづ なほ おい Z ヒと Ife いま こ らう 

「信 濃 奇勝 錄」 に は、 『按 する に、 水 を 治めし は、 太古の 事なる べし。 叉、 泉 小 太郞と は、 

い プ^ こ じ らうち かひら こと ちか ひら つれ もと わう な,? しもつ けの, おみ r よし だい そん 

泉 小 次 郞親衡 が 事 を、 誤ってい ふに や、 親衡 は、 經基 王の 五男、 下野 守満快 五代の 孫、 

t: つ、 しげん *o んすけ そ 5 そん い ザ; 5 こ じらろ *J みひら >j た S? ^ザつ,^ つね おいせん ぷく ほか み, 

林 源 太 公扶の 會孫、 泉 小 次 郞公衡 が 子、 多カ絕 倫に して、 常に 大船 七 幅の 帆 を 掛ける を 見 



說傳起 緣名挫 



て は、 H みに これ を i げ、 if o おぎ iri、 2i& づと ザふ。 

is> 0m¥ 轍 m を鄹 し、 si をお つる^ を 観んで、 の 子 を 奉じて、 義兵 を 起 

さん こと をき す、 鱺 する 爵ゃ わ 和お き Tf 、 ¥ 弒に爵を1 ぶ。 いまだ 1 せ 

すして^ あら はれ、 ,1f を^げ すして^ る。 瓣锨 あと を 亡 じて 往所を 知らす 云々。 松 本 

の 1 に戧 m あり。 ^^の 慰に や、 郎 t^K ふ。 igr おの 總弒 に^じて、 犀 川の 雕を 

とらし む。 ^に^った る舾 とて、 粼 とい ふところ あり。 これより 下 を 犀 河と いふ。 

し、 さみ み しゃ-つ み - 

1 れ ども、 犀 ある 乙と は 未詳。』 と 見えて ゐる 

ラし ラ 

牛 堂 (東筑 摩 郡片丘 村東內 田) 

SEfc うて、 き I をき ぎ、 S 百の II、 si なづ みて lr す、 欝1 が 原を 過ぎる 頃」 

艇 sllfc きて、 1 に 二 is¥ は i れた。 その! k た處 に、 死&を f 、 菩提 を? て 

1 きの 越 を!! てた ものが, おはお 懇の H であると 舒 はれて ゐる。 r き 中には、 一 g 

mi のお 滅雜を 齲んで^^ して ゐる。 cia 奇勝 錄. d 

牛 罃|< 長 野踩) 信 濃の 卷 



說偉 遁 陰 維英 



義 仲の 薦 里 ー( 長 野 縣). 信 濃の 卷 

義 仲の 舊里 (西 筑摩郡 曰義村 字宫ノ 越) タ lg 

附* 今 井 兼 平 • 樋 口 兼 光 • 山吹 姬, 巴 御前 等の 舊蹟 

き そ. rck*.4 あ-よしかお よし ひら ころ きう じゅ ねんかん こと, そ PJJ3.^ しな か ,fef わう i い, とし 

木會義 仲の 父義 賢が、 義 平に 殺された の は久壽 年間の 事で、 其 頃 義仲は 駒 王 丸と 云って 年 

^ C さい よし ひら のち 5? ひ お^ 5 «J» やましげ よし め. S 疫 わろ まる i しま 

は 僅に 二 歳であった。 義平は 後の 患 を 慮 かって、 畠 山 重 能に 命じて 駒 王 丸 を 殺して 了 はう 

し, A しォ よし s* i まわう まる ころ しの に まわ 5 まる さいとう さねお s» 

とした。 然し、 重 能 は、 まだ 幼い 駒 王 丸 を 殺す に 忍びなかった ので、 密に駒 王 丸 を 齋籐實 盛 

おく きう じょ はか さね もリ さら こま わう まる > 卜 まわう うは * ) んな てんの かみな か はら 

に 託し、 その 救助 を 計った。 で、 實盛は 更に 駒 王 丸 を 駒 王の 乳^の 夫であった 信 濃權守 中原 

靈に f た。 (ぼ; と:^ 3 議は、 £;1、 fsif もよ 呼ばれ 

て、 う 4 き. (IT む 3f きん) とい ふ i に^ sfe へ て ねたが、 sr 丸る を 膠け て、 i 

とも ねん やういく こま.? る げんじ i まほ ひ ひ タレ ^ 、 .f I 

(今 井) と共に 懇 に 養育した。 か 、るう ちに も、 駒 王 丸 は、 源氏の 勢の 日 增に衰 ベて 行く の 

つた き 1 な Jic もへ ゆ お t いま み へいけ お ふ ねん ,一 

を 傳へ閗 いて は、 幼心に も 不平で 堪らなかった。 今に 見ろ 平家 を斃 しての 念 は、 小 供 心に も 

つね わ うら 一 かれ いっさと こども たちあつ いくさ あ, そ くも -3 ,おは 

常に 往来して、 彼 は、 I! 時 も 里の 兒童達 を 集めて は、 戰爭 ごっこに 遊ひ暮 した 長す るに 及 

もから ひと すぐ うまの ゆみい ひ. じ I たく 、 > :3 そでの"、 续^2 

んで、 膂カ 人に 邁れ、 馬に 騎る ことと、 弓 を 射る ことと が 非常に 巧みであった 其 後 兼 遠 

さら i *1 うの 文ら f >r ノ, J^fJ/ $ i まわ 5 まも とも はラ のはら 5 つ I > ぢ.^ 305 ふ 

は、 更に p£i§ に 集いた ので、 駒 ま 丸 も 共に、 抱 原に 移った。 治 承 中、 源 



. ^ te- _ へ * し とき れいし しよ 乙く げ. < じ くだ 

il が、 str あ を 齦め て、 i に^ を鮮 して^ 氏 を 討たん とした 時、 令旨 を 諸 § の 源氏に 下し 

,; • - i よ! 9 まさ はいめつ もちひと わう またな • おれ や あお、 ^ , 

たので、 IS おもお に S かった が、 i もな く 頼が は敗减 し、 以仁 王 も 亦 流 矢に 中って 薨 じた 

» »si ヽ、 S なんとそう fe い ふほう か,, くめい もの 5. ゆ 

と酽 き、 I おお はき 1^、 きって、 おを^げ やうと した。 南都の 儈、 太夫 坊覺 明と いふ 者と 謀 

た はちまん ゃは 、『木 雷 正 八幡と いふて、 義 仲をン ^J0^ ノ c» slAJS^St がめ、 言^ K、 h 

つて 建てた A 幡の社 (巧 hr い ノ。』 —「信 濃 風土記」」 てデ r して 名 をき やと^^ I - 

づけ ^ あつな しょ.:? ひき < ゃタ . ,^fsr\ :o 4 

おから 密に 集つ た 諸 將を率 い て 兵を皋 ぐるに 至った 

-ノ, > - . t * >5 3 te くわむ けい 导 よしな か <2 こ せき k ^,た リ > » 1-?f 

^諮の お^は、 かう した 凝 « を おひお たした 闢係 上、 篛 仲に 闢 する 古跡と、 物語と を 非 

はぞゥ ほう ふ ひ _ 

常に S 富に 秘めて ゐる 

&羅 S ノ i は、 禁の 瓢で I ぎ f つた 越で ある。 I の键 

があって、 i の,, ばれ、 まは禁 1 の 置に i み、 I はま f きふて、 醫 蒙な 

ず ある。 盤に、 ^1 繋び 謎 籠の E のま が I。 if 、 

厳 まが !a して S をき げた I で、 ilim と ik ひ、 る を 編ず t つ. て、 翳 內には 

難の ii (お?^) が ある。 ^ 鏡騎、 s、 iff 

て,^ う う ヒ ひぐち じらう. かねみ つ k や,^ > あ:^/ 好史 には掼 六^と^ 井^ 六彌 太の 辯墩跡 12 

H お^と 唱 はれた 樋 口 次 郞漦光 (兼 平の 兄) の 屋敷の 趾 (が あり、 〔よせ】 とい ふき 2 は、 手 塚太鄭 

伸-の a fs 野縣) 信 濃の 卷 



說傳遁 陰雄秀 



钟 の B al 〔長 野臟) 信 濃の 卷 

があって、 ,が r 咐 ばれて f 。 射が四 繼 i 究 のき g 

,龍 え) は、 だ 羅の羅 があった とい ふ。 お、 rii のおに は、 聽靠、 おび I! が i 

S3 i の S があって 、纏 I(l5f5 や、 868 薦 i 鏨 

盛^^ ぶれて 妾と なリ、 元^ 元年 九月^ ^鶴 f5 J く I i れ 

生む。 ^出狨 亡の 後 尼と なる。 ー趑 屮の卷 」 參^。 j の 名 は 之に 因んだ ものである。 e が 淵 は、 木 

曾 川に 臨み、 水が e 形に 溜いて ゐ るので^^ が ある。 ぉノ I 歸 の^に は、 お^ 爾を I! て \ 

ill とい ふ 夢 あるが、 離に は、 ii ^ii^^lof ?| 

その ふ きん ども 么ご ぜん や しキ- ちと ^"n- 1 z y t»iJ-^'> . 

其 附近に は EJ 御前の 展 敷の:^ とい ふの が ある。 ノ緻 の^^^、^ 一^に、 锨 igls, 

とい ふ^^が あるが、 こ-は、 お、 ^si の 辧 のき 蚴 があった^ で、 is おが 1粗の^ 

代 を 過した 土地で あるとき はれて ゐる。 c「& 川 氏 sbsrli の | 鬚 の^に は、 お、 | おのお^ 

あ ef3、 ま i の,』、 翳のお に は、 i^l^i^^ 

赠 3sf 碰 S5?:3 とい ふ靈 がきいて ゐる 13 1, に は 、纏から、 

ど ご ぜん ■ な も- * み そだ と s:0 t 

E 御前が 投げた 桃の K が 育った の だとい ふ& 女^が ある。 33§B 錄, D 殿僦、 膨霄 S の^ 

たき &零^ を :! はない とい ふお 辦¥ 齲 を^ ふと 一 & のおに^ 臌 すると |n ふ iig^s) 



一! 



^§ I S3 i iilssu 等 蟹 頗る^ し > ち 一 

『,、s- の 纖ゃ お 5 二 ま靈、 お 1 く 四 siiH- f 

^こ 蟹す。 靈議聽 の霈、 霞の 鍵 151if て^し、 1^ 

蛇の を 臌ふ。 ^^HIIll, 籙舊 にぼし、 六 露 

篛こ f り、 爵環、 鼸 S に、 S の f ± 二^の きを 職 ふ。 $ 館 は 須原 な 

り。 0%( お ITS 謹の i に、 ^Qif i きて、 Ii¥ 

のきに、 iff 、 K より 羅る。 I+feloio 藝 一 s 

^の 鬼より、 §fi のまの S は、 f に議を f ざる 等 おの 靈を 以て、 

著 あつ あに、 f i へる灘 し。 "靈 は、 K あの.! しと i める にたが ひ、 

四が、 ^^^の^、 黻を して、 に^る。 i 被 八^、 義腐福 島の 要害に 

f 。 (聽 sf 上? 村) 議は、 ^のし 城ろ にず。 。の) 鬆の i によりて 

篛 仲の 鬵 mis 野驟) 信 旗の 卷 



說傳起 緣名地 



S 割の 燧|. (長 野騾) 信 濃の 卷 

七ん げん わ く,' どう ゃゎっ/4«1!1::^ム0\ よしや. I しま さ かふ ふ ゆ *JC とき か しん むか 4 は 

信玄と 和睦。 同 十 一 月 義康 義昌、 甲府へ 行く。 き 41 に 維つ て^く、 『!: 

k われら ふしめん ぼ y さき た -20 い まわれら う. かっせん その とき 

州に て 我等 父子 面縳 せられ、 先に 立って 討 入らば、 先づ 我等 を 射って 合戰 すべし。 其 時 

われら む^ ゆみ ひ もの かんだ う 4?, じん S ぞ f しゃせう くぐ ゆ ふじつ かへ 

我等に 對 ひて 弓 引かざる 者 は勘當 なり。』 とて、 老人病 者少々 具して 行く。 不日に して 縦 

のち しんげん この こと き お ほい かん な W- ひで よし みよ いた よしまさ ざ,? 

る。 後に、 信 *、 此 事を閗 いて 大に 感ぜし と 也。 秀吉の 御代に 至りて、 篛昌讒 のために 

ぶう しも ふ さ うつ い くばく しつ え そつ その こ よしと し だ *1 つみ くに のぞ 

封 を 下總に 移され、 幾程 もな く疾を 得て 卒す。 其子義 利の 代、 罪 ありて 國を 除かる。』 

も ゎリ ます 

楚葡 の鐵 (坷 筑摩邵 榴川村 大字 贄川) 

なら か はむ らお ほ あざに へ か は ちう こ いちの &{■ す は しんじ そ わります にへ 

榴川村 大字 贄 川から は、 中古 ま で、 一 宮詉訪 の 神事に、 楚 割の 鱒を犧 ,に 供して 來た。 そ 

/ にへ か は > ところ な、 ぶる ます とくしう じ だい f» 

れが贄 川と い ふ 地の 名に なった の もす つと 古い ことで あると いふ。 鱒 は、 德州 時代の 末に 

は、 稀 に 4 つたと いふ ことで ある。 (^は t§|f I" 。お) 25 濃 奇膨錄 1) が、 今でも 此 地の 

め. 3. さん > 

名產 となって ゐる。 

ろぐ ぐし 

ぉ六銜 (西 筑摩郡 木 曾 村 字 藪 原) 



說懷 明說 MS 



お 1 の^^お 六の I は、 ^りし ま II とめに 差す。 g き 

がきの m ひか、 ff ^0?fmi00 §§ お 六 櫛を 踟 て 

^li ぃ廳 である。 の 隨、 お 六と いふ^に!: し i めら れた抵 木 櫛 は、 文化の 頃に は 盛ん に 

^他に 鉞 はれ (麻 113 おで は、 C 榴川 村の Q でも、 谑 越 へ 口 義 村の 内) でも 賫られ 

s-s i ん 《ti き そ むら うち や^はら 3 

て、 そのお がお いけれ ども、 * 揚 は木祖 村の 內の蔽 原で ある 

この 翳 は、 その^ If 前て た lwf,f I、 f 纏 るに き f し。』 と 

「ガ^ «^ぉず^|」 に^える IT の iss 妒さを まて f に きられて ゐる。 また、 別に 小 

おき! £1: ばれて、 t ずに^い f ^妙と、 そ, のみやび た i をうた はれて ゐる 年若き 女子 

とくい ほ t5 衣 は、 木 曾の 名に おいて、 奧山 m は、 男女、 と. f に nfu^H> ば?^^ 

たち は、 特異の 痲衣 (wsni^ やい" 木 曾 は、 蒭 麻より 出た 名で、 今 も、 sfe に 麻の 皮 象げ た 

でぶ 木、 そ; i と) をき て、 が 船 や 靴の 戯 など^: きふて、 鶯の 里から、 i あたりに 喪り に 出 

< , ノ/ 薮 原の 潷は 二つに 別れて、 右 は 小 木) 

て來る (「三代 赏錚」 ) 〈12、 左は菅 【すげ〕 と 呼ばれて ゐる。 ) 

不種菜 < 西 筑摩郡 五 瀧 村 字 U 子 持) す 

お 藤 ー (長 野驟) 傖 濃ゃ卷 



說 傳跡靈 



w. m isl (長 野踩) 信 濃の 卷 

わう g お ふ- y こ もち i あさ つく よくねん &S* & は.' 

せぎ 村? 一子 持と いふと ころで は、 畑に 痲を 作る と、 その 翌年、 必す、 その 畑に、 菜が 生へ 一 6 

しゅ かぶらな つね かぶら す こ ち さ おね ま ひと 9 で は ま* 一 SS 

る。 一種の 蕪 菜で、 常の 蕪よりか、 少しば かり 小い。 種 を 微かないで、 自然に 生へ るので 不 

か ャ なよ , し こうぼ ふだ 4 し k と のとち * ク S 

種 菜と 呼ばれて ゐるか 、 (「^濃 奇勝 錄」) これ は、 昔、 弘法 大師が、 此 土地に 来られる と 急 

$ た みんかた き もの まい ほざ J たの そ • こ, f 

の 寒さに 堪 へられす、 ある 民家に 立ち よられて、 着物 一枚の 施し を 頼んだ ところ、 其 處の主 

じ- き 于,? まい あさき ぬ こうば ふだいし ひ じ .ぞゥ i ホへ 一 

人 は、 機驟 よく、 一枚の 廠衣を くれてやった。 弘法 大師 は、 非常に 喜んで^られ たが その 

よくね し きょねん あさ つく はたけ たね ま ふしぎ かぶらな でき > , • 

翌年、 去年 麻 を 作った 畑に、 種 を 撒き もしない のに、 不思議 や 蕪 菜が 出 來てゐ る これ は 

あさぎぬ れい 155C きょねん ぼうさん つくく だ , とき , . irj 

きっと あの 痲 衣の 禮 心に、 去年の 偫 侶が 作って 下さった ので あらう と その 時 は それで 濟 

とし あさ つく よくねん おな な は, — 

ん だが、 その 年から、 麻 を 作った S 年に は、 きっと、 同じ やうな 菜が 生へ る やうに なった。 

ひとたち とき ぼう さ. 5 いうめ い こうば ふだい し その. vl*> 11 

ところの 人逑 は、 あの 時の 傦侶 こそ、 有名な 弘法 大師で あつたの だら うと、 其 時から、 (ぼ 碑) 

£ の な IJ5 ぼう な とな ちん 3> 

此菜を 弘法 菜と 稱、 へ、 (「信 濃 奇勝 錄」) 珍 a する やうに なった。 

わう だき むら うちお きこし さと お 教 だき I わう だき めら な - おお^ k ^111 ' f . s 

王 瀧 村の 內瀧 越と いふ 里に 大 瀧が ある。 王 瀧 村の 名 は、 この 大 瀧から 出た ので 1 名 

あん!! たき - きる さん ぢぅ しょほく V わ わ な \> k リ * x 

1 の瀠 布と いはれ、 木 曾 山中の 諸瀑に 冠たるので また 王^の 名が あるの だとい はれ 

て ゐる。 



へび i 

蛇が 淵 (西 筑摩郡 in 岳 村) 

の i にあ る^が、 i あたりに は、 なる 酷^に しお ふ 蛇が 捿ん でゐ るが、 それらの 小 蛇 

は、 みんな ^ が 離に まむ^の^ ひ I だとい ふこと である。 昔、 離の、 王が、 この あたりの 1< 人 

M*f- メ Ale i こ ひ そのご 1 この^, じん かみ ^/ > ^ » *, 

であった I 、 一〃 の 飛と i をす る やうに なった が、 其 後、 男 は、 此 美人の 髮の 毛の 赤い の を 

' t I /j くろ 0^ まう こ if IT- つ し V じ" ^£ う せ \ 

II! ひが かりにして、 他の 黑ぃ 1 の 女の^へ 心 を 移した。 とも^ら すに、 美人 は、 男 を 奪 はれ 

たおから、 ^の^を^ くす るに は、 酰&赠 の、 I の^で^ ふに 赂 ると いはれ、 斷へ すに それ を 

まつお I ず ひ こと し ぴ. じん > たいそろ だ^ぶよ >ぅ( 5^ 

鼠み てゐ たが、 きもな く、 全く 女に 躭 かれて ゐた事 を 知る と、 美人 は 大麼 男女の 上 を怨ん 

で、 わが 1 の!" に M ひ を 籠め て、 この 淵に 切って 捨てた。 すると、 其 髪の毛 は、 一 本 一本に 

^ : ? I k 5> じ.; > .6 ち だ-から びじん まも ふち; £ お ほせな ぼ, , 

S の弒 と^つ て、 やがて、 |< 人の 铲體を 絡み、 美人 を 守つ て、 淵の 向の 大穴に 隱れ てし 

*joA£B *s へな >r へ^ ^ § お ほ ゆち ぬし で. き ► , ) 9 

まった。 批^から、 ^きに は.^ i が 非常に-くな タ、 此 淵の 主 も出來 たので あつたが 間 も 

« なく、 齄 のぜレ にお 4 はれて ゐた F、 然て繾 のぎ I いて、 i を i はせ た f は、 この 鰣 ? 

s せられて I に はまって ゆんだ。 椠は、 それから も、 fMf. -2 

ffi « 翻|ヽ 長 野踩〕 信 濃の 卷 



說傳朋 n 名 地 



鵜 酸 棧— (長 S & 信 濃の 卷 

と 2 $ のろ との ふち ひ x ゆ t , でん^ 1 \ i, , 

一の あ. たり を? i る 者が あれば、 きっと 呪 ひで、 此 淵に 引き込まれて 行く とい ふ傳說 (口碑?〕 は 一 8 

一 00 

しゅみ でんせつ み ろくで.^ せつ つた , しょ み たけ もら 一 s> 

「^ 味の 餵說」 などに 見える けれども、 記 錄傳說 として は 傅 はる ものがない 」 寄 を 三 岳 村に 

と この でんせつ じつ ひた r み , み fc けむら • ^* ) ' > I. 

飛ばして、 此傳說 の 實否を 正して 見た けれども 三 岳 村で も 知って ゐる もめ は 稀な やうで 

ある。 

殿 (西 筑摩郡 大桑村 大字 殿) 

J2i ^.i にし お ほく わ.^ ら ど0 たに ぢぅ だい. ひ なお ち わ リ あ ひ を, ^だん ところ &,, 

^の W の^、 の^ SSS 谷 中 第一の 日向の 地で、 割合に &暖の 地で あるが、 木 

き U ぉ卢 おう かま へだ えう がい よ ち は. しな か めつ ご- > こん ぷ. 3- /.^f 

f の 古 街激と は、 ^を 隔てて ゐて、 要害の 能い 地であった ので、 義 仲の 减後、 そ の 曰 it 裔 (お 

^■fe^*Jvfi > 5 :ヒ\ このち ちっきょ よ しの いま ^の はた ^めお ► ^のく. な ,k の, に、 

4§1 び ) は、 此 地に 蟄居して 世に 忍んだ。 今、 殿 畑 殿 田 殿 粟な どの 名が 殘 つて 

ゐ るの は、 その 名殘 であると 首 はれて ゐる。 (「信 濃 奇勝 錄. o 

岐腿梭 (西 筑摩郡 駒ケ根 村) 

きも .A ナ はし iptrrflsj? 一. 3 J ゝ rt;;? n.o\ * ま ねむらお! めげ まつ ふく ki*« ) ► もん. む • 

^^のか 樾 fj!?*"feilr) は、 駒 ケ根村 大字 上 松と、 福 島 町との 問に あって、 文武 



說傳明 說原起 



てん ひ 5 お 1 はう ねん ^uv M ^ はじか- , - しょく に ぼ 力 こふき〜 

ぉ皇 の大寳 一 一年 サ) 始めて 架けられ たので あると いはれ てゐる 「綾 日本 後紀」 に 

『文武 天皇 大寳ニ 年始 開吉蘇 山道 s 元 明 天皇 之 比人專 往還 棧自兩 蛆架之 昔 川藤蓃 縛 板 以鐵鏈 

ど 5 し V.4 

爲桁有 舊跡當 時 之 橋 倚 川岸 架 之 如 尊 常 橋 而唯無 橋 柱 耳。』 と あり。 r 同喾」 に、 『和 銅 六 年、 美 濃 

ねん へだ 5 いだう 

t 一 國之界 徑道險 阻 往還 艱難 仍通吉 蘇 路。』 と あれば、 十一 一年 を 隔て \ 開 溢した もの & やうで あ 

しか .S ま さんだ う い はしへ さんだ う ぜんぜん 1まな いし つ はし ま けば な 

る。 然し、 今の 棧道 は、 古の 棧遒と は 全然 異り、 石 を 積み、 橋 も 短く、 驗 しいさ まも 無くな 

?: ^i? 、慶長 元年^ 司に 命じて 桟道に 石 を^み、 長さ 五十六 閒、 福 4 間 四 尺と なった ものが、 寬ン 

つ て しま つ た バ保元 年 重ねて 命 あり、 左右より 石 を疊ん で. H を 敷き 、 畏 さ 三 問 幅. 一 一 11: となって しまった。、 

•H ン レセ ^ ^ 

撟の 下に 銘 があって、 『此石 S 麼安 元年 戌 子 六月 良 辰 成就 焉畢 又寬保 元年 辛 酉 十月 吉 辰。』 と あ 

このへん せん かも, ば ふ ひ, 

るの は、 此變通 を 語る もので、 芭 蒸の 碑の、 

かけはし や 命 をから むった かつら o 

U. なっ^ さう ざう で き へんせん 

の S は、 全く 恕像 する こと さ へ 出來 ないやうな 變遷 である。 

寐覺床 (® 筑摩郡 駒 ケ根衬 寐覺) 

あげ まつえき t 1 き そ が は みづ^ ま きぶたん な いうめ い ねざめの とこ I ^ 

上 松 扉から 約 十四 五 丁、 木曾川の 水 つて、 急潭を 成す ところ、 お 名なる 寢覺 床が ある。 一 

鑾 a ま: (長 野 S 信 濃の & 



說傳島 —浦 



寢 覽 瘃— (長 野縣) 信 濃の 卷 

£HP らうい ほ ひ 零ぶ いぼ えぼしい は ししい は ざつい は つづら レ は * $ V わ M- ん がんお よ か ち A\ ■& f 

上 藤 岩、 屛風 岩、 烏帽子 岩、 獅子 岩、 象 岩、 葛籠 岩な どの 奇石、 怪岩、 兩岸 及び 河 中に 起伏 

じ^ぼん おい な なか うらし ま& らうつ りぶ ねい は ノ よ おせい は /3ぽ り §4- 12 

して、 千 狀萬態 を 成して ゐる。 中に も、 沛 島太郞 釣^ 岩 (l^v) と 呼ばれる 大岩 (^お S 附 

J»as-o\ たん ご €\ /にみ づ え うらし またら う つりお な たか おに そこ 95 ぐう 

サ ft) は、 丹後國 水の 江の 浦 島 太 郞が釣 を 垂れた ところと して 名が 高い。 潭 底に は 龍 宫がぁ 

うらし ま お らう こ こ うぐう かよ ねお .a . 

つて、 沛 島太郞 は、 ,此處 から 龍宮へ 通った とも、 うた.^ 寢 をして 起きた ところ だと も 言 はれ 

また 95 ぐう かへ つね このお ほいし つりた い, > » その 5 へ! 

又、 龍宮 から 歸 つてから も、 常に 此大 石で 釣 を 垂れて ゐた とも 一 百 はれて ゐる。 そして、 其 上 

うらし まだう い うら I ま お らう まつ おそ , さんぎ おう も 

に は、 沛島 堂と 言って、 ^島 太 郞を祀 つた 祠が あるが、 恐らく、 これ は、 三歸 翁と いふ 者が 

ここ つ 9 たの こと ふ くわい しいか ^い I ^ , 

此 所で 釣して 樂 しんだ 事が あつたのに 附會 して、 詩歌の ® となった ので あらう とも 言 はれて 

ゐる。 

ねざめの とこ と うがん りんせん じ ぜん さつ i の てら に は 乙の ねざめの とこ し ち み おろ 

寢覺 床の 東岸に、 臨 川 寺と いふ 禪 刹が あるが、 此 寺の 庭から、 此寢覺 床の 勝地 を 下瞰す に 

ぜっけい i い < い ゐん ま かう 19 ん せん 七 ) いほ U み 

絕景 極り なしと 言 ふこと である。 「丙 寅 紀行」 に、 『臨 川 寺と いふ あり。 その 庵より 見お ろす に 

おに お ほ >』 と こと は およ > ^-^.< 

谷の けしき、 大きなる いはほ、 たくみなる 事、 言 薬に 及ばす, あやしき ものな り。 世俗 さま 

らいれき しんよう けい > 

ざまの 來糜 をい へど も、 信用す るに たらす。 景 はたぐ ひすくな きものな り。 

I ね よ ゆめ まちか^ お お . 

たび 枕 かり 寢 ものうき 夜の蔡 の ねざめに か はる 松 虱の 音 (烏 丸 光 榮〕』 



I 傳島浦 



A かひ ほらえ 今; けん きそち のき よ .a ざめ ,.,」 こ へ 

と、、 言 はれて ゐる。 貝 原 S 軒の r 岐蘇路 記」 に は、 『世に 寢蔸の 床と いふ は、 いく 重に たぎり 

いは なが みづ しろ よど $ そ 

たる 岩の はざまより たぎり て、 流る-^ 水の いと S く、 淀の あ をみ におと し 入れて 染む るが ご 

さく け 

とし。 何 HSI~ 成 靑巌之 形 7 誰 家 染ニ出 碧 潭之色 r と 作せ る も、 これらの 景色に やと、 しばしば 

眺めて、 

.S は まつ なみ たび ね ざめ と こ 

岩の 松 ひびき は 波に たち か はり 旅の 寢覺 の床ぞ さびしき。』 

また ね ざめ とこ き そ が は、 だい いは いは けん ながさ けん 

又、 『寢覺 の 床 は、 木曾川の き はに あり。 大 なる 岩な り。 岩の よこ 十 間、 長 四十 間ば かり あ 

そのた か どころ べんてん ち さ やしろ その だん ひく いし うへ たい & さ. w ねざめのと こ 

り、 其 高き 所に 辨 天の 小き 針 あり。 其 一段 低き 石の 上、 平なる 所、 とりわけて 寢覺 床と い 

うらし ま ほこら じつ ベ,:? てん せう しゃ 

ふ。』 とい ふので、 その 5g 島の 11 と 5 ふの さへ、 赏は辨 天の 小社であった ことが わかる であら 

ふ。 

ねざめ と こ 59 んせん じ ぜんさい いはま そのみち 

『寢覺 の 床 は、 臨 川 寺の 前栽の かたより、 岩 問 をした ひて くだる みち あり。 其遒 はな は 

とこ き を が は み Mi お ほい は よこ けん ながさ けん 

だ を かし、 ねざめの 床 は、 木曾川の 汀に あり。 大岩 にして、 横 は^ 十 間、 長 四十 間ば か 

あ きそ おは せま た^ み-つ め 

り 有り。 こ は、 木曾川の いと 狹き所 なれば、 ^なして みなぎる 水の さま, 目 も くるめく 

>r ち ふか とこ お 管い いはま か は のぞ 

心地す。 深さ も はかりが たし。 その ねざめの 床 ほ、 いといと 大 なる 巖 にて、 河に 臨めり 

寢 翳 » 人 長 野縣〕 信 濃の 卷 



I 傳 島 浦 



讓 懇 ほ— 人お き S 濃の 卷 

たか ヒレ、 *>, 一 Ai \ ひく たい.? MM!C とこ 

高き ところに は、 さ、 やかなる 祠 おはします。 -に卑 き 平なる 所 を わきて^ とい 

— そ で いはを か ごと いくま り そ Q だ ひら また 

ふ。 其 岩 岡の 如くなる もの、 幾 計と いふ を しらす。 其う へ、 みな 平な り。 又、 ひがしの 

か はら お ほいし みづ にし き そ が ほな が ね ざめ と こ お ほ いは 

かたは、 河原の やうに て、 大石 あり。 水 あらす。 西 は、 木曾川 流る。 寢赀の 床の 大巖は 

にし ふた.^ そ が は その. s しぎ Jsf ぶ お むか お ほいな p§ がん 

西の方 木曾川に のぞみて、 其 石 岸 屏風 を 立てた るが ごとし。 向 ひに も大巌 あり。 兩 岸の 

みづ けん げん やま しづ つな この か は かよ 

問 水の は^わす か 二 間、 あるひ は 三 間、 瀨 ありて、 山賤 は- 綱 を わたして、 此河を 通 

タゃ うがん した As ろな がさ け,:? は. SU- ラへ みづ おちく ち いは じ らう. s は か はな か 3- た 

ふと ぞ、 兩 岩の 下の 所長 五十 gg 許 あり。 上の 水の 落 口の 岩 を、 上 藤 岩と いふ。 河 中に 板 

いし いし あ か は お ほい は あな Is? い お ほか ま 

石と て、 一 つの 石 有り。 川む かひの 大 岩のう へに、 三つの 穴 あり。 一 つの 大 なる を大 釜と 

ちいさ こか ま ひや うぶ いは ITS ぶ た その 

いふ 二つの 小き を 小^と いふ。 むかひに 屏風岩と て、 屛風を 立てた る ごとくなる、 其 

しお .3- は た また いま え W し に いま 

下にた &み 岩と て、 疊の ごとくなる 岩 あり。 又え ぼし 岩と て、 烏帽子に 似た る 岩 あり。 

モ^ ほへ » ゆ は ひらい は その こしきい は ひらい は くろ. S は 

其" ii に、 河の こなたに、 平 岩 あり。 其う へ に、 銃 岩 あり。 平 岩のう へに、 黑岩 あり。 

い, は は V ^5 ま ぷ> か は ^はやま ひのき かレ うめ まつ 

其 黑岩を 象 岩と いふ。 又、 川む か ひ の 岩山に、 檢、 0、 梅、 松な どし げりて、 うる は 

お 1 蟹 ぺ S ち.. k た J しょ すぐ , ふうけい きめう ふう.: W きょ 

し 凡そ 此地 は、 他所の 勝れた る 風景に もこえ て、 奇妙の a 色な り。 いす 、しく 潔 

, life^c ^ こと ぼ の もと ろら し玄 つり VW1? 

き 事 、もに しるしが たく、 言葉に も 述べが たし。 こ- r は、 舊、 ^岛が 釣 を たれし^ とい ふ 



392 



說 傳 所 居 



ぞくせつ うらし ま こと にほんき ゆうり てい でう *UI ふ さ 55S. くき み , k i の . 

俗說 あり。 浦 島が 事 は、 「日本 紀」 雄 略 帝の 條、 又は、 「扶桑 略記」 に 見え たれ ども 此地 

, 4fe *J とみ きそ ぢだ うちう め. J しょ > この かい g ^ * ひ 4 

に 至りし 事 は 見えす。 されば、 こ X は、 木會路 道中の 名所に して、 此 街道 を 行き かふ 人 

^ よ ひ うん えう *wv、 きそ さん? 3 くま © やまぶ ふ 

まづ、 こ- T に 立ち寄らざる はなし。 飛 雲と いふ 謠 曲に、 木 曾の 山中に て、 三 熊 野の 山伏 

あ こと つく たお ふみみ ,しん »>k 

あやしき ものに 逢 ひたる 事 を 作れり。 馐 なる 書に 見え ざれば、 信じが たしと はい ひなが 

ら、 f ;輟 なるべし。』 (「所 4%」 名) 

三 歸の里 (西 筑摩郡 駒 ケ根村 字 三歸) 

ほ ね: むらみ かへ り さと 、 み ふい リ>ま ZT き" 翳.^ 險綠 一に は、 『三 @迥 翁 【さん ノ ; K き-よ > P ノ ぃノ」 ご,— 

駒 ケ根村 三 歸の里 は、 三 歸の翁 (J^f いお^〕^ お r とがる: 閑居の 地と 言 はれて ゐ 

この ひと U うぢ 、;ろ よ i と _ こ Z §- き^ , 

る。 此人、 弘 治の 頃の、 世の かまびすし いの を 厭って 此處に 庵し、 暇 ある ときには、 山中 

おくふか はい f ほ せい ひと あた ねざめの とこ . S » ゆ,, 

奥深く 入って 藥を 堀り、 これ を 製して は 人に 與へ、 または、 寢覺 床へ 赴いて、 鈞を 垂れて ゐ 

ひうんね ざめ え 5i? つく , この ひと I とうほく > * まほ は ^ 

た。 「飛 雲 寢覺」 の讅 曲に 作られた のは此 人で 東北の 山際に は 翁の 松と いふ、 此 翁に 由緖 

まつ 

の 松が ある。 

>* か、 9 の でんせつ たづ しな き レ *f- ろく . 』 . < 

かう した 三歸 翁の 傳說 のより どころ を 尋ねて 「信 濃 奇勝 錄」 は 一 按雍召 府志寬 正 年中 武藏國 

の 璽— (長 野驟) 信 濃の 卷 



說 傳所居 



籙 の 里 ー( 長 野驟) 信 濃の 卷 

河 越 有 - 道 導諱 三 喜 者 1 自號 II 範翁 1 又稱 11 支 山人 1 及 1ー中 年- 入 11大 明 1 留居十 一 一年 擧ニ東 垣 丹溪之 T 

一 9 

み さん 含 さん キ』 おう 一 QI 

術 一 遂携ニ 古 誊 1 歸二 本朝 1 救ニ療 蒼生 1。 これによ りて 見れば、 三歸は 三 喜 翁に あらす や。』 と 

5TO« レか くめい い でん き かま くら かう あん を また しも ふさ こ お 

疑って ゐる。 然し、 r 皇國名 醫傳」 に は、 三 喜の、 鎌 倉 江 春 庵に 居り、 又、 下總の 古河に ゐて 

よ こがさん き とな の きそ ざい f こと あ 丄か みか < V 

世に.' 古河 三 喜と 稱 へたと いふ こと を 載せて、 木 曾 在住の 事 を 揚げて ゐ ないから、 瞎と. 三歸 

1 さんき だん でき いは でんせつ 1 W2{ えう f\- 

の 翁 を 三 喜と 斷 する こと は出來 ないで あら ふ。 況ん や、 この 像說 も、 或は 全く、 謠曲 その も 

こん *J よ おも ほんさん だう き . き そ ゆ 

のが ^ 據を なして をる と 思 はる X において おやで ある。 「本山^ 記」 に は T 木 塗と いふ 所 を 行 

ほど さび ぃヽ いか 1 と „ , これ み 

く 程に、 寂しげ なる 家 ひとつ ふたつ ありけ る を、 如何なる 所 ぞと問 ひ はべれ は、 爱 なん、 旯 

かへ さと き われ あと ひと さと な 

歸 りの 里と いふ を ffl きて、 我 も 跡に おも ふ 人の なきに しも あら ざれば おもしろき 里の 名な 

おも 

りけ る もの かなと 思 ひて, 

$ とほ V くも あと み さと 

限りなく 遠く もこ i にき その 路ゃ雪 ゐの跡 を 見 かへ りの 里。 (蒲 生 氏 鄕) 

み みか 《y みかへ さと みか 〈5* み たぴ かへ JJic も; 

と 見えて、 三歸と はせ す、 見歸 りの 里と して ゐる。 111^ も、 つまり は、 三度 歸 るの 意 を 持 

t§ よ かへ o み さと みか (リ 

つ、 風光の 佳き に 顚 る 里の たぐ ひであった ので は あるまい か。 もし 一 、 さう でな く、 三歸 

8! もの す でん^つ じ じつ * か IB- 1 f い さんき 

の 翁と いふ 者の 住んだ 傳說を その ま- T ひ事實 とする も、 三 歸の翁 は 良 醫の三 喜で はないで あ 



らう。 、 

『憩の, i を、 i が f いふ。 徑十 崎, a f i にして、 芽^ あ-と 

ぞ。 难導 § を ひらく、 ^^四^、 1^,を德すに、 一 つの 1 を, たり。 t 中に、 餞 

七 A 千を鶸 む。 ^ば S にぼ^す。 ^弒 する もの 2^殿ほ越丽1 あり。 ^^は、 守錢な 

. A Jyx ? とき £ じ,、^ クぅ ゆ 

り。 お、 g きょり、 ^に、 ^1 く^りて と ふ あり、 旱魃の 1 す は、 上人 請 雨に 行 

く。 だ is- 鰣を たづ さへ、 黻ご を!: ちて^る。 I に は、 M の 行く 矿を禁 す。 人 至 

る f 、 羅雷 f といへ り。 i& の, り 1 れ^る を、 ^と 纩、 左より 流. 

れ ずる を i とい ふ。 11 のず ii とい ふ ,り、 S-Qi の f づ。 © く 灰色に 

て、 輕の i く、 s:!sf なる が, し。 ま 叉お、 1, 謹の f り。 iio 

^、よって 艇る。 ^^の も、^^ なり。』 (「信 濃奇滕 錄」) . 

兼 好 屋敷 (西 筑摩郡 神 坂 村 字 湯 舟澤) 

羞 I から 垂の f i の s、 M 一 i にき ie まほ 1 る) と 一 r 魔が ある。 § 

叢经屋 敷 Is 野驟) 信 濃の 卷 



說 偉 所 居 



0M 穀— (長 野艉〕 信 濃の 卷 

に、 i 霸の霸 として S な I 憨 i&i のまと いふ 劇が ある。 で、 おく は、 顧 m 

と 呼ばれて ゐ たが、 いっし か^って、 R 殿と^ ぶ やうに なり、 お、 鹣 つて、 た, &す I i 

と 呼んで ゐ^ あたりに # おあって、 三躬十 气曰 ちに、 鼸を攝 へ!: いて i 辦の きを 

^る。 へハに 、終, と 言, £な 六尺 鲁 小高き 所の、 共 端の 崩れた る所ン 、 ifi^ ; ^ C; ^か 4 か ひせき 

务る パ より、 小石に 經 字の 一字 二字 書きた るが 出で たりと。 と、 其 側に、. 其 後、 兼 好 塚の 碑石 

が 立てられて ゐ るが、 これに は、 「就&微 齦」 に、 『われ ひ r とせお f のき^の あたり さすら ひ 傲 

りしと き、 山の たぐす まひ、 河の きょきな がれに 心と まり 傲りし かば、 こ X には戰 ひとだま 

i はぺ 

りぬ ベ き 所に こそ 侍れと て、 

お f 、 : ) ぁ# 、ぬ ら S に, 

S ひたつ 木 售の痲 衣 あさく のみ そめて やむべき 袖のお か は O 

と 詠 じて、 庵 ひき 結びて、 しばし 傲りし に、 毆 のおの に、 あまた バ^し i ふさ ^^あ 

さましく たえがた かりければ、 

ra おも 9 f tp^ 

こ- r もまた うき 世な りけ りよ そながら 思 ひし ままの 山里 もがな o 

と、 ながめす て is で 侍りし。 それより、 俽 おにお をと ぐむべく も あらす と^ひし りて、 

かん はぺ H なかみお b * 

故^に たち s§ りて 侍れば、 世の中 亂れ ける ほどに、 たどき きをと もな ひとして、 ! S をす まし 



水 

說 



$ る ま か おも はべる きじみ 3 

^らんより^ は あら じと 思 ひ 侍る にこ そ 云々。』 との 記事が 見えて ゐる 

野婦池 (西 筑摩郡 駒ケ嶽 西北 麓) 

き ^ ,A し^ん^ こ ひお しゃ まて こま たけ さい ほくろく ふかし のう. らん みづ -5 

お t の^^^の k ぎ 手、 駒 ケ嶽の 西北 麓に、 深さの 知れない と 言 はれる i 藍の 水 を ® へて 

やぶ け ぞ^ おし お ほ はら むら のうみん J^-s* * はら 9 -し^ A. も 0、k * おぶ 

ゐる野 婦^の 畔 にある 槨は、 昔、 大原 村の 農民の 女で 原野の 百姓に 嫁して ゐた 者が 鬼に 

ク? へ 夜 臥す 處を i るのに、 髮 逆立ち、 頭に 肉埒を 生じた ので^ 呋大 に 恐れて 離緣 したので, ね 

化つ て^に K つた 虡、 赏 家の 父母 も 驚き 恐れて す。 故に、 自分 も 共 家 を 去った とい ふ。 、身 を^ 

ナ .V う えへ Q みち § き つ こ こ までき とうしん は と つみ? いけ そば お」 

i に沒 じる^、 野徑の 柳を截 つて 杖と して 此處 迄來 たが、 投身し 某て る 時、 杖 を 池の 側に 立 

その ま-ね 4 ま けん も い さとびと 

てた のが、 其 條极づ いて、 今の やうに 繁茂す る やうに なった の だと 一 百 はれて ゐ るが、 里人 は 

* 一 >»*vc に まつ あう いの わう, C しるし . い やぶい け * .V, ま, - す ゐ^^ 

MM を S に S つて、 II を 祈る のに 往々 驗が あると 言って ゐる。 野婦 池で は 現今で も、 水面 

で、 ぜ の 慰 鬼が 機 を 織る ところ を、 度々 見る とい ふこと である。 (「木 曾路 名所 圆鎗」 ) 



S やま 



燒棚山 (西 筑糜郡 駒 ケ根村 字宫ノ 腰) 

»^ レ よ & ま きた おうう つ や; b だな やま この やま ^ま 力ば, . す, ^ . 

IHili 薪と 呼ばれた 山の 北に、 蓊鬱 とした li 棚 山が あるが、 此 山に は 山姥が 棲んで ゐて、 

翳辦 遨 *繞簡 ^—(長 野驟) 信 濃の 卷 



說 傳 墓 境 



小 子 境 —(^ 0^ 信 S の 卷 

とき,^ のうか き あさつ むぎ 丄 ごと てつだ か み たけ しゃく あるとき i 

時々 農家に 來て、 麻 賴 の仕棄 の手傳 などす るの を兒 るのに、 長 七: < からあって、 或 時、 驟に 

ま 8 

しらみ わと, み § くちな はすうで う やけ ひばし か 一 

風が 涌いて るから 拙って くれろ とい ふので、 兒て やった 處、 蝮 蛇數條 あった。 燒火箬 を 借し 一 

よ, 2 はさ す やま かへ とキ; さと. §T にん み 

て やったら、 喜んで 夾み 捨てた が * 山に 歸る 時、 里の 童 一 二人が 兒 えなくな つた。 きっと、 

やまうば しわざ そのご やまう は さとで き i> つ.. - だレ ご 

あの 山姥の^ 爲だ らうと いふので、 共 後、 山姥が 里へ 出て 來た 時、 炮を 包し で隐 子と した も 

ひとっ^ ど y ざけ 一 .V . た. i そう *2 かへい 令 ま さけ の ひ 

のに 一壷の 魔 酒 を 添へ て やった ところ、 大» 喜んで £| つて 行った が、 山で 酒 を 呑む とき、 火 

も い その やまう は や し その よ えん いま いな や 

が 燃え 出で、 たうとう 其 山姥 は燒け 死んで しまった けれども、 其 餘焰 は、 今に 致っても 止ま 

^まやけ と i ろ ひとたち やせ だな 力ま よ /r.n.^.'.^UAfTX 

すに、 山燒 する ので、 土地の人 達 は、 その 山 を、 擦 棚 m と 呼んで ゐる (y^ll ^名) 

小子墳 (西 筑摩郡 木曾黑 川) 

く^か は の なか ち ひさぶ づか きそ N- め わう じ みのた け fe.< すん な ひと 

黑 川の 野中に ある 小 子 境と いふの は、 木曾^の E 子で、 身丈 一 尺 ニ寸 しか 無かった 人 だと 

こと き そ ど « め つばう のち さとびと この わう じ -0 ナ なか かく かさ お ほ 

いふ 事で ある。 木 曾 殿 滅亡の 後 里人 は、 此瓱子 を、 臼の 中に 隱 したり、 笠で 覆 ふたりして 

^1 き, > ち s ベら どめ > レ す ち さ ち ひさぶ ど© い, 

養って 來た。 幸に 小いだ けに 鎌 倉^へ も 翻れす に濟ん だ。 あまりに 矮 いので 小 子 殿と 言 はれ 

• ; k ぼつご-こ こ * s , I その はか そば ながび つづか たま もの おさ 

て來 たが ^後 此處に 葬られた 。其 塽の 傍に ある 長 榧 塚に は、 寳 物が 藏 めら れてゐ ると いふ 



說傳徊 徘雄蔓 



g し、 ^^に^れる と、 1 を, ると 寧せられ てゐ るので、 難も^ す 者が 無い。 (y^ 名所) 

神 坂 (西 筑摩郡 神 坂 村) 

のき^ eg は、 ^に繁 I 艇と いはれ、 の Hi 園に s る 通^に なって ゐ た。 「古事 

ぎに als』rs &」 に all^ 『ま,、 「霧 i」 に 『き g ぎ ¥ 

«-> - £3 み さか その はら こ だう はう ふ ひとはに しな^.^ び. * 

三 M など & かれて、 好かの となって ゐた。 神 坂 は、 菌 原の 古道の 力で、 主 憬埴, 和罚 S 人 

-4 ?J おし を K き 

が、 その ハ乂 母の ために、 

き f 4tf まき £ま髹^4酽 きき S ききき。 S3 

と gl じたと ころで あり、 ili まが、 篛 つてお ると て、 I ききえ に、 1 も 

„ き そ み さか せつ 、 やま の 4 こ卢、 ^ 

ろと も II き键 にお ち^った (「宇 消 物語 ヒ ところで あるが、 木 會の神 想の 方 は 日本 武貧カ 東 

^の^る さに、 微緲 から 1^1 に !3 で II ふた II の^ 鹹 として^^で ある。 Is 、『若 x 宫 御代 洲 

羽 大祌孫 弟 武彥命 任 i 招 ii 穿 又 曰、 曰 本 武尊留 u 更級驛 疲レ海 越 レ山擊 --洲 輪國- 遣ご^^ 1 

15^, 連】 伏 U 雁 越 之諸國 in 武彥連 1 從 11 大北國 1 伊木 襲國 一 出ん 其 野國 云云。』 と 言 はれる けれど 

鈉 坂 人 長 野 縣) . 信 濃の 卷 



說 傳鳥靈 



十 J 鳥 ー( 畏 野^) 信 濃の 卷 

せっしん な にほん *0 

も、 これらの 說は、 信すべく も 無い。 これ、 「日本 紀」 に は、 『尊 披ぃ 烟凌レ 霧、 遙徑 If 大山 7 旣 

逮 -于峯 1 而飢 之、 食 n 於 山中 T 山 祌令& ^王、 以化ニ 白 鹿 " 立-一 於 王 前 T 王異 之、 以 n 一 ^il -3 

彈, 一 白 鹿 T 則 中 レ眼而 殺 之、 爱王忽 失 レ道、 不 レ 知い 所 1 出、 時白狗 自來、 有,, 導い 王之狀 〖 隨レ狗 

而行 之、 得, 出 n 美濃ス 略) 先 レ是度 • 濃 坂 1 マ) 者、 多 得 ,1祌 氣 1 以瘴 臥、 但從, 殺- 

白 鹿 1 之 後、 P 是山ー 者、 嚼 i ま 一人 及 牛馬 r 自不 . 中二 神氣 一 也。』 と a えて、 から、 S 

P "ま こ^- I ぶん さち t の タほ す たま はか へ J 

を 越え 給 ふなる 事 全く 分明で ある。 ^の 信 濃國を 過ぎ 給 ふより 計る に、 五 百 八十 四 ザ を 經 

» > お 4 せう, * ね:^. 'はじ きそ やま みち ひら £H ゥせー き そ のく: へ it 

て、 大寳ニ 年に、 始めて、 岐曾 山の 道 は 開かれた ので、 上世い かで、 木 襲 鼠 を經 たま ふ あが 

あら ふま 坂) 

いま ゆ さ ふ; ふもと その はら とうね う ひるが み ぶ らく ひ- な 

今 御坂 峠の 麓、 閬 原から 東 力に、 晝 神と いふ 部落が あるが、 賓^の 名 は、 !ti から 

き 字した もの だとい はれて ゐる。 (pi の^) 

十 1 鳥 (中 筑摩郡 木 曾 山中) 

タほ ほ^ 5 Isvils > な f と. リ , そのこ *fl じふい もじ ふいち かぞ な とり 

木售 山中で E 月頃から 鳴き はじめる 鳥に- 其聲、 十一 十一 と數 へる やうに 鳴く 鳥が ある 



じきち てう /「おぼ^ s 镥 一に、 『4 1 一 鳥 【そ ひとり〕 と訓 じて、 ^隖? : の: S バ > ,く) と 名 づけら れ 

よって、 わ 1 鳥 GJ:iffswi"l ふきに^ とす。』 と a して あるの は 誤りて ある 、と ネ-ト * 

*. 9 ぞく まと- 一す めす V > . I ノ- 

てゐ る。 H 满、 li すの やうに もから る& ので、 里 俗に、 杜鵑の 雌で あると 言って ゐる けれど 

も、 ほ ま は、 ず 1ー 一つ、 I の ほ 一一つ、 ii と ハ なって ゐ るのに、 この 鳥 は、 さう でない か 

ら、 ほ の i ではない ので ある (「信 濃 奇勝 錄」) といって、 その 差 を 知って ゐる もの は、 やつ 

じ * いちて う よ a 

ぼり、 十 一 鳥と 呼びな して ゐ る。 

き も を ど W 

木 曾 踊 (西 筑摩郡 木 曾 ー帶) 

S 歳 は、 六^ Ha 。十三^ Mommmfi. お 七 mf f i る を、 i 

: ときって ゐる。 鐘に、 s^f て、 稳の f 、 驟 あは 更なり、 老人 

s_ は^ &に酽 て i り、 靠は f お ひ、 S3 を ひきき つて、 愨に這 人って、 ぎ 夜 

間 f あかす ので あるが、 ^は、 sff t if |£。 き、 わけて、 年忌に 

單 は (i— に)、 1 一 |が鍵 つて、 ,の 醇に よって 鍵る 懿が ある。 然し、 もとより 縱 W 

俗 ,き S の 載、 など はなく、 涵ず うた ふの みで ある。 

本 @ 鼸— g 野驟) 信 濃の 卷 



俗 風 間 民 



* 騸 |( 長 野驟) 信 濃の 卷 

*i ゼぅ ちか めら ざと • ふし まじ Z ふう ち: A ふうぞく ま . 』. き^ JA /ト 』 A : *.t > r\ 

街道 近い 村 は、 曲節が 交って 古が に I ふ, ぎ^々 ある けれども、^ 。つて) 

、共に、 今、 開 田 村 〔か ン : 、 、* まざと * z ^ 3しな て ふ 4?/ ま- 

西 野 ハ いだ むら 】 の內の 字。」 などい ふ 山里 は、 古風 を 失 はす、 手 を 振らす、 屈曲せ す、 昔の 儘 

「-^ 、 はき こ が こと ふし つ a Wkn や- 6 

を傳 へて 甚だ 古^なる 事で あると いふ。 節 はかせ も しづ やかで、 常尋の 踊の 類で はない。 

霞く、 おやま、 | 梅 がた、 え ¥ はね そ、 五 筆 $ 1 1、 f 、 や 

むら、 きそき そ、 1 や あまく さ i である 。(is:5s せま?^; &^きき鉢ほ 

めでた めでたの 若松 さン 

まを笫 1 にうた ふ。 ) 

へ 御代 はめで たやお も/ j とかな ふ、 末に や 鶴 かめ ごよ の蹈。 

へ に は y で 

^ これのお 庭に めう がと ふきと、 めう が 目 出た や ふき はんじょ。 

へこれ のお 家 はめで たいお いへ、 いつもた えせぬ うたの 聲。 

ぺ ゑび す大 こくな によして あそぶ、 こがねた すきで ぜ によ はかる o 

*f ノ、、 3 , こ ひと ど て 

^ さ A ひやう し を どり を しらぬ か 子ども、 人と 一 度に 手 をた & け。 

"うた ひ を どれよ 聲 はりあげて、 七つ やかたに ひびく ほど。 

へ加賀 のきく 酒 ひとつ はま ゐれ、 こなたの ま そとと りよ: kl た。 



、 1- づき くさ 

(一 二日 g なりの かま 一 一ち よ ほし や、 きみ もろともに 草 を かろ。 

Z むかひの 山で なく ひよ どり は、 あさ 草 かりの 目 を さます。 

へ 佐 渡と ゑち ご はす ぢ むかひ、 橋 を かけよ もの ふなはし を e 

<ノ ち- とリ こ 

はしの 下に はに はう の 鳥が、 小 ふなく はへ て はね をのす 

^ へお 1 でて きて 弒 のえん で .1 こけば、 弒ぃ 衆が まねく、 稻も たまらぬ。 

へ || が^てきて" 翻、 がなくて、 はまへ いでて、 貝 はまぐり のみ を もさ かなに • 

へ^ if とみ さきの 御所 櫻、 本 は 越後に 葉 はさ どに、 落つ る このみ はつの 國に • 

ぺ こよ ひ は 盆の 十よ かごに ち、 はやよ が あけて とりが なく 

、す 4j * こ のち つきよ, め , つ 

"菅 のかけ はしい く瀨も 越えて、 後の 月夜に 目 を さます 

民 寧の 聽は、 簾の gS も、 S のお ivp はうた はす、 链の, うた ふ。 きし、 鞲 

»M5 ^-し まひ ごと *ノ5 ムれぃ 9fe さスち 《c\ 

^の^は、 il をうた ふけれ ども、 がない、 I くせ 舞の 如く、 顧 謹の 唄の やうで ある。 山中 

風 の f 、 1 て、 1 から i も f す、 きもつ けす、 (ぉ染 ば") 敷 はし 11 の 被 T 

谷 > r 77 % <, A-V ん まへ にしの せいか へん * せ A I 级 

を i はない。 !li のた け は!! く、 ぽ ゆき もみじ かい。 百年 前まで は、 西 野 • 末 山の 邊は 花 一 

ネ 曾 驕 Is 野 縣) 信 濃の 卷 



* 會 鑼— (長 野縣) 信 濃の 卷 

すん うめ f きぼん そ き てんぼう ころ % やう サさ ぬの あさ まお 

の五寸 ばかりの 梅 櫻の 木 一 本 を 染めた もの を や! 9 てゐ た。 天 保の 頃に は 文 樣の少 い 布 麻、 又は 一, 

, 9 " もの お もち この * , もの さんちう すと とげ 4, わつ 一一 

5 らと云 ふ 物 を 織って ffl ひて ゐた。 『此 いらと いふ 物 は、 山中に 生じて、 少しく 尖 あり、 八月 

しう ぶん のち にち す か か はは いと お しう ぶん 5- ぜんと £ 

秋分の 後、 二七日 を 過ぎて、 ^りて 皮を^ぎ 絲 にして 1? るな り。 秋分 以前に 採る とき は、 山 

じん たさ いった ^まい も-ひき g.*, 

神の 祟 ありと 云ひ傳 へて とらす。 山に 入る に, 裹足を はかす、 すそ を はし をり て、 雪ば かま 

い もの この もの な t はこれ > だん ぢょ f^! 

と 云 ふ 物 を はく。 此物、 一に かるさん と名づ く。 老婆の 是を はきた る, 男女 わからぬ 藝 な 

しなの *> ろく み 

.9。』 と 一 信 濃 奇勝 錄」 に 見えて ゐる。 

f くに あ と *.£ はべ この や まさと き そ f な 

『踊て ふ もの は、 いづこの 國 にも 有る 事と は ffl え 侍れ ど、 此 山里に、 木 曾 踊の 名、 いつ 

こめいで , ほかく § . 

の 頃よりか 出き に けん され ど、 外々 は、 都の を どり など まねび て、 みやびに は あれ ど 

まんに ようし ふ おき そ * ま よま おんお けさん ふもと にしの せいが さと わ 

もい はす。 萬 葉 集に、 奥 十 山と 讀 せし 山に つ ビく 御嶽山の 麓、 西 野 • 末 川と いふ 里、 回 

SIC f き そ^ _5 な やそ ぢぢ- ぼ- ? a ま u 

なと、 古より、 その 祭に 木 曾 踊の 名 はしられたり。 七そぢ 八十の 祖父 婆より、 娘 も、 孫 

まじ あ ふ ぎ fc ちま いま f うた 

も、 うち 交りて、 うた ひつ ふ、 扇 もて 立 舞 ふ あ. OV さま、 今めかし からぬ 扳 にて、 唄 も、 

k . ちが ) ぷぞぷ ゆかの ちわ か お わお さと 

ふしはかせ 違 ひて、 三つ 四つ あるよ し。 去年の 冬、 彼 地の 若き も、 老いた る も、 我 里に 

きた を ど みほべ なん おも 

みたり よたり 來り ける をす X めて、 踊らせ 見 侍る に, 恥し とも 何とも^ ひたらす、 しづ 



說傳明 說名地 



やう ま 5 お て S や なかなか み ごと 

やかに かたの 樣に 舞ひ謠 ふなん。 さしもの、 手 たれ、 より 賤 しからす、 中中 見事な りき. * 

さて その さと とと その さとびと かみ , 

扨、 其 里の ふるきた めしに てい も はしか やめる 事な く、 たまたま 其 里人、 その 神に ふれ 

とほの やまお. . を W* ころ WJf« ざと 

てな やめる は、 遠き 野 山に 置きて、 よりあつ かふと ぞ、 折 ふし、 その 頃、 隣 里に も、 か 

*? こ - にかへ I お ほ uic たず 

さのう はさ 閲 えつれば、 いとと く 迸げ 歸れ り。 詞も、 まさこと 多く、 心 ざしの 正しき し 

ほんも^ か すま ゐ ぃハ いく おい のちまで 

るし は、 本 門 家 を わかれて 住居す る もの すくなく、 一 つ 家に 幾め をと も 老の後 迄す ま ね 

た! S ひ 宏ひ こ まも I ち はや ぷ るかみ つよ ひと 

ぬるよ し。 これ 互にむ つましみ、 境 を 越えぬ のりを 守りて、 誠に 千 早搌祌 世の 人と しも 

, f はぺ まづ かみ ia- /r.p^T 箱 o ll .*J\ 

いふべ からん か、 それらが 踊に 侍れば、 先 はこれ も W 踊の たぐ ひか も。』 (一ば ネ」 ぼ §1 お^) 

ち ひさ がな ごうり 

小縣郡 ー 小縣の 名義 

ち ひさおた ひ ほ B わ み考 せう ち ひさかた み ち さあお た この sfa SjS レ 

小 縣郡、 「和名 抄」 に 『知 佐 加 多』 と 見える。 小い 縣で あつたの でも あらう か。 此郡、 昔 は 

す は くに おかゆ い S ほに しな さらしな せう ぐ^ ち さ 

須 波の 國の半 でで もあった ので あらう。 今では、 埴科、 更 科の やうな 小 郡 も あるから、 小い 

U- , ころ ほか くら ち さ あ: お あがた じん 

縣 とも 言へ まい けれど、 その 頃 は、 他と 比べて、 小/; 縣 であった ので あらう。 その 縣は、 「神 

むき くにつ こ あがたぬ し はじみ な あがな <Kfe 9 9 9 ^ よ じ だ. 3- 

武紀」 に、 國造、 縣 主と: S めて 見える 名で ある けれども、 ^ を、 叉、 こうりと も 請んだ 時代 

小 騮 f S 野 讎) の 卷 



上 田 城— (長 野驟) 信 濃の 卷 



城 

說 



,、ら nt。 へ 「曰 本 風土記 • 信 濃. r! 

* あった lr 信 濃 地名 考」 ) 



だ じ やう 



上 & * i% 田 g〔2ss (小 I 上田 町) 

さなだ もん せん はた うへ だ じ?^ ていしゃ ほに し i ふち ひ? 5 ^ ^ 

眞 田が 六 文錢の 旗な つかしい 上田 城 は、 停車場の 西 十 町に あって、 尼 ケ淵城 伊勢崎 城 

^つ を ぺ つめい てんし 15 ねんかん さなだ あ はの ままさ^ h きづ f 《う^ k ^ 

松 尾 城な どの 別名が ある。 天 正 年間に、 眞田 安房 守 昌 幸の 築く ところで, 當時 は、 千 曲::^ の 

しんえん ぞく あま ぶち し i ふち つ き だ い *- やま 》- つく あま 

深淵で ある。 俗に 尼ケ 淵と 稱 する 淵に 突出し、 伊勢山 を 利して 作られて ゐ たので 尼ケ 、€ 城 

5- ^ /「2 逸き 一 こ. H、\ い てんし § ねん 一 i ぐ わつ とべが はい (ゆけ > ぎ 

伊勢崎 城 (£§y が s。) とも 言 はれて ゐ るの だとい ふ。 天 正 十三 年閲 八月 德川家 康の旗 

か ひらい は お ほく ぼ ほんだ しょ き もつ このしろ か i はいそう せき せら ユ^ ££ C 

下 平 岩 • 大久保 • 本 多の 諸將八 千騎を 以て 此城 を圍ん だけれ ども、 敗走した。 關ケ 原の 役 (慶 S 

さなだ ふ し とうざい わか そのお も § »t な ぬまた さなだ 9 ぶ^ * /«© 

五 年 九月) に は、 眞 ra 父子 は、 東西に 分れて 共 思 ふ 處を行 はふと した。 沼田の 眞田信 幸 1 幸 

HJfe?.1r\ いへ^け ぞく まさゆきお まゆき むら いしだ くみ とべが は ひ, 21*- へや . まん』, 

^3 は 家康に 屬しノ 唱 幸 及 幸 村 は 石 m に 組した。 德川 秀忠の 八 千 は 树原康 政 *淺 

© * がま さ お ほく ぼち V ちか ほんだ まさのぶ 《, かゐ しげた *- さなだの ぶ ゆ *, ら しょし ¥ ひき , づ寸 ひ > 」r こ^^ S 

野 長 政 *大 久保忠 隣 • 本 多 正 信 • 酒 井重忠 ぇ具阳 信 幸 等の 諸 將に率 ゐられ て^ 氷 を^え て 小 諸 城 

^ , ^でお ズ さなだの ぶ ゆき ほんだ まさのぶ うへ * だ f や > f まさ f き-^ よ.;^ . ' ) »-3 ^ 

に 着く と、 秀忠 は、 眞田信 幸と 本 多 正 信と を 上田 城へ 遣って、 昌 幸の 去就 を 問 はしめ た 二 

9. .sg ま: ゐ なん へんた ふ ま とくもく? ^わ 5 のぶ k 1 き まさゆき: i ほ 

人 は、 暂く 待って 居ても 何とも 返答がない。 待ち あぐんで、 督促 數 回の 後 漸く 昌幸は 答 



一 i 



說傳跡 城 



ヘ^な ふちえん ぎ ろうや t じ忠 ぴ ふ そく こと - .f, は 5^f5?? I 

へて いふに、 『返答 遲延の 儀 は、 籠城の 準備に 不足の 事が あつたから である 最早 準懾も 調つ 

あ ひて のぶ ゆき わが こ » ま^めぶ めぶ ゆき > : じう A- ^^fej - V* 

たによ. 9、 いつでもお 相手に ならう 信 幸 は 我 子 正 信 は 信 幸の 小舅で あるが 敲方 だから 

i こと でき- こんく わい かう い もつ , めい つか - > . V I 

辩る \ 事 は出來 ない ので ある。 けれども、 今回 は、 好意 を 以て 一命 は 助けて 遣 はす。』 と 言つ 

"ぞっ こん f S 2 かへ ひで fcr は^ ひ ふ » お ぷ そう. S か ^ ) ^ 

て やった。 *M は大に 驚いて、 直に 還って 秀忠に 報す ると 秀忠も 大層 怒って 一 擎の下 

も つお . へ^- す- まさゆき ほうせん よろ 、- た ^ 

に み 潰して 旲れ やうと、 直に 兵 を 進めた けれども、 昌 幸の 防戰が 宜しかった 爲め 遂に 

ひでお *- せき はら せめき ぉス , - 

秀忠 をして 闢が 原の 戰 期に 後れし めた。 

.S うめい せん さなた おやこ げ うめい » てんか ^> ^ > , *v- • > 9 

10 の が從 なる ニ戰 は、 眞 H 父子の 驍名 をして、 天下に 鳴り響かして ゐ るが、 幸 村の 大阪 

ら :>f たう じ せん 《4く ちずう そうせ けん つうく わ" さ, け ) 1 ベお-^^!^ &?:、 ま.? ふ 5 

鋭ま歡 きの S 略智! I は、 一層 世間に 痛快 を 叫ばし むる ものが あって 幾多の 英雄 傳は 又 彼 

ゥ> みつ & やく は 3 し こと さなた だい .S うめい - , > 3 

の 上に 密着し、 稗史 として、 殊に 處 田 三代 を 有名なら しめた ものが ある 

せき はら えき ご まさゆき かう やさん うつ : めぶ^?^ しる - きょ^ 5- VI ン: ;、 、1^:^f?ri 

1 ケ 原の 役 後、 昌幸は 高野山に 移され 眉 幸此 城に 居城せ しめられ たが 元 和 八 年に 至つ 

もう まこし なな まっしろ うつ せんごくし か は きょ * レぞっ > のぶ ゆ き » このし あ さ; > • ■ > 9^ 

て^を 墒% き^代に あされて よりぎ 石 氏 代って 居城した。 信 幸 は 此城を 去る に當 つて、 上 

だ i いし 1 - つ,」 产 . :さ々だ1;-し 、疊へ の大 石で、 田昌 幸の 智計 で、 幾 萬 入の 力 を 以て 丄ュも 

田 城の 石垣に 積み込まれた 眞 m 石 1 動かない もの を 柱石に したと いふので、 今上 s 地方の 七不思議の 一 7 

。へら) だけ は、 ^の^^として^ ち? k らうと した けれども、 幾 萬 人の 人夫 を & けても 

上 田 域— (長 野縣) 信 濃の 卷 



說 傳 的 傅 ft 



^ 樣 0IS 信 濃の 卷 

いし ュった ね は す こ うご いまさら ち. * ち ふか 

此石 は、 全く 根で も 生へ たやう に、 少しも 動かなかった ので、 今更の やうに、 父の 智略の 深 

rk? せっかく おき ま つ しろ ひさ / 3 リ m り 也 こ、 こ 

かった のに 驚きながら も、 折角 諦めて、 松 代に 赴いた とい ふこと である ク? 城ま^^" 古い 

堀拔 井!: l があった ので、 Rm#£> ;など 々ど〕 と 呼ばれて 有名で ある。 今で^ 5^! り は、 eosefc 

こそ 埙拔 井戶も 珍ら しくない が、 其^ 時に 於て は、 お 名な ものであった。 >itWr の f ^の 居城て あ 

とき このし ろ うへ g ほく はうたら うや ふもと こ くう ざう うしぶ せ やじ ま はな ご や あら じ など 

つた 陈に は、 此域 は、 上田の 北 ザ 太郞 出の 麓に ある ^牢: 藏、 牛 伏、 矢 島、 花 古屋、 荒城 等 

ヒリで ち か ぬ けあな て や- うへ だ "?ぅ じいう ほか かう つう 

砦に、 地下の 拔穴 があって、 敵が 上 EE 域 を 園んでも、 自. E に 他と 交通して ゐ たとい ふこと で 

あ-る。 

のぶ き のち せんごくし た i- まさ まさとし まさ あへ n へ け; つえい れん まつ; i ベ. らい がウ た ちかこ z -T.ts> 5.. 

信 の 後、 仙 石 氏 は、 忠政 • 政 俊。 政 明を經 て、 寳永 三年、 松 平^ 寸忠周 此虚に 移り、 以 

ご * しふ まん ごく タタつ ゐ しん いた め いぢ ねん はんや ク ほう くわん ねん はいじ , ン ま 

後撤襲 五 萬 八 千 石を領 して、 維新に 至り、 明治 二 率 藩 箱 を 奉還し、 六年廢 城と なった。 今 は 

ぎう じ やつし ほん る もつ こう あんち その ぶ まつな し は,, ) ュ- まク レ * つへ いじん じ や せいだい 

城址 本丸 を 以て 公園 地と し、 其 一部 を、 松 平氏の 藩 藏を祀 つた、 松 平 神社の 境內 としてね 

s^-s く き いま そん る, ん な.^ な い ぜん け. S だい レ i へ S じんじゃ くわ,, M- ん ねん 

. るが、 城隨ー » は、 今な ほ存 し、 ® 垣 半 は 依然として ゐる。 境内の 松 平 神社 は、 寬文九 年の 

さう りつ お 1* ほる た r あき -? ちか れい がふし: ) 

創立で、 忠晴 • 忠昭 ,忠 周の 靈を 合祀して ゐる 

小松姬 (小縣 郡 上田 町) 



說傅的 傳_^ 



0ff0. IP, ぅム囊 i あたう として、 I し 州う おまで i した。 ii 

は、 1詬 から、 1 霸は、 まから 鍵した。 羈の I は、 pi のおで、 i 

) 1 : f. p 4tr^t> ©-ち <i し ミ _* つ.^ SJ- しょ まさゆき よ まさゆき まね 

t の in おは、 潞& にとの ゐ して & た。 鉞 日の 後、 石 snk は、 書を昌 幸に 寄せて 昌幸を 招 

いた。 SSf は、 HI? の^ きを も すして、 陬を淤 して、 お^に 蹴らう とした iS> 沼田に 

おおって、 磁^^ ゆや、 縱& 黎に赋 I 曰" して、 げ ようとした。 本 多 氏 は、 孝心の 厚い 婦 

5,リ このと き すで し M まさゆき » おほさ かぶた 、く,. -, • > p>t : 

おで あつたが、 此1、 &に、 舅。 昌 幸が、 大阪 がへ 組みしょう とする 志の ある を^って 居た 

から、 Is び 瓛 の^めに は、 蘭で も、 であるから、 ^^せしめない^ がよ いと 考 

«/- > ^ > しおく なぎ. w た § じぢょ しき しろ ない e わい し. - ,、 

へて、 能ら、 I4^lp く^ 戲し、 蜮川 を携 へて、 侍女 を 指揮し、 城の 內外を 巡視し、 防戰 

:) , 1-1 こ 1 き あ 3*y れ まんだ ■ し. きょどう さすが- fer かつ そくぶ .S 、 

の 旭^ をした。 if は、 おを^いて、 ^騮 なる ぉぎ氏 の舉動 だ。 流石 は忠 勝の 息女で ある。 

殿, の I として は S かしから ぬ ものである。 われ 其 意 を 汲み取らす して 入城 を 乞うた の は、 

1 く! > あつたと ii して、 ^に、 ^を臧 ^に i つて、 ^は、 啦^ 瓛の鼸 を^たい と颭っ 

, ソ i Is ム しおく ほんだ し か しん 

たまでで ある。 ぼで 城 を 〈# はうな どと 企つ る ことがあ らうと、 送った, ォ多氏 は 家臣に 19 

& a ^よし 3 く さ だ でい ちき 寧 つおう > まさゆき a . ^ 、、/に -,」 ,.、 ^ こ、 3 

ば じて、 ii を あめて、 鄭重に 靈應 した 昌幸 • 幸:!? は、 何とも 施す ベ き 術 もな く 遂に 

小 橡 鏺; (長 野 S 信 濃の 卷 



說俾的 話傳史 



^ ^' IM 8 信 濃の 卷 

力 まだ な さ しんしう むか , I 

沼 m を 立ち去って、 信 州に 向った とい ふこと である IO 

こまつ ひめ おくつ き いま • うへ だまち お ほ あざと キ-は づか はう せんじ たいれ,; V あん でん 3 

その 小 松 姫 (大 遝院 殿) の 奧津城 は、 今、 上田 町 大字 常^ 塚の 芳泉 寺に あって、 大遝院 殿の 

お 8- よ , — 

御廟と 呼ばれて ゐる 

こ まつ ひめ さなだ け こしい り つ. うへ だ まち つぎ やう 

この 小松婭 が、 どうして 鼓; 田家に 奥 入した かとい ふこと に 就いては、 上 町に, 次の 様な 

でんせつ き j な „ 

傳說が 行 はれて ゐる 

こ まつ ひめ ま ハ へやす や うぢよ じぶん あるひ いへやす » かの ぢ よじ しん その をつ と えら 

小 松 姫が、 未だ 家康の 養女であった 時分の 或 日、 家康 は, 彼女 自身に、 其 良人 を 撰ばせ や 

ん. -ぅじ おくがた も お ほ だい みぞつ お ほひろ ま あつ か のぢょ かう ぺ た.^ 

うとして、 當時 まだ 奧カを 持たなかった 多くの 大名 を、 火 鹿 問に 蕖 めた。 彼女 は、 頭 を疊に 

-ゥ. ひれふ ゐ しょだい つ かう ぺ もと 26 つか ひと W ひと リ おもて み ま は さなだの ぶ ゆ ま 

着けて 平伏して 居る 諸 大名の 頭の 嚳 を摑ん では、 一 人 一 人の 顔面 を n 儿て 廻り、 眞 m 信 幸の 

もと ま は とき のぶ ゆき ぶれい W ^なめ: しった . : いな k や^^、 、ほせん も 9 、 z 

許に 廻った 時、 信 幸 は 『おのれ 無 禮な女 奴。』 と叱咜 すが 否や パ 不意り 鐡扇を 以て、 小 松婭の 

1 う こまつ ひめ かへ のぶ^ */ き こつ かんどう 4^ くし をつ と か丄づ ,、 

面を擲 つた。 小 松 姫 は、 却って さう した 信 幸の 氣# に 感動して 『私が S 人と して 傅くべき 

.A た さなだ ほか い つ ひ のぶ ゆ ま つま > , ' > t 

? ^は、 の 他に はない。』 と 云って、 遂に 信 幸の 妻と なった のた とい ふこと \ も 一 つ は 

S な だのぶ 灸き まん ご く は うへ だ じ やつし ゆ まん て く ^« ぞう. . 4, ぶし カ^ f まつ 

眞 ffl 信 幸が 六 萬 石 を 食んで、 上田の 城主で あつたが、 どうして 十^ 石に 加^せられ 垴利罚 松 

しろ ^ -ぷぅ S と つ. でんせつ うへ だ か がかいだ う/^' Q 化 3\ ^た 

代に 移 封せられ たかと いふ 事に 就いての 傳說 である。 上田 は、 加賀 街道 (I き。 4B) の 衝に當 



り、 贤 ti が、 ^粼 と&^ との 瞰を せらる- i& であった から、 小松婭 は、 家来 達に 命 

て、 ^ぎと、 k¥i のず M に li を M へ、 iil^ へ i おすべき 船 ま を^ら せたり などして 

1 し ぐ. 3 ナ うぢよ さすが か ^-^^u 

胪ま; g を しめられ たが、 ぉ艇 i は、 將 軍^の 養女 だとい ふので、 流石の 加 W 侯 も 成敗 

ノ. , え し S. うぐ.; > うつた しぞ, ぐん こ ほつ-ひ; 9 il と^ > ? 

する ことが ^ がかね てゐ た。 かむ を 得す、 將 軍へ 訴 へる と、 將 軍から 小 松 如に 《 叱責 力 あつ 

こ 5 ぐし キノ おい たいそう 

ヒ。 すると、 ^^に!! の 械はト の « である。』 とお^へ する ので、 s 軍 家に 於ても、 大曆ぉ 

„ 、 ' .'Jc i こく は 一.^ まん ごく 力 ぞう まん マく 

I りに なり、 たうとう、 おまで 六 敲 石 を^んで ゐた 石高に、 四 萬 石 を 加 •% して 十 萬 石と なし 

^l?f 避の IP ならぬ 魃^ に^ i せしめた の だとい ふ傳說 2. 川 氏 とで ある。 

上田の 獅子 踊 (小縣 郡 上田 町) 

j に、 翻から 8 な sfe (獅子舞) は、 碧 i に、 詬ま& かれ あ、 ^が 

鍵れ に ,1 めの きとして 編 をし !一 め、 ifeE の r 子 あれて まった ものが、 霞て 恆例 

US? f と し § にち しろ? 《 » > 

となった ものであると, はれて ゐる。 そして、^ 年、 六月 十二 日の 城 祭の 祭禮に 獰 城下の 一は 

、<h Z ノ ミ しゅ §らん そな , 、一 rto 

俗 ? 苇 あの? ま ($1、 町 から、 おのおのき 子ぎ 出して、 城主の 觀覽に 供へ たもので 

上田の 鑭子醺 —(長 野驟) 信 濃の 卷 



俗 風 間 民 



上田の 躑子鬮 |( 長 野縣) 信 濃の 卷 

あった さう だ。 

こ >ん にち ケ わつ にち ぎ を,;? ゑ. 1 vs> にち o お まみ .8.- ヽこ f,1 «.,.-\ 

今日で も 七月 二十 七日の 祇園 會 OBSS)、 或は、 十月 十, ft の 稍 |ガぉ (は^ 腿^) 

> ffi-sv k きう^^ お この,.^ し まひ えん とき むら しし とまお じし よ 

の^ 祭に は、 蕩例を 追って、 此 獅子舞が 演ぜら たる。 常 ffl 村の 獅子 は、 常 田 獅子と 呼ばれ、 

ほ *> やま 力ら ^し ほう やまじ しょ とも けいだい ひろに は を ど いづ ま なかだち また ね *», 

房 山村の 獅子 は 房 山 獅子と 呼ばれ、 共に、 痙 內の麽 庭で 踊る。 孰れ も、 先づ、 中立 又は 禰宜 

錄、 ノ ド /き巧ぉ 子こ^ 狗^ ほお を か u リ、 4^ で をン ふん さう も ひと a . つぎ しし 

と稱 へられる 赤 天狗 (衞 ザゴ£忍^:^5扇を揪ジ) に扮裝 した 者が 一 人、 次に、 獅子 

0S (K^K&^S お^ SSMfgs3 が 三が f il "の 編 

s£ つ &を 雄き、 f 1 ばかりの 鬍 を g りたる i (お?^ £: 喊 ssi? 

rao ^a^^R^C ^^(ny^^yo M- 成 こ \ にん て しや ぎ もく に,? おのお しお 

て 鼻 を! is^^h を 塗つ ^はい^ ) 六 人、 手に、 叙 i3 木 を 持ち、 組んで 十 人 は、 各、 下に は 

あ $ き ほか 1 ながさ も こら お ま wf /-\i、* Jr 

裁つ け を 着て ゐる。 この 外に、 花^ を かぶり、 びん ざ さら を 持った 子等 數多 (れゅ はい こふ 父 さ) 

づ. ^ ► ^ち ^ 、 あお々 け き たんざく つ もなか 4^3 れつ つ * 

紅 笠 を 着 太刀 を 侮き、 靑 竹に、 五色の ^册を 付けた の を 持った 中 を どり の 行列が 續 いて 行 

J s ^ ^-. 、 » i の PJ?A> しょ しし まひ じだい へんせん «VB て ぶ リ ふり さう 

く。 腦る 古雅な ものであるが、 此兩處 の 獅子舞に は、 時代の 變遷 につれ て、 踊の 手 振、 扮裝 

: 、 fc せう >ほ や t」A. ) しか $f うた い e ぎしゅ ゐ とく レ考 

などに も, 多少の^: 逯を來 す やうに なった。 然し、 其 踊の 唄の 意 は、 城主の 感 德を頌 する 

> 、 > お な > い >ま つ.^ よねんい ぜん うた でん レゃ うてんく わ いく 

ものであるの は 同じで、 今に 傅 ふるもの は 三百 餘年 以前の 唄で は あるし、 傳唱 @ 訛して、 幾 



312 



民 

俗 



Mi し M い 1 も あらう が、 i の &1 として、 なほ 慰と する におる ものが あらう。 

その f の § (「宫 川 氏 m ご) は、 

4 ごもん わせ ごん SW& ごんが ね ほぶ,. » - =<L o 

へ| ほの 脇 の 御 櫻、 黄金 花が 唤 いたと なァ 

ま はり ま はり 三つの 1 を遲 くま はりて、 出 鍚に逑 ふな。 

k ? こま な: A こ がね んさ あし > 3 

へま はり | て、 これのお 廳を詠 むれば、 黃金小 草が 足にから まる。 

こま X: b や s> まん ぼん 

へま はり % て、 これのお 鹧を爾 むれば、 いつも 絕 えせぬ 檢が 五^ 本。 

へ^お かつげ、 いつまで かつがに、 いざやお ろせ 小 ざ さら。 

-メ- .5 ま ^づ さ ごち s*5.s 

. へ 五 f 被の 五 If 私の i を かつがせ おすならば、 安 iS ゃ上總 はこれ の 御 知行。 

、! &aA C おも c S なか こがね まち、 >,f ぶ o 

へ^おの^ f の g つの 柱 はしろ がね で、 中は黃 金で S が辉く 

ばう やまじ し うた k 

その、 房 山 獅子の 唄 (「信 濃 奇^ 終」) は、 

C ごもん わき ごん ぞく ら 之ん がね はぷ 4: > : - 6 

御門の 傍の 御 櫻、 黄金 花が^い たよな 

ヘ^の すだれ をぎ き あげし、 まより 01^ 赵) ささら をお 目に かけ ましよ。 

<lr ^て、 これのお^ を釅 むれば、 ,M おぎが 足にから まる。 

上田の ,rf 齷 |( 長 野縣) 信 濃. 卷 



313 



仰 信 間 民 



鴛罱 爲右衞 門の 碑— (長 野縣) 信 瀵の卷 

C まよ き ご もん な: a ご t§ 

參り來 て、 これの 御門 を眺 むれ は、 御門 扉の せみ やから かね。 

へ なず" っナ: o へし £ 木 >た;け よの 意" これ は、 昔、 科と いふ 木の 皮 を 以て、 幣帛の 形 をし 

し レ^け 力 v け J V た 物 を 造 リ、 ねぎの 役す る 者の 持った ものである。 今 は、 © 山の 方で、 五 

色の 紙 を 以で 、ン 

これ を 作る。 ) 

C ノ r r> J こ i r- ,、こ、 へいつ まで かけげ ふの よこな まった ので ン 3 

V しいつ もに 力つ 力に , あら うと 首 はれて ゐる。 (宮下 可 年 氏) j いざやお ろせ よ。 

ヽ まな^ * , お なぶ , た i せんぴき 

r 參り來 て、 これの 御厩 眺 むれば、 いつも 絕 えせぬ 駒が 千疋。 

\ x - あめ ふ くもた S3 もど こ 

"なが むれば、 雨が 降 るげ で 雲が 立つ、 お 暇 申して 戾れ小 ざ さら。 

iv fg& に、 と あるの は、 ま (r4sssp て 行) の i! のこと で、 I 

ゐ しんぜん おぶ て もん わき おい f ら 

とレ ふの は、 維新 前まで、 追手 門の 脇に あった 老櫻 であると いふ。 

雷電 爲 右衛門の 碑 (小 縣郡滋 野 村 大字 大石) 

た, にかば、 -Jr: : 」, と, も * いくた で^せって きいつ わ のこ め <19 き 1 たに か g ぼつ U を のが ま 

谷風 (寬政 七年^) と共に、 幾多の 俾說: s 逸話 を殘 して ゐる名 力士で、 谷風の 沒後、 小 野^に 

fev » にしが た おはぜき りう ほらた にの すけ つい くわん せい はん ぐ ijov* お ま? W き し i -a i でん. 4/6 

對 して、 西方の 大 關を稱 した 龍 ケ洞谷 之 助に 次で、 寬政八 年 三月 起って 大 關を稱 した 雷電^ | 

* *!- は » . ほい あばら > い , ちま^な j ほ o お ほいし むら り、 i は 寸 r ン ?k\ さし 

右衛門 は、 一 枚 肋であった と 言 はれて ゐる。 、小 縣郡大 石 村 (tl ら 8^村ョ〔。 け) の あで、 ^は 



f ? といった。 f お f (おお J まて s の 繫で、 f ^0 

船き と は f れな いので、 きる いた。 P 八 九に して、 k^i. 肢 Is 

くで はあった けれども、 ii は Is しむべき であった とい はれる。 江戶に 出て、 力士 i 

ほのか ト となり、 &輯 を^んだ。 ii もなく^ t は 天下に 冠し、 雷電の 名 は、 都 観に 

+^^/ff rtv J 一 *1 め わざ その ふう さう 

きり I いた。 ぎ聽 おから、 謹に ずまで、 ,1 を 召して 技 を s はしめ、 i を壯と 

レ、 その 鴨 を^と した。 nil に^ へられて 二^ Si になって から は、 能く 其 地位 を 隨さざ 

, , ち., こま わし てんか らい ぺ乂, ま," 、 

る も? 山 % 灘 を霸 せられん とする にぎて、 これ を f 、『私 は 天下の II 足て 

, , おん をい ねん おつ にも 、 ゅゅ1 • J IS re つ \:、i、 p, 

ごんす。』 と したと いはれ てゐ る。 かへ 砍八年 二、 月 十一 日に 養 五サ九 を 以て 卒した 力 ネ 

s§ こ ある l、g は、 その i がの きめに、 雕 ともす ると、 其敞對 する もの を 損傷す る ことがあつ 

4i、T<l-3 / ィ 二う う ヘン ぶ くわん ぬきで もつ , ほ 

民 た。 i へま、 s> を 魅 ひて、 Ail 右! ft を、 きの 上で 死に 致ら しめ、 手 を 以て 阵 

/ お z ! r,J - 一 £ て.! とう がた くるし もの お ほ、 

間 1が腐 の 扉を 簾して S 翁たら しめる とい ふきな ので、 籠し 難き に 苦む 者が 多 力 

信 つた。 で、 まの f 難し、 種 1 のお もず 1 いもの 三 f i じ、 きて f を I と I 

J 1ず はれる。 (r 力士 雷電 傳」) 

雷 I 右衛門の 搏 |( 長 野驟) 信 濃の 卷 



仰 信 間 民 



翳 鬻爲塞 E の 礴-— (長 野縣) 信 濃の 卷 

いま らいでん ふるさと, おほ^し むら かれ k この ひぶん » さ. く』 ま feyp 

今、 雷電の 舊里 である 大石村 (^.Kgl) に は、 彼の 碑が あるが、 此陴文 は、 佐 久間象 一 3 

ばへ 墙科郡 松 代の 人で、 if 末の 偉人で ある ことに ついては、 正史 vff しい。 その 象 山の 號は、 陸 象 山 を 慕 一 3 

U , ぅて附 けた もので はなく、 文化 八 年 二月 十 一 日、 松 代 象 山の 麓裹町 (今の、 有樂 〔うら〕 町) で 生れ、 こ 

こに 講學 したから 號ン h ノ? irvc、J、 

したの^と いふ。 ) の 8 した ものて 

力士 雷電、 信 濃 國小縣 郡大石 村人、 姓關 氏、 父 曰 - 半右衞 E:r 母 後藤 氏、 雷電 生 疆有レ 

力 異甚、 其兒 戯不 レ 類义所 „ 爲、 蹯者 皆駭、 年 十八 九、 身長 六尺 五 寸肢斡 如&、 面貌 溫 

厚 自然 可:. 親、 來, 1 江戸 T 從 - 力士 沛風 ill 相撲 T 無 n 幾何 T 以 - 其 冠-天下 T 雷電 之號、 

都鄙 藉々 稱不ぃ 置、 上^ II 大將軍 公 1 以洎 11 列 侯 T 愿 召使: 丽觀 i 之、 亦 莫レ不 T 偉- 1 其狀 1 

愛, I 其貌〗 而暗 s 其 傀 力 之 無 i 偕 抗\ 初 雷電 入, 1 相撲 群 〖 其 所 i 敵? 動 有 II 錢傷 r 苦 レまー 

鬪觝 T 於 a 是共技 之老、 相 議禁, 一共 手勢 尤難レ 當者三 〖 人始得 二 安與 レ之 相 角 T 然卒莫 n 之 能 

勝 1 也、 歷 1ー 選 力士 之 徒 T 蓋 建 籙以來 一人 而矣 已、 ^以 k 技 仕 1 一松 江 侯 T 後 辭歸、 以- 一文 政 

八 年】 卒レ 家、 I! 五十 九、 雷電 ま 世 二十 七 年、 孫 義行欲 e 述 n 其 祖之躜 1 傳 g 于 無窮 s 、乃 襲 11 

右 於其邨 之道穷 t 特來 請, 辭、 昔 越 前 秀康卿 在 u 伏 見 r 召 11 名^ ei 兒 r 觀 二 其 舞 1 而泣、 人 

怪問レ 之、 曰 今 天下 女子 千 萬 人、 此女爲 ,1 第 一 一 吾生 11 丈夫 r 不ん &爲 = 天下 鉱 一 流 M< 有レ 



說傳的 話說閽 民 



愧= 於此女 T 故 泣、 今予爲 II 雷電 f 識 = 于斯碑 T 亦 殆將レ 泣 也、 系 曰 

信 山 祟 俊、 信 水 淸駛、 神氣 所&、 迺生 - 環 偉 7 吁嗟 雷電、 カ武 無い 比、 間 世 一 出、 固 

夭 恪爾、 我爲 n 士人 T 不レ能 11 魁 S?T 爲 レ繭勒 レ銘、 心 篤 忸怩。 

5 ち. y ン • -tf* A" 、 も- -^、 ち,^ ら ま い 

とき まれて ゐる。 ^毗 では、 ^^の 一 肘 を i いて、 ^に 持ち 歸れ ば、. 力量が % す などと 富 

ひ、 おく I てられた 綮の麵 は、 1 に i たれて、 §てぉ つたので、 慰に 新しく、 ^が 

麼 てられた ので あると いふ ことで ある。 



なか 



田 中の 里 (小 縣郡縣 村 字 田 中) 

L 、< ち 

上… 



% ^から^ 撤へ三 si、 に、 i おとい ふところが ある。 戬、 鹊、 西 行 法師が、 この 土 



きを 霞し あいた I、 禁 から、 i& の i の やうに 1 しいぎ i はれて、 鉢お を 施して 

さ せまい え > お. f . S * 

くれ if 西 行が 施米 を 得ながら S はす 

かみ ほち ,ぶ > 

さても 髮 よき 鉢の * かな 

く ちづ さ - , » ) ^9 

と、 詠 みかけた。 すると、 その 女 

田 * の SI (長 野縣) 信 濃の e 



7 

1 

3 



海 翳 四 郞行弘 . 八 B 堂 |( 長 野膦) 信 濃の 卷 

かみ ほとけ す ねき 

髮 よくば 佛を 捨て て禰宜 になれ 

た なか こめ かみ 

S 中の 米の 髮 (祌) にめ ぐめば。 

そくざ こた さすが さい J-fril いか *»な ? c 、rfi^.l ィ 

と卽 座に 答へ たので、 流石の 西 行 も、 如何なる 女ぞ と、 驚いた とい ふこと である。 (一^ f」) 

うん の らう §3 ひろ 

野四郞 行弘 (小 縣郡縣 村 本 海 野) 

^ ^ ^ /古 , 戰、 な マの 驟付 ギ每 ン f とし きそ 一、 わむ じ やよ しな か ひ ぞゥ たらう せ 

海 野 平 (£^もハ^んの|】1:|ュ は、 齊 永の 年に、 木 曾 冠者 義 仲に 從っ て、 城 太郞を 攻め、 

ほくりく だう しょしょ へいけ た>>; 90 らう ゅキ- ひろ: * つ ち 

それより 北^ m の 所所に て、 平家と 戦った、 海 野四郞 行 弘 出生の 地で あると いふ ことで あ 

る。 (匿? 土) 

If, みほ ほ お-巧め い 1 > 、を, 力 ^ x、a ぷ.^ き, ふき k よよ うんの し きょ しなの ふどき み 

「和名 抄」 殆名^ 女 (乎 無奈 y 『延喜 式より、 代々 海 野 氏 居』 と、 「信 濃 a 土 記」 に 見える。 

八日 堂 (小 縣郡祌 川 村 大字 國分) 

^おは. p らせ ざに くぶ きんく わ- セ JJ>S し こくぶ. じ まいとし. つ か A さいし- *T*!t てん 

刺 川 村字國 分の 金 光明寺 は、 昔の 國分 寺で、 毎年 正月 八日から、 十四日まで、 最勝經 を I 

^u- I o い.. ま ► ^§ か しょ にん . まう そ みん しぎ らい か か だう 

讀す roc 今 も、 正月 八日に は、 諸人が、 詣 でて、 蘇 民 將來の 守 を 買 ふ。 これ を、 八日 堂と い 



民 

仰 



J5 ねもう ほんだ う ^し 、 、ゆ へ、 お 一七 靈^ 一 蘇】 並寫 一一 金 光ン! A 5 

つ て、 就からの 遨齔 であると いふ。 本堂の 東に 三 ffi の 塔 (S- 一部, 安一 云々。 ) 力ま 

.5 ヒ SSNiLl てつく;! 9 はしらち ちう fev 

り、 きがある。 S は、 ts! のあった t たとい ふこと で、, f 造の 柱 地 £ハ尺の 

i こ、 1 がん づっ、 ^け雞 つて ゐ たとい ふ- お^ 十^の^、 ^^これ を 見つけて、 穿 出して 見 

たと ころ、 f かり、 ぎ、 i! く 靄が あり、 ?、 t に r 丸みが 

\ ^ はくしょく f ごと * に め , ^¥ 

ついて、 ^ちた 魔 も, ない。 ^を 船に いてお たと ころ、 白色で、 桐の 如く、 木 现は檢 のこと 

一 ^ y: , はこ つく ぁレぐ -*<f 

く、 f まご とくで、 雜議 ずの ま、 ^ひ I て i とし、 ぎ f 作つ て 愛玩した。 

、上 E 向 源 寺に 餌が あ IHms 抦 寄 ー货を 書きつ けて j め^。 ,ま ) 

ビ お^り るう もれ 木に m を ふる 寺の なごり をぞ 見る』 (黃 中) 、 

「し ii& き」 に、 『天平 九 年 詔 nIK 下諸國 T 圃別 令, 造 n 金 光明寺 T 同 十 一 年、 令い 造- 一 法? -1 

一、 P ゃジ リご てち まつけ じ こく 丄 に ひレ 

1K々。』 と^える。 M 漑喊 おす は、 斷が I 寸 であって、 區^ 鎭 護の 寺、 寸は、 國分 尼寺と 

て、 の^であった。 I 久五 年、 修&破 壞?』 の^、 r 柬鑑」 に^えて ゐる。 「將 n 

, mgn) の 『承 平 A 年 追 n 貞盛 一 艇に は、 『2K 百 餘騎之 兵 T 火急 追征、 以ー 一月 廿丸日 

追 着, 於 n 信 濃 國少縣 郡 國分寺 之邊ー 便 f 十 阿川 一 彼此 合 戰間無 有 勝負 厥內 彼方 上 兵、 他 

HK; 樹、 中, 矢而 死、 此方 上 兵、 文窒好 立、 中 レ矢生 也、 贞盛宰 有 - 天命 T 免-一呂 布 之鎬】 i 

八 B ifr (長 野驟) 信 浪の卷 



is 



脚杖靈 • 石神 



SS . ^野の 籙 |( 長 野臟〕 信 a の卷 

鼹 11 山中 I 云 々o』 とい ふ 記事が 見えて ゐ る。 

す も げん ふ どう 

ズ 現 不動 (小職 郡 殿绒村 大字 赤 坂) 

羅鍵? isii の繁 は、 f すの 霸で、 min 

うだが、 養 一 つの ,あって、 その f 石 はに、 ft S の 湯が ありあり とずら はれ 

ると いふ ことで ある。 霸 S) のま: 鹿の 掀に、 i れて、 船 あらた かな in ち 

てし まった。 ところが、 殿 ぼけた i に、 やつば り、 露の | 奪 $ $ Sam 

然として 現 はれる。 それから 後、 S 瞬け^ ちても、 酽け | ちても、 その^から 鱖 はれ^る 

とい ふこと である。 (「千 曲の 眞 砂」) 

『^りたる ものに も、 書きた る やうに なくして、 坑 のきめ な,.。』 と、 そ & 舻隊ミ 

& だん せつめ * .If Efl 

奇談」 は說 明して ゐる。 

か のう ふで 

狩 野の 筆、 (小 縣郡殿 城 村 大字 赤 坂) 



o 

一 



說傳 魚目片 



りラ す. じ ふ どうい +1 そ は べつ かのう ふで よ うまかたい は みづか 5 

瀧 水 寺の 不動 5 石の 傍に は、 ^ に" 狩 野の 锒と 呼ばれる 馬 形 岩が あって、 水 を 掛ければ、 ,ih 

うま 4 は おあて あら で し み のうは ふげん このい は ふで な 

ける が やうの 馬が 岩の 面に 現 はれ 出る。 (「千 曲の 眞 砂」) 昔、 ^野 法服が、 此 岩に ^を 投げつ 

その ふで おの ブか うま ^たお あ ふ k 、 , * - レは. • 31.1 

けたと ころが、 其 筆が、 自ら 馬の 形 を 現 はした もの だとい ふこと (口"」 で、 この 岩 も i! け 

お かお また そのい は した うま もち みづ -ク , ぁ ふ で 

落ちても、 闞け 落ちても、 叉、 其 岩の 下から 馬の 形が、 水 さへ 掛ければ 現 はれ 出る とい ふこ 

とで あ 暴。 

i のきん ばう また £ うは ふ なげ ふで むむ こうぼ ふだい し いは ユー な . ) , 

此近 傍に は、 又、 弘法の 投条 といって、 昔、 弘法 大師が、 岩に «を 投げつ けられた と 

その ふで 5? のブか なむあみだぶつ もじ-あ ふ っ^, > > 、い > ま、 

ころ、 其 筆が、 自ら、 南無 阿 彌陀佛 の 文字 を 現 はした と 俘 へらる,^ ものが あって, 今で 

も じ • あと み 

も、 その 文字 跡が 見られる とい ふこと である 



みや かた め う を 



瀧の 宫の片 s: 魚 〔slgi」 (小 縣郡殿 

りうす ねじ やまつ 4- た. せ I みぞつ じん やしろ けいだい は たき お ぜっけい いけ/. P.T や., ぶ: 1J ノ す. 

瀧 水 寺の 山續 き、 髓の明 神の 社の 境內、 岩より 瀧の 落ち か、 る絕景 の 池 (か;^。 j に 住む 

S かなめち ひ めかお め 、 3/r き n 農乂士 *ン 

魚 は、 いづれ も、 片目 小さく すが 目で あるが、 片目つ ぶれて ゐる とい ふこと である パ& llx^ 

たき みや み; 5 じん さま いけ まな め かおめ き ぐち ひと ぐれ 5- げ ふ > i 

瀧の 宮の 明神樣 は、 かう して、 池の 魚の目 を 片目に して、 祈願の 人々 に靈 a するとい ふ 

翳の fac 目 魚— CS 野縣) 信 濃の 卷 



え 

3 



^i.iolls 0^ 信 濃の 卷 

xa やま じゅう 

米 山城 (小 縣郡神 科 村 大字 上野) 

うへ だまち My とうほく かみし なむら あざう への ち i のち はう ひと <\ じ? ちゃ ま よ fa- ま 

上田 町から 一里ば かり 束 北、 ^利 利 字 上野の 地に、 此 地方の 人々 の、 a 山と 呼ぶ 山が あ 

る o 

てんもん ねんち う ► たけ だしん げん ぐ,;? せい よねお まじ? ち せ, す- C ろ な むら かみ^い のみ みづ 于 つぎ ふ お," 

天文 年中、 武 m 信 玄の^ 勢が 泶 山城 を 攻めて 水路 を! i ち、 村 上 勢に 飮^ 水の^^ を!: じさ 

ノ、 るし はた かな, むら かみ ぜぃ おはい キ. う い きそ V. う も お 5 しゥし 3 ち むら 

せて 苦め やうと した。 s 本せ る 哉、 村 上 勢 は 大に窮 して、 意 氣沮 喪す る 者が 多かった。 0H 

かみ tt しきょ これ うれ 、 に マ. ごと あん "つ、 -「1S い うま 八,. - ち か とほく み みづ 

レ. 1© 淸は之 を ® へて ;£計 を^ じ、 ぉ亲を 揭の& :: から 浴びせ 掛けて、 遠方から 見る と 水を^ 

う *- あら み たけ だ ぜぃ このは かり ごと あどむ ゆ だん むら かみ ど パ f て っ4;き じ.§ 

ひて 馬 を 洗 ふやう に 見せた。 武 m 勢 は 此露剗 に 欺かれて^ 斷 したので、 村 上; i は:: &i に乘じ 

このし ^ す > S ご, I う 〈すぎけ 丄ん ん もと のが つた ゐ こんにち この しろあと ミ 

て、 此域を 捨て、 M 後の 上 杉 靜 信の 許へ 逃れた と^ へられて 居る。 今日で も 此城趾 を ® ると 

や, ^ 。- ぶ.. まい お ほで じじつ /,に nrl.^J:.-' ク?. ^-o\ 

嬈 けて 爆れ た 粗 衆が 多く 出る の は S まで ある。 (「^^お-,^ ) 

ち しほ っク じ 

血潮の 蹲躅 (小 縣郡神 科 村 大字 山 口) 

ぷレ * まぐち めら /な r- の、 う rv おとせ まっしろ わかもの さう し な. & 

昔 山口^ (が 字 山 や) に 美しい 乙女が あった。 松 代の ある 若者と ffis の 情交と なって 



說傳然 天 准 



f rH^ ず" i il 峰 基 山 妻女 山 等の 險 しい 山々 が 連った あい の * 餘 

から 峰 を 越えて、 & 代なる!^ の^へ^った。 そして いつでも、 ^^は、 お 慰に、 f 

あち も > こ』 ,u / / ^Jf 

餅 臭って 行った。 雷醉 ふたぎ ぎ も、 ,霸 を、 li かい i とい ふ E きこ、 ^ 

時. となく 謹が 起り そめた。 if いぎき で、 g しいお を f て? てぎ のさへ, ば 

不思議で あるのに、 これ はまた、 纏 1 へて まだ i もない やうな、 i かい g を、 £ か, 

めて 奢る の だら うと、 摄は、 f , ^にそ^ 総 を § ねた。 すると、 i は t し ザに、 S 

郞に會 ひたいと f .5 に は、 f しいと i ふ もの もありません。 ,磯が、 i, g 酽に 

差 上げる 餅 は、 決して! 5 & のきいて 1 へた t はありません よ。 II しが ぎ阳 る まに、 1 

こ タ つ, A いつ レ 3.5 ナ し-つ ュ 二 や- i„ » 

に 白 f 摘んだ の を、 .ー 11 にきって ぎす と、 g つ てまる i に、 ともなく I になつ 

て 居る のです。』 と 云って i いた けれと 气 ,纏ぎ & けなかった。 それば かりで はない、 

それからと いふ もの 却って 鍾 となく Ife! くな つてき たので、 いつあきれ, &が& して 

あるよ f, さ t お- -、ク , Z , 

しま はう と、 囊、 男 は、 が I! つて 来る のに は、 ぎらねば ならない 鸡那 と!, ばれ 

ゐ ほ しょ た b うわ.. 一、 3 I ^3 

て 居 る 掘 所、 それ は、 t かから?^ へ? のに Ife! ら なければ ならぬ 観 船で、 N 

^謂の 驄 iF, (長 0^ 信 澄の 卷 



ぎ 信 濃の 卷, i 

はれ r たぎ を i さう と、 藝£ を i るの を l つて ゐた。 び女は それと はずす、 J I 

t^/r 72 - ミ / つぼん t ま で だんぶ いせつ.:;^ 8 

f にこの 纏と 1 へられる if f ん とした- そ&、 ?&に 現れ 出て、 I 靈 

の^ら、 禁を is かに ff たので、 f . 凝と i くば かりで、 深さ も わから 

ぬ 翳へ i り、 き fifi げて しまった。 i, ^^から、 W つた 1 きが、 晚素 

こ、 ft ^ま 飛の^^ fell に鉞 どる K ,となって 申き^ でる の だとい はれて ゐる。 



へ 上田 地方の 口碑 

U. 宫川 



川 氏 ii」 



の T つ t sis (小 鐘 紳科村 大字 山 口) 

_ メ jo ま うへ だ 

まき I 十き i に、 $ (K 、口 IS 咐大) の蔡に 9 てずれる 一 つの 火の玉で、 上田で 

は、 おの 1 つ f 観へ て、 うき^ 七 の 一 つに 1 へて ゐ るが、 この 火の 

鼓が i はれる やうに なった の は、 1 いき I で おめて、 |霸& の ■ めの き 彩 どる 

あはれ なる き が、 まぎ 一ぎ I つ あから、 i はれる やうに なつ 

つ と 

たの だと 傅 へられて ゐる。 (口碑) 



說傳 やじん もや ぢ何 



载 1 に は、 ^の 一 つぎ、 「if II」 (13 のい ふやう に、 i きの ま 

と^って ゐる もの は 一 人 もない (「宫 川 氏 記」) とい ふこと である。 

liss 山の 無名 木 【sgg£〕 (小 縣郡鹽 尻 村 大字 上鹽 尻) 

0f0 一 き、 8^. 1 醫が ある。 1 藝 謹 出) 01 

こ、^ hii があって、 i 域 を、 弒の 隙と, つて ゐる けれども、 ^に li はなく、 たに 一 株の な 

^ i で. とき ふぢ えお 

れ 、じ、 や、 も、 ん、 じ、 やが ある。 |f の やうで も あり、 鷇の 芽の S3 る 時には、 藤の やうで も あり、 枝の 

鉞に i がが て、 i ず やうな つ を i ぶ。 慰被を ぎ も、 1 して禁 に はならない。 I: の 

おかわからない とい ふので、 なん ぢゃ もん ぢ やと】 B はれて ゐる。 (「信 濃奇滕 錄」) 

^^の 1 ま は、 騮 11 に i すると ころに ある。 て 二十 三^の^で あつたが、 甲 州 

0f. 鍵 を鼸 ひお り、 3?, を i として さし r たと ころ、 

§1 しく、 trt しかった ので、 ,は、 戯 に^てお た。 すると、 t も 者と も i 

しらす、 !r^ の IT をつ かんで、 ^擗 え やうと したので、 づ^ は 飛を拔 いて、 其 手 を 斬 す 

慮 §疆 出の 無名 本 —(長 野. 驟) 信 濃の 卷 



說傳鑌 沈 • 泉 湧 



i 湯 • f 野驟) 信 濃の 卷 

つて 落した。 すると、 其 物 は、 佝方 ともなく 行.^ 知らす におせ てし まった。 で、 殿お と 

いふの は、 ^きな 翳の 足の やうな 械 であった とい ふ! | が、 「i^!s!l」 に^えて ゐる。 i 

鹿敎湯 (小 縣郡高 梨 村) 

9-^)^u> , し"^ f い" . > げ, ゆ しか をし み-だ をん せし い 

上 の 西 IS 一九 里 山 入に ある 鹿敎湯 は、 鹿に 敎へ られて 見出された!? | 泉 だと 言 はれて ゐ 

る o 

し.' りと り さつ を まぶ か わ i t too. fess- s- ! : . f 

昔、 一人の 獵 夫が、 山滦く 分け^って、 ii を鏺 つて^い てゐ ると 、き^^ て \ゐ る^ 

で、 手 負 ひの 鹿が、 ^りに、 疵口 を 浸して ゐ るの を 見た。 お 思議に i| ひながら、 だんだん 蹈 

寄って 見る と、 それ は てゐる 温^であった。 で、 ^11^ 摩が、 きぎ | と^ば^る の は、 

— いんえん 

力う した B 綠 からで ある。 (口碑) 

須 川の 池 (小縣 郡 城下 村 大字 小牧) 

上田 町の 南 i ばか リ、 の 1* に、 どんな^ i も^いた^ のない とい ふ^^ » が あ 



る。 ^ぽニ ト赠 あまり、 池の 主 は 鏡の 化身の 龍で あると いふ ことで ある。 

^ glm に、 ぎあった s、 霸の纏 を i み 肥して、 お 1 の あたりに 

^ つ * つりがね 二 まき. 0、 ま はこ , 、- 

がかかった ms があった。 だいぶ 疲れたので、 釣鐘 を 小牧 山まで 運ぶ と、 まつ そこで 一休 

ふしぎ いま も き つりがね k ひと fi! -な, ^J. ^ --)-,: > > o 

みして ゐた。 すると、 ず 思議に も、 今 持って 來た釣 鏡が 自然に 鳴り 出した のて ある 

こくぶ - じこ ひ > * » D 

國分 寺, しゃ ぼ W ぼうん ゥ 

m 殿が、 it いてお てゐ るう ちに、 ^鱺 は、 ^ち 齦き, して、 麟ぉ に、 須 川の 池の 中に 落ち 

おんで しま ふ。 で、 に I ちぎ i3py£ くんだ、 t? くれ。』 とい ふと、 

^でも^ち おんだ^の 齦が 宇の 織 は、 きっと 纖れ 死なう として ゐる人 を 助けて くれる とい ふ 

ことで ある。 (口碑) 

S ^ の 石 あ Ksss〕 (小縣 S: 木 村 大字 沓掛) 

MMmyd, お, i のま^ 三 てた §饊 のきで、 ^^の^の あると ころ、 叉、 

お, き^ 七お &| の 一 つに^ へられて ゐる、 ^芋の 產地 である。 

S お の 石 fs 野縣) 信 S の卷 



說傳伎 舞 歌 



磨 為の^と 萬 i— (長 野! S 信 濃の 卷 

ぶ レ、 ^^^^ » このち とほ ひと り< ほ- 1 をが. H ,も ちら 

昔、 お 法大ぽ が、 此地を 通り か \ ると、 j 人の 嫗が、 小^の あたりで、 ず を 鮮 つて ゐ たの 

で、 聲を I! けて、 『おばあさん、 拙愤 はおし ばかり 艇 なの ぢ やが、 その 教 をき か愁ん ではお 一" 

さらぬ か。』 といって^ はれた ところが、 淤が || く、 I しとい ふ^を 恤ら なかつ た^は、 『おか 

ね、 これ は 堅くて、 とても 食 はれない やうな 芋 だから、 だめ だ あね。』 とか f とか, つて、 默 

f , L こうば ふだい し 、 , 

スで くれる 力った すると、 弘法 大師 は、 『さう かね、 ぢゃ、 まるで 石み たやうな ものだね。』 

と 言って、 挨拶され て 行き | きて しま はれた が、 それから、 ^が、 ^へ^って、 ^してきべ 

かた C 

やうと すると、 とても、 堅くて、 どれ もこれ も 食べられ さう にもなかった。 

それからと いふ もの、 嫗の畑 は 勿論、 此 地^に は、 おくき ベら れる やうな |S の^は^ | す 

で *w やつでき やつ „ し お 

出來る 奴、 出來る 奴の どれ もこれ もが、 みんな 石の やうに 堅くな つてし まふので、 お iQ^- 

@ いもつ く 

は もう :S に 芋 を 作る こと をし なくなった。 (口碑) 

から いと まへ まん じゅ ひめ 

唐絲の 〗g と 萬 it 姬 (小 縣郡西 鹽田村 手^) 

^?、 ^^^^0^ ^ ) J 、今 の 小 K 郡 }?r ノ f い そ^ レ 5 てまた a S むら ひ 

昔 き 請 is 手ぎ Q 里 (I き に 木 曾 S!Q 將手 塚太郞 光盛と い ふ^^ が あ ク 



た。 鎩羅 翁の i に、 ^の 靈靈 i をが ちぎて、 殿ぎ ぁ&, i に きられた。 § 

: 5 C う. A *s i *1 と t さい とき よ 9 と- -9、 

の |き と, ふ^は、 ^ぉ敏 が I で、 琵琶と 琴 を 能くした とい ふこと である。 十八 歳の ゆ、 賴朝 

• , > i - b * レ ゆえ ハ ねん あき ょリ とも き そよ しな かつ う くねん 

の | 船に されて、 鶸戧に & たが、 壽永ニ ぜ の 秋であった、 賴 朝が、 木 會義仲 追討 を、 關八 

, i ' J t» き つ. m い- 5~ しゅよ しな か おや し? つらい うれ $ k ぷみ ザ にん 

^のお^ § に^^し たと W き 化へ て、 痛く 主義 仲 や 親の 將來を S ひ、 密かに 文 を 下人の 男に. 

I: たせて、 ま】 なる 親 « の^に おせて ず^ を^^ち した。 i 我 1 が 其 文 を 開いて 見る と 、『ぎ 倉に 

t , ? > If ひ? て .5. あう しう くねんとう ぐんぜい とも ぐ わつ ころ じせ r せ ザ n よし 

て は、 おお 驟 を 1^ せ ん と の 評定に て、 奥州と S 東との 軍勢 は 共に 十月 頃 上京す る 由に て 

*らぐ 一 , > よ》 ともこう お 5 のお S な ま 5« / » ^ ^ ^ ► ^- I 

條、 さ^ H、 ^^は 妙き やうに もして 賴朝 公の 御 命 を 失ひ參 らせん 木曾^の 御 重代の 御 脇 

f 靈に腊 はり f 。 ^ Si の 蒙に、 ぎ £ に ま、 灘を ずれよ。』 とい ふ菌 

であった。 Is は i かに 戲ぎ扉 を 1 び、 ? if I め、 の IPI 

^ へて ずれた。 それ を I: つて S はきび 霞き? た。 艇 i のお をぎ 大 I び、 

r s/ r ノ , とき よ W ども み だいき ろ ご u¥ 

伎 ili を爬 Ife さす I: つて、 簡 観の 職る^ に^って ゐ たが、 ある 時、 賴 朝と 御 w 所と に 御 相 

傳 ,して、 にがって ゐる i に、 KI の I 雲ぎ 111 に i?i ぎら れ、 懸の齜 T 

說 i ははし なくき f たので、 繫は、 1 ケ 鼸にき けの f なった。 まケ ii は、 難の ^ 

i の 前と 蒿議餵 — (長 野驟) 信 濃の 卷 



說傳伎 舞 歌 



磨焱の 前と 萬! i®l ハ長 野驟) 信 濃の 卷 

からいと いた » かぶく. & お わる とも そ しの しな の げ かう- 

心の 唐 絲を勞 はり ^倉に 置いて は憨 からう と、 供 を 添へ て密び やかに 信 濃に 下向 させた が 

そのと ちう かぢ はら かげと き めしと よりと も ごしょ つ もど ^うもん のち ご しょ うし _c いし 

其 途中で、 梶原景 時に 召 捕られて、 賴 朝の 御所に 伴れ 反され、 拷^され た 後、 御所の 後の 石 

らう お こ 

牢へ 押し込められた。 . 

からいと こ *GA> しなの CVii てづか さと その じ ぶん さい ^ らう ぽ さい まん じゅひ: Q 

唐絲 の故鄕 である 信 濃 國手鎵 の 里に は、 其 時分 六十 &に餘 る 老母と、 十二 歳になる 萬 寄^ 

• い この こと つた き ひ じ 8.5 なげ かなし かう しん あつ まんじ ゆ めのと さらしな とも 

と 云 ふが あって、 此事を 傅へ 間いて 非常に 歎き 悲ん だ。 孝心^き 萬壽 は、 乳母の 更科 と共に 

a*- ふるさと お 2. な たび ぢ なやお ほ 8.- つ かま くら つ な 

密かに 古鄕を 立ち 出で たが, 馴れぬ 旅路の 悩み 多く、 それでも 漸く 鎌 倉へ 着いた ので、 名 を 

50« じ § 1 もと ほう *;ぅ まめ 1 おんつ ゆ 2 かたぐ な % つか 

僞 つて 侍 從の 局の 許に 奉公し, 忠 やかに 働いた ので、 御 局の 方々 も 情 を かけて 使って ゐる。 

まんじ ゆ つゆ S き か かん ひと もの ごと は 1 からいと な い き き 

壽は 局に 來 てから 二十日 間 も、 人の 物い ふ^に、 母の 廢絲の 名 を や 云 ふかと、 M けど も g 

ひとこと い もの ひつ は- う しつ はう め© 

けど も 一 言 も 云 ふ 者がない ので、 必定、 母の 失せた るた めで は あるまい かと 失望した が、 ^ 

と さらしな い W し はげ こ 44 とりな ほ ほうこう ゐ、 ひ こと 

母の 更 科に 戒められ、 勵 まされて、 心 を 取. K して 奉公して 居る と ある 日, ふとした 事から 

s i みづ し をん な からいと ご しょ うら いしらう おし i -ゐ つ.^ , » まん 

厨に 働く 水 仕の 婢が、 S 絲の 御所の ® なる 石の 牢に 押込められて 居る こと を傳 へたので, 禹 

じゅ i ょ>2 さらしな とも ひと & しの いし らう い からいと あ からいと 

壽は、 限りなく 直: び、 S 科と 共に、 人目 を 忍んで は 石の 牢に 行って 唐 絲に逢 ふた。 衝絲 は、 

まんじ ゆ かう しん さらしな ちう な- よ! 2 さらしな しの く 

莴壽の 孝心と、 更 科の忠 碗と をいた く悦 んでゐ た。 かう して、 更 科の 忍んで 來る こと も あり 



330 



說傳伎 舞 歌 



まん ユゅ レの げっ. ど ナ そのと し f:l& く 

萬壽の 忍ぶ こと もあって、 こ i に 九 ヶ月の 程 も 過ぎる と、 其 年 は 故な く 暮れて しまった。 

あ しぞ さわ^ か よりと もこう つねき ねん しし ま た、. A 7 ぼん こまつ は い 

明ければ 正月の 二日、 賴朝 公の 常に 祈念す る 獅子の 間の 疊の綠 に、 六, 本の 小 松が 生え 出で 

よりと もこう い お くさき つち ね た.^ 7 ね』 お, いで 

たので、 賴朝公 は、 大に 驚き、 『草木 は 土に こそ 根ざせ、 疊の緣 に 根ざして 生 ひ 出た る ことこ 

ふ し ぎ な-」 ごと しるし あ ぺ なにがし よ いうめ 3. おん や. うは かせ め - 1 

そ 不思議 なれ、 こ は 何事の 兆候 か。』 といって、 阿 都の 茶 と 呼ぶ^ 名な 陰陽 博士 を 召して 占 

お^ゃう し こまつ ぼんお いで ざ 一 みよ さか しるし > *i つ . , > ^ - 

はせ ると、 陰陽師 は 『小 松の 六本 生 ひ 出し は、 君が代の 榮 ゆる 兆に て 松 は 一千 年の 擬 あれ 

ぎみ よ 2 ん こまつ さい さか おは この こまつ つる を か まん たまが せ S うつ f 

ば 君が代 は 六本の 小 松に て 六 千歳に 榮ぇ 坐さん、 此小松 をば 鶴 ヶ岡 八幡の 玉 想の 內に 移し 植 

たま また まひ ひめ にんめ 一 も ぜん 少ま, け う^ % ^ . * 、 ^u^i^r , 

ゑ 給へ、 又、 舞婭を 十二 人 召されて、 S 前に 今 樣を唄 はしめ 給へ さらば, 釗德 益々 篤く し 

きみ さ か ごん じせつ よ 》- ともこう ぼん こ ぷ つ * つ ほ を か 』まん > 

て 君 はいよ いよ 榮ぇ まさん。』 と 言上した。 そこで、 賴朝公 は、 六本の 小 松 を 餒 ヶ岡 八幡の 

t¥ うち うつ う にん まひ ひめ あつ にん *V ろ > Z き - - ^ V. 

玉垣の 內に 移し 植ゑ、 十二 人の 舞姬を 集めた 十一 人まで は 揃った けれども さし もに 廣ぃ 

かまく らちう ひと リ まひ ひめ みあた ) ) このと き まん^ ゆ め^と I • - ) 

鎌 倉 中に、 もう 一 人の ふさ はしい 舞姫が a 當ら なかった。 此時、 莴每は 乳母の 更 科に 蘅め 

, まひ ひめ うち く は まんじ ゆ み, め > >W な い, ま カ^>.レ や? ゆ 、 > - -o 

られ て、 舞姫の 中に 加 はった。 萬篛は 見目よ く 幼き より 今樣の 上手であった 

ぐ わつ にち つる を か ん しんぜん まひ ひめた ち まひ ) はんた^ん ちまぶ や、 ひぶち^^ > 

正月 十五 日、 鶴 ヶ岡 八幡の; S 前で、 舞姫 達の 舞が あった。 一番に 手 越の 長者の 娘 千年の 前 r 

ぼん きせ づ かめうる ばんめ いけ づき しゅく ゆ や む ぶゆ^' ほん い J まが は > 1- お, ん > まみ, k ) • . 13 

二番に 木灝 津の龜 鶴、 三番 目に 池 月の 宿の 熊 野の 娘 侍從、 四番 に入閒 川の 牡丹の 舞が あって 

磨 糸の a と 萬 g^lc 長 野縣) 信 濃の 卷 



說傳伎 舞 歌 



sf の篛 A 萬 漏 g— (長 野驟) 信 濃の 卷 

ほん • まん^ >クぁ 、ま-々, ) まん 小. ゆ はリ ともこう もま し きぞく ゥ- がくや しづ.^ あ 1 . 

五番 は萬壽 ^の 舞で ある。 萬 寄 は賴朝 公から 賜 はった 裳朿を 着け、 樂屋 から 靜々 とあみ 出で 

おく じん がく つ うつ < こ ゑ 

樂 人の 樂に 伴れ、 美しい 聲で、 

かまく- & やま き み 

鎌 倉 山に 來て 見れば、 

つる を か ま を 

鷂 ヶ岡と や 申す らん、 

S う わかまつ 

君が 植ゑ たる 若松に、 

鷂 こそ 巢 をば 作る なれ。 

と 松 ケ枝を かざして、 押し返し 押し返し、 三度 舞って 御亂を 返いた。 議 I は隨 より 

ひ 5 . : ン、 ほ、 ほや * めお. > , ゐ なら だい^ 3 せう みや つたち K つた か。 よ y 

人に すぐれ、 唄 も、 舞 も 一 き は 目立って すぐれたので、 居並ぶ 大各、 小名 達 も 全く II じ、 賴 

う 巧 か.^ な, い まんじ ゆ よ つかま お こと ^ 

朝 公 も御慼 斜めなら す、 『萬簿 は 好く も 仕つ つたり。』 との 御言 葉まで^ つた。 

じ つ . • : > . 9 ^^Hi5 まん 小# め 0^ いまやう じ f チ さく じ つ めでた うた 

其 翌日に なって、 賴朝公 は、 萬 寄 を 召し、 『さても 汝は 今樣の 上手 かな、 昨日 は^出 度き 歌 

を 唄 ひたれ、 國は 何處の ものなる ぞ、 親の 名 は 何と 申す か、 具に やげ よ、 褒!^ 取らせん。』 と 

^ • メ まんじ-ゆ な の . おも いま. の し おも つ らま 

仰せられた。 萬 寄 は名乘 るまい と は 思った が、 今 名乗らなければ 仕が がない と 思って、 『私 

は!! なる あにて、 I: 船の WQf に かれられ し靈 の 1 にて^、^ fi、 m 



說傳伎 舞 敬 



f i に SV 篛き f ふ ざり s、 ^は": r はる rr れ%. 

ぎい | に s らんと f 、 ii, 0^i^ijfj 

へ。』 と i ながら & しぎた。 I 謹 は i かれ、 f くま を も? なかった が、 稍 あゆつ るて、 『唐 

ま はぬ の f りし か。 鹪 の纖は f なり、 騒に ぎ は 生 ゆる こと ありと も、 i をば 許す ま" 

と i ひしが、 ^の 1|びにきを ば f べし。』 との 稱 f 、 お f やに ら、『 急^ H 

し i し、 議に f せよ。』 と i せられた。 0,me&J^n^J 

g のず f i らせ、 二 fl り f にず た 1 を f f 、 I 所の f la に 下 f た。 萬 

f きさに, へがた く、 f f i き r、 m もろ i& しほに U て ,云ふ で. 

一一 一 1 . t> ..;.| きゥ きちお ち I ひと :: に - k^p く % 



き 

し、 さて 



かも ま I。 謹お、 ml iiui に, 

も議は 十一 一一 二のお I にて ありず、 i0iJWJM^ 

ん だとい ふ i で I。 その i 、『謹に psi ん。』 と、』 朝/ム から 信 St 嫁の S 

一 a あ、 s!f から は £ 一千 舗、 0f^fa 

f は iMifr き I くぞ ども、 i ろしき ぎ f れば、 ず f を 引き連れて 信 濃へ 

ほ vlil 霞 Is 88) 信 濃の- 



3 



弘き 師し 了 え 

m が 



^ ¥ls 縣) き, 1 > _ 

交 , ^ 5 £ 信 饞の卷 

れ。』 とて、 き|| を 1! はった。 St はいたく おんで、 li tlt^^t. Is < に 

^ 、 てな さと ま つ "ン ザスて 早^ 志魟と 更^と を 連れて 信 濃の 國へ 

ず ミ|の に 1 ば、 S の f 霞の f なる 鍾は、 10I&L 

T てゐた f あつたが、 漏と き i と は、 『いかに if ん、 i 

■4 き I ば、 羅雾 I きに r 一 m 

ぽ』 Him : 攀 gf III 

丽 S 字 手き は、 io&iria 

疆の舉 漏 ii、 i の舉 i とはい へ、 千 I ふべき もので あら ふ。 

こラ ぽふ r U 

I 法 r (小 ® 郡 g! 鹽 ffl 村大 * 前 s:) 

弘法 石と 言つ て、 上, 地^ 七^ 4 謝の 一 に^ へられて ゐるも は、 I^i^s 

、上 の南ン S はら みいだ いし ぶ あ , ぐ4 マ チミもに は a^ft お 大字 前山 

卜? 塔^ 1 出される 石で、 ぎに は、 鍵で、 S がか かれて ある。 I、 1 

^土地に 滯 在して ゐた 折、 S 字 をした もの だと:!: はれて ゐる。 

っ此 地に I 被した St さ^ 二 避 Mi^HlKr^^^^ i れ I 

弓 きム はと^ はれる^ 山の ^« を!^ M して、 靈 揚を戰 



湧 

簿 



i ふ そぐ /「, ハ -.、 I , f _ f マ, (カリ つ ,* 

かう とされる にあった が、 少しば かり 不足のと ころがあった ので 13、 ヌに. ! 入 V 、おえ 

るむ 算 であった さう だが、 此 山に は、 九十 九谿 しかなかった。 一 つの IS のこと; 情し 一い こと, に 思) ^ヒみ 

は 4 おけれ ども、 最初からの 心願であった ので、 弘法 は、 此出を 去られた と い i ことで ある / 

に、 ^?の 竭に黻 ^を i め、 鹧 しげに して おられて^ つた。 批 山に El^ 山の s 名が あるの 

,i ^oto こうば ふ たんけん 1 いま まへ やま » せう だ^ 

は、 ^ち、 かう した^^から である。 弘 I は、 そうした 探險の 間、 今の 前山の 地に、 小 堂 を 

-M > 5 とォ ぉゥ * i のらな リ ち けい き は ある いま こうば ふ かい キン X. ぜん 

蜜て て、 W に 1: 仕へ しながら、 此邊の 地形 を 研め て 歩かれた。 今、 弘法の 5 一と 呼 はれる 前 

P リ *\. ,、レ >-5£.? X ihA だク ベつ こうば ふて う _«? かう やまき . , I 

^^は、 戬 の^: k 維った もので、 境 ぼに は、 別に、 弘法 手梳の 高野模 とい ふ ものが ある。 

(5) 

七久 里の 湯 ー 別 所溫泉 (小 縣郡别 所 村) 

さう し ゆ *H く 9 ft ゆうん ぬん _ み, . , ^、く., /「ベ。 二、 #」 ^ )^^,c» 

「枕 草紙」 に、 『湯 は七久 里、 有 馬の 湯 云々。』 と 見えて 七 久^ (『信 g き ム』) の ff^ に 古 ^ 

i うめい をん せん I 

有名な 温泉で ある。 

つき もせす 戀に涕 を わかす かなこ やなな くりの い で ゆなる らん。 (「後 抬遗」 —お 模) 

S かなれば ぜ 久^の 湯の わくが ごと いづる 泉の すすし かるらん。 (「堀川 百 首」— 薦原 某佼) 

セ久 里の 湯! (長 野縣) 信 濃の 卷 



3 



說傳泉 湧 



セ久 還の 湯 |( 長 野^」 ^ ^ 

» お ほ うた? <く<? のこ あ ひそめが は X Z ? /し ら ゝ.. ,1 1> r / 

など、 多くの 歌枕 をも殘 して ゐる。 逢初 川と、 名 もな つかしい 小 M に、 村 (W1 齡約 1f~) 

まんなか つらぬ よくし や nv でつ がん た をん ぜん ぶ らく わ. A 

の 眞中を K かして、 浴舍 は、 その 雨 岸に 立って をる が、 温泉 は 二部 落に 分れ、 その 一 っをガ 

,遍 まぶ。 ある) ぃュ、 、 ^ ふせ、 往古、 長 祭、 安樂、 常 祭の 三 寺で あつたの を 

^"址 をい ュノ 、といし 化 を あ p I 後 、天 變に燒 失して、 名のみ を傳 へたので あると いふ。 今、 

觀音 堂の ノ い,^. 3 ゆ ざお W ゆ 力ん ない さ If なみす うち f ゆ こ Z おまゆ チ ん さいゆ 

V) と 言って ゐる。 字 大揚 は、 院內を 去る 南數 町の 潙 にあって、 此處 に、 ガ きと ^Itl 

I ゆ ざ. p;^ ない ぎ A の ゆ いしの ゆ たいしゅ くが の ゆ さん わう ゆ せん レっ A わう 4- し 

とが ある Q 字 院內に は、 雉子 湯、 石 湯、 大師 湯、 久我 湯、 山 王 揚が あり、 泉 質 は、 硫黃 M と 

s,^^ ) - ) • - ^ , . / % しょさ- n かう けん とち かう さう く 5 きせ ハ る 3 

眾^ 泉の 二種あって、 一 様で はない けれども、 諸^に 効驗が ある。 土地 は 一:i で、 ^ilkkl 

> ち. > にし め がみ を がみ さう ほう お と 5 はう しほ だ § たん X とほ ひら うへ 4.J £5 へき さう 

に、 地の 西に は 女神 • 男 神の 双 峯を員 ひ、 東ガに は、 g 酐平 の^ く覼 けて、 お^ In, 

-^. 、 & * .ぷゃ,-^ おは - とじんし ひしょ に ふよ/ i ち つ V! てき い 

眸に 入り、 加 ふるに 逢初 川の 流る X あって、 都 人士が 避暑の 入浴 地に、 最も 適する とか はれ 

てゐ る。 

> » ゆん ない ' ち』 い?, うら がう い v わ.; 5 のん どう あ S & ん な- 1 やく 

この 大湯 • 院內の 地 は, もと、 出 沛の鄕 と 言って、 觀音 堂の 有る 地 を院內 (温泉の 所) 藥 

L どう ち お ほ ゆ い のち し 5* だ しゃ 3 ちく < っノょ 

飾 堂の ある 地 を大湯 ca 泉 三 個) と 言って ゐ たが、 後、 鹽田 庄に屬 して ゐた。 別 所の 名の ある 

► ,•、 ゆん. ^ねんかん ひ, らの もち しな 0- しゅご *JC ち ぺっ さう 5\J* と i ^ 

の は、 安和 年間、 平 維茂が、 信 濃の 守護と あ hN、 此 地に 別莊を 營ん でから 稱 へらる 乂に 致つ 

! > • 、、い/ * 、 、& 9 ベ.^ 7! よ な I を」 せ^ べっしよ をん せん そう >5 よ- 

たもので 今では、 廣く、 この 別 所の 名で、 a 泉 を も、 刖所温 泉と 總稱 して 呼んで ゐる。 



說傳祭 湧 



rl とれ もち はお このち, .S りく iO S く レ 1? ぐん づか よ j §0 せきた ふ 

その 維茂の ©1 は、 此 地の 入口に あって、 俗に 將軍 塚と 呼ばれて ゐる 九重の 石塔が それ だ 

とい ふこと である けれども、 眞 の^は 越後 cssn¥、%」ss) にある のが それで、 こ X 

$ おそ その かしん fe U の^^ そば その かしん こんが もとし つな ^ か 

の 塔 は、 恐らく 其 家臣の 建てた る もので X も あらう。 此 塔の 傍に、 其 家臣 金剛 兵衞利 綱の^ 

も ある。 

もん せん し , とと じつ ふる お ほ ゆ ► J ^し * おひら のとれ もち とがくし やま きぢ よもみ 3 

その si 泉と して 知られた 事 も實に 古く、 大湯は 昔 平 維茂が、 戶隱 山で、 鬼女 紅葉 を 討 

と 4o 5 d いおで .S や ゆ f • » た テ しゅ f p かくた. i し /J_Hf^.;^fe>£lHJ4«111m\ に i よ y 

つた 時に 受けた 重傷 を 癒した 湯で あり、 大師 湯 は、 慈覺 大師 <5f ts^K^ 巧) がん 浴レ 

fi ゥぉ ら^ぶ も き じの ゆ せつ じん 乙ラ か. S しゃ 

た 湯で あると 像 へられて ゐる。 濫觴と して は、 雉子 湯の 傳說 が、 人口に 膾 炎して ゐる。 

VS レ B ちか %0 い たで お" , はま • じ ute^te あへ ! 

昔、 此 地の 近くの 者が、 重傷 を 負 はされ た】 羽の 雉子の、 痛痛しげ に 喘ぎながら、 と ある 

^ わ. 1 から ,と" -^. み その も Q B 

湯の 湧く 所へ 辛うじて 飛んで 行った の を 見た。 どうしたの だら うと、 其 者が、 泉のと ころに 

ゆ. きじ 1 E なか レ£ら ひお やが ふた * その ぃザ条 

行く と、 雉子 は、 泉の 中へ、 暫く 軀を 浸して ゐる やうで あつたが、 纏て、 再び、 其 泉から W 

&J とき ^おで I U やうす ひとかげ み 、げんき, f はは.^ き » ^ 

て來た 時には、 重傷 も 忽ち 癒えた 樣 子で、 人影 を a ると、 元氣 さう に、 羽搏 しながら 何處 

と , 1 JJ さとびと この ゆ わ よく f 

i もな く 飛んで 行って しまった。 その後、 里人 は、 此 湯の 涌く ところへ 浴場 を 設けた が、 こ 

きじ をし よく 1 ,.*r ぶげ ゆお な * ^ネ I せに 

の 雉子に 敎 へられて 浴場 を 立てた とい ふこと から、 鹿敎 湯と 同じ やうに 誰い ふとな く 雉 

* 久 還の SST (長 野 驟〕 信 濃の 卷 



說傳泉 湧 



セ久 里の 湯— (長 野驟) ins 濃の 卷 

子 湯と 呼ばれる やうに なった ので あると いふ ことで ある。 (口碑) - 

め ら— f な * 、 き A むき やま や— * は. きこ J« おん れ si つ てん ©ぅ てう がぐ た^ 

村の 南に、 北 向山と 言って、 世に 閒 えた 観世音の 靈鍚が ある。 淳和 天皇の 朝、 慈覺大 一 

^ はう に^ - そ^ご: おひら のこれ もち , とがくし やまき ぢ よた いぢ き ケゎカ か, 2 おう 

師の 創建に かふる もので、 其 後、 平 維茂が、 戶隱山 鬼女 返 治の 祈願に、 感應 があった と 

k 、 » 5- れい. , ちく よ やくよけく W のん とな 

いふので、 その 御禮 として^ 築した もの だとい はれる。 世に、 厄除觀 音と 稱 へられて、 

じ さん ぼい しゃ お 

四時の 參 拜者絕 ゆる ことがない とい ふこと である。 

J>S し i のち ち宝 らく あんらく sif らく じへ いぞん じ だ 一 ♦/ つ l ど 

昔、 此 地に、 長樂、 、安樂、 常 樂の三 寺が 並存され てゐた 時代に は、 刖に、 i 土、 蓮華 

f さい モん ゐん I ぶっと <w ちう こ <ぃ くわ 

明昌、 西 尊の 四院 があって、 怫 都の 觀 があった もの ださう だが、 中古、 ^火に か X つて 

へ 「寺 記」 に、 天 長 四 年、 三樂寺 を再逑 し、 ^和 帝の 御宇、 四 院を造 立して、 三樂 寺の 別院と なし、 ^ 

尸 角 四重の 浮 屠 を經營 し、 又 安和の 顷、 平 惟茂 再建、 木曾義 仲の 時、 梵閣 兵火の 餘殃に 灰燼と なると 

p \ ほ と くわ ぼん その ご Si* つで うさおみ c^s さ だとき しっけ^ ころ £>. うらく じ 9 つし やせいさん 

お: 殆んど 灰 &に歸 してし まった。 其 後 北條相 模守貞 時 執權の 頃、 常 樂寺竪 者性奠 を、 

きおむ き だう ちう こう あんらくじ さい i ん せ ふこ Z ぜんし W ん さいぜ^ も,? かいそ /STTP»3ife3.H、 p> 

北 向 堂 中興と し、 安樂 寺 を 再建して、 樵 谷 禪師を 臨濟酽 門の 開祖と した。 (sf^ 樂^ 

は廢 寺。 と) ?、 ^ま、 0. 09^r. へ 八 の-古 塔であって、 境內 山林の 中 K 

なった。 、て 今 は ^,架 ^^の 二^と 「ノ 角堵, にある。 建立の 時代 は、 詳か でない が、 桷 

谷禪師 再建よ リ 以前の 物で あらう とい ンぃ 一つお r-1i— ^ 50 

ふ C 高さ 五 丈 六尺。 今 特別 保護 建築物: 一 基 を存 する のみて ある 

ぜんりんそう 9 よで^ 

「禪 林儈 侶傳」 に、 『安樂 寺 樵 谷 仙 禪師、 名 惟 仙號樵 谷、 末 k 詳, 一 何 許 人" 志 趣 超邁、 甞航- 



說傳 繊繊宗 



海 南 1 游行 n 法 於 K< 章 列 山 智和尙 T 歸 住-一信 州 安樂 寺? 爲 n 開山 第 一 祖? 云云。』 とい はれて 

ほつ かく fc ふ きお そし だう もくぶつ おいちう く だらに きか れき 

ゐる。 八 角 塔の 北に ある 祖師 堂の 木 佛の胎 中に、 八 句の 陀^尼 をし るし 『嘉暦 四 九已已 

§ にち これ をつ くる じだい ひと い, > /4^教 り^?、 

月 十二 日 造 之。』 と ある 時代の 人で あ-らうと 言 はれて ゐる。 (け^ ま | 宗 

結 緣の神 (小 縣 郡 別 所 村) 

y っレょ をん せ.: * うしろ にし そび を がみた け * め がみた け , だん ぢ よふた はし,? mo > を がみお け 

別 所 温泉の 背後、 西に 聳 ゆる 男 神 岳 女神 岳に は 男女 二 注の 利が 祀ら れてゐ る。 男 神 岳 

.!, A さな ぎの き 产 め がみた け ^さな みのき と ほつ , ,k > この > ざん i はが i , い, みづ > , お, ^ 

に は 伊 羿諾尊 女神 岳に は 伊 #册 尊が 祀ら れてゐ るが 此ニ 山から 流れ出 づる 水の 落ちみ 口 ふ 

あ ひそめが は /で, ^^MM> よ 9 せったけ しん^ » みね /お , この か は 

W を、 0^ 川馕) と 呼んで ゐる。 兩 岳の S1 は、 峯を 隔てて ゐ るので、 此 川の 

? ふる ふた はしら あは まつ し つく けちえん しん.^ な , . けちえん んん *j う 

邊に、 古くから 二 柱 を 合せ 祀 つて、 ー祠を 造り、 結 緣神祠 と 名 づけて、 結緣 の^として 倡 仰 さ 

IC 3 ろ。 へ 北 安雲 郡 會染ン 

れてゐ る グ 川の g 參 照。」 

しゃとう ぶる がぐ 

社頭に は、 古い 額が あって、 

しなの め がみ をが み め をと ^まも、 よ あ みたらし み ゆ f > 

信 濃なる 女神 男 神の 女 夫 山 百世 も 飽かぬ 御手洗の 御 湯。 

さ だ $- しんのう 5 た か., > 

とい ふ、 貞保 親王の 歌と いふ ものが 書かれて ある。 

綫緣の 神— (長 野縣) 信 濃の 卷 



仰 信 間 民 



養 IP El (長 野縣) 信 澄の 卷 

ぶ レ:、 は 、 かま X > お W , ^ しゅ 心う サぅ よみびとし 5た し. 

昔 は ぉ染パ も、 今より はすつ と 大きく、 例の r 赛 雨抄」 の讀 人知ら すの 歌、 『信 濃なる あ ひ 

そめ B の はたに こそす ぐせ 結ぶ の;^ はまし ませ』 の祌 は、 即ち 此 川の はたの ^縱 紙 霄き を In 

つた ものであると ザ はれて おる。 に |<纖^ と い ふ (城^ f) ^^^があった が、 T お 

G 還に、 if と辩に1 されて しま ひ、 ^にぎ & つた。 S に 一お の S が あつ 

:> » .^fe^ い > せいぐ わ 力 だん ぢょ しん こう 

たの を 今 美 攔桉と 言って 誓願の 男女に 信仰され てゐる 。(「信 濃奇滕 錄」) 

おは i れ たけれ ども、 i、 f i に、 越の i ひ Ssf3 といって、 議 I 二お 

あさ きんばう せう に, ら ぜんねん よめ めと いへ 5<くけ "およ we も, A » : t ,, 

の 朝、 近傍の 小兒 等、 前年 嫁 を S りし おに、 て 四 さ 三おば かりの 饊 のどに、 まも 

て^った ig ま 又た は^ f など 鰣 りきけ たる もの を^せ に鼸 り、 毅 m の II をお ける^^ g 難 

£i ^!! は、 ^更に、 嫁に 祝 镞髮を 結ばし め、 燈火點 じて、 小兒の 至る を 侍ち、 玄 に 座らして 跺ひ を 

行 はしめ る。 s ひ は、 漸く 頭上に 镱を差 上げて 今や 被せん とわる 刹^に、 ^家の I 麵 まぎ は 

める の を 例 ン:、 .fsfti k ) • や》 • あ ひそめが は みづ ぶ i そ C も AI 

とする。 1j は、 水 籠と いって、 籠に、 この 相染 川の 水 を 吹き かけし を i ら せる のが、 殿 腿で 

あつたと もき はれて ゐる。 (ぉ严艋ぉチ原) 

美欄樹 (小 縣郡別 所 村) 



說傳的 話說間 M 



擗 1 の,、 i§s のお Q^I になって ゐる T おのお きな 鬈を、 ぉ髿越 は 

き ii (きお は と r で、 鸛び のきと して 講し、 靈ぃ遯 あ、 さて は i 

みのある I の t ばる やうに、 S の 1 に、 i を i んで、 ま t び の黼ひ範& へれば、 ^ 

» ' J- f - ft » / ら0* ゾ. * *2 だ おやかぎ レ 力みき お もす 

す mi が t ばれる と, はれて、 が も 1< 紘樹の 枝に は、 數 限り も 知れない 紙片が 結んで あると 

いふ ことで ある。 

^^の |< 饊截 は、 戧、 やつば り i ビ やうな i 倾 のおに、 羝ぉ が!? i の 的と なって ゐ た結綠 

ii ぎ I 灘 (な ssf,!s:JSK:ss^ お IKfs, ふ) が、 纏の^ に、 

00^^ffff のず i つたと いふので、 議、 ぎ鸛 

、びの^ ピ、 ^緲に 雛った ものと して、 それから ^は、 批 l<K 鋤 の方リ が、 綠 si び 信仰 

Q 中心と なるやう になった ので あると いふ ことで ある。 (「信 濃奇膝 錄」) 

さい な やう もど り ばし 

西 行の 戾橋 (小 縣郡別 所 村) 

§ さい f はふし レな ■ あ」 降 : 、 ^ こ。 へ 仁 子 Et- に、 今 も、 西 行の 笠懸 松と^; 一お 

lk、 西 行 法師が、 信 濃國を 行脚して、 此 土地まで 來た V ふの が あるが、 この 松 は、 その 折、 笠 

西 行の 展 撟 |( 長 野驟) 信 濃の 卷 



逸 傳的話 說間民 



西 行の E 機— (長 野き 信 濃の 卷 

を P けて 休んだ ところ ン Z. 、い >ま > 、ゆく ズ まるせ ぼし わた とき, むぎ は:^ そば こども み 

だ^? £ 柯^; 5 る。 ) そして 今や 行 手の 丸木橋 を 渡らう とした 時、 麥 畑の 傍の 小 供 を^ 

i ん たづ こ 

かけて、 『これ は 何 だね。』 と 言って 尋ねた。 すると、 子供 は、 

, , ぶ ゆく き なつ ぐ さ 

『これ かい、 これ は、 冬莖 たちの 夏 がれ 草 だよ。』 

い > こた、 さい IWJ.-0 おも このはし わお はし JI..3.y ひ 

と 言って 答へ た。 すると、 西 行 は、 どう 思った か、 此橋を 渡らないで、 撟の袂 から、 引き 

かへ して 行って しまったと、 いひ 傅 へられて ゐる。 (「信 濃 奇胗錄 )」 

せつ さい ぎで つ こ こ まるき はし わた とま わら? がリ か、 こ ど; o あ を^ニ き 

一説に は、 西 行が、 此處の 丸木橋 を 渡らう とした 時、 蕨 狩から 歸る兒 1 に會 つた。 其 i、 

1 やれ 一. そこ わ で お ぼ さい おも 

びよ いと 洒落が, 心の底から 湧いて 出 たの を覺 えた 西 行 は、 思 はす、 

まへ たち わらび と き て や 

II これ お前 達 は、 蕨 (藁 火) を 取って 來て、 手 を 燒 かぬ がい- ^よ。』 

ぜ うだん JJ ども す 

と笑談 した。 すると, その 兒宽 が、 透かさす に、 

3 ぼう > あなた ひのきが さ かぶ さま や 

『佾 侶さん、 貴僧 こそ、 檜 笠 (火の 木 笠) を 被って、 を燒 かっしゃるな。』 

、 V ;^、 : V- * k い Sf う ^ I この さと ひと i ども この やう と.,; "ち * い 

と、 答へ たと かで、 西 行 は 驚いた。 此 里の 人 は、 子供で さへ、 此樣に 頓智が あるから、 g 

じ^ ばれ ほで S こと この むら はい こと や -5;;- き 

人に は、 ^© の 智猜が ある 事 かわからない。 此 村へ は、 這 入る 事 を 止めに しゃう と、 1; に氣 

办< まるき ぼし わお f もど 

を 代へ て 丸木橋 は 渡らないで、 そこから 後へ 戾 つたと いふ ことで ある。 



&シ f また もと リ はし な 

ぉ|| を、 g 根の S ひ! > ぶ やうに なった の は、 U からで、 それから は、 又、 戻 橋の 名 を 

^ん で、 ii の^^な ど は、 批獻 を齩ら ない^^に なって ゐる 氏 とい ふこと であ 

る o 

鴻の巢 Ki 謹 s〕 (小 縣郡柬 鹽田村 大字 下 之 S 

iol^f ^loi 鍾髌義 BJQI^^r いふきの s、 

のおに、 § の财と r 靈が ある。 證の S は、 すべて s く、 五色 itl まの 小 

K を I へ i し、? S の i 襲な く、 1は1 に i り、 轉は i& まって、 一 編 を 成して ゐる 

が、 お^ 喊 if、 lis! の ほに、 ^鎩 の^る こと 齷 はざる ぼで あると いふ。 古く、 鴻の胪 くう 

變 たと ころであった" 山な ので、 鴻の 巣の 名で 呼ばれて ゐ るの だとい ふ。 

態 やる 一 SS るギ M ふるに、 ^の であるの は、 S3, 吋の P が 1る事 で 

傳 f i の i の 勦 は、 1 く U のきの ぎな く、^ i の i のぎ は、 や, ぎ i のぎ はない と 一 ね 

説 いふ ,、艇 る! S に I えだち 地な ので、 I ち はき^ 七 £1 の 1 つに 1 へられて ゐる 。(ま) 

鴻 の 巢— (長 野驟) 信 濃の # 



說傳明 說名地 



四 阿 山 IC 長 野驟) 信 濃の 卷 

山形の よく^ 化する の は、 鉗 1 铤に、 ; |稲1 れ おつる がた めで、 きれき ち た^は、 i 

をき めんと する ばず、 髮の I は 鬻で、 ^は、 あたかもぎ やう、 f f I 

て B 色の もの は、 殿 Ife の 鉛 !:ぉ に^、 粼1粒 を |r びた もの は、 難瓛に g し、 きき 

ナ, 5 kilo - > . 

したる は 水晶に 比すべき である cr 信 濃 i 錄. o と 贄は れてゐ る。 が^ 石。 に) 

ぁプ まや や a 

四阿 山 (小縣 郡 四阿 山) 

Itt. Mki B) にあって、 ms 翳で、 i は、 

? ij ベ i み や むね あづま や な 

佝方 力ら 貝ても 屋の楝 の やう だとい ふので、 四阿と 名づ けられた ので あると いはれ て ゐる。 

I より i まで 三 褽 、 くて、 § もない。 Iwi に^! をお て \ 避の i として ゐる。 ^ 

I > は. ?3 ■ t お ほな むちの かみ リっ ざう まつ ぢ ぬし © か. * ノ >f 

夹の 岩室に は、 大已貴 神の 立像 を祀 り、 ^主^と して ゐる。 こ 人から、 K を 11© ば、 g が 

^ 、徑六 七 間 高さ ン 、 、 ^ . けん ► おか レ t かっき 

岩 产七 八尺磬 配。 ) といって 高 六 七閒、 高さ 八 尺 あまりの もの、 ぎ 色で まるで、 瞬^の やう 

いし そのき つ レ まつ 

な 石が そば だち、 其絕 斑に ニ祠 をあって ゐる。 

東 はまま^と 2 州 g、 g は isircf S で、 は、 ? Ti に、 P しが & まれて 



說傳明 說名地 



り JM ゆ, 0J ナ t*H ぶ いし さ い WJA> はふ し ろた 

^を I くもの 故、 |f ち屛風 石の 名が あるので ある。 (「信 濃奇滕 錄」) 西 行 法師の 歌が ある。 

づき し ぐれ み 力 つき L ゝ, * 、 ミ f> - 

かみな 月 時雨 はるれば あづま やの 嶺にぞ 月 はむ ねとす みける (「^家 漦」 —オ 行」 

佐久郡 —佐久 の 名義 - 

S く fJ_MB その さきす ほ く! J i のこ ほ U か ひリ かう-つけ おひ ほ で. ,, > 

佐 久^ は、 其先須 波の 國 であらう。 此郡 は、 5. 夔? H 野の 間に 出て, なべての ii に 棘る の 

f こと てんび やう ねん 1 さ く., 一 

義 であらう 。(「信 濃 地名 考」) 『以, 一誠 方國 1 並 11 信濃國 1。』 事 は、 天平 三年で、 (「類聚 國史」 ) 佐久 

»«y m み て. S ぐね. 5 ころ 

郡の 名の はじめて 見える の は、 貞觀の 頃からで ある。 

勝 間 田 氏 (南 佐 久郡臼 田 町 大字 勝 間) 

ぅナだ まちお ほ あざかつ ま しょくに ほんき. かお も W- のお ほぎ み k ' f ' :; 

臼 田 町 大字 勝 間 は、 「續 日本 紀」 に、 『寳龜 三年 二月、 先是、 從 五位 上 掃 守 王 男 小 月 王 賜 ニ姓滕 

み = つ *J わう はい るち. ^ - 

間 田 T 流 二 信濃國 1 至: ^ 是復 n 屬籍 1 云々。』 と 見えて ゐる、 その 小 月 王 配流の 地で あると 言 はれ 

てゐ る。 (口碑) 

• 00fs 0^ 信 濃の 卷 



345 



說 傳起緣 的敎宗 



紫 の S— (長 野 S) 信 濃の 卷 

紫 の Hi (南 佐久 郡野澤 町) 一 1 

の はまち きんだい セ *J う あん ねん ざう さう ぐ わ- 5 ぞ べん.:^ つに,? /J.1-\.H、 M^^vv/ ^UK^S ? - ^ 

の 金蔓 寺 は、. 弘 安二 年の 草創で、 元 ai 上人 (I 駄湖 樹^^^ ぜ His 隨 

綠坊と 改め、 天 合ポを 學んだ 。 後、 法然上 入の SI 弟 西 山 善 惠坊門 流 向 西 寺の 聖逢 上人に 逢って 今 5^ 門に 入 

り、 名 を 知 R と 改め、 ^治 元^ 九::::: より、 百日の 紀州熊 野 山に 參籠、 祌勅 の頌を 受けて 一 遍と號 し、 普 

く 衆生 を勸 めて、 諸 g 遊行の 途、 大 隅國正 八幡お 一 七::: 參镜、 滿^ の 夜、 柬帶の 神 影^ はれ 恰ひ、 九^】 

萆の十 Af,. 授け、 いよいよ 信心 堅固に して, 十四 年の 遊行、 正應ニ 年 八月 二十 三 曰 攝州兵 寐の觀 昔 堂に 

於 ハて入 g 、ン. ^かいち ほうで; ^き けん^ ねん ゆ ¥0 べんし f にんしんし-つ と もの ゆ ゆ 

颜^ 十 T^。) 初 開の 地で ある 「北 絛記」 に、 『建 治 一 一年 遊行、 一 遍 上人 信 州 伴 野に 行いて、 踊 

ゃズ ねんぶつ いま © ざ はまち きんだい じ lb ん あと ぺ 

躍念佛 をな す。』 と あるの は、 今の 野澤 町の 金臺^ のこと である。 ^に、 跡 部 (野 澤&の 字) の 

: 力"^^ きう 4- き ん; うじ じぞ つし S ともの た らゥ ときの ぶ けい き しん きんせば 1( 

鉦 猜^と いふ 舊 跡の あるの は、 常時の 城主 伴 野太 郞時 信が、 八 翳の 寄進の 金磬を 鑄させた と 

、 'k t ぶいぶ いつお ) ゆ じ じふ はう この きんけい こ うち 

とろで ある さう だが、 代代 傅 はって、 遊行 寺の 什寶 とする もの は、 此金馨 八 個の 中の もので 

ちる。 一 t は、 ¥ &^^0 へ^ 明年 巾.、 武 m 村で 出, e た 鉦、 徑六寸 四 分。 此 寺の 什 

あ? rvhc 1 ^= は ヌ ぉ诗の 付簧 ,K と 同じで、 延慶ニ 年 三月 十二 01 と 彫りつ けて あった 。こ 

れも八 磬の內 であら ン u-^i : n- 

5 とい はれて ゐる。 J とされて ゐる 

*j のきんだ い^ ^ うんざん とな えんけい れん とし べつじ . /04JT, 二 、 > D i> rM 

此金臺 寺 を、 紫 雪山と 號へ るの は、 si 二 年の ことで、 その 歳の 別時 (廳辦 wlgl,、 ^ 

年、 歳宋 に、 七日 七夜、 +ヂ中 残らず、 禪 ^こ 人って、 もン む i くもた し 

のい みする^ が ある。 これ を 別時の 內と いふので ある。 } に、 紫の 雲が 立った ので、 それから、 紫 



うんざし しんけ う を し^ m 也阿ン ) 1^11^ _ 「すべて 十^、 令な ほ 藤ン ほ - 

i§ とい ふの ださう である。 II (ザ) 雜の 「tf 做」 I. 獰寺に 》 へてゐ る。 ) S 二 

まき I しょ どう ね:; しな 沪のほヂ く^^ ー%5 、,お 〔ともの.! とい ふ 池、 ム&! やれ パな寸 ぶ.... ノ いんる" 」 ーハぉ 

の 卷の卷 初に、 『同 二 年 信濃隊 佐久罚 # 野 つか、 これ は 作 野の 出生地で あると い n れる ) と レ^. 

I にて、 S おの^^に、 |& はじめて^ ち^りけ り。』 と记 えて ゐる。 

r£!i きに Tiinsrf 、 fa 廳 より s、 き楚 す 

すめお ひて、 1 滅^^ ん にて、 遝 ^照ぉ あまねく^^ ら にしけ り f o』 と 見 

える が、 お、 &粼^ に、 蹴 s!i と^ づけて、 ^昏 を^ち、 I うち 鳴らし、 圍繞 して 唱 

1 、「一一 3 ゆズ キ へ 「 U ま> リ き 」ン 

へる もの は、 これより はじまつ たので あると H はれて ゐる (勝 錄」 ) 〈參^ ) 

ぼん A-ん ひげ 

玄 三のお 鬚 (南 佐久 郡野澤 S) 

IT ノ >f D $ ひとたち S 4*.. うじ > なが な;^ , - H 、み、. - ) 1 

『效 さんのお !i さ。』 と、 野溪の 人達の い ふ詞 は、 當時 長いと も 長いと い, 4S. にバ ゐら 

れてゐ たとい ふこと である。 

ひ p の ざ は いし かね こ: b ん さん、 ふ;; I 命 朝 r のぶと も 1、 字 ほ 子 陽、 高^と 践 し、 本 郡せ 闩 の 

昔、 野澤 の醫師 に, 金子 かつ 三 I 人であった。 野 澤に來 て、 溆下 ffl 翁に 親炙して 文窗 をみ び *4 野 一 5; 

sslsi& 巧?? セ^ I い s,) と い ふ^あった。 HL, 殊に I を 好ん T 

- 玄 m の お 議— (娃 野驟) 信 濃の 卷 



I: 傳明 說驂俚 



*IB1 のお 鬵 |.( 長 野騾レ 信 濃の 卷 

で • 二. M 選の If は 黩し てゐ たとい ふ。 sgfif g つて |4 &あけ 一 8 

f よくした。 i を i する こと、 f i (Kf 砰 い) 露に も I? ゐた。 爨三 t 、 一お 

みつな か 奢 とうげ .か う とき えつ で i ? ^s. / >t - 1 

光榮 卿が、 闢東 下向の 時に 謁に 出た ところ、 輔も、 お 1TI の |贿 の敲 くして;^ なのに 鏺 かれ、 

『さても 立派な 鬚で ある。 昔から 鬚 を 愛する 者は澤 § にあった らうが、 かう まで ii<< しい || の 

こと き な! A <% WWJ 

あった 事 を 開かない。 長さ は どの位 あるか。』 とお 尋ねに なった 。『はい、 ただ!: の鹧 で、 三お 

五^ A 分 ござ リ ます。』 『ほう、 然し 立派な もの ぢゃ、 ^おに^た たる !<iiii が § も、 m 

して これに 勝って をる と は 思 はれない。 誠に 古 t 未曾有の § では ある。』 とおつ しゃって、 あ 

また i び 塞 一 の 鬚 を 撫で 給 ふた。 蔡1 は、 か X る!^ のおお にきる i こと ない とい 

ふので、 剃って 筐に 納め、 『ぎ 11 ザぎ 1 ぬ ii^ 五^八が。』 ときいて、 く^^に^へ る^に 

した。 そして 其 あと 鬚の、 夙く 長くなる やう、 船藥 までして、 かなりに 数した とい ふこと で 

ある。 で、 おに M つて、 M みな、 、ひ はの 萏1 と f へる の は、 ,と& で、 1 らしく f あや 

物な ど ある 時、 『まるで 玄 三の 鬚の やう だ。』 と 諺. * におる やうに なった ので あると いふ 點 であ 

so へ 口碑 「信 漉ン 

ズ I 奇勝 錄」 ) 



說傳持 子長& 



子 安寶珠 (南 佐久郡 野澤町 大字 三鎵) 

g のお sii は、 囍 め、 11 ig^^s 

£「 家) Qi らに おたれて、 請 n) お y なさる に は、 『I は、 sk 

われ ま wsy まつ われ ちか にんぷ, あんざん > ふき 丄.^ めい ん そんせ;^ 

ち、 私を撅 出し 祭る やう、 我 は、 誓って 姙婦 をして 安産な さしめ また 富貴 延命 • 子 孫繁 

i きむ しかれん やつ y み ,^« したう ねめ 卢ふ^ L お f > . 

^ たらしむ るで あらう。』 とい ふ奇夢 を、 然も 逑夜續 けて 旯た瀨 下釆女 は、 不思議に S つた Q 

.A じん ひき きた ち 5 が U と k^< まる こ. S しえ 

で、 家人 を 率 ゐて來 り、 地 を 穿つ 事 五六 K にして、 二つの 圓ぃ 小石 を 得られた。 ところが、 

その" し おも ぼんじ やく どと Z ゆ め あ ふ, ノふま » : だんぶ よ > 、 

其 石、 重い こと 磐石の 如くであった ので、 これ こそ 夢に 現 はれ 給 ふた 男女の 御刺體 であら 

せきそう しゃ ゅ.- モん えう , , » ^ ~ゎっ * >- にち、 これから、 ? M の祭禮 は、 毎ン 

うと、 石 叢 社 を 建て 宗 した。 これ は、 文祿ニ 年癸已 九月 十九 日 (年 九月 十九 !s に 行^れた。) 

»?. は^ れい ォん きんが ラタん リ ひとたち » , っ^., き ^£ i ま^, 

の 事で あつたが、 某して 靈驗 があった。 近鄕隣 里の 人達 は これ を 傳へ閒 いて? i るに 又^ 

かう けん こと 

効驗 がない とい ふ 事がない。 

5 へ ごしんお か いし ふし ぎ れいせ き ねんく^ うち ま , . ゆ » . f き 1. メん , t な 

その上に、 御 神 體の石 は、 不思議な 靈 石で、 年々 * 畏 して 行き たうとう 石 叢 社 を^り & 

. よ S3 80s ざう § そのぶ し ぎ いし ねん, ('ぶんせき ト 

いてし まった。 因って、 また 新に 社 を 造 上した ところが、 其 不思議な 石 は、 年々 分 石して 祠 

子 S 寶 珠— (長 野驟) 信 饞の卷 



說傳持 子 長 成 



子荮蠻 錄 |( 長 野縣) 信 濃の 卷 

もうみ ぷ^ > ぺっ ► .S しば こ つく - を さ やう あるじ だ 4 こと ひと ザ 

中に 盈ち 溢れる ので、 別に、 石函を 造って、 これ を牧 める 樣 になった が、 或 時代の 事、 一 人 

まぶし はこ ぶんせ さ こぬ ナだ ゆへ も かヽ その 

の 山伏が、 この 函 から、 分 石 二 侗を盜 み 出して、 家に 持って 歸 つた。 ところが、 ^ちに、 其 

やまぶ 丄 , ^うき- > ^ そのぬ す こと くち はし だ その やまぶし さ A し. ^ち f if 

山伏 は 狂氣の やうに なり、 自ら 其盜ん だ 事 を 口走り 出した ので、 其 山伏の 妻子 逮は、 大に 

s ^ > いし » i かへ *Jic そのつ み わ i f じ,? つね 卜 ヽ 

懼れ、 石 を、 元の 處に 返して、 心から 其 罪 をお 詫びした ところ、 則ち、 狂人 も 常に 復 つたと 

> » » み きんかう ひとたち この, j f はう じゅ れいせ き たっと しん さん 

いふ K 驗を, まざまざと 見た 近^の 人達 は、 いよいよ、 此子安 寳珠の 靈石を 尊み 信じて、 參 

けい と ごと のち せ した ^ a へ 

詣堵の 如くに なった とい ふこと である。 それば かりで はなく、 これから 後、 瀨下 氏の 家 は、 

^iivgs し て、 ^聽 となった とい ふこと である。 か 

» ^^-J ぶんせき こんぼう ふか もの くだ あんざん しゅご き だ-! か ラナん 

ら » 石の 分 石 を、 i 深き 者に 下す やうに なった が、 安産の 守護と して、 稀代の 効 驗がぁ 

ると いふ ことで ある。 (「子 安 W 祌緣 起」) 

3,^ ん た,^ しそん ► ます 1子 は- んじ 5. う t が 3 ふ > よしひろ まご らう ざ S? も.? よし 少 みつま すん ろく ね. > 

『^下 氏子 孫、 M 繁昌して、 豪 富と なる。 良 廣が孫 • 七 郞左衞 門 良 澄 妻、 元祿 十五 敏 

翠駕 三ャ 十 にして al 篛す。 al3 そ の i、 §s 

) そ. ん めい : にん /^? 沒する &\ みそう こと せつ かふ 

つて 存命なる もの 二百 十 人 (§1 け。 ま) まことに 末 曾 有なる 事な りと て、 その 節は* 甲 

^ 1 ま ご I ご か らう を か の い ,づ の^-さま おき およ ご § ,へ ご しょき く ぼう 

府樣 御領に て 御 家老 岡 野 伊豆守 樣 (成 恆) 御閗き 及び、 御領の 上、 御 書記な され、 公方 樣 



說傳持 子 長 成 



だいら^ そな <a のとし なつ ご いちか はまごう _0? も. 3 さま もつ ゐ さ. s おお づね た ぴま を きた K 

のムロ 覽に備 ふ。 此年 S 五月、 御代 宫 市 川 孫 右 衞門樣 を 以て、 委細 御尋 二度 申し 來り 、「微- 

したしけ. S ふ こ やすれ いじん らいゆ うじ ぶんげんち や 3 とう お たづ これ しる 

下 氏 系 is」、 ならびに 「子 安靈 神の 來. H」、 「當 時分 限 帳」 御 尋ねに よって 之 を 記す。 

-ご かん 葛<- ぶ うと おはび ぜんの かみさま さ いづく ほ. うさ ま ご K ^らん あそば され 

御 勘定 奉行 戶川備 ぎ 守檨 (安廣) へ 指して、 何れも 公方 樣 (常 憲院) 御上 覽被爲 遊、 めづら 

£J5 5 iJ れぁ リ ありが だ v /ぞ^じた てまつ る むれ ま を きた ご はう えい ねん ぐ わつ ids. 

しきょし、 上意 有 之、 難 有 可奉存 旨、. 申し 来れり。 その後、 寳永五 年 戊 子 三月、 東獻 

ざん *2 こう ぼん しんわう よしやみ こ ざ, 0? もん め れいせ き さし あぐべ さの よし 

山 准 三 后 一 品 親王 (公辨 親王)、 良 澄の Hi 七 左 衞門を 召し て、 靈石 二つ を 可 指 上 之 由 は 

う へのけ. Q みやう ゐん にこれ をめ. 3- せらる これによ リて いし けん た V まつ す パ は しのば ャ いけ べんざいてん しゃちう /§&Jtt\ 

以上 野 見 明 院被命 之、 依 A 之、 石 二つ 献じ 奉る。 則ち、 不忍 池辨財 天の 社中 (1 鉱細) 

ご V わん じ やう なほ また よしはる こ ざ. 0? も.? よした 5* めしいだ され お め みえお ほせつ けられ はいえ,^ うへ おんぷ, 巧 

御勸 請な され、 猶又、 良 治の 子 a 七 左衞門 良質む 被 召 出、 御 目 見 被 仰 付、 拜謁の 上御箪 

そ おがぐ くだ いまにいた る ぐ わつ に さいれい > , & ぜん I 

を 染めさせられ、 御 額 を 下され、 至 1 今 九月 十九 日祭禮 のせっ^ これ を S 前に かけて 

諸人に 拜せ しむ。 あに 曰く 、『チぁ大 明 神。』 C 階 書な り。) 脇に、 『前 天台 座主 准 三 后 一 品公辨 

げ もつ みやう が し ごく > の^ モん ^^お * 

謹書。』 usl^) と あり。 實に、 以て、 冥加 至極の ことども なり。 その後、 ^重の 御が、 

こん まう ふか かた ぶんきき つか いは ゆる いなほたん ごのお さま /.=TM 定成 

または 懇望いた, つ て 深き 方へ、 分 石 ふた つづつ 遣 はす。 所謂、 稻橥丹 後 * 樣 (§ む ii 

ょノ ほつな まい がの も: さま /f =Fh や J\ めぐろ み? わう ゐん /八乇对カ>ゝン* ^ャ. :1 «y、 だ あ? タ1 やお Tr は f う、 B6 

S ひ)、 松 平 伊賀 守樣 (^辦 針ぉ她 こ、 目黑 明王院 on J、 麻布! 霞稻荷 S 當 ss 

15; う 化.^^ じ 卢ら 、寶 蔵^と いふ。 堂上 を 窩士の 形ン、 か/ 1?- せ、^^ ふバ P 、前官と 上の 雛て ^ 

明 院)、 淺草寺 內富士 寺 (f^i, ぬ. s^、 ^え 寺 ど T お 1) 上 之 Ks-f 寸 (訪 御社の 問。 ) , 

子 安 fs 野縣〕 信 濃の 卷 



說傳 持 子 長 成 



子 安 S 錄| (長 野艤) 信 濃の 卷 

II, S 七 if り。 そ のぞ 薦 At 竭議、 illi I | ぬ 

は iTi ふに や is、 き翳ば さ. ar ろ、 l^^^li 一 3 

li と 5 ふお は、 i§f にして、 fs. 穩囊 f, S へお おはな 

し 气4さ2、 ナ 脇 ち、 に 女よ そばされ 1 ふギ I にえ S1 し、 io^s 

翳さし あげ、 また、 き 聽 きつ 「I ま i ま」 i 霞し、 さし あぐべき の 

I i t> どし お あ U れ によって さっそく ひ くた ぅぉゃ く. , . , 

よし、 &i をぬ てぽ 1 效へ m せ ふくめら る。 炉之、 早逨 飛脚 到着す。 我等 七 左衞 門と 

擗 のうへ、 ^やが し^きた るず & を!! して、 Mi して さしあげ ぬるに、 早速 女御 

. '» - 』ft たじ 4l し じ J? さま にょご さま 

S き i の i に M をぎ、 これ を it い I ひて、 ズな くも、 主上? 御樣 おなじ 

く^の II にき ili、 弒^ のつ i なからん^ を S り i ぶよし、 ^す もなかな か i れ 多き 事ど 

もギ 環七お や にして、 き醫 あり、 鹏ち、 S に f て、 

ンゅ 554T- さま V ゎゥた A こうさ <x によ ご さま ご てん m a- 

やしろへ i の 凝 あり、 それより のち は、 主上 f 皇太后 樣、 おなじく 女御 樣 御殿へ 裯 

, し.. -0* せき $ 

^ありて、 ^よろこびの^ 宴氰 あり、 さまざまの おんい は ひ ありし よし、 厳 上に 飾りし 

の ii に、 Mi の!: i を I、 MQii にて、 1. 



說傳持 子 長 逸 



0¥ ^の 1 お fl へ 緲鱅を I うけ、 なか 炎の I: て ふしへ おん 人れ なされば うて、 そ 

is の!^ へ おんな がれ を M され 1 ふよし、 御宴 會を はりて 後、 おんつ ぼね、 右の 銀の 御 

*t?K b _ A. めしいだ この おんか はらけ くだ f あひ^ さう くんん しう ^ y だ 

お i を I: ちて, で、 ぽ^ 4ロ^ し、 fclf 器 を 下しお かれ 候 ふ 間、 早々 信 州へ 持ち 下し、 

"J やすじん ほんしゃ はう でん ほうな ふっか まっ^きむ ね^お-., - 。 ほ SJ.^: ほぶ、 I 续て フ:、 ^0 

子^ i 本;! の寶 殿に 奉納 可レ仕 旨 仰 置かせら る 內膳大 に悦ひ 奉レ長 候うて 飛脚 

bp ^ 0^ .A あ Q う-よ ちゃ 3 だ. S I てんぼい * ^ I - p • - 

を m て itii へお くる。 一家の 者 ども 打ち 寄りて 頂戴、 則ち 天盃 を 和布に つ \ み 箱に 入 

れ、 f き i を ff 藝 して、 I ち、 靈に 1 む。 干 時 環 士^^な り。 その 

が をぬ て、 二つ さし P げたる に、 はなはだ^ 黼 i に ぼ 驟^され^ よし 

おじ ひつ *r H さ ふら ふ ごけう ぜん &れ /§、 3 い > まも 5. 、>M ぶ fsfs^z お 

にて、 象^!? のき^ 二つ 舉 まなされ ぎて、 御寶 前に 之 を 懸く。 今以て、 江戶 大名 高家祸 

< わい に, ^ せつ ご 各つ しゅ まつな g せきしう さま 、お , . 、 搭 > 、ぶん ?"ほ 二 フ能 二い、 し^、 ノ^ 候 

II 航 の^は、 御領 主 松 平 石 州樣へ 御た のみ ありて 則ち 分 石 二つ 箱に 入れ 锏 力し 申 や 

,- t ゴメ -- i さ ふら ふ きん じさ く <J_C て >w 

1、 一 船 も ii 慰な く、 糨をそ へられ、 おんかへ しなされ 候 o しかれば、 今上 皇帝 

15" を かたむけさせられ、 御拜 ありし 御祌 なれば、 このうへ もな き Is なる ベ! * -3 

U れ によって てんぼい ましん きぶ 4 : むね、 少 1 3 : 。 。; に 能り た 1ST P -3 

依レ之 天拜 のぎ 神と 稱號し 奉 るべ き 旨 岡 本 氏より 申し 來る なり 天子 を^め ^ り 

子 a 珠— (長 野縣) 信 濃の 卷 



説 傳木神 



*5 男の 本— (長 野縣 ) 信 濃の 卷 

•35.1? んさ _2 うへの の; S- さま た やす さま しょこうが お ご しんこう こと テ <ゥ,7 しき 誊 ♦ ■• 9 9 J 

將 裏、 上野 宮樣、 E 安樣、 ならびに 諸侯 力なん ど 御 信仰の 事、 下せ n まの 鼻 妙、 凡 下の 

や-:^^ k > ごと こと ぜんだいみもん わが そ こと しょき J*、 

2SS かくの 如き 事 はお そらく 前代 未 11 とい ふべ し。 我 a の 事、 齊 記せん こと は 他 

にん >ぉゥ -^^ - * , 、 k しう ぶ、" 、:乂 しる またい は し SJ? 一く ね,:? ち .5 

人の 褒短 をお も ふといへ ども 秋 あ; も.;^ ならざる ゆ ゑ、 これ を 記す。 叉 曰く、 正德 年中 

え 户- ひらぶ つ 43. うしよ しんた ちほ し この こと ろんじ 5 つ <i :リぇ いお, 5 レ. 5.3 だ, よ P *>ゅ 

江 戶平松 町霄肆 立 羽 氏、 此事を 論述して、 「變永 文 正」 と ® し、 梓 行して 世に あり、 S. 

) J ぶん 分;. い き さう & こと だいどうせ ぅハ f 

そのほか * 勢の 記 を かざらん がた め、 ^^の 事お ほし、 大同 小势 なる もの, お。』 Mfi 

「千^の 慰: 妙 JO 著者 ン 

r^^M-n たる ,に:. お。 ) 

女 男の 4 小 (南 佐久 郡野澤 町) 

めざ^?, ち tL>M う. 5 じん ごしんな-く お ほ., お な ? かへ べんざいてん ちり 

野 にある 扉訪明 莉の齊 1: 木で ある 大禝 から、 二 W ばかり 歸 ると、 辨殷 天の 森が ある。 

また あ S5 たい ぽく しえ. -、; け んも よる のど ,y?c. 

こ、 にも 亦、 擅の 大木が あって、 いづれ も 枝葉 繁茂し、 かの^から 望めば、 ^々として 踏 

v*.i * i I ' せ r ぞ y , め を き $ この ほん き はる 

天 を S す 力と もうか^ はれる。 力 俗に、 これ を 女 男の 木と 稱 へて ゐ るが、 此ニ 本の 木 は、 春 

な. だ i 沾 き だ i としみ, なじん き さき め だ らいねん 

芽 を 出す 時には、 か はるが はるに 出す。 今年 明^の 木が、 先へ芬 を 出す と、 來. I や は、 また、 

^^r^ ^ さぶ ^ だ らくえ ふ とき またお. な £ とし ぺん ざい き さき おち ヽ-nL くお.. A 一 HI- \ 

辨 ^天の 水が、 先へ 芽 を 出す。 ^葉の 時 もお: 同じで、 今年 辨^ の 水が 先へ 落る (たおが 



說傳木 



, „ ち-;, リ .--i .3 つが i らく-や-; スき f 、、一の あひな § か 

る ) と、 S は、 歐魄の 木が W 芽と 共に 落椠を 先に するとい ふ 風で、 此間 は、 必す七 八日 づ 

§ お まいねんまい れん けつ ちが . * , 3 /「13^s お s\ 

つの 間 を ©5 て やる。 かう して、 每年每 年、 決して 違へ ない とい ふ 事で ある。 (き S ) 

まつ はら F,J'> 3 /、^き 處 五十 ノ おみ、^ きと ころ 十ン t 

松原 原 村) に 二つの 湖水が ある。 大潮 (i! とばお: n と 尾長 泐 (^尋 とい ふこと い 

ナ ま/ し /.um f TTI-n- Z この やま とうほく ちた べつ だう ふせし まさん しんく セ 

つて、 噼き (S ^に^ ) は、 此 山の 東北に 當 つて ゐる。 M 當藤 島山 眞光 寺? go 

で、 もと 御 勉航 三十 14、 一村 殘ら す圭 田であった とい ふ。 q 信 濃 地名 玫. 境內 にある コ1 

«>% つ J;,;. みなち 5.J ょリ とも > !,: >«> あ けんきう ねん ぐ わつ にち こ Z り ふ ぶんめい れん ケ わつ しう vs\ 

重の^ は、^ 頼 朝の 建立の よしで、 建 久五年 十月 十五 日 建立、 また、 文明 二 年 八月 修造 

まい a ん 巧 a ど し 3. うぐ わつ にち §§ ひ ぐ わつ にち どう 

毎年の 祭 七十 五 度と いふ ことで ある。 正月 十一 日、 三月 酉の 日 七月 二 i« 三日から、 同 , 

こちまで § にち い じ絮 た. S さい まっしゃ まっしゃ お はレ _sv! て ゼぃ 

サ 八日 &、 八月 十四-五 丄ハ日 、 已上 大祭と いふ ことで ある。 末社 末社まで 得 注 立, 第 一 

ぐ わつ りみ. さ ^ま!^ つ U う^のこく い カゐ かた ほし しゅ つげ,^ , 

の ふしぎ は、 七月 廿七 H 御射山 祭 午 戴に、 戌 亥の 方に 星が 出現す る ことで あると いはれ 

ま.!.^ んれぃ ごと しょじん はい みわた す は みわた リ う いし, せう わう 1Hy> 

る。 Ji 年 例の 如く、 諸人 これ を拜 す。 御 渡り も 諭訪の ごとくで、 御 渡、 浮 石 小 王 石 

びぞ つぶ いま ぺ,? ざいてん じま ほうび まつ は r せ い £ う , ゆ ほ . 5 > i 

屛風 岩、 魏财天 島、 露 尾 松、 もの 葉の 薄、 以上 を 七 ふしぎと 稱 へて ゐる。 そのほか 爵寶 

/「>5なぇヌ4んニ\ しゃとう ^ね かふ ぐん さ く ひ ほ U らんに ふ とき いはを しろ 

かや かす ある (yglf.) が、 社頭の ft は、 甲 軍が、 住久 縣へ亂 入した 時、 岩 尾の 城 を 「_ 

やきうち 、 でぷぉひチ" ノ 2 うじ おちあ ひ じ じゅ でら えんせ 3 とき, - かふ;:^ £_HV b 、ス ズら メ .^.^ ICS- 

f 討に し (腿 -に、 同時に、 落 合の i¥ を炎燒 せしめた 時、 勢 は、 此寺 の鏜 一 

女 男の fs S 信 濃の 卷 



說傳木 神 



女 男の 本— (長 野縣〕 信 濃の 卷 

かすと も い しん \/ね ゥ じきと き すてお , - - : • 

を 掠め取って 持って行 つたが、 虞 光寺に 來た 時に、 捨 置いた ものである (「信 濃 奇勝 錄」) 

とい ふこと である。 

かね ほリ いは 

その 鐘の 彫に 曰く 

奉 施 入 槌鐘ー 口 四 尺 ニ寸ニ 尺六寸 

右 志者爲 法界 衆生 也 

, 弘 安二 年 八月 十五 日 

大勸進 法 阿 彌陀怫 

、 勸進說 法 I 一人 念 阿 道 阿 

大 檀那 源 朝臣 光良 

並 諸 檀那 

大 H 伴 長 敬白 

信 州 佐 久郡大 井 ffi 落 合 村 新 善 光寺 

また かね ま は つ ざ ほリっ 

叉、 鐘の ふち 廻りに は、 次の やうに、 彫 付けて ある。 



1§ 



說傳明 說物羞 



寬元 一 一年 甲輭 七月 奉 鑄寫本 師阿彌 陀如來 

同 八月 奉 鑄 観音 勢 至 一 光三 尊 金 銅 

建 長 元年 已酉 十月 三日 不斷念 怫始之 勸進法 阿 彌陀怫 

〜 05 をして うみ § うみ ご しょや ま ほ • > » 

感辦 濃の ほかに、 き l のうちに、 なほ、 璽の 湖、 鬼の 湖、 - 御所山の 湖 む あり 

の I、 かつ はの I、 ふの き、 30^$ など 靈 にある aslg 

とい ふこと である。 

好色 燈 臺 (甫 佐久郡 十日 町) 

IA1 なか I そぼ か はべ. ふる いし^ S 1 A: き 籠 を、 ニ^ 對 にして 立てる J^-s 、-新 ル、 い n ピ 

^^^の ¥臂 k の川遴 に、 古い 石燈籙 一 基 @t は 一基 を 常と した。 洛 北の 鞍馬の 堂 前、 尾 張 

kg, 、ら な A ぢ ぎう お いし ぴ ふく iC だい^で- • k- 

熱 田の 社 前、 ^禪 #;£^JS 着 J など、) があって、 ぬお の もに、 六 地藏を 置き、 石火 袋 臺迄は 六 

皆 1 基で ある 。(「近世 奇 W 考」) j らカ 2^ :; SI ねん か あう し i し f しる し 一 

からせ はおい。 |薪&は¥<1 いて、 一年 好色 師奧州 住 籠と 記されて あ 

る。 證 き ik の i に は、 iifstt はるばる! を 指して、 此ぁ たり ま W 

き I 1 .ひ と ゆ. あ く ま もん、 百 ii の賁米 を 責められて、 なほ 果す こと 出^ない ¥ 

で^た^、 ふと i しい M に き 逢つ だ。 貢 米 質 (ss^^s は、 百 性の 家族の お より、 妻な り 

好色 燈 蠆- —(長 野驟) 信 濃の 卷 



設 傳明說 物事 一 



M M^ — ヽなん ?T 系ノ ず s M c\ s 

とも、 ^なりと も かま はず、 采^と、》 つて.^ \ - , , ) . 、 > „ . 1 このへ., ん おいたち 

れ來っ IV これ を a せリ といや (TstBRj) にしても、 あまりに あでやかで、 此邊の 出生と も 

み 1 :」 、 o , : :錢 > ,ぽぷ な へ の 時代、 两 P よ" if れ难 つて、 ^をまぬ る Q であって、 其^^の^ 

a えない さ て は 京の^ 汝 (藉 である^、 4^ の 人 は-昨:^ 4k i:f^s" 仏 

お, m .2 どと 3, つて、 敦り\ 、 なぬし も c ひ ゆ ナ おへ み 

1^1 とし れゐた。 J でに も あらう か、 名キ: らしい 者に 引かれて 行く 姿 を 兒てゐ たが、 あま 

いたく おも た よ くまい .f なす 

りに 痛々 しくお つたので、 せち 寄って、 貢 まの £^ はら ひやり、 女 を 助けて やった ところ、 

ひ ドさぅ たみに とも レ 8. つ もハ がた 9 . せ み ちん た; ノ 

女 は 常に 寫 びながら、 涙と 共に あはれ な 一 生の 物語 をした。 開いて M ると、 S に e はや、 

その 6^ な せ やつ ぢょ らう この まひる ひと ひ^ デぷ の 

其^ は、 京の 女 鹿で はあった が、 此 あたりに 配流に なった やん ごとない 人の^と して 信 濃に 

ほどと ほ うで だ てづよ しやつ も A- う ひ おく いま く ま。 ち,; > 

ゐる うち かどわかされて、 程遵ぃ 碗 立 強の 百 姓の 下に S き H を 送り、 今 また 貢 衆 霞と して、 

, つ: ^ » , き f , ) ぶ しじゅつ さナが かう.: m/ し f しんみ かの ぢょ かな 

逑れ 行かれる 唐であった との 一部始終、 流石の 好色 ^ も、 思 はす 心身の やうに、 彼女の 悲し 

み うへ, き を; K このと な ほんぜん さと みち い 1 はいる ひと お.^ おく と 5- 

い 身の上 を m き 終った が、 此時、 奔 然として 悟りの 道に 入り、 女 を ぼ 流の 人の^に 送り 屆け 

t そ^ A ない- か だ A ^ ふるいし とうだい 

たか 其^の 紀念 として g てた ものが、 二つの 古石 燈臺 であった とい ふこと である。 (口碑) 

1. しなの きしよ-;. ろく せつ おい いろいろせ つ かう しよくし なレ 

「信 濃 奇勝 錄」 に は、 かう した 說に對 して、 『種 嵇 說 ありと いへ ども、 好色 師は、 何とい ふ 

し み 

こと を^ら す。』 と 見えて ゐる。 

sin 丄なめ fe! i ベく^ ちう^ はい 七よ いま ごしょ ごし.^ 6& かみ ごじょ むか ふごし よ だい 9- 

上古、 信濃國 は、 國定 中流の 配所であって、 今、 御所 • 御所平つ 上の 御所 •{! ぎせ ぽ裹 



18 

5 



, /^s^. I* な i 1 る る にん \ /れ, 54: い ち めい .1 » r . A 

など、 皆、 配流の 流人に 園 係した 地名で あらう と 言 はれて ゐる 

なほ、 0$ など I へる f のうちに は、 き は、 k 靈の ill である 

もの、 || は^の %り おの 離に 設けられ たる ものな ども あると いふ ことで ある。 

蛇 石 (甫佐 久郡山 ra 村 蛇澤) 

f , 賠 のぎ 8 讓の |議 で、 ¥ y 震歸 の^の i の、 KS に 

淤^ された ii、 m 一 II の: S に 1 つた もので ある とい ふので、 り S のぎ ある。 (「古 I 

お. S げん よこ しゃく » いの お 4 そ; う p し?; 夕 i ) ) ヽ、 :-、 ¥は , ,ぉ1 f , ^ひ.^、、 

記」) 力き さ 三 問ば かり 撗九 只ば かり 祈る に 大歷利 生が あると いふ こと 腹 をぎ むる 人力 

、ヽる こ メ うへ. しぜん きっしつ 、 o /「信 廣^- 1せ\ , I、 , 

g を、 ^^のおに | いたと ころ、 & 然と S 失した とい ふこと である ) ところ 力 

^をき るに^って、 まが! きく 成って 行く とい ふので、 il 石 だとい ふので、 一 1 を 

^く^って、 の^を 懿 ふたと ころ、 II の^でも^^ は 前って £ く、 ^ に は、 II をぎ つて 

lc たので、 舊の灘 を、 ニ葡! 靈 をした。 けれども、 謹 とな く、 f t?m マ 

るので、 に i へて、 に f 、囍 ii と 1 め, でからぎ は、 裕 一 

铊 SIS 野縣) 信 濃の 卷 



說傳明 說原起 



麥 *s— (長 野驟) 信 濃の 卷 

せ. しつ ぞうお ゃゥ な ま- ん so ^ まじ . み AT , もつ t» 

ぴ石 質の •% 長す る こと も 無くなつ たと 言 ふこと である。 毎年 三月 八日 初めの 已の日 を 以てぎ 

i の 日と 定め 0. 信 S 勝錄. o 、 Ifi おさお さ 驟 りなく f はれた。 ^は、 in ほいと ii ^しく 一 3 

f,r の i れか^ k > きう でん のま なか のぞ み あ を U け?;?. 6 も 

祈る に 甚だ 鼷驗が あると いふ。 たまたま 宮殿の 板 間から、 中を覼 いて 見る のに、 靑苔 1^ の 

ものすご うご おも 

ごとく、 物凄く して, 動く かと 思 はれる ばかり だとい ふこと である。 (「千 曲の 眞 砂」) 

もば むぎ の ふ 

麥 生 (南 佐久郡 川上 村) 

しんし-ウレな の しんそば まへ 

信 州 信 濃の 新籍麥 よりも、 わたし やお 前の そばが よい。 

うおうた しなの そ いま さらしな そ は U , 「し, £ <^ s MMI, 

と、 唄に 歌 はれる 信 濃の 藉 I ぶ は、 今、 更級蘅 i などと 言 はれて、 知らぬ 都會の 地で は、 !4 

級が * 昔からの 名產 地であった やうに 信じられて ゐる けれども、 お く は、 ^お ^S3&^ 

ん- : I —f よもん し^ だう f あじゃ リ しゅ bp 

產 として ゐる。 「著 閒集」 に、 『道 命 阿閿梨 修行し ありき ける に、 やまう どの、 物 をく は^た リ. 

み .I * Z なに と は •、 これ 

ける を 見て これ は佝も のぞと 問 ひければ、 かしこに ひた はへ て 侍る そまむ ぎなん 是な りと 

* * ^ ほぺ 

いふ を M きて よみ 侍る、 

ひた は へ てとり だに すゑぬ そまむ ぎに し \ つきぬべ きこ X ち こそ すれ O B 



tfe 傳伏笛 



,> 'r" 5 t: さヒ ものし びと しょくに ほんこ^き に, J 

など^ えて、 おく 伊 | に^められた ものである。 で、 里の 物知り 人な ど、 「績 日本 後紀」 仁 

喊 S1 の 「しおき 1」 を:^ て、 81 の 1 めだと 一 ri へて ゐる けれども、 なほ 古く、 「元 正 

&」 に、 『養老 六 年 七月、 宜令 卞天 下 國司勸 11 課 百姓〗 種 * 樹隞禾 繫麥及 大小 麥上藏 儲 積 ー以備 

げん おも ✓ 

年 荒 1 云云。』 と あるの が、 その 起原で ある やうに S はれる 

きん ぼう ざん よび ご ゑ 

金 峰 山の 呼聲 (南 佐久郡 川上 村) 

腊 の 叫ずに、 ^« とも きれす、 ^ん で、 M を^び かける 都が ある。 辦 i は、 大 

pi II であるが、 頻りに 呼ぶ 時 は、 二 翳に 至る。 すると、 何 か 事が あると いふので 杣人 « 

そのち さ 、 3 

其 地 を 去る とい ふこと である 

まや 盤に は、 などが 尠 んでゐ て、 M に きふ と、 ^などに I かけた ま-、 讖 

として M を 靈 する。 § 賜と い あは、 1 くして、 おに も 鍵る i を、 舊 l&i けて ゐる 

もの、 辯んで ゐる ものが あるが、 此 山中に 棲んで ゐ ると いふ ことで ある。 で、 里の 人達 力 T 

ひろ やま f く. つ /藤 か つ らを 曲げて 木皮 をン t 、 4S% ^、紹ゥト ^ f 一^ 

たまたま 袷 ふこと などが ある 山男の 沓 (IP きった^う ^0f。 >> は 山男 や 山姥の 仗 B ロロて 

金 峰 山の 呼 S— (長 野縣) 信 濃の 卷 



© 翕 山— (長 野驟) 信 濃の 卷 

あると 言 はれて ゐる。 (「四 鄰. 譚蕺」 ) 

い ぐら やま 

俘 倉 山 (南 佐 食 郡 川上 村 大字^ 愈) 

あけ み うやま / 「き 1:---- ご 

忘らる- T 身の S きこと やい くら 山い くらば かりのなげ きなるら む。 (「& S, 了 T 鮮 

讚み 人知^ 

らず。 ) 

わかれて はいくら の 山 を 越え ぬれ ど 錢ふ ことが たくな り も ゆ くらむ。 へつ:;:^ ヒ 

► » f ^ I 1 'ベら やま - 1 。た?.、. つな よせ ^せ<レ なの い くらで k まさ もじみ し «. う み 

などの 歌の ある 伊お 山 は、 「sg 枕 名 寄」 に、 『いくら 山 信 濃 伊倉 山、 疋 字 未詳。』 と 見えて ゐる 

1 しなの: ち めいん v つ さ く ひと しん いま ゐ くら むら ZL 

けれども 一 信 濃 地名 考」 は、 佐久の 人々 の 信じて ゐる やうに、 『今、 居 倉 村 あり、 ^にや。』 と 

^ ) - - ) o ,u „ほ^ ら ちめい <?な か リん かう ざ か みち みなる にん あ,, S 

雷って ゐる。 此 S に、 街 所 平の 地名、 出 中に、 臨幸 坂な どの 路が ある。 これら は^ 流人の 跡 

f ぃゝー • ly.s?o う ぼ つ. —わ 叶 うた おそ しなの けぶ る ひと おも 

だと 一 B へ は ー悸 中お」 の 『忘らる る …… 』 の 歌な ど、 恐らく、 信 濃に 配流に なった 人の、 思 ひ 

出の す さびに 歌った もの かと も 思 はれる g: がめ い。 

ご ふ まつり 

衝 符 祭 (南 住久 gra 口 付 大字 田 ノロ) 



說 俸起緣 的敎宗 



お くちむらお^ あざた のく ち しんかい しゃだいみ さじん ねんち ろ さいれい たび 、 しぞ^. わつ > - にち ヒ「 .A 

B 口村 丸 字 ra 口の 新 海 三社大 明 神の 年中 祭禮 十六 度のう ちに 正月 十五 日の 御符 祭と いふ 

な 5 ハ T- くさう ごん しんじ その ぜんじつ か よ 4 ゅクぢ ひるま ■ L うぢ , 

の は、 K 屮壯 厳な; t 亊 である。 其 前日 十 an: の 夜 (S 刻) に、 豫め靈 間のう ちに 掃除され て あ 

t h へ宮本 i り 三 四 ^奥に あって、 常 は、 水の 葉に 堙れ たる、 池 を 形 をした. S 井の ゃラな もの 

る^の c^c てて、 十. gl!:! の s、 本の^ を かき 出し、 S 除して、 あらたに 注 連 を 張りて 置く、 もとより 

,,y ノ - ぶ 、 \ はふ リ ね さ ふくめん あ is き, ぶつ A > みづ く. サ 

s^pw ) に、 一 の- s とい ふ禰宜 が、 祖 面して、 新し い 器物 を 持って 水 を 汲みに 行く 

ふしぎ み. C- かみ う も ね みづ めぐ ナほ その ばい く べつ./ :5 しん ごん 

のに" 不思議 や、 水 もない; t の 塊れ 井から は、 水が 惠 まれる。 即ち 其 一杯 を 汲んで 刖 ^眞言 

ン, :? ぐうじ かへ みづ くひと ゆ あ ものた し つも,, 

宗; t 官寺 に歸 る。 この 水を设 む 人に 行き 逢 ふ 者 は、 立ち どころ に 死す とい ひ傳 へられて r 

そん こ のとき も^こ と よ ま は やく よ かぎ ていし. みさ みづ t く ゆ f へ *. 

村此時 !:; 戶を s ぢ、 夜 遡りの 役な ども その 夜 を 限り 停止す る さて、 右の 水が 汲んで 歸られ 

これ f i4 ね ぎ- すみ す じんぐう じ わな じんぐう セ はふ いん 

ると、 之を硯 にう つして、 棟梁の! が 幕! を 磨り、 そして 祌宫 寺に 渡す。 祌宫寺 法 印 は、 こ 

,っ すみ まい ひ ぶ か rcuft t を さ > * - ^ . : 

れを 受ける と、 この ft で、 三十 六 枚の 稷符を 書いて、 錦の 袋に 納め、 かつ お供への 餅 三十 

§ ふ お しゃう /4h ひ J^^- ク 三ぷ、 レ、\ がう き^う おへ J な . 

六 をと つて、 右の 符を 置き、 三莊 (g 、化^^き^ るリ) 三十 六 梅の 祈 禱を行 ふので、 これ 

5J ぶまつ; * よくじつ れいみ づ 5 ゐみ 1 ► »^ て > 

を I: 符 祭と いふので あるが、 翌日、 例の 水 を 受けた 井 を 見る のに 水 は 一 滴 もない また 

,ヌづ で ちと けし みづ だ しん 

水の 出た 跡 もない。 で、 かく、 たビ 一硯の 水 を 出す のみで あるの だとい ふこと であるが、 眞 

しし き こと 

に、 神奇な 事で あると いはれ てゐ る。 (「信 濃 國怪與 奇談」) 

符 MIS 信 濃の 卷 



說俥明 說名地 • 所 1 



K. 贊 il® *€:£1 の flsfii (長 野縣) 信 濃の 卷 

ひら がの ぐわん じ や 

平 賀 冠 者 (南 佐久郡 平賀村 大字 平賀) ー1 

ひらが むらお ほ あざ ひ. O が しんら らゥ よしみつ なん ひ. &が V わ. 5 じ やもりよ し すま そのこよ しのぶい か,: 

平賀村 大字 平賀 は、 新羅 三郞籙 光の 三男、 平賀 冠者 盛義の 住った ところで、 其 子義信 以下 

し そん こ Z きょ 55 ゆう お ほ ,. - 

子孫 此處に 居住す る もの も 多かった。 

k ちめい かう しんら よしみつ なん ひらが v わ,:? じ やもりよ し こ.' すま そのこよ しのぶ へ いぢぐ ねんねん よし 

「信 濃 地名 考」 に は、 『新羅 幾 光三 男、 平賀 冠者 盛義、 爰に住 ひ、 其 子義信 は、 平 治 元年 義 

とも たム やぶ とう ごく はし へいし これ お きふ で うが はら お. a よしのぶ きかへ あは 

朝と 戰ひ、 破れて 東 國に定 る。 平 士之を 追 ふ 急な り。 三條 川原に 於て、 義信 一騎 返り 合 

f てき ふせ よ むち さし かう み^ > しき また ぢ う ねんみ や れい し ぶん ぢ ぐわん ねん よしのぶ 

して 强敵 を^ぐ、 世に 鞭 差の 高名と 稱す。 又、 治 承 四 年宫の 令旨 あり。 文治 元年、 義信 

む sfes み にん <a うえい ひらが らう けんむ えき ぶめい また えいし *5 たいえ い §, ひらがな りよりに ふだ 5 

武藏 ゆに 任す。 後裔 平 賀三郞 建武の 役に 武名 あり。 又、 永 正 *大 永の 間、 平 賀成賴 入道 

らい ぶ ゆうきん 5JV- *2. 一 *> じ み 

等、 出で て 武勇 近 國に閗 ゆ。』 とい ふ 記事が 見えて ゐる。 

うち やま つき とほ し 

內山 の 月透窟 (南 佐 久郡內 山村) 

一 

_6S やま き レ. W き は あざ、 , みづ あ^^ひ だて § あざな か むら しが むら こ ぶんす ゐ か.! 

內 山の 奇勝の 極、 まると ころ、 字い ぼ 水から、 字 相 立の 間、 字 中 村から 志賀 村へ 越す 分水界 

ん ん けい ほらあな 2>と ほし よ ちう しう よ ふしぎ げ っ\§ 

にある 互 岩に、 圓 形の 洞穴が あって、 月 透裔と 呼ばれて ゐる。 中秋の 夜 は、 不思議に も 月光 



說傳明 說名地 • 物事 



が、 此 陰にまで 達する ので、 此 名が あるの だと 言 はれて ゐる。 (口碑) 

飛脚 義 (南 佐 久郡八 ケ嶽) 

,ゥ あけ まな を かや ま たけ ミ i くう ざう やま す はやま は、 か は なかじま 、 » ま ぼ ぼ 

お ケ麟、 ?5i あ、 ^^虛空 藏山、 詉訪山 その 餘川 中島まで、 高 坂彈正 飛脚 篝と いひ 傳へ 

ンょ ノょ かふ やう ぐんかん ひきゃく $a こと お ほか はいで もち , , よし? - 

ら る- 1 ところ、 處處 にある。 「甲 陽 軍 i」 に、 飛脚 臀の事 は、 大河 出た るに これ を 用 ゐた由 力 

見えて ゐる。 

3 石 村 田 (北 佐 久郡岩 村 田 町) 

灘 ^は、 spmmmm であった、 纏の び 

は、 爆 はち、 i 露 S の 1 であらう。 gii じて S となった ので、 ず は f 、 f 

袱 に^るし、 &は、 辦 けで あるから、 戧袱 , も、 であらう と^はれ てゐ る。 

(「信 濃 地名 考」) 

lloi (sglsq) は、 I もず iff ふさ はしい ものと され 

i« 遒村 田— (長 野驟) 信 濃の 卷 



說傳明 說名地 



^± . 野踩) 信 濃の 卷 

てゐ る。 

M 土 呂 (牝佐 久郡岩 村 田 町 大字 長 土呂) 

ながと ろ じう こくし やせ i しろの V- にと ろ いけ どろい け, A い とろ どろ 

長 士呂、「 薮聚 Ks」 に 、山城 H 登 勤 池 を、 泥 棒 泡と 書いた と 言へば、 土呂 は、 泥で あらう。 

わ S ^せう どろ * * * くん * * くん ぞく みづ うご 9 J 

「和名 抄」 に は、 泥 を、 こ ひち と訓 じて、 とろの 訓 がない。 俗に、 水の 動かない ところ を、 と 

•J 、 > で は.? くになが,^ f むさし ク、! .: ながと ろ か ぞくじ じ. ぎ 

ろと いふより, 出 羽 a 長 導、 武 siss 長 ® と 書いて あるが、 俗字で、 字義が あるので はない。 

(「信 濃 地名 考」) 

鳥 追 (北 佐 久郡岩 村 W 町) . 

わつ か と 9 おひ い いは むら 、つち まち で ぢんゃ こ うぢ ォ: "ひ , 9 9 J 

正月 十四日 は、 為 追と 言って、 岩 村 田の K 酊。 表^ か ら出 て、 1: 屋小 を &と し、 まな ご 

^ あたま み そ ^ こし ぼくた う つ い た 

を 持ち はこび、 頭に は 味 こし を預 き、 腰に は 木刀 を附 けて、 おのが さまざまに 出で立ち、 

/ たれ と リ お ぢ AUC とりお お 

これ は 誰が 鳥 追 ひ、 地頭 どのの 鳥 追 ひ、 おれ もちと 追って やろ、 ぼんがら ほい ほい ほ 

い。 (鳥 am) 



まや にし いし う ひと き や ) ぶ つ ぶ こ と 

などと 雛した てて、 東と 西と にどよ み わかって、 石 を 打ち、 人に 疵 つけて 勝 g を 事と した 

i*5HJVZ coi * 一ら *2* てい i§ げ^ろく ころ やつお た 

かう した^ぎ は、 お^の 頃まで、 ^だしかった が、 貞享 • 元祿の 頃から、 漸く 絕 えて、 今 

ノ 8«2>:5 、 曹 、ク き. 一が fe つ だいせ う な づ こ ども 1 め. そ、 どぶ、 ) 

では、 ^ お、 ぬるての 木に、 燒 形 付けた 大小と 名付けて、 小兒の 遊びに する に 止って しまつ 

た。 (「四 鄰驊 藪」) 

ま ノ と j3> いんち うち ゐ ぶう たいへい じ だい のさ とうさう ぶう の >广 

かう した!: の 鳥 ^は、 ,印 地 打の 遣 風で、 泰平の 時代の 筏まで、 ra 爭の風 を a したので 

あった もの。 叉、 鳥 Is は、 rl^t 紀」 に、 『活目 尊、 以 -1 夢 辭 1 奉 二 于 天皇 1 曰、 自登 1ー 御 諸 山 

すで この じ だい f お こと こと し 一 

嶺 T 繩桓 四方 逐 n 食レ粟 雀】 零』 とあって、 旣に、 此 時代に, 鳥 追 ふ 事の あった 事が 知 

^れ るで あらう。 

あ ひ おひの まク 

相 生 松 (牝佐 久部岩 村 田 50 

iioM. SS とい ふところの 靈& に、 i 纏 (isys^ 

とぎれる 愛 ある。 編に は 総 霞く、 鬆 あに は 。おは、 一ず F 

き レ?、 ;; 3 リの t.x ^た la> 

术でゝ 二 :2<餘 上って 岐 となって ゐる。 

^ S 野 iD 信 瀵の卷 



說傳跡 足 



• 鸱 月の 輸— (長 野縣) 信 濃の 卷 

から 1 の 1 にかせば やなが i の 千代 ふるさとの 相生の松。 (既早 宰相 公雄 卿) 

ぅヒ み さと ひとお ち かわらく ねぶ » * ぶ 1 ^お^ > ま *5 . 、の 、,- 95 一 一 3 

とい ふ II がお えて ゐる。 m- の 人達 は、 一家 和 樂の願 ひ を、 此 相生の松に 祈る の を 常と して 

ゐる。 (口碑) 

かつ、 誠 象より、 が# へ 鞭 船お なんどに は、 ^す、 t 所に 御 幕 をうた せて、 僻まる X とい 

ふこと である。 (「千 § の眞 砂」) 

酷 月の輪 (北 佐 久郡金 井原) 

いけむ らお をた ゐ あほ かな ゐ, ぼら , , ; ^5 0*^^ ^ へ 3£ 濃 地名 考」 に は、 皎月を 

岩 村 B から 小 田 井の 間、 金 井原と いふと ころに 皓月 粮^ の^ 女の 名と し、 「信 濃奇 膨錄」 

KRft^sssBS と 一 I へられて、 響、 

ぎき 1 があって、 H でも、 ^は^ば かり 翳れ て、 そ 

のお を、 % みつけた やうで ある。 この 鵪に、 馬の 病 を 祈る のに、 効驗が あると いふので、 桑 

のお をぬ て、 极を つくり、 S 繋ぎと 稱 へて、 ひしと 打ち 匿いて ある <:「 千 節の 眞砂 ヒ とい ふこ 

」,e,<w>o へ 鬼^ 靡 郡 高 月の輪と いふ もの は 〔恐ン 

とて ある V らく 此皓月 の 輪の 訛傳 であらう。 ) 



a ら Ak- 4* - .* いね おひ も c あと I むら かみ はう ぐわん もとく に は い f こ うん 

これ を、 「l:^ils」 に は、 犬追物の 跡と して ゐる。 即ち、 『村 上 判官 代基國 は、 賴家公 射 術 

、ノ もこう こ ^ねお ひも q しゅ; あ とき まと ほ. 》? ん さう は H こ-う f ^ 

の^な り。 ii お、 ■ ^にて、 お^ 物 修行 有りし 時、 的揚 を、 一 圓相 になし、 賴朝公 は、 馬 

* I かぢ はら かげと き しも かふべ ゆき ひら は 浮 やましげ.? わお こ お ►gt^ffj^^? • にん . • * こぶ .-v^ 

おにて ま II ひ、 殿ま^ I、 下 河邊行 平、 島山 重忠、 和 田 小 太 郞義盛 以上 五 人に て、 之 を 射 

も. V て M し な. > やく これ よ もとく に じ? しう み なみまき にし ませ * は f は ほ a 

る。 殿 縦、 勘 g 指 g の がたり。 之に 依つ て、 基國 に、 上 州 南 牧* 西牧に て、 五 千 町 を 賜る。 

きの ま を、 101 ($、 ふ^ 3 とい ふと 尠 える。 s<. 「liii」 に、 『「斷 

i の s、 1 に、 「4SS 觀」 にも、 鐘, i は、 譜疆ぉ の 翳ま ると いひ、 ま 4 

flli^hi^is の 11 より 1 まると も】 が あり、 まも、 か胀 把から、 1 邠 の矓、 お 

f y 4 & 5 S て けん は. SH- まる くさいろ わ み, ち I ^-K^^w^ 

|| と, ふ 照の 啦 にも、 被 七 八^ 許で、 圓く艸 色 を 別けて 見える 地が ある。 昔 は 東海道 駿府 

し ユリ 15 i さ、 はんえ ふ し? 5 A&IC » めい は +io すみ ^ . 

から 1^ の i である W にも、 一^ば かり 笹の半 葉に 生す る 所があって 名馬 摺 墨の 喰べ た 跡 

^-. ゥ b どうじつ せつ きょは さか^ ^ 

と 首 ひ 傅へ るのと、 同日の 說 であらう。 淸原雅 風の 詩に 

月輪 原 上 草 萋々、 何歳 盤旋 碧玉 蹄、 舂草無 レ 侵 馬 行跡、 千 レ今歷 々自 成い 蹊。 

驂 ほどで はないけれ ども、 f PI- 1 ぎ日 む 村ら の &のぉ奧く にも、 漏の i, 

が ある (「き 濃き とい ふけれ ども、 にち 小 ひひ、 かつ、 抓る ひ 人と も i であると いふ。 一 

as 月の 輪- 1( 長 野艉) 信 濃の 卷 



說 傳跡狨 



小 戆 據— (長 野縣) 信 濃の 卷 

C もろ じ やう IO 

小 諸 城 (北 佐 久郡小 諸 町) i 

邶 ー萨1 で、 ま あまず あるお i は、 ? S く fell かれて ゐ た。 お まお 

i 31is, 髑ミ兄 s^l る。) 翳の きで あるが、 气 室ろ は、 鼸は 

b 5X> せう お ほむら がう て,? ベめ , , い. * \ • . > >*s 

「妒竊 ぎ」 大村 鄕の鞾 訛で あらう と 言 はれて ゐる 

そ US し址 (§ 隅) は、 ま i と 艦 へられて、 お if なって ゐる。 や i に^ 

おを^し、 縱 なす ik はまえ や、 s!^ もき くによし なき、 しろがねの 衾の 岡き は、 淺き舂 の 

^に i けて、 1 議るょ i はれ &) た、 お I なるお まの ほとり、 f £け ば顏 

も^えす、 お^の^ i 腐鹧し く、 ^.il にい ざよ ふ漱 の、 賊溉 き^に のぼって、 ^子の 旅情 

のき riv ぐと いはる. 411 は、 お 戥^ (滋野 氏 にか はって 1!^ おり、 お 井 氏に か は 

つて 袱お ^^り、 袱^^ I はれて、 ^^おこれ を^め た 能に は、 鍋蓋 城、 或は 穴 城と も 呼ば 

れ た。 その ISi の i まなる が^の、 あたかも 1 の^く、 ill に^ ざされ たる 鍋 の^くに 見え 

たので、 おがが あるの だとき はれて ゐる。 ぎ 石 (天 正 十八 年)、 靑山 c 元 和 八 年り 、酒 ぞ寬文 二 



說傳 現出 岳 山 



VC ノ1 - tj ろく ねん まきのす はう のま SST.^ . レ :23 

5、 Is, ^ ox 和 一 Is の if 豚て、 u 年 牧野 周 防 S 重 これに ^ 

り、 锨 1羝£千琉 を磁 して、 顬 した。 や ,である こ if は、 ま 牧野 1 があって、 

も まつ > 

龃 を^って &る C 

i& 分節 (北 佐 久郡西 長 倉 村 大字 追分) 

f lliliios^, 霧 ぉ追ひ 鍵 は、 15 に^から ひ弘ろま つたので ある 

と 言 はれて ゐる。 

& ^5 と しんしう なかせん^ i5> 

&は どこ だと sl^i に 問へば、 こ X は 信 州 中 仙 道 

: : C お >b ナくも はな まっしろ あめ.. k ぷ, 3 

へ 极% や 照 る^る 弒剣 曇る、 花の 松 代 雨が 降る 

is i * んどぅ わか か は あ ふか^^ .5 の > % f^^o^^o 

へ縱 もき らし^ 頭 も 若し、 河 は 荒 川 初. 上り 2£も そ 河の? 

淺間山 (* 佐 久郡西 長 倉 村 大字 追分) 

こもろ で ぬ まつばら/ 『小 讅ま 口の 松 並木 を、 から 没と 名 JJ^:: に:^ の ノ端ビ すナ ば、 いつも コ! 筋の 綠が 

41 ぼ拔 けて 松原 (に、 該^^とネヽ ふ ォ小流 あり。』 G. 信 濃 奇勝 錄. o 、ネ けお 二, 系; 

I 節 二 霞 山— (畏野 S 信 濃の 卷 



說傳 現出 岳 山 



淺 間 山 |( 長 野縣) 信 濃の 巷 

立つ。 (民 謠) 

^:ノ ぉぶ5 やま ん なめ £ のく か 3 づけ 2^ が つまぐん ^ v わつ くわ ざん 一 

と 言 はれる 淺間山 は、 信濃國 北佐久 郡、 上野 國 吾妻 郡に 跨って ねる 活火山 (八 1 八 四 尺) で 一 

あさま は、 火 C 梵語) の 意で あらう と rB はれて ゐる。 口 は、 周圍約 十二 w、 i! さ縱 百^、 

5!^,.* ぶせ 力, . "か, ま . * そ? そに け丄^ つ ぶん な さゥ へき っゐ らく 《 -ん くわいる ゐ せき その そ 

俗に 此穴 をお 釜と 稱へ、 其 底 は 堅實な 岩石より 成り、 孔 壁から 墜落した 岩: £i し、 殿 顧 殿 

! くんよ > . た- ; , すゐ めさ つき * あ すうさん が す リぅ くわす ゐそ が す も,?,.^ とき はい 

側壁の 各所から は、 絕ぇ すに、 水 蒸氣、 亞 硫酸 瓦斯、 硫化水素 瓦斯 を喷 出し、 時には、 お ま 

なな おらす こ とおち つ,^。 日本 1 記」 に i える、 白 m 十四 年 三月の 大燒 より、 噴火 は 幾 十回 

^は 1^ を^ら T-AJ と 力あった V 天明 三年 七月 七日の 大唆火 を 最も 大 として ゐる。 沙土を 降らす 軒 

廣さ 二十 里、 民家の 埋沒千 八 百、 死者 二 千 人、 江 ン." さんぶ 、 ) 、か-つづ g さあ, がつ, ま ぐん か. 

戶の降 灰 一 寸 ^^とい ジ。 Q^E*b ) 熔岩 流の 最大な もの は、 上野 國 吾妻 郡に 流 下し 

たもので? 十六ぎ M ぶき はれて ゐる。 (髩1?」藹珊1』 「地) さ 山ん i に は、 i 鍵、 議 

せら *^^^k ^ げんや お ほ なんろく また すうこ こ いけ みなし き,? どろ, *づ 

原 馬 杭 原、 御牧原 等の 原野が 多く、 南 麓に は、 又、 數 個の 小 池が あるが、 色の; | お 

^ 、 ) • f < ち いけ い そのみ づ あ ふ あかだき い なお にご リ 

を潴 へて ゐ るので、 俗に、 血の 池と 言 はれ、 其 水の 溢れた の を 赤ぎ と 言 ひ、 その 流れ を、 濁 

ほ 、此 水の 赤き は、 鐵分 にき £ レで ゐる\ べつ > いけ • , 、 、TI 

リ といって ゐる (12^ぉ解5ょ^2ぉはは"ゃ) 別に、 灰黑 色の 池の あるの は、 おはぐろ 

*1 んか たいち あかち よ ; 

池と いひ、 山 下 一 帶の地 を、 赤地と 呼んで ゐる。 

» きげん つげん で^せつつ す はこ かんぼつ でんせ ゥ \s けい 

- 此 山の 起原、 出現の 傳說に 就いては、 ^訪 湖の 陷沒傳 說と闢 係が ある • 



說傳明 _說 名 地 



• ^レ as し お まむ. A し あ ふみ みづぅ I* す はこ やで き あさま ゃ玄 , 、.: じ 

¥ ¥ その また ?曰 のお 说、 淤6 の 湖と、 詉訪 湖と が、 一 夜に 出來 て、 淺閒 山と、 富 十: 

t あら で とき よさ かみがみ 專ニ あつ ほ- かさ— - ,- S ほ く、 ド 、 s-si? 

W と が^はれ 出た 時、 八 百 萬の 神神が、 ー餳に 集って 會議を 重ねた 時 俘 勢 國淺久 間の 地鎭 

つたき If の! ^は、 鬆 のが 1ま3 きと、 お iili きと を、 がま はせ るた めに、 

【じぶん つく i あねし なの * がま を 3, , い > -.、 ふゆ 

自分の 造った ものであります。 即ち、 婶を信 濃に 妹を駿 河に 居らせ ませう』 と 首って 二 

9. ひめが み あさま ふじ ふ W, わ ゆる fe かまが はら け. に )^ I I ) i > 

人の 姫 神 を、 淺 間と 富士 とに 分配け、 お許しに より 高天原 御 系 銃の 御子の 數 あるう ち 力ら 

えら はし & ひめが み そ たま はレ& ひめお み いのお なぶ 3. ゆお、 » ノ ま.、 

? 1 人 を擇ん で、 二 I 柱の 姫 神に 添 はせ 給 ふたが、 この 二 柱の 姫 神 は、 命の 永い 御が で、 今でも 

I に 御座す の を 見る 人 も あると 言ひ傳 へられて ゐる。 (「古史 傳」) 

輕 井澤 (北 佐 久郡東 長 倉 村 大字 輕 井澤) 

か K} 力 4 、 *s ひ > ^ゆ /牝^ 久邯 と、 上野 國 碓氷^. との 兩 郡に 跨る 峻嶺、 巾山邋 之に 懸 つてね る。 海拔四 

輕 井澤 は、 艦 氷 峠 (^Tjw 雕、 古 良 1 脑 sl^ 知^^ の s に 權現 社が ある。 巅の東 

側、 上野 國 五料と 坂 本 宿との 間に、 往時の 關 所が ある。 これ 々碓 氷翳ン りお で、 00€ 三 

と 呼んで ゐる。 曰 本武尊 「吾妻 はやの 碑」 が ある。 「上野の 卷」 參照。 ) の 西 蟹に^ 原て rtp-i 三 13 

k_-< ちう あう ほんせん ふ じ みえき とも ほ^ぼう ゆ > - > ? o T - 一 3 

千 八十 尺、 中央 本線の 富士 見驛 と共に、 本邦に 於け る 最高 停車場の 一 つで ある I 日本 紀」 に 

韆 井 濯-— 〔長 野縣) 信 濃の 卷 



說傳仙 神 



番 饑 岩— (長 野驟) 信 瀵の卷 

おな かも ゐる さは い. / > ^ » K^%R ) 

『都 n 輕 地】』 とい ふに 同じく、 鴨集澤 であらう (「信 濃 地名 考」) と 言 はれて ゐる。 今 も 雪 端の T 

"け そん 1 3 

池な ど存 して ゐる。 

香 爐 岩 (北 佐 久郡三 井村 大字 香 坂) 

S へ 三 井 『みつ ゐ】" ^ts へ懸 M 幾 十 丈、 悉く 靉靆たる^ 雲に 包ま" opsi, へ 岩 附?^ 

香 坂 (村 大字 香 坂。 」 K^l^n 产れる 茶 花の 眺め は、. また 格別で ある。 》 の顴ー P 望 は パリ 東】 里 

poy ^うへ き した べつ. f: う せんじ い あかみ づ ぼんご おか いは み ゆ ; で- f 

4 )w 壁の 下に ある。 ^當 は、 明 泉 寺と 云 ひ、 閼伽は 水の 梵語、 高き 巖 から 水の 涌き 出る の 

あ か る さんみ せん じ v 、わんの んゐん とな い, I たか ^ > ぶ^ ££^?f . / 

で、 閼伽流 山 明 泉 寺觀音 院と號 へる の だと 首 はれて ゐる。 高さ 二十 丈の 碧 巖列屛 に ひとしく 

jsvp つど また S1- つ こ りつ じがん これ かくい はな、 3 は x >fijs、 

柬に續 いて、 叉、 五 丈ば かり 孤立した 峙 I 品が ある。 是を 六角 岩と 名 づけて ゐる 何れの 頃で 

まつ を せんにん このい は い^せ かう た * みつ P いは よ • , 、 ) 

あつたか、 松峽 仙人と いふ もの、 此巖の 頂で 香 を 焚いた とい ふので 香燧 岩と も 呼んで ゐ 

そのうへ fe-i .1- しにし N> け とな げ.; J ろく ころ すぎ ら 5 ぼく し ぜん fe ふ 

る。 そして、 それから は、 其 上の 山 を、 愤 人が 嵩と 稱 へる。 元祿の 頃、 杉の 老木が 自然と 倒 

かくい は か、 さつ もリ そう そのす ぎ およ はふ いは いたる み " :a 

れて * 六角 岩の 頂に 掛 つたので、 堂 { 寸の傦 は、 其 杉 を緣 つて 匍匐て 岩の 頂に 至って 見た 

こ がんせき もの お ほ か たち み と 4 のぞ ルぉ み "- > 

すると、 一箇の 岩石の 物 を 蓋 ふが やうの 態に 見えた ので 取 除いて 下 を 見やう としたと ころ 

どこ しらまと きた しき s i? ふ %^ す ザ-ぼ 化 

が、 何遨 から ともなく 白い 烏が 飛び 來 つて、 頻りに 妨げる ので、 恐怖して 元の 杉梯を はう は 



說傳遁 陰雄英 



— . また そ のさと のうふ あた ず い もの かう ろ, もの ひろ 

つて i つたと 一ず ふこと であった。 又、 其 里の 農夫、 その 邊で、 鑄 物の 香爐の やうな 物 を 拾 ひ 

>1 - r A 9 > »H S あるとき ぶる どうき るゐ ^^ばい ぶ や、 • 

^た。 で II に^の 鹏に& いて!^ として ゐ た處、 或 時、 古い 鯛 器の 類 を販賈 する 者が 來て 

に^ら ひ、 !!^ を 1 び^て ゐ たが、 蠏て、 一^の 藥 鐘と! < 易 せん 事 を 請うた ので、 主人 

は 獻 ザて ききと & へて しまった。 銷 おは^んで おって ^ つたが、 荷物 をば 畠に 捨て置き、 被 

貌 ばかり を i へて 伊った ぎり、 それから はおえない とい ふこと である。 (「信 濃奇滕 錄」) 

永 壽 王 丸 (北 佐 久郡三 井村 大字 安原) 

「1 鍵」 に、 『義主 f、 籙擀疆 sil、 靈 if ず。』 と 銑され たの は、 

献 ぉぉ大 ほ ま i ではき くして、 鶴む 村ら のきで あると f れてゐ る。 持, 義久 

S 繫 にて K の 1、 -1 三聽 き、 if 謬 て靈 した。 響 靈&、 載 

^^おは、 ^^ら れて、 llfs^ で 11 せられた が、 四^ if^i^ ばかり は、 夙く 大 井越 

? i mil (113 は P けて、 i 篛を、 籙の^ i 攀 (g -5 

§s ii お ip^3 に f た。 その l の 1攀の 續は、 智鑑酽 -3 

丸— (長 野驟) 信 濃の 卷 



說傳遞 陰 維英 



汆籙王 丸— (長 野飇) 信 濃の 卷 

t ^ A . > k *T^A つ —に, > かつ えいじゅ わ 5 まる は-' 輩う だい /r#M3n »3£v>ct:l I : -I 、 s/s*^ 

の 弟子で あり、 扶 光の 子で もあって、 且は 永壽王 丸の 母と 兄弟 (「王 鎌の #ブ 母^^ 5 る^) であ 

> > > の^ もちみ つ かま くら なげ えいじゅ わう まる あんど ねお ,9s る 

るから、 其因緣 によって であった。 後に 持 光 は、 縑 倉へ 歎いて、 永 氤ぞぉの^ ゆ を 鍵って^ さ 

,、 えい あゆわ^ ま^ ぶんあん ねん かま くら かへ みう へ さ まの.^ なりう; 5 Jki 

れ、 永 寄 王 丸 は、 文 安二 年縑 倉へ 還る 身の上と なった。 左 i き, 氏と いふの が、 ^ち^^ I 

わ 5 まる こうしん よ. こが. く ぼう とな A ん ねん あんやう i *ノ もし ャ.? 05 

Hi 丸の 後 身で、 世に 古河の 公方と 稱 へられた。 この 因緣 から、 安養寺の 寺 門, は 11 昌 して、 寺 

f V おもん ぶつう じ まつ V! ん よ を o ご ま V5 つ .-6 つ 5 

領 三百 貫 文、 怫宇 二十 四ケ 寺、 末 山 二百 三十 餘と いふまで になった。 ダ、 後 i 生あって、 觀 おも 

C かま - ほうす うけん そん その へん たいかう. b ん りんし ぞ; V3 ん a J Z & 

荒廢 し、 今 は、 た ^ 鳳栖 軒の み存 する ばかり、 其邊 に、 返 „ 酰祥險 ^ザな ど! > ぶぎ は 

> ノ * お ほ まつざん ぃキまゃ じ そん じら 3 う 

ある けれども さし も 多くの 末 山 さへ、 今 漸く 四 ケ寺を 存 する のみで ある。 什寶 として は、 

は. ぷ^^ こく し そ 50V に も きた きく さいしきぐ b ぷく まつむ 一 

法燈 画師の 宋國 から 持ち 來っ たものと いふ 菊の 彩色 晝 一 幅、 それから、 松蟲 と名づ けられ 

k , ► そ ひ いた ど う そのお と てん ヌ を o きと 

て ゐる磬 が あるが、 其 響 至ってな がく、 一度 打つ とき は 其 音の 轉 する こと 十^ば かり、 ^ 

』 r > > - せい t しん^^ ぐわん よ を は ほ ちう か A ざん ち ふ 

長く ひびいて、 其 ー聲 のうちに、 心 經三卷 を讀み 終る とい はれて ゐる。 ^保 中、 k 山, 塔が か 

かう ろ レ やく はま i こ は 

たむ いた 時 これ をし つら ふに あたって、 香爐 と、 錫杖と を 穿 5! した。 甚だ 古雅な もので あ 

I そのほか きょお. じふ はう あ. お ほ え. si ゆわう まる * らい もの み 

る 其 外 許 多の 什寳が 有る とい ふけれ ども、 多く は、 永 壽王丸 以來の 物と 見える。 (「信 濃 

奇勝 錄」) 



Is 



tft 攄 夢靈 • 長 成 



鎌 倉 石 (北 佐 久郡三 井村 大字 安原) 

^1 挙の I ぼに、 鎩戧^ と, ばれる ま辯 が ある。 ^^は、 その 戬、 -鎩戧 から 來た W だとい 

ふこと で、 がた | 射に は、 i にー擬 がかり の g であった が、 ff 船 殿して、 四 尺ば かりにな 

• -> . し St 》 sy<- 5- ま STn よ . いは. S レ 

つたの を、 お^の 懿 にして^ いたと ころ、 次 H 次 粼に增 長して、 今では、 一 丈餘の 岩石と な 

つてし ま つ た。 ^^の^を^い てお る と、 まだ、 躬の 碗が、 おし は 見える とい ふこと であ 

る。 (「信 濃 奇勝 錄」 ) 

乙 ま が 允 いし 

駒 形 石 (北 佐久郡 北大 井村 大字 柏木) 

(18。 字) &に、 い 石し i とよ 呼ばれ あが 軒る。 0. 擊の M お 114 おの 

I から、 ^kii きにいた るの^ !1 であった。 おの M の i に、 かう した 石の、 

か i る戯に i れてゐ る^の きらせが あつたので、 ^^から、 穿り 出した ので あると いふ 事で 一^ 

ある。 籙 から、 1 一が ばかり も i く、 I の 1 がき はれが てゐ る。 お、 きま 1 の 庭に I かれ - 

鎌 倉 石 • 駒 形 石 (長 野縣) 信 濃の 卷 



布 IS 山 (< 長 野縣〕 信 濃の 卷 

v^^f- 、し » > > ,k , 、 * A う^ こ A ろかい おう ゐん ち 3*cu>*/ V, わん ぜん を しゃ ゥ さん いうめ. 3- 

て ある 駒 形 石と いふの がそれ で、 當 時の 小 諸 海 應院の 住職であった 觀禪和 尙の贊 が 有名で あ 

る。 (「信 濃 奇勝 錄」) 

石嶺石 馬圖賛 • 靜菴 I 維此 神馬、 萬古獨 雄、 原是 歩景、 何翅 追風、 昔 出 ir 漢廷 i 自 11 

抉 桑 東 ^ 繭來 寥濶、 影迹久 空、 淺山之 下、 石嶺之 陲、 堅砥 隆起、 再現-雄姿? 天 劃 神鏤、 

胡然 作い 奇、 鄕人 * 搭、 遐邇 珍, 之、 吾觀 一, 其圖 r 駿氣難 レ羈、 千里 逸足、 名 之 與馳。 

ぬの びき やま 

布 .Z5 (北 佐久 郡川邊 村) 

^ ) ^0 1 り,:: ^し も^づき - ^ A き, き: あた いはや ま 、 ぬのびき やま い かはぺ むら 

小 諸 騾の西 IS 一 rah 二十 m、 おの パの^ 爲域の 北に 常る 岩山 を、 布引 山と 言って、 川邊村 

- ぞぺ, I せ., ん がい: じん、 あだか ひ ぞっレ 5. う ちく まか がん そび ..i. うせ ,:* がんへ き 

に屬 して ゐる。 00^0 ^も 屛 障の やうに、 千 曲 川^ に 聳えて ゐる。 嵴然 たる^ 壁に は、 

があって、 Br いたやう に F る 

ふこと でノ > > ふる • ぬのびき やま な , そのした ぬ りしお AIW I ur>J»-\ 

5 る。 て) ところから、 古く、 * 引山と 名 づけら れてゐ る。 其 下に、 (tss^v.) とい 

egv- )o こふ は. ^ W ぼ そ^さか^ 5 おか るみる ゐ けんがん づ易ゥ お ほ 

ぷ里カ ある 此址 から 谷を躋 ると、 其 坂坡は 高く さかし く、 累累と した I 魔 頭上に 覆 ふ。 そ 

) ^ > ^ . 、 は^ !1 は ^ ) 、 と K が はじ だい こもろ こう しょし しかが- と *, きんが う お ま にん 

の 次の 谷 を、 不通 澤と 言って、 德川 時代に 小 諸侯の 諸士、 鹿 狩の あに は、 え t からが くの だ 



t 傅 起緣 的敎鱼 



こ あろ 

だが k て、 ?き& から、 0fff 鐽に I あれて 取り得る? ある。 § 

辦 から は、 S へ か-つて 、船の 戴から 下る。 ; „: I 

f 薩靈は、 ? て、 nt rrt?^^^. 

魁 編 f 、 i 三 flMQf I き へられて ねる。 J 釋ぼ は、 北つ にう 向 

1.1, i 、みな i を 1 つて 1 けられ、 i^^y^J 

, もと、 si の i 画ち t ケた ところで おる?、 山 1 山 t 人る m 、間 

. み じ , い t レ 0ナ / -に? r 幹す C^I3 いち まやく i え、 夜半の 鹿の 聲、 曉 さけぶ 

まことに 短 かいと 首 はれる けれと も 杜鵑の ず ユレち --, ナ いだい I 

0f i よりぎ る廳の f 据に、 その 『の 凝れ^へ J;r、 殊: s 內^ の" 

( ^の f をお し、 蘭に ii&i をまい で、 gsl る、 風光の 絕佳^ 

望に は チ 曲 2b も 51 BH 、ラ ] ,4J.svy よ、 コー^^ 謹って、 御 法の 道 を 修め 

た ir8-I に li づる 黯 (2, き 晴 今 

^§s としてば かりで なく、 この^ f 、1 の 4 岩 

0pta た& なる SQf しても、 恐らく 推賞に 値 

すると 言 はれて ゐる 

; ほ 饞の卷 



19 



說傳 起緣 的敎宗 



布 IS 山— (畏 野縣) i 濃の き 

この やま でんせつ うし IS じ f 

更に、 此 山の 傳說 として は、 『牛に 引かれて^ 觔寺 まゐり 。』 の^が、 ほ^て〃 る 興 1^ の i 

な だ. A 

のが 名高い。 

VSJ、 ; VP との やま ふもと へ^くつ ばお -T -.; f—- 

昔 昔、 此 山の 麓に、 偏屈な お婆さんが 住んで ゐた。 ip よの 都が、 ipilri? 

も、 何のかん のと 法の 道に こだわり を附 けて、 一 きも 12^ けた^がなかった。 それば かリで 

はない、 すぐ 服と 鼻のと ころに 居りながら、 四 八^の 頼 散^の^ 獻 へ ^い 五月 八日 を、 

て ゐノ で か 5, き 含 V タノ f パ布 リ顴音 の 例祭 日と し 

る こ にさへ 出 懸ける 事 をお つくう がり、 近^の^ が、 ぞろぞろと^ || に!: くの を、 ら^さ 

んは、 ずぬ f して, て | た。 ところが、 2、 華し の羅鍵 の^に、 爾習 ^ 

4>ら 、肩に 糊 を 喰 はせ たり、 布 を 乾かした リ する ものがない 。も 

し 力ま はずに やる と、 きっと 何 か 不吉の 事が あると いはれ てゐる oj も かま はすに、 こ Q お 變 さんが 

ぬの ほ とつぜん どこな, 》■ J «/1 

布 を 乾して ゐ ると、 突然、 何處 からと も 無く、 一彌のお が酽れ r て、 ひょいと、 ぉ婦さ 

んが 晒して 置いた 布 を、 角に 引っかけて きけ r た。 お i さん は、 i いて、 

うしお ひか; 4? 

として、 牛 を追駔 けた けれども、 なかなかに 追 ひ 着けぬ。 しかし、 概 熟よ く || ひかけ て かく 

と、 何時の間にか、 長 野の 類!, に I てし まった。 まのあたりで、 おの 1 も かきけす やう 

に 見え なくなって しまったので、 お婆さんが うろうろして ゐる うちに、 ま、 



Is 



說 俥起緣 的敎宗 



てた おうであった が、 佛 ぎの 御 光明で あらう。 どこから とも 無く 靈光を 洩らして、 あたり 畫 

? * .A t -r 一 f てら お なに tie は あ そ? 

^ の やうに、 お^ひきけ て^た 牛の 垂らした 诞を 照し 出した。 何 心なく、 お婆さんが、 其诞 

, i • て じ も ♦ て な つなが ふしぎ おも 

の 1 をお ると、 1 は、 一 取 一字の 文字 を 成して、 それが すっと 繫 つて ゐる。 不思議に 思 ひな 

がら、 お数さん は、 其 涎の 記した & 名文 字を讀 みっ^け て 見た。 

3 し おも us . 

牛との み 思 ひ はなち そこの 遒に 

卖 ひ 

なれ を 導く お のが ここ ろ を。 

**& 41 s «- » R4 お i そのよ よつ ぴて ほとけ まへ ねんぶつ 

歡 戯か^り かへ したお 鹦 さん は、 ^ち^^の 心 を 起して、 其 夜 は、 終夜、 怫の 前で 念佛し 

て喊 し、 は、 もう f| の t 仏^ を^ね るお もな く、 しほし ほと 自分の 家に 歸 つて 來 たが、 そ 

れ からお 1 さん は、 M く^れ 皺った やうな 傲お の 人と 成って、 やがて、 布引 觀 1 曰に 詣で、 過 

^^きな い^のお 識 をし に^かけ た。 すると、 お婆さん は、 思 ひがけな くも、 晃^え の ある 

^^の i した f 、 あのお のぎ 1 つた i が、 醺 5のき1 にある の をお, した。 さて は、 ^ 處 

の 8ni が、 おに^って、 ^^を 1^に 纏いて 力す つたので あらう と、 それからの 一 生 la 

は、 た,^ く^の^に いそしみ、 弒^ 滅恝を^ 權 して、 めでたく を げたと いふ ことで 百 

布 S 3 人 長 野縣) 信 濃の 卷 



說傳 明^: 名 地 



蘐^: の 数 (—長 驟) 臂 J の 卷 

ある。 

い、 ま 5 % f の、 ほ あほ > な かほば , おび すぢ こと しろ き *k |S9 

今でも 布 弓 山の 中程に、 帶の やうに、 一筋 殊に 白い ところがあって、 それが 析の g だと 7 

い . , きな > 9 ぜんくね ウセ さんけい もの つのぬ の か はし うし liA-b,:? *B 8, 

雷 はれ、 長 野の 善 光寺に 參詣 した 者 は、 角に 布 を 懸けて 走る 牛 を、 象 1ら しい 1 さんが 掛っ 

て 行く 繪を、 門の 前で 寶 つて ゐ るの を 見る ことで あらう、 かう した 『れに I; かれて 歡 辦 !7P 

US で 

り』 の由緣 は、 これから 出て ゐ るの ださう である。 (口碑) 

望月の 牧 (北 佐久郡 本牧村 大字 望月) 

ss.^ へ馬娀 は、 馬 飼で ある。 かひ ン い/、 .tL4,,>?f .ケ> 、 I ぬのび 零 ま す はやま 

&月 御馬^ I を 約 めれば、 きで ある。 j 今 須加閒 の 原と 言って、 北 は 布引 山 • 齦 方 山に よ 

り、 和 1 環に めぐる。 g にお、 ま 1 が あり、 

つて ゐる。 mk& に、 翳の 黥 は、 stf に、 翳 まが まって ゐ 

る。 みな、 ,i のきの Is? らう。 

「延喜 !!繁も」 の i&if の M は、 十六 靳の 狞 をお せて ゐ るが、 i に、 i おき g の^ 〈の は 

? う お着 

尤も 歌枕と な つて ゐ たせいで あらう。 



說 傳 明說 名 地 



き1 の 離の & おに I© えてけ ふや W らん もちづきの 駒。 

i おの 黼 より 殲く k で つれば たどり たどりて^ ぞ 越えぬ る。 師、 

もちづきの i ひくと き は あふ^の この 下 やみ もお え t て ありけ る。 (—惠 慶法 I) 

や まち よ あと まお; わ、 >はほ>; ;^。 へ 「新 古今 集」) 

さかのぼ 千代の ふるみち 跡と めて 又 露 分く る 望月の S ぐ- 定家 ) 

J ^, ひ くも ゐ tf;?>^。 へ 「夫 木 集」 ン 

恥う しの i を はるかに 引く とき は 雪 井に み ゆる 望月の^ Ti 》 

ぢ い もちづき i ほほ ク^。 、「 金 葉 集」 ン 

あづま &を はるかに 出づる 望月の 駒に こよ ひ は 逢坂の 驊 V— 源 仲 政」 

まさか I みやこ い, tfrs> ^sl^^ 

ぁゴ まより け ふ I ^の 山 こえて 宫 古に 出づる 望月の こま パ— 後 京 ® ) 

# こうせ い い^ I V 

i する のに、 『文武 天皇 卽位四 年令-一 諸國 1 定 n 牧地 1 放 *牛馬上。』 それから、 後世に 至って、 胬 

八^ があった。 『天皇 御】! 紫 震 殿〗 閱 一一 覽信濃 貢 馬?』 とかえ てゐ る。 『負 觀七年 十二月 

Z > TH> ifl- r J in I もちづき な 'y o 

制, 一信 濃國 勒使牧 1 野馬 元 八月 卄 九日 貢 レ之 今定 一一 十五 日- 云云。』 I から、 牧に 望月の^ 力 1 る 

「浪 ^#i」 に、 『信 乃 御馬 元 八月 十五 日 也、 而 依- 一 朱 雀 院御國 忌 ハ 改用 十六 日き お。』 と 見え 

る。 ^の^に S おの あるの は、 これから 出た のであった。 一ぬ 

^んぎ ま れ うし キ, -の まさ • f! 

延喜馬 寮式牧 信濃國 

望, の 信 濃の 卷 



望月の 牧,! (長 野 驟) 

0,1 しほ ぼら 01 を か や 01 

山鹿牧 鹽原牧 岡屋牧 

やませ お ほ の ©I ひら ゐ ご ©ま き 

原牧 ^野牧 平 井 互 牧 

^ ^ o^o ^ :? る のまぎ お ほ むろ のまき 

髙位牧 新治牧 大室牧 

S5- ベら ^ ^ 0^ なが くら のまき 

萩會牧 鹽野牧 長. 倉 牧 

右 諸 牧駒者 毎年 九月 十日 國司與 ,1 牧監 I 若 刖當人 等 臨 牧撿印 共署, 一 其 帳 1 信 乃 甲斐 上野 三國 

き牧監 1 武蔵國 住-別 當 1 簡 T 鬚 齒四歲 己 上 可, ー堪用 1 者 調 良 上 明年 八月 附, 一 牧監等 一貢 上 若不レ 

中 レ貢者 便充, 1 驛傳 馬】 若 省 II 賫却 1 混,, 合正稅 1 其 貢 上馬 路次之 國各充 S 秩蒭並 牽大遞 送, | 前 

所 1 其 國解者 主當寮 付, 一外 記1 進 ,1 大臣】 奏聞 分 給兩寮 1 閲, 一定 其 品, 云云。 

s^r、 i ) - ; , ;ほ ベう. *1 』 . ^ 月; 、者 か ひ, まき *』 うま, ひき むさし i 

按す るのに、 信 濃. 貢 馬 八十 疋 刊 n 。き、 甲斐 三 牧* 貢 馬 六十 疋、 武藏四 牧* 

*J うま - ^ か. 9 づけ まき こうま ひき i く あは ひき ねんぐ *J う ,- 

貢 馬 五. t. 疋、 上野 九 牧* 貢 馬 五十 疋、 四ケ國 合せて 二百 四十 疋を、 年貢の 貢 B| とした。 

??、 よ Y 、がか;^ • > .ぅま うし. i ) ) とほと ほみ ナ るが, さがみ むさし かづ さ しも ふさ ひたち かう づけ しもつ, す はう 

又、 所貢繫 飼の 馬 牛が あった。 遠 江 *駿 河 • 相 模* 武藏 • 上 總, 下 總* 常 陸 *ゼ 野 • 下野 防 • 

ながと い よ ► さぬ 40. こく み 

長 門, 伊豫 *讃岐 十三 ケ國と 見えて ゐる。 

ほ は t、 、> ま?".;. ? ) - ; t ほ 1- ^"や, ^ * ひ? i 得 みやこ, かさ はら お ほ。 i いな, 

牧地 は 今按 する のに、 山 鹿 *鹽 原 • 岡 屋の牧 は、 詉訪 郡、 宮處 • 笠 原 • 大野の 牧は 伊那 郡 



琅の卷 

j3 處牧 

かさ はら 0*$ 

笠原牧 

し. - か. 01 

猪鹿牧 

もち づ *- のま *» 

望月 牧 



^懊明 說名地 



佐久 郡に 屬 して ゐた 

k?.k まの^と して は、 f$ is. 妒く久!^ などの ち地ギ ここ 

に 出た ので あらう。 

ま 讣、 つ 下; i はお は iss .、「 陶隱居 本草」 註 曰 『酥 牛羊ン こま、 2 一 へ ほ ゅゅづ 一 lo) 

「民 部 省^ 諸國 貢蘇條 Jus~ 爲也酥 音與レ 蘇!:。』 ) にお 35 濃國買 薪. tils V 八 ロ咨小 1 ^ 、 

其 取 - 得 者、 肥 牛 曰大八 口、 瘦牛減 &.、 作 蘇 之 法、 乳大 一 斗 煎、 得-蘇 大 一 升 ^ 湯- 

珠者、 頭 日 刖四把 上下 略。』 

「sri」 に は、 『文治 1 一年 八月、 所謂 左 馬 寮領、 



かさ はら のみ まき — 

笠 原 御 牧見式 

ひらの のき,: 

平野 牧 未詳 

髮 うち のまき 

南內牧 

わ のま. itu 

常 盤 牧 

よし だ のまぎ 

吉 m 牧 



みや この $ 

宫處牧 

を の ま *- 

小野牧 

きた うち のみ. iw 

たか ゐ の のまき 

高 井野 牧 式 

はぎ くら のまぎ 

萩 倉 牧 



ひら ゐ ご のまぎ 

平 井 互牧式 

お ほ じほ まま 

大鹽牧 

お ほ の のま 

大野 牧 

かさ はら のま さ 

笠 原 牧南條 

に ひ はり のま *0 

新 張牧式 



望月の 牧 — (長 野 縣) 



を. A や のまき 

岡 屋牧式 

しほ はら のまぎ 

鹽原牧 式 

お ほ t ろ のま *> 

大室牧 

おなじく ほふで うの ま *~ 

同 北條牧 

もち づき のま 

望月 牧式 

信 濃の 卷 



op 



俱 竊 河 销 —< 長 野 驟) 

あや 



しほ か は 

I 可 

かつ & ^ の 



のまき 

綾野 牧 



庄 牧 未詳 猪 鹿牧式 



長 倉 牧式 

fe i My のまぎ 

多々 利牧 



眞 濃の 卷 

しほ の © まき 

鹽野牧 式 

かなく らゐ のま ま 

金 倉 井牧』 



知 具 麻 河: S (信 濃 中部の 東 偏 よら 北部) 



こくしが たけ きんぶ ざんとう けいこく さい ほくり う やつ 

. きつ SL>ho §bf f 1、- 



ち くまが は す >Q げん さ く こ ぶ し 

千 曲 川 (千 殴に 同じ) 水源 は、 佐久 郡の 甲 武信嶽 • 國師岳 • 金 峰 山 等の 溪谷。 西北 流して 八ケ 

た け たてしな やま あさま やま 1 けいりう あは こもろ うへ だ. へ を はすて やま おいさん § S 

岳 • 立 科 山と、 淺間 山との 間の 溪流を 合せ、 小 諸、 上田 を經 て、 姨捨 山と 鏡臺 山との 閒の山 

あい し ようは. やしろ へん とう, ほく を さいが は お. す & げん さいが はが ふりう 

隘を衝 破し、 屋 ^ の邊 から 東北に 折れて 厚川に 落ち合 ふ。 水源から 厚川 合流のと ころまで 三 



W は.;? にょうし ふ 

十四 里で あると いふ 。「萬 葉 集」 に、 



うお いせ つ ひこの かみ こと さ いせ つ ひこの^ rv 

と 歌 はれて ゐ るの は、 伊勢 津彥 神の 事 を 指して ゐ るので、 『疑 ふらく は、 伊勢 津彥^ の 身 を 

ち しな めい ぎ こう い 

よせられし 地に や。』 と 「信 濃 名義 致」 も 言 つて ゐる。 

しん S. とき 5- せ: さる だ ひこの みこと たま くに のち い せ. P. ひこ か寸か , つ k 

神代 ひ 時、 俘 !R は、 猿阳彦 命 のしり 絵ふ國 であった の を、 後に、 伊勢 津彦 日 部の 二 

じん くに 5 ぼ ナ 1 も いま レ は と じん む」 

砷、 國を 奪って 住んで ゐた。 その 地 は、 今の 岩戸で あると いふ ことで ある。 ところが、 神武 



說俾動 活神讃 



てんの 5 ごとうせ S とき あ め© ひわけ のみこと , • へや : 、 x , - し: O * , 

^ 皇御 東征の 日、 夭 日 別 命 をして あ を發 して、 これ を 殺さう とされた。 二 刺 は 畏 伏し 

、 ^ 、 t£ か Is! よお!^^ こ^ へ 今、 高 安 都 敎興寺 村 天照大神 高座 神 V およ、 51 

て、 國を 奉 P 春 日 部 は 河 內國に 去り" 社と 鱗す る もの 卽ち これで ある。 ) も^ sas は .K 

•ST ^ z:、 ^iy:?1、3 し:。 、仙覺 の 「伊勢 風土 S 說」 を 引いて、. 神風^ ン :1 "「^にきう 一 こ、 & 

氣を 起して、 信 濃に 去られた (勢の 認が ある。 これ は y 說 では 無い。 ) これ 力 「夢 棻集」 に 免 

,、 St o .A まくよ. せつ す は じん 5. せ: しなの うつ ふま とき 

が 梦 ぎ ぎ^と 詠まれた もので あらう。 ー說に は、 詉方明 神が 伊勢から 信 濃に 移り 給うた 時 

4h , ^ -^e). t ^ 、こ へ 風^ 部說 これに ン : ^ へ 後世、 これらの 說 から、 ^勢 津ン ジ 

風 伯の 神に 乘 つて 飛び 給 ふた (據 wvf ふ。 j とい 3 事て "彦 なりな どの 異說が 見える。 ) あ 

る o 

《ま ちく まが は か はかみ おかまが はら 』< わう だ 4> はら、 おは <9 、 ズ、 ^^o^ V 、^: 、 ? 

お、 やき^の W ^に 高天原と いふ 廣大の 原 (凡そ 五 里) が あり、 X 川端 下と いふ 虔に、 盤 

*■ ノ, f しんぐん い < VT>„">1、 1 つ A ゝ 

.KI の 社 (盤 古 大王) とい ふが あって、 紳軍 などい ふこと を 家の へ ん はいと いふ ものに 傅へ ると 

"Aj しじ もち こと つく ぶ、 s タ りせい • t h , J -、 * 9 

^11 ふ。 それ は 十二支 四時 を 用 ゆる 事 を 作り、 五行の 理を 制すと いふ ことで ある 力, 本國は 

戟 から、 li 騵を 像す る こと^しく、 世に いは ゆる i の 祝な どい ふ ものが あった。 (四 ©譚 き 

^朝^れば 木^ 路の さくら 唤き にけ りぬ の はふり にす きま あらすな e q 名 寄」 I 後顧) 

しな のぢ かぜ しろ k 'ほ/,.^/. - D 

濃路ゃ 風の はふり に 心せよ 白 ゆ ふ はなの 匂 ふ 刺カぜ 

でし も. t 卜ろ く ころ しゅ めいろく しゅけ. 5 じ や にん ► ふやけ.' . , にん P . ► > ' ^ 

お" • ^ぎの 賺、 鶴 あか ら の r 备錄」 に は、 修驗者 十 人に 社家 一 一 一 人に 過ぎない やうに 見 一 

麴馑窳 河 铂 |( 長 野驟) 信 饞の卷 



t 偉 奇怪 • 明 說靈 



廣保 親王 • (長 野驟) 信 濃の 卷 

みな ふうはく し そん んん , > 

える けれども、 これ は、 皆、 * 伯の 子孫の やうに 信ぜられて ゐる 一 8 

18 

a お やす しん の 5 

寅 保 親王 (北 佐 久郡北 御牧 村 大字 下の 城) 

邶 ず お 之) の S き i 、のじき んの舊 に、 ふ 古る いきが 二 f つて、 f 颠 

靈の王ぅ の ¥ f 輕62が(ほ^ 。師) の sin ひ i へて ゐる。 (「信 濃 奇勝 錄」) ri 

射!! ii」 とい ふ ものに、 『淸和 天皇 第 四 子貞保 親王、 館 1! 千 洛陽滋 野 井 t 一 旦悤レ 目、 因尋 -1 溢 

み もろは" , 

泉 一 而來 〗1 信 濃 T 居 一一 海 野 一 而 薨矣、 後胤 相 接而城 n 海 野 〖故 氏〗 一海 野 T 而姓 一 ー滋 野?』 と 見える。 兩羽 

じんじゃ この さお? > しふのう さい.^ ^ > >o 

神社ば、 此貞保 親王 を 祭 刺と し てゐる と 言 ふこと で ある 

立 科 山 (北 佐 久郡立 科 山) 

J- ナ す ま ち ひさが た S きお さ るに しょ ぐん , 

お^^ (蓼 科さ は、 八ケ 進に つ ^ いて、 詉訪、 小縣、 南 • 北 佐 久の諸 郡に よこた はる 山で 

K f きお さ く ぐ〕 ぞく i§§ しんし や, うせい てんのう. げ^ で、 , ね乂 じは^, I 

あるが、 ガ i 射 を^^ 久 1 に i! して ゐる。 頂上に 神祠が ある。 陽 成 天皇 元 慶ニ年 叙位の 事 

ンっ ろく ぐ わつ * こち とざん きかん な. にち せ *- ん 

「三代 實錄」 にみ えて ゐる。 六月 八日から 二十 八日まで が 登山の 期間で ある。 就中 i« 五 口 登山 



りば, -1? い。 !:ぉ から^る にも、 五 であるので、 山中に ー&を あかさなければ ならな 

^ V f 5SJ と またお そ とほ のぞ 

z §^ffft ffh<. 春に なって 解ける の も 又遲 いに u 

むと、 まるでず も 盛った やうに r ると いふので、 ま 又お、 *?ゃ山まと: 呼 s れ r ゐ る",^ 

mf 1 がー i に 躪1 つて、 きもお もき いやう である。 I、 姬小 松に 似て、 俗に、 延松 

ときえて ゐる。 批 還の I にきむ ^を、 たまたまき の 人の 見かける 事が ある。 加賀 はの 

r き霸 とい ふ 1 にぎ ゐ る。 (靈、 と?" issi?i;M はふで) おおきさ 鳩 

の ごとく、 fi に i する が やうで ある。 S あ にも f で ゐて岩 鳥と いはれ , 

てゐ る。 

しら のお かげに かくろ ひて やすらに すめる ず 鳥 かな。 (後鳥羽院) 

怪ー あはれ なり 覼 のしら tl にす る 1 も 1 をた のみてず あかす かな。 (家 隆) I, 

奇 一 f、 「ir き」 にぎて ゐる きろの 鐘な! いふ ものが ある。 ほに?、 松! 

傳 と あり、 SSQf は、 龟雞 と ある。 このと % このんで ず粞 とする 故に、 松 雞と名 づけ は 一き 

亂 ので あらう と f れた。 さすれば、 ゎ和& に、 1 を i みあ はせ たので も しられる であらう。 又 

な 斜 山— (長 野 5 信 濃の 卷 



^ 山 lc 長 野縣) 信 濃の 卷 

一にき i (麵 ときいて ゐる。 『き麟 iipf i せる いきう の r ?。 I や 山 まの 獻 におし の 

f o I ま 山 やの i は、 ® のかた ち、 鬆に S あり、 si に またり。 i リは、 k し 1 に まて 一翁 

くろ しろ あし ゅぴ ナ ひよ まと ごと まつ み. まつ 

むお のうち 黑く、 白瑰 あり, 足は趾 のき はまで 毛 あり。 雛 は、 鳩の 如く、 松の 實, 松の み ど 

つい ゆ 乙の やま もい じ 5 す ゆ ゑ らいがた け な 

りを啄 むと い 〈り。 また、 此 山に、 雷獸 ありて 住む。 故に 雷 岳と いふ 名 も ある』 の だとい 

, ,| そ p 化 ほ Z いぬ ごと ► け ^な る ゐ め ま は くろ f そ しお く 3.0 & じ s t • 

ふ。 『其 舦 小犬の 如く、 毛 は 絡に 類して、 眼の 回り 黒み あり。 はなづら きく、 ト i t く、 1^ 

^ あし^ 2 ら k か は *.^T せう に.^ あし JJ と あしか ふ ほん わし ごと ゆ あな 5 お 

も 短し。 跖 は、 皮 薄く して、 小兒の 足の 如し。 足 S. 五本 ありて、 鷲の 如く、 &は、 范を i 

どち う > ゆ ゑ ねんむ ぐら つね る. S じゃく ひと t 0> 

つて 土中に 入る、 故に、 千年 鼷 ともよべ るよ し、 常に 羸弱に して、 人に 狎れ もし、 P ふもん , 

ふ4? あお さんちう ゆうだち あめ はん § 

とするとき は猛 くして 當り がた しとい へ hN。 山中 陳頭雨 ふらんと するとき は、 岩 上に あら は 

は— くも 5- も なごと しなの き レ w> ろく み 

れ 飛んで 雪に 入る こと 螽の 如し。』 と 「信 濃 奇勝 錄に」 見えて ゐる。 

く^た H しで まや こ めいた か ゐ や ま さん sif はんせき つち な AUT 

『佐 久郡立 科 山 は、 古名 高 井山な リ。 (歜 枕な リ。〕 山上 は 岩石の みに して、 土な し。 岩 ぽ 

1 いせ:? * ぷ 4 か. ん ,9, このさん ちう ちく まが ははし ざ s もく き 

の 內に塘 泉 ありて、 大旱 にも 盡 くる ことなし。 此 山中に て、 千 曲 川 橋の 材术を 伐 bv たる 

な1 - * <- ね:^ 1 おけ お. き にんそく よに^: S ©ば 

也。 享保 二十 年 乙 卵 八月、 右嶽 にて、 大木 を 伐り に、 人足 三千 餘人 引きつれて 歡リ、 化 

ちう こや, , か、 しゅく 己と 中 レん かう およ < わい *! こや f 

中に 小屋 を 懸け、 宿す る 事 三 夜、 深^に 及びて、 さまざまの 怪異 あり。 小 a のうちに 屈 



說傅 爭戰 物 1 



みぎ、 ほかへ Fil はす、 あるひ は、 i き靈 にお 翻 I げて 呼ず、 或は 小 § 

へ、 ! 滅を mi して、 ^^も ゆるぐ ばかりに i 廳す。 夜^け て^れ は、 すこしも そ 

のまな く、 もとより おの i れ たる もな し。 i れば装 を ゆき i す。 お if 取-つきて、 

を あげて f ベば、 i§ に i り、 ii る こと i く、 まれば、 忽然と して i 天と 

なる。 そのうへ、 霧の m、 垂 v として、 その m に, 盡 あはる かに M ゆると、 辦 

として if て、 r 尺き のうち も? す、 §し車ゃ樣 の f 。 ひ 人と こ i へきて ざれば、 ^ 

^^となる。 そのほか さまざま あやしき « あり。 この 山の 事 は, 余 これに のぼりて、 右 材プ 

を ひかせて、 よくよく^^せ り。』 G. 信濃國 怪異 奇談」 リ 

慕 合. 戰 (北 佐久郡 諷訪の 森) 

この さと 

i お^ &に は、 群から、 よく が あると いふ ことで あるが、 此 里の 

ギ ^f^sff^J に、 ぎぼ、 f 一 まかりの Fim 

§00si^ksBJ^ ^東西の 山 S の 

薹 合 寧 人 長 野 踩) 信 濃 



說傳明 說名地 



驟 訪 郡 —(長 野驟) 信 濃の 卷 

£ せん > がま がっせん stt ら この こ いけ §* うしん ぎな - いつ.^ I 

古戰鍚 であり、 かつ は、 暮合戰 をす るのに、 必す此 小 池 を 中心として 行 はれる と 言ひ傳 へら . 

, このまん ぼう がま お ほ おいが い すん すん そのいろ ほし ^で あか にし^ 

れてゐ る。 此 近傍の 蟇 は、 大 さ大槪 四五寸 より 七 八寸、 其 色 東から 1 へ 出る もの は 赤く、 西 ~ 

$ , J くろ かっせん たいがい にち ひ ぐんぜい か i I , 

から 北へ 出る もの は黑 いとい ふ。 合戰 は、 大槪四 五日お 互に 軍勢 を 狩り 催してから 行 はれる 

つね その じゅんび な たが ひ きはつ せんな』 § ち 

が 常で、 其 準備 成る まで はお 互に 騎を發 しない。 かう して、 いよいよ 戰 機が 熱する と、 池の 

なんぼく わか , あつ i< て *> み かた あかが ま くろが ま ま がま いけ ほし ま は もと ろ かへ i ゑ こ ゑい 

南北に 分れ 集った 敵 味方の 赤暮 と黑 蟇と は、 先づ蟇 池の 端 を 回って 本の 所に 歸り、 ニ聲 三聲異 

た* ^ ぁひづ * ほ, ひき びきす ゐじ f う ふ かみぶ ひ はじ. I ;: ^だい k いけ • f ん い * 

聲を 立てて 啼 くの を 相 圖 に、 先づ、 二 疋三疋 水上に 港んで^ 合 を 始め、 次第に、 池 一面に 入 

みだ かみあ やが しう じつ およ. 

り 亂れて g. 合 ひ、 かくする こと、 纏て 週日に 及ぶ ことがあ ると いふ。 (「口碑 「信の 奇勝 錄」) 

誠訪郡 I 難訪の 名義 

す ► は 、 わ やう ナ は siij. う, j いづも しゅ ぞく きか すま f す は じんじゃ じつ そ 力 力 せき つや 

輙訪は 「和名 杪」 『須 波』、 上古 出 雲 種族の 来り 住った 所で、 識訪祌 社 は、 實に、 其 遣 蹟を傳 

b > げんし t てんのう やう *? ねん さ i く た /安 グる ot>、 *h^0'00i^0p 

へて ゐる。 元 正 天皇の 養老 五 年、 割いて !國を 建てられた て ^上!^ 麵% の^ t おが 

to ン レ f むてん のう てん at ねん はい しなの cv に が * ぺぃ , ナ はなお こ , さう * ぶ _ 2 き 

) が、 聖武 天皇の 天平 三年 廢 して 信 濃國に 合併され た。 その 須 汲の 名の 起り は、 草 眛の時 

みづ 9 ,9.9 J で な しな ©*» め .1 かう .ぃ. /「# 良 il?- 一に、 『«T;ir 着^' S さ 

水の す はまに 出た 名で あらう かと、 「信 濃 地名 考」 は 言って ゐる。 濃 g 



說傳主 沼 '離 



r 」 ン:、 I ク リ夂 すナ 音た る 入、 湖^ 波 上に 馬 を 趨 せて、 笠懸 射^ 

s^;lf 翻 まお^び、 f き i きば ill き L め" と赠緣 き?。』 と 見える。 ; 

諷訪湖 (諷訪 郡) 

^5 > , , »?D さ \/ かう ち てんゆうが は みなもと 

鲥 &»が&菌ぁ姆 にある まで、 1 き 一千 の 高地に あり、 天龍川の 源 地 を 

k ピウ ゐ 9 I /「野史」 に、 『洲 羽の S 、六十 七 里 二十 1 歩、 出 二 鯉鮒龜 甲?』 等 

きして ゐる。 ゼ ^^s 里 二十 二 町、 (「の.^ か^る ■ 出處 未詳。 た.,、 其 後、 須 波の 海の 小くな つた 

r . ひ さ,, >s く まう .i>¥ やう ふうけ. S ぜっか みづ おちく ち- 

の は 事 實で。 ある ン ^さ 七^ば かりと, はれて ゐる。 山岳 四方 を圍繞 して、 f i 佳、 水の 落卩 

J > ^ なお あんしう e すな てんり^ が は みほか^ 、 o 

をき おといって、 伊 ii を S れて^ 州へ 出る。 跟ち 天龍川の 水上で ある 

すっと 戬、 想 ip、 0^ (slsl、) を、 ぎ はせ あの 必要 

を^って、 二つの ^(1 ほ ま。 と) を^った^、 吋 を^る ために、 ^汲の 地 を陷沒 させた 爲 

こちう がす をん せん ふん, K つ > 

めに^ま たもの だと, ふこと (「古史 傳」) である。 湖 中に、 瓦斯^ 泉 を 噴出す ると ころ 力 ある 

ので、 ち 地震 は、 お 顧 みを、 箬 の i くお の豔 cfei) だきって ゐ るが、 言 ひ, 

に f と、 ,A11 のさ 嫌 まの きぎ あ つたと いふ ことで 

ある。 (口碑) 

« s fs 野驟) 信 濃の 卷 



-3 



說傳 裰氣震 



a 藝—: 長 & 信 濃の 翁 

みづ うみ とうき 1 けつ じんば その 5 へ わう らい きんらい ぺっ スケ ,ト よき こ 

湖 は、 冬期 は、 氷結して、 人馬 其 上 を往來 し、 近來 は、 別に 氷 滑 場と して 世に m えて ゐ - 

ひで しんきろう げ乂. ^つ みわた もつ ちっと *SJ ほ 

るが、 昔 は、 蜃氣 樓の现 出と、 御 渡りと を 以て、 最も 聞え てゐ た。 百 

みづ うみ ふる さ 5 じん が こ とな き 4! いし «Js.f 

この 湖 を、 古くから 騷人驚 湖と 稱 へて 来たの は、 「三 體詩」 に、 『鵞 湖山 下稱梁 肥、』 註に、 

J もつ しんしう た. s. Z 

『鵞 湖 者 在 二 信 州 鉛山縣 西南 十五 里?』 と ある を 以て、 信 州の 大湖 であると ころから、 なぞら 

へ て 一 ま つたので あらう。 

み み >. ^ぼバ .、 P いいちう 丄^ じんじ >t 、 / 翁 を hji 、ン 4 けみ なかお のみと とおよ その ひ * やさ かとめ のみと と 

湖 の 南北に、 國幣中 社識訪 神社が あって、 (up 雌。 J 建 御名 方 命 及び 其 妃八坂 刀寶命 を 

祀 つて ゐる。 

轉寢の 御 夢 (諫訪 郡謙訪 湖) - 

す は のうみ しん き ろう お ほ は; Istd き は >* づぅみ ぬし 5J* ね お ゆめ 

饊訪 湖の 蜃氣褸 は、 大 蛤 の氣を 吐いて ゐ るので はなく、 湖 の 主が、 轉寢 の御蘑 だら う 

ん^ - , ほんてう ね^だい き 

と 信ぜられて ゐる。 「本 綁 年代記」 に、 『後深草 院建長 三年 二月 十四日、 誠 訪明神 湖、 大島又 唐 

/ J : f ^ . しる Is 乙の 4 んき f す は *J しん 令ろ 5 ナで 

船出 現、 片時 間 消失き KO』 と 記されて ゐるも Q、 睏ち、 此 蜃氣樓 で、 詉訪 湖の 震氣樓 も、 旣 

i t あら, み, 

に旣に 古くから 現 はれた ものと a える。 



ころも as 

衣が 崎 (諷訪 酈諫 訪鑭) 

メ ZT 家 一一 l ン 

新鄭 のうみ これ もがみ さき かがめつ つけ ふ 日ぐ らしに おりくら すなみ (大 納霄師 氏」 

篛 犰、 腿のきひ 間から、 の,、 ffi I が i a^KI 

WII の マ をぶ ふ/』 ひ) と!, んでゐ る。 

「風土記」 に 見える。 、とお/て^ 5 さ I ia S かみつよ I J 

. 翳、 きき か、 議靈 ぎきあった。 『わが? 己 貴 大き、 翥代 g 大 

觀慈 M 難の 繁を i ひて Kfe に f 、 よ 世の ずず、 E の 威と され f かつ 叉、 

iftf, せきの 弒の Si に^め II ふた。 批鎩 に^って、 の !! の 高 を、 深に 寫 すので 

i^?R- 、 おつげよ ふじさん かげ I ^1 

; あらん 鍵り、 の n!k きざる のしる しで ある。』 との 御告に 依って、 富士山の 影の 湖 

► : そのと き わかき らの^ てんのう ほせ^;、 

はこ 51 ると ころ を、 揭が 1 とぎ けられた ので ある と。 共 8 若 零-天皇の 御製 

來 て 見れば 富 士の上 こぐ 海士ン 

の 鈎 舟。』 の 歌お 載せて ゐ る。」 え 「 I しも 

「徹|€^|! ?」 は、 『これらの^、 いといぶ かしき 事 なれ ど、 人 n にあれば、 暫く こ-に 節せ 

兹 が WIS 野縣) 信 濃の 卷 



5 



說 傳幸释 



明 神の 徽漉? |( 長 野縣) 信 濃の © 

い でんせつ の ヽ. 4J ハ& こ、 tst D .^^-^ ず 取 \ 

り。』 と 言って、 この 傳說を 載せて ゐる。 の!^ はきへ^ ゐ!^ ) 

明 神 の 御 渡り 不〕 (誠訪 Is 訪湖) 

す はな. * ふし さ f ゐ お よ こ すねみ よ . とうじつ け ► は ,} チカ か 一 

齦訪 七不思議の 隨 一 に 押されて、 世に 湖水 神 幸と 呼ばる、 もの は、 冬日、 i 訪 湖水の 三 日 

や およ i けつ / 享さ 二え こき \ 、 か め 15 にち めき ぶ めん あ *5 - おか > •* や 

三 夜に 及んで 氷結 (^mj^wl) してから、 三日 目 或は 四 五日 目に、 氷面に 現 はれる 高い 山 

鍵の やうな もの (SS おきお お! .。 土) を まあの 41 りになる の をい ふので、 i 

かみ みや しもす は しも みや ?- あま は f k^.< f さん A ぞ/ 

上の 宮 から、 下 詉 訪 下の 宫へ かけて、 五十 W 餘り、 幅 四 尺に あまる とい ふこの 氷の 山脈の や 

や あ^, で かみみ や はま はじ /ぼし、 t ^-w^^^^k 

うな もの は、 一夜のう ちに 現 はれ 出る もので、 上の 宮の濱 から 初 まり (M らな t ひ^^^ 

i みや はま いお よる うち かみみ や す は *?っ じん しも みや め がみ もと かよ 

下の 宫の濱 に 至る もので、 その 夜の 中に、 上の 宮の詉 訪明祌 は、 下の 宮の 女神の 許に お 通 ひ 

とな み わお よ * わた, /义、 #ぉ「^>;^さ\ しる レ 

になる の だと 稱 へられ、 これ を 御 渡りと 呼んで ゐる。 神 幸 (^】fe^s。 ) のあった 印に 

S みち うへ うす こ ほ なか ぎょりん ごと み ,J ほ ぶ.^ いて ® つ 4』 ノ 

は、 右の 道の 上に 薄く 氷り、 中 は、 魚鱗の 如く 見えて 氷らたい。 (S^^MSi^l^ ザ) 

巴のば しょ もつ し ; ねん かう さくとう きつ f し ふる ぐんけ つい a? しゅ * ► し. せい 

此揚所 を 以て、 昔 は、 明年の 耕作 等の 吉凶 を 知り、 古く は將軍 家へ、 次で は 城主へ 次第 を 

ろ" l_r しん 

錄 して 注進した もの だとい ふこと である。 



It 

說 



;ゥ.,- のち くわ ム^ , > : 。へ 「11H 濃. & 驗錄」 

な 莉は、 ; があって から 後に 行 はれる の を W 伊と して ゐた lr 千 曲の 眞砂」 

「& き? 土) で、 ;霸 驕」 などに も、 『1 有大 湖、 冬 氷厚、 然人霞 焉、 I 一道 蛾" 

然、 衆 以爲: W 初 ま、 然後 人馬 往還、 如 踏 陸地、 云云。』 などい ふ 記事が おえて ゐる。 もし、 此 

タ -ズノ r; 、 i ンんま このみ づぅみ わお *i z,f、 

pf けき の 1、 なほ 4 きりのない うちに、 人き 此 湖 I る こと 力 あれば き 

つと、 &| が あると いふ こで ある。 そのお、 fi ^^sd^ 

it ない といきと なく (i 怪)、 そして、 ,なると、 おずに なる。 上 はが? 

く |け1め るの は、 鹏 i が、 き f になった if いふので、 それから は、 人馬の 往來を 生 

めて しま ふ。 ぶ ふく わ" ! *、 

S を、 まだと いふ ものが あるの は、 狐 聽レ氷 とい ふ 詩句に 附會 した 後人の ひ 力 ごと 

の、 その ま-^ に傳 へられた ので あらう。 

ぎ sf に きるまい。 , つ 2 i f r 

ぎう がって t する もの、 a$ 翳^が あれば、 畚に I を 入 

れて、 お を ゆい て がくに、 i が § くと ころ、 はたして 屍 まが あると いふ ことで ある。 

明: t の御遼 り 15 野驟) 信 浪の卷 



17 



麟繊 的敎宗 



0^0 Jy— (長 野騾) 信 濃の 卷 

(「信 濃 地名 考」) 

又、 <重 垣 ® が、 そのお 雛獄 の^ 淤な » ^^做の S1 を 避むべく なくされ たの は 一柳 

じん み わな JJ HI と 3i ) .£ ? 

即ち、 明 神の 御 渡りがなかった 爲め であると いふ あで ある。 @^ J 

す は . じん じ や 

0X00 (詉訪 郡 中州 村 • 下誡訪 町) 

、上 社 • 瞰訪郡 中州 村 字祌宫 \ t、 ia さいしん 

今の ln« 幣中ま ffis 神社 パ寺。 下 社. 誠訪郡 fe^。) は、 建 御名 方 命、 八 坂 刀 寶命を 祭神と し 

_ と のお ほ .» み えんぎ みなの クミす a は みな か., * 一と タ ュ厶ュ や ざ 

てゐる 此大; t は、 r 延審 式」 に、 『信 濃 國諷訪 i 南方 刀獒神 # 二 坐 名 祌大』 。と ある もの これで 

A なかお とみの ふこと こ じ き お にぬしの みこと お §T itf t > I 

南方 刀 美 命 は、 「古事記」 に、 『大國 主 命 の 御言に、 『我 子 有 建 御名 方种』 と ^ し I!? ふた m で、 

Bi の I、 繾を fir ら じと、 鬻廳敍 はれた が、 i&I けて、 ^1 

洲羽 海で、 ^ され やうと した I、 『除此 地 者不行 他處』 と i 縱特 して、 iiif り、 これよ リ 

» このく に ち^ざ ざ か. $ク み&. ノも OAS- b 、 

長に、 此 國に鎭 座され たので、 二 座と あるの は、 sf^ お^と 二つ に^れて ゐる からな ので 

きん は、 i に、 翳 si みに まします ので ある。 (5^ お; 稱?^ s^sf 

は 南方 刀獒祌 • 事 代 主 »• 八 坂刀資 命 三 座 を、 1 歧に 祭つ ノふ f 3 て. 3? 1 I ねん § 

てゐ る。 r 舊 靡^」 に 見える 處は、 これと 違つ ひがる? ) 孝德 天皇の 八 年 1 1 月、 『奉 勅使 獻綿百 純 依 



體起緣 的 鐘 



し 1 ;sc r 「識訪 社藏本 a 史」 ひ ほ 。か) y . り、 ゆ 1 お IS の 丘!^^ M 晒に 

時 俊 也』 と の 記事が 見え そめて 〈に、 此 記事 は 見えな い。、 力ら .f ^ ヌ崖の 5^ ァ戶资 El 

くだ もやと くてんのう じんじゅぐ わん ねん JT , お^.^、.^ 

は、 1^ がお つて 1# あり (「持 繞 組」)、 I つて、 文德 天皇の 仁 害兀年 ^ に は 雨大 刹の 神 

かい すュ し、 、玆 に雨大 s と は、 本宫 及び 前 宫の事 、で、 ヌ宮 之)^ 三^ を^ へら 吐、,^ の 

階 を 進められ (IIQP^I; 狼前宫 』 と ある もの これで ある 、も 三 C を カハ ら^ f 禾ヌ 

粼贜九 f 一一 に緞 一 ^に、 が i お^のお 被 叙 正 一 位 號南宮 法 性大明 神』 と 正史に 載せ 

らる き ips8f i んだ 「&塑 I 難豔 おび、 「f まへ 大 i 阖)」 

に、 2^11^ 齦 あるの 1! に^して、 を S て、 ^斷 に縱め II ひし 事 は、 載せて 審ら 

、.s..^rgJia.HJ きり^.^、 七 と、 1^41 口の の 御 神 を、 御^に 祭り 給 ふたと ころ、 海上 無籙 

かで ある。 (t 、功 Iwsl^iso 田 まき 5r^^st きぎて、 歸京 後、 lis に? たので、 

爲に、 宣 旨があって、 ® 多う t ズ、 ^ の^として、 はたまた、 日本 第一 のガ軍 S として 

tt* を 寄進せられ たな ど 7 さネ f tosM ク 1 . , ま で ぶゥ 

1 めら れ、 攀 sfs 還 に、 お 5 不丸 f sl&i まれた。 t 日 は、 

や i 8B3 十五^ s §B 八 躬^で、 f( 

f ま お ま ほふ 94- は し しゅさい 3 

ぼ訪大 祝 諷訪氏 これ を 主宰して ゐる 、 

す はしん しお ほ は 會少 、々ろ ゅ_ おい ふ,、 , 3。 へ 「直 指抄」 に、 『祕說 曰。 一! 訪, W は. K 

諷翁 力, I ず訪 种氏大 祝 氏 は 當 社の 斜亂で あ る ぐ n 輪 明祌の 子な り 神 家 は 卽ち魏 

子 %£ 見以ぇ 上る 「3 「す gs(l きに、 『き! の 等 ii な あ f 。 

ra 訪: g 野驟) 信 濃の 卷 



說 俥起緣 的敎宗 



n » 祌 弒. Is 野驟) 信 澳の卷 

そしん そうけい しゃだ^ こ なん さんみべ ふま . » お ほかみ およ, . しん まつ これ * * 

祖祌を 崇敬し、 社 壇 を 湖南の 山麓に 構へ、 大神 及び 百 八十 祌を 祭る。 之 を 御衣 木 祝と 稱 

まお お ほ はふ 》- ^ しんし" しそ しんしけ いづ .5 は 

し、 又、 大 祝と 謂 ふ。 祌 氏の 始祖な り。 「神 氏 系圖」 に 曰く、 『于時 有八歲 童子 後 字 有 員 

而令隨 明 神 守 屋拳諍 大神至 守 屋山有 御合戰 童子 卒神兵 追 落 守 屋則彼 山麓 構 社 壇 吾 神脫著 

御衣 於 意 子 吾 無 體以祝 爲體有 神勅 隱 御身 彼 宜子爲 祌體名 御衣 木 視神氏 始祖 也 安々。』 「維 

1 また いは SA> じ^す ゐせ含 おん ぞ S いどうじ ぬ * たま お ほ はふ B- VS われ 

詞」 又 曰く、 『明 神 垂迹の はじめ、 御衣 を 八歲の 童子に 脫ぎ 着せ 玉 ひて、 大 祝と 稱し、 我 

おい お A ほふ リ もつ おい しん 3/ あ これ MA み そ はふ リぁ》 か-?' しんし しそな M- 

に 於て 體 なし、 祝 を 以て 體と なすと 神勅 有りけ り。 是 則ち、 御衣 祝 有員祌 氏の 始祖 也、 

か とく あ ひつ. i いま その.: § かたじけな このほか し § よ はい し じん すう にんな W 

家督 相次で 今に 其 職 を 辱 くす。 此 外に 祠官 すべて 七十 餘輩、 氏人 また 數百人 也。』 と あ 

じつ お ほ はふ; 》 け 乙 でん よ け « お ほかみ ナは ち うつす たま 

る もの、 實に、 大祝 家の 古 傳に據 るな り。 蓋し、 大神 はじめて 諷訪の 地に 移り 住 み^ひ 

とき このち のぞ § ゆ, け かみ づち のかみ せいやく お ま ごと みそ 

し 時、 此地を 除きて は、 あだし 處へ は 行か じと、 建 御 雷神に 誓約し 玉 ひし 如く、 御衣 

き はふ! 9 ^5ut 1 ナはナ はな れい このく に 95.5 さいせい ち じつ 

木 祝た る當 職に ある 間 は、 諷訪の 地 を 離れざる の 例と し、 此 國を領 して、 祭政 一 致の 實 

あ きた あ リかネ よだい i お ほ はふ •, ためな か も © け. s づ いは I 

を 攀げ來 りしな り。 有 員より 十餘 代を經 て、 大祝爲 仲なる 者 あり、 「系 圖」 に 曰く 『人皇 

七十 一 一代 白河院 御宇、 爲仲當 職 之 時、 鎮守府 將軍 源義家 朝臣 依 誘引 有 上洛、 京都 之 企 任 

當職輩 不出郡 內事乖 迹以來 流 例 也、 不可 然之 由、 父 爲信再 往雖加 教訓 不能 承引 上洛 畢、 



說傳繊 的敎窀 



旣 自郡內 種々 有 先 表、 至 美 濃 國筵田 庄芝原 新羅 三 郞義光 有 召請 酒宴 之 時、 雙六赛 論 wfm 

忽 自殺 所 致 神罰 也、 自其 時、 彼 芝 原 庄被補 當社領 以爲仲 勸請當 所 神 云々、 于今當 所 芝 原 

宿 中程 社頭 是也、 有 員以來 至賴信 十四 代、 系圖竝 代. c 勅裁、 以下 相 傳之證 文 等、 爲仲奥 

州 發向之 刻 預置舅 伊奈 馬 太夫 信 濃 櫂 守 許 之 所 紛失 訖仍 十四 代 不知、 名字 然間自 頼 信 Si 之 

& § ま 卜ぶ は た しゃ レぞ p とく ふ だい I にんげん さお およ しか いよいよ 

云々。』 繪詞」 又 曰く、 『當職 者 生得 翳 代 なれば、 誠に 任 限の 沙汰に 及ばす、 然 らば、 彌 

つ し. 5 じ ^ f つ は てうせ き し^た. S ? U しんたん がう ほ、 * §ゥ ^ん を か 

旬日の 神事 を專ら はして、 朝夕の 進退 を 慎むべき に、 神 體の號 に 誇りて 重禁を 犯し 

ち 4 ftu- そむ ふ し g ことなり もし ► まお * まつぶ いこ^ こん ^ん 、 ^おおつ ふ 

父の 命に も 背きけ る は、 不思議の 事 也。 若 * 又 末代 後昆の 禁 にゃあり けん、 ; S 慮覺东 

み- i のこ ぶんしょ もんじつ ょリ お ほかみ すねせ きい らい えきせい § しつお よびこく か おい くんこう すく 

なしと 見 ゆ。 此 古文書の 紛失に 依て、 大神 垂迹 以來、 奕世 皇室 及國 家に する 》 功 少な 

いま 巴 れ ょレ ちっと おしむべき 匕と > ,, 又 警 ^ まだ i>i 

からざる べき も、 今 之 を徵證 する に 由な き は 最も 可惜 事と なす。 玆に, 伊那 S 太夫と 

r«is け いづ み ix£ 镇 楚 isotkr 系 あお そ 力し そん > . ^小, - <2 

ある は、 【大系 圖」 に、 源爲公 W 翻^き 細 f 子と あるに 當り、 其 子孫 は 莉 氏と 親族の 關 

け 5- な- し,? ゐ お &. 4kJ ん! うごく だいせい i は * - , » ちう せいい かう 

係 を 作して、 神威 武威 を 兼ねて、 當國に 大勢 力 を 張りし な.^。 去れば、 中世 以降、 ^氏 

げんじ i しも かな さ レレ- レぶ あひこん わ- .S は ゆる プ^. I • S な, 、。ね.、 (や-^ ほ 

^氏、 竝に下 宫の金 刺 氏、 三 姓 相 混和して、 所謂 詉訪の 一 黨を爲 し、 常に 兵馬の 事に 一 

fejw げんぺいせ S すねき, おいへ いき ー ぼ ん: しなめ l^c^l^w^ 一 

も從 ひし は、 「東 鑑」、 「源平 盛衰 記」、 「太平 記」、 「梅 松 論」、 「信 濃宮 傳」、 rffis 大明神 一 

贜訪神 駄 〜(長 野縣) 信 濃の 卷 



說 傳起緣 的敎宗 



讕訪; e 駄 |( 長 野縣) 信 濃の 卷 

し 6S -I i さし けん ぬ がち かくし W しか #ゥ る その?. せ S , » かみの 翁 > お ほ 

i&JTffi」i に して、 拔き醻 き^ 證ぁ り。 而も、 最も 其强 盛な りし は、 上 宮の大 一 ぬ 

勰 lc て、 i 砂の 一 li とす 。『、li 四 f 九 m、 !4fRr 發向信 濃國、 止宿 于誡 訪上宫 -4 

庵澤 之邊、 及 深更、 靑女 一 人、 來于 一 絛次 郞忠賴 之陣、 謁之 云、 當宫大 祝 篤 光 妻 也、 爲 

夫 之 使 參來、 篤 光 申、 源氏 御 祈禱、 爲抽 丹誠、 參籠 社頭、 旣 三箇日、 不出 里亭、 愛 只今 

夢想、 梶葉紋 直垂、 駕 葦毛 馬 之 勇士 一 騎、 西 楊 鞭畢、 偏 是大明 祌之所 示 給 也、 云々。 忠 

いま す は じん * レゃ しょ ざラ か- きょ 9 めい 

賴殊 信仰、 自求 出野劍 一 腰、 腹卷 一 領、 與彼 妻。』 今、 諷訪 ^社の 所蔵に 係る 忠 頼の 銘ぁ 

かね どうろう .? じせ^. 5 ょリ ほうな ふ J5 3 しか , 巾ん ル ^ ^^^^あ^、 ofm!ss 

るが 燈籠 は、 當時 I 勝に 依て 奉納せ る 所たり。 然して 建武ニ 年に は 大; g 安藝 守峙繼 

ち-. * ぉまこふ51254§ぅん ty a^- HI お しげ © ぞくら ほうで うとき ゆき たす » きんわ 力 、 -^. お、」 ' k あん 

|<ーゴ^^£ 默& 龍ず び、 滋 野の 一族 等、 北條時 行を扶 けて、 勤皇の 師を 輿し、 足 

.g-ti.? し かま くら t U れ さ ぶ あん げんこう けんむ い らい ごだい ご てんの 3 ちう こう I ^ め 

1:^ 氣を龈 鋭に 攻めて^ を y れり。 按す るに、 元 弘* 建武 以來、 後醒醐 天皇 中興の 鴻業 

,る お お ま みま こ- しんし さ ゥ あ たい^めいぶん し 玄ゼ 、ゥ にべ-じ 卜 .投 、- ノ - 9 ^ 

を 企て 給 ひし 砌り、 此に祌 氏 ー黨、 皋げて 大義名分 を 唱道して 國 事に 殉 せんとす 初 

す は らう も" たか » げんこう ねん s> ほうで /1〕 たかと き ^なんか^ 小、 ゆ ぐ -f„i P 、お^ 

め諷訪 三郞盛 高が 元弘 三年 六月、 北條高 時の 次男; を 仉 して 輒訪に 跻るゃ 大祝時 

ゥぐ あ ひま か かめ じゅ しゅふく く は ほうで う らうと き ゆき せ, これ じゅ 3^. く こめ^ i f で^う;^ 

繼と相 II り、 龜壽に 首 服 を 加へ しめ、 北 條ニ郞 時 行 を 攻め 之に 順逆 をき Ji し 其 亡父 

るゐ せき つみ づ ぐの なほ せいい た. 3-し¥ ぐんの;^ ほう ^ き, んん かふ ^ S % ' » ^ 

累積の 罪 を K はし めんと し、 猶、 征夷 大將軍 宵 を 奉じて、 義敉を 信 に颧 へし 酸 



說 傳起緣 的敎宗 



ni?^ の^ ki し、 齦 4 のせ fe^n せし む。 rnkj に、 『建 武ニ年 七月 八日、 打 人 鎌 

倉 之 問、 爲討手 等持院 殿、 蒙 征夷 大將 軍宣 旨、 御 發向關 東、 自駿 河國高 橋、 始合戰 湯 本 

相模 河汗瀨 K 々之大 合戰、 八月 十九 日賴重 • 時繼 以下 一族 等沒落 云々。』 と ありて、 終に 

, — S >• t > ? 5 VJ^-AOI?,.? ちう お ほ はふ WV よ リ みつ まごぎ やうぶ たい ゆ ふよ リ しげ 

§ にきせ しも、 攝 £.、 大顏満 の議部 太輔靈 

ssf と 鶴す、 と 鳐を鸦 ふこと S ?、 糚勳を 誘殺 せんとし、 屨々 會盟を 請 

ふ、 まてき かす、 1 ち、 s^t ii! に穀 はす、 お あむ。 慰に 1 く、 霊甲跑 

つ、 J さつ どう ねし ごなら てんのう ご しんぴつ ご しんめい 

に^り、 顯 の^に^に せらる、 ^に 自殺す。 同 二十 二 年 後奈良 天皇 御 窟筆御 s 名 

を E せらる。 ^sl き If fliv^i ありて if お観 はら ざ 

る I は、 き霸 のき S あてこれ に! "へ¥ ず。 み¥ 舊續」 の?、 ^甲午三 

射八鼷 の, i に は、 おの M く かえたり。 

自分 も 此度は 精進 入 無 之 に 付 不能 出 候。 右 に 付、 

御 神 名 竝裝束 敷 皮 等差 出し 候 。雨 奉行 宫島 供奉 勤 候 尤宫島 之 儀、 當日は 装束 烏帽子に て 13 

歩行 勤 先 供奉 之 事 也。 北 ハ外佻 廻りの 儀、 惣て 例年祭 禮の節 通り 也。 當 日祭禮 首尾 能相濟 

鼸訪神 駄— (長 野縣〕 信 濃の 卷 



說 傳起緣 的敎宗 



S 訪神 !K— (畏 野縣) 信 濃の 卷 

so 云々。 

^M^^^^ いた よりた だと y おはいへ やけ 卡ゐ じゅ ゥ ぶもん た しょこ, れつ およ.? ぬ 

大祝 賴忠に 至る、 賴忠德 川 家康に 隨從、 武門に 起ち、 諸侯に 列 せらる-^ に^び、 職 を 丁 

や^ V は M ^ろ ゅづ > より ひろ くわん. SH- ズハ 3、 Mf^^ しゅ もつ お しんじ * ^し ノ.: > 

其 子 頼 s に 譲る。 頼廣 五官 の 上 首と して、 t ら; i 事に^ 仕し、 #g 

9a.-n ごく ほいう す は じ. 5. うし やれい き いは 

領千石 を 保有したり。 rg 訪 上社禮 記」 に 曰く、 『吾 無體以 祝爲體 云々、 因 玆大祝 代々 神職 

相續之 時、 於鹚冠 社、 著 山 鴂色狩 衣 及 紫 指貫、 稱明神 正體、 座 夏 鹿皮 褥、 不受死 穢之服 

故以 住宅 號祌 殿、 又不出 誡訪郡 外、 自然 職 中卒 去、 則 移 神前、 從 不明 門、 出 之、 到此卒 

去 露顯、 同書 又 云 ふ、 大祝 近年 依 御 制禁、 寬文六 年 六月 廿 七日 叙爵、 云々。』 又 云 ふ、 『社 

人 職續之 刻、 以大祝 下知 叙爵、 云々、 又、 雨 奉行 一 一人、 行事 一 人、 政所 一 人、 介錯 一 人 

I ! 人、 祭禮 之霸從 産。』 と あ-。 お 8、 isi 五- if にぎられ 

: - . , ね 乂> よ リ たか とき じ しゃぶ y で r じょ いお ん しょちう 

たり 越えて. 1« 二 年、 賴隆が 時の 寺社 奉行所に 致した る 文 ffi 中に、 『院廳 之 御 下 文、 鎌 倉 

京都 代々 將單家 之 御 敎喾數 通 御座 候 得 共、 天 正 年中、 織 田 信 長 公爲兵 火 燒失候 云云。』 と 

や^ *J は wi^J げん スべ ん かんじゅう ゐ か ザ-やう ぶたいめ ふ じょに.? およ ね,;? 

I 其 子賴基 は、 元 s 年 e 從五 位下 g 部 大輔に 叙^せられ た. り。 ^そ!^ 百^の 1船 

ほ 4.0- を す、 蛇き^ 水^ 極^ 面 一夜^ 凝結 到 三 皮 大叨神 渡: がつ:、 i)^: 

は 一 を^り づ 潘んほ 幸 御子 下 滾雖^ rz 其 跡 顯然: $1 謂 潮水 神き C に佼 つて 年穀の 吉凶 を 



說傳起 緣的敎 



ぼくち ,J らいと き くばう ましん- は , 。 「*t わ や TSJ^SE? - 嘉) "年 問よ リ^ 丈お * , o 

ト 知し、 古來 時の 公方に 上申す る を^: と せ り 一 幸 注^^」 I に M る。 今 現存す。 あり 

If 1 する^ £の鬣と 繊す、 iif iS とぼ ひ、 if 1 す。 

藝 ic、 船に 鬆の 義を i へ、 i を S し、 「ぉを驚に i し、 千が の羅を 1 す を 

a3 J£GV crv また r- の らんしよ よ さくま しせつ ざん ていめい まさ ね ぼい な 

H て M が 把と す。 又、 好んで 蘭 書を讀 めり、 佐 久間象 山と 訂盟 す。 將に. K に爲す あらん 

f * ケ. 23 こら とし ゎプか さい もつ そつ よ リ^け -; ^* ょリ: け い めい 

として • g 膨ぬ I- 六月 廿 三^、 年 僅に 三十 ニ歲を 以て 卒す。 頼武 の. 膨を賴 崇と謂 ふ、 明 

i § なん め いぢて^ のうと 5 導 |っ かう たま 、 よく めしいだ . てん^^ 3-^1 . 一ノ -、 ^s*^ 

i 治 k 皇 東京に 行幸し 給 ふや 特に 召 出して 天殍を 仰 付けられん とす、 S 幼 

*5 i もつ r、 ュ- うよ こと こ ゆる その ぐわん しょお よ しん 卞く. s ^ せ"^ さ, ごと -3 

M なる の 故 を 以て 御猶豫 あらん 事 を 請 ふ。 許さる。 其 願書 及び 神祇官の^ 箋 左の 如し 

この たび = たうし よ 

此 度御當 所に 

行幸 被爲在 一 社 一 同 奉 恐 悅候然 仁 今般 御用 被 爲在候 趣、 仁而 ? 社 總代者 被 爲召雞 有 仕 

合 奉 存候然 仁大 祝儀 僅當 年五歲 仁丽實 仁 幼稚 仁 御座 候 W 御大 切 之 御 席 參上仕 候 儀 深 奉 

恐入條 仁付少 東西 覺候迄 御 鏺豫奉 願 上 度 其 上 仁 而被爲 御用 仰 付 被 下 候 波々 一 社! 同 深 

難 有 仕 合 奉 存候誡 恐 誡惶謹 富 . 

明治 元 戊辰 年 十 一 月 

鼸訪; t 駄— (長 野躐) 信^の 卷 



KB の: i 詩 • ^.:smfM 野縣) 信 s の卷 

誰 訪大祝 名代 矢 島泰助 

卞 氏, ズビ まえ^: 

御附謹 願 之 趣 承 屆候大 祝 年頃に も 相 成餒 はば 參京可 爲致事 

fcd-t&p よ リ -.55A; ヽ つ こんにち いた しんし. かけい はん > み- » 

g|| おす。 頼 固 家 を嗣 ぎて 今日に 至る。 これ を祌氏 家系の 一斑と なす。』 と: ^えて ゐる 9 

ぐわん おん かへ るが y - 1 . -CI 

1じ L D 七 h みす 「上^ J5^L 不 j ^ S-^R- ^p^b n ^ 

11 mi ^ ^ L 思議 第二 」 U ま" tRT お レ:: :0 

» .* に J ちし IAd /.rtrj リ 2 ぉ=3 X- かんちう こうり しらめの ひ > し; ぐ わつ ぐわん たん . ^じ ■ 

は、 寒中から 凍と ぢて、 白 布 を 引く が やうで ある 正月 元旦に 别事が 

し,: S ん を の かた f くだ そこ、 がま うご で, > 

あって、 ま 人 は、 斧鉞 を もって、 堅い 氷を碎 く。 すると、 共 所へ、 蝦 蟆が 動き 出る。 これ を 

ノし ぎ,? ち ひ ゆみ もつ い いけに へ さな . ^ ^ とき 

二つと つて、 に そな へ、 小さい 弓 を 以て、 これ を 射て、 牲 として 供へ る。 氷 を i る 時 

s £ C ふし ぎ かみす はな- * ふ し ギ- かヤ 

1 ぎの^な いとい ふこと がない。 (「緣 起」) この 不思議 は、 上 it 訪 七不思議の 一 つに 數 へられ 

てゐ る。 . 

五 穀 の 筒 粥 〔齄雜 S 不〕 S 訪郡 I8S 社) 



I 千^の まに、 のず、 I, ss 线) 1 めた は 

? ik i の f へぎた I あおいで、 その ま 五穀の jf "4恶 

を ^^ふのに、 おし もた がふ ことがない。 (「緣 起」) とい ふこと である。 これ も、 其七不 S 謊の 

1 つに 數 へられて ゐる。 

^iis 取德^ 〔ss 不文 

J >.i >z ぞく a まな V たぞろ ひ しんじ - 、 ほ トぶ, 1^2? 、鹿 狩の 

§ぉ ひ へ 二つ なれば 初めの r4」 一 5 ^おこ, まま r ぎ い つて、 前お 汁間& f 驗廊 

三月 酉の n "あれば 巾の 酉の K を 用ユ。 ) ! f ^ すび >1 みき 

M 今、、, に) で される。 i! の纖 七十 五、 « ^七十 五、 何れも 七五三で ある。 S 酒 も 

if ife、 si へ 1 す、 i し、 霞よ 4!i と & たるきろ の もの を 

ぽド 5ゥ? へ 鹿の 頭の^^ 汁ぷ ,必) あるが、 f す、 おの 割け た 鹿の 頭が 一つ ある。 か 

献す るの てぐす 過不足せ ず 揃 ふ。 } t ズゾ I t 3 

ねて、 まがから、 fl つて、 斃 にかん る ものであると いはれ てゐ る。 (「綠起」) こか 

も、 七ず £の 一つに ま (ら^!。 I 。へ 往古は鹿 狩 1 

S 雜 i に 『一 ま 1 の^ 狨船 より 十,^ を 隔て て、 前 宮に十 間 穿 あり (I な! ー:ムふ 

离 野の 耳 割 鹿— (長 野縣) 信 濃の 卷 



説 偉 供 贊 



离© の 耳 割 鹿 |( 長 野驟) 信 濃み 卷 

^一お,)^ に 1 百ぎ iff* I の I 七十 五. F にの せて I ふ。 

sg まし) 鼴 qiv s^&Mms 鍵の S より、 十五 

^^^.Dw 一 ^^1、 0i0^ て ITf 。 へ 古 は い ハ人 なり。 第一 に は伢奈 より 出る、 二人 を 外 

癀ね^ の 5 ター 人 を S 仗と 號へ て出づ ク縣介 外驟宫 付と 云 ふ。 二に は 誠 訪ょリ 出」 二人 ^ 

内驟介 內縣宫 付と 云 ふ。 三に 佐久ょ リノ • : にち - 、 ナ 4 ふん さしこ ほそた てえ ぼし-き きぶ 

ク を^^^^に 付 S 一 ふ。) 三十日 潔濟 させ、 水 干に 刺 袴 細 立 烏帽子 を 着て、 給 

. 9 t ば fT:^ 3 このまつ リ わ^こ しか かへ り へう ゆ ゑ よまつ リ のろし ほ,) 

仕す。 流鎬馬 あり。 此祭 は、 往古 鹿 狩の 還 を 表せし 故に、 夜 祭な り。 一 の 炬火 は、 一 私 

『て】 ^ ^ ため ろし ほ.; > て のろし を は タま そ た& 

手の 歸り を^ら せの 爲 なり。 二の 炬火 は、 二番 手、 三の 炬火に て 終る。 今 は、 其^ば か 

I また,. なが しゃ < はし- 5 やぶ さ め や ほん むす つ ほ.^/ * レン. 9 J/ 、 \ si 

りなり。 又、 長さ 七 尺の 柱に 流鎮 馬の 矢 二 木 を 結び付け、 四 本 "辛^ やき iL。) の 枝 ^ を 

.K^、 、 、 M ぶ は • * かふ せ" しゅ い か しはつ. - 

取 添へ f 米に 麩 を 合せ ねり 堅めた る を、 淸酒 (又 柏 酒 共。) と 云って、 獬の 葉に 包み、 

くし 5 - , これ おんう づゑ まお おんつ はし! 9 い このは. >5 P お し.:? レ かけの 9 

串に さして 柱に さす。 是を御 卯 杖 又 御杖 柱と 云 ふ。 此柱を 飾り立て、 神 使の 靳騎 あり。 

ほか は & / へ), し f ,4< あさぬの つ - しんげん の 9 ま は このと き さんけい 

籐 皮を櫸 とし、 はん ひとて、 朥にニ 丈 五: !< の 麻布 を 付け、 祌 原を乘 廻す。 此時。 參詣の 

5^ 小 * ^ま 产 さ ふ * & て は&ひ » ま, っリ を. は と© まつ a さま,^ しき ぞく おまない たぞろ ひ 

群衆 聲を 揚げて 騷ぐ を、 御手 拂 とて、 祭の 終りと す。 此祭樣 々の 式 あり、 俗に 御 a 揃 

5 しな Q & しさつろ く み 

と 云 ふ。』 と 「信 濃 奇勝 錄,! に兒 えて ゐる。 



說纖底 *然 天 准 一 



御炸田 【ss 不〕 S 訪郡 81 神き 

爲 1 に、 璧& で、 纏 I の も &1し て、 ず^へ 1 し f る。 ?ぉを &て、 七 

mpf これ を « ^るのに、 お &k によく^って ゐる。 ^にこれ を^し、 すり & いて、 八月 朔 

にず、 i 歳に i へる。 S な in れす、 ? く, i は、 F 議の 事で 

ふしぎ 45: , メ > 。 へ 此事夭 正^ 廢ン 

ある (「綠 起」) とい ふので、 七不思議の 一 つに 數 へられて ゐる I すと いふ。 ) 

^井の 淸 池 丄 本 A 井 【? 不〕 S 訪 郡諫訪 神社) , 

お^から 二十!! 崎 を II てて、 ^^の 職に、 ^^の S に!^ が ある。 f 藤き 事 測り 知られす 

ぐ わつ みそか しゃじん く もつ 

おの |& おに^ちて、 すぐに^ん で淤 ばない。 それば かりで はない、 十二月 晦日、 社 人 供物 

E「 そく こく とほと をみ C く H か,, ほ だ .3.せ 

を i^^ れて、 ^齩 に^めて これ を鹩 るのに、 そのた かっき、 即刻に、 遠 江國維 B の 池に 浮 

み n5i へられて ゐる。 气地 では、 まきおの きの、 s つきが る I であると いって ; 

I つて & るのに、 si なく ISs る? II める とい ふこと である。 叉、 葛 井の 池の き、 

御 S 田 。 葛 井の 鏺^— (長 野縣) 信 濃の 卷 



說傳跡 手 • 水 魔 



霞の i • iwls 驟) 信 濃の 卷 

みな かため I f> *J© ふしぎ てんし. ぞっ^ は. a 

皆 片眼 だとい ふこと である (「緣 起」) が、 此 不思議 も、 天 正後廢 された とい ふこと である。 

はう でん てんろ ふ 

M M V ^ M 「と m 幼 七不】 「f 方$1 方 ホ i ン 

お レ 1ES ジ 5^ ; y 【^諮 鮮七 」 广歡 • 君ま^, 

ねんち うまい にち うま こく せ 一 てん; j くしょ とき かやぶ き けう でん しプ く た -J うでん 3 へ 

年中 毎日 午の 刻, どんな 晴天 極暑の 時で も、 靈- 茸の 寳 殿から | 下が 垂れる。 で、 殿の 上に 

まる あな まう レ た- M- な しゃとう あめ 

丸い 穴 を 設けられて ゐ るが これから 點滴 があって やむ ことが 無い。 これ を 社頭の 雨と いつ 

このした てんりう ゐ これ てん リ うが は みな .12 なが こ すね 

てゐ るが、 此 下に、 天 龍の 井と いふが あり、 是が 天龍川の 源 をな して ゐる。 流れて 湖水と 

, なん wi つ とほと ほみ の \/に てん リぅが は んか A おで- し 

なり、 遙に南 流して、 遠江國 にいたり、 天龍川と なり、 南海へ 落ちて 出る。 (「緣 起」) ある 師 

k この ゐ. めいしょ みやこ ゐ ふしぎ 

のレ ふのに、 此井 こそ、 名所の 宮古 井で あると いふ ことで ある。 (「千^の ls^」) この 不思議 も 

またす は ふし ぎ かさ 

亦詉訪 七不思議の 一 つに 数 へられて ゐる。 

手形 石 (諷訪 郡 中州 村) 

たけ ゆな かたのみ こと ふ つぬ しのみ こと たけみ かづち のみこと あらそ ま このち しづ ま ^ ; 

健 御名 方 命 が、 經津主 命 と、 武爽槌 命 に 爭競ひ 負けて、 此 地に 鎭り、 他へ は 出ない 

ちか ひ お』 -と *~ こと ば さう ね し こ ^ て がお かお はら いは 

とい ふ 誓言 を 立てられた 時、 この 言 槳に、 相違の ない 證據 だと 言 はれて、 手形 を、 傍 の 岩 



410 



七 

不 



. is -J s„ い おけみ な かたのみ 己と 

に f 矿 けられる と、 Br i つた 醫 のおに でも 手 を 押し入れる やうに、 健 御名 方 命 の 

S14^lf ト お J へこ 1* あと ふ^ 9 

龄り^ I ない 伊诚 こよって、 さし もに^い 腿 も、 めり めり と 凹んで、 掌の 迹が, 涝く あざ 

節りケ ii\^.TM« , おけみ な かた© きと おち かひ んん . 

や, ヒ、 ^いたので、 ニ她も その かに 癒 かれ、 かつ は、 籙御名 方 命 の 御 誓言 を 信じられて 

たしになった。 その I の ifs レ石 しとい ふ もの は、 f ちゃんと、 |に殘 つて ゐ 

ると いふ ことで ある。 广」^ ) . 

四十 九 不思議 (誡訪 郡諫訪 神社) 

,の s 十九 £窗と は、 七 g 議、 七弒、 あ、 あ、 七 ¥ 七ぜ 七お を ■ し i 

ふので あって、 このうち、 あのき &す あ、 きの s 十二 は、 次の やうに i へら 

^て 勺る。 f 

ふ。) 

- $ かげ/. M/l 地 堂 c 父、 881... : 板壁に 下 諷訪の 塔の^ う > ^iiQugs^sy 

七 I ^ー 塔の 影 お^へ、^^ つれ. ば、 塔の 影う つる ) ク^ I 降る、 



E 十九 不思議— (長 野お 信 濃の 卷 



四+ .SK. 思鼸— (長 野縣) 信 瀵の卷 

^い へ 根 入る 方へ ン0 K ^へ 湯口 をふさぐ V> 瞻 へ 湖水 を 渡ノ。 ほ シ隨/ 祭の 時、 

相 入 杉 I はびこる。 ) S.«H に 湯 溶ち ず。 j 为の in る こと。 ) 1 のぎ 頸 

遨 はず^で て お^り:^^. 斐 一因 をへ だて、 富) 

る こと。 ) i^+i の 《1 タ士の 影 湖水に うつる。」 

I 一一 — 一 つ 》? つ *- な re f ^ S さはた-つ 3 やた-つ S もちやな 3 W スも, 15 つお つ {- きぐら 

^ I Ei 杖 突 峠。 有賀 錄。 三澤 崎。 四 答 峠 c 膳 尻)。 餅 IT 峠" (和 田)。 sfi (同 涂 お お 

(甲 州^。)。 

- 1^ みやし < • • , ぶせ しま 、 おかし ま, うきしま ふくし ま 

^ I 宮島 (社中い。 藤 島 (H 中 )o 高 島 (下 桑原 )o 浮 島 (しま ざき )o 1 島 (あら 川 )。 

? i たう いひ じ ま 

白狐 島。 飯 島 (神宮 寺 笾〕。 

I 111, I TifTI ^'く ふいし > お くらいし お ま. S し こ. し ,J たま. 3. し 

lil I rei 御 坐 石 (やが さき〕。 御沓 石 (社中)。 慕 石 C0O 小 袋 石 (杖 突 峠 下〕。 小 玉 ひ 

(ゆ そ ®r ^すぶ. a し 、 かめいし 

御 g 石 0? 山 SSO 龜石 (宫川 內)。 

r^j ii (i 村)。 S (眞 I 村)。 霧お (s)。 g 鹓ぉ (神の 原 村) 

^つ. ^ へき i »? のきお- * 《き 2 さた 、へき 

松稱木 (神殿き。 橡 § 木 (室內 村)。 柳稱木 (矢が 崎 村)。 

. あ あ ひひろ ふち まんろく き ま いた ほ くら あ また 

阿合弘 淵が 「漫 錄」 に、 『七 かた 乂 への 木と いふ は、 今に 至りて 寶 倉の 有る も あり。 又、 

^ > k . > あぶ-よ な みかみ みや ち ぎ たか おは 

所 さた かならざる も あり。 上れる 世に は、 名た &る 御!! の 官 のみ、 千木 高し りて 坐し つ 

, • せう,;:^ » やぶし め きぬ さ あるひ sii 

れ ども、 小^ は、 いといと すくな かりし とか や。 薮に注 連 ゆ ひ、 木に 幣 そへ、 或は 形異 



議 思 不 七 



* メ う メ ,*x す いは ひの ま かみ ^なへ ごと 

なる^の 赋に、 t| ぎひら か を 置え て、 齊 ^とし、 祌に稱 S まう し、 おろが みける ゆ 炎 

HJOi ある 9 9 さ J_c , さ Ja ゆ 一 J ett^ 

た-へと はいふ なるべし •。 己 或と き、 窒內 とい ふ 所の 橡た X へと いふ 所に 往 きしに K 

酽 1 と fK ふ 鍵 ありて * ? s き麟 のきけ たるが^く あり。 ^を もて みれば、 諸の 木の本に 供 

^し、 ほざき、 嫩 It せし まなるべし 云云。』 と 見えて ゐる。 

下 詉訪 の 七不思議 (誡訪 郡 下 諫訪) 

お^^の 七お^ 謝に^ して、 ^酽 I にも、 七ず 思議と いふ ことがある。 今、 次々 に それ を 

し る る 

記して 見やう。 

み 0P かみす はおな,' 

御 渡 上 諷訪に 同じ。 

V さか す r たうし やしん はう -20 しんぴ , . I 

八榮鈴 當 社祌寶 の內。 祌秘 である。 

み ! P しんでん §みそ かいね う, 、 „§.じっ屮 んぃ. -^、 >。 ^^お:^. フ^ ほ rN^、 ^ 

御作 田 祌田 六月 晦日 稻を植 ゑ 八月 一 日釗 供に 備 へる 御作 田 社 下誡方 S 北の 力 町 

する? あ しんでん あ > 

末に 有る。 神 田 も 有る。 T 

うき しま こ こ み おらし が はさいう わか - ^ ^^a, >9 は^ > r、 *• o -4 

浮 島 社 此所、 御手洗 川 左右に 分れて 上古より 水满て ども 此 島に 入らない 即ち 

下鼸 S のセ 不思議 —〔長 野驟) 信 濃の 卷 



議思不 七 



下 g;IS のお 不恩議 |( 長 野縣) 信 澄の 卷 

ii ち 

六月 祿 の 地で ある。 

ね いサ すぎ ねばう の たか さか あき やし JT まへ 

根 入 杉 根 八方に 蔓 びて、 高く は榮 えない。 秋の 社の 前に ある。 

み. さ やま まいとし ぐ わつ にち さいれい うま z< •」 ちげ つせ い せう 9 ん さんけい は. 3- 

御射山 每歳 七月 二十 七 n 祭 禮。 午の 刻、 日 月 星と もに 照臨す とい ふ。 參詣の 緇素 拜し 

げ か 5 

て 下向す。 

S 寸. U 棻へ 按ずる のに、 射 7〕 は、 矢の 古語、 「綏 靖紀」 に、 ー發 『ひと リ】 一一 發 〔ふた さ】 ン 『げん:^ 

^lu^ パ といへ る これで ある。 「和名 抄」 の 遠 射 〔とほ なげ〕 は、 投ケ T なげ や」 である。 、ー|^,^ え 

リ へだ おつみ あた ほやの /宽れ り. s«o b ますと こ \ ち みさ やま や:^ 

より 三 里 隔て、 辰 巳に 當 つて、 穂屋野 (錯 はき 倾ま^ 5 ひ) といへ る 地に、 御射山の 社 

ぐ わつ か » あ をお や すう けん か リ や つく にち お ほ はふり かく しなが さ か ぢのは 

あり。 七月 二十四日、 靑萱 にて 數十 軒の 假屋を 造り、 二十 六日、 大祝八 角の 絞 笠 。毅 葉 • 

ぁゐゃ y ひた 、れ すげ むかば き き きば よそ ほ \s nf > $^.k.,^ みさやま くねつい 

藍 摺の直 垂*菅 の行騰 を赘、 騎^ を粧 ひ、 五宫。 雨 奉行 從 へて、 御射山に いたる。 黃 衣の 

し,;? じ.? しらはた ほん も あ をが や ふ 含 しんでん さいう fe にち うま こく まう けつ かや ほ もつ ほう 

祌人. H 旗 二 本 を 持ち、 靑萱葺 の; t 殿 左右に 立ち、 二十 七 H 午の 刻、 毛髮 纏萱德 を 以て 奉 

へい このと 4- にち げっ せい < わ-つ C ぞ ちゃみせう り もの いだ まち や ごと すま ふ きん 

幣 あり。 斯時、 日 *月* 崖の 三 光 を 望む。 茶 ^ 赍物を 出して、 町 S の 如し。 相撲 あり、 近 

がう ど み,;? ぐんし ふ かやへ まつ :9 を は かリゃ とりはら はら /If?^-^- 

鄕の 土民 群集せ り。 三日三夜 を 歸て祭 終り、 假屋 を取拂 ひ、 もとの 原と なる。 (細嶋 綱 S 

【がう ど〕 の K、 八ケ 嶽の樹 下の ^ン 

を ほや 野と いふ。 (「信 濃 地名 考」 ヒ 

。 さと あき /「f^l、A^ 一 ! -V 

をば な ふく ほやの めぐりの 一 むらに しばし M ある 秋の みさやま。 (,、^ぶ,.^ ) 



^§ お &§鍵 の I。 ^Ipgffisi によって すと If 。 i に Jffi をい とふ。 

も けがれ ものに ふたう % ^くちにお ) ^ »o 

若し、 穢の者 入湯 するとき は s§ 口^る と 云 ふ 

わた ゆ お ** 

綿の 湯玉 01 訪郡下 詉訪) 

- , f に *K ^ £ をし せシ わ ^ お ほ 

酽 §1# ^から、 おぎ I- へ かけて、 到る ところに 温泉が 湧き出で てゐ るが、 ^うした 多 

くの!^ は、 か^ 鍵が wiQI の i りで^^た もの だと ^ はれて ゐる。 

疆、 八 PISV S&S &、 iisr^ui れ になって、 お 夢に f 

れる ことにな つた 晴 §^s^ きのお は、 SQif & 一 船に、 ^ 

. ii^ なされた のお^ を も、 鼬に ^ して、 ^おとなし、 I: つて 行かれる ことにした。 と 

湧 ころお、 それ を敝 へて! I: かれる !ls> き粧 のお 湯 は、 綿に 浸した ものであった ので、 全く i 

^ i ♦ * まわ だ をん せん 

ぼれ ない i に あかなかった。 で、 たらたら とが々 で こぼしながら、 今の 十 和 m 温泉のと ころ 

で、 お E ぎぼして しまった。 44sf 鍵に £た ので、 1, かう した 勢のお i 

說 に、 0^fi の I の is、 七つ 醫ギ その I の靈 も、 すべて % か 一" 

線の 湯 S— (長 野縣) 信 濃の 卷 



說傳泉 湧 



II の 湯 S— (長 野縣) 信 濃の 卷 

で. Z - , をん せん つな み すぢ せ,? でき" s^-^ * レ 

ら出 たとい はれて ゐる。 そして、 それらの 温泉 を^いで 見る に 一筋の 線が 出来る。 其 線の 端 

) . . . ぼ^お ほ をし せん わ わ だ ゆ き ひめが み ^だ ** 

になって ゐる ところが、 1# 多く 温泉の! 1 く 綿 湯 ださり で、 こ- T まで 來て、 比寶神 は、 湯 超 

い >ま> ぉズま *- お Z わた ゆき M ゆ わ だ お & 5i? ひめお A 

を 今の 立 町に sa かれた が、 綿の 湯の 最も 湯の 湧き出す 力の あるの は、 全く 比寶の 置かれた 湯 

だま かげ 

玉のお 陰 だとい ふこと である。 (口碑) 

J , k せ たか? S せひく 5SA; う ゆ お si 

『いかにも 背の 高き おと、 いかにも 背の 低き 男と、 打ち つれて 行く あり。 大男い ひける 

^ z i すで あんし ち はづ 

やう 『抵に 小男 ほど ぁぢ きな きもの は あら じかし。 旣 に^ 子が 智 にあら すば、 狗 門の 恥 

よ しっぷ ゆう きん み »§f 

かしめ を かう ぶるべく、 義經の 勇に あらす ば、 千金の 弓 を もむな しく とらるべし。 三尺 

-.? > ち、 , レ やく、 i . しん おごそか と ほそう じ f 

の 太刀 五; < のきぬ、 一 身の かざり 嚴 なら や、 たまたま 鳥 羽儈; 止の ものく らゐ にあ ひ 

» は 力 , 、う fff え そへ ぶし いんしょ かぎ がま か -J 

て 鼻 あ ふきの 高名 は 得たり とも、 添 臥の 隱所^ あてた るう たてもの 語なら す や。 駕籠 

かたちが か は ご わ こ ク ^ れい 

かきの 肩 違 ひ 川越しに はふつ X かなる、 まして 和ぬ しの ごとき、 小願禮 における や、 

お^ J ひ 4 む v ぜひ 欠 IJr- 乙 まら 

親の 日に とと 喰 ひたる 報 ひこ そ 是非な けれ。』 と、 あざみ あざみ 行く。 此 小男、 臜 あしけ 

, I お^ ぶん - i ゆ ナ. a b ゆ ゆ お 

れど, 大山 伏に いひな みされ て、 お づぉづ 伴 ひ 行く ほどに、 やがて、 饊訪の 湧き 湯に? 

■ I おそがれ どき ^M- こ なか か き^ ゆ つ 1K 

.9 ぬ 黃昏 時の ス こみ、 かれよ これよ と 込み あ ふ 中に、 あは やかの 背高が 衣、 湯 壷のう 



說傳跡 足 人 s 



ちに はたと il しぬ。 ,せ をの M の ぬれ ごろ も、 ほす にかいな き 大男が 眼の はたらきの 

, ^ ちま 

ト、 が^が こ-ろに は^^ i よくて や あり けん、 さらば 衣 ひとつ 費し 給へ といへ ど, さ 

よかぜ. H.;u し とま 

きの f^s を あざわら ひて、 いかにい かに かさす、 夜 a 肌べ に 浸み 通りて、 あまりの か- 

なし さに、 お をぎ りて;! びけ るに ぞ、 さすがに さき 織 一 つぬ ぎて, す、 千鳥の ころも、 

^の^ 麟に ゆきた け あはね ど、 丸裸な らんより はと, 喜び あへ りしと なん。 

はいかい つけく 

これ を、 俳諧の 附 句に、 

ぜんく swij み す は ゆ k , ✓ ha c 

ひさこ • 前 句。 入 込に 鲰訪 のわき 湯の ゆ ふま ぐれ —曲水 

*- い やま 

なかに も 背の たかき 山ぶ し —ばせ を 

手長 足 長 (諷訪 郡 上誡訪 町) 

赫 1 の S 應の羅 は、 き li の鬆 で、 S 爆と よ 呼ばれて ゐるぉ& (お: S 

if に、 すまし 所よ の if るの は、 SS の あ 足し 1 の I ち 地に み 水つ が i つたの マ 

だと In はれて ゐる。 r 

手長 足 長— (長 野驟) 信 濃の 卷 



iff 信 間 民 



長 田 鶴 溶の 蠤 ー (長 野驟) 信 濃の 卷 

なが fcc ほん はか 

長 田德本 の 墓 (鲰訪 郡長 i 大字 東 堀) 

^ r^cs^KS へ 乾 室と 號し、 叉 知 足 齋と號 した。 1艸 庵 を 飴んで から は、 

醫と 本草 擧と を^て 名高い 長 田德木 一 茅 庵 〔ぼう あん】 とも 霄 つた。 汆 m 未年に 生れ 〔生國 甲斐と 

も 信 濃と も獒 濃と も n! 河と も 言って 詳か でない。 醫を 明國月 湖の 門人 玉 蜇に學 び、 其祕訣 を傳 へた。 H 代 

將 軍の 病 を 治した ると、 9 州に ありし 時、 , 葡萄の 培養 分 裁の 法を敎 へた。 甲 州 人 は、 今に 茧 るまで、 其 功 

德を慕 ひ、 碑 を 岩 崎 村に 建てて ゐ る。〕 のとで 最も 名高くな つて ゐる。 誰 人から も、 藥價 1 貼 十八 文より ほ 

か徵 せす、 四方 を遊歷 し、 後此 地に 止リ、 御子柴 氏の 女を娶 つて 1 男が あった。 窵永七 年 庚 午 二月 十四日 

S なくして^^ ビ。 玲\ はか . を さちめ らお^ ほざ 58 ぼ^せ ざ あま せら 3 /松 翳のう ちに、 ぉ统と \ 

時 ふ,) の 墓 は 長 地 利 大字 東 堀 字尼ケ 原に ある (u,^ 存れ: 一 い f, v ri 

はう しゃ < すん おか はま すん <&3 らんな ふ はう かな じ «.v\ss らんな ふ き 

は、 方 二 尺八 寸、 高さ 三 2< 五 寸 位の 卵塔と、 方 二 尺、 高さ 三 0< 位の 卵塔との、 二 基で ある。 

その リ めん *J けむ. < わんえ い ねん e わつ ,かほつ こくじ: お ほろ み 

其 裏面に 苔 蒸して、 寬永七 年 二月 十日 歿 との 刻字が、 朧げに 見えて ゐ ると いふ。 

ぽ ひらん な ふ ぎがい てん. ( まる あな うが さと ひと その jj し i や. とま 

その 墓碑 卵塔の 石 蓋に、 點々 と圓ぃ 穴が 穿 たれて ゐ るの は、 里人の、 其 石粉 を 病める 時に 

ふくよう また はれもの は ; なほ しん ぬ せ ぎ がい 

服用し、 又は、 腫物に 貼れば 治らない ことがない と 信じ 钹 いて ゐ ると ころから、 かく も 石 蓋 

めん あ ふとつ み この ぼひらん お ふ さんけい さと: b とたち れ な& し 

が、 一面の 凹凸で 満たされる やうに なった ので、 此 墓碑 卵塔に 參詣の 里人 達 は、 必す、 小石 

i> し た ふな *1 さお かへ とま i のこ" し § からだ- や- しょぶ な . 

を 以て 正面から 塔內に 獰げ、 膨る 時には、 此 小石 を 頂き、 身體の 病める 諸 部 を 撫でて そし 

> こ ^レ ぼい *< た s-v ぢ セふ ない こいし 

て 小石 を 倍にして 又 捧げる。 さう すれば 病 忽ち 治す とい ふので、 塔內は また 小石 を 



118 



說傳 明說名 地獸译 



S て? I れてゐ ると いふ ことで ある。 (「1< 氏镙 && き」 田) 

やまの かみ ちん 乙ろ 

山 神の 猸子 (誡訪 郡 機の 木 新田) 

おけ ふもと つき き. し^でん うへ らう ぼく うつろ なか せう じ 5 す さとびと , な 

八ケ 岳の 麓、 槻の木 新田の 上、 老木の 控の 中に、 小獸 ありて 住む。 里人 は、 これ を 名 づけ 

4? かみ ちんころ よ ^ 1 お ほ ねこ こ また いたち 

て 山の 神の 猻 子と 呼んで ゐる。 顦ょり も. K きく、 猫の 子の やうで あり、 又、 鼬の やうで も あ 

を »^ あし み じ S とうげつし も ふ で あしばや よ はし そのけ いじ 34 つま ひら 

つて、 尾 短く、 脚 も 短い。 冬 月 霜の 降る ころに 出る。 趫捷 で、 善く 走る ので、 其 形狀を 審 

,み で^ 1 けいろ おん ぼく おんく わう 1 こくはく ぶち 

に 見る ことが 出来ない 位 だとい ふ。 毛色い とうる はしく、 淡白 *淡黃 、或は 黑 a の駁が ある。 

*T そ やまがみ い-もの おな あづみ ひ ぼ £ ^ I ^ , 

木 會で山 神のお ぢょ ろと 言 ふ 物、 これに 同じで ある さう で 安曇^に いふ 貂 扉の 頻 であら 

うと Is れてゐ る。 (「|塞 錄」) (I5msiss?lsl お:? 著) 

伊那 郡 —伊那の 名義 

きそ ぢ かいつうい ^ん i うさんだ う /.&.^- 反./ s- *b、 w/i^su.:^ こ: J!!-\ これ つう k .f^^. ^つ ほ ひら 

木 li の^ 通 以前 は、 東 山 is ペ^^つ. v 小^ 之 を通ぜ しによ つて 交通 夙に 閼 

め s しょきう をき と ふる す は sv^ ぶ わ & せっせう ぽ 9, , 3 ^ 

け、 名所 蔡 踵に 富んで ゐる。 古く は、 識方國 の 一部で、 「和名 抄」 は、 五鄕を 載せて ゐる。 按 

山 神の 謂 子 • 伊躑扉 |( 長 野縣) 信 濃の 卷 



晩 傳的話 說間民 



上 伊 翻の 阿 H— (長 野縣) 信 濃の 卷 

する のに、 £ の雜は 、-き1の£ 睛 QSS^^.J に 化き ちがへ て、 ^ 一。 

f ふきで は あるまい か。 (ss」、iiK& て; 生) f、 聽 七十 s r 

©1 な, ちめ .3. お ほ み. - 3 

ffr を もって 名づ くる 地名が 多く^ えて ゐる 

上 伊那の 阿三 (上 伊那 郡) 

k.^^ v» i おさん 8»な てつ « ん もと さんぜん た. S 4*9 

u、 に、 lull とい ふ 女が あった。 鐵^ の 許へ 參酽 して、 大悟した 時に、 

©1 やま ほな わがみ. と W =ゑ 

野 も 山 も 花 も 我 身 も 鳥の 聲 

佝 かのこり, てきく とい ふらむ。 

, 》J い ほくいん しんしう S S ん ► , 小 ゆ くち, ' ► » 

と 詠 じた。 白隱 が、 信 州に 赴いた 時 お 三 は 直に 一 首 を 口にして、 

ほくかん かお て 一 こお 

白隱が 片手の 聲を きかんより 

もろ て . 

兩手 をう つて 商 ひ をせ よ。 

r ^J. は ん おけ 2« う - &が I* ん S づ さん ► s J}^ 

fc 云った。 白 i が" 竹箒の 圖を 描いて、 お 三に 授ける と、 お 三 は、 之に J 

ひ C も と わるち じ ま は i 

日本の 悪い 智識 を 掃く 箒 



ま だい はら _ W<^KB 

先づ 第一に 原の 白隱 

と1 したと いふ。 かう いふ^ は、 魁る お 多 ほかった。 お f i ぎ i、 繫の兒 女が、 遺言 

.» と かの ぢょ わ ふ、 、 

を 求める と、 彼女 は 笑って 

HMJ は つゆ のこ は ; なか , 

言の葉の 露 も 殘らぬ 世の中に 

いかなる こと をい ふて おかまし。 

と S つたと 傳 へられて ゐる。 (「宫 川 氏 談」) 

天狗 栗 (上 伊那 郡 三分 峠) 

きの 三 1 から、 lis おへ iii を、 三分 と 

言って ゐる。 g き ぼん よ 

この i から 三" はか^った ところに、 おきの 1 とい ふの が ある。 小さい 林で、 一本 I 

f なく、 みな I のおで ある。 難れ、 1 か 鐘の ごとく、 た を やかに しだれ て、 實 

? IM ? て〕 e . <My おれ おと 

の ある^は、 きをず く ぞうにお える。 おきの 从截 は、 これ を、 ^狗の 栗と いって、 鼠 も 落づ 

天 狗 菜 人 長 野縣) 信 濃の 卷 



說侮明 說神祭 



夺 S 戀 I. (長 野縣) 信 瀵の卷 

ち お ひろ み た. き + め 乙ろ む 

ものがない。 地へ 落ちた もの は 拾 ふけれ ど、 實が少 くて 食べられない。 木の芽 ふく 頃 は 紫 

ふせ . はつ み i 、 すう ぼん く .リ き どう えだお <s 

に、 まるで 籐の發 したやう に 見え、 數百 本の 粟の 木み な 一同に 枝 垂れて ゐ るので 奇觀 だとい 

およ く. J き えだ * えだお ことほ か けんぶん み とき 

ふ。 凡そ 栗の 木 は 枝 こ はきもので、 枝垂 ると いふ 事、 外に は兒 m しない。 實 のなる 時、 ほ 

み MW ナ S け う じ^- /二 プロ ぉぉネ おか a 不一 「テ, ノ 

かから 見る 所 頗る 希有な 狀 であると いふ ことで ある。 (gs^si 一 も、) 

てん ぐ ぐ w> い- てんぐ. §ui しん 

その 天狗 栗と 言 はれて ゐ るの は, 天狗の 常食に されて ゐる もの だと 信ぜられて ゐる ところ 

からだと いふ。 (口碑) 

守屋嶽 (歡訪 郡 藤 澤.片 倉 村) 

-fw- やおけ ふ ぜ さは かた ベら むら きお す は ま 5 いた J-は いし ほ } 

守 屋嶽は 籐 潭*片 倉 村の 北に あたって、 詉方 郡に 境して ゐる。 頂に 石の 祠 があって、 守 

-ゃ だ. じん よ はる あま さいれい れいげん 

屋大明 刺と 呼ばれて ゐる。 春秋の 祭禮 おこたらす、 靈驗も あらた かで あると いはれ る けれど 

さ乂 けい ひと A\ ぬん かみ こと し ひそ. A おも よ いま ぶぢ さは ち みつみね 

も、 參詣の 人々 何の 神た る 事 を 知る ものがない。 私に 思 ふに、 世に、 今の 藤 澤の地 は、 三峯 

が は か g か はし も す は slf ぞく ナは しん こと 

川 を 限って、 川下まで も、 諷訪 郡に 屬 して をった ので あれば、 諷 訪 の种領 たる 事 は あきらか 

こと, か も 《* や だけ ナは * ぎじ i みね ほ i もちや ま つ *« 

な 事で ある。 且つ、 守屋嶽 は、 詉訪 明; 1 の si のうしろ にあたって、 その 峯、 鋅持 山に 續 いて 



ゐる。 で、 默 ふに、 II つて i、 sffi^f 1 きもって、 S 山に 藏 

ちん ま もリ や- .5*5 ほよ もも 

め 総 ひ、 擀び m ひま じき^ を^し、 かつ は、 鎭守 となし、 これ を もって、 守 矢と 稱し、 餘持 

と概 へたる 辦 f ある やうに^ はれる。 SS 奇談」 リ 

に、 なる ものが あって、 t ま iui と i へ、 r 神み を もって、 II 

こ で〕 3 しな -X つ まう ベ わさ 

を 1 つて をる と^ 1^ てゐる ものが あるの は、 古傳を 失って、 名に 付いて 設けた 訛說 であ 

る。 ^は、 ま 1 に^ひ^ら せて、 fp^<1r る^ SII であらう。 ^つ、 村お よび そ 

の 謹に、 の I においの は、 にました 灯の 益で ある こと、 全く 疑 ひない 

おも Z 3 

乙との やうに 田 化 はれる 

風 穴 (上 伊那 郡 倂那里 村 大字 浦) 

, このち 、ざ あな ^へ うら おく うら »o な 

,M は、 の^に あたって ゐ るが、 此 地に a 穴が ある。 前 ¥奧 浦の ぼ 

* , '« >, ^ u. ,ゝ つ いま かさ ぁ经 あな なみ i » 

M の殷 i こ陷 離の^ つて ゐ る^が あって、 ^に 屈曲して a の 重なった 間にある 穴の 中 力ら、 ¥ 

95、 »+. ^ § おまか g ふ で" 一; 

II に、 じて ゐる。 S を I かし、 t は i をお やうな どと すると、 必す 大風が 吹 き? 一 

風 K—S 野ぎ 信 濃の 卷 



I 偉 穴 風 



風 {<ic 長 野縣) 信 瀵の卷 

R a ,. る よつ そ © へん ひと ュ こと 念ん > このい は うへ』 • かざあな 

新れ 狂 ふとい ふこと である。 仍て、 其邊へ は、 人の 寄る 事 を 禁じて ゐる。 此 岩の 上に、 風穴 T 

精 i の 1 があって、 これ は鼢 1 のまめ に 1 られて ゐる。 0. 信 濃奇滕 錄ヒ T 

さと a かな か つか あ うへ せきひ も じぶ., ん /?っ » ど-じんっ^ . » こ^つ これ も 9 

『抵 おの に、 塚 有りて、 上に 石碑 あり。 文字 分明なら す、 土人 傳 へて、 小 松 惟 盛の 

はか ち f きう じ いはい おうじ 5k> かだ^ 小ん し , > こうひ. っ^, • せん ほ* 

とす。 1 久寺 といへ るに、 木 主 あり。 一翁 常夏 大 信士と しるす。 口碑に 傳 へて、 建 保 

は.;? "ごつ へ. I けものが たリ *J れもリ せんぎ si くま うら いた うみ ぼつに ふ み . 

二 f 卒すと いへ り。 「平家物語」 に、 惟 盛 潜行して 熊 野 涌に 到り、 海に 沒入 すと 見え たれ 

こたし 9J< ij れもリ うみ ぼつに ふ くわいせ き • めせの v/y あの な f せんとく jw 

ども、 r 國 史略」 に、 惟 盛 海に 沒 入す るに あらす、 晦 跡して 伊 契國 安野! ^ に 潜 匿し 承 

4>。 I A SS5. う!? ゥ むら ぢぅ その し そんそん もの か ぞく の.^ 

元 四 年 三月 念 八日 五十 三に て病沒 す。 邑 中に、 其 子孫 存 する 者 二十 一家、 隸屬の 後、 二 

よ i U のち. きた しなの き しょうろく み なか 

百 五十 餘戶 ありと なん。 さらば、 此 地に 来れる にも あらす。』 と 「信 濃 奇勝 錄」 に 見え、 中 

むら もとつ ね しなの きだん やまむ ろ むら. 0? んせ うじ も つお、 こ^^き, * ゆき • ね;^ *o わつ 一 まら 

が 元 i が 「1 濃^ iu に は、 『山 室 村 遠 照 寺に 持ち 傳 へたる 古 證 記に 康磨 一 一年 六月 小 松 四 

船 喊戲 敷と しるせる もの あり、 ^頃、 此 地に 小 松 氏 ありて、 宇 良 村の 墓 も、 それらの 

A と う 15 お-" こ れ もり あ si み 之う 

人なる べし。 氏の 同じき ゆ ゑに、 惟 盛と 誤りた るに あらす や。』 と 見えて ゐる。 要するに 

これ もリ はか すで と とほ _ 

惟 盛の 墓で ない こと は、 旣に說 いた 通りで ある 



說傳ィ 111 神 一 



靑牛 道士 (上 伊那 郡 河南 村 字 勝 間) 

議 から. ff まり、 ffi に ii (Imt かの < ふ とい ふやき とが ある。 き や 山 V 礼ながら 

H が 嗽^ があって、 ^^のおが 羝り、 I ひの 鎩を^ じて ゐる。 ^i. に、 三つ かひと 云 ふ^が - 

i p. みなみ §<ご し "- 、やま; ^ 。 /一 に 戸倉 山ノ i > ひ ば?5」-、 リ然 

あり、 刃、 二 里 かりば 南に 袴 腰と 云 ふ 山が 有る ci^^ ご 力 下 力ら 免 上け ると にの 形 

はかまの 贩に修 て、 三つ かひの 離の 毅 につに いて ゐる。 此戶 倉の 山まで を, 間 仙 S といって 

ねる。 三つ かひの 弒 から、 おしく I におって、 観に^ 蛾 なる I が あるが、 佝 時の^の 事で あ 

つた か、 麟を 1 んで 伊む や II に 戠5 う もに のり、 i を I-、 0f? 9 玆に 遊" 

k ^ * . > & 5 ペレよう あるとき U^M 

ぶ しく、 II に^ 二 ^を鳓 つてお いて、 き 中に^して 辨用 さしてね たが、 或 時、 この 犬 

> <; ざう o • し ちう で J き, の^を; W 

の" f のために M せられて からと いふ もの、 みづ から 靑 牛に 乘 つて、 市中へ 出て 來た。 後 終る 

M を きらないが、 Sh みき i して といって、 い Aiv にう きに i へて ゐる。 S 庵の 跡、 さ 

1^ があって 淤ぇ、 に は、 おじ.^^ に^って i を li ふ^^に なって ゐる。 山お に、 道士 を ^ 

i つて、 ひ iif i へ、 また iilf 腐んだ 鏺を おで、 1 と 1 びお たして I。 T 

菁牛道 士 Is 野 縣) 信 濃の 卷 



說傳 穴货椀 • 墳暮 



炎摄 丸の 墓 • 王 墓 |( 長 野縣) 信 瀵の卷 

5 ね ぼう まる はか T 

犬 房 丸の 墓 (上 伊那 郡 小 出 村) 畜 

こ .3- でむら いめ はう まる はか < どうす けつね こ いめ はう まる はふ、 * \ -,〜 9 ^.0 

小!^^! にある^ 房 丸の 墓 は、 H 藤 祐經が 子犬 房 丸の 墓で あると いはれ てゐる 曾て 伊- 鄹 

I あんる S ちし 、 、 >。 ZT 斩著閎 集」 「千 曲眞 砂」 「温ン §5,1- ^0 

郡に 遠 流せられ、 此 地に 死した ので あると いふ。 (,§^」 等" 附 f ユ按 する のに 大房 

お 1% の^は、 rf&rs8I」i にも^えない。 rii ぎ を f へる のに、 ^^の S お 

ほう まる ひう がの く 1: ぢ とう.: S たま : 。ミ しゅそ" し- そん /「勢 洲四家 范」 を考 ふるのに、 &ノ ? 

^が k 丸、 日向 國 地頭 職 を 賜 ひ、 飫肥 城主 其 子孫 (^^%1fnw や i であ s。 ) である やう 

おも *J のち 4^ は. It- なに あさ つお /「53. 一一 2 費ン 

に^ はれる から、 此 地に 墓な どの あるべ ぎ 苦がない。 何 を 誤り 傅へ たので あらう か V 奇 翳」) 

1+1 墓 (上 伊那 郡 松 島 村) 

まっし ま むら .? はか どじんった び だってん のう わう じ よ y かっしん わう た^ 5 ^ ' > r ) 

蹈ぁ杵 にある 鼓 墓 を、 土人 傳 へて、 敏達 天皇の 賴勝 親王 を薛り 奉 る處 とい つて ゐ 

C ほんき \§5. んせぅ うんろ く とう れんお よりかつ しんわう も ^^fc み, :,、o ャ、 ) 

る。 「日本 紀」 「皇胤 紹 運錄」 等 を考 ふるに、 賴勝 親王と いへ る 御 方 は 見えない 昔 此 まの ほ 

まリ つく まこ わ お ほ で この きのし お さと てんの ^ 

とり を撤 かへ したと ころが、 すえ もので 作った 墻鞴が 多く 出た。 此 あたり 木 下の 里に 天皇 

^•ts ききうな ど f へ. f つたき^ も あれば、^! に M された I 对を 1 むった ので は あるまい か。 



ife 傢穴貨 椀 



f 1こ しても、 |i ,の では あらう。 ^この 塚の 東に、 さ \ やかな I があって、 石 をお ほ 

f , &o<l- s/i-J あな z Z ぜんわん かし あな でんせつ な" 

ひ、 齙 と^んで ゐる。 のト に、 むかし は 穴が あって、 此處に 膳 椀 貸 穴 傳說を 作して 

ゐる。 「f 4£i」 に、 『批 あたりの^^、 まろう ど^ ど ありて、 得 まほし き 調度、 M まやう の 

. ら** <1 そのよう ちつ か おお ことい lc( ち ふ 

^^を、 縱に II つけて^ に^れお けば、 其 夜の 內に、 塚の まへ に 出し 置く 事 古より S きこ 

Job ヒ.? -r% ato-Lt 一 ^ てう ど え もち 3 な i だい 

ろまで しか ありけ る を、 0, がさが なき^、 ^の 調度 を 得て s ひける に、 皆 古代の ものな 

> ( S かへ のち さとが と れい 

, ^とや 极 ひけん、 おのが 家に ひめ 置きて 返さ ざり ける により その後 は 里人 S 

, この こと しょしう お ほ * — X ざ.^ k 

ごとくね ぎけ ^ども、 一 つもいで こすと なん。 此事は 諸 州に 多く ありて かくれ 里な どい ひ 

レ くわ. SaJ く^ C み やげ など でんせつ お ほ み 

なら はせ り。』 と& えて ゐる。 「五畿^ 志」 「回 國攀 土産」 等に も かう した 傳說が 多く 見える。 

s-> *i ざつ そ さ 4 とくて う か み てうし うれ ,んほ はか こまみ * » 

この 二つの i より t へる のに、 「五雜 俎」 に、 濟瀆廟 の 神お よび 趙州 靡頗の 墓の 事 見えて - 

さも \§?J う お つか そのご てん 

^^とおと きするな どいつて ゐる。 , ふに、 これ は、 皇后の 御 塚で は あるまい か。 其 后轉じ 

い つ ころ さとびと この ゆ » , • 

て ill となった ので は あるまい か。 何時の 頃で あつたか、 里人が 此塚を あば 力う としたと 

ころ、 大曆祟 かあつた とい ふこと である。 j? 

^ f$ 野縣) 信 濃の 卷 



說傳式 《|儀 



鹳 鵡 石— (長 野縣) 信 濃の 卷 

鸚鵡 石 (上 伊那 郡 南 向村 大字 大草) 一き 

ぐ *• さと />urv、 JHDJyr.^x < ^\ くろうし い きろ かざあな あ I つね k かせ A ' だ,. »w> - 

の艇 (if 村 大1§3^|。 ) の黑 牛と 言 ふ 所に、 風穴が 有る。 『常に、 風 を 吹き出す 事、 

せん? 》 じょく ひ しな Q きだんし る, I ぺ^め • あ, うやい し 

^風の 徐々 たるに 比すべし。』 と、 「信 濃 奇談」 に 記されて ゐる 其 磨の 草 野に 鸚鵡 石と いふ 

.4 し もば |»© 一 "し お ま えう こ げん =s? 

石が あって、 側で 言へば、 石 も 同じ やうに まねて、 謠鈹 三絃、 みな それぞれの 聲を する こと 

fe« じ, へだ 含 - — 

障子 を 隔てて 閒 くが やう だとい はれて ゐる 

とう w i ゆう 4_1 <- J -ぃ. 4- せ むら いし み その. S し ぷぇ おと 

東涯 の- 「遊 熟 志」 に、 伊勢 市 親 村に、 かう した 石が あると 見える が、 其 石 は、 笛の 音 * た 

か ゥ むか ふ k こと まお し ま 5 み ぺ あんらくじ ま どうせき 

け は、 曾て 對 へない ので、 不審な 事に されて ゐる。 又、 志 摩の 海邊 安樂 島に も 同 石が あ 

どう 5J,;><1 し つ たうて.^ こうぶんき ひ v« いし き おな 

つて、 同 言 石と 云 はれて ゐる。 唐 難 常の 「洽 閗 記」 に、 響 石と い へ る これと同じ であら 

t うり りん *-*9 ふ み .3. しいろ に な づ k だい せ . 

う。 又、 「雲 林 石譜」 に 見えて ゐる あう む 石 は、 色の 似た の を もって 名付け 「淘內 奇觀」 

^ ^し そのね お に なづ かふ しんろく 

に 見えて ゐる あう む 石 は、 其 形の 似た ところから 名付けられ たと、 ともに、 r 齑 簪錄」 に 

-P 谑 もの ま ね" あう む," し とうは、 L X 

出て ゐ るが、 物 A 似の 鶴縝 石が 一 等 不思議の やうに S はれる 



g 池 (上 伊都 郡 富縣村 大字 貝 沼) 

* . 々ナ ^ N- うめい お ほ 

「わ n き i」 の鹏 § の 1 あに、 鍵が i と 一 の F る ものに は、 同名が 多い やうに 

「? 爾雜」 ォ. ク iy つた o ほレ、 は雜、 へ 今の、 富 

^まれる が、 艇 にこの^^ が^は 二し ほ あはれ 深い 物語 を傳 へて ゐる 昔 貝 招か "幾と み 

がた〕 村大。 字) に郎 SI. とい ふ ひんが ぼんで ゐ た。 s、 m にぎ、 ii 鸯の たは むれ i ぶの 

をぎ、 ffff. ま、 また 耐を も £ して、 伊?? と、 初め 射た 雄の ぱ 

を、 きま、 錢さ うに、 觀の m に はさんで f 。 ff 貝 沼 氏 は、 あはれ I ふ"^ 

? fi^ 3tl^ ひ. 5 まし? V しゃく ご *5 ん あう ねんざ. 3- が y げん 

き、 |1 ちほ 1 してず きり、 露に i, を i んで S つた。 貝 f 入寂 後、 1st 

?. (^,し) といった が、 ま 又お、 環 f i い でお とし、 ぎ 居士 を 開基と して 

S 薦菌 f ぎ けられた。 if いへ る 零 ま iiiif の S と 言は れてゐ る。 此 鴛鴦 を 

f I を、 鬆が i と すので、 f I ばかりの 4i が おる。 (「| 奇勝 錄」) 一 

「毛 詩 品物 圖放」 に、 『崔豹 古今 注 鴛鴦 鳧類 雌雄 未 二 會相離 一人 得-其 二 則て 必思而 死 故 謂- ; 

匹 鳥 1 此方 所い 稱^ i 是鷄 鰱鴛鸯 一 種 而尾有 レ柁也 云云。』 と 見える。 

眞 筑 ft 長 野媒) 信 濃の 卷 



說髓森 • 神 水 



^緩 • 獒 女の 森— (長 野縣) 信 濃の 卷 

ぶん £ だ^ぎ に ほん る であう 表ん あう • にほん ,にほん 

「1% 新綺」 に は、 『日本に て、 爲鸯を をし 鳥と いへ ども 鴛鴦 は 日本に はなし。 日本に 

み さ ぎし も こ じ いんねんし ふ ちょ ぶんし ふ とう どうせつ お ほ しる 

ある は、 雞纖 なり 云云。』 と 見え、 「砂 石 集」 「故 蔡因緣 集」 「著 m 集」 等に も 同説が 多め。 記 

どくしゃ かう 》■ 5 

して 讀 者の 一 考を ゎづら はす 

浮 (上 伊那 I® 赤! i 村 大字 赤須) 

v:,「., すむ ら /乂,》 り、 ま レ てんさつ が は なか おお いし ► ) そ p いたさす こ すゐ めん あ , 

^^村 & きう^^ の 東の 天龍川の 中に、 大きな 石が ある。 其 頂 少しく 水面に 現 はれて 

» なに 、- うや ゐ つね おな み > と * ち ひと ► ^せ 

見える が、 何 ほどの 洪水 にても、 常の ごとく、 同じ やうに のみ 見える ので、 土地の人 は、 浮 

«d ^* づ みづ したが ふ ちん あや ざつ そ 

徽と^ 付けて ゐ るが、 水に 隨 つて 浮沈す ると は 怪しい ことで ある。 「五雜 俎」 また 「瑯 琊代碎 

ち i い ASW よく みづ か うげ み こ こ うきい は 

篇」 に、 地^ 浮 玉と いふ もの、 水に したがって 高下す るよ しが 兌え る けれども、 此處の 浮" J! 

かいだい *> <^ A. 

はさう ではない やうで ある。 「海 內 奇觀」 に、 『浮 山 在 U 安慶府 城縣東 九十 里?』 と 見えて ゐ るの 

なんお ぐ ひし とち ひとたち このう いは しおぬ しす しん > 、E5\ 

は、 何の 類 か 知らないが、 土地の人 達 は、 此浮巖 の 下に 主が 住んで ゐ ると 信じて ゐる。 (^) 

び ちょ 

美女の 森 (上 伊那 郡 赤穗村 大字 赤須) 



說傳治 退 神 猿 



霧お f 十一 f、 i^^iiof ,f ぉ碰 りに なって、 f^0 

にお 僻が になった 1、 增 i なる^!^ とい ふ^がきが を まめた。 ^は 殊の外お 悦びに なって 

繫奮さ を I へ 1 ふた。 i に、 sfe? 翳の ず&ゃ を まて ^の IP 祀 つた。 ^ 

の, を i め 緩 ふた II は、 おは 1 になって、 1< おの^、 ^は 美しの あと 稱 へられ、 宮はザ 

. み isj じ, 3 じ や よ がう しゃ を o 

御 食 神社と 呼ばれて 鄕社 となって 居る 

维範 に, I く々 してお に^するが やうな 幾 I を、 ^の^ i¥ おの^ il と 呼び、 その 折、 日 

私 S の i とが、 き I 艮を とられた きでの 一^ん は、 鹧が、 『がが なる^よ。』 と 愛でられ たもの ださ 

お て かけいし ひらか いし > ほ m , o ヽ l.ap ノ 

うで、 御手; i 石 または 比 良 加 石と 稱 へられて ゐる (口 锊) 

, ¥ 太 郞 (下 伊那 郡 赤穗村 大字 上穗) 

あ. 6*i ^ ■; しょ ァぢょ もり こと な だか ^^ぜん ル 3 ヽ!, .1/ 

- 所 は 美女が 森よ、 殊に 名高い 光 前 寺。 (i 謠) , 

うお , ほ ^さんく 、又 駒 ケ嶽の 麓に あるので、 ン i> ^^^^^E^^ D 1 ゥ 

と、 唄 ひ はやされる 寶積山 光 前 寺 (S, 纖山 とも 辩 して ゐる。 ) は 信お チ台芽 f « V 百 

で、 Ms 六お であった。 fiQPIi と、 教 から 一 ifiM りの s£ の黼と は、 ま1 と 一〜 

早 太 顧 —OK & @ 信 濃の 卷 



說傳治 退 神 猿 一 



早 太 郾 ー( 長 野縣) 信 濃の 卷 

か i と を H て t に きられて ゐる。 三が 一 一十 八お が不 齓の緣 日で あるが、 殊に、 七^に 1 -2 

4 J f t> _T s ^ ぶお^ ふうち しゃ <sx* だい はんにゃ ~4 

i の 鋭の 1 は、 产银 慰ぬ のうちに しつら ふ 舞臺の 風致と、 寫經 の大燃 若の 讀經が あると によ 

さんけい ぜんなんぜんにょ ひ ^ )3 

つて、 參詣の 善男善女 引き も 切らす とい ふこと である 

ふ どうそし さい まう みち きけい はかいし あ を ごけれ;^ / > ! ) - - 

そのず 動!! に賽 して、 三重 塔に 詣づ るの 途、 一 奇形の 墓石の 靑苔 深く 覆へ る ものが あって 

s^ii と II されて ある。 これ こそ、 儲^ に^ I い 11 ま^の 難 Mi である。 0. 信澳奇 滕錄. D 

1 ケ備獎 が、 S 寸の I のず も Qr4fe てて ゐ たが、 妯て 1って、 ^に 

f I、 S のおへ、 そのうちの 一び 疋 きを f て 一 かった。 を 和 t は、 ^に、 sf ぎけ、 

* 一 さ み いさ す な 4 はし こ たちいぬ , ぷづ ' I ^ 

^てて 見る と、 勇ましい、 それで ゐて 素直な、. 敏掩ぃ 性質の 犬だった ので 珍ら しい 事に し 

あい 

て 寵愛して ゐた。 (口 碑) 

その i、 と i^i き" 今の 只 附澤。 ) の、 て 天ん懇 1 の ぎ、 11 が f でゐ て、 き敏に 

蘿 お 恋をしなければ、 漏に 1 はれて、 霸 1 を i し、 1 f i ぎお しみ を め なけ 

お J.C さと^と ま. a ね, リ くじ と. ま. 4- 4 そな ど 5 じ 《- お f > ひ. -, 

れ ばなら ない の を 恐れて、 里人 は、 每年閻 を 採って、 犧牲に 供へ る 童子 を 定め 祭祀の 日に 

その どうじ ひつ S あ ひお づさ しぜん さ- ^ . しふ ま, ) :, 

なれば、 其 童子 を 榧に 人れ、 相擁 へて 祠 前に 捧げ、 悉く 散す るの 習慣であった 



說傅治 退 神 猿 



ケ-る とき こと その ゃレ <- しゃそう ぎ せい そな さと ひと さ.^ のち ひと ひそ こ 少/* よ かく 

或 時の 事、 其 社の 社儈 が、 犠牲 を 供へ て、 里人の 散 じ. た 後、 獨り 密かに 樹楷 に攀ぢ 匿れ て 

こと *.5 す. • や はん 5 し と き お ぼ こ ろ ぢん ふう ふ おこ ぺぅ ; HIT 

事の 樣子を 窺って ゐ たと 乙ろ、 夜半 丑の 時刻と 鱟 しい 頃、 一陣の 腥 風が 吹き 起り、 廟が頻 お 

し,? どう み ま がん V, わ きょ <ゎ いぶつ あら U うれ こぶ * だ - 

に 震動す ると 見る 間に、 眼光 炬の やうな 三 怪物が 現 はれ 出で、 嬉し さう に 鼓舞し 出した が、 

1 <ゎ5 ぶつ よ ► しなの はやたら ジ こんやく お J < ねいぶ つ 

忽ち 一 怪物の 呼んで いふに は、 『信 濃の 早太郞 今夜 來る こと はない か。』 とい ふと、 他の 一 怪物 

こた S しん ひつ ごぽ じ とら し ぺぅ は.: J 

答へ て、 『なし。』 とい ふ。 すると、 直に、 祌櫃を 毀ち、 兒を捉 へて、 祠廟に 入って しまった 9 

しゃそう おい < ねいぶ つど も ふか おそ , はやたら う なにもの たづ V み々 ひしう 

社儈 は。 一 體、 この 怪物 共の 深く 恐れて ゐる早 太 郞とは 何物で あらう。 訊ねて 里 民の 悲愁 を 

5>な t のなん ぎ すく ^?c- すぐ りよ さう ど* の しな の ©V に きお さが , 

訴へ、 此 難儀 を 救って 貰 はう ものと、 直に 旅裝を 整へ て、 信 濃 國に來 り、 1 く 採した けれど 

つ ひ はやたら 5 もの あ こと で き 

も、 遂に 早太郞 とい ふ 者に 逢 ふ 事が 出來 なかった。 

§ い な &f P き あるひ U と こめた び しやそう みやお えき 3 てん いこ 

訊ね あぐんで 伊那の 郡 を 旅して 來た或 日の 事、 此 旅の 社 儈は、 宫田驛 の 一 茶店に 憩 ひなが 

まお はやた らう ひと しょ ざ. 3- ぉづ ちゃみせ あるじ- 

ら、 こ乂 でも 亦、 早太郞 とい ふ 人の 所在 を 訊ねて みた。 すると、 茶店の 主人の いふ ことに は 

9 ん そんかみ ほ むらく 努 ぜん じ はやおら う い ぬ きし に ひ A1 

隣村 上 穂 村 光 前 寺に、 早太郞 とい ふ 犬の ある こと は 聞き 知って ゐる けれども、 それに 似た 人 

こと こお 』 しゃそう おん ふ しん , おも ふし — 

の ある 事 を 聞かない と 答へ た。 社儈 は、 一 且は 不審した けれども、 また 思 ひ あたる 節 も あつ , 

5- めぐ S- ぜんじ まう とぎ i そう えち かお じつ もつ ぜひ はや か S 

て、 踵 を 廻らして 光 前 寺に 詣で、 時の 住 僭に 謁して 語る に實を 以てし、 是非 早 太郞を 借りた 一 

早 * 節 |( 長 野驟) 信 濃の 卷 



說傳治 退 神 猿 



早 * ©|( 長 野驟) 信 濃の 卷 

7 & ろみ ていぜん よ." よ, 

いと ね^に 隨 つた。 i£ も、! きなこと には^った けれども、 試に 犬 を 庭前に 呼び寄せて、 i 

\ ? -^J はやおら う 1.4 

ft^ に ま1 る やうに して、 ^の^^ を ま 11 り、 『どうだ^って やる か。』 とい ふと, 早 太郞は 

" £ 、 み" しゃそう i も 

^を きれ、 ^を^り 齦 かし、 おこれ を I する もの X やうに 見えた。 社儈 は、、 大に 喜び 撒へ 

I つて、 ぎ 鋭 ほの^に は、 を まに まめ、 iMi に i へて &き、 事の i¥I づ かって 

ゐ ると、 S になって、 11 は、 ま f の やうに 1- かかって i を S ち、 IS を捉 へやう と 

? * . AJO«K ぶつ が ころ はやた〕 

する きろに、 fife は、 EI しながら I りぎ、 たうとう、 其 怪物 I み 殺し、 早 太 

i も 酽% に 1 つて i れて しまった。 1* になって、 i ベて 見たところ、 怪物と いふの は、 大き 

らうこう 、 o 

な老猴 であった とい ふこと である 

SI の尠 M は、 ことわけ を i へて、 i ぎ 1 攀& して、 こ-に ずられ、 香煙 4 も 

絕 ゆる ことがない とい ふ。 

し 1 一議 ■ これが 懲 のた め、 ff0kk 薪して it 

囍 した。 篛に薦 に g する si がそれ で、 f お 船の 1 ぎ 露 は、 ず i 弒 のか 

t^l^&ii^^ のために^ はれた ズ 「信 濃奇 滕錄」 「緣 起」 リ 



說 傳馬祌 • 墓墳 



*ls はりに や s き おくがき し >9 わ" おつう づき 、か J じる ^ : * ぐ. 5 ► ね 力 ,t?> . - 

ガ 1 雜&の k 書に は、 正 和 五 丙 辰 卯月 八日と 記されて ゐ るが 文化 二 年に 至って 補修 せら 

れた。 

I* やしお そうせき <j 工 ^0 どうじ あ *e とき つ g さく 5 § ** けん づか でんせつ c J^4«£s 

が、 | 曰て 同 寺に 遊んだ 時の 次の 作 は、 以上の 義犬 塚の 傳說を も 籠め て、 境內 

t§ つく おゆ Z 3 

の 風光 を盡 して ゐる やうに 田ぬ はれる 

一 山 靂驗迨 遠 州、 洞 壑來聽 往事 幽、 寳劍嶽 凝 金 佛氣、 辨 夭 堂 能 織 楓秋、 華, 穩 憐忠狗 

荒廟 風腥斃 老猴、 爲我 禪佾示 經卷、 寫成 般若 記 恩留。 

五郞山 (上 伊那 郡 五郎 山) 

fe^t^f とうなん らう やま に しな さつまのかみ もリ のぶ し い /せ 1.1 ^威 を. ft* ゥ \ ^ r > 9 

Mil の 東ぎ にある 五郞 山に は、 仁 科 薩摩守 盛 信の 死骸 (な 鶴^れ ) が 葬られて ゐる 

も BNOg もう isss らう^' のち やま らう やま よ. ) さん^^ 

凝 を 五^と ずった ので、 それから 後、 山 は 五郎 出と 呼ばれる やうに なった。 山頂に、 

*!5 し おな もりの ぶ れ 5- ま Q らうの 5§ X . 1 > ► 

Mi があって、 敲 じく 盛 信の 靈を祀 り、 五 郞祠と 呼びな して ゐる。 (「大日 本 風土記 • 信 濃」) 

駒ケ嶽 (上 伊那 郡駒ケ 岳) i§ 

^1 . 駒ケ 籙— (長 野縣) . 信 濃の 卷 



說 傳馬紳 



駒 ケ 嶽 |( 長 野縣) 信 濃の 卷 

1ケ驄 は、 ilsiil 一 1 の篛 に、 やうに お 吃つ tr 山んで、 ssfil に マ 

f 繫八千 九 百 八十 11ゃ 尺く、 i は弒 にぎて、 smft お^の i と を i て 7 

f H+% 八 千 i の I を^て ゐる。 i 爵 f りきり、 IT きおに は S が f 。ffi 

こ ** たけ な. 乙 こ で I 

S 拟^」 に、 『天平 十 年 八月、 信 濃國献 11 神馬 一 黑身 白髮尾 云々。』 駒 ケ嶽の 名 は 此處に 出た と 言 

はれて、 翳、 みな^^に ず。 や m に、 ii さ 山ん が あ-、 1 に i が I が あるが 

- fc si —』 I * 又 1 1 \ ま. J>s> う さ ん およ は 

鹩 これ §1 に^って、 腿を& つて k つくる ので あらう。 (鹋 s^§。0 又 龍が 綺觀音 及、 び羽廣 

の觀歡 みな 1の1 を^る のに 驗が f ると いふの も、 駒ケ嶽 の說に 出る の で あらう 。「三 季物 

I〕 に、 『遷十 f 、 IK&i" 1 を 1 して、 P めぐらし、 難に i つて、 われ r 

i ケ i に 四百 f まに f §- あり。 sliQS: を i めて これ を ml んと默 ふ。 むかしの 

の 翳に 1 ふべ しと、 ま。 め ^ にず 1、 翳の 六 M、 isfi に i せ 

られ て、 鬆& めり にと f、 r 議 I」 に は、 『ss> f の 鎖、 ^の, ぉ大 ほいなる 

tl きを^る。 ^の^、 T ^にたれ; I; き、 & は^^の ごとく、 1 ろしき I なり。 此馬人 

H を^て、 粼 の?! まで、 ^に^りし が、 I に たちお ほひて^^ しらす。』 と^えて、 職ケ 



神 

傳 

說 



』<a i ゆ 》? ん と * つ まお この やま レ せう » i fc« お ほい は も 5} 5 

ぎのお のま 以を說 いて ゐる。 ー說に は、 叉、 此山 東の がに、 馬の 形した る大岩 ある を 以て 號 

ま t ゆき き と. こま -§ S ぜん? S み もつな. 5 / 

くると もい ひ、 叉、 雪の 消えん とする 時、 駒の 形 ー體全 傭して 見 ゆる を 以て 號ぐ ともい はれ 

ま- 5 この こまおお i はう おね まき ぢ. i U § ころ かさ S ^< も k あん 

て ゐる。 や 批駒艇 の is^- に、 ^!蒔 爺と^ つて、 四月の 頃、 笠 を 被り 柄杓 を 持った 形、 遠 

la う こま み #J の. S あ ふ , k だ ま ^せ ゥ 

方から は、 あたかも 駒と ひとしく 見 ゆるに おる とも 言 ひ、 此形現 はれる を、 大豆 を 蒔く 時節 

4 わ AUJ *J の やま のぼ こと まれ ) » き^ち 4 ^ - ざん ふやに せ . 

と 云 ひなら はして ゐる。 かう して、 往古 は、 此 山に 登る 事 稀で あつたが 近來は 登山者 殊に 

きま て^-と ざん ミぅ な そ s よ しょ « ベ ナ-y ) み ち: _ 

がく、 一 定の 登山道 を 成して ゐる やうで あるが、 其餘 は、 諸 木野蔫 しげって 道がない 板 倉 

J&J1C もつ 6 けんそ は ひまつし ば ごと うへ えお と,. I ©V こま .5 ► ? ^ > » » % 

とい ふ 所 最も 險蛆 に、 延松 芝の 如くなる 上 を 枝に 取りつ き 登る 事 數十丁 是 から は 露氣な 

よ ものし & 、、、いけ ぶ «|ん ちう § いけ 、いづ- も Q うが \ 

く、 夜 も 物 湯ら すと いふ ことで ある。 のうが 池と 言って、 山中に 三 所の 池 (池 ぃぺ はれる。 j 

6« レ >J しょさ.^ i § おお t» にしお お >r 、 *?ぬ ► 9 :>タ か:、 

が ある。 この 東 は 御所山、 南 は 駒 形の ある 山、 西は嶽 つづき、 北 は大澤 である その 中に、 

K レ み おろ ろ なが けん は 42 ん す & めん あ を ぁゐ なか , ぶ ゆ t^*k > > 

西よ リぉ 下す 所、 長さ 百 間 幅 六十 間と いふ。 水面 靑 きこと 藍の ごとくに、 中に 赤き 筋 かあつ 

U と み {X きお せう ほそ * ナ と-にし、 ; 9 k >,./f, 、i 

て、 形 龍の 如く、 南から うねって 北の方 細く 少し 西へ ひねって ゐる 此 池から 三 町ば 力り 

©ぼ ほんお け # お i たか しゅんら^ かさ お >~ヌ に み,. おろ, , • ^ . S : ► ^( : )^ 

あって、 本嶽は 雪を帶 びて 南に 高く、 崚 巒 重なり、 谷 谷 を 見下せば、 數十 丈た^ 湧々 たる^ 

1 み はくうん あ. i おい みね &>-A\ ぶ,^ せき お i けんそ , ' 9 

上 を 見る がごと くに、 白雲 靉靆 として、 峯 まで 盡 く巖 石を疊 み、 嶮蛆 いふば 力り もな く 

駒 ケ 嶽— (長 野驟) 信 濃の 卷 



說傳生 化物 植 



い は を |( 長 野縣) 信 濃の 卷 

Z まつ ま I ま a*! ま. はくさ つお なほのば みね レ ふ でと 9 す こ 

小 松 稀に 5H へて、 岩間の 白砂 S ふが やうに して 猶登 るに, 峯は錫 を 伏せた るが^ く 少し 18 

i なが ち ひら ! § みわた I , ^ おせ ゃヌぁ I 、A5 だ-せ $ , み- , 3 

離 へ 長く 平で あると いふ。 頂上から 見渡す に、 南 はう づき 嶽の 大山 有って、 飯 田の. R は 見え 

r ^ ぴノ うい *」 のうら ひがしき ヒ ふ じ あさま. とほ やま れんぼう OS! お 一み,. わお • 

す、 西 は 尾 州 a 伊勢 浦、 東北 は 富 士-淺 間の 遠山 を はじめ、 連峯 た^ 逑 りて 嚴 かに 見渡せられ 

5 わ S ナ *】 まがな み しきた 1 そのお な なら ! て^^- "は 

る。 ギ から 酶^ に 見える 山 は 東北 四 丁ば かりに あるが、 其 同じ 並び 東よりに ある 天狗 岩と 

kwf いは き くわん もつ:: L x 3 

錫杖, おと は、 奇觀を 以て 知られて ゐる。 

sfe^QS によると、 if 十二ぎ のお の^に は、 き I まが、 この I ケ si 

1 ぜんくね つじ こまが ヘリば し おつぎよ y /な »1、 ¥\ 

に 跨って、 善 光寺の 駒 返 橋まで 出御 するとい ふこと である (文參 照び) 

いはを (上 伊那 郡駒ケ 岳) 

ぎが 1 の 麓に は、 驚が 茂って、 川の 流 をお ほって ゐ るが、 其 驚の 葉 をい はなと いって、 里 

*c く «5な ま > あるひと き そ こ やや ssa ^ \ み 1 

^に 魚に 化ける とき はれて ゐる。 或 人、 木 曾へ 越へ やうと して, I 曰 一平と いふ 所で これ を 見 

^vw を か、 ひと み つ^ いひ *i .3- ち を かレ , ほ: ぽ^, き-、,、 

出し、 折取歸 つて 人に も兒 せた と條 へられ、 飯 田の 市 岡 氏の これ を 干して 藏 すと いふの を 

ks の きしょ 50 く ちょし *- けん こ , これ み * * さ," くわ ? » お^ £こ>^ , 

「信^^:^^ !の 著者 は 一 見 を 乞 ひ、 『是を 見る に、 笹の 化した るに は あらす、 筍 の 如く 皮 



お ほへ り。 IT は f 、 一 およりお ほへ ども、 S は、 平み にーガ よ-お ほひて、 形 は 魚に 

またり。 が1 に、 體 にても、 i とぎて、 i の 低す る まと f まよし いへ-。 g 

1 にて、 wfm&i に i むあって、 0tg. ま 又 > まめと fM、 千 曲 川に て、 ぎ 

f. ダぉ とい ふ は I な-、 は、 ぎ 1& にて、 いはをの 事?。』 と 記して ゐ 

る。 S に、 i&©&gQ£MC いはを 又い はな) は、 また、 霞に ゐる I に は 生きて を 

れど、 儲艷の &i を黻れ て、 缈斷 の^に は^を 蛾ち 得ぬ とも 言 はれて ゐる。 

太 宰の松 (下 伊那 郡 飯 ffl 町) 

10^ は、 llgis の豐 きとして ば 

して ゐる。 III 霧く、 讓 にして、 0M$SMiM 

hi > と I* ろざし は.^ I ろづ レ f 

^•■•if まに Mi で、 謹せ ざると ころな く、 かつ 經世 © 志 あ-、 その 母^^ 

し |,1 として^^に f i はれて ゐる。 m て その まが、 に敎 へて、 『其 名 を 竹帛 & 

れんと I せば、 きく 藝爵 にこ S ^にすべく、 3? をお しくすべし。』 鲁 つて、 庭 

太 if の 铨 上長 野 S 信 漠の卷 



說傳姥 山 • 治 退怪妖 



岩 見 a 太鄞 • 由 山 窟|<長 野縣) 信 濃の 卷 

ぜん ぶ つ たと いま なほ あ. & だ ざ- i まつ X fi, tti 

前の 松の 綠に譬 へたと いはる \ もの、 今も猶 操を顯 はして、 太宰の 松と 呼ばれ、 !i なる 

おひ たち Js5 し かお が ほ さか ^ 

の 生 立の 昔 を 語り 顔に 盛って ゐる とい ふこと である。 7 

い は み ちゅう た らう 

岩 見 重太郞 (下 伊那 郡 飯 田 村) 

> ひだ 1 ち きお 1 かぜ^し やま とうろく かみい ひだ むら も か 4* しろ /*、 」-«rsu* レ r、\ » ^ノ 

飯 田 W の 北 十&、 風 越 山の 東 麓、 上 飯 田 村の 岳酽 のが 社 (默 ^き 雄 f2^s§"。) は、 I- 

^^^^^ 、浚に、 薄 S 隼 人と 言って、 ,K 奴ノ : ► ひ. - た いぢ. ひとみ r くう がう か 

"石 見 重太郞 V 域 中に 勇名 を唱 はれて ゐ るヮ」 が 狒を返 治して 人身御供 とならう とした 穀 家の 

もとめ すく e ん せつ やしろ A 4 し- 

處女を 救った とい ふ傳說 (「岩 見 武勇 擰」) の ある 古社 だと 言 はれて ゐる (口碑) けれども、 稗史 

う, てんく わ せつ おも 

の 生み だした 轉 訛の 說の やうに 思 はれる。 

はぐ 3 ん のい はや 

Q a- ^ (下 伊那 郡 上 飯 田 村) 

か ひだ はくさん じ ふう ゑ さん がう やま ぁもヒ やま OS4 *j と 

上钣田 利 の 白山 寺 は 風 越 山と 號 (天台宗) して、 山の |g にある。 ここから 山に 登る 事 五十で 

t i , ^ » はくさん ごんげん しんし ま』 iDr はく _& ん 5?4e fc , 

ばか ケの處 に、 a 山權^ の 神祠が ある。 (例祭 九 HO そこから お、 十^^って、 2Mi と I ば 

✓ > >»' k ^^こう i » ひ, まん ひと こと い sit ちい ひと うす w 

れる岩 洞が あるが、 洞 口 甚だ ® く、 肥満の 人 は 殊に 入りが たく、 常 體の人 も、 1 衣で なけ: d 



説傳生 化物 動 



ほひ ど う は ひ すう ぼ はう けん は 5a s§e で, CX しゃ X よ まど ゆな, k » ま^ * タは - 

ば 入れない。 洞に 入って 數 十步、 ^二 間 許の 所に 出る。 此に四 尺 餘の窓 穴が ぁリ、 又、 傍の 

ち-あな くお よこ ゆ こと けん また ひろ I § 

地に、 穴が あって、 二 間ば か 9 下り、 潢へ 行く 事 七 八 間にして、 又廣ぃ 所が ある。 此 にも 恣 

i なか あか *J の あ *? のぞ ? fee k ぺ つ * かやで, ,.- e と 

穴が あって、 中 は 明るい。 此 穴から 覼 いてみ るのに、 山 • 谷 すべ て 別世界に 出た るが 如く 

き \s A ほ しょ js せいけつ ぞく やまうば ざしき ► い 

奇觀 だと 言 はれて ゐる。 それに、 ^所 は 甚だ 精 潔な もので、 里 俗 山姥の 客 次と 言 ひなら はさ 

やまう は $- く- しん おく * み Y *k お ほ ► * 

れ、 山姥の 憩み に來 ると ころ だと 信ぜられて ゐる。 是 から 奥へ は、 水の した-りが 多くて. 

ほひ 6A1 

入る 人がない とい ふこで と ある。 (「信 濃 奇勝 錄」) 

せみ たけ 

章 (下 伊那 郡 上 飯 田 村) 

かみ. s ひだ めら ま CVJS. レ なか せみた け で ,せみ おせ fti) • ) : S i-メ V » » ゾ, • > 

上 飯 田 村の 松林の 中から 蟬蕈 とい ふ ものが 出る。 蟬が蕈 に 化った の だ (口碑) と 言 はれて ゐ 

Z きん ひつえう り きぶん せみば な k ^1 1%. • . * 9 

る けれども、 これ は 「金 匱 要略 記 聞」 に、 蟬 花と いふ もの あり 和名せ みたけ。』 と ある もので 

r> , せみな な 1 asa はや , S しぶ — , 

鱭 赠 の蟬に 作り 損って、 頭に 茸 を 生した ので はなく、 茸の 根から、 蟬を 生じた ので あらう (「信 

濃 奇勝 錄」 :} と 言 はれて ゐる。 

罈 鼙 —(長 野縣) 信 濃の 卷 



贿靈 怨 • 杖靆 



不捨出 如来 寺 . 最後 SI (長 野 H) 信 濃の 卷 

ふ しゃ さん にょらい じ 12 

不捨山 如來寺 (下 伊郷 郡 座 光寺 村) 百 

、i な.;" Q ぜん § じ ほんぞ^ えんぶ だ ごん あ み だに よらい » ぼ,^ だよ しふつ r * 

ゲ、 & 野の 善 光寺の 本尊と なって ゐる 閻浮檀 金の 阿彌陀 如來は 本田篛 光に 背負 はれて 

な,? ま 5 りえ しなの き とき はじ を みのが、 つうぬ まめら あんち- x :3 い 、ま,. n- .^^^r^^> 

艱淤 の^江から 信 濃に 來た 時、 始めて 3 鎮鄕宇 沼: S に 安置 せられた 今の ま 光寺 《 不捨山 

M 歉寺の あると ころ、 ^舊蹟 であると いふ ことで ある。 c 「大 虱 土手 信 濃」: > 

最 後 M (ド伊 邠郡座 光寺 村 布 場) 

しんしう VJ< わう じむら さいご づか い ふる ぼん き p う^ > :£^、k 。 

信 州 座 光寺 村に、 最後 塚と 言 ふ 古い 一本の 櫻の 植 つた 塚が ある 

ひつ お レ ざ,、.? じ. レ^し ゆ あしま ぐん^. い せ, た, : て.、 び はし:、 

何時の 昔 か、 座 光寺 城主が、 阿島の M. 勢に 攻め立てられ これ ぞ 最後の 戰 に 破れて 

^を^き にきめ るの 4 蓬に 會" した。 それからと いふ もの、 城主の 魂 は、 この g から はなれ 

J> ォさ. 'よ あめ ふ さ. ひ け る よごろ つ^- しう ゐ 

なんだ ので あらう、 櫻 さかる 醯农 や、 しとしと 雨の 降る 淋しい 春の 夜 頃, この 塚の 周 圜を七 

回 si つてから、 櫻の 水に 耳 を あてて じいつ と 耳 をす まして 居る と、 遠くの 力で、 微に微 にけ 

や きァ こ &? たちうち おと おし きこ -ぃ、 Sif 

たたまし い 4<叫 びの 聲、 ちゃりん ちゃりん とい ふ 太刀 打の 音が、 瞎 かに 聞え て來 ると 言 ひ 傅 



へられて 居る。 

その^ さけびの^、 おず^ち の觀 が、 粼 の^に 醱られ て^える の は、 折からの 悲慘 な戰爭 

が、 截 の^を 謹して はれた からだと 言 はれて ゐる。 

SIQi かな,、 ipf しく^の 鶴に、 一お &し て、 IQSi を 聞く と、 う 

らぎ しさに 堪 へられなくなる。 (口碑) 



X 垣 御殿 (下 伊那 郡 鼎 村 字 山村) 

篛 tsil の S 義 3 が、 ぎぎされ た i、 の 籠と なって S 

ぎ 把んで おる の & ね てまて、 き I に 翳 を 1 へ vfe んだ。 S は r で, 御殿 と霍 つ 

た。 si へ まつてから、 f K 繊 麓と 1 め、 I 纖を鼸 ひ、 妒に椠 i と I 

せらる 舡 となった ので、 ^はま 1を1 め. て ® を靈 し、 お feisf ぎた。 I- 

に^^した は、 ぉ粼 おおの 射 ii であった と^ へられ、 5 ー稻 荷と 稱 へられて 居 

る。 (口碑) 

蹵 垣 鄴 ¥.8 野驟) 信 濃の 卷 



逸條 豔!^ 



椟 なし SS 柿 • 立 石 —(長 野縣) 信饞の 《 



がき 



核な し 串柿 (下 伊那 郡 三穗村 大字 立 石) 

Is (ssg^) のき は、 ii の i であるが、 な i に は、 S0 

から、 i ほの i は、 おくから 雛が 一 つも 無い。 ところが、 他領 き W ) は、 少しの 川 一 

へ 5*; g ね このな だか たね がき た I さ^^い , > • 

つ を 隔たる のみで 衡 が ある。 (「千 肋の 眞 砂」) 此 名高い 核な し 柿 を、 他領で 栽培し やうと する 

ふ し そのと し たね かき 4、 は , k にレ • \ o \ I Jr/ 

のに、 不思議 や、 共 年から、 種の ある 柿に 變 つてし まふと 雷 はれて ねる (口碑) 

ぉ石"村ら(ぉ%立ま|。む)1村んは、 f i を f して ゐ るが、 編な し 1 の if 

* き 1 9 Jj ヒ ^ 2 そし かき, やし 玄 この かき 

いふの は、 三圍も ある 柿で、 例の 如く 核の ない ものである。 一 村の 柿 林 は、 はじめ 先 づ此柿 

s« つ いま U のおて いしがき そでめ いさ-力 は > ,95 

©銜 を % いで 育てた の ださう である。 (「信 濃奇滕 錄」) 今でも、 此立石 柿 は、 其 名產を 世に 唱 

はれて ゐる。 (口碑) 

立 石 (下 伊那 郡 三穗村 大字 立 石) . 



i の 篛 (麵 glS つ とい ふ f ら士 In 一 M ,た pi に、 PV 呼ば 




y ひク な たて a ,し この j 一お こ -I ち § で M§e ^ 

れる がが あるが、 W の 名の 立 石も此 石から 起った と 言 はれて ゐる。 地上に 出る 所 は、 耩にニ 

し- PKZt f 9 -4* くよ す .S し ^-ろ をい. H く ゆる ナ£ 5^ 

0. 敏 一 尺餘 に過ぎない もので、 石の 色は靑 白色、 搖 がせば、 少しく 動く やうで あるが、 

こ© * レ ち うづ ま SMJ そこ し V&5 うづ ま 

どうして どうして、 此 石の 地に 埋 つて ゐる こと は、 全く 底 知れす で、 どの位 埋 つて をる のか, 

|?5 . • i う ね. 5 かん このち じゅ .S うし こんどうし あまた にんぶ * I , 

がっかな いと を はれて ゐる。 lp^^i、 此地受 頷の 有士近 藤氏、 数多の 人夫 を 指揮して 

^の H ビ觀る こと ま ns^、 徒れ ども 嫩れ ども、 其 根の 限り 知られす、 たうとう、 堀り あぐん 

もと つ あ う そのと き めぐ リ f すメ、 • ひと- ひ r- :、 > : \ nlo /「is 濃奇ン 

で 原の やうに 土 を 埋め、 其 時から、 回に 檷を 結んで 人 を 寄せない やうに した (鰺錄 J ) 

飛 裂 幾 (下 伊那 郡 下 川路 村) 

i かはぢ むら^, ざんかい^ 化 都 妙、 レ寺に B し、 ン t 、^お: ま、 ゆ^お^^ Isf^ へ 今 川 氏 、伊勢 

下 川路 村 疊秀山 開 善 寺 S 喃^. f た。) は 建武ー 一 年 小 笠 & 信 濃 守貞茅 I 氏と 共に、 R 

温 fs!s^) oi> r 山ん は、 B ぎ ま 8T 和, II き であるが、 ^0 

S もつ • ss^>i 、最古 物、 羅物镄 で、 綸子 形 "ごとく、 色 は 白 茶の ごとく ゾ i> ぉ^ 戰 4 り •fc 

什物と する 飛 装 裂 (Is 「鼈 哪廳 盯ん角 1 內 おく、 銀 を 覆輪と して ゐる。 ) は 開 U 禪 ffl の鑭を 

かって、 l^i#4i におた と^ へらる- ^もので、 裟の名 は、 その 飛^の 事に 因して 起つ マ 

た。 その 峥は、 f 辦の • よりも、 おきく 五^ば かりで、 i の i に は、 ^でも、 『嘉曆 元 寅年、 r 

飛 袈 裟 |( 長 野縣) 信 濃の 卷 



說傳靈 精木樹 



小 挂 女 上 長 S 信 濃の 卷 

しる 

追 lit 來 n 筑紫傅 多 浦 T 以レ故 世相 傳號 i 袈裟 一 云云。』 と 記されて ゐる。 (「糞」) 

こ うちぎ ぴ ^よ 

小 佳. 樊 女 (下 伊 灘郡ド 川路 村) 

X め く しも かま ぢ. fVl ぜんじ さう ばいの はな いま さか さ 估/) > o 

名に しお ふ 名, 木、 下 W 路開善 寺の 早 梅花 は、 今 を 盛りに 咬き 誇って ゐる 

ょ,リご く 二 £1 ふう! y うし むら かみよ ゆ ひら けにん はに しな ぶんじ たけ^ むら かみせ ふち 1 ゆ ま A し/、、 ) 

暫^ ife の^ 流士、 !:ぉ 賴 率の 家人 M 科 文 次 は、 武田, 村上戰 楊の 隙 を 借んで、 この 閼善 

じ め .3- ぼく か § , 

寺の 名木の 香 を 尋ねた 

ゆ かね i , に ほ > / 、 

ひびき 行く 鏠の聲 さ へ 句 ふらん 

うめさ てら ぃ3» あ ひ そめ,' 、,1,』, 

梅唉く 寺の 入相の iC (文. S 

よ ク 3 きょ か ふか かん!^ やう ^1- i レ, 

と %ん で、 その 色の あまりに 淸く、 その 香の あまりに 深き に、 いよいよ 感興 を 湧 力し 自 

^ぶ 聽. 似す る 4 趣なる 翁の やさし さに、 心を倾 け、 恍 として 去り もやら す、 見えす cm わかぬ 

t , , おも み によ. ひと めの わら は ひと リ c » I ^ 

妒 欺に 1 がれ || ふ をり ふし、 ず ひも かけす、 見なれ ぬ 女性 一人、 女 童 一人 具して、 この 開 

|l 寺の^/里の.^ ボの白 I の淸 さから、 拔 けて 出た やうな 白い 小 桂に、 見ぬ 1 つくる 紅梅の 下 

こま : ゥ X* あんかう ふ どう つき よ *H!S t と 1>^S 

がさね の^ ひも、 ffi の # ならす、 た を やかに、 しづ やかに、 喑香 浮動の 月の 夜 頃 を 年の 頃 



說傳靈 精木樹 



み せいえん ひ^ ォ おた » しふ さう ひとお も ふろし^ く は もの 為れ 

二十ば か. 9 と 見えて、 た r 淸懿の 品な^、 姿な リ 深意の 人 思 はす 風趣 を 加へ て ^しさ 

しき め ほな レ沙 

うに、 白梅の 花へ 一首、 

し S に ほ 

なが むれば 知らぬ 昔の 匂 ひまで 

に は 5 め 

おもかげ 殘る 庭の 梅が え。 (女) 

しま ふせ 4 ほな ひと おん じ 1 お" おも 

とよんで、 暫 しゃすら ふ 風情、 花 か 人 かと、 文次堪 へがた う 思 ひつお け、 かたら ひよ ねな 

がら、 

もで お うめ はな 

袖のう へ に 落ちて に ほ へ る 梅の 花 

まく & き . ゆめ 

枕に 消 ゆる 夢 かと ぞ おも ふ。 (文 次) 

i かへ, » 

と、 いひ かければ、 女 退し、 

、お I 0^ 5 め 

しきた への 手枕の 野の 梅なら ば 

# ての あさげの 袖に 句 はむ。 (女) 

ほんとの あ も 梅の 句 ひ、 月の ない 夜で あつたれば、 若き 心 を艳に 籠め て、 わ. 9 なう 契った 一 7 

が、 さ i きの Iti けた i に, し、 あまりに めでた こぼれ 梅、 ひやり と 明 方の 夢より 覺 むれば、 

小 女!, (長 野驟〕 信 濃の 卷 



說傳靈 精木樹 



小娃獒 女 |( 長 野艉) 信 濃の 卷 

6S レ もら よこぐも あさ :Afc うめ に ほ ぶんじ むね づ 二- , きの 

東の 空に 橫雲 たなびき、 何も まじらぬ 朝が の 梅の 匂 ひば かり、 文 次の 胸 をいた う 突いた 昨 

& わら は ピこ ひ 5-べ ゾ も し HI う ほ. S I た 

P 見し 女、 女 童 は 何處へ 行った ので あらう、 われの み 徒らに 香に 染ん で、 紅梅の 下が さおの 

なご リ わす がた きょ に ほ ひん い * まさ ぷ お f * , • ましろ と. I ベ, 

名殘 なかなかに 忘れ 難い。 あの 淸き句 ひ、 あの 品 ある 姿 今更に S へば、 眞 白き 小 桂 は 古 

f や へ k う. D *3 レ かの ぢょ こ ぼ くせ. s » • aA ゆ ふ ^ 

木の 八重のお 梅の 幻 で、 彼女 は 古木の 精であった かも わからな いと 文 次 は, 心に 深く 覺 

なま おもかげ わす がち ぢんゃ かへ ゆ ふぐれ ど さ ぼい じ S- 

りながら も、 猶 その 面影の^ れ 難く、 陣屋に 歸 つても、 夕暮 時には、 そぐ ろに 梅樹の あたり 

AJ ひ お b つ r 

戀 しく、 思 ひわび、 淚に袂 を ひじる ことのみ 續 いた。 

とき 

ある 時、 

うめ はなに ほ , 

梅の 花 句ふ袂 のい かなれば 

ゆ ふ はるさめ 

夕 ぐれ ごとに 春雨の ふる。 (文 次) 

よ おも ゥ *- > 15 ぷ ゆう せんぷん,^ っ^ けち / 

かう 詠んで、 あじきなく 思った ので あらう。 その 次の 日の 鞔 ひに、 勇戰 蕾鬪, 遂に 討死し 

て 果てた とい ふこと である。 

jj ま . さう ぽぃ は k i lb く く ^ その あと かいぜん 化 

その後、 間もなく、 早 梅花の 古木 も 朽ちた とい ふこと であるが、 其 跡ば かり は、 開 善 寺の 

^の i に i つて をり、 i (鵾 f 。と稱 へ) は、 if f i の T を i つて、 ^のし 白ら i の 



呪 禁 間 民 



^>き こと た うめ まさ 

香氣 殊に 他の 檢 に 勝って ゐ ると いふ。 (「信 濃 奇勝 錄」) 

ふた やま 

ニゥ 山 (下 伊那 郡 山 本 村) 

^も ^ にら C5f^,^ かほ 、 やま f ふ 』 もらせ ざ々 け f - 1 i! やま やま 

下 伊那 罚#賀 良お 11^4 村と、 山 本 村 字 竹 佐との 間に、 二つ 山 (浦 見 山) とい ふ 山が あるが、 

) ^/ ✓ やま? い o^u この ふた やま なんろく まくろ く むら ナっ i ん 

綠の 切れる 山た と 云って、 昔から、 此 二つ 山の 南 麓と f 麓の 村と では ,ig 婚 しない。 

»■ k z、 - ふお/' ^ま うらみ やま とな じ ぶん じ §3 ゐ ち 6- ざね in 

も 力し また 二つ 山 を^ 兑 山と 稱 へて ゐた 時分、 從 三位 爲實卿 は、 

、 、 S すゑ し ひと やま ぢ 

たづねば や 心の 末 は 知らす とも 人 を うらみの 山の かよ ひ路。 (「夫 木 集」) 

と、 i ぎ I にかけ て i まれた のが、 |:| の隨 にか slg となって、 ザつ、 00 

を 婚邕の 時に 癰 ると、 きっと になる と^へ られ、 螩て、 n っ^の 離 4! の纖の SIM らは 

? 31- - - » ほ >, し * まざと,, k むこ と, よめ もら こと さ 

お 5 ひに 綠の 切れる 山里から、 顰を 取ったり 嫁 を 貰ったり する 事 を 去け る やうに した。 

ふ ほ しふ, k なが や *- き ちかごろ いそ まる も も ぺ^ 

力う いふ 風習が 永く 續 いて 來た近 頃、 磯 丸と いふ 考、 そんな 不便が あって はならない とい 

ふので、 

sv^ うご なか めう と やま よ i € 4 

禹代も 動かぬ 中の 夫婦 山い つの 世に か は 契り 初めけ む。 丁 

II 山 |( 長 野驟) 信 麕の卷 



說傳木 箒 



原 Is 野縣) 信 S の卷 

とい ふ に 蘭んで きて てから、 ^olof 繫 にず i する やうに なつ ^ 

j 4- 

た。 (口碑) 

もの はら 

菌 原 (下 伊那 郡!? 里 村 大字 茼原) 

is の f s、 |0# Em に とい ふ^が ある。 iff 

て、 £1 にがる 顏に 1 つて、 の隱 は、 ,f 謹して、 m 良の 驛の si、 川に ま 

3 乙.? JL ゐ みちく づ みち & 

5&I S£P$M^B3 1 洪水に 雷れ て、 1 

え、 f. 1 かけ i にか さて、 お &i にがる。 は、 r 棘の 牴に おしば かり き 

\ あせ や ふ j や •、 

て、 のおり しく 跋に は、 よく^って おえる とい ふ。 伏 S が^かつ たので、 また、 伏屋の 

さ A 一 お ほ はきき とくさ めいしょ k vs〕 >- ふうめ か.、 > ? :o 

i とも 呼ばれ、 箒 木と、 木賊の 名所と して 昔から 有名であった 

I fe た ちか » 

^に、 ははき ぎの は、 『とほく おれば、 は-きを 立てた る やうに て 立てり。 近くて 旯 

はぺ 

れば、 それに & たるお もな し。 i れば、 ありと は みれ ど、 あはぬ ものに たと へ 侍る。』 (「袖 中 

<■ VS し うお i » 

鈔」) と 言 はれて、 昔からの 歌枕と なって ゐる 



說傳木 箒 



そ はら ふせやお み きみ /「ほ.:. T\,..3K r z 

骨の 原 や 伏屋に 生 ふる ははき ぎの ありと は 見えで あはぬ 君 かな。 

は X きぎの 心 を しらで 曾の はら やみち にあ やなく まど ひぬ るかな。 

そ はら ひと^ は- お 

會の 原と 人 もこ そ 聞け 母き ぎの など かふせ やに 生 ひ はじめけ む。 (「狭 衣」〕 

ゆかば こそ 哀れ も あらめ ははき ぎの ありとば かり は 音づれ もな し。 (si? 集」 I) 

^力 も , そ はら もみ ぢ ヽ 「„>2.«iy おさ I \ 

霧 木の 梢 や いづこお ぼっかな みなせの 原 は 紅葉して けり。 (#%」—) 

ふ せ や たづ /「、れ葛 I Z 

あは ざら むこと をば しらす は- T きぎの 伏屋と ききて 尋ねき にけ り。 (sl^ 師) 

^ > ほら み, ははき ぎ S はる ゆ ふ /「i«-£4at ー| \ 

曾の 原 や あり. と は 見えし 箒 木の 梢 も かすむ 春の 夕 ぐれ。 (igsH」 ) 

—せら ゆ まな ははき ぎ /「w4*51i 1 .1 \ 

その 原 や 行きて は 逑ふ箒 木の よそめば かりの しるべ だに なき。 ) 

でろ ^ y. す- ははぎ だに .3.- レ しゅなん 

あら、 ぎ 廣瀨を 過ぎて、 その あたり を、 箒 谷と 言って ゐる。 昔 は、 一種の 何ぢゃ もん ぢゃ 

し i ノ * での はら きた せハな いぢ ? み やまみち わい み いづき. 

視 され、 菌 原の 北。 淸内 路の邊 から 見れば、 山道に 分け入って 見る のに、 何れの 木と いふ こと 

^ y k ) ■ . /「た 曰. R-M?44 ノ , い ま ぎ; よ- ひのき その もと 

が 知れなかった (y* 信 尉: T ) とい はれる が、 今の は么き 木と 呼ぶ もの は、 檜で、 其 木 は、 

. -*增 き、 ^ . ) わ, か- k じ,. ゆ も リ な をのへ き g § ひい み 

五 圜餘、 未 は 七つに 分れて、 一樹 森 を 成して、 尾 上の 木木の 褙に 秀でて 見える とい ふ。 

この さと み さか mc に ほんす ぎ まつ ちょ さは つる まき ふち とくさ やま よ やま お 

なほ、 此 里に は、 御坂の 社、 日本 杉、 旭 松、 千代の 澤、 鷂の卷 の 淵、 木賊 山、 夜烏 山 一 

菌 罕! (長 野驟) g 饞の卷 



說傳墓 墳。 徊徘 維英 



神 坂 • 尹 K 親王の 墓— (長 野縣) 信 濃の 卷 

<?とたけ るの みことお こしかけ いし よしつ ね に まつな ふせや ちま じ や や-,^ I か, ね ち つづ 

日本 武 尊の 御 腰掛 石、 薮經の 駒 紫ぎ 櫻、 伏屋の 長者の 屋敷 趾、 姿見の 池 金 賫吉 次が 葛 

ら ^ほ せう し ぞく. &っ ひ お ほ > 

籠 岩、 すみよし (炭 好) の小祠 など、 俗説が 非常に 多い。 

古 • 神 坂 (下 伊那 郡智里 村) 

その はら みの C く M い つうろ- みさか 1 > お i むかし こく だう あお ^の ざ ふ 

菌 原から 美 濃 匿へ 出づる 通路に、 神 坂と いふ 峠が ある 太古の S 遒に當 るので、 利 野 坂, 

しなの ざ かみ さかみ さ. A か: , ち A し いうめ い I I ゃ£ とたけ るの み. と 、お.^.^ うせ ン > fv へ 

信 濃 坂、 御坂、 三 私 などと も^かれ、 太古から 有名な 所で ある 日本 武 尊 が 御 東征の 歸る 

kf の みの い たま C ^& また 、かむ ひと- 1,- しなの .6 ん声 とべ C こ. をし を その ふぜ 

さ、 信 濃から 美 濃に 出で^ ふた 跡で、 又、 主 帳 祯 科 郡 祌人部 子 忍 男が、 其 父母の ために、 

ちはやぶる かみの みさかに ぬさ^ つりい はふい のち はお もちち がた め。 (「萬 葉 第」) 

*^ この こ だ,. % ,ジ う 4?rc がた W- しなの の^ 5 ふぢ はらの ぶた. うま とも み さ ふ せん、 そ. 

と 詠 じたと ころ は、 此 古道で、 「宇治 物語」 に は、 信 濃 i 寸^ 原陳忠 が、 馬と 共に 祌 坂の 嶮蛆 

ぼ は こと み. その みさかい まの す や , * > /神 坂ノ 

に 落馬して 栗て たとい ふ 事が 見える。 共 神 坂、 今 は 野 m に ふさがれて ゐ ると いふ (參^ ) 

たお なが しん のう はか 

尹 良 親王の 墓 (下 伊那 郡 波 合 村 犬 字 波 合) 

しも s"*sso なんぶ しうかいだ う & うろ あた なみ あ ひえき /奴 p^*.& rp-KT\ i のえ き <s 

下 伊那 郡の 南部、 三 州 街道の gi に當 つて、 彼合驛 (赫^ ギ 西) が ある。 此驛 にある 浪 



452 



說傳明 說名雄 



I は、 1H+ 1 , お 1 1 輕 SI 攀崎魏 鍵ぎ S し I ふたと こ ろ 

a 浪合 sb で、 鰍お の锨^ ^お はじめ、 ^く の^-が^ 殺して 枭 てた 石碑 は、 同 

船の 難!. にある。 き ii は、 i さ九ガ f f ^T 里人 は、 これ をよ きょし 樣と唱 

, * ,S**H ち A 』 一 だな が じんじゃ 

へ、 これに^れば、 ^を 1 くと ^じて、 戀| する ものが もい。 : あくに、 尹 良 s 社が ある。 

ちん せい の むら 

鎮西之 村 (下 伊那 郡 鎭西之 村) 

- >2 4 ちう こ ち,? せい らうみ なき S1 めと も • なん J ほし ほ? 

ii^fe は、 くよ しか^と^ りて ゐた。 中 さ、 鎭西八 郞源爲 朝の 二 男 大島头 M 爲 

i、 £を1 れて、 三 gpf i り、 お 凝議 議 (讀の 鳘。) &に f で をった が、 

紹に、 ^に i-、 H (|瞻¥ ^命、) のしき に f ぎ、 翳 I とし、 ハ乂 

, ., r . ヒ. Jfc も れ ら じん へいさい ) 

ngs に II の I よ-、 S をき してきに f 、 i 朝の 警、 .A 環? 並 祭した。 

それから、 fa 呻き 11 のあった m を、 變?^ V 呼ぶ やうに なった ので ある 

/魔, 3 乂 と いふ 靈 石が ある。 石 色淡靑 白、 惣長 三ぶ^ ) 

c 「信 濃 奇勝 錄ヒ とい ふこと である。 "i-l^HT ホ餘、 仝く 赞 くが 如くに 平 石に 大极 の狀を 表す ) 

鑌 菡 の 村 |( 長 野き 信 濃の 卷 



說, 徘雄英 • 沒陷 



水底の 森 (下 伊那 郡 深 見 村) 一お 

も か.^ さと うぶすな もリ 2U ふかみ いけ いけ す.? てい '$ ^ お ほ, ► - / 

^ おの I の の 森の 逡、 深见の 池と いふ 池の 水底に は 森林が 陸地と 同じ やうに 繁茂し 

ヌ レ このへ,? とち しぜん おちい > *»2> か はふち,, 、 . 

てゐ ると いふ。 (口碑) これ は、 昔、 此邊の 土地が、 自然に 墜 入って、 自ら 凹地と なり, 徑ニ 

は Isss h*OJ に》 ゆけ ひ と. ざ ^つ * - し 

さ 三おば かりお 1 へて、 その ま X 池と なって しまった もので、 旱の 時、 水洇る X に從ひ 

脔の 梢が、 水上に 現 はれる とい ふこと である (「信 S 奇談」) 

かま ぐら ごん ご らう かげ ま 3 

鎌 倉 權五 郞景政 (下 伊那 郡 大下條 村 大字 南條) 

/J.、 1>1、 き r J \ >\ はく ナ" さ,:? う, "さいじ, む さう こくし かいさん けいだい か *J ベら てス 

ま。) の slilil 寺 は、 の 開山で、 s 內に鎌 倉權五 郞景欧 

If い- つな、 k せ きま う さ そ ^ 、「き, さ- ノ へ 「相 摸の 卷」 ン 

の舊 跡と 言 ひ傳 へて、 石塔 一 墓 を^して ゐる。 (「信 濃 奇談」) yg- ) 

春 田 打 (下 伊那 郡 島 田 村 大字 笠) 

as レ しま だ- さと いから ©:§ふり まつの がう > — そでう ち 、 かさ- 、 、W5: I , , ゝ、 *iMt: づ up* き 

I! の 島^の 里 は、 育良庄 降松鄕 にあった。 其 內に、 笠 村と いふ 所が あるが、 此 所に 住む も 



の を r で、 ま f.F 、ず s、 ずに ぎこと 鐘お しい 。4 から、 1 等、 韋 

,から 一 一三 肋まで、 l^m とい ふ^をうた ひ i つてぼ^ を鼸 り、 m 乙 ふ 其 さま は、 また 

に 1^陬 しない^ 2 である。 ^れの 藤から I! まった ので あるか、 それさへ 詳- でな く、 先 

づ 一 一に 人ん 1 g として &、 TM は! ii を霸 し、 TM は S を ち、 ff 翳 は、 f 

お まな i で、 他れ も讓の 1 と f 、 ちり I などと なづけて ゐる。 

二 I の, 一 つ はぎ 1 である。 1 め、 靈を S り、 P ん から i を かぶる ので、 S ら其 

» 1 ミ. じ 5- お 一 なか ひこ ,しゅき 一 

うた ふ f 、 鼓って、 isi め, f うた ふ s で、 i&ll 田 中彥の 手記した も 

の を、 つき f i く。 はる ひ, ま 

ぎぎぎ き TM、 ぎぎお くの あら i、 千 も 萬 も あしよ せ、 舂の 日の 永い に 鍬 力 

民 ら 総お をめ さる、 | からさい くの 腦に、 のみに く k まさかり 打ち かついて やと 

さき まき 

間 ひて、 おさき 1 の觚に は、 はさきな がを^り すげ て、 先 はおの まきが 千ち やう、 南の 蒔 

風 が 千ち やう、 S 千 I ず やうの、 お, のな たま ゐる、 きと 打つ やち やうと 定めて、 ^ 

俗 ii に は 千^ 二 i に は 二 千^ 一 二 i に は 三千 平 うな ひよ せ I へば。 (略) 

春 田 打 |( 長 野 g 信 濃の @ 



說傳引 駒 童 河 • 跡 足 



綰石 4< 明 神 • 天鼸 川の 河童— (長 野艉) 信 濃の 卷 

> ,k ^-^ . おく お ひと リ- * い f くら! U しょ おに は いこと あ- 

按す るのに、 存 豆の 奥の 御 一 人と 言 ひ、 ま 倉跺の 御所の 御 庭に など 言 ふ 事の 有る . 

!, おつ ほうで うけし つけん い ^ 

を 以て みれば、 北條 家執權 のころ から 言 ひった へた もので あらう。 7 

ば 乙 いし だいみ うう じん 

箱 石 大明神 . (下 伊那 郡 大久保 村) 

てん 〔か^;^ ぶ^く 5- きぜつ しも かはぢ むら fa こやの はし ちう し^ てん リぅナ ぶ 

天 龍の 河畔、 風光の 奇絕 なる もの は、 下 川路 村の 逡、 姑射 撟を 中心とする 天龍峽 であるが 

^>で き _ お ほ く ,^ さ.^ きレ のぞ いし へびい し め をと いし くら か ナ<1 し 

奇 石の 多き ところ は大久 保の 里 あたりで ある。 岸に 臨んで、 す V 石、 蛇 石、 夫婦 石、 鞍掛 石 

^o^pc. 化 へ 打てば 太鼓の ゃノ、 ぽ^ 、六セ 間 窪んで、 其 上に、 駒で 

-d に 寄って 大鼓 石 (うな 藝を 鼓す。 ) 硯石 (の 爪 石 蹄の 跡 二 る。 ®、 天狗の 足颜石 ^お 

きな S がノ : ) う-けな がみ おこいし だ か み? じん とほ そのき & うしろ はこい し い いし 

ある 1 」 などあって 產 を, 箱 石火 明 神と 稱 へて ゐる。 共 祠の後 背に、 箱 石と 言 ふ 石が 

^でう へ • か. «v いし k お^ しゃく svf- なはか ぼんせ キ- うへ /「き!! #5fJ,r\ 

あり、 共 上に 冠 石と いふ 大きさ 六 K ばかり、 四 丈ば かり 峙 つた 盤石の 上に ある。 (iflffp) 

てん リ う が は かつ ば 

天龍川の 河童 (下 仍那郡 天龍川) 

はね は. p ら てんし !M9 にろ: しば か はち ひと ナ. あるとき こと うま のが ひ てん 3?ゥ《-ナ 

羽鍚 利に、 天 正の 頃、 柴河內 とい ふ 人が 住んで ゐた。 或 時の 事、 馬 を 野 飼に して、 天龍川 

^ H お, , かつば この 5 ま と ぉづな > 

の邊に はなって 置いた ところが、 河童と いふ もの、 此馬を 取らう として、 手綱 を とらへ て 拳 



說傳引 駒 童 河 



-* . じいう 5 ま ゆ ^ S 

いて は 見た が、 さて なかなかに 自由に はならない。 馬が、 かなたへ こなたへ 行く の を, 河童 

i *J し 《o か は, ひ.' s Z う ま ひ j > 

は 全く 綱 を とらへ かねて、 おのが 腰に 卷き、 川へ 引き入れ やうと する に 馬 は § かれまい と 

als* ..A . つま %v おも • た づな. 

もだえ & つて ゐた。 すると 河童 は、 この 儘で はかな ふまい と 思った ので あらう。 かの 手綱 

じぶん み- 1 ひ" い, まけ i / 、 9 

を、 だんだんに、 自分の 身に まと ひつけて、 力の あらんかぎり あらそ ひ 弓 いて 今少しで 

みづ なか . ひ. • 4 . しか せ 5 だ. i つ ひ うま は 一 

水の 中へ 引き入れる ばかりに なった。 然し、 小 はたうて ぃ大 にかな ひがたく 終に、 馬 は 走 

だ じぶ.; 3 5- へ き かつ は づな へみ > I ..-、、•, ノ*. 

り 出して、 自分の 家へ はしって 來た。 河 | 里 は、 綱 をい く 重 も 身に まとって ゐ たので それ を 

きお さと ひと で, 

とくにい とまな く、 ひかれ 來る さま を、 里の 人々 ははし り 出 て、 『めづ らしい ことで ある 』 と 

つど か づぼ M はレ& お .> 

いふので、 集 ひよ つて、 河童 を きびしく しばりつ なぎ、 厩の 柱に く-りつ けて 置いた とこ 

あるじ しば か はち し- じんしん ひと むえき とろ ノ お.? 、 • .41 、 • , 

ろが、 主人の 柴河內 氏 は、 仁心 ある 人で、 無益に 殺す もさす がに あはれ と ffl ひ 綱 を^いて 

はな その かつ ぼ ご おん は-つ お f> 、 D ^/ : --^ 

放ち やった。 すると、 其 河童、 その後、 その 恩 を i- じ やうと ^つたので あちう 角な と を 取 

おんじん いへ とぐち こと たぴ》? こへい ものがたり み ,, U^R^ り.^^,、 • 

つて、 恩人の 家の 戶 口にお く 事 度々 であった と、 「小 平 物語」 に 見えて ゐる 今獰 里老 はこ 

こと かお つた ちか ころ か づぼ こ ども と』 お ほ- * * , ) 

の 事 を 語り 傳 へて ゐ るが、 近き 頃で も、 河童の 小兒 など を 取る こと は 多い とい ふこと て あ 

る。 (「信 濃 奇談」) 

天龍川の 河 童 |( 長 野縣) 信 濃の 卷 



說傳爭 戰雄英 



釜 li の 詩— (長 野燧) 信 濃の 卷 

おどう か. , 誊, J 9 9 9 9 9 <=4 く ほん さう けいき ちほ ふ ろ, く すね 

河童と 書いて かつば とよぶ の は、 か はわつ ばの 略で ある。 「本 艸溪 鬼蟲」 の 附錄に * 7 

こ かひ はらえき けん 户 なかむ らもと つね かつ ぼ » か は M 

虎と いへ るの も、 此 たぐ ひで あらう と 貝 原 益 軒 も 言って ゐる。 中 村元恒 は, 河 意 は 『水 一 

うそ おい 一 ^きけん » 1* ] わい なんじ • , ^0^^z. せう にュ、 

i のぞた る ものに や。』 と 言って ゐる。 盆 軒 は 又 『「淮 南 子」 に 魍魈狀 如三歲 小兒、 

きこくし よくもく せきち せ p じ ぴ ぜん さ でん そ まう 备£ * んたく み, か。^ 

赤黑 色目 赤 長 耳、 美髯。 「左 傳 注疏」 に、 魍魎 は、 川澤の 刺な, リと兒 えたる この 河童に 

似たり. 云云。』 と 言って ゐる。 

签澤の 詩 (下 伊那 郡 大鹿村 大字 大河 原) 

てんりう が は とうはう ぐん ざん i で ふ やま また や *< たにまた たに /】— ^ リに ぶ f いしさん - $ 

天龍川の 東^、 群 山の 重疊 すると ころ、 山 又 山、 谷 又 谷 を 越え 行く 事 十 里、 赤 石山 麓に 

ぉ大ほ li む) とい ふところが ある。 i は、 駁 i で、 Ml なる I きで 

このち だい-てんのう わう じむね ながしん のう .B^SgE\ とうはう ^ぃ- えい ペレん- , 

あるが、 此地 は、 後醍醐 天皇の 皇子 宗良 親王 が、 柬カの 經營に 苦心 せられた 棍據 

ち しんのう ?ょ か 

地で、 親王の 御 歌に、 

4 ま なほ とき , .S はみ— 

山 にても 猶 うき 時の, かくれが はありけ る もの を 岩の かげ 見て。 

ん: う じ , ぞく お^が はら い くち かま さは W ひなん Z ,*| さ I 

と あるの は、 當時、 贼 のために、 あ 河原の 入. OV 口で ある 釜澤 に、 御 避難 あらせられた 時の 



說傳爭 戳雄英 



iw よ 之. S U 

御詠で あると 言 はれて ゐる 

^う-" い k f,f ち > さの し f ち > さあつ さ だ お ほが はら ゐ いみち まさ. ら • しし Ik ほ でつ > し, んペ. ;^, 、 

|田ゃ Ibii^^^ の § ^敦 貞、 大河 原の 井伊 道 政 等 は、 始終、 親王の 身邊を 守り、 心 を 

B U よう つと i す は. お ほ はふ リす はよ W しげ , お^せ はら れ乂ら y , 、 ^^-^ } ^re^ 一け 

i けて I 用 を i めた。 叉、 詉訪の 大祝諷 訪賴重 は、 大河 原と 連絡して、 親王の 御 心 を 安 か 

つと この あ 5a こつ J>i. ぞく き ほうで うとき ゆき き ^ 

らしむ るに 努めた。 此^に、 新田の 一族の 來 たこと も あり、 北條時 行の 來 たこと も あり 又 

じ また かの リ たづ I き うちあ、 は- , ) » -o 

兒島 高德が 尋ね 來て 打合せ をした こと もあった 

ひがし さく ち ひさが た しょ ぐん かう つけに つな "fe 、 、 ^ マ"? 

されば、 東 は佐久 e 小 縣の諸 郡から、 上野 新田に 至る まで、 親王に 從ひ 征東將 軍の 威 犀 

ぜんじ ふる しゅご をが さはら し あしゅ r ん- ぞく ; ^ゆう ,::>、 ^ 

は、 ぎ 次 || ふやう になった が、 守 護 小 笠 原 氏が、 足 利 氏に 嵐して、 親王に 反抗した ため 大 

*-5f ^ C ,5 \ な. f*g うつ ひ ふる かま くら だいせいす うど. おしよ ぶい , » 

^嬲 slfe^ きれす、 のみなら す、 ^風 遂に 振 はす、 鎌 倉の 大勢 数度の 押 寄せに 割して、 

きま ひ ひそ あひな しんのう わう じ ^だな がし ふの^ „ ^^^)^- -^r^.^ 

If を I むる こと \ なった。 かかる 間に、 親王の 王子 も 良 親王 は 大河 原の 館に 御 誕生 あ 

ち ひさき さから きんわう し 、 これ ^よ ベ ,カ1 、 , ド: く^^ シ 措 ひ: 一? な 51- こ 

つて、 知 久* 香 坂 等 Q 勤王の ± は よく 之 を 輔 K し 奉り 一 1 に 皇室の 恢 に、.^ を 鲨 された 

.> もう し 9 しん S う つぎ し こう た なみ あ ひ つゆ き i , » 

が、 は^ g に 利 あらす、 #i の、 ダで士 寇の爲 めに、 浪 合の 露と 消え 給 ひし は、 まこと 

に ぁ れ多 いこと ではあった。 

いま あかいし だけ さいろく かま さは ち むねな ぶ ゆだな^; £: 化;^^, t^rx,- 、fc- ま、/ ノ、 ^^^H,^ 

今、 赤 石 嶽の西 麓 澤の 地に は 宗良 • 尹良兩 親王 を祀 つて (井^谷お 社) 钶年莊 f な 祭 

釜 S の 詩— (長 野驟) 信饞の g 



459 



ー說 傳爭戰 維英 



S 澤の 詩 |( 長 a 縣) 信 濃の 卷 

じ . As な しんのう ねんぜん く 2 く いま しめ、 > ) 3 

事 を 行 ひ、 親王が 五 百年 前の 患 苦 を 今に 倨び まつって ゐる。 

あかいし ゆき i と かま さは みづ ますく せい^つ * ^けの その ふ L - : 

赤 石の 雪 は 千古 解けす、 签澤の 水 益々 淸 冽に、 竹 園 の 御館 址 大河 原 城址 みな 五 S 

ねんぜん あいし かた な な > 

年 前の 哀史 を 語る もので 無い もの は 無い 

よ と しな の いな. こた みね まつかぜ 

われ を 世に あり やと 問 はば 信 濃なる 伊那と 答へ ょ嶺の 松風。 (宗良 親王) 

らナ まつ. A が-さっさつ しんのう /見 £.1、 hz、 ✓ てんぶ 丄じ S.5 や な かま さは さんす _9 ュ 

きの^ »1 ^として、 親王 (職 ま i 選軟 で^^) が 天賦の 詩情 は、 伊 fi の 山水に 依つ 

こんこん つ -S た U ぐ さ , ., ヽ1 , I. , 

て、 いよいよ 滚滚 として 盡 きない 語 草と なって 行く であらう (「史 」 口碑し 



;の卷 § 



表覽 ー錄附 



名 

稱 
位 

置 
創 
築 
者 

摘 



し は の .J じ やう し らん ヘラ 

信 濃 古 城址 一 覽表 



XC やまじ やう 

一 貧 M 减 

じり じ やう 

野尻缄 



わう の おじ やう 

王 野 弒 



山 



尻 村 大字 野 尻 



かみみ のち£ ぎ な 

上水 内 郡 鬼 無 

さ SS おほし ほ 

里 村大鹽 



よこ やま し 

潢山氏 

なが を る? ち んの. まさかげ 

長 尾 越 前 守政景 



はら しな ^» よし しげ 

原 信 濃 守 義重 



村 上 義淸の 臣撗山 氏の 古 城址で ある。 

の じ Mi * レでゥ > iJJ ざ かひ うへ だ i ぜんの かみ げ I > 

『野 尻 古城、 越後 堺、 上田 越 前 守 政 景。』 と 「信 濃 風 

どき み. * てんえ ね乂 ちう、 4,3* の, じ 

土 記」 に は 見え、 『天文 年中, よりが たけ 狨、 野 尻 湖 

ぷ ようこ A> つなん i の ち めいか- ゥ み ゐ 

(芙蓉 湖) の 東南に あり。』 と 「信 濃 地名^」 に は 見えて 居 



る C 



に ひ vOv ねん ぐ わつ. , か 、 さだめき は rVf ゆつ の, 

に 居住した。 『^祿 七 年 七月 五日、 定行 乃ち 其邑野 

じ 》- い よしか *b め ど 5« んギ ょ* よ み に はか た 

. , 義 f を 召し、 同船 魚 漁を觀 る。 俄 に 起つ 



よしかげ つか の じ リニ ぽっ > „ , 

て 義景 を搜み 野 尻 湖 に 沒す』 と, 

ゐる。 

r 七ス F 

「信 府 



しょぐ に 5% し 

r 續 口 本.^」 も 記して 



しげ い ひとき £ なかう § に のち, しろ かほ 

重と 言 ひし 人、 義仲 討死の 後、 大鹽 村に 城 を 構へ たと 

き じ み こうひ わつ の だ どの、 , 

いふ 記事が 見えて ゐ る- 口碑に 芏 野 田 殿と いはれ た 

この; J>AJ 

のは此 人であった。 



信 遽亩域 f$. 驟) 



信 濃の 卷 



461 



表覽 ー錄附 



須す 

お、 

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町 i 下 

水み 

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山 s 


h^j^w ぐ か^や 


も 《、や G^W^rS 


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上え 


武 g 


•4" お 
入 ほ 




杉! 


田 だ 






m 


晴ま 


氏し 
へ 


氏し 


虎き 


信 S 





信邋古 g SI, (長 野 § 



信 濃の 卷 

てん,.: 2» #9 か おしろ キょじ ゃジ vt»1^k^a.^0^5 

天 正 十 年、 森き 蔵 此狨に 居城 の 由、 「^围 疲 城考」 

み > 

に 見えて ゐる 



ベ あかざ ほ お このしろ . 1>< こ/、 i5.su;S..J^ う 

Ittif を 置いて、 此狨を 守らし む。』 と、 「諸國 ま狨考 



V えせう 



E) も、 

この レろを ,1 と いまな が • J=*r- は: ぞ乂, 

比 城に りし 事 ありと いふ。 今 長 沼に、 東 淤に屬 す 

なりな ざんせいがん じ きじつ > かれ かい , 

る 成 田 山 西 巖寺は 實に 彼の 開基で あると いはれ て 

ころ-ひ 

ゐる。 (口碑) 

てんし S 2 ねん ufe じ やう じゅ > じゅ づ tr^ . にん 

巧 お 五 t より、 七 年に 至って 成就す。 從 臣十人 

1 てんし to ねん , I た ril ぶん 

こて がぽ これ を f る。 天 正 十八 年より、 森 ゆ | 政 持 分 

^"し せき さ f of.vs » け. S ちゃう, , しね 乂 k ぼ?^ ご: の f_ み S. . 

%士1 左 京 居城し、 慶長 十五 年から 1£き 守 (お 

ね? J J かは げんな ねんさ くまび ぜんお み *^ つ V 、 -ま 

^^これに 效和ニ 年 佐 久間備 前 守 安次 (ーに^ 

1;^. ス、 a ぶく わんえ. i ね乂 ま』 つ だ ひら だレ せん^けた^: ^^ごく /、ぶ, -っ 

ぎ 三 e 寬 永 十六 年 松 >沃 膳 亮 忠違 (泗^ に 孕 

ま/、 ねん 5,2 だ し だかに ^ふ ほど ,き』 

» 二 5S. より^ 多 氏 こ、 に 居城した (「大 H 本 風士記 • 

の 

信 濃」) 

I し i V; くよ ! b,? な ちう うち » » 3 

粼氏 ( 1 萬 五十 一.11 石餘) 元 和 中より 颔 知と いふ。 



表覽 ー錄附 



463 



S 貝?: 


A ほ 


おも 




井の 


"^た 

问 か 




«»TCti 《'い 
Hub °s"s> 






上 ミ 

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城? 


'jWrvi ま々? i や 


い) 纖 

纖舊 


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村 m 

ふお 古た 
人 '^咼 か 

字! 井ゐ 

川き 日 ひ 

野。 


稱 上き 3 

大 I 高 £ * 

r ^あ ベ トゐ 

チぜ 井二 

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上ミ 


Wo«»?^ S» ず?? お^ 


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未み 


須す 


未み 


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田 だ 




上え 


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詳き 


氏し 


詳^ 


氏し 


氏し 



s S 古緵 ^18 野 驟〕 



「鶴 气 I ず, マ」 は、 嫩 と^える けれども、 砦 〔であった 

やうに 思 はれる。 (「信 濃の 卷」 岩 倉 池の^ 參照) 

むら かみし ぶレ S ねのう へし, ゥ., :o V?t1*_j 、成 

VSJ^O 部捋 井上 % の罟缺 であった H< 文 十六 年 

うへ?^^^ iS %3?*A ^ ^ *ビ% に 、 ^>^f 5S、 

レぉ^ の 戰爭に 義淸打 負けて、 越後 國 へ 落 う 

f おもき。 を^いた と い ふこと である。 G. 諸 國麼狨 

かう , 

考」) , 

しな こくし さ く ど 5£ み : 、ルっ *.c、 

「51 ^濃國 志」 に、 佐久同 郡と 見える けれども 

であった のが 事實 であるら しい。 

§ し 氏の ぶ 部 1 つす 須 S1 し ^ て 夭ん 六^ f 鹧 

の 1 かひ に r 負け、 S 遍と きに, i たき、 

i^KAIf だ じんら つ .5 だ のぶ , < ^ • ^}.^、 - - k 

お^ず^ あん 郞、 1 ^田 f^Il 一一" こ屬 して 門 を 集め こ \ 

1 ま 議 I を I めた。 (「菌 ■) 

„«i こくし さ く どうぐん み i , hi y \ ^ 

「言 國志」 に は、 佐久同 郡の やうに 見える^ ホと S 

ら, 4!ii の^であった らしい と雷 はれて ゐ 

る o 

しんえ ぉた かさ かだん。 sssf 4 . 、 か^ 2* 1 «^ . - 

E 00 の存は 貝津 M と 言 

つて ゐた。 !5t^ 十八 被から、 森 右近 太夫 忠政在 城し 

信 濃の 卷 



表覽 ー錄附 



ffl 籙古弒 址— (長 縣) 



信 濃の 卷 



條ミ 
山 | 

弒? 


f 骨 g 钣挲き 
p " ^ 恋 本 ノケ. 

\ ノ <>V J v-^ ♦ y<^a ノ 


x 葛?; 

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淸 J 
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城 
守 S 


倉! 越 t 

科お fi 

左 さ 將 i 
き 光き 
門え 長 ^ 


村き 

上!: 
氏し 





のらま^ だ ひら かづ さ のす けた どてる く うつ てんめ. S ねんまつ 

後 松 平 上 總介忠 輝 (十二 萬 石) に 移った。 夭 明 ニ年农 

だ^ら.^ よ』 のかみ た • •JKV? ごく S ♦ ね乂 f ゐた * か p 

平伢豫 守忠昌 (十二 萬 石)、 同じく 五 年から 酒 井忠勝 

、 . £ ごく/ 、せ,^ 』 ね 乂 > * さなだ ^ づ のかみ のぶ^き . X 

(寸 萬 石)、 同じく 八 年から は, 田 伊豆守 信^. (十 萬 

ごく あ ひつ この lyo .fe じん の ふ どぎ 

石) 相續 いで 此狨の 主人であった。 (「信 濃 風土記」) 



て^,^ ね乂 ぐ わつ 

天文 十六 年 八 月 二 



し tors だい $ じぞっ 

村 上 氏 累代の 居城 であった が 

か fcl: だ v~2» £ん 

十四日 武 田信玄 村, 

ご Iwy ぞ おい じで つ またし • つ くわお いじ や c 

後に 返 いてから、^ 狨 とな つた。 (又 失火, M 狨 

いふ。) 

えん ほク ねん » さつ じ や 5 みつ ま-よじで つ 

延寶八 年に は、 越後 中將 光長の 居城 であった が、 

かいえき I 8 ねんいた くらない んの しゃう $ じで つ 

改易に な リ、 同じく 九 年 板 倉 ft 膳 正 これに 居城し 

た o 

$ の S £じぞ つ いまな ほ ご tC る 

淸野 村の 山上 に 今^ 古壘 

ろく » この じ f > け レ , -X 

錄」 に は、 『此狨 S に 穴が ある。 徑 四五寸 

ぼく し み しも » ちし 

千と いふ こと を 知らず。』 と 見えて ゐる。 然し, 「地 志」 

み くらぼね 

に は、 『くら ほね • あづみごう り。』 と 見えて ゐる。 鞍骨の 

な カ^ 3 I 

名考 ふべ きものが あらう。 

b^o こくし » » にしで 乃 SKf の ぼうる ね み . 

r 信濃國 志」 に は、 た^、 『西 條山淸 野 某壘』 と 見えて 

ゐる 



お の き おつ 

T 信 濃 奇黟 



古 壘を存 すと いふ <| 0S^ 1 

. ふか レ く 

深き こと 幾 



表 覽 ー錄附 



S 曰 ひ 



割 I 犬 £ 

嶽 ^ 飼 S: 

狨? m 



眞ま 荦を 和 わ 

If mi 合 s 

^じ じじ じ 

弒ミ m m 



ml 
か 

薛ざ 
傲り 

城? 



ネ^! 北 s 明淳南 I 飼き 南 1 
大^ 安 あ 村お み 村 き^き 

字 ま ?安ぁ 9 安 あ 

E き 厶 曇 I 乙 曇 ま 
岐き 陸!' m mi 
m m 犬お 


更, 更? 
科き 科 k 
郡ぶ 郡! 

m 
中? 

m 


mi mw 
字^し 
^ま つ お种な 

% m m 
中 g 

m m 


mm 

科お 
郡 £ 
東き 

m 


丸! 未み 


犬^ 


未み 学 を 


m 村お 


雨 g 


' 山? 


飼き 






宫 S 


肥 ひ 


ふお 


川 § 


±i ±t 


m 


後- 


炊 § 






津っ 


*1 詳き 


助 5 


詳き 氏し 


氏し 氏し 





^J^^^^-K^' X く. さ; a けい とき * あ §9 f 

る.^ SJ ^賴^ ^善 光寺 參諧の 時 雨 翳の^ 

さに の 液^ 及: ひ k 女啊 安姬 は、 頼 朝に 謁し、 乞 ひに よつ 

, ^ *^*< で; 9 力ま くら くだ よ 9y も ^ pt^yxj 

て ^安, は 鎌 倉に J つて 頼 朝の 弒と なり、 

£ に 、* こうひ き ts く psif ジ 

傳 說を玆 した" (口碑 「信 濃奇滕 錄」) 

^5 かみし ぞく ¥ つ 

村 上 氏の 屬狨 であった。 

ばいか はな かじ ま I t^o 乙く し み k づ . 

よ 『在 川 中島』 と、 「信 濃國 志」 に 見えて ゐる。 鳥津 氏の 

據 つた 碧 では あるまい か。 

^^めはな かじ ま,, 、 —》 ^の こ/、 し み 

『在 刀 中島』 と、 「信 濃國 志」 に 見えて ゐる。 

や £ かみし I ぶ し ゃ9 しろ を てん t ねし sh-*x ^ 

r 村 上 氏の 部 將 この 狨に 居る。 巧お 十六!:、 3^ 

さう 〈たおら f 5f I ラ^ V- ノ^ J】il 

淸、 上 S 原の 役に 打ち 負けて、 越後に ^ ちた る^、 ^ 

^丄 タょ じばつ ほ 、ぱ ばみ のか-み f 3 

田 氏の 居 缄に歸 し、 馬場 美 濃 守が^ 嫉 した。 

「んな し > 、—いぬか ひ を がさ か ,^~.s ぬか ひお. He?tM 

り 信濃國 志」 に、 『犬 飼 域、 小 笠 原 家臣^ gs^i』 

と 見える。 




» 鶸 古 n f S 驟〕 



まる $ ひごの ふみ TP If を が >,! ほらし -? C 

丸 山 肥 後 守 の居狨 であった。 丸 山 は 小 笠 原 氏 (赏 

信 濃の 卷 



表覽 ー錄附 



擂骧古 ss ^is 野 縣) 



信 濃の 卷 



一 しら 乙 まじ やう 

一白 駒 城 



仁科缄 



, じ ゃタ 

1 中 堂 墟 



一 か! _* やばら じ やう 

ー刘 屋原弒 

(又, 川 答 原 



.pfc あざし こま 

村 字. o: 駒 

§^ づ,? 2 た ひら 

北 安曇 郡 平 



安 暴 郡?) 

し ちく t £ にし 

東 筑摩郡 錦 



廒町 



U ぐち 

樋 口 行 

に しな だん f もリ とほ 

仁 科 彈正盛 遠 



未 



ぶん 

豐 







5 1>f つま しな Q き だ,? » 5&0 

^-、 a 一の 妻 は 「信 濃 奇談」 によると 浦 野彈正 正忠 

り. .S? で、 ゆ^の M に はして 蛮 める ところと いふ。) に屬 

グ も々 " d ん^, ん ノ ^ ん ぐ わつ、 tet だ け ぶかみ-^:^ 、ぶ H 

して ゐた。 天文 十八 年 四月 武田嗬 信 上撖訪 へ 着陴 

J ヌァ ま^ K だ パぃ J^i;—e ま ひ^さ.^ ? u^>§l>t 

あ つ て、 松 本筋へ 板 坻彌次 郞* 日向 大和 • 原.^ 賀マ 

^ ^ f 2 ひづ かひ ^ざ ひご をち liixx 

t ザ を % して、 f % あった 時、 肥 後が 叔父 丸 山 ま, m 

^ n ヽ、ュ .pi? しろ^,, » Z う こく は 

卩きぎ ニ^ ^^s^ に 討 たれた。 CI. 諸國 K 狨 

かう ノ 

き) 

しゃし *- ほ で,;^ つ *?, こ,: > » 

奢佟を 極めた 傅說を 残して ゐる 

5J と ぼ I ゥ わつ、 J,^. . ノ ト. 3 . ノほ、 さ 

後 も 羽 上^、 北 條氏を 討伐 せんとせられ し 時 た 

しな^ J か か が ゑつち う がう^; ^ , レ ,^0, r-o 

I 盛 遠 は、 加賀越 巾の 豪族 を串ゐ てこれ に應 じた,, 硬 

ブ*3 お^; ンぉ ^sma £ 

^きに g して、 お^を^ら したが、 後 北條朝 時の 軍と 

^か ^んし - » 

戰 つて 戰 死した。 

を おさまら か k き ぶんご こうるな 1 • \き, お. f、 , '^J • 

『が^ Si のお ^一木 豐 後後 £ と 「信 濃國 志」 に 見え 

c > し づ^ぐ,; - おも いま *! 乂が 

るの は 、安曇 郡と 思 はれる が、 未だ 考 へない 



? ぐ わつ だ ; 2. のぶ * このん ろ せ,, 一 

『一お ^二十 一^ 八 や 武 s 晴信、 此城 A 欢め て^れ 

"u^ly じ W^-VB まダ AMO と i こくお い ビノで,っ4 う み * 

を 4 れ、 f を & 取る』 と 「諸 ま s 城考」 に 見え 

しろ を おさ はらし ふうな. S , 

る。 城 は 小 笠 原 氏の 刦内 にあった 



466 



表覽 ー錄附 



ひがし f ま £ あ ひ 

東 筑 摩郡會 

た S お ほ ii? ひだ 

田衬 大字 會田 



ひがし ちく ま £ わ 

裒 筑摩郡 和 

だ ま 

E 村 



未 



田 



かう 

考 

氏 



しま たて うこんだ .S ふ 

島 立 右近 太夫 



わ . 

禾 



^ 氏 



の こぐ し な み 

「信 濃國 志」 に その 名が 見えて ゐる。 

あ ひだ し だいく SUS しな Q こくし 

相 S 氏 代々 の 居城であった o (「信 濃國 志」) 

た-つじで つ は いせいぐ わん かふし のとし たてう こんな いふ,: ,, て.^ 

『赏 城^、 永 正 元 甲子 年、 島 立 右近 太夫 築レ 之。 天 

やん を がさ はら だい ぜん だ いふなが とき. ち r ip B^ru 

文 三年、 小 笠原大 膳 太夫 長 時 持狨。 累年^ レ戰 不レ" ぉ,〔 

ときに てん-^ ねん » § た L ん 冗 ぢ じで ゥ な ぶぷっふ い 

f 時 H 八 文 甘 二 年より 武 m 信 玄持狨 に 成りて、 城代 

お のち かつよ リちち てんしで つ はじ ろ,; つ 5J うへ す 卞 け、 

> 置く。 後、 武出 I 頼 持、 天 正 の 初め、 越後 上 杉家領 

な てんしで つ ね. ん を さ >- はらう こんだ いふ さ だよ 丄、 おなじく 

- 成る、 K< 正 十 年ヒ 1 、 : f r: た:、、 一: 




hxD かみし ぶ しでつ わ だ ぼう 二 Z <5 じ 力き » て.^^ * 乂 

村 上 氏の 部將和 田 某此處 に 居城し、 天文 十六 年の 

うへ た はら た," か $» くだ > i こ にねん じ, ぷっゅ つ / 

上田 原の 戰 ひの 時、 武 S に 降った。 (「諸 國 M 狨考」 ) 



信 a 古续 ^—(長 野 縣) 



言 濃の 卷 



467 



表 « — 錄附 



a 古 弒 ^1- (设 野 縣) 



信 濃の 卷 



そ 乙 じ やう 

木靈古 域 



本 曾 K 



ね ife 

极村 



きそ よし なか 

木 曾義仲 



やぶ はら I お し „ » ひ, ぶりの じら? 

S 原の 驛の 東に あ つて、 近 旁に、 樋 口 次郞兼 光、 

い * 一お らっかね ひら くわん し 2ぇ 3^? 

今 井 五郎 兼 平な どの 館址が ある。, 



(「本文. 8) 



-こ のレろ ゐ 

〔 比拔に 居る 



こう 451 ぐわん ね乂 ,ぐ わつ、 & 

弘抬 元年 三月、 武 



たう ご くやお はら うま 

E^f 信、 當缺 をせ めら る べしと て、 當國藪 原へ 馬 を 

;ち やぶ はら 



たう ごくやお はら 

と 

に ^ 

ける。 斯る ところに、 ® 後 

つ きた あ ひだ.' く W. はら 



寄せられ、 四月まで 逗留 有りた る內 に, 藪 原に 砦 

かま このし ろ f > ^v- _^Br» 

を 借へ て、 此 城へ 取ん : 

すんし.,? か はな かじ ま -2 &ぃ -: 

の 鞭 信、 川 中 a へ 打 出で ける よし 吿げ來 る 間、 栗 原 

ts、; つ のこ お » はる わぶ * ^zv^ E , > 

狨に玆 し S いて お 信 やがて 謙 信に ぞ向 はれけ る。 

ぐ わつ のぶ やぶ はら うま む 1 ^しゃつ めい 

^月、 又ぐ^ へに へ を 向けられ, 諸&に 命じて, 

たう じ やつ とりつ ► じで つし ゆ^ モ よ,.,^ 七ろ い » 

當 城に 取 詰められ しかば、 狨、 王 木す 義昌城 を 出で、 

I ゥち けん くだ あ はるの ぶきよ だく • «v?-*a, 

瓴 地を献 じて 降らん と 有る。 啧信 許諾 ありて 領地 

あた しろ ね -VI ごと » よし i 

を% へ、 城に 居る 事故の 如し。 しかの みならず、 義昌 

はるの ぶ むこ » ,-<| か, I 5. ま び ぜん P& 

を晴 信の 婿に して、 息女 を 嫁せ しめ、 千 村備前 • 山村 

しん ざ ぶ §L そ. お >、 pjr<^4p ノて. ^1^-5 • I 

新 左 衞門を 差 添へ てぞ 置かれけ るス 針 I お 作) 天 正 十四 

わん..^ つぐ わつ > At?*? しん お お だ のぶな お t^tz , 

年 正 月 義昌 逆心 を 企て 織 田 信 長に 隨 身せられ. 

vt ち o& ひ ? ✓ もつ 、あべ かが のかみ * た つ. s S 

し. s、 千 村 飛脚 を 以て、 阿部 加賀守 方へ 吿げ來 る。 

かつより さら てん? v ノき そ «r . ぶい, 9 ゆ- 

勝 銀 更ば典 廐 (IS^T) 木&を 討つべし と舻 せらる 加 

『のかみ ま& 、き そ けん 3 ち- 、はつい, t> 

贺守 申しけ る は、 木 會は險 難の 地に て 容易に 攻む 

» £11 ぶ , じん 、 きみ ぃ^£ x , 、 

ベから ず、 義昌の 夫人 は、 君の 妹 なれば, 先づ 我等 



表覽一 錄附 



やぶ はら じ やう 

一観 域 



ふ { しま じ やう 

驪島城 



にしち くま £ き そ . 

西筑摩 郡木祖 

.P&^J はら 

村 字 藪 原 



に,:? -ま £t . 

西 筑摩郡 福 島 

1 

町 







お 

田 



小ん 

信 



1W !v JI 

木 會 義 



げん 

玄 



やす 



S ぶ じん つ き そ どの i .2^ * . >r 

參 つて、 夫人に 付いて 木せ 殿 をな だめ. W. す內 に、 § 

を てんさ-つ にんす さしこ ぶ ま い かつよ リキょ 

十 騎づっ 典 廐の 人 數を差 趑ぇ耠 へと 云へ ども ^,消 

てんぎつつ ひ うた か. * ところ 

"しかば、 典 廐 遂に 打ち 立 たれけ る。 折 

い >Z3 やぶ はた %i けんし じんぼうち 



一る 所 

ほか てん 



容なカ 




廐 衆 



月 



お だ のぶ!^ よ き £ せい ひき * きそ * た 

信 忠五萬 餘騎の 軍勢 を率ゐ て 木會の *レ 

い > feb だ レ よへい, If ひ かう Z > あ .み 




は 敗 



北し * 

やつ:/、 



^^fxnv^%92 う た ひら 

に 甲 信雨國 をば 打ち 平〃 

£ よしまさ あね き せ «v^5 



き 



つ ひ 

遂 



ぐる。 



に SS なが. hWS つく ヌ J . 

, ; 信 長 則ち 筑摩, 安曇 二 

£. よしまさ あお き ぞ Mv^5 こと 《SCJ V- と nlw さ 

郡 を義昌 に^へ 木 曾を領 する 事、 故の 如し。 義昌の 

£ のぶ のち ふう? < i: く:^ いじで?^ う 

義統 とい ふ。 後 封 除 あ リ。』 と 、「諸 國&城 In に 



こ 

子 を、 



見えて ゐる。 _ 

. rvi かふ かん よし, にか つく 、 い, ま、, '^^^ 

按ずる に 義昌、 「甲 陽 軍 II」 義高に 作る 今 「^梨 

さ いへ た r につぎ 2 したが つく 

記」 「家 忠 日記」 等に 從 つて 作る。 

とうち ぐわん ねん ぐ わつ • た ibW しん き, そ 、 . I 

弘治 元年 三 月、 武田 信玄、 木 ず のうち、 薮 原へ 馬 

^ ぐ わつ A>OSN5 しろ <W つ 

を 出し、 四月まで 逗留、 こ の狨を 築きた るな りと い 

.^H こ/、 おレ, C やつ ふ う 

ふ。 (「諸 II 廢城 考」) 

てん, sya ねんじ せう £5^ じ. S-5 > 

夭 文 二十 四年自 燒廢狨 となる。 



儅 邋古弒 址 |( 長 野 驟) 



信 濃の 卷 



衮覽一 錄附 



470 



籌ゅミ 

罎或愿 田 だ 
リほ お じ 
伊淵 城? 



】 S 古 8 缝 —(長 野 縣) 



信 濃の 卷 



ち ひさ がた W うへ だ 

小 驟郡 上田 



か せ I じ^ 5 

の 伊勢山 城 

もこ X であら 

うか。 

ち ひさ がた £>っ へだ 

小 縣郡 上田 

しん i 

新 町 

ち ひさ が.^ £ だい i 

バ 縣 君 .TNB' 



武田信 



うん 

海 



むら 



ぶし 

義 



かみ 

上 



げん 

玄 



武 田信玄 

き/ 

木 



昌 



曾 

の ゆ 令 ひろ 

野行弘 



.S まゐ しらう かわ 

今 井四郞 # 



氏 



P 



1 たけ だ け3 のぶ!^ f , *i あ は のかみ まさゆき この』 を 

『武 田啧信 初め て 築き、 奠 安房 守 昌 幸此狨 に 居る』 

Li こく はいせ ゃゥ かう み 

と 「諸 國廢狨 考」 に 見える。 

てん.,^ 5 > ねん ぐ わつ > とくが は ぞい AM,, とみ ひで よし え 

夭 正 十一 年 九月、 德川 勢、 秀吉の 援兵 を 得て 

このし ろ こう ゐ しょこ/、 はいじ やう かう 

此 城を攻 園した。 (「sg 國廢狨 考」) 

ャほ じぞっ S 

八擇狨 と いはれ たのと は遨 ふやう である。 



たラ せぞゥ き モ f なか ころ 

『當 狨、 木 曾義; i: の顷- 

t た- 



^田 



J TSR ^ク^ 

ごくひで っ^ せう はふた、 S まさ 

石 兵 部 小 輔忠政 

あ ひつ r レ. K- が は i つき 

相續 いて、 德川 末期 



の ゆせ. I ひろ^.^ っぢ S 

野 行弘狨 地と 云 ふ。 

21 さなだ あ は のか 

ノ年、 眞 HI 安房 守 E 

ごく げんな ね乂 

卞石 元 取 八 年よ r ^ 

,:ご く はつえい ^ん ま.. つ だ ひらい が のかみ 

(六 萬 石)、 K 永 三^より 松 平 伊賀 守 

一つ さ V. 



のぶ ため ^ てんしで つ ねん さなだ あ は のかみ まさゆき 

喑 信の 爲に 亡ぶ とぞ。 天 正 十 年, 眞 E 安房 守昌 幸に 

らま たいか ふ とき ぶん sr.^ まん ごく テ く.、 な りん ゆ」 C 

ふ。 大閻の 時、 分限 三 萬 八 千 

1 ご- 



に 至った。 



■ 平ぐ る の 後 は、 多田淑 

キ >4 じで ゥ のち さなだ し iw. で かま > 

居 城 した。 後眞田 氏 砦 を粽 へ た。 



一守が 



f ろん » だい 

舊壘は 大門 村- 

じな の ぶ ど さ 

(「信 濃 風土記」) 



ょリ、 西 一里ば かりに あると いふ。 



あ プ まじ やう 

我窭弒 

(叉 * 妻 II) 

つま ごみ じ やう 

妻 籠 城 

もので じろ 

S く o ぎつ やま ひやう 

虛^ 籙山 a 

いま & じ やう 

令丼缄 



表覽一 錄 附 



471 



田お 歯 t 

宇 f 久く 

tii- 間 ま战 



稻ぉ南 靈 

村 £』 
字 I 佐 さ 

米き 久く 

神 i: 



ラん じ やう 

海 野 城 

うら の じ やう 

? i 野 城 

よ お じ やう 

锬田弒 

まる こ じ やう 

a 子 缄 

、 、 じゃラ 

寓 樋 城 

と しじ やう 

碼石鑲 

(X* 戸石 鐘〕 

かつ ま じ やう 

朥 n 弒 



さお ? しふ © 力 

貞保 親王 

の & $ ん Q W 

(後 • 海 野 氏) 

5 ら ん" 

浦 野 氏 



/ だ げんお 

依田 玄蕃 



さな だ 

眞田 



さなだ あ は の. おまさ s-ao 

swffl 安房 夺昌幸 

t かみ tL.i ^よ 

村 上 義 淸 

かつ ま / 

驂 間 氏 (?) 

—(長 野 驟) 




ぎ . 

し 



! 5 一 i tti の こくし k の A ど. 

ゲ これに & ると いふ。 (信 濃阈 志」 「信 濃 風土 



」) 



『sri ぎと 「鬱 || おは f 、 

if I に& げ^^ 「翁 | 考」 

に は、 #l»li、 はじめよ だの 城に 據 るの 記事が 見え 

る o 

3i 8 を!^ にして、 ^kf 

I を撅 つたと ころ。 (砦?) 

『!3r 十 f 十一ぐ や P 七 &、 お s¥4 を^し 

おおる』 と、 「靈 3^f る。 (f ) 

ssfll 一お の 纏に、 il 讓の H の 

ーノ, ン つ ひ かふ, J5 せい せ ► ホな 3 

ために、 遂に 甲 州 勢に 攻め 菘 さる 

「11./ 國ぉ」 「^,發 風土記」 ともに、 名 を か \ ぐるの み 

である。 

信 濃の 卷 



ち ひさ がた 



田 



ち ひさ f s 

小 縣郡丸 子 

村 

ち ひ P 

人 さ 



表覽一 錄附 



472 



倌 邀古缄 址 |( 長 野 驟〕 



信 濃の 卷 



まへ やまじ や 5 

前山 城 



の ざ はじゃう 

野澤城 



ひら が じ やう 

卒賀械 



うみの ぐ ちじ やう 

海ロ狨 



うみ じ リ じ やう 

海尻狨 



うち やまじ やう 

內山狨 



あ ひ tt> じ やう 

相 木 城 



Iff? さ. く £f 

%fe -郡舊 

前山 村 



*2 さ く £0 

.* 佐久 郡 野 



*2 さ < £ ひら 

南 佐 久都平 

が お I ざ ひらが 

賀村 大字 平賀 

南 佐 久郡南 

蕃. CS お ほきう み 

牧村 大字 海ノ 

くち 



. ぶきみ 

佐 久郡南 

xs§ めざ S じ y 



冬 る さ く 

南 佐 久郡內 

.=! 村 



£ みなみ 

郡 南 



相 木 



-寸 



とも ** やうぶ おい S 

伴 野 刑 部大輔 



ざ は ■ し " 

澤 氏 (?) 



賀 



相 田 



t-6 



かみ よし 

上 義 



氏 

,し" 

ぎよ 

淸 



いひと み ゑ せう ゆ ふ 

釵富兵 衞少輔 



あ ひ *- し- 

相 木 氏 




る 

えて ゐる 

『L 

を 陷 一 



これ を 攻めて、 取 

じ ぞっかう み 

な 狨考」 に 見 




考」 に 見えて ゐる。 



ひ-らお , ん, ぶいぐ f 9 や つ ひ. らが Izlya と产 たけ だ Is;^ I? 

平賀氏 代々 の 居城、 平賀源 信の 時、 武田 信玄に 亡^ 

しな o こくし i 



しなの こぐ し 

された。 (「信 濃國 志」) 

, ね乂, . ぐ わつ、 *,.ぉ だ せ. i こう 25 たらが ザん しん 

天 年^】 月 武田 勢攻搫 によって、 平 l<i、.l 

I らレ 1?.^ き 

は、 來援に 來てゐ る。 

まかみ まま 、 ^^だ めぶと 心 はるの ぶ あ ひて.. 3 

_村 上義淸 は、 武田信 虎 *啧 信 を 相手に し て、 よく:^ 

k た1 か てんもん ねん てき くだ .V き, 1^3 5 s-i 

^^戰 つた。 夭 文 九 年 に^に 斷 つた。 1 の き ぅ勉は 

詳 かで ない。 

て,^ 3 ふちう じ や いひ £ ひで つ, せつゆ ふ う 

中ち の, ^主 飯 富 兵ぎ 少輔 は、 お怒り を 受けて、 

、王晴 信に 誅 せられた。 

^ ^^だ し ぞく ,>< こく はいじ?. うかう 

後、 武 S 氏に 歸 した。 (「諸 國麼狨 考」) 



表覽 ー錄附 



小 t 

al ろ 

じ 

城 さ 


小 を 
田お 

m 


^^翁 


BEI ぐ 

煞 ろ 

岩 S 
じ 

城? 


大 S 

井:' 

m 


岩 S 
村 ^ 
田^ 
城 ま 


志し 
賀 

じ 

m 




田 だ 北 g 
井 ゐ佐さ 
村 g 久く 
郡ぶ 
舊ぎ 
小 を 


田 H 

町! 佐 さ 
よ 久< 
\) 郡 £ 
十ち 岩 S 
町 難 


田た 北 I 

町 i 佐 さ 

南嶇 
岩 s 
村 g 


井 g 北! 
庄 一佐 さ 
ク久 < 
郡ぶ 
舊君 
大 § 


田た 北? 

町 i 佐 さ 
久く 
郡ぶ 
岩^ 
村 g 


村 g 佐 さ 
久く 
m 
志し 



かさ はら しん らう 

笠 原 新三郞 



むら かみ てん の 5 わう じ 

村 上 天皇 皇子 

?' ? §i かつ- 

(後 • 内 藤 正 1) 



小 笠 原 朝 光 



み かう 

未 考 

み か 5 

未 考 

未 詳 

こ むろ お らう 

小 室太郞 (?) 

信 邋古弒 址 |( 長 野 縣) 



てん もし わつ fes&£ yx^T^ せ £ 

天文 十六 年 八月、 武 田信玄 のために 玖め 取られた。 

Lft の こくし / 

(「信 濃國 志」) 

L?s 5? まき ま